ラインハルトの看病をするといったフローラを置いて、カイトとリンは村に入ってくる依頼を二人でこなしていた。
しかしいつものように二人の息が合わず、なんとなくギクシャクしてしまい結果の乏しい狩りを続けることになった。
そんな今日も雪山で二人の口論が続いていた。
「っと、クソッ!あっちこっち走り回るんじゃねえ!」
「カイトが動き回るから、そっちに付いて行くんでしょ!もっと考えて動いてよ!」
「もっと考えてって、お前が言うか!?」
という様に、あまり喧嘩もしなかった二人が、口論ばかりでまったく連携が取れていなかった。
ちなみに今回狩りに来ているのは、牙獣種のドスファンゴで、全身でぶつかる突進こそ脅威だが今の二人が苦戦するような敵ではない。
しかし、お互いの息が合わなければ戦力は半減する。今は素早く動くドスファンゴを、機動性のあるカイトが追い回し、大剣を使うリンがなかなか攻撃を加えられずダメージが稼げない状態でいた。
「……エリア移動しやがった!」
「ちょっと待って!」
逃げたドスファンゴを追おうとするリンが止める。何かに焦っているカイトをさすがのリンも見咎めた。
「お前、これで逃げられたらクエストの制限時間来ちまうぞ!」
「だからちょっと落ち着いてって!いつもと全然違うよ!」
「だったらなんだよ!……クソッ、もういい、俺一人で行く!」
「あっ、ちょっと待ってってば!」
リンは先に走り出してしまったカイトを慌てて追いかけた。
◇ ◇ ◇
結局、クエストの制限時間ギリギリでドスファンゴを討伐した二人はその日の内にポッケ村へ帰還した。
集会所でお互いに向かいって座ってこそいるが、全く言葉を発しない。そんな二人のところへギルドマネージャーが水の入ったコップを持ってくる。
「はいお水、ここに置くわよ~。……ねぇ、どうしちゃったの二人とも。最近狩りの調子悪いんじゃない?それに……」
竜人族であるギルドマネージャーはその細い目をさらに細めて、目も合わせようとしない二人の顔を交互に見る。
(あらら~これは困ったわね~)
二人の間に何があったか知らないギルドマネジャーだが、女の直感で大体の見当をつけた。
「これは、あれかしら~?痴話喧嘩っていうのかしら~?」
「な?」
「へ?」
予想外すぎる質問に二人とも声が裏返る。
「い、いや別にそういう訳じゃ……」
「違います!そもそもウチたち恋人ですらないです!」
きっぱりと。リンがきっぱりと否定する。
「あら~、そうだったの~?お姉さん勘違いしてたわ~」
そう言って自称お姉さんの、軽く百年近くは生きている竜人族のギルドマネージャーは二人の席から離れてカウンターの方へ戻って行った。
一方、そこまできっぱりと否定されるとは思わなかったカイトは若干ショックで落ち込んでいた。
「……あ、あれ?どうしたのかな?」
さっきとはまた別の雰囲気で黙り込んでいるカイトの様子を見て、リンは少し困惑した。
リンが試しに頬を突っついてみるが、カイトはまるで石のように動かなかった。
結局、動かなくなったカイトを集会所に残してリンは一人自宅に戻っていた。
「ふ~、カイトってば突然どうしたんだろう……」
集会所から自宅の移動の間に羽織っていたコートを、壁のフックに掛ける。インナーだけのラフな格好になったリンはそのままベッドに飛び込んだ。
そして横の机においてある調合素材とビンに目をやる。
(前は失敗したけど今度こそは……!)
ベッドの上で半身を起こした状態で調合を始める。
ガチャガチャと手ごろなサイズのビンを手にとって、調合所を見ながら作業を開始する。
(アオキノコを磨り潰して……、それで薬草を入れてもう一度……)
試行錯誤するうちに何とかそれらしき液体が出来る。
ドロッとしたその液体は、一応回復薬の色をしている……、と言えないことも無いような見た目をしていた。
「で、出来た……!今回は煙が出てないよ!」
もはや喜ぶポイントがずれているのだが、本人は全く気にしていない様子。そして喜びのばんざいをしたときに、ビンの中の液体が混ざり──
「……ってあれっ?っとあわわっ!」
──液体が火を噴いた。
「熱っ!熱っ!あちちちっ!」
リンは慌ててビンから手を離した。床に落ちたビンは割れこそしなかったものの、液体が床にこぼれそこからブスブスと黒い煙を上げ始める。
「あわわわ……!」
机の上の水差しを取って中の水を掛けようとするが、誤って手を滑らせてしまい自分の頭ごと水をかぶってしまった。
結局その水が床の上に広がり火事は未然に防ぐことはできた。
濡れた髪の毛をバサバサと振ってからベッドにもう一度寝転ぶ。
それから調合に失敗したものの残骸にめをやって、うまくいかないなあ、とため息をついて目を閉じた。
そうしていると先ほどギルドマネージャーに言われたことを思い出した。
『これは、あれかしら~?痴話喧嘩っていうのかしら~?』
(……いや、ないないない!)
