オーバーロード ~たっち・みーさんがインしたようです~   作:龍龍龍

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初めての依頼

 ルクルットの語った仕事の内容は、端的に言えばモンスター討伐だった。

 ただし、それは特定の誰かから依頼される性質のものではなく、街道の安全を確保するという意味合いが強いものだった。しかし、もしそこで強大なモンスターを倒すことができれば、それは一気に評価が高まることに繋がるということだ。

「と言っても、普通はそんな強力なモンスターを狙ったりしないんだけどな。森から街道にあふれ出てくるモンスターを狩るだけだから、そんなに強いモンスターは出て来ないんだ」

「うむ。糊口を凌ぐのに必要な仕事である」

 漆黒の剣の面々が世間話のようにその仕事の形式を作り出した黄金の王女なる人物の噂をしたり、貴族に対してニニャが不自然な敵意をむき出しにしていたり、様々な話をしている間に、たっち・みーとモモンガは〈伝言〉でこっそり会話を交わす。

『どうやら、彼らがいう仕事というのは、ユグドラシルでいうところのPOPするモンスターを狩って、ドロップアイテムを手に入れる、みたいなことのようですね。たっちさん』

『そのようですね。ルクルットがいう通り、この仕事を受けて偶然にでも強大なモンスターを討伐できれば、一気に評価をあげられるかもしれません』

『彼らと一緒に行動するんですか?』

 少し嫌そうな様子でモモンガがそう尋ねてくる。たっち・みーはモモンガの気持ちももっともだと感じた。

『……そうですね。この仕事の内容であるのならば、特別彼らと一緒に行動する理由は……ないこともないですが……しかしモモンガさんの気持ちを優先してもいいと思います』

 強さの証明は多い方がいい。彼らと一緒に行動すれば彼らがたっち・みーたちの強さを喧伝してくれるだろう。

『…………』

 モモンガが沈黙する。彼らと共に行動することによるメリットとデメリットを計算しているのだろう。二人だけで行動するなら、彼らの目を気にする必要がないというのが最大のメリットだ。それこそナザリックの者たちも使った人海戦術を行い、強力そうなモンスターを狩りだすということもできるだろう。

 だが、彼らと共に行動することで生じるメリットというのも馬鹿に出来ない。

 まずコネクションの構築に繋がる。さらには知っておきたい一般常識に近いことを尋ねることも出来る。普通の冒険者がどういう風に活動していて、どの程度の影響力があるかを知れるのも大きい。さらに、万が一の時は口封じをしやすいというのも、あまり積極的に取りたいことではないにせよ、捨てがたいメリットだ。あまり有名な存在だと騒ぎになったり、怪しまれたりすることがあるが、一般的な冒険者なら強力なモンスターと遭遇したことによる不幸な事故を装うことが出来る。

 たっち・みーはかつての自分なら想像してもすぐに却下する発想をしていて、しかもそれを普通に用いろうとしていることに気づいて顔を顰めた。

(……異形種の精神構造というのは厄介だな、本当に)

 モモンガにも気づかれないようにひっそり息を吐いたたっち・みーに、モモンガが固い声で言う。

『……彼らに協力して行動しましょう。色々なメリット・デメリットを考えると、その方がいいと思います。ルクルットは……不本意ですが、この姿に好感を持っている様子。なら、普通なら聞けないような重要な情報を聞き出すことも出来る可能性があります』

『……いいんですか?』

『いいんです。ただ、私が直接話しかけて変に調子に乗られても困りますので、ルクルットの対応は基本的にはたっちさんに任せます』

 そういうモモンガに、たっち・みーはやはり二人で行動するべきかと思ったが、その前にぺテルが羊皮紙を取り出して広げて見せてきた。この近郊の地図のようだ。

「実は私たちは明日からその仕事に出るつもりでして……南方の森の近辺を中心にモンスターを狩るつもりです。行って討伐して帰って来て、大体三日というところでしょうか。タツさんたちには少しばかり物足りないかもしれませんが」

