カイトは捜索隊の編成を打診するが……?
カイト達がフラヒヤ山脈の峠を越えた頃には既に辺りが暗く、ベースキャンプで一夜を明かすことになった。もちろんリンとフローラがベッドで寝て、カイトはテントの隅で丸くなって寝た。
「んじゃあ、出発するぞ」
カイトは荷物をまとめて荷台に積みなす。
「う~、まだ少し眠いや……」
「リンちゃん寝不足ですか?」
リンは寝癖でぼさぼさの茶色の髪を手で軽く整えて、半開きの目をこする。
「……フローラがあんなに寝相悪いとは思わなかった」
「えっ、私そんなに寝相悪かったですか?」
「そりゃもう……」
リンがガクッとうな垂れる。実はカイトも気付いており、フローラが寝ながらリンにパンチやキックをかましているのを一晩中見ていた。
(とてもじゃないが俺も寝られなかったわ……)
「まあ寝るなら村に着いてからだな。また村に着く前に日が暮れたら洒落にならないからな」
そう言ってカイトは荷台を引き始める。
「ま、また山を登るんですか……」
フローラが目の前の山を見てうんざりとした顔になる。
「登るって言ったって、村は三合目辺りだからそんなに遠くはないよ」
リンがフローラを励ます。実はフローラはあまり運動が出来る方ではないようで、昨日もベースキャンプにつくなり即効でベッドに沈んだのだ。
しかしその挙句他の二人の安眠を妨害してくれるとはいい迷惑である。
「疲れたら言ってくれ。適度に休憩は取っていく。荷台は全部俺に任せて二人は周りを警戒してくれ」
「わかった」
リンが荷台の前に、フローラが後ろにつく形で三人は村を目指して前進した。
ベースキャンプを出発して三時間ほど、そろそろ村も大分近付いてきた頃。
(ん、あれは……)
カイトが遠くに立つ人影に気が付く。
(あれは前、村長達と話してたギルドナイトの人……?)
道を大きく外れた崖のそばで、望遠鏡らしき物で遠くを見ている人物は、以前ポッケ村で見かけたことがある初老のギルドナイトだった。
(あんなところで何してんだ……?)
望遠鏡が見つめる先には連なるフラヒヤ山脈以外特に目立ったものはなく、一体何を見ているのだろうと不思議に思う。
しばらくカイトが立ち止まっていたので、不思議に思ったフローラが声を掛ける。
「カイトさん、どうかしたんですか?」
声を掛けられたり気は後ろを振り返る。
「いや、ホラあそこに人が──」
そう言ってもう一度前を見たとき
(なっ、消えた!?)
先程の崖には既に人影はなかった。
「ついさっきまであそこにいたのに……」
崖の周りには木などは生えておらず隠れられそうな場所もない。
「何かと見間違えたんじゃないんでしょうか。カイトさん、少し疲れてるんじゃないですか?」
「それ、フローラの言うセリフ!?」
珍しくリンがツッコミに回った。
それから更に歩くこと二時間。途中で昼食をとりながらも、それなりに速いペースで山を登っていく三人。とは言っても、体力が底をついたフローラが荷台に乗っているのだが。
「さ、流石に重い……」
「し、失礼ですね!私はそんなに重くなんかありません!」
確かに、狩りの間は大タル爆弾が三個も乗っかっていたのだから、実質的な重さで言えば軽くなっているはずだ。しかし、人が乗っかっているということが、精神的な面で重さを増しているのだろう。
「こういう時、ポポやアプトノスのありがたみが解るぜ……」
はぁ~、と大きくため息をつきながらもカイトは荷台を引く足を止めない。
(何とか体力は持ってるけどな……。記憶がなくなる前の俺!筋肉つけててくれて有難う!)
