俺たちは仮想の世界で本物を見つける   作:暁英琉

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だからただ、否定したくて仕方がなかった。

「どうする?」

 

「とりあえずまっすぐ、かなぁ」

 

「ア、ディアベルから周辺のマップが送られてきたゾ。まっすぐは行き止まりダ」

 

 端的に現状を説明しよう。

 迷宮区二十階層の攻略――出遅れました。

 即席パーティが結成された翌日、俺たちは攻略のために午前七時に集まった。おそらく今回の攻略メンバーの中でも早い方のはずで、すぐさま迷宮区に足を運ぶつもりだったのだが……ここで一つ問題が発生してしまう。いや、少し考えれば分かったことなのだが。

 

『そういえば、スイッチとかPOTローテとかはどうする?』

 

『マチたち四人だけならだいたい決まってはいますけど……』

 

『……それ、なに?』

 

『『『『えっ』』』』

 

 ゲーム初心者、かつ今まで一人で黙々と攻略をしていたアスナがパーティプレイの基礎テクニックを全く知らなかったのだ。

 ソロ戦闘能力は十分なこともあり普段の俺だったら実質ソロプレイをさせておくところなのだが、何が起こるか分からないフロアボス攻略のためのパーティ。不測の事態に即対応ができない奴に背中を預けるつもりは毛頭ない。

 というわけで、急遽パーティプレイ講習が開催された。主に教えたのはキリトとイロハだが。他に教えてくれる人間がいるなら俺が出る必要はないだろう。その間に知識を詰め込んだほうが幾分有意義だ。

 さすがはここまで自力で這い上がってきたトッププレイヤーだけあってアスナの飲み込みは非常に早かったのだが、それでも二十階層に到着した、つまり今の時刻は午後一時半。耳を澄ませてみればキン、と刃をぶつける音がかなり遠くから聞こえてくる。まあ、ついでに細剣使いの装備を更新したりしていたからなのだが。

 キリトが第一層攻略中にドロップしていたレイピア――強化はアスナの自前で行った――を譲渡したり、イロハがこれまたドロップ品でダブっていた敏捷アップのアクセサリーをあげたりと至れり尽くせり改造された結果、アスナの装備はかなりマシになった。メイン防具が三つ前の村の店売り品だと気づいた時には思わず呻いてしまったものだ。確かに当たらなければ関係ないのだが、なんて恐ろしいことをしているんだ……。

 

「まあ、少しでもレベルやスキル熟練度を上げたほうがいいですし、攻略頑張りましょう!」

 

「おー!」

 

「オー!」

 

「お、おぉ?」

 

 イロハの号令にマチとアルゴが乗り、雰囲気に気圧されたのかキリトも微妙に参加している。傍から見るとシュールな光景だ。キリト自身中性的な顔立ちだからまだマシだが、これがあのエギルっていう大男とかなら周囲から人がいなくなる可能性がある。ちなみに俺なら通報されて『はじまりの街』の牢獄に送られるだろう。そもそも参加しないけど。

 

「……楽しそうね、イロハさん。まるでピクニックみたい」

 

 パーティ構成で殿を任された俺の横で、ぼそりと呟いたのは同じく殿担当となったアスナだ。目深に被ったフードのせいで表情は良く見えないが、栗色の瞳はどこか呆れているようにも見える。

 

「まあ、今日は所詮雑魚狩りながらの探索だしな。ただ……ありゃあ空元気も混じってる」

 

「ぇっ?」

 

 まさか俺から返答があるとは思っていなかったのか細剣使いがこちらに顔を向けてくるが、こちらは逆にその視線を無視して先頭を歩くイロハを見つめる。

 近づいてくる強敵との戦闘、それに伴ういつもと違うメンバーでのパーティプレイによる緊張と不安。それを払拭するためにわざとテンションを上げている。マチもそれを理解しているから、自分も同じ不安があるから、それに乗っかっているのだ。

 

「……それって、危ないんじゃないの?」

 

