オーバーロード ~たっち・みーさんがインしたようです~   作:龍龍龍

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カルネ村とギルド最大の危機

 遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)

 離れた場所の映像を映しだすだけのマジックアイテムだ。ゲーム上では対策の取られやすさから微妙アイテムのひとつとして数えられていたが、こうしてまったく地理が不明な地に来てしまったときは非常に役に立つアイテムとなっていた。モモンガはこれを用いた警戒網を作成しようと考えていた。無論、ナザリックの配下たちに命じて物理的な警戒網を敷いてはいるが、手段はひとつでも多い方が不足の事態にも対処しやすくなる。

 しかし、問題はゲームの時と違って、操作方法が表示されないうえに説明書も存在しないため、身振り手振りの手探りでこの鏡の操作法を一から調べなければならないということだった。

「ふむふむ……これが右移動……こっちで回転……」

 骸骨が何かのパントマイムをしているような、奇妙な光景が展開されている。その背後にはアルベドがとても慈愛の溢れる目をして立っており、モモンガの作業を見つめていた。

 そんな彼の部屋の扉を、誰かがノックした。モモンガが手を止める。

「誰だ?」

「モモンガさん。たっちです。入ってもいいですか?」

 ガタッ、とモモンガは思わず立ち上がっていた。

「どうぞお入りください!」

 そう声をかけた時には、アルベドが扉の前に移動していて、扉を内側から開いた。

「失礼します。……ああ、ありがとう。アルベド」

 開いた部屋の扉を潜り抜け、たっち・みーが部屋の中に入ってくる。

 現れたたっち・みーに向かって、モモンガは相好を崩した。骨の体であるゆえ、それはあくまでもたっち・みーがオーラで感じただけにすぎなかったが、モモンガがたっち・みーの訪問を喜んでいるのは間違いなかった。

「おはようございます、たっちさん。昨日はよく眠れましたか?」

「モモンガさん、おはようございます。……そうですね。十分休めましたよ」

 そういうたっち・みーの言葉は若干歯切れが悪い。その理由を考えたモモンガは、すぐにその理由を察した。睡眠のとれない状態になっている自分に配慮したのだ。

 たっち・みーは逆にモモンガに尋ねる。

「モモンガさんはあれからずっと作業していたんですか? 休まなくて大丈夫ですか?」

「ええ。大丈夫です。アンデッドに疲労というバッドステータスは存在しませんから」

「……しかし、精神的にはどうでしょう。休めるときは眠れなくても横になった方がよいかもしれませんよ。休息というのは精神的にも必要なものですし」

 睡眠はとれなくても、気持ちを落ち着かせるという時間は必要なはずだから。

「……そうですね。不都合を感じなかったのでそうしていませんでしたが……気をつけます」

「あれからなにか進展はありましたか?」

 言いつつ、たっち・みーはモモンガの傍に移動する。モモンガは自分の隣に椅子を作り出して、それをたっち・みーに薦めながら、あれから起きたことを説明した。

「あの後、私も気晴らしに夜の散歩にでかけました。……あ、最初は一人のつもりだったんですが、デミウルゴスに見つかってしまいまして……彼が護衛についていたので心配しないでください」

 一人で外に出るつもりだった、という言葉を聞き、たっち・みーは少し顔を顰める。

「気を付けてくださいね。外には100レベルを超える敵がゴロゴロしているのかもしれないんですから……次に外に出るときは一緒に行きましょう」

「おっ、未開の地をいざ冒険!ですね。ぜひそうしましょう!」

 モモンガはそのたっち・みーの発想が気に入ったのか、嬉々としていた。

「昨日の散歩ではナザリック上空を飛んで夜空を眺めただけで、外の世界はほとんど見てないのでご安心ください。ああ、そうそう! その時の夜空がものすごくきれいで! あれは一見の価値ありですよ! ブルー・プラネットさんが作った第六階層の夜空も素晴らしかったですが、この世界の空はそれとはまた別の美しさがあって……」

