テイルズオブメモリアー君と記憶を探すRPGー   作:sinne-きょのり

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チャプター34:少年は闇に囚われる

 オアシスが見えてきた。

 

 辺り一面砂ばかりだった視界に鮮やかな水色と緑色が見えてくる。同じ景色ばかりで摩耗していた精神は新しい景色を目にするとこんなにも回復するのかとロストは感動した。

 

「ここが、オアシスなのか」

「だよん。やっと着いたねー」

 

 オアシスのすぐそこには村がある。フェルマからここにも人が住んでおり、宿があったはずだと言われたルンは砂まみれになった服を払いながら安堵した。

 

「それにしても、前来た時よりもオアシスの水が枯れかけてるみたいだなあ」

 

 オアシスの水を見たフェルマは腕組みをしながら口をへの字に曲げる。

 砂漠の中ではここが唯一のオアシスらしく、ここがダメになってしまえば砂漠に住む人々は生きていけなくなってしまう。

 

『やはり、ウンディーネがいなくなったことが原因か?』

「恐らくそうだね、チャール青年。ロスト青年、少しこっち来てみて」

 

 突然呼ばれたロストは「え!?」と困惑するもフェルマに言われるがままオアシスの水に近づいた。

 覗き込むとオアシスの水が少し濁っているように見えた。遠くからは青く綺麗な泉が広がっていたはずなのに近くでじっと見つめてしまえば砂が混じって中にも生き物が一切いないように見える。

 

「これは…っ」

「やはり、水属性のマナ持ちがいると違うのね」

「ロスト君と何か、関係があるの?」

 

 ロストに続いてララも水面を覗き込んで見るが、彼女には異変があるようには見えずそれは他の者も同様であった。

 一行がそうして水を覗き込んでいると、ユアの背に一人の男性が声をかけた。

 

「お前、メウルシーか…?」

「あら?エディルじゃない。貴方、エッティスで余生を暮らすって言ってたんじゃなかったかしら?」

 

 紫色の無造作に伸びた髪の毛を掻きながら「あー…」と青年は気まずそうにしていた。

 ユアと知り合いであるような口ぶりと、ユアが呼んだエディルという名前。彼が何者であるかロスト、ルン、メテオス、ユキノは気付いたようで目を見開いて彼を見つめた。

 ララとソルはぽかんと首を傾げ、チャールは咄嗟にララの首の後ろ側に隠れようとした。チャールは九本もある尻尾がララからはみ出していたが。

 フェルマは彼の事を知っていたようで「会いたかったよん英雄エディル!」と手を差し出して握手を求める。

 

「え、タール?おま、なんでここに…っていうかメウルシー何故お前がここに?」

「話すと長くなるけれど…エレッタの現在の状況、知ってるかしら?」

 

 エディルの方もユアやフェルマと出会う事は予想外だったようで頭を抱える。収拾がつかなくなる前にとユアがエディルにそう切り出した。ユアによると彼は長らくエレッタに住んでいるらしい。

 エディル・ギヌスティア。百年前の戦争を終結させた英雄の一人であり、エルフ。当時の英雄と呼ばれる者達の中で生きているのはもはやユアとエディルのみらしい。

 

「ああ…タール家と王家が分裂、それぞれ内戦状態になっているな。とは言ってもここは人のあまり訪れない砂漠の中だ。俺は逃げてきたんだよ。戦争の種にされる前に」

「貴方ももう、戦争は懲り懲りって顔ね」

「そうに決まってんだろ。つーか、何でお前がここにいるんだタール!あの日突然いなくなりやがって…っ!心配したんだぞ!!」

 

 エディルはフェルマを見つめて胸倉を掴んだ。突然の出来事にフェルマは「え、え、お兄さん怒らせるような事しちゃった??」と困惑している。

 ここに来てやっとロスト達も理解する。エディルとフェルマは初対面であり、誰かとフェルマを見間違えているようだ。それも恐らく相手は推測できる存在。既に名前は何度が出てきている人物だ。

 

「あの…エディル様、その方は確かにタール家の者ですが…スモラ様ではございませんよ…?」

 

 鶴の一声とは、この事を言うのだろうか。控えめではあるもののユキノがエディルに声をかけた。

 ユキノの声にはっとしたエディルは「そうだ、そうだよな…あいつが今も生きているわけがないか…あれから百年だもんな」と呟く。

 どうやらスモラ・タールにそっくりなフェルマを目の前にして取り乱してしまっていたらしい。

 

