テイルズオブメモリアー君と記憶を探すRPGー   作:sinne-きょのり

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チャプター25:船上の巨大烏賊

 イーヴィルクラーケンは烏賊の様な巨体からけたたましい叫びをあげる。それに掴まれた事で船が大きく揺れ、甲板は騒ぎになり、船員が急いで乗客を誘導する。幸い、海に投げ出されている人はいないようだ。だがこのような状態が続けば船ごと皆海へと落ちてしまう。

 

「焦らず!押さないでください!」

「いやあああっ!」

「怖い、怖いよママァ!」

「いい子だから、早く逃げましょう!」

 

 子供連れの旅行客、帰省する人間、モンスター慣れしていない船員。

 それなりに大きい船だったためか、スレディアを経由してエレッタへ向かう人もいたためか、船に乗っていた人間自体が多かったらしく甲板に出ていた人の波に流されぬようにロストはイーヴィルクラーケンの方へ近づく。

 ロストはあまり人の多い場所で戦った事がなかったせいか調子を乱されそうになったが、人の波を避けたところでイーヴィルクラーケンを見つめて剣を握った。

 少し離れたところからララとソルも、それぞれスピアロッドとレイピアを構えてやって来る。

 

「ロスト君。ルンちゃんは?」

「船酔いでぶっ倒れてる。しかし…」

 

 ロストはイーヴィルクラーケンを見つめる。

 ルンがこの場で戦闘に参加できない事は大きく戦力を削られることと同義であった。

 

『イーヴィルクラーケンは厄介な敵だぞ…。相手が使うのはお前のと同じ水属性だ、お前の術は通らない訳では無いが…』

「チャールはグダグダ言ってないで下がって。海に落ちたいの?」

『ソル、お前こそ戦えんのかよ!』

 

 チャールに反論したのはソルだった。「僕にだってできる」とソルはレイピアの切っ先で魔法陣を空中に描き始める。

 

「お前、魔法輪を使えるのか…?」

「まほうりん?」

「…分かった、お前ら2人して基礎知らないんだな…まあいい、俺は正面から行く」

 

 魔法輪、空中に魔法陣を描き術を発動する魔法の形式の一種だ。レイピア使いがそれを用いるのは珍しいとロストは母親から聞いた事があった。

 そう話している間にも一番前にいるユアは次々と襲いかかるイーヴィルクラーケンの足を防いでいた。

 

「くっ!ほんと、図体だけは大きいのね!」

「加勢する、はああっ!」

 

 大剣を使う以上ユアの動きは制限され、幾ら力が強かろうと隙が生まれてしまう。

 ロストはユアの隙を狙って足を伸ばしてきたイーヴィルクラーケンに対して剣を振るう。

 斬れ味の鋭いその剣はイーヴィルクラーケンの足を容易く切り落とす。

 

「遅かったわね」

「少し船酔いしてた2人の様子を見に行ってな」

「……ああ…」

 

 ユアはロストの様子から察したのかため息をついた。そして「大体予想ができていたわ」と呟く。

 

「深淵より来たる槍よ…穿て、ダークランサー!」

 

 詠唱の終わったソルの魔法輪から発せられるのは闇属性の術。稲妻が走るように闇を纏った鋭い刃がイーヴィルクラーケンに突き刺さる。

 ララもソルと共に少し離れた場所で魔法陣を展開する。ララの使う魔方陣は本来船上で使う事は考慮されていないためにララは小さく「ごめんなさい」と呟いてスピアロッドを船の甲板に刺している。

 

「皆に力の加護を…シャープネス!」

 

 ララの使う光属性の支援魔法は、ロスト、ソル、ユア、そしてララ自身を暖かく包み込みそれは力へと変わる。

 力がみなぎるのを感じたロストは襲い掛かってきたイーヴィルクラーケンの足を蹴り飛ばした。

 

「…このまま、じゃ…本体に攻撃できない」

「ソル、何か案があるの?」

 

