テイルズオブメモリアー君と記憶を探すRPGー   作:sinne-きょのり

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チャプター27:ユキノとクロッセ

「クロッセ様、いらっしゃってたのですね」

「ユキノ、怪我は…」

 

 クロッセは少女が見ていた事に気づくと、まるで壊れやすい何かを扱うかのように彼女に駆け寄った。実質、彼女は今にも壊れそうなのかもしれない。

 クロッセが少女…ユキノ・サエリードの様子を見て、彼女の怪我を確認する。

 しかしユキノの顔は蒼白になっており、いかにも不健康そうであった。クロッセは項垂れるように「すまなんなあ、俺に力が無いばかりにさあ…」とユキノに言った。

 

 ララはその様子を見て、ユキノが怪我をしていることに気づいた。それも、かすり傷程度ではない、多くの傷だ。

 何も言えずにいたロスト達だったが、ララは一足先にユキノの元へ歩み寄った。

怪我している人を見捨てる事など優しい彼女にはできなかった。

 

「あの、私に…治させてくれませんか」

「もしかして君、回復術を扱えるのか?」

「クロッセ様、この方達は」

「旅の人だ。この人達なら、ユキノを助ける事が出来ると思って。俺は、何も出来なかったから」

 

 クロッセはどうやら回復術を持たず、他の誰にも頼る事が出来ない状況だったらしい。

 ララがユキノの怪我の様子を見ると、ユキノの怪我をしっかり治療する事は出来なかったが応急手当程度はしていたらしく化膿はしていなかった。

 

(クロッセさんは、ユキノちゃんの事、大切に思ってるんだろうな)

「……あの、(わたくし)なんかを、治したって…」

「なんか、じゃないよ。こんな怪我して…っこれ、って…」

 

 ララは怪我をよく見て絶句した。

 ユキノの服の袖を捲ると、明らかに悪意あって付けられた傷が沢山あり、内出血しているようにしか見えない紫色の肌が露出した。

 少女の体だからとあまり多くは触れなかったのかクロッセもその内出血の部分を見て少し辛そうに目を逸らした。

 

「ユアさん」

 

 ララは耐え切れなくなってユアの方を見た。何とも言えないやるせない表情だった。

 ユアはララが言いたい事を理解したようだ。いや、理解しないとこの少女を救えないだろう。ここの村人がおかしいと断言できないだろう。

 

「…たった1人の少女を迫害して、この村は何をしたいのかしらね」

「俺にもわかんねぇんだ。なあ、あんたらなら…こんな所からユキノを連れて行く事が出来るんじゃないか」

「確かに…貴方の言う通りなら、そう、よね」

 

 ルンはクロッセの言い分には賛成だった。

 ユキノはこの村にいるべきではない。ユキノの怪我の状況を見てもここから連れ出すべきだと思えた。

 

「…クロッセ様、(わたくし)は…」

「この村は、おかしいんだっ。だから、な」

 

 ユキノはクロッセの言わんとしている事が分かったのかそれ以上は何も言わなかった。無力なただの村人である彼には彼女をここから連れ出すことすら出来ない。それをクロッセ自身がよく知っている。

 

「あの、貴方の名前は」

 

 ユキノはララに向き直り、名を尋ねた。

 回復術を唱えようとスピアロッドを取り出していたララは優しく微笑み、スピアロッドの槍の部分を地面に突き刺す。

 

「私の名前は、ラリアン・オンリン。ララって呼んで」

 

 ユキノがクロッセ以外から貰えなかった優しさをララは光のマナに込めてユキノを包み込む。

 紫色に滲んでしまった腕は段々と肌色を取り戻す。

 いつ見ても光属性の回復術というものは綺麗なものだと周囲にそう思わせるものだった。

 

「ララ、様…」

 

 ユキノは怪我の治った腕を見て、驚いたように顔を上げた。恐らく、回復術を受けたのは初めてなのだろう。

 そこでメテオスがユキノの別の違和感に気づく。

 

「なあ、お前…足、見せてくれないか?」

「足ですか?」

「少し、引き摺っているように見えた」

 

 メテオスに言われたように少しユキノがスカートを捲ると、抵抗なくスカートを捲られた事にメテオスは動揺して「す、座ってくれ」と慌てて言った。

 ユキノの左足が少しだけ異質に腫れていた。内出血という程度ではない、メテオスはこれを見て苦虫を潰したような顔をした。

 

