守りたいんだ   作:未完

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責任の場所2

 謎の感染症が広まってから1週間以上がたった。まだ問題はあるが学校での生活も何とか形にはなってきた。それはとても良いことだ。良いことなのだが、これでひとつはっきりした。それはおそらく救助は来ないということである。これだけの緊急事態だ。であるにも関わらず、国が何かしらの処置をしないはずがない。空中を救助ヘリが駆け巡っててもいいはずなんだが。この学校の屋上からは結構遠くの範囲まで見渡せる。だが現在、ヘリはおろか走っている車すら見当たらない。この近辺一帯、それだけでなく日本全土がこうなってるという可能性まである。さすがに世界レベルにはなっていないと信じたいが。

「…そんなことここで考えてても仕方ないか。」

そこまで筆を走らせたところで嘆息する。鬱屈とした気分解消も含め腕を上にあげ体を伸ばした。最近ため息ばかりついているなぁ。いくら幸せを逃がしたか分からない。

今日記を書いていた。別段これを書くことで何がどうなるわけでもないが。やらなければならないことは山積みだが焦りは禁物だ。なにせこんな事態は文字通り前代未聞である。というわけで負担と危険を減らすために時間を決めて作業をしていくことに皆で決めた。今日は皆で行う作業はもう終わってしまったので日記を書くことにしたのだった。今のところ日記というよりレポートのような感じだが。

「…みんなのことも書いておくか。」

もし、すべての事態が終息したなら皆でこの日記を読むことだろう。利き腕でないので形が若干崩れた字。これを見て笑い合える日が来ればいい、なんて思う。

 

 

 

 「先生、授業をやりませんか?」

「へっ、授業?」

私の間抜けな声が部屋に響いた。ここは職員室だった場所だ。自分が使う机近辺ははさすがに掃除をしたけど、それ以外はあの日の惨劇をそのまま残していた。そんな赤黒く染まったこの部屋でもはや遠い日常のことである「授業」の2文字を聞くとは思ってなかった。

「何もしないでいると、みんなの気が滅入ってしまうと思うんです。今も皆暗い顔をしているから少しでも気を紛らわせれたらと思って。」

この子はすごいな。こんな大変な状態なのに皆のことまで気をかけている。確かに私も今の状態はあまりよくないと思う。安全に雨をしのいで過ごせるが、それは文字通り最低限のことだ。他のもの、例えば娯楽などがない。太陽電池で電気が使えてもそもそも遊ぶようなゲームは学校には置いていないし。

「なんで授業なの?」

何か気を紛らわすものは必要だと思うけれど、何で授業を選んだのだろう。

「それは、ここが学校だからです。」

そう若狭さんは言った。だけど今ここは学校として機能していない。ここ以外は彼らが彷徨いているし、制圧して彼らが居なくとも教室は事件のあとが生々しく残っている。

「何か普通のことをした方が私は良いと思うんです。学校に居るなら何か学生らしいことをすべきなんじゃないかなと。」

「でも…」

すぐに頷くことはできなかった。掃除が進んでいないので場所がないということもあるが、それよりも私の胸に突っ掛るようなものがあった。

(そんなことをしていていいのか)

まるで以前のように過ごす。それはただの現実逃避なのではないか。今ここにいるのは私たちだけだ。ならば他にやることが有るのじゃないか。なにより、他の皆は、この学校にいた皆はあんなことになっているのに、私たちがそんな過ごし方をしていていいのか。不謹慎なのではないだろうか。など様々な考えが巡った。

今すぐ答えを出せそうにはなかった。

「先生、先生?」

「…ごめんなさい、少し考えさせてくれるかな。」

若狭さんが不安そうな顔をした。

「別に若狭さんの案が駄目な訳じゃないの。でも、ちょっと色々考えちゃって。」

それで何かを察したのか若狭さんの顔に更に心配の色が足された気がした。

「そうですか…わかりました。また今度にしましょう。」

立ち上がった若狭さんは扉へ向かっていく。それを確認した私は何故かほっとしてしまった。だけど。

「先生、その、無理しないで下さいね。何かあったら相談してください。私じゃなくても、他の皆にでもいいですから。」

安堵していた胸が締め上げられた気がした。まるで全部吐き出せと言わんばかりに。すぐに言葉が出なかった。

「…うん、わかったわ。でも大丈夫だから。」

何とか平然を装って応えた。声が震えていないか心配だ。若狭さんはその後しっかり挨拶をしてから部屋から出ていった。

「…はぁ」

それを見計らってから一気に息を吐いた。深呼吸を何回か行って鼓動を落ち着かせる。その後少し落ち着いた私は力を抜いて椅子の背もたれに寄りかかった。

(駄目だな、本当に…)

