俺たちは仮想の世界で本物を見つける   作:暁英琉

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黒の剣士

 デスゲームが始まって一ヶ月が経った。浮遊城アインクラッドはまだ第一階層も攻略されていないが、攻略の最前線は第一階層最後の街『トールバーナ』、そしてその先にある迷宮区まで進んでいた。

 情報屋業もこなしながらで遅めのペースだった俺たちも、今は迷宮区攻略に携わっている。最初は一つ一つのクエストやダンジョンをじっくり攻略していた俺たちだったが、情報屋の存在を聞きつけた前線組から情報提供がなされるようになり、攻略スピードはだいぶ早くなった。

 

「……慣れるとパリィやブロックよりステップ回避の方が楽だな、こいつ」

 

「はたから見たら危なっかしいけど……ナッ!」

 

 なんとなくぼやくと後ろから苦笑まじりの声が聞こえてくる。あっちはあっちでスイッチの繰り返しで何もさせずに倒しているのだろう。

 今戦っているのは、迷宮区から出現するようになった亜人型モンスターだ。二足歩行で武器を持ち、場合によってはプレイヤーと同じようにソードスキルを使う種族。その最弱モンスターであるレベル6『ルインコボルト・トルーパー』の剣撃を最低限の動きで回避する。無骨なデザインの片手斧は振りがそこまで速くないので、慣れるとよけることは容易いのだ。

 しかし、油断は禁物。ステップ回避はすぐに反撃に転じることができるし、武器耐久値が減らないというメリットもあるが、失敗すると最悪スタンを食らい、無防備な状態で攻撃を受けることになってしまう。

 だから、決して油断はしない。敵の一挙手一投足に意識を集中する。

 一回、二回、三回とコボルトの剣撃を避ける。そうすると敵が大きく体勢を崩すので、『パワー・ストライク』を頭部めがけて叩き込む。連撃系のソードスキルでもいいのだが、タイミングを間違うとソードスキル後の硬直中に攻撃を喰らいかねないからな。安全策というやつだ。

 攻撃を食らったコボルトは低い呻き声をあげる。もう一ヶ月もメイスで敵を屠っているとはいえ、相変わらずちょっとグロい。

 

「よっと」

 

 ソードスキル後の硬直が解けた直後にバックステップで距離を取り、体勢を整える。距離を詰めてきたコボルトの攻撃をまた三回回避して、再び『パワー・ストライク』を叩き込んだ。HPバーが削られ切った『ルインコボルト・トルーパー』はストップモーションのように硬直すると、ポリゴン片になって砕け散る。

 

「……うーん」

 

 リザルトウィンドウを眺めて、思わず漏れそうになった唸り声を周りに聞こえないように口の中で転がした。最前線だけあって経験値効率は最高。報酬のコルやドロップアイテムを売れば、鍛冶屋で武器防具の修繕をしても十分おつりがくる。この迷宮区の奥が次の階層に続いていることもあって、ここで戦うことは間違いではない。

 しかし、いくら経験値効率が最高とは言っても“今の俺”には渋すぎる。というか、今のパーティ全体としても渋いと言えるだろう。

 一色に“守る”と言われたあの日から、さすがに毎夜狩りに出かけることはなくなったが、どうしても眠れないときはこっそりベッドを抜け出して近くの狩場に居座った結果、今のレベルは14。安全マージンを階層数+10と考えても上がりすぎだ。そりゃあ、半分以下のレベルであるこいつを倒してもレベル差補正で碌に経験値なんてもらえやしない。

 

「お兄ちゃーん。こっちも終わったよー」

 

 それはマチたち他の三人も同じだ。それぞれが既に安全マージン圏であるレベル11に上がっていて、次のレベルに到達するためには数えるのも辟易するほどの『ルインコボルト・トルーパー』を倒さねばならない。

 まあ塵も積もれば山となるというから見つけたら倒すし、スキルレベル以外にも戦う意義はある。

 なぜなら――

 

「ボスってこのコボルト? よりも強いんですよね?」

 

「そうダ。しかも取り巻きもイル」

 

「うわぁ、聞いただけで胸やけしそうですよ~……」

 

 第一階層のボスはコボルトの親玉だからだ。βテストの情報だから正式版では変わっている可能性もあるが、取り巻きに『トルーパー』の手斧よりもリーチの長い槍斧を装備した『ルインコボルト・センチネル』も出てくるらしい。

