守りたいんだ   作:未完

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先生のお話

 俺は屋上のフェンスに背中からもたれかかった。そこで、深く息を吐く。ようやく一息つけるようになった。まだ、何も終わってすらいないのだが。いや、むしろ実はすべてが取り返しがつかなくて、終わってしまっているのかもしれない。そう考えると気が重くなる。再び深く息を吐き、その後、俺は気分を紛らわすため上を見上げた。日はとっくに沈み、空は黒色に染まっていた。周囲の明かりが少ないから月がやけに明るく感じる。

「神崎、さん。」

「…佐倉先生。」

一人黄昏ていた俺に話しかけてきたのは、佐倉慈先生であった。

「もう交替ですか?」

「いえ、まだもう少し後ですけど…」

交替、というのは見張りのことだ。奴等が屋上にやってこないように。そして、やって来たとき素早く対処するために俺と佐倉先生は交替で見張りをしていた。

「すこし、話しませんか。」

特に断る理由もないので俺は頷いた。先生は俺の隣に寄りかかった。

「腕、大丈夫ですか?」

「ええ、まあ。全然動かせませんけどね。」

また息を吐く。案の定、右腕は打ち付けた反動で折れているようだった。二、三週間はまともに動かせないだろう。

「あ、その、すいません…」

「いや、気にしないでください。こっちこそ、なんか、きつい言い方して、すいません。」

いけない。寝不足、緊張等がたたって神経がとがっている。リラックスしろ俺。

「神崎さんは今日は何で高校に?」

「今日は大学が午前中に終わって、暇だったんで、ドライブがてら部活に顔だそうと思ったんですよ。」

「そうだったんですか。」

そして、ここに来てあれが起こった。

「偶然、ですね。」

そうだ、今日、母校に来たのは本当に偶然のことだった。そして、今屋上にいるのもやはり偶然なのだろうか。そこで会話が途切れる。ここちの良い夜風が肌を撫でるが、気分はあまり良くはならなかった。

「これからどうなるんでしょうか…」

佐倉先生は不安を隠さずうつ向いてポツリと呟いた。

どうなる、か。一人で見張りをしている間、俺も何回も考えた、が当然答えは出なかった。

「俺には、わかりません。」

「…そうですよね。ごめんなさい、こんなこと聞いて。」

教師にしては少し幼くも感じるその顔が一層暗くなる。やはり不安なのだろう。後のことなんて今は誰にもわからない。何が起こったかすら分かっていないのだから。

「でも、」

もう、実は何をしたって無理なのかもしれない、意味なんてないかもしれない。けど、

「先は分からないけど、どうにかしないといけない、と思います。」

なにもしないで諦めるのは嫌だった。ふと、先生の方を見ると、驚いたような、キョトンとした顔をしていた。そして、その後クスクスと先生は笑いだした。

…今、笑われるようなこと言った?俺。

笑われた恥ずかしさで顔が熱くなる。

「なんで、笑うんですか。」

「ふふっ、すいません。」

先生は笑うのをやめてくれた。でもまだ、口元がにやけている。

「少し理由がわかった気がして。」

そう言った先生は少し寂しそうな顔をしているように見えた。

「何の理由ですか?」

「それは……そうですね。乙女の秘密です。」

先生はそう言いながら口元で人差し指をたてた。やばい、可愛い、じゃなくて…

乙女。現役の教師がそれを言うのはどうなのかとも思ったが、不思議と佐倉先生にはしっくりときてしまった。年齢?見た目?そういえば先生って何歳くらいなのだろうか。

気になったが女性に年齢関係の話を聞くのは失礼だと思ったので、この話を閉じて、話題を変える。

「あいつらの様子はどうですか。」

あいつらというのは、同じく屋上で難を逃れた女子三人のことだ。

「今はぐっすり寝てますよ。」

それを聞いて安心した。昼間あれだけのことがあったのでうなされていないか心配であった。

「皆、その、どんな状態ですか。」

さっきと似たような質問になってしまったが、状態というのはここの精神状態についてだ。

「若狭さんはショックを受けてはいたけれど、落ち着いてました。」

若狭悠里。おとしやかそうな見た目によらず強かなのかもしれない。

「丈槍さんはずっと怯えてました。やっぱり、すごく怖かったようで…」

丈槍由紀、少し幼そうな子だった。恐怖に押し潰されないといいが。

「恵比寿沢さんは…」

恵比寿沢胡桃。俺の陸上部の後輩。

「ちょっと、わかりませんでした。」

「そう、ですか。」

先生もそうだったか。俺にもわからなかった。

「普通そうにしてたんです、でも、どこか無理してるというか、隠してるというか。昼間のことをどう受け止めているのか……多分彼女のことは神崎さんの方がわかってると思います。」

胡桃はさっきこの屋上で、同級生を、同級生だったものを、殺した。シャベルで首を飛ばして。まだ、向こうの方の床にはどす黒い血痕が残っている。仕方がないとは思う、だが、それを見ていただけの俺が簡単にそう言ってはいけないと思った。先生も同じ気持ちなのだろう。