若狭さんを心配させてしまった。彼女は大人びているがまだ学生だ。今ここには大人は私しかいないのにこんなままでは駄目だ。心配させてどうする、皆を安心させないと。

「もっと、しっかりしないと。」

言い聞かせるように呟いたその声が職員室に響く。

 

 

 

 

 

 日記を書き終わってやることのなくなった俺は階段を登っていく。足元は赤黒く染みが絨毯の様に広まっていて、気味の悪い腐敗臭が鼻腔を刺す。あの時はこの屋上の扉を必死に抑えていて何も考えられはしなかった。しかし、扉の向こう側でまさにその時命を落とした人も居たのかもしれない。そう思うと何だかやるせない。あの後初めて扉を開けた時の光景は当分忘れられそうにはない。心のなかで黙祷しながら階段を登り終わる。金属の扉を開いた。一気に視界が光に満たされ、なかった。

「まあ、そうか。」

扉の開放と同時にさわやかな風と青空が!とかいう気分になっていたのだが、生憎空は曇天模様。天気といえば天気予報を見なくなって久しい。ラジオもテレビもあの日以来一切つながっていない。

「神崎先輩?どうかしましたか?」

こちらに気づいたのか菜園の向こう側で立ち上がる彼女の姿が見えた。どうやら屋上には先客がいたようだ。彼女はもともと園芸部だったらしいので作業姿がなんだか板についている。

「いや、何でもないよ。やることがないから息抜きに…ってなんかおかしくね?」

自分で言っていることの矛盾に気がついた。若狭はそんな俺を見てくすりと笑ったのだった。おいおい、何か恥ずかしい。

「すいません。ただ…なんかすごいなと思って。」

「そんな面白いこと言ったか?」

「いや、そうじゃないです。」

即答だあ!まるで自分がつまらない人間であると言われたかのような衝撃。

「そうじゃなくて…先輩は強いんだなって。」

ああ、そういうことか。そうか、そう思われているのか…

「こんな事態でもすごく落ち着いてて、やっぱり年上なんだなと思います。」

…そんなんじゃない。強さなんてものじゃない。

「先輩…?」

「ああ、悪い。なんでもないよ。」

たとえ嘘の強さだとしても今はこれに頼ることにしようと思う。それで皆を安心させられるのなら安いものだ。

「一人でやるの大変じゃないか?」

「いいんです、これが私の息抜きなんですよ。」

そういうものなのか。慣れていることをやると落ち着くのかもしれない。

「今は何育ててるんだ?」

「トマトを育ててます。」

若狭の方に歩み寄ると、そこには様々な色合いのトマトがあった。熟しているのはもう食べれそうだ。

「よくできてるな、こりゃうまそうだ。」

「ええ…みんなで育てたトマトですからね。」

「そっか…」

若狭の顔が少し悲しそうになった気がした。彼女のいうみんなというのは園芸部員たちのことだろう。

「…じゃあ、せっかくだしおいしく頂かないとな。こんなこと俺が言うのはあれかもしれないけど。」

「いえ、そんなことは…そうですね。そうじゃないといけませんよね。」

よしと声と一緒に上げた若狭の顔は少し明るくなっていた気がした。

「でも、そうすると調理器具も調達しないといけないですね。調理室は二階ですし。」

「だな、乾パンだけだと流石に飽きてきたし。保存食はできるだけとって置いたほうがいいから調理器具は早く欲しいな。」

現在この学校の安全地帯は校舎屋上と三階のみである。それ以外は奴らが蔓延っている。

「佐倉先生に相談してみるか、どこに調理器具あるか知ってるかもしれないし。」

「…待ってください。」

善は急げと職員室に向かおうとしたのだが呼び止められてしまった。

「どうかしたのか?」

振り返るとそこには何か歯切れの悪い様子になった若狭。なにか問題があるのだろうか。目を左右に揺らたあと言葉を少し詰まらせながら彼女はこう言ってきた。

「その…先輩に任せても良いですか?もう少し菜園の手入れをしたいのですが。」

「ん、了解。息抜きなんだから疲れないようにな。」

そう応え、俺は屋上の扉を引いた。赤黒い階段を降りていく。

「そんなこと言うだけならあんな緊張しなくても良いのにな。」

なんて思ってもいないことを口にする。きっと彼女は他に言いたかったことがあるに違いない。そんなこと俺でなくともあの様子を見たら解るだろう。それが何のことかはわからないが。

先生にでも聞いてみるか、と一瞬考えたがその考えはすぐに破棄した。タイミング的に彼女はいま先生に会いたくない可能性があるからだ。やっぱり今度本人に聞いた方がいいな。そう結論を出しながら職員室へとやたらと風通しのいい廊下を歩いて行く。

 

 

 




やっと更新できました。お待ちしていた方がいたら申し訳ありません。
これからは速度上げます。(予定)

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