 自然と受ける方向で話が進んでいた。たっち・みーは少し悩んだが、その流れに乗ることにする。

「ちなみに、この近辺にはどのようなモンスターが出るんだ?」

「基本はゴブリンやそれが従えているウルフ、ちょっと強いのはオーガですね。森に入ればもう少し危険なモンスターも出てきますが、そこまではいかないつもりです」

 たっち・みーは頷き、確認すべきことを確認する。ユグドラシルの知識でいえば、非常に強いゴブリンもいるが、そういったものはこの辺りにはいないという答えだった。

 ぺテルが羊皮紙を丸めながら、二人に尋ねてくる。

「そんなわけなんですが……どうでしょう。タツさん。私たちに協力してもらえますか?」

「ああ。わかった。色々と教えてくれてありがとう。ぜひ協力させてもらおう」

 たっち・みーがそういってぺテルに向けて手を差し出す。ぺテルは破顔してその手を受けた。

「ありがとうございます! 心強いですよ!」

「それは、本来私たちがいうべきじゃないか?」

 たっち・みーは苦笑してそう言った。銀のプレートを持つ彼らが、銅のプレートを持つ自分たちを心強いというのは、おかしな話だ。しかし、その屈託のない言葉に、ぺテルがプレートが示すクラスなどで人を見下したり侮ったりしない誠実な男であるということが知れる。

 ぺテルと握手を交わしたたっち・みーは、そこで本来先に話しておくべきことがあったのを忘れていたことを思い出す。

「……っと。すまない。どうするか決める前に、報酬の話をしておくべきだったな」

 すでに大量の資金があるために、その部分への意識が疎かになってしまっているようだ。ぺテルは素で忘れていたのか、もっともだというように何度も頷いている。

「とりあえず、タツさんのチームと私たちのチーム、二チームでの協力ということになりますから……チームで分割するのはどうでしょう?」

「チームの人数を考えると、ずいぶん気前がいいな?」

「ですがモンスターが現れたらタツさんたちには半分を受け持ってもらいます。使える魔法は位階だけでいえば同じ第三位階とはいえ、こちらとそちらでは習熟度に差がありすぎますし。そういったことを考慮に入れると、それでちょうど釣り合うくらいかな、と思うんです。あ、もちろん私達で倒せないようなモンスターをお二人が倒した場合、その分の報酬まで分割して欲しいとは言いませんから、ご安心ください」

 どこまでの誠実な申し出に、たっちとしてはありがたく感じた。どうせ一緒に行動するなら、こういった人物の方が好ましいからだ。

「それならこちらは問題ない。……共に仕事を行うのだし、信用の証として顔を見せておこうか」

 たっち・みーはそういうとヘルムを外す。

 中から現れた顔をみた漆黒の剣の面々は、それぞれ思い思いの表情を浮かべた。

 ぺテルとダインは純粋な驚きの表情を、ルクルットはなぜか悔しげな表情を、そしてニニャは――なぜかその頬を赤くした。

「……黒髪黒目、ということはモモさんと同じで、この辺りの方ではないですね。旅をしてきたとおっしゃっておられましたが……同郷の仲間ということでしょうか?」

 ぺテルがそういうのを受け、ダインが続ける。

「南方にタツ氏やモモ女史のような顔立ちが一般的な国があると聞いたことがあるのである」

「ああ。かなり遠方から来たんだよ」

 たっち・みーがそう受け答えしている脇で、ルクルットが負け惜しみのように「意外と歳行ってるな、おっさんだな」という風に呟く。それを受け、ニニャが「で、でもすごく素敵ですよ。というか第三位階の使い手と互角の戦士ならどうしたってそれぐらいの年齢になってしまいますし……それに、それにしたって十分お若く見えます」などという会話をぼそぼそ交わしているのを、たっち・みーの鋭い聴覚が捉えていた。

 同じくその会話を聞いていたであろうモモンガが、なぜか自分のことのように得意げに頷いているのが視界の端に映る。

(……人化している時の顔は元の世界での顔がベースになっているんだが……ちょっと格好よく盛りすぎたか?)