「何て声かければいいんですかね。」

目線が下に下がる。あれから俺はまともに彼女と話せていない。話そうにも言葉が出てこなかった。辛うじて寝る前声をかけたぐらい。

「きっと、普通にしていればいいんだと思いますよ。恵比寿沢さんは私達のなかであなたのことを一番信用してると思いますから。」

「そう、ですかね。」

普通か。そう聞いて少し重荷が軽くなった気がした。さすが先生だった。

「そうですよ。あなたが、彼女を支えてあげて。」

「……わかりました。頑張ってみます。」

俺の言葉を聞いた先生は朗らかに微笑んだ。やっぱり彼女は良い先生だ。

 

 

 

 

 

 「そろそろ交代の時間ですから休んでください。」

その後、先生といくらか雑談した後交代の時間となった。

「すいません、ありがとうございます。」

フェンスから背中を離し、歩き出す。

「神崎さん、…いや神崎くん。」

先生は俺を呼び止めた。言い直したのは何故だろうか。

「君は、大丈夫?」

ズンっと胸にその言葉が刺さった。やっぱり、さすが先生だ。だが、俺はそれを表情に出さないようにして先生の方へ振り向いた。

「大丈夫ですよ。もし大丈夫じゃなくても大丈夫にします。」

先生が俺を君付けして呼んだのはきっとそういうことだろう。

「男子は虚勢をはりたいものなんですよ。」

できるだけ不敵に笑ってみせた。胸の奥を隠すように。

「…そっか。」

先生は少し驚いてから、また柔らかく微笑んだ。その笑顔は包み込むような感じさえした。

「呼び止めてしまってごめんなさい。ゆっくり休んで。」

「おやすみなさい。佐倉先…いや、めぐねぇ。」

「!…めぐねぇじゃありません、佐倉先生です。」

仕返しを済ました俺は寝場所へむかった。少しだけ俺の中の時間が巻き戻った気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…おはよ」

眠そうな目を擦りつつ、胡桃が起きてきた。内心大焦りだが、俺はできるだけ平然を装って挨拶を返した。…できたよな?

「みんな、揃ったわね。」

先生が皆に声をかける。3人の様子を見ると、丈槍はずっと下を向いたままだった。

「これからのことを、話し合いましょう。」

みんな先生の言葉に頷いた。まずは状況の整理から。

「あれが、何なのかわかる人はいる?」

当然だがあれの正体を知るものはいるわけがなかった。突然表れて、そして広まったのだから。

「あれは、その、多分ゾンビの類いなんじゃないのかな。」

胡桃が沈黙の中そうきりだした。

少し驚いたが、それも当然か。この中でまともに奴等と接触したのは俺達だけだ。

「俺も、そうだと思う。」

あれをゾンビと呼ばなくて何と言うのか。それほどにゾンビに近しかった。

「ゾンビ、って言うのは、その、ゲームの中に出てくるような?」

「そうですね、銃でぶっ飛ばすあれです。やつらに食われる、いや噛まれるだけでアウトですね。多分。」

昨日、胡桃が倒した彼女はきっと腕を噛まれてしまっていたのだろう。それ以外に目立った傷はなかったから。もう少し早く助けられれば、と思ってしまうが、もう今となっては仕方がない。彼女のことを忘れてしまってはいけないが、それで自分を責めるのは愚行である。

「噛まれると、やっぱり…」

先生はそこで言葉を途切らせた。きっとその先はこうだ、

「きっとあの子みたいになる、と思う。」

胡桃がそう言った。先生が自分に気を使っているのに気付いて自分から言ったのだろう。だが、それを言うときに胡桃の顔が少し暗く、曇っていた気がした。

「それで、先生、その、これからどうするんでしょうか。」

若狭が先生に問いかける。

「まずは衣食住の住から考えましょう。ずっと屋上に居るわけにはいかないもの。」

皆が先生の言葉に頷いた。当然反論はない。いつまでも屋上にいては、天候が崩れたときどうしようもない。

「屋上から三階にかけて生活圏を作ります。」

それから、俺らは三階制圧に向けて計画を練り始めた。戦闘を出来る人員が奴等を処理して、残りの人が教室から机と椅子を運びだし、バリケードを構築する。そこまでは決まった。問題は誰が奴等を処理するかだった。

「私が、やるよ」

胡桃がそう提案した。妥当だろう。この中で今、一番動けるのは彼女だった。妥当なのだが…

「先生、俺も…」

「神崎くんは皆のサポートと腕の治療をしてください。いいですね?」

先生は俺に鋭い目線を向けてきて、そして、小さく首を振った。仕方がない、諦めろってことだろうか。そう言われても仕方がなかった。俺は今、利き腕を怪我している。一番動けないのは明らかだ。自分のふがいなさに腹が立つ。

「わかりました。胡桃、無茶はしないでくれ。」

思い負担を一人で背負う彼女にこのくらいしか俺には言えなかった。

「わかってるって。一番無茶してくれた先輩には言われたくないけどね。」

そう言って、胡桃は微笑んで見せた。彼女はやっぱりつよい子だ。

「それじゃ行きましょう。皆無理だけはしないでね。」

そうして俺たちは前へ進むため、屋上から降りていった。

 

 

 

 

 

 

 

 




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