体力的にではなく精神的に限界が着始めたその時、
「カイト!村が見えてきたよ!」
カイトが顔を上げると、そこには自分が目覚めた村が見えてきていた。
「着いたー!三週間ぶりだー!」
帰って来たことが余程嬉しかったらしく、リンは村に入るなり大きな声ではしゃいだ。
そして、村全体に響いたのではないかと思わせるほどのその大きな声に反応した村人たちが、村の入り口に集まってきた。
「あら、リンちゃん!お帰りなさい!」
「大丈夫?怪我していない?」
「お、カイトも良く帰ってきたな」
「そっちの嬢ちゃんは初めて見る顔だな」
(そう言えば俺がリンと始めてあった時もこんな感じだったな)
そうしている内にも村人はどんどん集まってくる。
村人総出の歓迎にフローラが驚きの声を上げた。
「す、すごいですね……」
「だろ?俺も初めはびっくりした」
結局カイト達はそれから三十分以上も村人たちに囲まれたまま動けなかった。
◇ ◇ ◇
「今のところ報告なし、か……」
やっとのことで村人から解放されたカイト達は集会所で軽食を取っていた。
ギルドマネージャーに村に男のハンターが来なかったか、と聞いてみたが、ここ数日でこの村に来たのは商人ぐらいだという。
また近辺のギルドの支部からも、フラヒヤ山脈から救助されたハンターがいるという報告は受けていないそうだ。
「フローラ……」
リンがうつむくフローラの肩に手を置く。
(無傷で先に村にいてくれればなんて思ったけど……。そう甘くはないか)
カイトは立ち上がるとギルドマネージャーの方へ向かった。
「救助隊を編成できませんか。出来れば早く、明日にでも……!」
カイトが必死に頼むが帰ってくる言葉は残酷なものだった。
「私もね、そうしたいのは山々なの。でもね、この村から一番近い支部に救助支援要請を出して、それが仮に承諾されたとして、実際に救助が開始されるのは早くて四日後、手間取れば一週間は掛かるわね……」
ギルドマネージャーの口調にいつものような穏やかさはない。淡々と現実を突きつけてくる。
「この村から救助隊を出すとしても、あなた達はその怪我でもう一度峠に赴いてもらうわけには行かないし……」
つまり最低でも四日間はラインハルトをあの雪山に放置しなければならないということだ。
極寒の雪山に何日もいて助かる可能性は限りなくゼロに近い。すでに危ない状態とも言える。
──あの時直ぐに谷に下りて捜索すればよかったのでは。そうすればこんなことにならなかったのでは。あの時の自分の判断が最悪の事態を招くのでは。
カイトの中に自分を責める感情が浮き上がってくる。
唇を噛むカイトに、ギルドマネージャーはいつもの優しい口調で「あなたの所為じゃないわよ」と、言ってそのままカウンターの奥の方に姿を消した。
「ラインハルト……」
カイトが更に強く唇を噛む。唇が切れて血が溢れ出る。
そんな時、横から男の声がかけられた。
「お前、なんつー顔してんだよ」
いつの間にかカイトの横には大柄な男が立っていた。
炎のように真っ赤な髪をオールバックでまとめた、とても二十代前半とは思えない厳つい顔をした男だ。
「あ、ガウか……!」
「よお、久々だな」
フローラとベンチに座っていたリンも立ち上がってガウの元にやって来た。
「ガウ、久々だね」
「おう、元気してたか?」
ガウがリンの頭をワシワシと撫でる。傍から見ると、本当の兄妹のようだ。
ガウは「まあ座って話そうや」と言ってフローラのいるテーブルの近くに腰掛ける。
「そんで、ラインハルトの野郎が行方不明なんだって?」
フローラは初めて会う男の口からラインハルトの名が出たことに少々驚いた様子だ。
「あ、あなたは……」
「ん、ああ、俺はガウ。ラインハルトとはドンドルマで一緒に狩をしていた仲間同士…いや、先輩後輩の仲だな。もちろん、俺が先輩な」
「あ、あなたがガウさんですか!ラインからお話は窺っています」
「話って言ったってどうせ悪口だろ?」
「えっ!?えっと、その……。ハイ……」
「だろうなあ。アイツは俺のことライバル視してるのか知らんがやたらと絡んでくるからな。全く、先輩に対する態度とは思えんな」
ガウは腕を組んで「ガッハッハ」と笑った。以前、「親父のことは嫌いだ」なんて言っていた彼が、そういうところはやはりそっくりである。
「血は争えないな」
「ん、何か言ったか?」
「いやなんでも」
「?」
この様子だと自覚はないのだろう。
「まあいい。それでアイツが行方不明って話だが──ハッキリ言って大丈夫だろう」
「……は?」
ガウは表情一つ変えずに言い切った。きっぱりと言い切ったのだ。
「な、なんでそう言い切れるんですか……?」
