俺たちは仮想の世界で本物を見つける   作:暁英琉

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デスゲーム2

「アルゴ……強くなれってどういうことだ?」

 

「簡単なことダ。お前はこのゲームを攻略するんだロ? そしてその二人はお前から離れたくなイ。なら、三人とも強くなって、このゲームを攻略すればいイ」

 

 ね、簡単でしょ? みたいに鼠は言ってくるが、話はそんな簡単なものではない。

 

「このゲームで死ねば、現実でも死ぬんだぞ? その真偽はともかく理論上は可能だ。そんなリスクのある行動を見知った人間にさせるわけにはいかない」

 

 外部との連絡が取れない今、本当にSAOでの死が現実の死に繋がるのかは分からない。ひょっとしたらそんなのは嘘っぱちで、HPがゼロになったらベッドの上でなんでもないように目が覚めるかもしれない。しかし、理論上はナーヴギアには人間の脳を焼き切るだけの高周波マイクロウェーブを流すだけの出力もあるし、電源を抜いてもナーヴギア重量の三割を占める大容量バッテリーが存在する。ナーヴギアの設計者が茅場本人であることを考えれば、このためにわざわざそんな大容量のバッテリーセルを用意したと考えるべきなのだ。

 

「お前がそのリスクを負うのはいいのカ?」

 

「三人でSAOをやることになったのは元をたどれば俺の責任なんだ。だから、俺がリスクを負うのは当然のことだ」

 

 俺が勝手に期待して勝手に失望して、そのせいでこいつらを巻き込んだ。それならば俺はその責任を果たす。この責任は俺のものであって、誰かに肩代わりさせる気などない。

 

「ふーン。けど、一人で攻略するよりも三人で攻略した方が難易度もリスクも低イ。それに、各フロアのボスは基本的に大規模レイドを組んで攻略するものダ。攻略メンバーは多ければ多い方がいイ」

 

「それは……」

 

 確かに鼠の言うとおりなのは分かる。リスク管理を適切にしておけば、ソロよりパーティを組んだ時の方がはるかに危険は少ない。それに大規模レイドを組む必要があるのなら、攻略人数が多ければ多いほどメンバーの精神的安定にも繋がる。それは分かっているんだ。けど……だけど……。

 論理的思考の自分と二人を危険にさらしたくないという自分がせめぎ合う。グルグルと頭の中で思考がループしてしまう。そんな俺を見かねたのか、鼠は「それに……」と続ける。

 

「三人より四人の方が更にリスクは低イ」

 

「は……?」

 

「オイラは元βテスターダ。それにβ時代は情報屋をしていたんダ。序盤の危険地帯や効率のいい狩り場、モンスターの行動パターンもだいたい頭に入っていル。その知識を利用すれば……」

 

「ちょ、ちょっと待て!」

 

 思わず言葉の続きをさえぎる。鼠の提案はつまり、元βテスターであるところの自分もパーティに入るという事だ。それは俺達にとってかなりのプラスになる。現状、元テスターのみが持っている旧アインクラッドの知識に加えて二ヶ月の戦闘経験というアドバンテージはでかい。今まで全くなかった自分自身が動くMMORPGというのは、かなり慣れが必要だ。そんなプレイヤーが一緒にプレイしてくれるというのはかなり魅力的だ。しかし……。

 

「そんなの、お前にメリットがないじゃないか」

 

 うまい話には裏がある。そうでなくても俺はつい言葉の裏を読む人間だ。だからこそ、こんな慈善精神にあふれた誘いは疑ってしまう。

 

「そりゃあ、いたいけな坊や嬢ちゃん達を放っておくのはお姉さん的に寝覚めが悪いから……と言っても信じてくれなそうだナ」

 

 おどけた口調だった鼠だが、俺が警戒をとかないことを見ると苦笑しながら居住いを正す。

 

「オイラにもメリットはちゃんとあル。まずは多少なりともニュービーを助けたという実績が得られル」

 

「…………」

 

「実績……ですか?」

 

 俺はなんとなく理解できたが、一色と小町はよく分からなかったようだ。そんな二人に目を向けて鼠は続ける。

 

「今、こうしている間も元βテスターの数割はソロ、もしくは元テスター同士パーティを組んで次の街へ向かっていル。さっきこの坊やが言ったように、より高効率のリソースを手に入れるためにナ」

 

