モンスターハンター 【紅い双剣】   作:海藤 北

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 一方その頃……、の回です。


第二十七話 閑話

 ポッケ村に滞在しているハンターたちが三つのパーティーに分かれて狩りをしている最中、カイトのオトモアイルであるモンメは集会所の奥にくべられた薪の前で暖を取っていた。

 そんなモンメの横には他のアイルーの姿があった。

 そのアイルーは以前カイトのことを自分の「ご主人」と間違えたことがあり、それ以来かモンメとは仲の良いアイルーの一匹となっていた。

 そんな二匹はいま暖炉の前で丸くなりながら何やら話をしていた。その光景はこの集会所では見慣れたもので、受付嬢たちが書類整理の合間にあくびをしながらそんな二匹を見ていたりした。

 

「ニャ、モンメのご主人はいまティガレックスの討伐に向かっているとか」

「そうだニャ。ご主人ならきっと難なく討伐して帰ってくるニャ」

「とても強いお方のようですからニャ」

「さすがに記憶が戻って正体がギルドナイトだったと聞いた時には驚いたけどニャ……」

「ええっ、そうだったのニャ?」

「ま、まあ、ただならぬ気配を前々から感じてはいたがニャ」

「……なるほど、でもこれで合点がいったニャ」

 そのアイルーは握った手をもう片方の手の肉球の上にポンとおいた。

「合点がいったとはどういうことニャ?」

「モンメのご主人と自分のご主人を間違えてしまった理由だニャ」

「つまり?」

「ぼくのご主人もギルドナイトだから後ろ姿の雰囲気が似ていて間違えたんだニャ」

「ニャニャッ!?そちらのご主人もギルドナイトであったとはニャ」

「そうだニャ」

「ところで質問なんだがニャ」

「どんとこいなのニャ」

「ご主人がギルドナイトってことは他人にバラしても平気なのかニャ?ぼくのご主人は村の中でもう問題ないってひろまったけど、そっちは誰にも知られていないとかないのニャ?」

 モンメの質問にそのアイルーはしばらく固まり、それから目線を逸らしながらこう言った。

「ま、まずいかもニャ……」

 

 

 

「それで、昨日ドンドルマに連れて行かれたギルドナイトのなかにご主人はいなかったのニャ?」

「あ、それはないニャ。ご主人はああやって大人数で群れて動くのは嫌いだからニャ」

「それは孤高の人ということかニャ?」

「いや、ただの自由人だニャ」

「ニャ、ニャルホド……。それで、ご主人とはどこまで一緒にいたのかニャ」

「この村に来るまでは一緒だったニャ。それでこの村についてから一晩経った時にはもう部屋はもぬけの殻だったニャ……」

「もうこの村にいないという可能性は」

「それはないニャ。時たま帰ってきた形跡が部屋にあるんだニャ。ただ一度も顔を合わせること無くすれ違いになっているニャ」

「そんなにコソコソと何をしているのかニャ……」

「それはぼくにもさっぱりなんだニャ……」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ポッケ村から見て東側、フラヒヤ山脈とは逆側の山中でガウ、レイラ、ダフネ、ラインハルトの四人は吹雪の渦中にいた。

 横殴りの雪で視界はホワイトアウトし、ほとんど手探りで行動をしなければならないほどだった。

 そんな状況で彼らには更に対処しなければならないものがった。

「ク、クシャルダオラを見るのはメイさんに助けてもらって以来だ……」

 ラインハルトは幼少以来の対面となった古龍、クシャルダオラを前に体中の筋肉が強張っているのを感じた。

(これが古龍……!天候さえも操る生き物の頂点……!)

 たとえ相手が上位指定種であり、過去に交戦経験のあるレイラやダフネでさえもその顔には緊張が見られる。古龍とはそれほどの存在なのだ。

 すでに交戦を初めてからしばらく経つが、なかなかクシャルダオラに決定的な一撃は与えられずにいた。

「あの風の鎧が邪魔だ……!近接武器を持って近づくのは“笛の効果”でなんとかなっているが、俺の弾丸がほとんど弾かれてしまう……!」

 ガウが毒づいた通り、レイラとダフネの近接武器組は、ダフネの狩猟笛である『マジンノオカリナ』の音色の効果で龍風圧を無効にして戦っている。マジンノオカリナはオオナズチの素材も用いた希少性の高い狩猟笛だ。

 しかしその効果は狩人自身に付くもので、ガウの放つ弾丸はクシャルダオラの風の鎧に弾かれて、急所への攻撃がままならなくなっていた。

 狩り自体に参加していないラインハルトとしては、攻めあぐねているガウになんとかアドバイスをしたいところだ。彼としてはガウがちゃんと攻撃をできる状態にして、“父の書いた生態書に書かれたこと”を試してみたいところだ。

(よく観察して考えろ……。なにか突破口があるはずだ……!)