 ユグドラシル時代にはそもそも全身鎧を脱ぐということがほとんどなかったし、システム的に人化を使う意味がほとんどないように設定されていたため、めったに使わない人化時の外装はほとんど弄っていなかった。

 ただし、たっち・みー自身は気づいていないことだったが、彼の顔面偏差値のレベルは何も弄らない状態でも普通に高く、美男美女が多いこの世界においても遜色ないレベルだったりする。

 かつて、たっち・みーと反目していたウルベルトがある拍子に「何が天は二物を与えないだ、ふざけんな! 二物も三物も四物も与えやがって!」と魂の叫びをあげてしまう程度には、たっち・みーという人物は色々と規格外なのである。

 たっち・みーはそんなことには気づかないまま、再びヘルムを被る。

「二人とも異邦人だと知られると厄介ごとに巻き込まれる恐れもあるからな。隠しているんだよ」

 実際は人化に伴う消費が半端なく、長時間維持することができないからである。同じような存在であるセバスはそうでもないどころかずっと人化していても問題ないというのに、だ。不公平だとは思うが、ユグドラシルの名残だと思って仕方ないと割り切るしかない。

「さて。協力して狩りを行うのであれば、互いの疑問をいまのうちに解消しておいた方がいいだろう。私たちに何か聞きたいことはあるか?」

 特に手はあがらなかった。

「ならばお互い質問はないということで……出発は明日の早朝とするか?」

「そうしたいところですが……依頼というわけではないにせよ、討伐に行くことは組合に連絡する必要がありますので、明日の朝一に組合で落ち合いましょう」

「了解した。よろしく頼む」

 そういって、ひとまず漆黒の剣の面々と別れたたっち・みーたちだった。

 時間も遅くなってきていたため、宿に向かって歩き出した二人は、軽い調子で言葉を交わす。

「いや、いきなり告白が聞こえてきたときは何事かと思いましたが……なんとかいい形に落ち着いてよかったですね」

「……まあ、明日から仕事の間、あれのアタックを受け流さないといけないのかと思うと、色々複雑というか、超面倒な気持ちですが……タツさんがいればあれもそう思い切った行動はとらないでしょう」

 淡々とした様子のモモンガの言葉に、たっち・みーは苦笑するしかない。落ち着いて考える時間が確保できたことで、男に告白されたという事実に不快感が生じたのか、モモンガはすっかりルクルットのことを「あれ」呼ばわりである。同じ男として、気持ちは十分にわかるため、たっち・みーはそれを訂正しようとは思わなかった。実際に相手と接するときは最低限の配慮くらいはできるだろうというモモンガへの信頼もある。

 なので、そこには言及せず、たっち・みーは話を切り替える方向に水を向けた。

「ともあれ、初めての仕事ですし、漆黒の剣から一般的な冒険者としての情報を得ることも含めてがんばりましょう」

「ええ、そうですね」

 二人は頷きあって、宿へと戻って行った。

 宿の部屋に入ったところで、たっち・みーに〈伝言〉が入る。

「ん? エイトエッジアサシンか? どうした?」

『はっ。たっち・みー様。例の女戦士の動向を監視しておりましたが、お耳に入れておきたい情報がございます』

 そのエイトエッジアサシンから齎されたのは、意外な情報であり、たっち・みーが予測もしていなかった情報だった。

 

 

「なんだと……? あのポーションが?」

『はい。どうやらこちらの世界では極めて希少性が高いもののようです』

 たっち・みーは愕然としてベッドに腰を落とす。ユグドラシルでは簡単にストック上限に達してしまうようなポーションが、まさかこちらの世界では存在すらも疑問視されていた希少なものだとは想像もしていなかった。たっち・みーが懸念していたのはあくまでも女戦士の持っていたポーションが本当はもっと効果のあるもので、効果の低いポーションを渡してしまっていた可能性だったのだが。