 MMORPGはリソースの奪い合い。高効率のリソースを手に入れられたプレイヤーが強くなれる。デスゲームと言ってもプレイヤーの大半が生粋のゲーマーであるはずだし、まだ現実を受け入れられずトッププレイヤーになろうとしている人間も一定数いるかもしれない。それに……。

 

「ニュービーの相手なんてリスクばかりでリターンがない。そんなことをするくらいならソロの方が幾分マシ……」

 

「「…………っ」」

 

「まあ、そういう事ダ」

 

「けど、それは決して悪じゃない」

 

 そう、その行動は悪じゃない。自分の命がかかっているのに、人の命まで背負おうなんて正気の沙汰じゃない。それこそ現実が見えていない。心のどこかでこれがただのゲーム、夢物語だと思っている証拠だ。

 

「けど、経験者が皆そんなことをしたら……」

 

「ただでさえあるはずの初心者との差が決定的になるよね」

 

 二人の言うとおりだ。しかも、ただでさえ操作慣れしていないVRMMORPGというジャンル、本物の死が付きまとうという状況ではプレイが確実に鈍る。一瞬の迷いが生まれる。そこでニュービーが死んだら? たぶん彼らはこう思うだろう。

 

 

 元βテスターがニュービーを見捨てたから人が死んだ。

 

 

 そうなれば決定的に元テスターとニュービーの溝は深まる。同じ目標に向かうはずなのに敵対してしまう。

 

「だから、少なくともオイラはニュービーを見捨てなかったっていう言い訳ができるのサ。いわゆる自己保身ってやつダ」

 

「なるほど……」

 

「そういうことですか……」

 

「…………」

 

 二人は納得したようだ。一応筋は通っているが、どこか引っかかる。しかし、環境の違いのせいか何が引っかかるのかが分からなかった。しかたなく、ここは納得しておく。

 

「それに、オイラもパーティを組んでいた方が何かとやりやすイ。こんなことになったから、オイラは情報屋業に集中したいんダ」

 

「つまり……俺達をボディーガードに使うってことか?」

 

「そういうことダ。オイラが情報を提供すル。お前達が強くなル。そうすれば、お前らは最前線で活躍できる力を手に入れられるし、オイラは戦闘をお前達に任せて、情報収集用のステータス振りやスキル構成にして情報屋に専念できル。元々今から前線のβ時代との変更点を確認しようと思ってたしナ」

 

「……ふむ」

 

 おそらく、情報屋として動くのも鼠自身の保身のためなのだろう。自分が提供元だと皆に知れ渡れば、ニュービーに疎まれることも少なくなる。そのために俺達を利用しようということだ。

 そういう、感情ではなく論理に基づく行動は――嫌いじゃない。

 

「お前と一緒に行動すれば、二人の安全性は高まるんだな?」

 

「当然、絶対安全って訳じゃないが、確実に安全性は上がル。それに、このままお前が一人で行動していたら、多分二人とももっと危険なことをしていたゾ?」

 

「……っ」

 

 完全に失念していた。俺のせいだというのに、二人は自分たちのせいでSAOに閉じ込められたと思っている。そんな二人を置いて行ったらどうなるか。おそらく、自分たちもゲームを攻略しようとしたに違いない。ろくに取説も読まずにソードスキルの使い方くらいしか分からない状態でそれは危険すぎる。

 どうやら最初から、俺は一人で行動することも、鼠の提案を断ることもできなかったようだ。

 

「分かった。その提案を受けよう。俺はハチだ」

 

「こ……マチです!」

 

「イロハです~」

 

「改めてアルゴダ。よろしク」

 

 こうして、当初はソロで行動する予定だった俺の計画は大きく変更され、四人パーティというなかなかの大所帯になってしまったのだ。

 

「まあ、ここから次の街までは安全なルートを通るから、危なくなってもスイッチを使えば問題ないだロ」

 

「ていうか、こんな序盤でもやばいルートとかあんのか……ん?」

 

 直近の計画を話し合っていると、後ろで一色と小町……いや、イロハとマチがほけーとした顔をしていた。なんだその表情、緊張感の欠片もねえな。

 二人は顔を見合わせた後、意を決して声を上げた。

 

「「スイッチって……なんですか?」」

 

「…………いやまあ、確かにお前らMMORPGとか未経験だもんな」

 

「これは予想以上に面倒な奴らを捕まえた気がするナ」

 