 そこでふとラインハルトは思い出した。この狩りの間に何度かクシャルダオラの風の鎧が消えていることに。

(“この生態書に書かれた条件”以外に風の鎧を消す方法があるのか……?)

 ラインハルトがそう考えている時にクシャルダオラが行動を起こした。

「まずい、行かせるな!」

 レイラが怒号を放った時にはすでにクシャルダオラは雪を巻き上げながら飛んでいた。このままだとエリア移動をされてしまう。

 しかし、村のためにも早期決着をつけたい四人としてはエリア移動をあまりさせたくないところだった。

 唯一武器を出していなかったラインハルトがとっさにポーチから閃光玉を取り出してクシャルダオラの眼前に投げた。甲高い音と眩い閃光から逃れるように顔を覆い、次に目を開けた時には雪原にクシャルダオラの巨体が落下していた。

 今がチャンス、とレイラとダフネがクシャルダオラに向かう。

 しかし、ラインハルトだけが別のことに気がついていた。

(……そうか、閃光玉で視界を奪ったり転倒をさせれば風の鎧が消えるのか……!)

 そしてラインハルトはここでもう一つの仮説を立てた。それを確かめるために戦っている三人に指示を飛ばした。

「クシャルダオラの風の鎧は転倒時や視界を奪った時に消える!近接の二人はそれを重点的に狙ってくれ!あとこれは予想だが、状態異常時にも風の鎧が消える可能性がある!ガウは二人がクシャルダオラの風の鎧を無効化させている間に毒弾を重点的に叩き込んでくれ!」

「「「了解!」」」

 このパーティーのなかでは最年少であるラインハルトの指示に三人はすぐ従った。それは年齢や経験の差で物事を捉えず、各々の実力を信じているからこその団結力から成るものだった。

 レイラは龍刀【劫火】で、ダフネはマジンノオカリナでクシャルダオラの転倒を狙い、ガウが風の鎧が消えた隙に毒弾を叩き込む。ダフネのマジンノオカリナの毒属性も効いてかクシャルダオラに異変が見られた。

 その口元から紫色のあぶくが漏れだしており、その身にまとう風の鎧が消えているのだ。

「よしっ!予想通りだ!!」

 ラインハルトは素早記録を取りながら、“父の書いた生態書”から次の指示を飛ばした。

 

「クシャルダオラの風の鎧を永久的に消す方法がある!頭の角を破壊するんだ!毒の効果で一時的に風の鎧が消えている今がチャンスだ!」

 

 その指示を聞くや否や、ガウは『ナナホシ大砲』に徹甲榴弾Lv.3を装填した。ナナホシ大砲はてんとう虫の殻のうような見た目をした可愛らしい見た目をしたヘヴィボウガンだが、徹甲榴弾Lv.1~3に加えて毒弾Lv.1~2が装填可能という偶然にも今回の狩猟に最適な武器となっていた。

 毒の効果が消える前にと、ガウは次々と徹甲榴弾をクシャルダオラの頭に放った。

 風の鎧が消えているクシャルダオラめがけて飛んでいった弾丸は、その鋼のような身体になんとか突き刺さり、時間差で轟音とともに爆発を起こした。

「あと一発……!」

 ガウが最後の一発を装填したところでタイムオーバとなってしまった。

 いつの間にか口元からはあぶくが消え、風の鎧がその身を覆い始めていた。

「くそっ!あと少しのところで……!」

 ガウが歯噛みしたところでその二つの影が目の前に割って入った。

「諦めるのは」

「……いささか早い」

 レイラとダフネの二人の攻撃が同時にクシャルダオラの頭に叩きこまれ、次の瞬間、パキリ、という音とともにその角が欠け落ちた。

 

 そのクシャルダオラを見てラインハルトは手の中の書類を握りしめた。

「……ふう、助かったぜ親父……」

 

 風の鎧は完全に消えてなくなっていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「あんなに酷い嵐だったのに急に静かになりましたね」

 カイトたちやラインハルトたちとはまた別の方面の散策をしているフローラはふと足を止めてそう言った。

「クシャルダオラに何かあったのかもしれないね。向こうは順調そうで何よりだ」

 それに対して答えたのはメイ・シルヴェール。かつて【赤眼の獅子】という二つ名を持ち、大陸中にその名前を轟かせた彼女だが、今はわけあってこちらのギルドからは除籍されている。

 そのため狩場で武器を振るえないので、護衛としてフローラを付けて行動している。

「でも雪山で本当にあぶないのは吹雪の後だからね。ガリガリに雪面に急に積もった新雪がその後の温度上昇で滑りだして雪崩を起こすことがある。不自然に木々が生えていない所は雪崩が発生しやすいという証拠だから注意して進もう」

「は、はいっ!気をつけます!」

 伝説級とまで呼ばれたハンターと二人で狩場に出てきたフローラは緊張でカチコチしていた。

 メイとしてはもっとフランクでいてくれた方がやりやすいのだが、当のフローラがこの調子なのでなかなかそうはなりそうになかった。

(しかしこの子、想像以上の逸材かもしれないね……)