「んんっすまない。俺の名前はエディル・ギヌスティアだ。この村に移り住んだのはごく最近でな。ここ数年の水のマナの枯渇によって水の質が落ちているみたいでな、それを研究していたんだ」

 

 改めて名乗ったエディルは、ロスト達一行を見渡して最後にロストに視線を向けた。この手の反応には慣れきってしまったのかロストは内心「またか」と視線をそらす。

 

「ふむ…なるほど、あいつの子か。しっかし驚く程にエルフの特徴ないな」

「は、はあ…母さんの事、知ってるんですか」

「まあな。レイシは元気してたか?」

 

 長らく会っていないだろう昔の仲間に思いを馳せるエディルに、ロストは「じいさんは元気でしたよ」と返す。

 

「じいさん、あいつが?百年ってそんなもんかあ…あいつがじいさんなあ」

「えっ」

「百年前は少なくとも若い青年の姿だったのよ。レイシは」

 

 エディルとユアの言葉にロストはついこの間まで会っていたレイシの姿を思い浮かべる。

 ロストの記憶にあるレイシの姿は年老いた男性の姿のみだ。エルフとはいえ百年でそこまで老けるのだろうか。同じエルフだと言うエディルは少なくともフェルマくらいの年齢に見える。

 

「心労でも溜まってたんじゃないのか?お前の母さんはどうしてるんだ、いや…こんな事になっているんだ、良い状況ではないだろうが」

「…母さんは、五年前に亡くなりました」

 

 それまで多少冗談を含んでいたようなエディルの表情が堅くなった。視線をさまよわせ、ララの首の後ろに隠れようとしているチャールを睨む。

 するとエディルは何を考えたのか突然チャールの首根っこを掴み「それは本当か?」と低く冷たい声で問いかけた。

 

「え、エディルさん?どうしてチャールを…」

「エディル、そこまでよ」

 

 エディルの様子が急変した事に戸惑うララが表情を強ばらせる。ユアがエディルの手からチャールを離し、軽くエディルの頭を叩く。

 

「だがこのままでは、あいつがいなくなってはこの世界のマナは乱れる!」

「落ち着きなさい!…ここにいるロストは彼女の正体も、自身の事も、父親の事も覚えていない。あまり勝手な行動はしないで頂戴」

 

 ユアは一喝した後にエディルにしか聞こえない声音で囁いた。

 

 話の流れで部外者となってしまったメテオスとソルは村の様子を覗き見た。

 生活感はあるものの人は多くないようで、最低限の物を常備してあるようだ。昼間のあまりの暑さに子供も外に出ていないような状態である。

 

「あー、暑い」

 

 暑さを一度感じてしまったらメテオスはそう呟かないわけにはいかなかった。釣られるようにソルも「暑い…」と長手袋を外そうとして躊躇う。

 

「…取り乱してしまったな。まずは屋内へ入ろう。ここは日が当たりすぎる」

 

 落ち着いたエディルの一言により、この村にあるエディルの家へ向かう事となった。

 

 村の中は外から見た雰囲気と変わらず、風が吹けば砂が舞って目や口に入ってしまいそうだ。村人という村人はあまり外に出てきていない。

 

「この村は夜に活発になるんだ。モンスターも昼の方が動きが盛んだからな」

「百年前にはあったかしら?ここ」

「なかったんじゃないか?弟が最初砂漠で遭難した人達をオアシスに集めたのが最初らしいし」

 

 ユアとエディルは積もる話があったのか移動中も軽く話をしていた。ロストは先程のエディルのチャールに対する態度が気になったが、あの雰囲気を思い出すとどうも聞き辛くい。

 自らの母が関係すると思えば気になってしまう。ロストはいつか話してくれないか、と溜息をついた。

 

 エディルの家も他の家と同じように飾り気のない四角い家だ。

 水に溶けにくい泥を砂利と混ぜて固めた家だとエディルは説明したがメテオス、ユア、フェルマ以外には何なのか伝わらなかった様子であった。

 

「適当に中に入ってくつろいでくれ。水のマナが少し荒れている上にただでさえ降らない雨が更に降らなくなったからな。最近のここは荒れてるんだ」

「ならロストを使ってもいいんじゃないかしら?」

「は?」

 