 アルゴ、たぶんそのとおりだ。このパーティはめんどくさいぞ。

 

 

     ***

 

 

 あの後、スイッチを始めとした基礎技術を教わると俺たちは道中のモンスターを倒しつつ次の街、いや次の村である『ホルンカの村』に来ていた。元βテスターなら道中の敵には目もくれず村に向かっていたと思うが、MMORPGの基礎技術の習得や、俺たちの安全面を優先していた。草原エリアの敵はノンアクティブモンスターだが、村直前の森に出るモンスターはアクティブモンスターであるため、そこまでに全員レベル2にはなっておいた方がいいという考えだ。

 ほとんど知識のない俺達に、当初アルゴは不安気味だったようだが、思いのほか飲み込みが早かったらしく、今は上機嫌に鼻歌なんぞ歌っている。

 村に着いたのは午後九時頃。本来なら夕飯を食べ終えてテレビなり勉強なりをしている時間だ。うちの親はともかく、イロハの親は帰宅していることだろう。現実の身体に関しては、雪ノ下さんがなんとかしてくれるだろうが、マチやイロハをこんなことに巻き込んで、謝る人間が増えたなーと思いながら、土下座でもなんでもするためには生きて帰還しなければならないと生への渇望がまた少し強くなった。

 

「とりあえず、ドロップアイテムを売って防具を買おウ。軽く飯を食ったら、さっそくクエストをやろうカ」

 

 武器・防具屋でレベル上げの副産物であるドロップアイテムを売却。武器は耐久値やこれからやるクエストとの相性の関係で買う必要はないらしく、それぞれそこそこの防御力の装備を買うわけだが……。

 

「うーん……」

 

 悩む。超悩む。どうやらこの村では皮防具と鎧防具が買えるらしい。防御力だけを見れば鎧一択なのだが。

 

「絶対似合わねえよな」

 

「いいんじゃない? お兄ちゃんがあえて鎧着て敵モンスターの笑い取れば」

 

 マチちゃん? SAOにそういう機能ないんだよ? ……ないよね?

 こんなところにまで来てファッションを気にするなんて、案外余裕あるな、と思いつつ、皮防具を選択。特に染色はされていないらしい薄茶色の長そでの上着が即時出現し、装備される。これがSAOでの着替えか。これなら寝ながらでも着替えられるな。こんなのに慣れちゃったら現実で着替えができなくなっちゃう!

 

「せんぱい、どうですか?」

 

 イロハもマチも装備を購入したようで、軽そうな鉄製の胸当てを装着していた。あ、鎧防具ってそういうのなのね。てっきりフルアーマーなのかと思っちゃったよ。まあ、この二人ならそこそこの鎧は似合いそうだよなー。かわいい補正とあざとい補正でだいたい許される。

 俺は絶対似合わない。そもそも日本男児に西洋鎧が似合うわけないだろ! というわけで絶対皮装備以外着ない。絶対にだ!

 

「お兄ちゃん! マチも似合ってる?」

 

「あぁ……二人ともSAO一かわいいよ」

 

「「うっわ適当」」

 

 少し前から思ってたけど、この二人よくハモるよね。なんなん? あざといは血の繋がりと同義なん?

 

「全員買ったみたいだナ」

 

 アルゴを見ると、一見特に変わっていない……と思ったが、よく見るとフード付きコートの下にマチ達と同じプレートが見えていた。

 

「そういえば、そのフードはなんなんだ?」

 

 そのフードのせいでアルゴの顔ってほとんど見えないんだよな。黄色い目と髪がようやく少し見えるくらい。

 

「あー、これは『はじまりの街』で手に入る装備でナ。隠ぺい率をほんの少し上げてくれるんダ。それに……これならしゃべるまで女だって分からないだロ」

 

「なるほど。あの手鏡の影響で“女性プレイヤー”は希少だからな」

 

 茅場からの手鏡爆撃でサービス開始当初は1:1くらいだった男女比率は10:1、いや20:1くらいにまで変化している。現状の危機性をよく理解していない男性プレイヤーは女性プレイヤーに寄っていくだろう。オタサーの姫状態だな。

 

「そうなると、二人にも買っておいた方がよさそうだな」

 

「まあ、いずれはそうなるだろうが、最前線にそんなふざけた輩はそうそういないだろウ。二つ先の村で色の選べるフードが買えるから、そこで買えばいいんじゃないカ?」

 