 ロストとユアがイーヴィルクラーケンの足を退けている間にソルは気づいた。イーヴィルクラーケンの足は次々と再生してきていることを。

 せめてロストとユアがイーヴィルクラーケンの攻撃を足止めしてくれていればとソルは考えた。

 

「僕は、あまり力が無いから…」

「なるほど、術で畳み掛ける作戦だね!ロスト君!足止めお願い!」

「くっ、文字通り足止めするってことかよ」

 

 ララに言われロストは次々と再生されるイーヴィルクラーケンの足を斬っていく。

 しかし持久戦になってしまえばロストの体力が先に尽きてしまいそうだ。その上、ここは船上である。あまり悠長にしていては船が沈没してしまうかもしれない。

 

(ソルがどうにかしてくれるか?)

「ソル、とにかく少しだけでも傷を癒そう。癒しよ、ファーストエイド!」

 

 ララは傷の残るソルを気遣い癒しの術であるファーストエイドを唱える。光属性の暖かいマナがソルを包み、傷を癒す。

 ソルは魔法輪を描き始める。初級魔法では威力が足りないと感じたソルはそれよりもランクが上の魔法を唱えようとする。

 闇属性の紫色の複雑な魔法輪が描かれていく。しかし上級魔法のマナの消費量は激しく、病み上がりのソルは苦悶の表情を浮かべる。

 

「ソル!」

 

 ソルの変化に気づいたララは叫ぶもソルは魔法輪を描く手を止めない。

 その間にもユアとロストはイーヴィルクラーケンの足と戦っている。ユアの力を持ってしても船上から海にいる敵に対しては本体への攻撃は難しいようだ。

 

「おね、がい…深淵から…我が、仇なす、敵を」

「ロスト君、ユアさん!ソルに攻撃が向かわないように、お願いっ!」

 

 ララは少しずつ傷ついていくロストとユアに対してファーストエイドを唱え続ける。

 そろそろロストの方に疲労が見えてきた。ソルは体内のマナを振り絞るように詠唱をする。

 

(ソルが無理をして上級術を使おうとしてる…っ私も、強力な光属性の攻撃術を使えれば…もしくは、敵の攻撃を防ぐ人がいれば、ユアさんは後ろに下がって得意な術を唱えることが出来るのに!)

 

 ルンがいない事がこんなにも苦しい。彼女は戦力においては重要な人物であった事をララは改めて思い知らされてる気分だった。

 ララはまだ上級の光属性の攻撃術を知らない。ソルが何故上級術を使おうと出来るのかもララは知らなかった。

 

(彼が使おうとしている術、まさか…今の彼にはあれはっ!)

 

 ユアはソルが使おうとしている術が何か気付いたのか慌て始める。彼女の知っている限り、ソルの使おうとしている術は今のソルが使うにはマナの消費が多すぎる。

 初級術ばかりを使っていたソルにとっては、急な上級術は【無茶】でしかないのだ。ユアは自分が術を唱える事が出来ていないからソルが無茶をしているのだと理解した。

 

「はああっ!」

「邪魔だあっ!」

 

 前衛に出ているロストとユアに出来るのは、イーヴィルクラーケンの攻撃を防ぎ、少しずつ相手にダメージを与える事のみだった。

 

「引きずり、込め…ブラッディハウリング!」

 

 ソルの唱えた上級術が完成し、発動された。

 黒く深い闇がイーヴィルクラーケンを飲み込んでいく。足、体、全てが闇に絡め取られていく。

 船から完全に引き離され、イーヴィルクラーケンは深淵へと落ちていった。

それと同時にソルの体がぷつりと糸が切れたように倒れ込む。残っていた傷口からはちがにじみ出ていた。

 ロストは疲労を押してソルに駆け寄る。

 

「ソル…」

「ララ、ごめんなさい…私が……」

「ユアさんは謝らなくて、いいんです。ソルがまた勝手に無茶しちゃっただけですから…今、治すね…癒しを…」

「そこまでにしとけ」

 

