オーバーロード ~たっち・みーさんがインしたようです~   作:龍龍龍

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王国最強の戦士長ガゼフ

 デスナイトに蹂躙させた騎士たちの生き残りを脅しつけてから逃がした後、モモンガとたっち・みーは村長から村を助けた対価として、この世界の情報を聞き出していた。

『助けた対価として自然に情報を引き出すことができてよかったです』

『……別に、対価を求めて助けたわけではなかったんですけどね』

『まあまあ、たっちさん。私も別にそれで構わなかったんですが、無償では向こうが安心できなかったみたいなので仕方ないですよ。ただの建前です』

『ええ。そうですね。……すみません。いまのは私の我儘でした』

 情報はどうしたって必要なもので、それを安全に、かつ友好的に手に入れられるというのなら、それはたっち・みーとてそうすることにやぶさかではない。仮に対価とせず、普通に聞いたとしても、結局は同じ意味合いになってしまっていただろう。

 たっち・みーは交渉ごとはモモンガに任せた方がいいような気がしていた。

 途中、騎士たちに殺された者たちの葬儀で、話し合いは一度中断された。

 助けた村娘たちの両親も亡くなっていたらしく、二人は墓の前で泣き崩れている。その様子を見て、モモンガは何も感じていなかったようだが、たっち・みーは少しだけ胸の奥に痛みを感じていた。

 二人は――正確にはアルベドもいるので三人だが――村人たちから離れたところに立っているため、会話を村人に聞かれる心配はない。しかし、モモンガはあえて〈伝言〉を使ってたっち・みーに話しかけた。

『たっちさん。あの子たちの両親を蘇生させようとは言わないんですか?』

『……どうしてそんなことを聞くんですか?』

『蘇生の短杖はたくさんありますから、やろうと思えば全員を蘇らせることはできます。正直な話、私は村人を蘇らせることに関してデメリットの方が大きいと感じていますので、状況に変化があるまではするべきではないと思っています』

 合理的な判断。

 それはたっち・みーも認める内容だった。

『……そうですね。モモンガさんが正しいと思います』

『ですが、たっちさんが蘇らせたいというのなら、そうするのはやぶさかではありませんよ? それならそれで、蘇生ができるかどうか、この世界ではどういう形で蘇生されるのか、どこで復活するのか、死体の傷はどうなるのか、記憶は残っているのか、記憶が消えるとしたらどこまで消えているのか、復活に伴う能力減退などが生じるのか……という実験にはなるわけですし、まったく利益のない行為というわけでもありません』

 モモンガはたっち・みーに配慮してくれているのだと、言われている彼自身理解できた。

 理解できたからこそ、たっち・みーは静かに自分の考えを口にする。

『……確かに、村の者たちを全員救うことはできるでしょう。けれど、すべてを救うなんていう考えは傲慢です。それにそもそも、すべての殺された者たちを片っ端から助けていくのが正しいのかというと、それは違うと思います』

 たっち・みーがすべてを助けようとしたところで、一人の存在である以上限界は生じる。そうなれば助けられたものと助けられなかったものの間には不公平な感覚が生じ、それがまた新たな争いの火種となるかもしれない。

 目の前で困っている人がいたら助ける、というのはたっち・みーにとって当たり前のことだったが、それも過ぎれば、その人物を助けを求めてばかりの暗愚の輩に貶めてしまう危険があることもわかっていた。

 ただ助けを求めるのではなく、その者なりに必死に足掻いて抗って、誰かに助けてもらわなければどうしようもないという状況でもなければ、助ける意味も価値はないと思っている。