 おお、色のことまで考えるとは、アルゴは女心が分かっているんだな。女だから当然か。

 その後、道具屋で有り金のほとんどをポーションに変えた。その後露店のようなパン屋に向かうとアルゴはそこで小さなスライス食パンを購入。値段は一つ一コル。

 

「やっす!」

 

「まあ、この階層じゃ、ほとんど稼げないからナ。ボスのいる迷宮区のある街ではでかい黒パンが主食なんだけど、それも一コルダ。味を気にしなければ飢えることはそうそうないゾ」

 

 俺も食パンを買って口に運んでみる。味覚エンジンが作用した途端、思わず眉をひそめてしまった。

 

「なあ、これ味覚エンジンちゃんと作用してる? なんか食パンの味と少し違うんだけど……」

 

 いや、まずいわけではないのだけど、リンゴだと思ったら梨だったみたいな違和感がある。

 

「ファンタジー色を出したかったんじゃないカ? β時代も『不思議味』って言われてたからナ。けど、まずくはないだロ?」

 

「まあ、どっちかっていうとうまい」

 

 しかし、ゲームの世界で食べたものの味が分かるってすごいな。本当にもう一つの現実って感じだ。

 

「けど、毎日パンっていうのも味気ないですね……」

 

「そうだね。ここだと食事が数少ない楽しみだろうし」

 

 二人の不満は最もだろう。ゲームも読書も化粧も出来なければショッピングだって生きるため。そんな中で食事というものはほぼ唯一の楽しみであり、そこに不満が出てくればモチベーションの低下にも繋がる。

 

「まあ、少し値は張るがこのパン以外にも種類はあるし、NPCレストランでも食事はできるゾ。それに、料理スキルを取れば自分で料理も……」

 

「「料理スキル!?」」

 

 食い気味!?

 突然二人に詰め寄られてさすがのアルゴも困惑している。料理という言葉に二人とも触発されたのか興奮気味だ。まあ、現実だと二人とも料理好きだもんな。

 

「いやけど、今はそんなスキル取っている余裕は……」

 

「お兄ちゃんは黙ってて!」

 

「せんぱいは黙ってて下さい!」

 

 ひぃっ、この子たち怖いよぉ……。やめてアルゴ、そんな「こいつ使えねえな」みたいな目でこっちを見ないで!

 

「ま、まあ、今はスキルスロットが二つしかないから、料理スキルのことは後で考えよウ」

 

「そうですね……」

 

「わかりました……」

 

 アルゴの必死の宥めにようやく納得したらしい二人は、食パンもどきに再びかぶりついた。

 

 

 

食事を終えるとアルゴに引き連れられて村の端にある民家にやってきた。どうやらここで序盤に使える片手用直剣の入手クエストが受注できるらしい。中に入るとかっぷくのいい女性が鍋をかきまぜている。注視するとそのアイコンにはNPCのタグがついていた。

 

「こんばんは、旅の剣士さん。お疲れでしょう? ……」

 

 女性NPCの声かけに、アルゴは自然な受け答えで応答している。いや、「それでいいゾ」とか「なにかあったのカ」とかそんな似非片言な返答が自然かは疑問だが。いわゆるロールプレイというやつだ。NPCと会話しないとクエスト受注できないとかぼっちには辛すぎる。しかし、ここは頑張るしかあるまい。

 アルゴ曰く、機械的な返答でも問題はないらしいが、自分でプレイするのに作業ゲーはちょっとあれだロ。とか言われた。なんだよ、作業ゲー楽しいだろ? マイクラでマップ五枚分位露天掘りしたりとか。え、楽しくない?

 アルゴの真似をしてクエストを受注する。どうやら病気の娘のために森のモンスターの落とす薬を取ってきてほしいというクエストらしい。会話が終わると小さなウインドウが開き、「『森の秘薬』を受注しました」と表示された。マチとイロハも続けて受注する。

 

「ていうか、これイロハだけ受ければいいんじゃないのか?」

 

 クエスト報酬は片手用直剣『アニールブレード』。序盤で手に入る片手用直剣の中ではかなり優秀で、三層序盤くらいまで使える武器らしいが、パーティで装備できるのはイロハだけである。

 

「優秀な武器だからナ。売却すると結構なお金になるし、プレイヤー間トレードをすれば前線の引き上げもできるだろウ?」

 

「ふむ……」

 

 そういうことなら受けておいてもいいか。情報と同じだけ資金は重要だし、まだ前線メンバーの少ない今やっておけば、狩り場独占などと睨まれる心配もあるまい。

 今回のクエストの対象モンスターは『リトルネペント』という植物モンスター。武器の耐久値を下げる腐食液攻撃をしてくるモンスターで、その頭に花をつけている個体がクエストアイテムである『リトルネペントの胚珠』をドロップするらしい。その出現率は約1%……1%!?

