攻略も後半になると、レイドパーティの戦い方はその様相を変化させていた。
そもそもあまりものと言っても、俺たちH班は一人少ないだけ。それも装備やレベル――キリトとアスナの詳しいレベルは知らないが、おそらく俺たちとほとんど変わらないだろう――を鑑みればボス戦のメイン火力であるディアベル班にも劣らないはずだ。
その結果、三班での取り巻き処理は過剰戦力となっていた。一度のポップで出現するセンチネルは三体。確かに『ルインコボルト・トルーパー』に比べれば何倍も強い敵だが、それでも一対六や一対五で苦戦する相手ではない。
「G班! F班と一緒にボス攻略に加わってくれ!」
そう判断したディアベルは取り巻き担当は俺たちとキバオウ班に任せ、G班をボス攻略に組み込んだ。既にボスのHPバーは三本目に入っている。タンク役を主に担っているA班、B班を除けば、HPバーが半分を割ったプレイヤーはいない。仮に多少ダメージを受けても、入念に打ち合わせをしていたおかげで回復も迅速だ。
そしてそんなボス攻略班を横目に、俺たちH班はより柔軟に戦闘を行っていた。
キバオウ率いるE班と俺たちを比べたときに、センチネル攻略は明らかにこちらの方が早い。理由はいくつかあるが、何よりも目を見張るのがアスナの活躍だ。
事前に理解していたことだが、センチネルは身体のほとんどを鎧で覆っている。いかに高威力のソードスキルと言えど、その上から大ダメージを与えることは難しい。
そんな相手と最高の相性を見せたのが、突きを主体とするアスナの細剣だった。元々の正確性も相まって、鎧の隙間を縫うように放たれる得意の『リニアー』は驚異の一言だろう。マチの『アーマー・ピアース』や『ラピット・バイト』、キリトやイロハの『ヴォーパル・ストライク』も突き判定ソードスキルではあるが、あそこまで正確に無防備な部分を狙うことはできていない。
そんな事情もあり、H班はアスナを主体にコボルトを二体相手にするようになっていた。今はマチ、イロハ、アスナで一体を相手取り、俺とキリトがもう一体を引き付けて時間稼ぎをしている。
「時間稼ぎって言いつつ、もう少しで倒せそうだけどな」
キリトが小さく苦笑しているように、既に担当している番兵のHPバーは赤に突入している。
運よく攻撃が鎧の隙間に当たっているのもあるが、やはり共闘している少年剣士の貢献がでかい。システムアシストの動きに自働で力を上乗せしたソードスキルは心強いことこの上ない。俺も似たようなことをしてはいるが、経験量からして違うのだろう。真似事程度では並び立てそうにない差を感じる。
「お、いいの入った」
そうこうしているうちに『パワー・ストライク』のライトエフェクトがうまい具合に鎧の隙間に突き刺さった。防具越しの打撃ならあと一発は耐えられたであろうコボルトのHPバーが一気に削れ落ち、光と共に番兵の身体はポリゴン片となって砕け散った。
「GJ」
ネットゲームで使い古された「グッジョブ」の略をかけてきたキリトに、同じ言葉で返す。予定とは違う展開になったが、フリーになったことで全体を見渡せる余裕ができたのはいいことだろう。
マチたちは……大丈夫そうだ。そもそもAGI寄りステータスのマチはAIとの相性がいい。PvE――対モンスターのパーティプレイにおいて、かく乱役がいるだけで敵の動きはぐっと鈍くなるのだ。そこに的確に急所が突けるアスナの細剣とイロハの防御が組み合わされば、そうそう戦線が崩れることもない。センチネルのHP的に見て、お得意の『リニアー』が後一発決まれば処理できるだろう。
ボス攻略組も安定している。現在削っている三本目のゲージはもう赤ラインに到達しているし、もうすぐ最後のセンチネル増援が来ることだろう。
もう一組の取り巻き担当であるE班に関しても問題はない。敵のHPは多少多めに残っているが、彼らもこの一ヶ月第一線で戦い続けてきた猛者たち。増援までには倒して――
そこまで考えて、六人いるはずのパーティが五人しかいないことに気づいた。思わずレイドパーティの人数を確認して、脱落者がいないことを確認する。
「アテが外れたやろ。ええ気味や」
そして改めてE班に視線を向けて……誰がいないのかを把握する前に当の本人、キバオウの声が耳朶を叩いた。
「…………なんだって?」
ひそっとした囁きのような声は、俺に向けられたものではない。視線だけを動かすと、特徴的なサボテン頭に身体ごと向き直ったキリトが訳が分からない、と言いたげに首を捻っていた。
