テイルズオブメモリアー君と記憶を探すRPGー 作:sinne-きょのり
「この子供が、シャドウ?」
ルンは信じられないと言った様子でシャドウ…リズナをまじまじと見つめる。部屋の中央にある椅子に座ったリズナは一見ただの子供にしか見えない。立ち上がる姿を見ても、背はルンと同じかそれより少し低いくらいだ。
「うん。そうだよルンお姉ちゃん。リズはシャドウ!そうそうマクスウェルの愛し子の末裔はどこ?」
小さな体で胸を張って笑顔で言い放つリズナだが、一部を除いて皆リズナが何故そのような呼び方をしているのかは分からなかった。
「さっきから言ってる、マクスウェルの愛し子の末裔って誰だ?マクスウェルの愛し子って要するに王族だろ?」
メテオスの言葉にリズナは「だからそう言ってるじゃん!」と声を上げた。この場に王族の血を継ぐ者など居ないはずだが、と更にメテオスは頭を悩ませる。
「え、マクスウェルの愛し子って魔輝人って事じゃないの?」
「フェアロの王族はマクスウェルの子孫だって言われてるだろ?」
ララとメテオスがそう話しているところにリズナが「マクスウェルの愛し子ってのはねー」と説明しに行こうとするとユアがそれを引き止めるようにリズナの傍に行った。
「リズ、ちょっと私とお話しましょう?久しぶりに会ったのだもの」
「……うーん。分かった。あっねえそこの透明なマナを持つお姉ちゃん!エルフさんかな?そのお姉ちゃんもこっち来て!」
リズナはユキノの方を見て言う。
本当にマナだけを見ればユキノはエルフにしか見えないらしい。大精霊が間違えるのだから殆どエルフと同じ質のマナを持っているのかとチャールは感心した。
「わ、
「リズって呼んでよー!」
リズナに手を引かれてユキノはユアと共にリズナのマナで作った紫色の結界の中へ入っていく。その光景を見ていたソルは「えっ!?」と慌てた様子になった。ソル達からすればリズナ達の姿は紫色の物体の中へと消えたのだ。
「え、チャールこれはどうすれば」
ソルはあわあわとチャールに尋ねる。チャールは何かわかっているように落ち着いていた。ルンはそれを見て気にしているようだったが誰も言及しないので何も言わない。
『大丈夫だ。シャドウはボク達に危害を加えない』
「オレらは此処で待ってればいい。そういうことか?」
「そういうこと、みたいだね。メテオス君、そろそろロスト君を降ろしてもいいんじゃないかな」
ララに言われてメテオスはロストを降ろして横にした。
床は硬く冷たいが、身長の割に軽いとはいえメテオスよりも一回り背の高いロストを抱え続けるのは流石に無理だと判断したようだ。
「で?わざわざ私達だけにしたい話って何かしら、リズ」
リズナが張った結界の中でユアは落ち着いていた。一方のユキノは初めての経験に戸惑っている様子だった。しかしリズナはそんな事も気に止めず尋ねてきた。
「マクスウェルの愛し子が誰なのか、お姉ちゃん達は分かってる?」
「マクスウェル様の愛し子…初代フェアロ王の事を仰っているのですよね?愛し子の末裔と言うのは王族のことですから」
「ユキノお姉ちゃん、知ってるんだね!なら説明する必要はないかなー」
マクスウェルの愛し子…リズナが言いたかった事は、フェアロ王国の最初の王の事であった。
初代フェアロ王はマクスウェルの実子である。すなわちフェアロ王族はマクスウェルに連なる子孫という訳だ。精霊信仰をしているユキノが知っているのは当然だとして、メテオスが正しく知っていたことにリズナは感心したように頷いている。
「…私達の中に現在行方不明とされているフェアロの王子がいる、でしょ?それくらい知ってるわ。私がついてきたのは陰ながらの警護のためだもの」
「えっ」
これまで一度も聞いた事の無い話にユキノはつい声を漏らす。リズナは大体分かっているのか特に動揺する事は無かった。
リズナは『マクスウェルの愛し子』が誰かをちゃんと理解した上で呼び掛けたのだ。ユアがいることを分かって。
「ルン様はそれを知ってるのですか?」
「いえ、知らないわ。これは私の独断だもの」
流石騎士団副団長。とユキノは目を見開いた。騎士団長はこの事を知らされているのかどうか分からないが、知らされていればフェアロは混乱に陥っているのではないかと勝手に心配し始めてしまった。