 

「1%を四回引かなきゃいけないのか……」

 

「まあ、確率なんて運だからナ。ネトゲ用語でいう『リアルラック依存』って奴ダ」

 

 まあ、その間経験値も貯まるから、なかなか出なくても全くの無駄というわけではないだろう。そんなことを話していると、件の森に到着した。先行しているプレイヤーもだいぶ遅い時間ということで森に入っている者は見当たらない。少し緊張しつつ森の中を進むと、鈍い光と共にモンスターが三体出現する。でかい口から緑色の粘液を垂らしているグロテスクな植物がリトルぺネントのようだ。二本の葉付きの蔦をしならせ、その頭部には……頭部には……。

 

「…………」

 

「あの、アルゴさん……」

 

「マチ、なんダ?」

 

「“花付き”の出現率って1%くらいなんですよね?」

 

「ああ、そうだナ」

 

「でもあれって……」

 

「ひょっとしなくても、そうですよね……?」

 

 二人とも、それ以上言うな……アルゴも俺も困惑しているんだ……。グロテスクなデザインのリトルぺネント。その頭部には……鮮やかな花がついていた。それも三体中二体。

 

「リアルラック持ちは誰ダーーーー!!!」

 

「お、落ちつけアルゴ!」

 

 あまりの事態にアルゴが発狂してしまった。その声に反応して件のぺネント一団がこっちをターゲットしてくる。

 

「と、とりあえず倒すぞ!」

 

「は、はい!」

 

「分かったよお兄ちゃん!」

 

 リトルぺネントは道中のフレイジーボアなどに比べれば攻撃モーションは多彩だが、腐食攻撃に気をつけて物理攻撃をソードスキルで跳ねあげてスイッチすれば――。

 

「イロハ、スイッチ!」

 

「はい!」

 

 『サイレント・ブロウ』を蔦攻撃に合わせて発動し、相手の攻撃をキャンセル。硬直したぺネントにイロハが片手用直剣基礎技『ソニック・リープ』で斬りつけた。硬直中に状況を確認する。リトルぺネントのレベルは3と俺達より高い。そんな中で三体を同時に相手するのは愚策だろう。

 

「俺が残り二体を引きつける! 二人でそいつを倒してくれ!」

 

「「了解!」」

 

 一体を二人に任せて残り二体に通常攻撃を当ててヘイトを稼ぐ。二体は俺にターゲットを移して接近してくる。硬直の無い通常攻撃を適度に当てながら、ヒットアンドアウェイで逃げる。

 

「お兄ちゃん! 倒したよ!」

 

 パリィンというモンスターの撃破音と共にマチの声が聞こえて、右にステップをかける。空いたスペースにマチが飛び込んで短剣基本技『アーマー・ピアス』で俺に振りかかろうとしていた蔦を跳ねあげた。

 

「イロハさん、スイッチです!」

 

「オッケー!」

 

 スイッチを引きうけたイロハが再び『スラント』で斬りつける。クリティカルだったのか、さっきよりも大幅にHPバーが削れた。

 二人に片方を任せてもう一体、“花付き”を引きつける。蔦を回避、武器で弾いて凌いでいると、花付きは身体をのけ反らせて口の奥からゴポゴポと不快な音を立て始めた。

 これは……腐食攻撃! 念のためメイスを身体の陰に隠しながら、回避行動を取ろうとして――

 

「ハッチ! スイッチダ!」

 

「っ!」

 

 反射的に今の構えから近いソードスキル『パワー・ストライク』を放つ。『サイレント・ブロウ』よりも少し硬直が長いが、範囲技でスタン性能もあるソードスキルだ。硬直した花付きの眼前に飛び込んできたアルゴが短剣ソードスキル『サイド・バイト』を叩きこんだ。

 

「ハッチ、とどめだ!」

 

「おうっ」

 