 とんでもないミスだ。場合によっては、無意味に敵を呼び寄せてしまっていた可能性すらある。のんきに町の散策などしていたが、あまりにも無防備だった。直接的な被害が出なくても、そのポーションが情報として、まずいところに流れるという危険もあった。

「……それで、その後、その冒険者はどうした?」

 たっち・みーが尋ねると、エイトエッジアサシンは即座に応じる。

『リイジー・バレアレにポーションを売るように求められましたが、それは拒否し、代案として湿らされたポーションの持ち主――たっち・みー様のことを伝えておりました』

「……ん? ポーションは冒険者がそのまま持って行ったのか?」

『はい。どうやらリイジー・バレアレに提示された大金よりも、この機を逃せば二度と手に入らないであろうポーションの確保を優先したようです。大事そうに荷物の中にしまいこんでおりました』

 厄介なことになった。

 たっち・みーはそんな気分で顔を顰める。取り戻したいが、価値を知ってしまった以上、あの冒険者の女性がそれを手放すことはしないだろう。エイトエッジアサシンたちに命じれば即座に女性を殺して取り戻すだろうが、元はといえば自分のミスが招いて、自分からポーションを渡した結果だ。

 力任せに取り戻す行為が果たして正しいのだろうか。

 これが自分のことだけであればこんなに悩みはしなかった。失敗は失敗として、それに連鎖しておこるどんな結果とて受け入れる。

 だが現状、たっち・みーはナザリック地下大墳墓を背負っている。それを守るためであれば、自分の主義や主張は抑えるべきだ。

 すでに一度、我儘を言ってカルネ村を救うということもしている。つまりあの女性の冒険者については、自分の主義主張とはちがっても、殺してポーションを取り返し、後顧の憂いを絶つべき――

 

 頭を軽く叩かれて、小さな衝撃が走った。

 

 加減されているのか、痛くはない。しかしそれは確かな衝撃となってたっち・みーの意識を現実に引き戻した。

 驚いて顔を上げると、目の前に手をチョップの形にしたモモンガが立っていた。それで頭をヘルム越しに叩かれたのだと、理解する。

 その目は少しだけ怒っているように見えた。

「たっちさん。一人で悩まないでください。アインズ・ウール・ゴウンにいるのはあなた一人じゃないんですから」

 言われて、チョップを受けたよりも遙かに強い衝撃をたっち・みーは感じる。そして、自分が思い上がっていたことに気づかされて、深く恥じ入った。

 アインズ・ウール・ゴウンはたっち・みーのものではない。ギルドの未来に関わるようなことを、一人で判断し、決めようとするなんてあってはならない。ギルドマスターであるモモンガが常に自分に配慮してくれているというのに、自分がそれをしないなど、不義理などという言葉では言い表せない最低な行為だった。

「……すみません。モモンガさん」

 たっち・みーは深い反省を込めて頭を下げる。モモンガはたっち・みーの視線の高さに合わせるように、向かい合う位置にあるベッドの縁に腰掛けた。

「いいんですよ。それより、何があったのか説明していただけますか?」

 たっち・みーは頷き、〈伝言〉によってもたらされた情報についてすべてを話した。

 それを受け、さすがにモモンガも難しい顔をするが、しかしそれはたっち・みーを責めるものではない。

「……ひとまず、早い段階でこのことを知れたことを良かったと思いましょう。下手したら漆黒の剣の連中と一緒に行動している時にポーションを取り出していたかもしれないんですし」

「……確かに」

 モモンガはしないだろうが、自分なら漆黒の剣が傷ついた時にポーションを渡していたかもしれない。ポーションの価値に気づいていない状態なら、それくらいのことはしただろうという自覚があった。