 急にユアに話にあげられたロストは床に座ろうとして固まる。

 エディルは勝手に納得したらしく「確かにそうだな、一時的なものだが良くはなるだろう」と頷いた。

 

「本人の意思は無視か」

 

 何となく予測はつく。恐らくロストの水属性のマナを利用しようと言うのだろう。

 

「まあまあ、とりあえずやってみなさい」

「…分かったよ」

 

 渋々ロストはエディルとユアに連れられて家の外へ出て行った。それを見送ったユキノは首を傾げた。

 

「何をなさるおつもりなのでしょう?」

 

 純粋に気になったユキノだったが見に行くのはどうも躊躇うようだった。ルンは先程のユアとエディルのやり取りが引っ掛かったのかエディルに睨まれていたチャールを横目で見る。そしてため息を一つ。

 

「…ユアさんが秘密主義なのは前からよ。この旅について来てからはロストを利用してるの丸見えだし」

「ロスト君を?なんで?」

「考えてみなさいよ。今回この村で以上を示してるのは水属性のマナなのは明らか。ロストはその水属性のマナを持ってるのよ。それも記憶とか諸々を失って不安定なはずなのに潤沢なマナの量を」

 

 ルンは薄々察していた。ロストにはエルフの血族であることを差し引いても明らかに常人とは違うマナを保有していること。更にユアはロストについて何かしら知っているだろうということも。

 

「え、え、え?」

 

 ララはユアのロストに対する様々な言動を思い出してみるもあまり思いあたりはないようだ。「そうじゃなくて」とルンは言おうと思ったが恐らくこれ以上言ってもララには通じないだろうと考え、口をつぐんだ。

 

「要するにルン少女はユア女史がロスト青年の事を知ってて黙ってる。と言いたいのかい?」

「ええ」

 

 フェルマも加わったそのやり取りを見ていて、ユキノは後ろめたさを感じていた。ユキノはロストの事をユアから聞かされているからだ。そして、チャールもまたロストの事を確実に分かっている。

 

(ごめんなさい、(わたくし)には、まだ何も言えません)

 

(ユアのヤツめ、ユキノが困ってるだろうが…まあ、大体は俺のせいでもあるが…)

 

 そうやって時間が過ぎようとしていたが、ソルが立ち上がってここから出ようとし始めた。

 別についてくるな、と言われた訳でもないので見に行くくらいは勝手だろうとチャールは無視しようとしたがメテオスが「おいソル」と呼び止める。

 

「何、メテオス」

「あの雰囲気はついて行っちゃダメだろ」

「何で」

「何でって、明らかに何かやろうとしてたし」

「嫌だ」

「は?」

「嫌ったら嫌だ僕は行く」

「お、おい反抗期かよ!おい!」

 

 上手く説明出来ないでいるメテオスを無視してソルは外へ出る。メテオスはソルの名前を呼びながら共に飛び出した。

 

「ったく何考えてやがんだおいソル!」

「メテオス様…?」

 

 何やら焦った様子で出て行くメテオスに、何かを察知したララがそれを追って外へ出る。

 

「…私も行く。まってメテオス君、ソル!」

『ああもう仕方ねえなボクも行く!』

 

 置いて行かれたユキノとルン、フェルマは何かが起こるのでは、と顔を見合わせてやはり三人も外へと向かった。

 

 

 

 ソルは別に、ロストとユアが何をしようとしていたかが気になったわけではない。

 ロストはもしかしたら将来義兄さんと呼ぶ関係になるだろうなと考えているくらいの存在であり、少々頼りないとも思っている。ただ感じてしまったのだ。自分と同じ何かがここへ来ている事を。

 

「ロスト!」

「ソル?何かあったのか」

 

 ロスト達は村の外側のオアシスにいた。

 まだ彼等は来ていない。ソルは警戒を高めながら得物であるレイピアを抜いた。

 

「クローン、来る…あれを、倒さなきゃ…ララの為に…っ」

「ソル?おい」

「ロスト気をつけなさい!ソルの言う通り、来るわよ!」

 

 ソルが来た時から警戒を最大限に引き上げていたユアは下級の術を展開する。

 エディルは突然の事に慌てるがユアに「村人の安全を確保して!」と言われ村の中へと戻って行く。

 

「ごめん、なさい…邪魔、しちゃって」

「丁度終わったところだから大丈夫よ。…そこね、ファイアボール!」

 