 残り少ないHPになった花付きに硬直が解けた瞬間に『サイレント・ブロウ』を叩きこむと、キィッとか細い悲鳴と共にポリゴンとなり四散した。周囲を見渡して追加の敵がいないことを確認すると、ふっと息をつく。目の前に出たリザルト画面には『リトルペネントの胚珠』ドロップが表示されていた。

 

「おつかれ、ハッチ」

 

「おつかれ。参加するなら最初から参加してくれ」

 

 初めての格上戦闘でニュービーだけにやらせるとかマジ鬼畜とか思ったじゃん。

 

「だってしょうがないだロ。β時代にやって時は花を見るまで五時間かかったんだゾ」

 

「後二体狩らなきゃいけないんだし。逆によかっただろ」

 

「それとこれとは話が別ダ!」

 

 なんだその駄々っ子みたいな言い方。さっき自分のこと「お姉さん」とか言っていたけど、実は年下なんじゃねえの?

 

「ていうか、ハッチってなんだよ。俺ミツバチじゃねえんだけど」

 

「ハチ公の方がよかったカ?」

 

「……ハッチの方がいいです」

 

 なんだよハチ公って。俺忠犬じゃねえし。

 うなだれていると、背中に鋭い視線が。恐る恐る振り返ると黒いオーラでも出しそうなイロハとマチが佇んでいた。

 

「せんぱい?」

 

「お兄ちゃん?」

 

「よし、後二体“花付き”を狩らなきゃいけないし、さっさと次の群れ探そうぜ!」

 

 ここは撤退だ。決して敗走ではない。戦略的撤退なのだ。

 

「ハッチは人気者なんだな」

 

 勘違いも甚だしいからその認識は改めて。

 その後、またすぐ残り二体が出る……なんてことはなく、全員分の胚珠が手に入るまで二時間ほどかかった。それでも早すぎだとアルゴは嘆いていたけどな。

 

 

     ***

 

 

 村に戻ると早速さっきの民家に直行してクエストを完了。私は今後お供になるであろう『アニールブレード』をオブジェクト化して手に取ってみた。ステータスを見てみると、確かに初期武器である『スモールソード』よりも高性能みたい。ちょっとデザインがかっこ悪い気がするけど、文句も言っていられないかな。アルゴさんは片手用直剣使いの必須武器って言ってたし。

 もうすぐ日付が変わろうという時間帯で、私達は宿を取ろうという事になった。アルゴさんオススメの宿に向かう途中、せんぱいはアルゴさんとよく話している。

 

「イロハさん……」

 

「うん……」

 

 アルゴさんは結構楽しそうだ。せんぱいってSAOでは目が腐ってなくてイケメンだし、それに戦闘の飲み込みも私達の中で一番早い。リトルペネントも最終的には一人でバシバシ倒していた。それに、どう見ても三人の中でせんぱいがリーダーだ。

 アルゴさんもそういう先輩の姿を見て、今後背中を預けられる相手として認めたのだろう。だから、だからこそ、私とマチちゃんはその違和感に気付いたのだ。

 

 

 せんぱいが初対面の相手にあんなに話すのはおかしい。

 

 

 せんぱいはアルゴさんのことを一切信用していない。全面的に警戒はしていないけど、いつ裏切られても大丈夫なように備えている。その証拠が、あの表情だ。あの外面だ。裏切られても、明確な敵にならないように対立しようとしない。

 それならなぜ一緒に行動することにしたのか。きっと原因は私達だ。せんぱいは私達の生存率を上げることを優先している。それはきっと自分のせいで私達まで巻き込んでしまったという自責の念のせいだろうけれど。それでも私達を優先してくれるというのは、せんぱいの中で特別に扱われているようでうれしかった。そんなことを考えてしまう自分がひどく惨めでもあったけど、うれしいという気持ちは抑えられなかった。

 やがて、街のはずれにある少し大きめの民家についた。驚くべきことに、アインクラッド下層では『INN』と書かれた宿屋は最低限の寝泊まりをする場所であり、民家などの部屋を借りることもできるらしい。ただ、ここだと二人で使える部屋が二部屋しかないので、せんぱいとマチちゃん、私とアルゴさんで使うことになった。

 同性とは言え今日初めて会った人と同じ部屋で寝るという事に緊張したけれど、アルゴさんはすぐにどこかへ行ってしまった。どこへ行ったのだろうと疑問に思わなくもないけれど、変に緊張しなくていいのはありがたい。プレートアーマーを装備から外すと、ベッドに横になった。柔らかなクッションに身体がゆっくりと沈み込む。