心の中で全力で否定する。
(だから違うってば!ウチとカイトはそんな関係じゃないんだってば!)
ベッドの上でゴロンと転がりうつ伏せになり、枕をぎゅっと抱く。
(他の人達にはつ、付き合っているように見えるのかな……?そんな風にカイトのこと見たことなかったから………。でも……)
そうやって言われるとなんだか、なあ……。
枕を抱いたまましばらくぶつぶつと自分に質問を投げかけていたがやがて頭の沸騰を起こしてしまった。。
「あ~もうなんなんだろう!全然わかんないっ!」
体をガバッと起こし、髪の毛をワシャワシャと掻く。そしてベッドから降りて外の景色を見ると、もうすっかりと暗くなっていた。
「髪の毛もぬれちゃったし、フローラでも誘って温泉いくかな……」
◇ ◇ ◇
一方その頃、ようやく先ほどのショックから少し立ち直ったカイトは、集会所を出てから村の道を特に行く当てもなく歩いていた。
「……俺とリンは
ブツブツとつぶやきながらも、まあいつも通りのことだとあきらめた。
そのまま村の中をぶらぶらしていたカイトは雑貨屋の店頭でとあるものを発見する。
「お、『月刊 狩に生きる』の買い逃してたバックナンバーじゃん!」
それを一冊手に取り100zを店のおばさんに手渡す。そしてその場でぱらぱらとページを捲りながら見出しを見る。その中でカイトカイトはとある記事で目を止めた。
『ドンドルマ大長老杯 狩猟祭 優勝は単身エントリーの【白銀の鋼刃】のレイラ』
(狩猟祭……?ハンターの大会みたいなものか……。ドンドルマにはそんなイベントもあるんだな……)
その記事の横には優勝者と思われる長い髪の美しい女性の肖像画が載っていた。
こういったところにも写真が使えるようになると面白いのだろうが、まだそこまで普及した代物ではないということだ。
(しかしすごいな。女性で、しかも絵を見る限り若い人なのに大会で優勝するなんて……。しかも『単身エントリー』って書いてあるから、他の出場者はパーティーで参加しているところもあっただろうに)
世の中にはすごい人がいるもんだ、とカイトは感心する。
一瞬、絵に描かれている女性どこかで見たような気もしたが、勘違いだろうとそれ以上は気にしなかった。
結局それからカイトは近くのベンチに座ったまま『月刊 狩に生きる』を熟読し、そのまま最後まで読みきってしまった。
「ふう、なんか勢いで全部読んじゃったな……」
部屋に持って帰ってから暇な時に読もうと思ったのだが、全部読んでしまったのでその必要はなくなってしまった。
「そうだラインハルトの野郎、ずっとベッドに寝たきりで暇だろうから、冷やかしついでにこいつを持って行ってやろうか」
そうと決めるとカイトはベンチから立ち上がり、訓練所の宿舎のほうへ向かった。
カイトが宿舎の休憩室に入ると、ラインハルトは上体を起こして窓の外をボーっと見ていた。
聞くところによると、さっきまで看病をしてくれていたフローラはリンに誘われて温泉に入りに入ったのだとか。
それでちょうど暇だったらしく、カイトが雑誌を持ってきたことをラインハルトは素直に喜んだ。
それから少しラインハルトと話していたが、夕食時も近づき、フローラも部屋に戻ってきたため入れ替わりでカイトは部屋を後にすることにした。
本格的にすることの無くなったカイトは懐にお金があることを確認してから、そのまま集会所のほうへと向かうことにした。
◇ ◇ ◇
集会所に入ると夕食時ということもありそこそこ客入りがあったが、リンの姿はそこには無かった。
見知った顔といえば、カウンターのそばで他のお客さんと談笑しているギルドマネージャーや、最近よく見るアイルーとなにやら話しているオトモのモンメの姿ぐらいだった。
ちなみにモンメと話しているアイルーは以前、カイトのことを「ご主人様」と人違いしたことがある。
話を聞くところによると、“ご主人様”とはこの村に来るまでは一緒に行動をしていたらしいが、その後は行方がわからなくなっているのだという。
お腹の虫が鳴き始めたので料理を注文することにした。
くの字エビの出汁の効いたスープにクック豆の入った比較的安価な料理を注文し口に運んだ。
安価とはいえ、少し前の自分では出し惜しみする値段である。数ヶ月の頑張りで生活水準は少しずつ上がってきていた。
カイトがスープをすすっている間にも、背後ではモンメが他のアイルーとなにやら言葉を交わしていた。
ここでカイトはふと、久々にモンメとクエストに行こうと思い立った。
最近は自室で過ごしているときに猫飯を作ってもらったり、一緒に布団で寝たりするだけ、などオトモアイルーらしい仕事をしていないモンメであったので、その提案を快く承諾した。
「ご主人との狩りは久々ですニャ」
「まあ、とりあえずカウンターで一緒に行けそうなのがないか見てくる」
完食したあとの食器を戻しに行くついでにクエストカウンターに顔を出した。