 興奮気味に話してくれるモモンガの言葉を、たっち・みーは思わず自分も楽しくなりながら聞いていた。

 十分な経緯の説明を受け、たっち・みーは部屋に置かれている鏡を見る。

「なるほど……それで、その遠隔視の鏡の操作方法を調べていた、というわけですか」

 モモンガは頷きつつ、その鏡に向き直った。

「ええ。でも、これがなかなかの難物でして……視点移動の方法はこれが右移動、こっちで左……こうすれば視点が合っている場所をぐるりと全方位から見れる……という感じでわかってきたんですが、肝心の視点を俯瞰にして引く方法がわからなくて……もう、お手上げですよ」

 外国人がそうするように、オーバーリアクションでモモンガが両手をあげる。

 すると、表示されていた画面が程よく引かれた。

 思わず、モモンガとたっち・みーは視線を交わす。

「……なんか、できちゃいました」

「……えーと、おめでとうございました?」

 互いに間の抜けたやりとりが面白く、ふたりして噴き出してしまった。しばし穏やかに笑い合う。

 モモンガが昔のように楽しそうにしているという事実に感動したアルベドが、目の端に浮かんだ涙をこっそり拭ったのにも気づかないほどに、ふたりはしばし楽しく笑い合った。

 ひとしきり笑った後、モモンガは改めて遠隔視の鏡に向き直る。

「さて、ともあれ、これで周辺の地理が探索しやすくなりましたね。どこかに人里は……と」

 まずはこちらの世界にはどのような住民がいるのか、人はいるのか、いるとしたら強さはどれくらいで、文化レベルや魔法の技術はいかようなものなのか、ということを調べなければならない。

「自給自足はできなくはないと思いますが……誰もいない世界だったらどうします?」

 安全という意味ではそれ以上ない世界と言えるが、そんな生物が死に絶えたような世界に住みたいとは思えない。

「あんまり嬉しくないですね……せめて、言葉を交わせる生物くらいはいて欲しいものです」

「NPCたちがいてくれるだけ、誰もいなかったとしても、マシですけどね……」

 そう言ったたっち・みーは、またセバスのことを思い出したのか若干雰囲気を暗くする。眠りにつく前に色々と考えたが、結局いい案は思い浮かばなかった。

 モモンガはそのことを察したのか、慰めるように言う。

「いま、セバスは率先して大墳墓周辺の調査に乗り出してくれています。数日したら帰ってくる予定です。戻ってきたら、一度一対一で話すといいと思いますよ」

 そのことを聞いたたっち・みーは、「ああ、自分からできる限り離れたかったのだな」と解釈した。そう考えると、一度休んで払ったはずの陰鬱な気分が再び襲ってくる。

 モモンガはたっち・みーの気配の変化を敏感に察して、重ねて何か言おうとした。

 しかし。

「……おや?」

 ふと、遠隔視の鏡の画面に揺らめくものが映って、その意識が持って行かれる。

 そこに焦点を合わせ、拡大した。

「これは……火?」

 たっち・みーも横から画面を覗き込んだ。目を細めて、唸る。

「ここはどうやら村、のようですが……火事でしょうか?」

「なにか様子がおかしいですね」

 ズームした画面に映し出された光景は、凄惨なものだった。

 騎士のような格好をした男たちが、村人を追い立て、殺している。老若男女問わず、とにかく動くものを皆殺しにしようとしている。四肢の腱を切り裂かれ、芋虫のように這いずることしかできなくなった青年を、騎士が4人がかりで踏んで嬲っていた。青年はすでにこと切れているのに、執拗に何度も足を振り下ろしている。周りの光景から察するに、よりひどい殺され方をした者も多数いるようだ。

 それは虐殺という言葉が相応しい地獄絵図だった。

「……ちっ!」

 モモンガは嫌なものを見た、とばかりにさっさと視点を変更しそうになって、愕然とした様子で動きを止める。そして、恐る恐るという様子で隣の席に座る男を見た。

「……たっちさん」

「なんでしょうか、モモンガさん」

 思った以上に、平静で冷たい声。

 モモンガは若干の違和感を感じつつも、素直に口を開いた。

「たっちさん。正直に言います。私は人間が殺されている……一方的な虐殺を受けているところを見ても、何も感じません。ここに来る前であったら、卒倒しててもおかしくない光景なのに」

「……」

「異形種に……アンデッドになってしまったから、なんでしょうか……精神構造も変化してしまっている様子で、まるで、虫の戦いを見ているような気持ちで……たっち、さん?」