 弱いとは言ってもトルーパーも亜人型モンスターで、しかも同じコボルトだ。何度も戦って慣れることに損はないだろう。

 

「もうちょっとしたらセーフゾーンがあル。そこでいったん休憩しよウ」

 

「分かった」

 

 前線組がマッピングして提供してくれた地図でセーフゾーンを確認しながら頷く。二十階層の塔になっている迷宮区でも視界右上に時計が表示されているから一応昼なのか夜なのかは分かるのだが、探索や戦闘に夢中になっているとどうしても時間間隔が麻痺してしまう。もう昼の三時を過ぎているし、だいぶ休まず探索を続けていたようだ。

 道筋を覚えてマップウインドウを閉じ、歩き出す。ゲーム攻略を一ヶ月共にしていく中で、俺たち四人には基本陣形のようなものができてきた。最初の頃こそ知識の多いアルゴが先頭になることが多かったが、今では盾もあり一番防御力の高いイロハが先頭。その後ろにマチとアルゴが並び、バックアタックに備えるしんがりを俺が務めるというひし形の陣形だ。まあそれでも後方だけでなく、全体を警戒するのは変わらないが。

 ふと前を歩く三人、正確には二人に目を向ける。

 現実世界ではさしたる警戒心もなくペタペタと靴裏を鳴らしながら歩いていた妹と後輩は、自然と音を殺した歩き方をしている。モンスターには音に反応するタイプもいるため、無用な音を立てるべきではないと一月の経験で学んだのだろう。この二人の順応性の高さがゲームプレイにも及ぶとは、ちょっと意外だ。

 そして、そうせざるをえない状況をどうしようもできない自分に思わず顔が歪んでしまいそうになるのを、必死にこらえた。

 

「あ、人ですよ~」

 

 イロハの声に駆け寄った二人に合わせて俺も近づく。曲がり角からひょっこりと首を覗かせてみると、少し先の広間でプレイヤーがちょうどコボルトを倒したところだった。

 ここ最近前線に合流して、なおかつアルゴの手伝いもあって多少他プレイヤーを見てきたが、今の一太刀を見ただけでただならないレベルのプレイヤーであると直感した。

 迷いのない速く、力強い剣閃。片手用直剣使い御用達の『アニールブレード』をまるで身体の一部であるかのように振り切り、コボルトがポリゴンになって消えると自然な動きで背中の鞘に納める。まるで現実でもその西洋風の両刃剣を振り回していましたと言わんばかりの自然さは、およそ一ヶ月で身に着くものではないだろう。

 とはいえ、現実のものと大差なくなったはずのその姿を見る限り、実は日本に駐在している米軍というわけでもなさそうだ。ダークグレーのレザーコートを身に纏っている体躯は俺よりも小さいし細身だ。なによりも遠目から注視してみた顔立ちは、幼い。ひょっとしたらマチよりも年下なのではないだろうか。

 それでいてあの身のこなし。導き出される答えは一つだろう。

 同じ最前線攻略メンバーとは言っても、ダンジョンで出会って気さくに話しかける奴なんてそうそういない。というか、デスゲームという名の異常が日常化したせいで忘れてしまいそうになるが、この世界にいるプレイヤーの大半は廃人クラスのネットゲーマーたちなのだ。アルゴの手伝いで前線メンバーと会う機会がそこそこあるが、なんというか……同族の匂いがする。いや、俺と同族とかその人たちがかわいそうだけど。

 

「なんダ、キー坊じゃないカ」

 

 まあ、そんな諸々の事情もあって、基本ダンジョンで人を見かけてもスルーするものなのだが、今回はうちの情報担当の興味を引く人物だったらしい。

 

「……なんだ、アルゴか。そのキー坊ってのやめろよ……」

 

 ため息をつきながらやってきた“キー坊”は、やはり幼い。中性的な顔立ちは一瞬戸塚を連想させたが、それ以上の幼さだ。本当に小町よりも年下、中学生の可能性もあるだろう。

 

「いいじゃないカ、キー坊デ。あア、こっちは……」

 

 情報屋と行動を共にしている人間の詳細が気になるという視線を感じたアルゴが俺たちの紹介をしていく。彼女があだ名で呼ぶということはお得意様クラスと考えていいだろう。

 

「で、こっちがキリトダ。キー坊って呼んでやってクレ」

 

「いや、それ呼んでるのお前だけだから……」

 

 アルゴの説明にげんなりと肩を落とすキリト。俺はその名前に聞き覚えがあった。

 