 

 せんぱい。せんぱいにとって私は重荷ですか? せんぱいの隣に立って、せんぱいを支えることはできませんか? せんぱいのためなら私は……。

 

 

      ***

 

 

 ベッドに横になると疲れが一気に出たのか、マチはすぐに眠りについた。窓を開けた室内には穏やかな風の音とマチの寝息が聞こえるのみだ。それがとても心地いい。

 デスゲームという地獄に身を置いているはずなのに、俺の心はひどく穏やかだった。この世界は最初から偽物だからかもしれない。ここで育まれる関係も全てが偽物で、だから変に期待することもない。

 偽物の風を感じながら、偽物の風景を眺めていると、窓の外に見覚えのある人影があることに気付いた。それを見とがめると、自然と足はそちらに向かっていた。

 

 

 

「よう、こんなところでなにやってるんだ?」

 

「ハッチカ」

 

 民家前の大岩に座っていたアルゴは、俺を一瞥すると再び目線を戻す。何をやっているのかと手元を覗きこむと、コンソールを操作して何かを書きこんでいた。

 

「それ……操作マニュアルか?」

 

「あぁ、これを各拠点の道具屋で無料配布されるようにすル。そうすれば、ニュービーも動くことができるだろウ」

 

 たしかにその通りだが、どうして……。

 

「どうしてお前がそこまでするんだ?」

 

 自分の命を優先するべきときにこいつの行動のほとんどは他人を助けるためのように見える。怪訝にする俺にアルゴはククッと喉を鳴らした。そしてどこか寂しそうな目をする。

 

「情報が入ってナ。この数時間で、少なくとも百人近くが死んだらしイ。それも、最初の死亡者はアインクラッド外周からの飛び降リ。自殺ダ」

 

 自殺。この世界に絶望して、宿に閉じこもることすら放棄して、生きることをやめた。何も知らないニュービーが突然死ぬ世界に放り出されたら、そういう行動も起こすかもしれない。

 

「でもそれは、お前のせいじゃないだろう?」

 

「オイラは情報屋だからナ。SAOに関する細かい情報があれば、自殺者も減るかも知れなイ。まあ、ただの自己満足だが、人が死ぬのは気分のいいものじゃなイ」

 

「…………」

 

 知らない人間のために行動する。俺には、今の俺には理解できない。他人が死んでも、それは他所の出来事だ。外国で戦争が起こっているニュースが流れても「ふーん」としか思わない、思えない。

 

「それに、生存者が多い方が情報も買いやすいし、売りやすイ。商売のためだヨ」

 

「……そうか」

 

 『ホルンカ』に向かう途中、アルゴは「金を積まれれば大抵の情報は売る」と言っていた。つまり、生存者を増やそうとするのは情報屋という商売のため。慈善事業ではないと言っているのだ。そっちの方が俺は理解できる。けど、それなら、そんな顔はしないでくれ。無理をして笑おうとするものじゃない。

 

「だから、そのためにハッチ達は利用させてもらうし、ハッチ達も大いにオイラを利用するといイ。利害関係の一致って奴ダ」

 

「……っ」

 

 思わず目をそらしてしまう。アルゴは俺が自身を信用していないことに気付いているのかも知れない。だから、利害関係という論理的な言葉で俺たちの関係を括った。論理的に自分は俺たちを裏切らないと言ったのだ。

 

「なら、俺も存分に利用させてもらうよ。護衛が必要な時は言ってくれ」

 

 踵を返す。この妙に察しのいい情報屋と今これ以上話すのは危険だ。下手をしたら思わず現実の自分のことを漏らしてしまうかもしれない。やはり年上という存在は油断がならないな。

 

「けどな、ハッチ。オイラがお前達が心配で声をかけたって言うのも、本当なんだゾ……」

 

 ぼそりと呟かれた彼女の言葉を、俺は聞かなかったふりをした。

 




アルゴのセリフいちいちカタカナにするの超めんどくさい

もうちょっと心情表現とかしっかりかければいいなーとか思いつつ、なかなかうまく書けないジレンマ
戦闘よりもそういう心情表現をもっと濃厚にしたい

そういえば、なんかセリフのところ改行いれるといいかもかもとか言われたんで入れてみました
どうですかね?

他にも書きたいシリーズとかネタとかがあるんで亀進行ですがのんびりご覧になってください

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