「それで、あの冒険者への対処ですが……彼女自身がポーションの確保を優先したというのは非常に良い傾向だと思います。もし誰かに渡していたら違う対処を考えなければならなかったかもしれません」

「と、いうと?」

「大金を詰まれても渡さなかったのですから、その冒険者はポーションを自分で確保しておくつもりなのでしょう。冒険者がポーションを確保する理由は一つ、自分が傷ついた時に使用するためです。そして、そのポーションが非常に高い価値を持っていることに気づいた以上、トラブルを回避するためにそのポーションのことを人に話すことはしないと思います」

「……なるほど。つまり、彼女からこれ以上情報が広がる可能性は低い、ということですか?」

「そうです。そしてその冒険者が唯一情報を漏らした先……それがリイジー・バレアレという人物だったことは、私たちにとってむしろプラスです」

「え? ……どういうことですか?」

「なぜなら、必ずリイジー・バレアレはポーションの情報を得るために、私たちに接触を図ってくると思われるからです。冒険者に対し、ポーションを売ることの代案として求めたのが、元の持ち主の情報であったことからも、それは明らかでしょう」

「ああ、なるほど! 確かにそうですね。それがプラスになるというのは……それがリイジー・バレアレだから、ですね?」

「はい。先ほど漆黒の剣から聞いた、私たちにとっての要注意人物でもある、生まれながらの異能持ちのンフィーレア・バレアレ。それとの繋がりができるチャンスです。それも、向こうはこちらに興味を持って接近してくる。いくらでも転がしようのある状態です」

「むむむ……確かに」

 たっち・みーは即座にそこまで至ったモモンガの思考力に感心する。

 モモンガは自分のことをただの平凡な社会人であると思っているようだが、そんなことはない。昔、ギルドの活動をしていたときだって、いつも直観と優れた思考力で最良の選択肢を選び取っていた。

 アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーという、一癖も二癖もある連中を取りまとめ、一つに束ねていたのは、伊達ではないのだ。

 元々たっち・みーがついていたギルド長のような立場を譲って、モモンガがアインズ・ウール・ゴウンのギルド長となることが決まった時、誰からも文句は出なかった。常に正反対の意見を言っていたたっち・みーとウルベルトでさえ、その時だけは意見が一致したし、生粋の自由人でトラブルメーカーだったるし★ふぁーという男でさえ、それをあっさりと認めたのだから。

 たっち・みーが改めてモモンガという人物のことを高く評価していると、モモンガは話をまとめた。

「あの冒険者に対しては、引き続きエイトエッジアサシンをつけ、万が一情報を流そうとした時に殺すとして……リイジー・バレアレがどう動くか、ですね。個人で動いてくれるならともかく、公的機関に報告してこちらの身柄を確保して来ようとする可能性もありますし」

「……エイトエッジアサシンからの報告を待ちましょう。もしもの時は早めに動かないといけませんからね」

 そういってエイトエッジアサシンからの情報を待って、その日の夜は暮れて行った。

 

 

 

 

 翌日。

 漆黒の剣との待ち合わせに組合にやってきたタツたちを待っていたのは、報告としてあがっていた通りのことだった。

「タツさん、ご指名の依頼が入っています」

 漆黒の剣の面々が驚いてたっち・みーたちを見る。たっち・みーとモモンガはすでに知ってはいたが、不自然にならないように軽く驚きの表情を浮かべながら、話しかけてきた受付嬢に尋ねた。