「ボス戦までには程よく力が抜けるだろ」

 

 さっきも言ったが今日は階層の攻略だけだ。出遅れているおかげで道中の中ボスと当たることもないだろうし、ボス攻略なんて早くても二、三日は後。二人とも適応力は高いし、その頃にはいつもどおりになっているだろう。

 

「それに、何かあったら助けるだけだ。言っとくが、お前は危なくなっても助けねえぞ。そんな余裕は俺にはない」

 

 今の俺には力であいつらを守ることしかできない。そしてその力を一時的な協力者であるこいつのために使うことは――ない。この力は、そのためのものではないから。

 

「別に……助けてもらう必要なんてないから」

 

 最後の念押しは、元より死に場所を求めているこの少女には不要なものだったようだ。半歩前を歩き始めたアスナに小さく息を漏らして、腰に装備していた得物を握りしめる。

 目の前に現れる敵を、残らず屠るために。

 

 

 

「アスナさん、スイッチ!」

 

「ッ――!」

 

 相変わらずソードスキルのライトエフェクトが軌跡だけを残す高速の刃が『ルインコボルト・トルーパー』の頭部に突き刺さり、HPが底を尽きたコボルトは短いうめき声をあげてポリゴンとなって消えた。

 技術的にハイレベルとはいえパーティプレイ初心者のアスナを入れての戦闘に一抹の不安を抱いていたが、予想に反して探索はスムーズに進んでいた。ビギナープレイヤーの学習能力の高さに最初こそ皆息を巻いていたが、それが逆に緊張をほぐす要因にもなったようだ。攻略当初懸念していたマチとイロハの不安そうな感じも、今やどこにも見受けられない。

 

「キリト、スイッチ!」

 

「シッ――」

 

 そんな二人の様子に多少安堵しつつ、自分の担当しているコボルトに三連撃ソードスキル【ストライク・ハート】を叩き込む。のけぞったコボルトのステータスにスタンが付与されたことを俺が確認すると同時に、入れ替わったキリトが【スラント】で横薙ぎ。四分の一ほど残っていたHPを消し飛ばした。

 

「やっぱりメイスのスタンえぐいな」

 

「確定じゃないから結局パリィの保険みたいな感じだけどな」

 

 それでもスタン系ソードスキルが多いのが片手棍の魅力だ。片手武器の中では剣速――これを剣と呼ぶのはいささか抵抗があるが――が遅い方なこともあり、こいつを活かさない手はないだろう。

 

「おらっ!」

 

 脇道から顔を覗かせたコボルトに二連撃ソードスキル【アッパー・スウィング】を叩き込む。命中重視スキル故に幾分か速い攻撃の二撃目がちょうど振り下ろされようとしていた斧を跳ね上げた。さっき同様スイッチをすれば、余裕で攻撃を続けられる状況だ。

 

「先に攻撃するゼ。キー坊、スイッチダ」

 

 キリトが構える前にもはや違和感を覚えなくなるほど聞いてきた独特な口調が耳に吸い込まれる。声の主は俺とコボルトの間に割り込むと、短剣ソードスキル【クロス・エッジ】で亜人型モンスターを斬りつけた。付与効果により、敵のステータスに防御低下のデバフが表示される。

 

「トドメだ!」

 

 デバフ付きソードスキルを繰り出した鼠の乱入にも少年剣士はすぐに対応してみせ、無駄のない動きでスイッチを行うと【スラント】の単発攻撃でコボルトの首に紅い被ダメエフェクトを表示させた。先ほどより多めに残っていたHPはデバフの影響か残ることはなく、ストップモーションのように不自然に動きが止まった敵はポリゴン片となって砕け散る。

 今相手をしたのが最後のコボルトだったようで、それぞれの眼前にリザルト画面が表示された。自分のそれを確認して、少しだけ息をつく。

 最低でも六パーティが一斉に攻略していることもあり、敵のポップは比較的少ない。そうでなくてもこのメンバーなら、万が一にもピンチなんて訪れることはないだろう。

 まあ、一瞬の油断が命取りになるから、どの道気は抜けないのだが。

 

