モンスターハンター 【紅い双剣】   作:海藤 北

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 ついにティガレックス戦です。
 これは強大なラスボス戦、と言うよりは締めくくりの一戦です。なんならフルフル戦の方が苦戦したんじゃないかって感じるような内容にもなっているかもしれませんが……。


第二十六話 絶対強者①

 怒涛の一夜を越えて、そして早朝を迎えたポッケ村の集会所にはハンターたちの姿があった。

「では皆さん、こちらの契約書にサインを」

 下位受付嬢、上位受付嬢からそれぞれ契約書を受け取ったハンターたちは各々の名前をインクに浸したペンで書き込んだ。

「……はい、確かに受理いたしました。下位クエストとしてティガレックス一頭の討伐。それから山脈深部の調査」

「そして上位クエストとしてクシャルダオラの撃退のクエストの契約の成立を認めます」

 受付嬢が契約内容を淡々と読み進める。

「ティガレックス一頭の討伐には、カイトさん、リンさん、バルドゥスさん、ブルックさんの四名。山脈深部のの調査にはフローラさんと同行者としてメイさん」

「クシャルダオラの撃退には、ガウさん、レイラさん、ダフネさん、ラインハルトさんの四名の登録となっています。くれぐれもお気をつけて」

 最初に動き始めたのはクシャルダオラ撃退チームだった。

「おし、気合入れていくぞ」

「いかに古龍といえど、上位個体相手に遅れはとらんさ」

「油断は禁物ですよ……」

「あー、緊張してきた……」

 ガウ、レイラ、ダフネ、ラインハルトの順に席を立ち、集会所から出て行く。

 獲物は順にヘビィボウガン、太刀、狩猟笛、ハンマーであるが。実質ラインハルトは戦力ではないので、遠距離、近距離、補助、とバランスのとれたパーティーとなっている。

 

「それじゃあそろそろ私達も出発するとしますか」

「はい、そろそろ向かいましょう」

 そう言って次に準備を整えたのはメイとフローラのペアだった。

「山脈のかなりの深部まで行くからね、ホットドリンクは調合分も合わせて満タン持ってきたよね」

「はい、もちろんです。抜かりありません」

「よし上出来だ。基本的には現在指定されている狩猟エリアの外に行くわけだから、モンスターとの戦闘は避けながら進んでいくからね。ギルドからの監視も行き届いていないから強大なモンスター複数との遭遇も想定されるから、くれぐれも気をつけて行くよ。危険だと思ったらすぐ引き返すことだけは忘れないように」

「わかっています。安全第一で絶対に無傷で帰還しましょう」

 フローラの返事に満足したメイは、道具袋だけを背負って立ち上がった。

 それからバルドゥスの前に立って、自分よりもはるかに背の高いその男の胸に拳を突き立てた。

「よし、それじゃあ私達は行くよ。八年の因縁、ちゃんと決着つけてきてよね。帰還後祝杯でもあげようじゃないか」

「フン、精々我々よりも早く戻ってくることだな」

「メイ、気をつけて」

 親友二人の激励に、メイは「まっかせな!」と元気に応えた。

 それから実の娘のリンのもとに歩み寄り頭をガシガシと撫でた。

「あのティガレックスは、今となっては老いた個体ではあるが、昔に私達を退けたヤツには変わりない。少しの油断でもあれば一瞬でやられてしまうからね」

「う、うん。わかったお母さん」

 少し不安げなリンを見て「しょうがないね」と笑ったメイは、ほぼ同じ背丈になってしまった娘を抱き寄せて背中をさすってあげた。

「私とリンのこの紅い瞳。これはね、私たちの“血筋”を示すものなんだ。私と同じ血を引くお前が負けるわけなんかないんだから、頑張ってきなさい」

「……わかった。わかったよお母さん。頑張ってくるね」

「よし、それでこそ私の娘だ」

 親子というほど歳が離れて見えない二人は、知らない人が見るとまるで姉妹のようであった。

「じゃあそろそろ行ってくるよ」

 そう言ってメイは手をひらひらと振りながらフローラを引き連れて集会所を後にした。

 