 ユアが火球を飛ばした先にはララと同じ体躯をした少女が立っていた。目を隠しているがララのクローンだとソルは確信した。

 自分と同じだからわかる。ソルは突撃していく。

 

「ソル、前に出すぎるな!」

「そうだよん、紅蓮!」

 

 ロストがソルに声をかけていると、村の方からララ達が走ってきていた。

 遠くからでも攻撃ができるフェルマは弓矢を構えて放つ。炎を纏った矢はクローンの肩を貫き、地面へと縫い付ける。

 

「ソル、また一人で先走りやがって…!」

「私達がいるからもう大丈夫だよ」

 

 メテオスとララはソルの隣に並んだ。二人して怪我がないかソルの様子を見る。

 そして怪我が無いと分かったとメテオスがソルの手を取り村の中へ向かおうとした瞬間、ソルがその手を離した。

 

「…ソル?」

「…めざわり」

 

 ソルが片手に持っていたレイピアをメテオスの腕に刺した。

 隣にいたララは何が起こったのか急に理解が出来ず「え?」と言葉を零す。

 

「そ、る…おい、これは、どう、いう…」

「…デイヌが為、僕は…嫌、どうして…どうして僕は」

 

「ソル…!メテオス!」

「ロスト青年こっちに集中だ!そっちも気になるの分かるけど!」

 

 クローンはフェルマの一撃では倒し切ることが出来ておらず、ソル達の方に介入できないロストは歯軋りをする。

 

「さっさと済ませばいい話でしょ。『その首、貰うわ』」

 

 ララ達と共に辿り着いていたルンが大鎌を携えクローンの首を刈り取り、それと同時にクローンの姿は黒い砂のようなものとなって消えていった。

 

「ルン…」

「クローンはクローンと割り切れば何ともないです。ララ達を」

 

 レイピアで肩を貫かれたメテオスとその隣で固まるララ。ソルは混乱しているようでレイピアを取り落としてしまう。

 するとソルの背後に一人の男が現れる。

 

「いい働きだったよファーストナンバー」

「でい、ぬ、さま…」

 

 フードを深く被った男はフェルマを視界に捉えると舌打ちをする。

 

「まだ生きていたか…。まあ、もうその体はほとんど使い物にならないだろうし脅威にはなりえない、か。ねえメウルシー」

「デイヌ…貴方どうして生きてるのよ…」

 

 フードの男…デイヌにユアは敵対心を剥き出しにする。驚愕も含まれたユアの台詞にララは言葉に出来ない恐怖心を感じた。

 

「ははっ、それは想像におまかせするよ。さてファーストナンバー。俺達の楽園へ帰ろう。ここに君の居場所はない」

 

 デイヌはソルの肩に手を置き、そう語りかける。

 ソルはすっかり震えており、未だ血の流れ続けているメテオスを見て言葉を失くす。それでも何かを絞り出そうとしていた。

 

「でも、僕…」

「君は大切な者を傷つける存在でしかない」

 

 甘い口調で優しく、気味が悪いほどに優しくデイヌはソルに語り掛けた。

 

「違う」

「君はクローンだ。そこの少女の一部から削り取られた」

「何を、言ってるの…ねえ、ソル、どういう事」

 

 ララがやっとの事で口を開くも、頭痛を感じ始めていた。先程倒したクローンのマナがララに戻りつつあるその影響のせいだ。

 

「まあ無駄話はしたくないから…今の所は見逃してあげよう。面白いものも見つける事が出来わけだ」

「待ちなさい、ソルをどうするつもり…!」

「待って、ソル!!」

 

 ユアが引き留めようとするもデイヌはソルを連れて消えてしまう。ララもソルに手を伸ばすが、直前にソルの姿は消えた。

 

「ソル…?また、またいなくなるの?そる…?」

 

 ソルが居た場所に手を伸ばしても、ソルは既にそこにはいない。ララはそう理解していようとも突然の出来事に頭が追いつくことが出来なかった。

 

「ララ、今は落ち着け。今は…落ち着くんだ」

「でもメテオス君、ソルが」

 

 ララが宥めるメテオスに言い返そうとするが、メテオスの辛そうな表情に何も言えなくなった。メテオスはただでさえ怪我をしている。

 ユアはもうここにいても意味が無いと悟り、こう告げた。

 

「…エディルの家に、戻るわよ」

 

続く


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