 不安そうなモモンガの呼びかけに、たっち・みーは深く息を吐く。

 それが精神を落ち着けるためのものだとモモンガは察する。

「私も正直に言います、モモンガさん。この光景を見て、私はいま非常に気分が悪いです」

 一瞬、モモンガは体を固くした。たっち・みーはそれに気づきながらも、言葉を続ける。

「でもそれは人間が殺されているから……ではありません。私が不快に思っているのは、明らかに非戦闘員であり、剣も魔法も使っていない相手を、嬲り殺すようにしている行為そのものに対してです」

 それは彼にとって、ある光景を思い起こさせた。

 まだレベルも何も極まっていない、やろうと思えば簡単にPKできる相手を、あえて攻撃力の低い技や魔法を使って、徐々に追い詰めるように、嬲るようにして倒していた悪質なPKプレイヤーたちの行為。そんな存在のせいでユグドラシルをやめたという話を何度聞いたことか。

 そしてなにより。

 

 それはかつてのモモンガを攻撃したPKたちと同じ行為だった。

 

 その時にも覚えた憤怒の感情が、胸中で渦巻いている。

 たっち・みーは静かに立ち上がった。モモンガをして、その身にまとう怒りのオーラは圧力を感じさせるほどに強いものだった。

「……助けに、行くんですか?」

「彼らには彼らの事情があるのかもしれません。実は村人の方が悪人で、口に出すのも憚れるような悪影響を国にばらまいたのかもしれません。そんな悪逆の大罪人を騎士たちは誅殺しに来ているだけなのかもしれません」

 殺戮を楽しんでいるようにしか見えない騎士たちがそんな存在であるとは思えなかったが。

「それに、相手の戦闘力は不明で、もしかすると私たちなんて一蹴できてしまう実力かもしれません。この世界の基準がわからないのですから、そういう可能性があるのはわかっています」

 だが、それでも。

「誰かが困っていたら、助けるのは当たり前」

 強く、たっち・みーは断言した。

 その言葉にモモンガはかすかに微笑む。

「……了解です。それでこそ、たっちさんです。いずれにせよ、いつかはこの世界における自分たちの戦闘力を測らなければならないわけですからね。……アルベド!」

「はっ!」

「至急、ナザリックの警戒レベルを最高レベルに引き上げろ。ここの守護はセバスに任せる。至急呼び戻せ。お前はセバスに指示を伝達後、完全武装で村まで追いかけてこい。それから後詰の準備だ。この村に――」

 モモンガが次々指示を出している中、遠隔視の鏡に、幼い二人の少女が騎士に追われている光景が映し出された。姉らしき年上の少女が、兵士を殴り飛ばして逃げようと試みている。しかし、当然ながら兵士には大して効いておらず、逆に激昂させてしまい、妹を連れて逃げようとした少女は背中を斬られてしまっていた。

(もう時間がない――)

 たっち・みーはアイテムボックスの中から〈転移門〉の魔法が封じられた魔封じの水晶を取り出した。たっち・みーは行ったことのある場所や直接目にした場所に瞬時に移動できる〈転移門〉の魔法を習得できる職業を取っていないが、そのアイテムを使えばたっち・みーにも〈転移門〉が使用できる。

「すみませんモモンガさん! 先に行きます!」

「えっ。たっちさん!? ちょっと待っ――」

 最後まで聞かず、たっち・みーは魔封じの水晶を使用して、開いた〈転移門〉に飛び込んだ。

 

 妹をかばうように抱きしめた村娘に向けて、騎士の剣が振り下ろされる。

 〈転移門〉から飛び出したたっち・みーは、娘たちと騎士の間に自分の剣を突き出し、騎士の剣を受け止めた。いや、正確には受け止めようとした。

 だが騎士の剣は、たっち・みーの剣と触れ合ったところから、まるでバターか何かのようにすっぱりと両断されてしまった。斬れてしまったことで、その斬れたところから先の刃が重力に従って村娘の上に落ちそうになる。

 予想外の現象にたっち・みーは本気で慌てる。相手の攻撃が重い、あるいは強いという方面では警戒していたものの、刃と刃を合わせた結果、相手の剣があっさり切断されるなどということはさすがに想像していなかった。

(まずいっ!)