 ララが倒れ込んだソルに向かって回復術を唱えようとすると、ロストがそれを制止した。

 ララの方もマナの消費が激しかった事にロストは気づいていたのだ。そもそもソルの怪我を気にしていたララは回復術を頻繁に使いすぎていた。

 

「ったく、この姉弟は…」

「2人共、暫くは安静にね」

 

 どうせルンやメテオスも自然回復を待たねばならないのだから。とユアは呟いた。

 それは確かにとロストは苦笑いをした。船酔いは流石に光魔法などでは治せない。自然回復を待つ間にララとソルも復活するだろう。

 

「あ、貴方達があの化物を倒してくれたのですか!」

 

 1人の男性がロスト達に話しかけてきた。髭を蓄えた気弱そうな男性は、ユアの姿を見ると「あぁ!」と情けない声を上げていた。ロストはそう言えばユアは騎士団副団長か、と男性の反応を見ていた。

 本来であればその様な反応なのだ。ララやロストがおかしかっただけで。

 

「ユ、ユア様!!ああ流石戦争の英雄様!この程度の化物など朝飯前でございますか!」

「…私は、大した事はしていないわ。それよりも、航行は可能かしら?連れが先程の戦闘で力を使い果たしてしまったらしいの」

 

 ユアは倒れていたソルを抱えて言った。男性は「今確認中でございます!医務室は使用されますか!?」とユアに立て続けに尋ねる。

 

「外傷はないから、部屋で休ませる事にするわ。ロスト、ララ、チャール、行きましょう」

 

 ユアは男性を避ける様に早々と甲板から中へ戻ってしまった。ロスト達はそれを追うように中へ入る。通り過ぎる時、男性の呆気に取られたような呟きがロストの耳へ入ってきた。

 

「茶色の髪、緑の瞳……まさか」

 

 何か知っているのかとロストは尋ねそうになったが、ララに手を引かれてしまい深入りする事は出来なかった。

 しかしロストも本当に自分が何者なのかを早く知りたかった。思い出したかった。

 

(俺は…一体何者なんだ。母さん、どうして教えてくれなかったんだ)

 

 

 

 

「ロスト、どうかしたの?顔色悪いわよ。貴方まで船酔いしたなんて言わないわよね」

「…なんでも、ないです」

 

 部屋に戻ってきたロスト達はルンとメテオスの様子を見ながらソルをベッドに寝せていた。ララもマナの回復の為にオレンジグミを口の中に放り込んでいた。

 

「これは船から降りないと治らないんだよね?」

「まあ、そうなるわね…。まさかこんなとこが遺伝してたなんて」

『あー、リンブロアの奴も船酔い体質だったな』

 

 ユアとチャールは過去に船に乗ったリンブロアを知っているのか笑いながら話していた。ルンの様子を見ていたララは「なるほどー」とルンに氷を渡す。

 ソルにまた開いてしまっていた傷はユアがファーストエイドで応急処置をしており、更なる回復はソルの体力回復の後にララにしてもらう事で落ち着いた。

 

 

「まあ、船でのごたごたもこれで一件落着ってことで」

「……」

「ロスト君?おーい」

「あ、ああ」

 

 どことなくロストの心ここに在らずという状態にララはむくれるも、また通りすがりの人に何かを言われたのかもしれないと想像がついていた。

 

(何か、有名な人だったり?それか、有名な人の子供とか。ユアさん絶対知ってると思うんだよなーロスト君のこと)

 

 ララもララで自分の事は置いておいてロストの事を考えてしまっていた。

 ロストの存在についてはなまじヒントのようなものが散りばめられているから余計そう思ってしまうのかもしれない。

 

『2人して何考え込んでんだ。船も動いてるんだ。時期にスレディアへ着くぞ』

 

 チャールは部屋から見える外の景色を見ながら言った。気づけば外には陸が見えている。もうスレディアは、眼前にあったのだ。

 初めて見る外国にロストとララは目を奪われていた。

 

 一行はここから、新天地を歩く事になるのだ。

 

 

続く


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