 現在メイの足元には討伐後のドドブランゴが転がっていた。

 メイという“無防備な人間”を護衛しながらフローラがたった一人で討伐したものだ。

(ボウガン使いのような後衛に求められるのは、ブルックのようにピンポイントで目標を狙う眼はもちろんだけど……。その他に広い視野を持って立ちまわることが重要。今回は私自身は逃げに徹すること無く観察させてもらったけど……。この子、その視野の広さに関してはもしかしたらブルック、あんた以上かもしれないよ……)

「え、えーっと。メイさん、どうしたんですか黙ってしまって」

「ん、いやなんでもないよ。じゃ、もう少し奥に行こうか」

「あの今更なんですけれども聞いてもいいですか?」

「ん、なんだい」

「今私達が探しているのってもしかして……」

「そう、予想通りだよ。目標は崩竜ウカムルバスさ」

 予想通りではあったが、あまり当たってほしくなかっただけにフローラの表情が強張った。

「なあに心配しないでって。ただ見に行くだけだからさ」

「い、一体何のために、ですか……?」

「……崩竜ウカムルバス。ここらへんの言い伝えでは白き神と呼ばれたアカム科の飛竜……、とされているバケモノ。ポッケ村の初代村長であった伝説の竜人でさえこの山奥に追い込むことまでしかかなわなかった相手」

 メイはフローラの碧い瞳の前に人差し指をピッとつきだして苦笑いした。

「世の中には触れちゃいけない禁忌ってものもあるんだ。もし特に手出しをしなくてもいいような状態だったらあまり関わりたくないからね。その見極めをしに行くのさ」

「……禁忌、ですか」

 伝説級のハンターでさえ身震いするような相手に向かっているという事実が改めてフローラに重くのしかかった。

 そんなフローラを見て「やばいと思ったらすぐ逃げるから大丈夫」とメイが笑って、それからその場にかがんで雪原を観察し始めた。

「……私たち以外にここを通った形跡があるね」

「モンスターですか?」

「……いや、これは人間だ」

 それはつまりこういうことである。

 

「私たち以外にウカムルバスを探している奴がいる……!」

 

 それが敵か味方かは今の二人には判断できない。

 今の二人に与えられた選択肢は二つ。

 一つはこのまま何者かの足跡を追う。もう一つは一度村に戻って報告するという手段がある。

「でもこんな雪に残った足跡なんてもう一嵐が来たら簡単に消えちゃうからね」

「となると、取るべき行動は一つですね」

「もちろんこの足跡を追うってことだね。見たところ複数人じゃなくて単独行動だ。何かあっても最悪私が対処するから大丈夫」

 これ以上にない頼もしい言葉を聞いたフローラは決心を固めた。

「それでは、行きましょう……!」

「よしよしその意気だ」

 

 そうして雪原に残された謎の足跡を追うようにして、二人は雪山の更に深部へと足を踏み入れて行った。

 だんだんとゴツゴツとした岩肌が露出している険しい道のりになっていき、標高が上がったためか風が強くなってきた。

 そしてついにある地点で何者かの足跡を追うことができなくなってしまった。

「だめだ……、ここ一帯は風が強いから足跡がすぐにかき消されてしまうみたいだし、むき出しの岩も多いからその上を歩かれたらとてもじゃないが追跡することはできない」

 さすがのメイもお手上げといった表情だった。

 かなり深部まで来たのでそろそろ引き上げることも視野に入れなければならない。

「足跡の人物の正体がわからなかったのは残念だけど、ウカムルバスの件はそう急ぐことでもないからね。今日はそろそろ引き上げようかと思うんだ」

 メイの提案にフローラは少し残念そうな表情をしながらも、それが妥当な判断だと分かっているので反論はしなかった。

「成果がなかったのは残念ですが、仕方がありませんね」

「うん、まあ帰ったらギルドマネージャーに足跡のことは報告しよう」

「そうした方がいいでしょうね」

「よし、そうと決まれば──」

 帰ろうか、とメイが言いかけたところでその口がピタリと止まった。

「ど、どうかしましたか」

「しっ、誰かいる」

 メイの剣幕にフローラも状況を察し、岩に隠れるようにして辺りをうかがった。

「あの大きな岩の向こうだ。そっと見に行くよ」

「……わかりました」

 二人は物音を立てないように慎重に進み、岩陰からその先を覗き込んだ。

 

「な、んだ……と」

 

 二人が見たのは一人のハンターと思しき男と────。

 

 直後に大きな地揺れが一帯を襲った。

 この先の話は一旦地揺れが起こる前の時間に戻る。




2ndGの集会所にいるアイルーは度々プレイヤーを『ご主人』と間違えていましたが、その正体を知っている人ならこの先のことも少しは予想できるかもしれませんね。
次回はティガレックス戦の場面に戻ります。

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