「ララ、この傷、なんだと思う」

「私達はお医者さんじゃないから分からないけれど…」

「よくこの状態で歩けたわね…流石エルフの血族だわ」

 

 メテオスがララにユキノの怪我を見せて相談していると、後ろからユアが話しかけてきた。

 どうやらメテオスが思ったよりもユキノの足は深刻なようだ。

 

「ユキノちゃん、だっけ…足とっても痛いよね?」

「…もう、慣れてしまったので…感じていませんでした」

「もしかしたら痛覚に異常が発生しているのかもしれないわ。ハーフエルフにここまでの怪我を負わせるのは難しいのに…」

 

 異質に腫れたユキノの左足を見たクロッセは蒼白になって「俺があの時医者に連れて行っていれば…っ」と言った。

 ロストはスレディアの事情はよく知らなかったが、フェアロではエルフも人間も隔てなく暮らしていたのを思い出し、ここがフェアロではない別の国だと改めて思い知らされた。

 スレディアでは、エルフは神聖化され、ハーフエルフは存在すら嫌われている。

 ロストはそれを改めて確認したのだ。

 

「クロッセ、さん…スレディアでは、ハーフエルフは…」

「どこも、こんな扱いだ。俺にもどうしようもねえ…」

 

 クロッセの口振りからしても、医者に連れて行っても門前払い状態なのだとロストは言葉を失った。

 

「ユアさん、オレにならこの傷、治せるかも」

「…本当なの?回復術でもこれを治すには高度な術が必要だと言うのに」

 

 メテオスの言葉が信じられないと言った風にユアは目を開く。メテオスはふざけている様子ではなかった。

 他の者にはどうする事も出来ないから、もうメテオスにユキノの傷を任せるしかないのだ。

 

「ゼクンドゥスから承りし一族のマナってのがあって、オレのマナ属性は、時なんです」

「…そう言えば、セテオスも言ってたわね。特殊なマナ属性って」

 

 メテオスやセテオス、ベリセルア家の人間は特殊なマナ属性を持っていた。

 通常は地、水、火、風、闇、光、氷、雷なのだが稀に別の属性を持った人間がいる。その一つがベリセルアの人間の持つ時属性なのだ。

 

 メテオスが持っていたナイフを地面に刺すと、灰色の魔法陣が現れた。

 時属性の術を見る事が初めてであるロストにはこれが何属性の魔法陣が先程のメテオスの言葉がなかったら気づけなかっただろう。

 

「……っ」

 

 メテオスは何も唱えていないがユキノの怪我はどんどん治っていく。

 しかし治っていく、と言うのは違うとユアは確信した。『戻って』いるのだ。

 

(時属性の力、あれ以来だけれども…普通の回復術とは違うわね)

 

 ララの使う光属性の回復術は怪我を『治す』が、メテオスの使う時属性の術は厳密には回復術ではない。

 ユアはそれを司る大精霊自体に会った事があり、確かにメテオスはその力を持っているのだ。

 しかしその力はメテオスには少々負担がかかるようで、怪我をする前に戻した途端にメテオスは脱力した。

 

「これで、怪我は大丈夫」

「…ありがとう、ございます」

 

 ユキノも回復術ではない力に気づき驚いたのか自らの足を撫でた。正常になった左足がそこにある。

 ララは脱力したメテオスに「無理しないんだよ」と肩を貸した。

 クロッセはその様子を見てほっとしたようだった。

 

 この人達になら、ユキノを任せられる。

 

 改めてクロッセはユキノに手を伸ばし、申し訳なさそうな顔をしながら立ち上がらせた。

 

「あんた、この子と一緒にいなくていいのか」

 

 ロストがクロッセに尋ねると、クロッセはユキノを見ながらごめん、と小さく言った。

 

「俺は、ここで鍛冶屋になるって、昔から言っててさ…こんな胸糞悪い村だけど、一応故郷だからさ」

「…クロッセ様。(わたくし)は…いつか、また…戻ってきてもよろしいですか?」

「でも、ユキノはここにいたらさ」

 

 クロッセの言葉を塞ぐように、ユキノは生気の戻った顔で、目でクロッセに言う。

 

「クロッセ様に会いに、戻ってきてもよろしいですか?」

 

 それはクロッセが初めて見たユキノの表情だった。これまで村の人達に奴隷の様に扱われていたユキノにとって、クロッセは唯一人間として接してくれていた存在であった。

 