「ああ、あんたが“あの”キリトだったのか」

 

「あのって……おいアルゴ、どんな説明したんだお前」

 

「安くしとくヨ。五百コル」

 

 そこでも金取るのね……。

 情報屋という商売はその名のとおり情報がなくては成り立たない。その情報提供は同じ前線メンバーからなされるのことが多いのだが、提供件数が一番多いのがこのキリトというプレイヤーだ。しかもダンジョンマップや敵情報に至っては無料で提供してくる奇特な奴だとアルゴから聞いていた。俺から言わせればそういう情報をまとめてその大半を無料配布しているあいつも十分に奇特な奴なのだが……その話は今してもしかたがないだろう。

 視線を彼の背中にしまわれた『アニールブレード』に向ける。パッと見は『ホルンカ』で手に入る『アニールブレード』と大差ないが、俺はそれが現段階でほぼ最強の一振りであることを知っていた。

 他のMMORPGがそうであるように、SAOにも武器強化システムが存在する。見るからにドワーフ然とした鍛冶屋NPCや今はまだいないが【鍛冶】スキルを習得したプレイヤーが強化素材を使って鍛えることで、『鋭さ』『速さ』『正確さ』『重さ』『丈夫さ』の五つのパラメータを任意で鍛えることができるのだ。

 そして、キリトの『アニールブレード』は『+6(3S3D)』。つまり『鋭さ』と『丈夫さ』が三段階ずつ強化されているものだ。【鍛冶】スキルの熟練度が低いNPCしかいない第一階層でそこまで強化するには相当な労力と運が必要らしい。俺もだいぶ失敗を繰り返して今のメイスを四段階まで強化したので、なんとなくその苦労は理解できる。

 

「アルゴの補佐ってことはトレード持ちかけられてることも知ってるわけか」

 

「まあな」

 

 情報屋の仕事は情報の売買と全員が知るべき情報をまとめて配布すること――だけではない。本業からは外れるが代行業、メッセンジャーのようなものもやっている。キリトの言うトレードとは情報屋を仲介した覆面売買のこと。トレード内容は『アニールブレード+6』と相応の『コル』。交渉を吹っ掛けられたのはキリトで、こいつは誰がそのトレードを申し出てきたのか知らない。一応先方がアルゴに渡してきた「口止め料」を払う方法があるのだが、それを始めると今度はキリトと取引相手で“口止めに関するオークション”を始めることになってしまう。

 そんなことをして誰が儲かるかと言えば、俺の横で楽しそうに笑っている鼠なわけだ。

 

「ちょうどよかっタ。キー坊、取引相手が二万九千八百コルまで引き上げるそうダ。口止め料の件も含めテ、どうすル?」

 

「ニーキュッパねえ……」

 

 アルゴからの伝言にキリトが呆れたように顎に手を添える。

 現状最強の剣に三万コル。そう聞くと納得できなくもないが、所詮は“第一階層最強”だ。第三階層か第四階層まで行く頃には急速に陳腐化して新しい武器にする必要が出てくるとアルゴが言っていた。百階層もある浮遊城の三階層くらいまでしか持たない剣。それを大金つぎ込んで手に入れる意味はあまりないだろう。長期的に見れば余計にだ。そろそろ最初のフロアボス討伐があるとは言え、三万もあればその金で装備を整えた方が色々と有意義な気もする。

 

「前にも言ったけど、いくら金を積まれても手放す気はないさ」

 

「オイラもそう言ってるんだけどナ……」

 

 そもそも、現状最強の剣を手放したらこいつは未強化の新しい武器を手に入れなくてはいけなくなる。片手用直剣なら装備は間違いなく『アニールブレード』になるだろう。『ホルンカ』まで戻ってあのクエストをもう一回こなすとかだるいことこの上ない。改めて考えると、ボス攻略直前にそんなトレード吹っ掛けてくるとか頭おかしいんじゃないだろうか。いや、一週間前から先方はこの取引要求してきてんだけどさ。

 

「口止め料もいいや。なんでトレードするつもりがないのに金払わなきゃいけないんだよって話だし」

 

「『情報の開示』だけじゃなク、『情報の秘匿』でも商売をスル。それがこの仕事の醍醐味だからナ!」

 

「ほんとえげつねえ仕事だよ……」

 