 そして残されたハンターは四人となった。

 大剣担当のリン、ランス担当のバルドゥス、ライトボウガン担当のブルック。そして双剣担当のカイトという、超攻撃型の三人をブルックが援護する形になる。

「よ、よーし!私もお母さん目指して頑張るぞ!」

「ガハハ、この腕が鈍ってないか確かめるには申し分ない相手である。気合入れていくぞ!」

「バルドゥス、くれぐれも無理だけはするなよ」

「なんというか少し不安なパーティー編成だな……」

 いざ出発しようとしたところで、一人の婦人が不安げにブルックのもとに寄ってきた。

「あなた……、狩りなんて久々なんですから無理はしないでくださいね……」

「その点は大丈夫だ。全員信頼できる仲間だからな」

 そう言ってブルックは不安げな婦人の手を握った。

 その光景を見てカイトが信じられないものを見たような表情になった。

「あ、あんた既婚者だったのか……!?」

「ど、どういう意味だ……!?」

「い、いや。幼馴染五人衆の中で余っていたから独身だと……」

「お前、失礼すぎるだろ!」

「あははっ、カイト知らなかったの?」

「知らなかったも何も夫婦で一緒にいるのを初めて見た……」

「だからと言って人を勝手に独身だと決め付けるな!」

「ムム……、なんというか少し不安なパーティー編成であるな……」

 

 そうして対ティガレックスパーティーの四人も続けて集会所を出発したのだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

──雪山エリア3──

 

「この間レイラと来た時にはここで休息を取っている姿を目撃したんだが、今はいないみたいだな」

 カイトたちはポポに荷馬車を引かせベースキャンプに辿り着き、そこから徒歩でエリア3まで登ってきていた。

 出発したのが早朝だったためまだ日が沈むまでには時間があり、その点では余裕のある狩りができそうである。

「おそらく餌であるポポなどを捕りに行っているのであろう」

「そうであるとすれば、エリアは6、7、8、の三つに絞るのが妥当な所か」

「そうであろうな。エリア1である可能性も捨てられはしないが、先ほど通りすぎた感じでは周辺に潜んでいる気配は無かった」

 バルドゥスとブルックが地図を指さしながらこの先の移動経路について話し合っていた。

 カイトにとってのこの二人は、リンに対して過保護な飲んだくれ教官と、自分に部屋を提供してくれている大家さんであったので、このように真面目な顔で狩りの場にいるという状況がどうにも見慣れないでいる。

「こう見るとこの二人もハンターなんだな、って思うわ……」

「あはは、まあ昔に戻ったって感じかな。やっぱりおっちゃんとブルックおじさんはこうでなきゃね」

「リンは見慣れているんだろうけど、俺には新鮮すぎてな……」

「ま、そのうち慣れるでしょ」

「そう願いたいな」

 しかし人の第一印象とはそう簡単に変わらないものである。

 

 それからエリア5経由でエリア6に抜けた一同だが、そこでもティガレックスの姿は目撃出来なかった。

「ムムッ、そうなると次はエリア7の方に回ってみるか」 

「相手は飛竜だからな。延々と追いかけっこになる可能性もあって怖いな」

 そう言ってバルドゥスとブルックがエリア7へ続く山道に向かおうとした時、カイトがとあることに気がついて二人を止めた。

「待ってくれ、ポポだ」

「ム……?」

「ポポがエリア8から逃げてきている」

「あ、本当だ」

 リンにも見えたようで、確かにエリア8方面からポポが群れで逃げてきている。

「ポポ肉はティガレックスの好物だ。そのポポが群れで逃げてきているということは……」

「ティガレックスがあの先にいる、ということであるな……」

「そ、そうだよね……」

 リンは思わず生唾を飲み込んだ。

 このメンバーの中で一番ハンターとしての歴もランクも低いリンは今回のクエストへの不安は人一倍だった。

 周りがとても優秀であるため、いざというときに助けてもらえるであろうという安心と、その反面そのせいで周りに迷惑をかけてしまうかもしれないという自分への無力感に苛まれていた。