 咄嗟の判断で、たっち・みーはもう片方の手に持った盾を使って、斬り飛ばされた騎士の切っ先を弾き飛ばす。これも正確には弾き飛ばそうとした、だった。

 バギャンッ、と大きな音がして刃が粉々になってしまったのだ。粉々に飛び散った剣の欠片が、陽光を反射してキラキラと輝く。ただ弾き飛ばそうとして消し飛ばしてしまったが、なんとか村娘たちには傷をつけずに済んだようだ。

 ほっ、とたっち・みーが安堵する。とっさのことで目の前にいる敵のことを忘れていたが、相手も何が起こったのかわからず混乱しているようだった。たっちは棒立ちの騎士に向かって剣を振るうべきか、武器を放棄して村娘たちを抱えて下がるべきか迷った。

 一瞬、奇妙な間が生まれる。

「たっちさん!」

 その時、たっちを追って〈転移門〉から飛び出してきたモモンガが、即座に自分の一番得意な魔法を発動させる。

「〈心臓掌握〉!」

 対象を即死させる第九位階魔法だ。それは仮に抵抗されても意識を朦朧させるという副次効果がある。初手にそれを選んだのは、モモンガが一番得意な戦法だと、たっち・みーもよく知っているからだろう。もしもそれがこの騎士に利かなければ、本気で逃走する方針に切り替えなければならない。

 しかし、騎士はその魔法に対して抵抗することができず、心臓を握りつぶされ、糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。

『効いた……! よかった! たっちさん。これなら少し余裕を見て実験が出来そうです』

 人が死んだ、いや、殺したにも関わらず、モモンガは何とも思っていないようだった。そしてそれは、たっち・みーも同じである。目の前で殺人が起きたというのに、心に動揺が一切生まれない。非道な行為をしていた彼らに怒りを抱いていると言っても、異常なことだった。

 しかしあえていまはそのことを考えないようにする。

『では、次は私が力を確かめてみましょう。モモンガさん、見守っていてください』

 そういうたっち・みーの視線の先では、もう一人の騎士が突如現れたたっち・みーとモモンガを見て、息を呑んでいた。同僚が突然死んだことに動揺しているらしい。

「ひぃいいっ、な、なんだてめえらはぁ!?」

 たっち・みーは自分の持つ剣と盾を構え直し、一歩、その騎士に向かって歩みを進める。

「か弱い女子供を追い掛け回して、楽しかったか?」

 言葉に込められた怒りの圧力に思わず後ずさる騎士。

 それに対し、たっち・みーは淡々と宣告する。

「剣を構えろ。せめてのもの慈悲だ。騎士として殺してやる」

 相手のことを舐めてはいなかった。モモンガの魔法には抵抗できなかったし、剣があっさり砕かれる程度の強度しか持っていないことも確認していた。それでも何かしら脅威となる能力を持っているかもしれない。

 ゆえに、たっち・みーは全力を振るうことにした。レベルがわかっていた炎の精霊には出さなかった、本気を。

 前衛として、アインズ・ウール・ゴウン最強の存在として、ワールドチャンピオンとして上り詰めた全力を。

 ありとあらゆる特殊技術をあますことなくすべて使用し、臨戦態勢になる。

 ジリッ、とたっち・みーの周りの空間が音を立てて歪んだ。数ある特殊技術のうちの一つ〈威圧Ⅴ〉は本来ボス戦で登場する取り巻きの行動を牽制するための特殊技術だ。しかしワールドチャンピオンという職業にあるたっち・みーが使うそれは、並のダンジョンのボスならば容易く怯ませ、初手の行動を遅らせるという域に達している。

 そんなたっち・みーの〈威圧Ⅴ〉を真正面から受けた騎士は。

「ひ、ひいいいいいっっ!!」

 無様な悲鳴を上げ、手にしていた剣を放り出して逃げ出した。

 その騎士の行動に、たっち・みーは本気の不快感を覚える。

 