「二人ともいい連携してるじゃないカ」

 

 先ほどスイッチに割り込んできたアルゴがククッと喉を鳴らしたので、俺とキリトはそれぞれ横目に互いを見る。

 確かに過去の遺産なのか、ソロプレイヤーとは思えないほどこの少年剣士との連携はやりやすい。

 ただまあ――

 

「数日中にボス攻略するのに連携できなきゃパーティの意味ないだろ」

 

「そうだな。もしそうだったら実質ソロの方がマシだし」

 

 所詮は今回だけのパーティメンバーだ。連携がうまくいくからと言っても……次はない。キリトも同様に思っているのか、抑揚のない声を漏らしていた。

 

「そっか……まあ、そうだナ」

 

 アルゴがフードの奥で悲しそうに瞳が揺れるのを見た。デジタルグラフィックの作り物の瞳が本物以上に色濃い変化を見せたことに驚いたのか隣からキュッと小さな音が漏れる。

 

「……そろそろ先に進もうぜ。サボってたらキバオウあたりからどやされそうだ」

 

「あ、ああ。そうだな」

 

 そんな音にも、彼女の瞳にも気づかなかった振りをして、ただただ事務的に探索を再開した。

 

 

     ***

 

 

 三日後。今日も今日とてあぶれ組は迷宮区の攻略……をするわけではなく、集団の最後尾を細々と歩いている。

 その数四十七人、メンバーはあの日噴水広場にいた顔ぶれ。そう、俺たちは今からついに第一層フロアボスの攻略を行うのだ。

 ボス部屋の扉が見つかった――迷宮区に響いた声から察するに見つけたのはディアベルたち――のが昨日の昼頃。本来ならここからボスの情報を収集する偵察戦が行われるところだが、『トールバーナ』に戻ってきた俺たちを見計らってか、アルゴが【第一層ボス攻略本】を無料配布したのだ。

 ディアベルたちが姿と名前だけは確認したフロアボスの攻撃力や主力武器であるタルワールのリーチ、推定HP、行動パターン。それに取り巻きのステータス。それらが詳しく記載された攻略本に当然攻略メンバーはざわついた。冊子の最後のページにはご丁寧に「情報はSAOベータテスト時のものです。現行版では変更されている可能性があります。」なんて赤文字の注意書きがあれば余計にだ。

 鼠が元テスターである可能性を仄めかすボス攻略本。正直会議が荒れる可能性も考えられたが、一番のネックと見ていたキバオウ一団が思いのほか静かだったこともあり、事はスムーズに進んだ。おそらく彼らもMMORPG慣れしているネットゲーマー。偵察戦を行う手間が省けるこの情報がどれだけ重要なものか理解しているのだろう。

 そもそも相手はデスゲーム開始直後から情報で自分たちを助けてきた鼠だ。前回の会議でアルゴの攻略本のことを指摘されたキバオウがそこで騒ぎ出す理由もない、か。

 

『皆! とにかく今はこの情報に感謝しよう!』

 

 偵察戦が一番デスする可能性が高い、とは前にアルゴが言っていたこと。指揮を担うディアベルもそこを理解しているようで、あくまでβ時代の情報であることに留意しながらも攻略本を中心に編成を進めていった。

 

「なんか、こうして大人数で迷宮区を歩くのって不思議な感じ」

 

「マチたちは多くても六人パーティでしたからね」

 

 俺の両隣を歩く二人が感嘆の声を漏らす。確かに各々剣や鎧を携えた大所帯でファンタジー感満載なダンジョンを練り歩くというのはなかなか新鮮と言っていい。さながら魔王討伐軍といったところだろうか。

 

「なんか、遠足みたいね」

 

「遠足?」

 