 そんなリンの様子に気づいたのか、カイトはリンの肩に手を置いた。

「あのティガレックスは、“四人で”狩るぞ」

「……う、うん!」

「レイラは下位レベルだって見積もっていたけど、正直油断は出来ない。俺だって初めて会った時は足がすくんで動けなかったからな」

「それで谷底に落とされて、それをブルックおじさんに発見されてポッケ村に運ばれてきたんだよね。でも、今思えばなんでブルックおじさんはその場にいたんだろう」

 ここ八年間、ハンターとして狩場に赴くことがなかったブルックだけに、モンスターの出現リスクが高いエリアに単身でいたという状況は少し違和感がある。

 不思議そうな顔でリンがブルックの方を見ると彼は「ああ」と思い出したように笑った。

「あれは娘の風邪薬のための薬草類を採取しに来ていたんだ」

「娘までいたのか……」

 ブルックが既婚者であることを知ったばかりのカイトにとっては、更に子供がいるという事実も驚きの事実だった。

「私は結婚自体が遅かったからな。娘もまだ六歳なんだ」

「六歳ぐらいの女の子なんてこの半年で見たことが無い気がするが……」

 カイトのその言葉にブルックは困ったように頭を掻いた。

「いやあ、本来なら外で元気に遊んで欲しい年頃なんだが。どうにも部屋で本を読んでいる方が好きみたいでな。なかなか家の外に出てこないんだ」

「な、なるほど……」

 育児というのはなかなか上手く行かないということを痛感した六年間だという。

 そんな会話で緊張感をある程度ほぐした四人はいよいよティガレックスがいるであろうエリア8へ向けて歩き始めた。

 

 そして彼らは再開した。

 

 全ての原因ではなく、全てのきっかけであったそれに。

 

 彼らにとってこれは復讐ではなく、この一つの物語の終劇のための狩りだ。

 

 飛翼と一体化した前脚でポポを押さえつけ、強靭な顎でその肉を貪り食っていたそれは、四人の足音に気が付き振り返った。

 そして彼らを敵と認識したそれは、雪崩が起きそうなほどに大きな声で()いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ティガレックスと目を合わせた瞬間、リンの足はすくんで動かなくなってしまった。

 他の三人も額に嫌な汗を浮かべていた。

 隻眼となったその紅いまなこには、幾年と生き抜いてきた猛者たる気概が見えるようだった。

 じりじりと、じりじりと歩み寄ってくるティガレックスを前に、どうしても身体が言うことを聞かず、ただただ敵が接近するのを許してしまっている。

 そして、ひと跳びで四人を咥えられる距離まで来たところで、ティガレックスが雪原を蹴った。

「くっ……!と、跳ぶのだっ!」

 やっとのことで声を絞り出せたバルドゥスが他の三人に怒鳴りあげた。

 ハッとしたカイトとブルックが即座に反応するが、リンの足が動く気配がない。

 あとひと瞬きすればティガレックスに丸呑みにされていたであろうところで、カイトがリンの襟首を掴んで放り投げた。

 轟竜の鋭い牙が目の前を掠めた、と思いきや、リンは雪原に放り出されていた。

「リン、しっかりしろ!」

「え、えっと……、うん」

 リンは曖昧に返事をするが、やはり意識が集中していなかった。

 いつものように体が自由に動かず、まるで両手両足に鉄枷をされているかのような感覚だった。

 それはティガレックスと目を合わせるたびに重くのしかかってきた。

 集中しろと自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど息は荒くなり、視界は歪んでいく。リンは完全に敵に対して臆してしまっていた。

 

 次に動いたのはティガレックスではなくバルドゥスだった。

 『ツワモノランス』という毒属性のランスで、G級ハンターの資格を持ちながら教官職に身を置く者に贈呈される逸品で、高い攻撃力もさることながら、存分に空いた装飾品用のスロットが狩人のサポートをする。

 背中からランスを抜きながら大きく踏み込み、ティガレックスの横腹を取る。そのまま右手を大きく振りかぶってからの刺突がティガレックスの鱗を抉り取るように繰り出された。

 かつて【銀竜殺し】まで言われたバルドゥスの刺突はティガレックス程度の鱗で妨げられるものではなかった。その切っ先は安々と肉を抉り、引きぬかれた箇所から血が溢れ出た。

 

 ティガレックスの意識が完全にバルドゥスに向いたところで飛び出したのがカイトだった。

 ティガレックスの首がバルドゥスの方を向いたその視覚に音もなく踏み込み、喉元を掻っ切る横薙ぎの斬撃をマスターセーバーで繰り出した。

 喉元の鱗のない箇所はなんの抵抗もなく刃を受け入れティガレックスの身体に大きな傷を残した。

 

 もちろんやられたままで終わるような相手ではなく、バルドゥスとカイトを同時に巻き込むように回転攻撃を仕掛けてきた。

 しかし、八年前の激闘で尻尾を切り落とされていたせいで通常のようなリーチはなく、二人に安々と避けられてしまった。

 ティガレックスが一回転を終えたところで再び二人の猛撃が始まった。

 そんな二人が紙一重で攻撃を躱しながら、ベッタリとティガレックスの周りに纏わり付いて攻撃をしている最中、ブルックが『ハートフルギブスG』に通常弾Lv.2を装填していた。