 しかし、逃走を選んだ騎士を責めるのは可哀想というものだろう。

 彼の状況をわかりやすく言うならば、目の前に突然巨大ロボが現れて、理知的な言葉で「剣を構えろ」と言ってきた。だがそのあとでそのロボが全身に満載された重火器やらブースターやら、全ての武装がいまにも発射されそうな状態になったようなものだ。

 果たして、どれほどの人間がその場から逃げ出さずにいられるだろうか。

 無論、真に騎士の心を持つ者が背後に守るべきものを背負っているのならば、それでもなお立ち向かったかもしれない。だが、その時たっち・みーと相対していたのは、虐殺を喜んで行い、自分よりも弱い者を嬲り殺すことに快感を得るような男だった。

 自分が絶対に敵わないと確信できる存在に対して、立ち向かう勇気は持ちようがなかった。

 

 たっち・みーの爆発的な踏み込み。しかし、その一歩目の予兆は特殊技術で消され、気が付けばたっち・みーの体は逃げた騎士のすぐ背後まで迫っていた。

 騎士が振り返る暇もない。

 容赦なく振るわれた剣が、空気を薙ぐように男の体を薙ぐ。あまりに綺麗に切断されたためか、男の首は何が起きたのかわからないという様子でしばらくの間ぴくぴくと眼球を動かしていた。

 人を斬ったはずのたっち・みーの剣には、曇りひとつなかった。

「……愚か者が。騎士として死ねるチャンスだったのに」

 やれやれ、とたっち・みーはため息を吐いて、モモンガの方へと歩み寄った。

「防御はわかりませんが、攻撃に関しては問題なさそうです。しかし、あれだけのスキルを使う必要はなかったですね。基礎戦闘能力だけでも十分なんとかなりそうです」

「みたいですね。でも、もう少し確かめてみましょう。――中位アンデッド作成、死の騎士」

 そういってモモンガがアンデッド作成という特殊技術を持ちいると、黒い靄のようなものが溢れ、騎士の死体にとりついた。死体がゆらりと立ち上がり、その体の中からしみ出した黒いタール状の何かが巨大な体を形作っていく。

「げっ、アンデッド作成の特殊技術はこんな風になるんだ……」

「この世界では色々と効果が変わっているようですね」

 数秒後、そこに現れたのは身長二メートルを超える巨大な死霊騎士だった。デスナイトというそのアンデッドに対し、モモンガは命令を下す。

「デスナイトよ。この村を襲っている、そこの鎧と同じものを着た者を殺せ」

「ウオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 生者すべてを憎むというような雄叫びをあげ、デスナイトが駆け出していく。

 守るべき対象(モモンガとたっち・みー)を置いて。

 あまりに自然に駆けだされたため、止めるタイミングを逃した手をひらひらと揺らしながら、モモンガは唖然とした声をあげた。

「えー……盾になるモンスターが、守る対象をおいていってどうするよ……命じたのは俺だけどさ……」

 その言葉と仕草、半開きになった口が必要以上にコミカルに感じられて、たっち・みーは思わず吹き出してしまった。モモンガの顔が自分の方を向くのを見て、たっち・みーは慌てて咳払いをして誤魔化す。

「こほん、失礼。……どうやら、使役するモンスターへの命令の自由度がかなり広がっているみたいですね。必ずHPが1残るというスキルや、100分で消えてしまう仕様はどうなっているのでしょうね」

「そうですね……実験しなければならないことはたくさんありそうです」

 そういって二人で話し合っていると、開きっぱなしになっていた〈転移門〉から全身鎧に身を包んだアルベドが現れた。

「モモンガ様、たっち・みー様。準備に時間がかかってしまい、申し訳ありません」

「いや、いいタイミングだ。アルベド」

「すべての伝達は済んでおります。ご指示を」

「うむ。いま生み出したデスナイトがどうなるかも踏まえ、実験を行う。と、その前に……怪我をしているようだな」

 そう言ってモモンガは言って、助けた姉妹にポーションを差し出そうとした。しかし、たっち・みーが寸前でその肩を掴んで、それを止める。

「モモンガさん! 彼女たちが怯えています。自分のアバターの外見を思い出してください」

「え……? あ、そうか」

 指摘されればすぐ気づく。リアルで骸骨が喋りかけてきたら、いくら命を助けてくれた相手ではあっても怖い。いまのところモモンガもたっち・みーも騎士を一蹴しただけで、ろくに彼女たちに声をかけていないのだから、余計にだ。