そんな少年剣士を、E班リーダーはさながら喧嘩っ早いチンピラがするように腰を落として睨みつけている。
「ヘタな芝居すなや。こっちはちゃーんと聞かされとるんや。――あんたが昔、“汚い立ち回りでボスのLAを取りまくとったこと”をな!」
「な…………」
その時のキリトの表情を、どう表現するべきか。
驚き、困惑、疑念、もしくは怒り恨み。……そして恐怖。
いくつもの感情が混ざりすぎて、ゲームの感情エフェクトは機能していなかった。それを図星を突かれたと取ったのか、キバオウの睨みがより鋭くなる。
「…………」
そんな二人を見て……ああなるほど、と納得した自分がいた。
なぜキバオウはキリトの『アニールブレード+6』を、相場以上の値段を出してでも欲しかったのか。それだけの価値があったからだ。自身や周りの強化ではなく、“キリトというプレイヤーの戦力を削る”ことが目的なのだから。
LA、ラストアタック。つまりとどめの一撃。SAOにおいて、その行為にはとあるボーナスが付く。
――アイテムドロップの獲得権利。
『ホルンカの村』で受けた『森の秘薬』クエストなんかがいい例だ。クエストに必要なアイテムである『リトルネペントの胚珠』は確定ドロップアイテムだが、それが手に入るのはとどめを刺した一人だけ。
そしてその権利制度は、当然確定ドロップアイテムを持つフロアボスにも適用される。
さっきの反応を見る限り、キバオウの言ったことはあながち間違いでもないのだろう。きっとこの少年剣士は、“もう一つのアインクラッド”でLAを掠めとるプレイをしていたのだろう。
しかし、それをなぜこいつが、元テスターを恨んですらいるニュービー代表のこいつが知っているのか。俺はおろかアルゴでさえ、個人のプレイスタイルなんて情報は持ち得ていないのに。
そんな疑問も、ボス戦が始まる前に抱いた別の疑問と一緒に解決する。
キバオウはさっき「聞かされとる」と言った。つまりは伝聞情報。裏で糸を引いている人間がいるということだ。
だってそうであろう。キリトが元テスターだと知っていて、そしてキバオウ自身が自分勝手に動けるのなら、このソードマンはあの作戦会議の場で、隠れるように縮こまっていた少年剣士を吊し上げていたに違いないのだから。
LAを掠めとる存在をどうにかしたい。しかし安易にレイドから外すのは戦力的に考えて愚策も甚だしい。だからこそ、“前線落ちしないレベルで戦力を落とす”作戦に出たのだ。そしてその作戦をキバオウは引き受けた。四万コルもの大金が遊んでいるはずのキバオウが装備更新をしなかった理由はそれだ。自分の金ではなく、黒幕の金だったからだ。
「ウグルゥオオオオオオオオ――ッ!」
肌を焼く咆哮に三人そろってボスを見る。ついに三本目のゲージも削り切られたのだ。
ゲージ移行による無敵時間に入った『インファルグ・ザ・コボルトロード』は両手に携えていた骨斧とバックラーを投げ捨てる。攻略本の情報通り、武器を腰の曲刀、タルワールに持ち替えるのだろう。
「ほれ、雑魚コボの相手するで。あんじょうLA取りや」
憎しみ滴る声で告げると、キバオウはE班へと戻っていく。そんなサボテン頭のソードマンを呆然と見つめていたキリトも、雑念を取り払うように頭を振り、ボスの行動変化に先んじて現れたセンチネルへと視線を向けた。まだ混乱からは抜け出せていないようだが、戦う分には問題ないだろう。ポジション的にキリトとペアのまま、近くに湧いたセンチネルのタゲを取った。
「………………」
実を言えば、件の黒幕もだいたい見当がついている。そもそもなぜキリトを弱体化させてラストアタックを取れないようにしようとしたか。優秀なドロップ装備を“自分が手に入れるため”と考えるのが自然だ。
となると、少なくとも最初の段階で取り巻き担当が決まっていたE班G班は除外される。
ボスドロップ装備を手に入れるとどうなるか。アルゴの情報によれば、ボスドロップ品は頭一つ分飛びぬけた性能と聞く。つまり、最前線である攻略メンバーの中でも戦力的に一歩優位な立場に立てるわけだ。転じてそれは、攻略における発言権を獲得できるという意味でもある。
コアなネットゲーマーほど我が強いもの。それだけの理由では絞り込むことは難しい。そこで重要になるのが、今回の実行犯――本人からすれば正義の行いだと思うが――がキバオウという点だ。攻略メンバーの中でもトップクラスに我が強いあいつを仲間に引き入れるのは容易ではない。少なくとも、そこら辺のプレイヤーが協力を持ち掛けたところで、あいつは誘いに乗ることはないだろう。逆にラストアタックで旨い思いをしようとしている元テスターではと疑われかねない。