 その点、先ほどの姉妹はその条件をしっかりと満たしていた。生きようと死力を尽くしていた。だから多少危険を冒してまで助けようと思ったのだ。

 しかしその先、両親を蘇らせるところまでいくと、そこまでするのは過剰に過ぎかねないという想いがある。

 彼女たちの両親だけを蘇生するのは不公平だから村人も全員……この村だけ蘇生するのは不公平だからここまで蹂躙されたであろう近隣の村もすべて……きりのない話だ。

 いくらたっち・みーでも、そこまではできないということを理解している。

 対立していたウルベルトからは皮肉を込めて『聖人君子』と呼ばれたこともあるたっち・みーだが、彼自身はそこまで自分が立派なものではないと思っている。

 自分の手で助けられるものは、ほんの一握りでしかないのだから。

『……先に、村長さんの家に戻っておきますね』

 そう言って墓地から背を向け、去っていくたっち・みーの後を、モモンガも追いかけた。

 その後、エイトエッジ・アサシンが現れたことで、四〇〇近い配下がカルネ村を襲撃のために取り囲んでいることを知って、呆れたモモンガとたっち・みーがその大部分を撤収させている間にも、村人たちが行う葬儀は粛々と進行していた。

 

 

 葬儀に中断されつつも進んだ情報提供を終え、モモンガとたっち・みーとアルベドは村の中を歩いていた。たまたま目の前を通りかかった村人が頭を下げるのを、モモンガは鷹揚に、たっち・みーは誠実に受け取るのに対し、アルベドはまるで汚いものを見たかのような様子で目を背けた。

「……アルベド、人間は嫌いか?」

 モモンガの問いに対し、アルベドは普段の声とは比べ物にならないくらい低く吐き捨てるような声で応える。

「脆弱な生き物。下等生物。虫のように踏みつぶしたらどれほど綺麗になることでしょうか」

「……その考えを捨てろとは言わんが、この村では冷静に、優しく振る舞え。演技というのも重要だぞ」

 実際にアルベド達に対して演技をしているモモンガがいうと、しみじみとしてしまう言葉だった。

 たっち・みーはそれに付け加えて言う。

「アルベド、存在の価値は強さ弱さだけで決まるものではない。表面的な強弱で物事を判断すると、痛い目を見ることになるし、ナザリックが不利益を被る結果になることもあるかもしれない。そこは気を付けて行動するんだよ」

 思わず語尾が、子供に対して道理を説く親のようになってしまった。ナザリックのNPCたちはすべてギルドメンバーの子供のようなものと考えれば、ある意味間違ってはいない態度かもしれないが。

「はっ! 承知いたしました」

 アルベドのいい返事を聞いて、たっち・みーは満足げに頷く。しかし同時に、ナザリックの者達の苛烈な倫理観に危機感を覚えていた。

(元々が異形種の救済のために作られたギルドだからな。はっきりとギルドの加入条件に「異形種であること」があることもあるんだろうけど……その結果、彼女のような価値観になるのは無理からぬことか……)

 彼女たちが悪いわけではない。そもそもの根源を辿るなら、異形種を迫害してPKをするような人間の一面に問題があるのだから。しかし今後のことを考えると、じっくりとでも意識改革を行う必要があるかもしれないとたっち・みーは考えていた。別に親人派になる必要はないが、無暗に人間を侮らず、必要以上に人間を嗜虐しない程度にはしなければならない。

 モモンガはぐるりと村を見渡して、ここでやるべきことは終わったと判断したようだった。

「それではナザリックに帰りますか? たっちさん」

「そうですね……ん? いや、ちょっと待ってください」

 遠くで険しい顔をした村長たちが話をしているのをたっち・みーが見つけ、そちらに歩いていく。モモンガはまた厄介ごとかと思いつつ、その後ろに続いた。

「村長殿、どうされた?」

「おお、たっち様。モモンガ様。それが、どうも村に騎士の格好をして、馬に乗った一団が近づいて来ているそうでして……」

 その顔にはまた騎士が襲撃しに来たのではないかという恐れが浮かんでいた。逃げるべきかどうすべきか悩んでいるのだろう。

 たっち・みーとモモンガに向ける視線には若干の期待があったが、しかしそれを口にするのはためらわれるようで、口に出して求めては来ない。

 その村人なりに律儀な態度を、たっち・みーは好ましく思った。ゆえに、自分の方から求められているであろうことを口にする。

「わかった。生き残った村人たちを至急村長殿の家に集めるんだ。村長殿は私たちと一緒に、そいつらを迎えよう。もし騎士たちが攻撃して来ても、我が盾にかけて村の者達には傷一つ負わせはしないので、安心して欲しい」