 モモンガは手に持ったポーションをたっち・みーに差し出す。

「では、たっちさんが渡してあげてください。あなたの方がまだ怖くないでしょうから」

「……そうですね。わかりました」

 モモンガからポーションを受け取りつつ、たっち・みーは姉妹に近づいた。びくり、と二人が体を震わせるが、たっち・みーはあえて気にしない。

 片膝をついて、視線の高さを可能な限り揃える。子供を相手にする際には当たり前の配慮で、子育ての経験のあるたっち・みーはそれを自然に行うことができていた。

「もう大丈夫だ。これは治癒のポーション。傷が治るから、飲みなさい」

 たっち・みーの種族は異形種ではあるが、全身に鎧を着こんでいることもあって、見様によってはちょっと変わった鎧という認識でいられるかもしれない。果たして姉妹がどう思ったかは不明だが、なんとか安心させ、信じてもらうことはできたようだった。

 ポーションを飲みほして傷が癒えた村娘は、信じられない奇跡を見たとばかりに驚いている。その元気そうな様子に満足し、たっち・みーは離れる。

 そこに、モモンガが防御用の魔法を張り、さらには小鬼将軍の角笛というゴブリンを召喚して戦わせることができるアイテムまで与えた。

「では、村を救いにいくとしようか。我が友よ」

 姉妹の前だからか、やけに大仰な言葉でモモンガがたっち・みーを促す。たっち・みーは密かに苦笑しつつ、頷いてその背後に続いた。

「あ、あの! 助けてくださってありがとうございます!」

 そんな二人に、助けられた村娘が声をかけた。

「お二人のお名前は……なんとおっしゃるんですか?」

 その言葉に、視線を交わしたモモンガとたっち・みーは、誇りを持って応える。

「我が名を知るがいい。我こそが、アインズ・ウール・ゴウンの支配者、モモンガ」

「同じくアインズ・ウール・ゴウンの騎士、たっち・みーだ」

 去っていく二人の背に、娘たちは羨望に満ちた眼差しを向けていた。

 

 

 デスナイトが騎士たちの相手を適当にしている間に、モモンガとたっち・みーは村の周囲に展開していた別働隊で実験を行っていた。

「さて……こんなところか」

 自分の体に突き刺さっていた剣を抜き取り、傷一つないことを確認したモモンガが呟く。 

 たっち・みーはその傷一つない純銀の鎧にこびりついた人の血肉をぱっと払った。

「この村に攻めてきている奴らが特別弱いのかどうかはわかりませんが、いまのところ脅威になりそうな敵は確認できませんね。防御力が低い代わりに攻撃力が高いのかと思えば、まったくそんなことはありませんでしたし」

「派手に暴れているデスナイト程度がいまだに破壊されていないということはそうなのでしょうね。さて……」

 モモンガはアイテムボックスの中から無骨なガントレットを取り出した。それを両手にはめて骨の体を隠す。

「やれやれ。スケルトンのようなアンデッドを選択するプレイヤーは、ユグドラシルじゃ珍しくなかったんだけどなぁ」

 見目はともかく、自然と付与される様々な状態異常を無効する能力はゲーム的に魅力で、選ぶプレイヤーは比較的多かった。だからいままで気にしていなかったのだが、こちらの世界に住む者が怯えるというのなら、対策をしなければならない。

「私も頭部は隠さないといけませんね。一時的に人の姿を取ることはできますが……ずっと〈人化〉の特殊技術を使い続けるのはしんどそうですし、頭まで鎧にしておきます」

 元々が鎧っぽい外見の頭部であるため、鎧の上に鎧を着ているような違和感はあるのだが、仕方ない。視界を確保するスリットは細く、中がうかがえないものを選んだ。普通なら視界が狭くなって困るところだが、特殊技術を用れば視界に頼らなくとも済む。

