オーバーロード ~たっち・みーさんがインしたようです~ 作:龍龍龍
ダインの死体に隠されていた文字が指し示すのは、下水道だった。単純に考えるのであれば、そこにンフィーレアを攫ったものが待っているのだろう。
しかし当然、たっち・みーもモモンガもそれを信用するつもりはなかった。万が一のことを考えてエイトエッジアサシンの何匹かをそちらに派遣したが、まず間違いなくそっちは陽動だろう。
ニニャのことをリイジーに任せ、二人はエ・ランテルの地図を借りて店の一室を借りていた。
モモンガはたっち・みーと話し合う。
「とにかく、まずはンフィーレアの救出です。居場所を調べることはできますか?」
静かなたっち・みーの様子に、むしろ萎縮しつつ、モモンガが答える。
「相手が確実に持っているであろうものがあればいいんですが……」
それなら、とたっち・みーはいう。
「漆黒の剣が持っていたプレートがなくなっていました。おそらくは犯人が持って行ったのだと思います」
「そう、ですか。わかりました。じゃあそれを探してみましょう……ところで、たっちさん」
探知魔法をかける前に必要なものを用意しながら、モモンガがたっち・みーに恐る恐る尋ねる。
「たっちさんは怒ってないんですか?」
「なぜそんなことを聞くんです?」
逆に訊き返され、モモンガが言葉に詰まる。
「それは……たっちさんなら、彼らが殺されたことにすごく怒るんじゃないかと」
「もちろん、不愉快には思っていますよ。ただ……習得している特殊技術の関係で、戦う意思を明確に持つと精神が冷静になってしまうんです」
なるほど、とモモンガは頷く。それならばたっち・みーが静かなのも納得できる。しかし、同時にどれほど特殊技術が連発されているのか想像するのが少し怖くなった。
(……俺は何度か抑制されてからは、不愉快な感情がくすぶっている程度だというのに……本当に、たっちさんは……)
それ以上は触れない方がいいとモモンガは判断し、探査を開始する。
防御魔法をいくつも展開し、それから初めて〈物体発見〉の魔法を使用した。
そして、広げた地図の一点を指し示す。
「ここですね。ここは確か……」
地図に書かれている文字が読めないため、二人は記憶をたどった。
「墓地だったはずです。やはり地下水道はフェイクだったようですね」
「エイトエッジアサシンに墓地を襲撃させますか?」
「いえ、その必要はないでしょう。我々が行けばいいだけです。その前に……」
「現地の状況ですね。〈千里眼〉と〈水晶の画面〉を同時に発動させます」
モモンガが魔法を発動させ、空中に浮かびあがった画面の光景を見る。それをたっち・みーも横から覗き込み、唖然とした。
「これは……どういう……?」
「わ、わかりません。しかし、まさか彼が真の黒幕……ということはないはずですが」
その画面にはンフィーレアが映っていた。不思議な珠を手に持ち、黒いローブを着ている。さらにその周りには無数のアンデッドの姿があり、それに対して指示を出しているように見える。
この光景だけをみればまるでンフィーレアが首謀者のようだ。とはいえ、たっち・みーもモモンガもンフィーレアがそういう人間でないことをよく理解している。
「操られている……という可能性が一番高いでしょうか?」
「そのようですね。……ん? モモさん、画面を見てください」
そう言ってたっち・みーが指し示したのは、ンフィーレアの背後、斜め後ろに手持無沙汰で立っている女だった。
「恐らくこいつが漆黒の剣を殺した女でしょう。ニニャから聞いた特徴と一致します」
じわり、とすぐ近くにいるたっち・みーから恐ろしいオーラが発されたのを、モモンガは感覚で理解した。
「……彼女はタツさんがやりますか?」
「戦士のようですし、私が相手をしましょう。モモンガさんはンフィーレアと、彼を操っていると思われるカジッチャンなる魔法詠唱者をお願いします」
「了解です」
たっち・みーという最強の存在を相手にすることになるその女に同情しながら、モモンガは尋ねる。
「さて、それではどうしますか? 転移を用いて一気にあの場所を襲撃してもいいですが……」
その言葉に、たっち・みーが何かを返す前に、外から大きな叫び声が聞こえてきた。
「大変だ! 墓地からアンデッドが溢れ出そうとしてる! 戦えない奴はなるべく遠くに逃げろ! 手が空いている冒険者は手を貸してくれ!」
その言葉を聞いた瞬間、たっち・みーは動き出していた。
「モモさん! ハムスケと一緒にあとから来てください!」
モモンガが反応するよりも早く、店の外に飛び出したたっち・みーは、パニックになりつつある町の光景を見た。
「地面を走るのは危険か……なら!」
たっち・みーは、駆け出した。地面を、ではない。
壁を駆け上がり、建物の屋上から屋上に跳ぶようにして最短距離を駆けたのだ。超級の身体能力があってこその荒業である。