「お兄ちゃん、記憶と、魔輝(マルシャ二ー)が枯渇してるみたいだね」
「…魔輝…?それより、まさか、マクスウェル様の末裔は」
リズナの言葉が指し示す魔輝の枯渇したお兄ちゃんと言うのは、ユキノが知る限りこの旅には一人しか該当しなさそうだ。普通の人間ではないとユキノは察していたが…まさかとユアを見る。
「ロスト・テイリアは仮の名だわ。リノス…彼の母親が敢えて真実を隠したのでしょうね。記憶の無い今ではこの真実を教えても混乱するだけだもの」
「他国とは言え、スレディアとフェアロは国交が盛んです。しかしフェアロの王子が行方不明と言う話は聞いたことが…」
ユキノが隣国の王族の話は殆ど耳にはしていなかったとしても、行方不明になっているとなれば大きなニュースにはなっていたはずだ。しかしスレディアどころかフェアロの民もそれを知らない。
「隠してるの。国民に要らない混乱を招きたくなかったもの。ロストの本名はロステリディア・アンリ・フェアロ。現フェアロ国王のたった1人の孫息子」
それが真実だった。
何も知らぬ村の青年として育てられたロストには酷であると彼の母親であるリノス・テイリアがそれらの真実を伏せたままにしていたのだ。
「何故
「ええ知らないわ。だからこそ貴方には教えようと思ったのでしょう?シャドウ」
「そうなの。そろそろ、結界を消すね。この事はまだ言っちゃダメなの?うーん…何れは明かさなきゃいけないけど、今はまだ時間があるかなぁ…でもユアお姉ちゃん、時間は刻一刻と迫ってるの。ウンディーネがいない今、このメモルイアは不安定なの。はやく…ロストお兄ちゃんの記憶と力を取り戻してあげてね」
リズナはそう言うと紫色の結界を消す。ユキノの見る景色は元の闇の神殿へと戻っていた。
結界が解けたのを確認したソルが「話し、終わった?」とユキノに寄って来る。
「はい…」
ユキノは複雑そうにロストを見た。彼は魘されているようで目を覚まさない。何も知らない、覚えてないこの青年に、何か伝えられる事はないかと思考を巡らせるがそのような言葉はユキノには無かった。
「ララお姉ちゃん!契約をするの!」
思い立ったようにリズナがララの両手を握り、笑顔でそう言った。突然握られたララの方は少し戸惑いながらリズナを見る。
「契約?」
「ララお姉ちゃんはね、リズ達大精霊と契約する事ができる何十年に1度の存在なの。前にいたのは100年ほど前だったかな〜」
「…リズ、どういう事?ララが精霊の御子だっていうの」
また知らない単語が出た、とララは首を傾げる。ユアが驚いている事にはリズナは気に止めていないようだ。
チャールはどういう事か分かっているようで『確かに契約するのがいいだろうな』とリズナに同意した。
『精霊の御子というのは、精霊との契約を交わせる貴重な人間の事だ。精霊を使役できるからな、あまり公にはしていけない存在だと言われている』
「100年前にも、精霊の御子が戦争に登用された例があるの。リズはあの時みたいな事は嫌なの…でも、ララお姉ちゃんはきっとそうはならない。だから、契約しよう!ララお姉ちゃん!」
リズナはララに抱きつき、上目遣いでねだるように言う。
ソルは「ララに触れてる」とよく知らない人間がララに絡みに行っている事が面白くないようだ。ここでこのまましていても埒が明かないと思ったルンはララに言う。
「契約しちゃえばいいんじゃないの?」
「そう、なの?」
「そうと決まればお姉ちゃん!お姉ちゃんの名前を教えて?」
リズナはララから一旦離れてくるりと回った。
無邪気なこの少女がシャドウであるなどとララは未だに信じられないようで「わ、わかった」と頷いた。
「私の名前はラリアン・オンリン」
ララが名前を告げるとリズナは首を傾げて
「そうかな」
と笑った。
「本当にララお姉ちゃんの名前はラリアン・オンリンなのかな…?もしかしたら、違うんじゃないの?」
「違わないよ!ララはララなんだよ!」
「ソルお兄ちゃん、そうだね。イフリートに教えてもらえばいっか、お姉ちゃんの本当の名前」