 村人たちの間から、強く安堵を滲ませた声があがる。

 たっち・みーはモモンガに〈伝言〉を飛ばした。

『すみません。もう少しだけ彼らに付き合うことになりそうです』

『大丈夫です。さすがにここで放り出すようなことはしませんよ』

 この村は大事な情報源である。せっかく友好関係を築くことに成功したのにそれを潰されるのは不快である、という思いがモモンガにはあるようだ。

 アルベドと死の騎士を背後に並べ、いつでも防御に入れるように指示を出しながら、モモンガとたっち・みーは村長と共に並んで騎士たちが近づいてくるのを待っていた。モモンガとたっち・みーに挟まれた位置に立つ村長は、不安の表情を浮かべ、緊張してはいるものの、ふたりを全面的に信頼してくれているらしい。

 やがて、馬に乗った騎士らしき者たちがすぐ傍までやってくる。

 その中から馬に乗ったまま、一人の男が前に出てきた。

 一行のリーダーらしく、極めて屈強な体つきをした偉丈夫だ。

 男の鋭い視線がまずたっち・みーを射抜く。暴力を生業とする空気に特別慣れているわけでもなかったが、たっち・みーはその一瞥を受けても特に何も感じなかった。むしろ、自分の意思とは違うところで気分が高揚し、逆に思考は冷えるのを感じた。それは敵意を感知すると自動的に発動する戦士系の常時発動型特殊技術〈騎士の心得〉の影響かもしれない、と冷静な頭でたっち・みーは考える。村を襲っていた騎士たちを相手にしていた時は感じなかったため、本物の敵意が無ければ発動しないのだろう。

 その後、モモンガも同じように男に鋭い視線を向けられていたが、平然と立っていた。

 ふたりの反応に満足したのか、男が重々しく言葉を放つ。

「私は、リ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。この近隣を荒らしまわっている帝国の騎士たちを討伐するために王のご命令を受け、村々を回っているものである」

「王国戦士長……もしや、あの……?」

 村長の口から微かな呟きが漏れた。知っているならさっき話してくれればよかったのに、という想いはモモンガにもたっち・みーにもあったが、村長が持つすべての情報を一から十まですべて話せというのも無理な話だ。不快感はすぐに霧散する。あとで周囲の国の有名な人物の情報くらいは聞いておこう、と思う。

 ひとまずは目の前の男の話だ。

「村長殿、あの方はどういった方なのですか?」

 モモンガが村長に顔を寄せて尋ねる。たっち・みーも聞き逃さないように耳を寄せた。

「村を訪れる商人たちの話では、かつて王国の御前試合で優勝を果たした人物で、王直属の精鋭兵士たちを指揮する方だとか……すみません。本物かどうかは、私には判断が……」

 モモンガとたっち・みーという強大な二人に挟まれた村長はひたすら恐縮していた。

「いや、それは仕方ないだろう。気にしなくていい」

 慰めるようにたっち・みーは言う。

 村長とはいえ、辺境の村人が王国戦士長のような人物をはっきり知ることは難しいだろう。

 モモンガも同意見なのか、村長を慰めていた。

「……この村の村長だな?」 

 そこに、ガゼフの声がかけられる。

「そのお二方が一体誰なのか……教えてもらいたい」

 相変わらずその視線は二人に対して警戒を露わにしていた。

 村長が応えようとするのを、モモンガが遮る。

「それには及びません、王国戦士長殿。はじめまして。私はアインズ・ウール・ゴウンのモモンガ。そしてこちらが――」

「アインズ・ウール・ゴウンのたっち・みーだ。私たちは、この村が騎士たちに襲われていたので助けに来た者だ」

 ふたりの名乗りを聞いて、ガゼフは即座に馬から飛び降りた。

 そして、重々しく頭を下げる。

「この村を救っていただき、感謝の言葉もない」

 彼の行動に、モモンガとたっち・みーは彼が相当な人格者であることを確信する。

 王国戦士長という地位がこの国においてどれほどのものかはわからないが、特権階級にあることは間違いない。そんな彼が身分も明らかではない二人に敬意を示しているのだから。