「ユキノが望むんなら、な」

「……ユキノ、僕達と、行こう」

 

 ソルはユキノに手を差し伸べ、ユキノはその手を取り微笑んだ。

 クロッセは自分以外にユキノを受け入れてくれる人間がいるのだと感動していた。

 

「僕は、ルシオン。ソルって呼んで」

「俺はロストだ」

「ルン・ドーネと言うわ」

「メテオス・ベリセルアだぜ。よろしくな!」

「ユア・メウルシーよ」

 

 チャールはわざと喋らずにユキノの肩に乗って髪を尻尾で撫でる。クロッセはそんなユキノの様子に安心したようだった。

 

「そういえば私達、この村で補給をしたいのだけれど…」

「僕とユキノで、此処で待っていようか?」

 

 ユアが言い淀むとソルが提案をした。この村を歩くには、今はユキノは控えた方がいい、とソルは言いたいのであろう。

 あまり人前に出る事が苦手なソルが適任だとユアも思ったようで「そうね、案内お願いできるかしら」とクロッセに言った。

 

「わかった」

「私も、ソルが残るなら残ろうかな」

 

 ララがそう言い、丁度いい人数になるからとメテオスもその場に残る事になりチャールもララについていた。

 ユアとロスト、そしてルンはクロッセに連れられ村の中を歩く事にした。

 あまり活気があるとは言えない村の様子を見て、ユアは昔自分が来た時とは雰囲気が変わってしまったと思ったがユアは以前自分が来たのはもう100年も前だったと気付かされた。

 100年も経てば村の雰囲気も変わる、それは当然の事であったがユアはそれに気付いていなかったのだ。

 

「ここが俺の家だ。武器に関する事ならさ、何でも親父に任せてくれ」

 

 活気はあまり無いものの、職人達の熱は確かなようで今でもクロッセの家の奥からは彼の父親が武器を作っているのかカンカンと音が響いてきている。

 

「親父い!お客さんだあ!」

 

 クロッセが声をかけると音がやみ、奥から体格の良い男性が出てきた。少しクロッセに似ている事から彼の父親なのだろう。

 クロッセの父親は不機嫌そうな顔を見せるも、ユアの顔を見ると驚いたように目を開いた。

 

「あんたは……噂の」

「ユア・メウルシーと言うわ。それにしても、ここでも私の名は通っているようね」

 

 クロッセの反応の時点で大体は察していたが、どうやらスレディアでもユアは有名人であった。

 クロッセの父親は「武器が欲しいのか」とユアに尋ねると、ユアは頷いた。

 そもそもその為にこの村に寄ったのである。例えユキノに対するこの村の態度が悪かろうとこの村で作られる武器の評価というものは高い。

 ロストやルンもこの村の人達のユキノへの仕打ちは許せないものがあったがこれも旅の為だと言い聞かせた。

 クロッセの父親はロストやルンを見て「どんな武器が欲しい」と尋ねた。

 ロストが使う剣は普通のものより細めであったり、ルンが使う大鎌は大人のサイズとは違ったり調整が必要だろうと判断された。

 スピアロッドに至っては特注である。何故そのような武器を使用しているのがが疑問であるとクロッセの父親は言っていた。

 

「こうやって見ると…貴方達の武器って面倒なのね」

「普通に男性用の大剣を振り回してるユアさんがおかしいんじゃないんですか…?」

 

 ルンは苦笑いをしながらユアに言うが、ユアは「そうかしら」と一言呟いて終わりだった。あまりにも淡白な反応にルンはつい「ええ」と言葉を漏らすがユアのそれ以上の反応はなかった。

 ユアにとってあの大剣を振り回す事はそれほど当たり前の事なのだろう。

 

「このスピアロッドとやらの使い手はここにはいないのか」

「ああ、いない。……呼んだ方がいいのか」

 

 クロッセの父親に言われロストはそう聞くがララを連れてくるほどのことではないらしく、首を横に振られただけだった。

 クロッセはと言うと、まだ修行中の身で何も触らせてもらえないのか父の作業をずっと見ていた。

 ふとクロッセを見たロストは【当たり前であろう親子の光景】を目にして、少し眩しさを覚えた。自分に父親がいなかったから余計そう思うのかもしれない、とロストはため息をついた。

 