自分の受付担当嬢の二つ隣には“G級”の受付をしているシャーリーと目が合う。
時々みせる大きなあくび以外は一流のギルドガールズのメンバーである。G級を専門に担当するということが証明するようにその仕事ぶりは確かである。
ちなみにバストサイズに関しても、ポッケ村に所属する他の二人の受付嬢とは比較できないほどG級であるということは、他のギルド支部に知れ渡るほど有名である。
「ふふっ、お仕事頑張ってくださいね」
「いやあ、まあそうですね。いつかはそちらの受付を利用できるぐらいになれるように頑張りたいです」
G級に到達することの出来るハンターはごく一部だ。
シャーリーは義務的に設置された受付にいるだけで、実質受付嬢としての仕事はなかなかない。たまに周辺でG級のクエストが取り扱われた時に、外部からやってくるG級ハンターと連携するということはあるが、それ以外は基本的に書類の整理などを行っているのが現実だ。
(村に専属のG級ハンターが就けば、遠方のG級クエストの依頼なんかもくるようになるらしいんだけど、今は最高ランクのガウでも上位止まりだからな……。なんだか申し訳ないというか……)
しかし、今カイトにこなせるのは下位のクエストのみ。今はただそれらに取り組み、日々精進するしかないのだ。
「クエストの一覧を見たいんですが、いいでしょうか」
「はい、現在はこちらの依頼がきています」
そういって受付嬢が手渡してくれた依頼書の束の、一枚一枚に丁寧に目を通す。その内の一枚でカイトの手が止まった。
「……このドドブランゴの討伐って、緊急性はないんですか」
ドドブランゴといえば雪獅子として恐れられる大型モンスターだ。牙獣種を代表するその豪腕があるため、飛竜のように飛ぶことが出来なくとも十分な脅威となる相手として知られる。
同じ牙獣種であるババコンガを相手に、ザンガガ村に滞在している時に狩猟を行ったことがあるが、そのトリッキーな動きに大分苦戦したのを覚えている。
「ええとですね、こちらのクエストはもしかしたら必要がなくなる可能性がありまして……」
受付嬢の言葉に思わず「え?」と声が出てしまった。クエストが必要なくなる、とはどういうことなのだろうか。討伐対象のモンスターが別の地域に移動したということなのだろうか。
「実は昨日、ザンガガ村から伝書の鷹が来まして。それによりますと、先日のクエスト達成後ザンガガ村に移動してクエスト報告をなさったらしいあのお二方が、また別のクエストをあちらで受注してフラヒヤ山脈入りしたらしいんです」
“あのお二方”というのは、ガウがラインハルトの救出時に一緒についてきた青髪アフロのダフネと、銀色の長い髪が美しい謎の女性のペアのことだろう。
ラインハルトの救出の翌日にはすでにクエストを受注しポッケ村から姿を消していたが、どうやらザンガガ村に滞在していたようだ。
「あちらで受注されたクエストの討伐対象はドドブランゴではないのですが、クエスト指定エリアに若干の被りがありまして、もしかしたら同時に処理してしまう可能性もあるということで」
受付嬢の言葉の意味のとおりならば、あの二人は自分たちの目的のモンスター以外が乱入してきても全く問題なく処理できるということだろう。ガウの狩猟仲間ということで実力の高さは予想出来ていたが、こういった説明を受けるとその凄まじさに絶句する。
カイトは他のクエスト依頼書に目を通すが、“あることを確かめるのに十分なクエスト”は無いように思えた。そうなるとここで選ぶ方法は一つしかない。
「まあ、でもそのドドブランゴのクエストはまだ破棄されてはいないんですよね」
「え、ええ。そうではありますが、もし受注後に向こうのお二方がドドブランゴを討伐されてしまうとその後の処理に色々と面倒が起きてしまうので、このような場合は原則クエストの受注を一旦停止することになっていまして……」
「そういうことなら、もし向こうがドドブランゴを討伐しちゃった時は報酬もいらないからさ、そのクエスト受けさせてもらえませんかね」
「えっと、ですが……」
受付嬢が答えかねていると、近くにいたギルドマネージャーが助け舟を出した。
「あら、カイトくんがこう言っているならいいんじゃないのかしら~?もちろん、向こうでクエストが処理されていたら報酬も出ないですし、契約金も返金することができなくなりますがそれでもいいなら、という条件ですけれどね」
「ええ、それで構いません。さっそく契約書にサインしてもいいですかね」
「は、はい。ギルドマネージャーがそうおっしゃるなら……」
受付嬢は少し困った顔をしながらも契約書とペンを目の前に差し出してくれた。カイトはそこに自分と、オトモであるモンメの名前を書き込み、それを提出後自室に戻って狩りの準備を始めた。
2ndGの受付嬢はG級担当のシャーリーだけ名前がついているみたいですね。
次回はドドブランゴ戦です。短いですが。