 自慢のヒゲのペイントを揺らすように楽しそうに笑うアルゴにため息をつきながら、少し納得してしまうのも事実だ。情報の売買ってのはやってみると本当に奥が深い。特にアルゴの数分雑談しただけで情報をぶっこ抜く技術を最初に見たときは感動ものだった。

 ――鼠と五分雑談をすると、百コル分の情報を抜かれるぞ。

 どっかのプレイヤーがそんなことを言っているのを聞いたことがあるが、あながち間違いではないだろう。アルゴは否定していたが、真偽が定かではない情報で商売をしないだけで、金になりうる情報の種は得ているのだから。

 情報屋補佐をやっていて本当によかった。やっていない状態でアルゴと知り合っていたら、対人能力のない俺なんてごっそり情報と金を奪われていたことだろう。

 

「情報を売れば『その情報を誰それが買った』って情報が手に入ル! 案外そういう情報の方が売れるからナ!」

 

「お前、ほんと楽しそうね」

 

 いや、確かに事実だし、新しい情報が思いのほか売れるとちょっとテンション上がるんだけどさ。たぶんある程度ゲームが進行したら人間関係ネタとかが急速に需要を持つと踏んでいる。今のうちに集めておくといい金になりそうだ。あれ、俺アルゴにだいぶ毒されてない?

 

「そういヤ、キリトはこの後どうするんダ? オイラたちこの先のセーフゾーンで休憩する予定なんだケド」

 

「…………そういえばもう昼どきか」

 

 キリトは少し考えるようなポーズを取るが、俺には分かる。今こいつの頭の中ではいかに俺たちと別れるかを考えているはずだ。アルゴという既知の人間がいるとは言え、俺たち三人は初対面。最前線にソロでいるようなプレイヤーが警戒しないはずがない。俺なら「あれがあれであれだから」と考えることすらなく華麗に撤退しているところだ。あれ? 過去にその言い訳で華麗に撤退できたことがない気がするんだが?

 まあ、俺が分かるということは、八幡検定免許皆伝なマチや会長になって以来人間関係スキルがさらに強化されたイロハが分からないわけがないわけで。

 

「他の三人はなんだかんだニュービーだからナ。色々話も聞きたいだろうシ」

 

「キリト君! さっきの『ホリゾンタル』すごい速くなかった!? どうやったの!?」

 

「マチも、色々お話聞いてみたいんだよねー!」

 

 さらに鼠のアシストを交えた女性プレイヤージェットストリームアタックを回避することはかなり難しいわけで。

 

「え、えっと……」

 

「ささっ! セーフゾーンはすぐそこだよ!」

 

「お弁当もあるから、一緒に食べよ!」

 

「あ、あの…………はい……」

 

 なし崩し的に同行することになったようだ。いやまあ、中学生があの二人から逃げるとか無理だろうなぁ。俺も妹と本性知ってる後輩じゃなかったら逃げられないだろうし。いや、今現在でも逃げられないけどさ。

 それにしても……。

 

「ン? どうしタ?」

 

「いや、お前が同行を提案するなんて珍しいと思ってな」

 

 情報屋は信頼が命。そのためもあって、アルゴは取引相手とだいぶ良好な関係を築いている。

 しかし、俺たち以外に曲がりなりにもパーティを組もうと提案するプレイヤーは一人もいなかった。それがあの少年剣士に対してはやけにべったりだと感じたことも含めての“珍しい”。

 俺の質問に対して、アルゴは「大したことじゃないサ」と小さく肩をすくめて見せた。

 

「ああいう子は見ていて危なっかしくてナ。ハッチたちみたいについオネーサンは構いたくなっちゃうんだヨ」

 

「……俺たちと比較されても困るんだが」

 

 だがなるほど。割とパーティを組んでいることが多い前線メンバーの中でソロ。しかも、アルゴが「ニュービー」と口にしたときに一瞬見せた陰り。確かに力強い剣閃とは対比するように、マチたちに押されている背中は心許なく見えた。

 

「不満だったカ?」

 

「……別に」

 

 世話焼きな年長者にため息をつきながら、俺たちも三人の後を追った。




 前回の投稿後、がっつり風邪引いて寝込みました。どうも。

 というわけで今回ようやくキリトくんの登場回でした。主人公なのに全然出せなくてごめんね……。
 もうちょっとマチとイロハのセリフを多くしてもよかったかなーと思うんですが、なかなか難しく……五人同時に動かすの難しいですね。要勉強箇所です。

 それでは今日はこの辺で。
 ではでは。

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