それを運よく目撃した者達は、後に「純銀の騎士が空を飛んで助けにきた」などと噂し、たっち・みーの名声を高めるのに一役買ったのだが、それは少し後の話である。
それは、唐突に始まった。
エ・ランテルに存在する巨大な墓地。その中から、無数のアンデッドが溢れ出したのだ。
アンデッドの発生を監視するため、衛兵は常に何人かが立っていた。アンデッドが数体程度なら、十分対処できる程度の戦力は整っていた。
だが、その時現れたアンデッドは数千とも、万とも見える数だった。
「門を閉めろ! やつらに壁を昇らせるな!」
墓地の入口には丈夫な門が使われており、墓地をぐるりと囲む壁も分厚く丈夫なものだ。よほどのことがない限りそれを突破されることは起きないと思われていたが、その時起きたことはそのよほどのことだった。
後からあとから押し寄せるアンデッドが踏み台になり、高い壁を乗り越えようとする。衛兵たちは槍を用いてそれを崩し、なんとか昇られないように堪えていたが、その内、一人の衛兵にその死の手が迫った。
「うわっ!」
その衛兵の首に、蠢く長いものが絡みついていた。それは人間なら誰しもが持つ臓器のひとつ――腸だ。てらてらとピンク色の輝きを放っているが、もちろんそれが綺麗に見えるわけもない。当然普通の腸は蠢いて動くわけもないが、それはアンデッドの体の一部だった。
内臓の卵と呼ばれるアンデッド。体の中に無数の臓器を抱え込み、その臓器を用いた攻撃を行う。
腸に絡みつかれた衛兵が、その腸によって引っ張られ、壁の上から落下した。
「た、助けてくれえええええ!!」
絶叫。アンデッドに群がられ、食いつかれていく。
もはや誰にもどうにもならない。他の衛兵にできることはその二の舞にならないよう、後退することだけ。
そこに、白銀の閃光が降り立った。
アンデッドの群れの中に躊躇なく飛び込んだその閃光は、勢いそのまま、衛兵に群がっていたアンデッドを片端から吹き飛ばす。それが剣が振るわれた軌跡だと気付けた者は、その場にいた衛兵の中にはいなかった。
ただ、光がアンデッドを打ち払ったようにしか見えなかった。
そして、アンデッドたちが吹き飛んで開けた場所に、一人の純銀の戦士が立っていた。アンデッドからの返り血も浴びていないのか、その純白の全身鎧は穢れ一つなく、夜の暗闇を打ち払うような輝きを有している。
何が起きたのかわからない衛兵たちの前で、その戦士は落下した衛兵の傍に跪いた。
アンデッドに襲われ、血まみれになりながらも、その衛兵はまだ生きていた。何が起きたのかわからない様子ではあったが、意識ははっきりしているようだ。
「もう大丈夫だ」
戦士がそう言って盾を仕舞い、衛兵を肩に担ぎあげる。それは誰がどう見ても隙だらけで、人一人分の重荷を背負った格好の餌でしかなかった。アンデッドたちが一斉に襲い掛かる。
それらすべてを、戦士は片手で打ち払った。近づこうとしたアンデッドは、戦士によって振るわれる一撃に、真っ二つになりながら、斬りつけたときの衝撃で吹き飛ぶ。
あまりの光景にアンデッドたちが動きを止めると、純銀の戦士は軽く膝を曲げ、大きく飛びあがった。
人一人を抱えたまま、高い壁を乗り越えた戦士は、そこに助け出した衛兵を寝かせる。
「治療を頼む」
傍に立っていた別の衛兵にそう言って任せた戦士は、改めて盾を構え、剣を振るった。こびりついた血を払うようなそぶりだったが、刃には曇り一つない。
「数を減らす。もう少ししたら援軍も来るだろう。それまでなんとか耐えてくれ」
衛兵が何かをいう暇もない。戦士は再び飛び上がり、壁の近くまでやってきていた『集合する死体の巨人』に向かっていた。
武技を使っているようには見えない。ただ、剣を振り下ろしただけでしかない。
なのに、巨体を誇る『集合する死体の巨人』は脳天からつま先まで、真っ二つにされて崩れ落ちた。
戦士が動くたびにアンデッドが斬り飛ばされ、消滅する。絶望的なまでに押し寄せていたアンデッドの群れは、その数をわずか数瞬で半分以下に減らされていた。
唖然として立ち尽くし敷かない衛兵たちの前で、戦士は前へと進んでいく。アンデッドたちはそれを止めようとするが、そのはためくマントに触れることすらできない。
衛兵たちが見守る中、純銀の戦士は墓地の奥へと進んでいった。まるで群れを成すアンデッドなど、蟻の大軍でしかないというかのように、さらに奥へ奥へと。
次第に、夜の暗闇に紛れて見えなくなってしまったが、それでも衛兵たちの目にはその鮮烈なまでの白い姿が焼きついているかのようだった。
全員が呆然としている中、衛兵のひとりが呟く。
「おれたちは……伝説を目にしたんだ。純銀の戦士……いや、純銀の英雄だ」
改訂点(20151002)
・モモンガの心情描写を微修正しました。