自分がラストアタックを取ることをキバオウに納得させるには、何らかの実績か実際の行動が必要だ。
「俺がタゲを取る!」
そう、例えば……レイドリーダーとして攻略パーティをまとめあげるとか。
横目でボス周辺に視線を向けると、腰の湾刀に手をかけたコボルトロードのタゲを取るべく接近する影が一つ。それが誰なのかを確認して、俺は呆れとも感嘆とも、納得ともつかない息を漏らした。
おそらく彼――ディアベルは、“キリトにラストアタックを取らせたくない”というよりも、“自分がラストアタックを取らなくてはいけない”という考えから、キバオウに話を持ち掛けたのだろう。
ディアベルのリーダー性はアインクラッドでも間違いなくトップクラス。あいつに任せておけば、キバオウのような反βテスター集団もとりあえずは事を荒立てまい。
だが、MMORPGであるソードアート・オンラインにおいて、リーダーシップだけでは足りない。というよりも危うい。なぜなら、いくら人当たりがよくても、自分より弱いと感じるリーダーには誰も従わないからだ。自分の命を預ける攻略リーダーが自分より弱かったら、作戦に不安を感じてしまうからだ。
だからディアベルはコボルトロードの報酬を手に入れる必要があった。オンリーワンの装備。同層の装備とは一線を画す性能。そんな装備を身につけている人間がリーダーなら、攻略メンバーの士気も上がる。「こいつについて行けば大丈夫」と思える。
まあ、キリトには悪いが、確かに客観的に見てもそれが最善の結果だろう。今後の攻略士気が上がるのは、俺にとっても歓迎できるし、さっさと倒して――
「………………え?」
漏れ出した声は、なんとも間抜けなものだったと思う。
『インファルグ・ザ・コボルトロード』が腰から引き抜いた得物。緩やかな曲線を描く刃は、確かに曲刀系だ。
だが、あれは俺が知っている武器じゃない。曲刀使いが一部愛用しているドロップアイテムのタルワールとは似ても似つかない。
「おい、あれは……」
「あ、ああ…………!」
思わず少年剣士に確認を取ろうとして、呻くような音に口を噤んだ。噤まざるを得なかった。今にも気を失ってしまいそうなほどの恐怖に苛まれた表情が、答えを雄弁に語っているのだから。
「だ……だめだ、下がれ!! 全力で後ろに跳べ――――ッ!」
喉が張り裂けそうなほどの絶叫は、果たして彼に届いただろうか。ボスの刃が発するソードスキルのサウンドエフェクトがフロア中に響き渡る。
重い地響きを上げながら、コボルトロードの巨体が高く飛び上がった。柱を蹴って重力に速度を乗せながら身体全体を捻ると、武器が深紅のライトエフェクトで輝きだす。
「グラアアアアアアアア――ッ」
着地と共に迸ったライトエフェクトの軌道は六つ。範囲は――水平に三六〇度全方位。
情報だけで知っていたカタナ専用ソードスキル。おそらくその重範囲攻撃である『旋車』だろう。巨体に合わせて巨大に作られた刀のせいでプレイヤーには再現不可能な悪魔的攻撃範囲は、ディアベルどころか周囲を囲っていた他のC班、果ては運悪く範囲内で構えていたG班をも巻き込んだ。二班十二人のほぼ満タンだったHPが軒並み半分を下回り、その色合いを緑から黄色へと変える。
しかもこのソードスキルの恐ろしいところは、その圧倒的火力にも関わらず高確率でスタンのバッステが付く点だ。最悪なことに誰もリアルラックを持っていなかったようで、十二人全員のステータスにスタンのアイコンが表示されている。
無防備な彼らに、本来入るべきフォローはない。提供されていた事細かな情報、順調すぎる攻略、それに伴う慢心。それら全ての要素が、突然の事態への対処を阻み、身体を凍結させていた。
「すまない、ハチ。任せた」
そんな中、横を通り抜ける風が一つ。『アニールブレード』を構えたキリトが、俺の返事も待たずにボスへと駆けだしたのだ。
キリトがいなくなったことで、タゲを取ったコボルトは俺だけを狙ってくる。振りかざされたポールアックスを最低限の動きで躱し、その顔面にメイスを叩き込んだ。ソードスキルではなく、ただ手ずからの一撃。兜に阻まれたこともあり、ダメージはほとんどないが、センチネルは小さくよろめいた。
そこにもう一度、今度は胸部の鎧をへこませる勢いで通常攻撃をぶつける。