 そんな誠実な彼が戦士長を名乗ったのだから、おそらくそれも偽りではないのだろうと判断できた。少なくともたっち・みーはそう確信を持った。

「……いえいえ。実際は私たちも……報酬目当てですから。お気にされず」

 モモンガは一瞬だけ言い淀んだ。たっち・みーはそのつもりではなかったからだ。しかし村人に報酬目当てだと言った以上、そちらに合わせる必要がある。

 何かと気を使ってくれるモモンガに、たっち・みーはありがたいという想いと、気を使わせて申し訳ないという想い、両方を抱く。

「冒険者なのかな?」

 報酬目当て、ということから、ガゼフがそう尋ねてくる。

『ひとまず、旅の冒険者ということにしましょう』

『了解です』

 素早く意思を統一する。

「そのようなものです」

「ふむ、お二人は……かなり腕の立つ冒険者をお見受けするが、モモンガという名前も、たっち・みーという名前も存じ上げませんな」

「こちらには旅の途中、偶然訪れただけですので……さほど名が売れていないのでしょう」

「なるほど……アインズ・ウール・ゴウンとは?」

「私たちのチーム名のようなものですよ」

「ほう。ということはお二方以外にも同様に腕の立つ方がまだいらっしゃると?」

「…………」

 何かしら思うところがあったのだろう。

 モモンガが黙ってしまったため、代わりにたっち・みーが応じる。

「いや、今は私達だけだ。実はそのメンバーを探すのも旅の目的のひとつでね……戦士長殿はアインズ・ウール・ゴウンの名を聞いたことはないか?」

 最初に反応がなかった時点で望み薄だったが、念のためちゃんと聞いてみた。ガゼフは少し記憶をたどるようにしたあと、申し訳なさそうに首を横に振る。

「……申し訳ない。残念だが、聞いた覚えはないな」

「そうか。残念だ」

 その後は村を襲った騎士たちの話を聞かせて欲しいというガゼフの求めに応じ、村長の家で話すことになった。

 なお、その話の最中。

「ではモモンガ殿、みー殿、よろしくお願いする」

 ガゼフがそう呼びかけるのを聞いて、モモンガが噴き出した。すぐに咳払いで誤魔化していたが。

 たっち・みーはそんな骸骨をジト目で見つつも、そう呼ばれたことに関して納得する。この世界の名前の呼び方は、日本式ではなく西洋式だったのだ。

「あー、すまない。戦士長殿。私の名前はたっち・みーで一括りなんだ。たっち・みーと呼ぶか、あるいは略してたっちと呼んでくれ」

「おお、そうだったか。これは失礼した。ではたっち殿と呼ばせてもらおう」

 ガゼフが納得したのを受け、たっち・みーは頷く。

『みー殿って、可愛い呼び方でしたね。本人は全くそんな気はなかったんでしょうけど、だからこそ余計にギャップが……ふふっ』

 モモンガがからかうように〈伝言〉で言ってくるのを、たっち・みーは苦笑で返した。

 ガゼフのような筋骨隆々とした偉丈夫が「みー殿」と、ものすごく真面目な顔でいうものだから、確かに面白さは倍増だった。

 そんな余談も挟みつつ、ガゼフと色々な話をしている最中に、ひとりの騎兵が村に駆け込んできた。そして、大声で緊急事態を告げる。

「戦士長! 村の周囲に複数の人影を確認! 村を包囲しながら接近中です!」

 

 

 

 




彼女らの両親が蘇生されなかったのは、
そうしないとエンリ将軍が生まれないからです。

……嘘です。

たっち・みーさんは正義の味方ですが、「この世のすべての人を救う!」みたいなことまでは考えてないと思っています。




改訂点(2015/09/10)
・葬儀中に現れたエイトエッジ・アサシンの描写を追加。後詰としてカルネ村に配置された配下のことも追記。




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