「たっちさんが顔を隠すと、いよいよただの聖騎士にしか見えなくなりますね」

 モモンガはそう言いつつ、アイテムボックスの中から一枚の仮面を取り出す。顔を隠すためのアイテムだろう。たっち・みーが見たことのない仮面だった。

「おや? 見たことのない仮面ですね。モモンガさん、その仮面はどういう効果が……あっ」

 聞きかけてから、たっち・みーは思い出す。ユグドラシルで、いつだったか強制的に配られた呪いのアイテムの噂を。クリスマスイブの夜に既定の時間以上ログインしていると強制的に入手してしまうという、呪われたアイテム。

 嫉妬マスク。

 モモンガは無言のまま、その怒っているとも笑っているとも判断のつかない仮面を装着する。そして、じっとたっち・みーを見つめる。その奥にはそもそも眼球すらないはずなのに、たっち・みーはその仮面の奥からはっきりとした嫉妬の視線が自分に向けられているのを感じていた。

「……本当に、ごめんなさい」

 深々とたっち・みーが頭を下げる。

「……いえ……いいんですよ。たっちさんがリア充なのは前から知ってますし。持ってるわけないですよね」

 モモンガはそっと目を逸らした。

 ひょっとしたら。

 この二人が唯一決別しかけたのは、この瞬間だったかもしれない。

 

 

 

 




没ネタ

 村を助けに行くのか、というモモンガの問いに、たっち・みーは立ち上がりながらマントを翻した。
「誰かが困っていたら、助けるのは当たり前!」
 そういうと同時に、たっち・みーの背後に『正義降臨』の四文字が躍った。
 モモンガはああ、なつかしいなぁ、という気分に浸りつつ、その文字が躍るのを眺めていた。
「……それ、この世界でも出せたんですね」
 そうモモンガが訊くと、たっち・みーは軽く頷く。
「ええ。まさか出せるとは正直思ってなかったんですが……普通に出せてしまいました。……これ、この世界の人にはどういうものとして受け取られるんでしょうね?」
「うーん、この世界の常識がわからないのでなんともいえませんが……一度試しに出してみるのはいいかもしれませんね」
 そんなわけで、姉妹を騎士から助けるときに決め台詞と共に使ってみました。

「誰かが困っていたら……助けるのは、当たり前!」

 決め台詞に決めポーズまで決めてノリノリである。
 モモンガは案外お茶目でノリのいいたっち・みーに苦笑しながらも、姉妹の様子を伺った。
(あっけに取られるくらいならいいが……冷たい目で見られたら、たっちさんしばらく立ち直れないだろうなぁ……そうなった時は記憶操作を使って、彼女たちの記憶を消して……少しでもたっちさんが落ち込まないように……!?)
 姉妹の表情を見たモモンガは思わず絶句した。
 姉妹はあっけに取られているのでも、冷たい目を浮かべているわけでもなく、ただ、感激したようにはらはらと涙を流しているのだった。
「ああ……神様……私たちをお助けになってくださってありがとうございます……!」
「ありがとうございます!」
 土下座と見間違うばかりの深々とした礼。それに一番慌てたのは半ば場を和ませるためのジョークのつもりだったたっち・みーであり、傍で見ていたモモンガだ。モモンガは姉妹に対して尋ねてみる。
「ど、どういうことだ? お前たちは彼の背後で踊っている文字の意味がわかるのか?」
「いえ、わかりません。意味はわかりませんけど……すごく神々しい感じがします……これがきっと神様の御威光というものなのですね。徳の高い人の前にしか現れることはないと言われている神様の使い……貴方様は、きっとそんな存在なのでしょう? そんな存在が、私たちのような取るに足らない存在を救いに来てくれた……感謝してもしきれません。一生の信仰を捧げます!」
「捧げます!」
 この世界の者にとって、キャラクターの背後に展開されるエフェクトは、いわゆる「後光」と同じような存在だと認知されているらしい。
 なお、大人の村人の前でも同じことをやってみたところ、姉妹とまったく同じ反応をされ、神様の使いとして歓待を受けることになりましたとさ。


 ……さすがに、場の空気にそぐわなかったので没にしました。
 原作小説でもコミカライズでもたっち・みーさんがモモンガさんを助けるシーンは格好よく描かれているのに、なぜアニメはああなった……?
 いや、あのシュールな絵も嫌いではないですけどね?




改訂点(2015/09/10
・たっち・みーがカルネ村に移動する際に使用するアイテムをスクロールから魔封じの水晶に変更。




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