「一体、誰が?」

 もっとも、あえてそう聞いたものの、誰が依頼してきたかなどということは、エイトエッジアサシンからの事前情報がなくてもわかりきっている。

 受付嬢のすぐ近くに立っていた、目が長い前髪に隠れた少年を、受付嬢は示した。

「ンフィーレア・バレアレさんです」

 紹介された少年が近づいて来て、たっち・みーとモモンガに対して軽く頭を下げる。

「初めまして。僕が依頼させていただきました」

「ほう」

「それで実は依頼を――」

「待った」

 本当は食いつきたいところだが、ここはあえてンフィーレアの言葉を止める。

「すまないが、私たちはすでに別の仕事の契約を交わしている。君の仕事を即座に受けることはできない」

「えっ!? タツさん、名指しの依頼ですよ!」

 仕事を交わした当の相手である漆黒の剣のぺテル自身が、慌てた様子でそういってくる。名指しの依頼というのは、リアルでもそうだがやはり重要かつステータスに繋がるものであるらしい。

 とはいえ、ここであっさりンフィーレアの依頼を受けることはしなかった。

「そうかもしれないが、先に依頼を受けた方を優先するのは当然だろう?」

 これはエイトエッジアサシンから「ンフィーレアが冒険者タツに向けて名指しの依頼をし、コネクションを作ることを画策している。あわよくばポーションの秘密を探るつもりである」という報告を受けた時に、モモンガと二人で話しあって出した流れだった。

 ビジネス的な意味でも、先に契約した方を優先するのは当然だし、相手が有名人で即座に名声に繋がりそうであったとしても、先に受けていた依頼を勝手に放棄していいわけがない。

 その二人の判断は間違っていなかったようで、周囲の冒険者たちの中には感心して頷く者がいた。好意的な表情を浮かべている。

 一方、複雑な表情を浮かべているのは漆黒の剣の面々だ。

「しかし……こちらは依頼というほどのものではないですし……」

 ぺテルはもごもごと言葉を濁す。彼らが提案している仕事と、有名人の依頼とでは確かに仕事の価値に相当な差がある。だからこそぺテルは強く言えないのだ。自分たちを優先してくれるのは嬉しいが、しかし仕事としての価値を考えればそちらを優先すべきであると思っている。しかし、実力者である二人がついてきてくれる頼もしさを考えれば、簡単に「どうぞこちらは気にせずそちらを受けてください」とも言い難い。

 そんな誠実ゆえの複雑な思いが、ぺテルの態度からは透けて見えていた。それは他の漆黒の剣のメンバーも同じだ。

 たっち・みーはやはりこのチームはとてもいいチームだ、と思いながら、優しい声で最初からするつもりだった提案を口にする。

「……ならば、そうだな。彼からはまだ契約内容も報酬も期日も聞いていない。それを聞いてから改めて考えるということでどうだろう?」

 そのたっち・みーの提案に、ンフィーレアが乗って、話はすべてを聞いてからということになった。折り合いがつかなかったときは先に受けているぺテルたちとの仕事を優先するという前提で、話し合うために組合に用意されている部屋へと移動する。

 しかし、たっち・みーとモモンガはすでにその仕事が折り合いのつくものであることを知っていた。

 

 ンフィーレアの依頼というのは、森に薬草採取に行くための護衛だった。

 護衛任務である以上は、表面上は二人しかいないたっち・みーとモモンガが、ぺテルたちをその依頼に誘うのは不自然ではない。たっち・みーは防御用の特殊技術も納めているため、ンフィーレアに傷一つつけない自信があるが、護衛のために数を揃えるのは自然なことだ。

 これによってたっち・みーたちはンフィーレアの依頼を受けると同時にぺテルたちとも一緒に行動することが出来、いくつもの目的を同時に果たすことができる。

 それとなく「なぜ街に来たばかりの自分たちに依頼したのか?」と尋ねることで、ンフィーレアが表と裏の事情を使い分けられる優秀な人物であることも確認しつつ、話は全て綺麗にまとまった。

 大半がモモンガ発の案であり、たっち・みーはさすがはモモンガさんだと感心する。

「では、準備を整えて出発しましょう!」

 情報が筒抜けになっているとはいえ、すべての行動をたっち・みーとモモンガの掌の上で転がされていることも知らないまま、ンフィーレアは元気よく声をあげるのだった。

 

 

 

 


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