「ロスト、あんたララと一緒にいなくてよかったの?」

「まあ、ソルやチャールが一緒だったからな」

「……ああ、そう」

 

 ルンはすっかりロストはララにベッタリしているものだと思っていたが為、このように別れて行動するとは思っていなかったのだ。ロストは別行動でもよかったようだが。

 

「武器を作るのは流石に時間がかかる。今夜は宿にでも泊まるかい?」

「うーん、そうね…」

 

 クロッセに提案されるがユアはユキノの事が気がかりである為に素直に宿に泊まるとは言えなかった。

 それを見たクロッセの父親は何かを察したのか口を開く。

 

「あのハーフエルフの嬢ちゃんが気になるなら、そこに行くのも手だ」

「親父……」

 

 クロッセの父親がユキノに対してどう思っているかは表情からも見て取れることは無いが、悪い感情を持っているようには感じられなかった。クロッセがユキノに対して甲斐甲斐しいのもそこに何かあるのだろう。

 

「なら俺達はそうさせてもらう」

「…うん」

 

 ルンはここであまり村人が村の中を歩き回っていない事に改めて気づいた。クロッセが言うには、この村は昔は活気づいていたけれど、ユキノに関するある出来事が原因でこうなってしまったらしいと語った。

 

「っては言っても俺も詳しくは知らないんだがなあ」

「とにかく、ユキノはここにいない方がいいってこと、なのよね。クロッセ」

「ああそうだルン。ユキノは俺にとって大切な幼馴染み、なんだけどなあ…親父も、昔は人目も気にせずにユキノを庇いに行ってたんだ」

 

 クロッセの父親が何故ユキノを放任するようになってしまったかまではクロッセ本人は知らないらしい。

 少なくともここ10年はユキノはこの状態だと言った。

 物心ついた時からユキノのそばに居たクロッセはたった1人でユキノを守り続けていた。

 それでも、ユキノの心は壊れてしまっているかもしれないとクロッセは自虐した。

 

 ユキノがいた教会に戻ってくると、ソルとララ、メテオス、ユキノは教会の中を掃除していた。暫くの間放置されていたせいで汚れに汚れていた教会も、4人の手にかかるとある程度は綺麗になっていた。

 教会の中は意外と広く、礼拝堂に入るとステンドグラスに恐らくマクスウェルを模したであろう絵が描かれていた。

 

「ロスト君、武器は買えた?」

「まあ、一応。特注になるから、少なくとも明日まではかかるとは言われたが」

「ユキノ、私達…今夜はここで寝てもいいかな」

 

 ルンに言われてユキノは「(わたくし)は、宜しいの、ですが…本当に、良いのですか?」と返した。

 人と共に寝る事は幼い頃クロッセと村人から逃げて教会の中で眠って以来らしい。

 

「あの日以来、親父が夜は何が何でも家で眠れって言ってきてな…」

「……ですが、クロッセ様には感謝してもしきれません」

 

 ユキノ相手にクロッセは複雑な表情を浮かべているが、きっと彼女にとって彼が最大の救いだったのだろう。

 

「明日、私達が武器を揃えたらこの村を出る。クロッセ君、ユキノちゃんの事は私達に任せて!」

「君達なら、とても頼りになると思うよ」

「よし、もう日も傾きそうだしご飯にしようか!クロッセ君も一緒に食べよう、勿論、ユキノちゃんもね!」

 

 ララは体を伸ばしながら台所を探してユキノに連れて行ってもらった。ユアも「私も手伝わせてもらうわ」と言い、その後にロストが無言でついて行った。

 ソルも動こうとしたのだがララの肩から降りていたチャールと、ソルの料理の腕を知っているのであろうメテオスが彼を必死に止めていた。

 

「僕も……」

『お前は作るな!』

「お願いだから、ソルはオレと待ってような!」

 

 そんなソル達の光景を見ると殊更クロッセはほっとして、微笑みを浮かべていた。

 礼拝堂の隣に食堂があり、食事はそこで行うことにした。

 

「ご飯ができたら皆で食べるから、ソル達は食べるものとかテーブルとか用意してねー」

「わかった!ほらメテオス、行くよ」

「お前はなあ…」

「俺も手伝うぞ」

 

 クロッセも輪の中に入っていき、ロスト達が料理を作り終えるのを待った。ユキノは、こんなに楽しく食事をとるのは初めてだ、と目を輝かせていた。

 

続く


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