 その様子を見てリンが不安そうにブルックに尋ねた。

「あ、あんな風に戦っているところにボウガンなんて打ち込んで大丈夫なの……?」

 リンの不安も当然のことで、目の前ではカイトとバルドゥスがティガレックスの周りを縦横無尽に駆けまわりながら戦っている。そんなところにボウガンを打ち込むというのはその二人に当ててしまうリスクがあるということだ。

 しかしブルックの反応は至って冷静なもので、「大丈夫」とだけ言うと、G級フルフル亜種素材を元として作られるライトボウガン、ハートフルギブスGを構えてその瞳を細めた。

 そして引き金が引かれ放たれた弾丸は、戦う二人の間を縫うようにしてティガレックスに命中した。その後も次々と弾丸が打ち込まれていくが、動きまわる二人には全く当たること無く着実にティガレックスにだけ命中させていった。

 ボウガンを構えた時に細められたその瞳こそが【黒狼の眼】という二つ名の所以なのかもしれない。

 

 リンはそんな三人の戦いぶりを見て、まずこう思った。

 「レベルが違う」と。

 三人の動きはちょっとやそっと努力しただけでは到達できない領域だった。武器を自分の手足のように操り、その場その場で的確な動きをする。

 それはとてもではないが今の自分にできるものではなかった。

 しかし、そこで心折れないのが、このリンという齢十八の少女のいいところであった。

 彼女の心には「負けられない」という対抗心がくつくつと煮えたぎってきていた。

 どこまでも向上的である姿勢は、母であるメイ譲りの大きな長所である。

 しかしリンがメイから譲り受けたものはそのメンタル面だけではなかった。

 

「リン、気を付けろ!」

 カイトの怒鳴り声でハッとしたリンが前を見ると、カイトたちの猛攻から逃れるように走りだしたティガレックスがリン目掛けてその牙を剥き出しにしていたのだ。

 その瞳と目を合わせる未だに足がすくむ。

 ガクガクと震える足をどうにか奮い立たせて、横に倒れこんでそれを避けた。

 

まだだ(・・・)!!」

 

 カイトの怒号に気づいた時にはそれは迫っていた。

 リンに突進を避けられたティガレックスはそのまま走り抜けること無く、雪面に爪を突き立て急ターンをしてリンの背後すぐに迫っていた。

 並の人間の反射神経ではそれにすら気がつくことはできなかっただろう。

 しかしリンは本能的にそれを察知し、思い切り雪原を蹴ってほとんど転がるようにしながらその攻撃主避けてみせた。

 リンが母親から受け継いだものは、その超人的な反射神経と身体能力もまたである。

 紅い瞳の彼女たちについて詳しくは、いずれ語られるであろう。

 

 今その紅い瞳の少女は強大に敵に立ち向かっていた。

 しかしそれは個体としての強さにではなく、その覇気に気圧されているというだけである。

 その敵は今、リンが突進を避けたために、岩盤がむき出しになっている壁に噛み付いて動けなくなっていた。

 しかしそのチャンスにすらリンはなかなか動き出せずにいた。

 それでも恐怖に抗おうと一歩一歩踏み出し、大剣の柄に手を掛ける。

 ティガレックスがもがき、やっとのことで岩盤から離れられたところで、彼女はその一歩を踏み出した。

 

 大きな踏み込みで放たれた一撃はティガレックスの脳髄をなぞるように縦一閃の傷を残す。

 その一撃こそがこの狩りにおけるリンの初めての一撃で、彼女にとって大きな一歩となる一撃だった。




 初めてティガレックスと遭遇したのは村☆1の採取クエストですが、あの時の絶望感は忘れられませんね。
 正規にティガレックスのクエストが出る前に爆弾を駆使して討伐した思い出があります。採取クエストで制限時間がシビアなのが下位装備(おそらくフルフルとか)では辛かったのが記憶に……。
 あのティガレックスではレア素材が出ないようになっているんですかね?肩装備か何かだけを作って終わった気がします。

 さて、次回は他のメンツの状況を少し挟ませていただこうかと思っています。
 テキストの方は一応最終話まで完成させてあるので、手直しをしながら完走に向けて頑張りたいと思います。

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