リズナの言っている事が分からないララは言葉を失い不安そうにチャールを見た。記憶を失くした時から共に居るためか不安になったらチャールを頼りたくなってしまうのかもしれない。
「じゃあお姉ちゃん。リズの本当の姿、見せるね」
そう言うとリズナの姿は闇に歪んだ。
男の影の様な、大きな影がララ達の前に現れた。これがシャドウとしてのリズナの本当の姿。しかしそれが先程までリズナの姿をしていた者と同じ存在である事はララに分かる。大精霊との契約、流石にララは少し緊張していた。
『我が名はシャドウ。このメモルイアに大精霊として座す一人。汝契約者の名を述べ、我と契約を結べ』
リズナの少女の声とは違う低い声がこの空間に響いた。
それと同時にララとシャドウの立つ場所に魔法陣が展開される。透明な壁の様なものに包まれた感覚がララに伝わった。
「……ラリアン・オンリン。ラリアンの名の元に、闇を司りし大精霊、シャドウとの契約を。汝我に力を、我汝にマナの輝きを」
ララがそう唱えると、紫色の鎖のようなものがシャドウからララへと繋がっていき、見えなくなった。
『これにて契約は完了した。いつでも我を呼ぶがいい。それが、人間同士の不毛な争いではない事を我は願う』
「ありがとう、リズナちゃん。…でもあの、イフリートが私の本当の名前を知ってるって…」
魔法陣が消え、シャドウのいた場所にはリズナが立っていた。
ララはイフリートについてリズナに尋ねようとする。リズナがイフリートがまるでララの本名を知っているように言っていた事が気になっているのだろう。
「イフリートはいつでもララお姉ちゃんを見守ってるよ。ララお姉ちゃんの記憶がある程度戻った時、イフリートは必ずララお姉ちゃんの声に答える…」
(そうでしょ?チャールお兄ちゃん)
リズナがララに気付かれないように目線をチャールに移すと、チャールはリズナから目を逸らした。
「リズはいつでもここでお姉ちゃん達の声を聞いてる…あっそうだ。そこのお兄ちゃん、そろそろリズのマナに慣れて起きてくると思うよ」
「そうなのですか?シャドウ様」
「ロストお兄ちゃんも、ララお姉ちゃんも、魔輝が枯渇してるの。ララお姉ちゃんはイフリートの加護のお陰かある程度は大丈夫かもだけど」
「オレまっっったく、話についていけてないんだけど!!」
突然、ここまで口を挟まなかったメテオスが頭を抱えて唸り始めた。細かい説明が必要な用語がいきなりユアもチャールも話し始めていたせいだろう。せいぜいメテオスが追いついていたのはマクスウェルの愛し子までである。
「そうね、ひとまずは説明しなきゃね。魔輝というのは、マナの根源になってるものよ。魔輝石は正確に言えば魔輝の凝固した石なの」
『んで、精霊の御子ってのは今ララがやったように精霊を使役できる力を持つ希少な人間。主にとある一族に多かったらしいぞ』
「メテオスお兄ちゃんも、少しだけ魔輝が欠けてるのね。もしかしたら、クローン実験って言うのが関係してるかもだよ?」
「うる、さ……っここ、どこだ!」
「あっロスト君起きたっ!」
メテオスにユア、チャール、リズナが説明している間にロストの目が覚めたようだった。ララが顔を覗き込むと、ロストは特に異常が無いようでそのまま立ち上がった。
「あんたが、シャドウか。すまないな、このような醜態を晒してしまって」
「魔輝が殆ど欠けてるロストお兄ちゃんがここに来て気を失わないわけがないの…でも、マナに充てられて倒れるって言うのはきっとこれっきりだから気にしなくていいの!」
リズナは笑顔でロストに抱き着いた。スキンシップの多い子なのだとロストは感心してつい頭を撫でる。嬉しそうにリズナは笑った。
「さて、そろそろ行くわよ?誰かさんが倒れたせいで時間を食ってしまったわけだし」
「それは…面目ない、とは思ってます」
『じゃあな、シャドウ。用がある時はいつでも来ていいからな』
「わかったのー!」
一旦リズナに別れを告げ、一行はディア=レッタへと向かった。
ディア=レッタまでの道のりは特に異常が起こる事もなく無事にたどり着く事が出来た。
スレディアの街の中でも港町と言うことからか賑わっているのだとロストは勝手に思っていたが、どうも現状はそうはいかないようだった。