 少し離れたところを歩くフェンサーの感想に思わず聞き返してしまい、改めて自分たちの前を歩く集団に目を向けて「ああ」と納得した。

 SAOのMOBポップは集団の人数が増えれば増えるほど激しくなるというわけではない。偶発的に遭遇する雑魚の相当は前衛を担当しているディアベルたちがやってくれているので、後衛組はそのあとをズラズラついていくだけだ。一応脇道や後方からの奇襲も考えられるが、それだって稀と言っていい。

 そうなると存外暇なもので、おそらくボス戦への緊張を紛らわす目的もあるのだろうが、後ろの連中はぽつぽつと雑談をし始める。戦闘についてだとかおすすめのクエストだとか内容は様々だが、確かに言われてみれば遠足っぽい。

 

「本物は、どんな感じなのかしら」

 

「っ――」

 

 何気なく呟かれたであろう“本物”という単語に、我知らず心臓が跳ねてしまった。一瞬の動揺を悟られないように表情筋を引き締めるが、隣から視線を感じて、取り繕いきれていないことを悟る。

 そんなイロハの視線を気づかなかったふりでやり過ごしながら少年剣士と細剣使いに意識を向けてみると、なんてことはない。本物のファンタジー世界の兵士集団だったら強敵討伐の道中こんなふうに雑談をするのだろうか、という話だった。

 

「死か栄光への道行き、か」

 

 アスナのそんな問いかけに顎に手を当ててたっぷり考え込んだキリトは静かに呟き、背中の『アニールブレード』に手を添えた。

 

「それを日常として生きている人たちなら……たぶん、晩飯を食べにレストランに行く時と一緒なんじゃないかな。喋りたいことがあれば喋るし、なければ黙る。このボス攻略レイドも、いずれそうなっていくと思うよ。ボスへの挑戦を日常にできればね」

 

 片手剣使いの回答は予想外のものだったようで出題者は一拍反応が遅れる。

 

「……ふ、ふふ」

 

 次に漏れ聞こえてきたのは忍ぶような笑い声で、今後はキリトが間の抜けた顔をする番だった。おそらく自分の回答に笑いが返ってきたことに対する表情ではなく、彼女が笑みを浮かべたことそのものへの驚きだろう。初邂逅は大変アレだったが、一緒にパーティを組んでから彼女の存外年相応――実際の歳は知らないが。俺と同じくらいだろうか――な反応を見てきたとはいえ、こんなふうに笑うことは一度もなかったのだから。

 

「笑ってごめんなさい。でも、変なことを言うんだもの。この世界は究極の非日常なのに、その中で日常なんて……」

 

 笑ったことを謝罪しながら弁明するアスナにキリトも視線を流しながら笑みを漏らし、しかしすぐに表情を引き締めた。

 

「でも、今日第一層を突破しても攻略まで丸四週間だ。その上でまだ九十九層残っている。俺は……たぶんクリアするまでに二年、もしくは三年かかるだろうって覚悟してる。非日常も、それだけ続けば日常になるさ」

 

 非日常も続けば日常になる。その言葉は真理であろう。日常とは今の自分の状況を意味するものだ。得物を振り回してモンスターを狩る生活を三年も繰り返せば、きっとそれが日常になり得る。

 

「…………」

 

 ただ――俺はその真理を否定したくて仕方がなかった。

 茅場昌彦が作り出した、きっと彼にとっての“本物”であろう世界。けれど、俺にとっては偽物でしかないのだ。本物の、元いた世界に絶対二人を帰す、そう決めている俺にとっては。だからたとえ何年かかろうとこの世界での生活が日常になることはない。日常にしたくない。

 この生活が日常だと認識してしまったら、決心が揺らぐかもしれない。そんな俺の弱さが抱かせるわがままなのかもしれない。

 でも、だからこそ俺は、否定したくて仕方がなかった。




 本当は第一層攻略を終わらせる予定だったのですが、存外探索パートに時間を食ったので分けます。さすがに次の話は数ヶ月後とかにはならないです。たぶん。

 それでは今日はこの辺で。
 ではでは。

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