「アイツは今まで何度も死にそうな目にあってきたけどな、そのたび度なんやかんやで生き残っている。初めてレイアを狩りに行ったときなんて、本当に死んだと思ったぐらいだ。ま、要するにアイツはそう簡単にくたばる様なヤツじゃないってことだ」
それを聞いてフローラが立ち上がる。
「だからと言って今回も無事であるなんて確証はないじゃないですか!どうして仲間が命の危機に瀕しているかもしれないのに、そんなに余裕な態度でいられるんですか!?」
「フ、フローラ、落ち着いて…」
フローラは少し怒りやすい性格のようだ。翡翠色の瞳に怒りの感情が見える。
リンがなだめようとするが、フローラはガウを睨んで動かない。
「ほう、なんだ。そうしたらお前はアイツが今、危険な状態にあるとでも言うのか?」
「そ、そういう意味では……」
「大体そんなに心配なら自分らで救助に向かえば良かったんじゃないのか?そうしないでお前等はこの村に来たんだ。来てみて、救助に時間が掛かるとわかったからってガタガタわめくなよ」
「っ……!」
ガウに戒められたフローラは黙ってしまう。黙って二人の話を聞いていたカイトが口を挟む。
「……村に戻るべきだと提案したのは俺だ」
「それでも最終的に村に向かうと決めるのはそれぞれの意思だろ。なんなら一人で残って探す事だって出来ただろ」
普段のようなふざけた雰囲気の一切ない、重い言葉を淡々と吐き出した。
フローラが何も言い返せず固まって知ったのを見てガウは立ち上がると、そのまま集会所から出て行った。
◇ ◇ ◇
「ふう、もう日は暮れちまったか……」
ガウは集会所の外に置いてあった道具をまとめるとポポにつながれた荷台に積み込む。
「う~ん、ちょっときつく言い過ぎたかねえ」
先程の集会所でのやり取りを思い出して頭を掻く。
相手にどう映ったかはわからないが、ガウは決して怒っていたわけではない。一つ一つの判断の重要性について自覚してもらおうとしたのだ。
「あんま怒るのはキャラじゃないんだよなあ」
「……な~にが怒るのはキャラじゃない、だ。超絶強面のあんたが何を言うんだよ」
ガウの後ろには集会所から後を着いて来たカイトの姿があった。
強面の自覚は十分にあるが、面と向かって言われると苦笑いしてしまう。
「黙ってても怒ってるように見えるんだよ」
「と、年上には敬語を使えよこの野郎」
「イャンクック戦の時宣言したよな?アンタは例外だ」
「れ、例外ってなあ……」
ちぇー、とガウはアヒル口になる。
そんなガウを見て次はカイトが苦笑いした。
「だからその顔でそんなことやっても似合わないっての。──それで、あんたは“これからどこに行こうとしてたんだ”?」
「解ってるくせになあ。だから出てきたんだろ?」
「……」
そう、ガウは狩りの後で消耗したカイト達の代わりにラインハルトの捜索に向かおうとしているのだ。
救助が一日伸びれば生存確率が反比例的に下がっていくことはガウも良くわかっている。
だからこそ現在コンディションのいい自分が捜索に行くべきだと考えたのだ。
「なんなら俺も……!」
「お前は残れ馬鹿。そんな疲労困憊のやつは帰って足手まといだ」
「だけど」と言いかけてカイトは黙った。
確かに今は平然と歩き回っているとはいえ、目の前にベッドがあったら倒れこんですぐに寝たいような状態だ。ガウの足手まといになるのは必然だろう。
「任せて、いいのか?」
「はっ、お前に心配されるような腕じゃあないんだよ。お前たちはゆっくりと療養しているんだな」
確かにガウのハンターとしての腕前はカイトとは比べ物にならない。リンとフローラと合わせても敵わないだろう。
しかし今回はそう単純な話ではない。
「もしかしたら怪我人を運びながら、ってことになるかもしれないんだぞ?本当に一人で平気なのか」
「その辺は心配ねえ。さっきザンガガ村に鷹を飛ばしたからな」
「ザンガガ村に……?ってことは、あの青いアフロの人と?」
カイトはザンガガ村で会った、ガウの仲間のハンターであるという青いアフロの男を思い出した。その長身に対して肉付きがあまりよくなくげっそりとした印象だったのを覚えている。
「ああ、ダフネと峠で落ち合うつもりだ」
ランクとしてはガウより上だというダフネが一緒ならば安心だろう。
「……それから、モンメを連れて来てもらう」
「モンメ?……って、ああ!」
カイトはオトモアイルーのモンメをザンガガ村に置いてきてしまった事を、今思い出したのだった。
こんな調子でガウがダフネと合流してラインハルトの捜索に向かいます。ガウ、ラインハルト、ダフネはドンドルマを中心に一緒に活動していたパーティーメンバーです。
GW中にもう一回更新したいです(こう言って実現したためしがあまりないですね)。