「さっさと沈んどけ」
犬のような大きな口を開き、威嚇するように吠えてくるその鼻先に、『パワー・ストライク』を叩き込んだ。言葉尻には自分でも自覚できるほどの怒りが滲み出ていた。
その怒りは何に対してか、誰に対してか。そんなことは決まっている。自分自身に対してだ。
分かっていたはずだ、βテスト通りにはなり得ないと。分かっていたはずだ、危険な戦いだということは。
それなのに気を緩めてしまった。この先なにかあるなんて考えすらしていなかった。そんな自分を諫める、まるで意味のない怒り。
相対するセンチネルにとっては理不尽も甚だしいことだろう。それでいい。これはただの八つ当たりなのだから。
「おらァ!」
敵の攻撃を躱して『アッパー・スウィング』を発動する。二連撃技であるこのスキルには、名前のように下から上に振り上げるモーションが存在する。防御が一番疎かになっている首元を狙うにはちょうどいい。
ソードスキルの硬直が解ける直前に振るわれた長柄斧の一撃を、自身の得物ではじく。結晶塊と金属がぶつかり、火花を散らした直後――
――パリン、と何かが割れるような音が耳朶を掠めた。
「くっ」
無理やり身体を捻り、腹に蹴りをかまして距離を取る。意識は目の前の敵にしっかりと向けたまま、フロア中央で戦うボス集団に視線を向けると、しゃがみこんだキリトの周りに青いポリゴン結晶の残滓が散っていた。センチネルの攻撃を避けながらようやく起き上がったC班G班のメンツを確認して……青髪の騎士の姿がないことに思わず唇を噛みしめた。
リーダーが死んだ。それが集団に与える影響は、あまりにも大きい。攻略メンバーは、その大半が恐慌状態に陥っていた。誰も動くことはできず、叫び声とも悲鳴ともつかない音がフロアを包み込む。
感情の暴風に呑まれそうになるのを必死に耐えながら、センチネルを相手取る。考えるのは今後の立ち回りだ。
つまり、戦闘の続行か、逃走か。
正直言って、アインクラッドの現状を考えれば続行以外の選択肢はない。何よりディアベルというリーダーの、精神的主柱の喪失は大きすぎる。ここで運よくこれ以上の被害を出さず撤退できたとして、次の攻略パーティが組まれるのはいつになるか。一週間? 一ヶ月? 一年? ひょっとすれば、もう二度と攻略なんて行われないかもしれない。
ならば、せめて勝ちをもぎ取らねばならない。そうしなければ、どの道終わりだ。
『アッパー・スウィング』のモーション中、マチたちに意識を向ける。多少動揺したのだろう。それぞれのHPがわずかに減っているが、うまく体勢の立て直しに成功している。後一発か二発、『リニアー』を直撃させれば倒し切れるだろう。
しかし、それを安心して見ていろ、なんて無理な話だ。
「どいてろ!!」
パリィや回避なんて度外視の『パワー・ストライク』のライトエフェクトが突き刺さり、ポリゴン片へと姿を変える。それが砕け散るのを見ることもなく、スキル後の硬直を振り払うように地を蹴り上げて走り出した。向かう標的は当然、パーティメンバー三人が戦っているコボルト。
「イロハ、スイッチ!」
「っ!」
ちょうど盾を構えて対峙していたイロハは、俺の声に半ば反射的に反応して『スラント』を打ち出した。パリィによる硬直でのけぞった敵の懐に入り込むと、『アッパー・スウィング』を起動する。狙いは当然、無防備な喉元。
当然、それだけで倒せないことはここにいる全員が分かっている。
分かっているから、当然彼女が動くのだ。
「はああ――ッ」
頭のすぐ上を流星のようなライトエフェクトが弾けた。俺の攻撃と同じ場所を細剣の先端が貫き、残りわずかだったHPをゼロにする。
「……これから、どうすればいいのかな」
センチネルが砕け散る中、耳を掠めたのはマチの不安気な声だった。
続行以外あり得ない。あり得ないのだが……感情とは難しい。一度縛ってきた呪いのような恐怖には、論理立てた説得は効果が薄い。
だから――
「……決まってるだろ」
理屈も論理立てもいらない。多くの言葉は切り捨てていい。
口にする言葉は、ただ一つ。
「ボスを倒すんだよ」
――ボスのLA取りに行くんだよ。
それは奇しくも、キバオウにキリトが向けた言葉と同じものを意味していた。
第一層攻略戦3に続きます。
なんだかんだ第一層の頃のキバオウ好きなんですよね。どうしてシンカーさんにあんなことをするようになってしまったのか。惜しい人を亡くしました。
それでは今日はこの辺で。
ではでは。