「エレッタに行くだって?やめとけやめとけ。特にフェアロの人間が行くなんて、無謀にも程が有る!」
船着き場でルンが乗船料を払っていると、チケット売り場の男はそう漏らしていた。
「しかもこんな小せぇ嬢ちゃんが行くなんてな。観光ならやめとけ」
「観光じゃないわよ。どんなに危険かも承知してるつもりだわ…何より」
「肝が据わってるなぁ嬢ちゃん」
「船に乗ること以上に怖いことなんてないわよ!!」
ルンの突然の剣幕にチケット売り場の男は一瞬引いたが「薬飲むか?」と一言聞いた。それに対するルンの答えはと言うと…。
「いいえ!!私薬苦手だもん!!」
意外に子供らしい回答なのであった。
「ルン様があんなに怯えるとは、船とはそんなに恐ろしいものなのですか?」
「いやあれルンとメテオスだけだから。船、とっても楽しいよ!前乗った時は…モンスターに襲われちゃったけど」
チケット売り場でルンの子供らしい一面を垣間見たユキノとソルは船について話していた。あの村から出たことの無かったユキノは当然船に乗った事も無く、楽しさ半分怖さ半分と言ったところだろう。
ララとロストはある程度慣れたのかチャールを荷物の中に押し込みながら船を見ていた。
「あの船かな?私達が乗るの」
「だろうな。ちゃんとアイテムも買ったよな」
「アップルグミとオレンジグミ、ライフボトルは必需品!」
「スペクタクルズも忘れるなよ、他国だからまた違うモンスターが出てくる可能性が高い」
「そうかーインスペクトアイ使える人いないんだっけ」
「ユアさんが使えるかもしれないな、後で聞いてみるか」
『ボクをっ!!何で!!!荷物に!!!押し込む!!!』
荷物に押し込まれているチャールについては、誰も触れないのであった。
「さて、準備は出来たわね。乗るわよ」
チケットを買い、船も港に着いているのでこれ以上この港町に用はない、とユアは全員揃っているかどうかを確かめた。
チャールの姿が見えないがララの荷物が微かに動いているのでそこに入っていると断定して。
「嫌だ……憂鬱だ……」
「薬なんて飲みたくない、でも船酔いは嫌…」
「あの、メテオス様とルン様については…」
「無視でいいわ」
「あ、はい」
ダウナーになってしまっているメテオスとルンについてはユアも諦めているので、ユキノは少し気にしつつも船旅を楽しむ事にした。
ディア=レッタから出航した船はスレディアの海域を出て、エレッタへと辿り着く。
フェアロからスレディアへ向かう時のようにモンスターに襲われることも無く一行はエレッタの港、エルシア港へ着いた。
「何も無かった!!良い船旅だった!!!」
ララの喜びようはとても大きく、ガッツポーズを惜しみなくしていた。エルシア港はディア=レッタほど賑わっていないという訳では無かった。
「ここから、エッティスという街へ向かうわ。そこに知り合いがいるの」
『ここからエッティスって、途中に砂漠が無かったか?』
荷物から出してもらえたチャールはユアの持つ地図を見ながらぼやく。ユアは「そうよ」と答えて笑った。ロスト、メテオス、ソルからは表情が消えた。
「砂漠越え、しないとなのか?」
「ええ」
「…メテオス」
「いやオレも体力持たない」
「すやあ…」
「はあ…一旦ここで休んでもいいけれど…」
体力が心許なさすぎる男性陣にユアは呆れ返るが、闇の神殿からユキノも休み無く来ている事を考えればここで一度休む方が得策かもしれないと考えていた。
その時だった。
「こるぁーっっ!!!フェルマっ何やってるんだっっっ!!!」
「ごめーんお兄さん操作ミスったー!自爆していいー?」
「いいわけあるかぁー!!!!!」
けたたましいエンジン音と共に現れた二人の男が乗った乗り物、ユアはそれに乗っていた片方の青年を見て固まる。
そしてその乗り物は二人を乗せて…海の方へと落ちていった。
「まあたやってるよ…タール家の5男と6男…」
「6男のフェルマの方は次期当主候補にも上がってるんだろ?」
「もう少し落ち着いてほしいわねえ」
そのような街の人間の声を聞きながら乗り物に捕まって浮いていたのは、オレンジ色の髪をした笑顔の青年と、呆れ返る朱色の髪の青年。
「スモラ…?」
ユアの呟きは、誰も聞いていない。
続く