俺たちは仮想の世界で本物を見つける   作:暁英琉

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情報屋の流儀

「……なんでそいつを助けるんだ?」

 

 俺、今からこのプレイヤーを街まで運ぶからここ抜けるけど、アルゴたちはどうする? という少年剣士の言葉に、思わず問いかけてしまった俺の言葉だ。迷宮区で気絶した自殺志願者のプレイヤー。それをわざわざ助ける理由がこいつにあるのか、と。

 周辺のモンスターがこちらに来ていないかと首を回す視界の端で、キリトは少し驚きながらも苦笑を漏らす。

 

「別に人助けとか、そんなんじゃないさ。もっと自分勝手な理由だよ」

 

「…………」

 

 かすかに歪んだその表情に、思わず視線を戻す。デジタルポリゴンに現実体を再構築されたはずの少年の表情からは、正確な情報を読み取ることはできない。嘘をついているようにも見えるし、ついていないようにも見える。その答えから俺自身の結論を導き出すことは難しい。

 だから結局のところ、自分自身の行動は自分自身の考えで決めるしかなかった。

 

「……俺が運ぶ。お前より筋力値は高いだろ」

 

 深く息をついて気を失ったフェンサーに近づく俺に、再度キリトは驚いた顔をして見せた。大方、さっきまでの俺を見て放っておくだろうと思っていたのだろう。

 まあ、それも当然選択肢には入っていたわけだが――

 

「助けるとかそんなんじゃねえよ。お前と同じ、もっと自分勝手な理由だ」

 

「そうか……」

 

 自嘲気味に嗤うとキリトは多少納得したように頷く。

 その奥で、三人が複雑な表情をしていることには――気づかないふりをした。

 

 

 

 まあそんなわけで運搬役を担当することになったのだが、いくら筋力値が最も高いとは言っても、重量制限が厳密に設定されているSAOで人一人を運搬することは難しい。まして相手は三日か四日ろくな休憩も取らずにMobを狩り続けていたプレイヤー、アバター重量だけでなく所持アイテム重量も相当なものだろう。

 実際に試してみたが、かろうじておぶれただけで中腰状態のまま一歩も歩けなかった。運搬用アイテムである『担架』があれば複数人での運搬も可能らしいが、あいにくまだ入手はできない。

 そんな状態で、ならばどういう手段を取ったかというと……。

 

「こうして見ると、お兄ちゃんっていうよりも鬼いちゃんだね」

 

「俺はどこぞのロリコン吸血鬼もどきじゃないんだが……」

 

 持ち上げるのではなく、引きずって運ぶという方法だ。キリトが野宿用に所持していた一人用寝袋に細剣使いを放り込み、それをズルズルと引きずっていく。引っ張っている間は過重量を知らせるアラートが鳴ってうるさいのだが、一応運搬はできていると言える。

 

「ま、本人には絶対に言えないな、これ」

 

「そうだな。そもそも目が覚めたら真っ先に恨み言言われそうだ」

 

 面倒なことを任せた負い目があるのか、この運搬方法を提案したソードマンは頬を掻いている。

 

「……だろうな」

 

 ちらりと寝袋からフードに覆われた顔だけを覗かせて浅い寝息を立てているプレイヤーを見て、息を吐き出すように短く答えた。

 意識が途切れた瞬間、たぶんこいつは自分の死を、望んでいた死を自覚したはずだ。それが死んでいない上に迷宮区からも脱出していたとなれば、憤慨すらしかねない。しかもこんなやり方でだと知ったら、PKも辞さないだろう。もしやってきたら全力で逃げるけど。

 それにしても……。

 

「不思議なヤツだよナ。すぐにでも死にそうなのニ、死なナイ。あれだけ熟練した技を持っているのニ、どう見てもネトゲ、いやゲーム初心者ダ」

 

 口ぶりからして、アルゴは前からこいつのことを知っていたのだろう。前からそうではあったが、最近は特に彼女が一人で行動する時間も増えた。その時に情報を手に入れたってところか。

 確かに恐ろしい強さだ。まさに流星と言うべき速度のソードスキルや倒れる直前までほぼノーダメージで最前線を戦い抜く技術はとてもゲーム初心者とは思えない。

 と言っても、さほど不思議な話ではないのだが。

 この世界が第二の現実と化した瞬間、強さのあり方は大きく変わった。いくらプレイヤースキルが高かろうが、人質に取られた命が致死に至る隙を容易に作ってしまう。刹那の恐怖は身体を動かせなくしてしまうには十分すぎる。

 俺だって、普通にこのデスゲームに放り込まれていたら、今頃は『はじまりの街』で一人籠っていたか、βテスト時代は復活地点だったという黒鉄宮に鎮座する『生命の碑』の自分の名前を横線で塗りつぶしていただろう。皮肉なことに、巻き込んでしまった妹と後輩を無事に現実に返すという目的が、俺の精神的支柱になっているわけだ。

 俺が二人を精神的支柱にしているように、アルゴが“情報”をなによりも重視するように、この細剣使いも何かしらの支えを持っている。ただそれだけのことだろう。

 尤も、その何かを知る気はないから至極どうでもいいのだが。

 

「あ、見えてきましたよ!」

 

 イロハの声に顔を上げると、直線の先がうっすらと白んでいて、思わず目を細めた。最低限の光量しか確保されていない迷宮区に慣れると外の光は嫌になるほど明るい。光量差のせいで目が潰れそうになるのを茅場には何とかしてほしい。危うく迷宮区に住むことを考え……はさすがにしないけど。

 それにしても――警告アラートがうるさい。早く外に出よう。

 

 

     ***

 

 

「……余計なことを」

 

 迷宮区の入り口脇で目を覚ました彼女の第一声である。予想通り過ぎて反応する気にもならんわけで、キリトたちが反応する中、本をオブジェクト化してパラパラとめくっていた。もちろん意識だけは向けている。キリトにも言ったように“自分勝手な理由”があるしな。

 迷宮区周辺のフィールドにはアクティブモンスターがいない。これ以上はさすがにだるかったし、警告アラートがうっとうしかったので迷宮区を出てすぐに寝袋からプレイヤーを適当な草地に転がしたわけだが、当然相手からしたら“余計なお世話”ってやつなわけだ。

 彼女の視線がキリトからアルゴ、イロハ、マチと移っていき、自分に向けられたのが分かった。さて、どう話したものかと本を閉じてストレージにしまっていると、近くに生えていた木の幹に背中を預けていたキリトがシニカルな笑いを漏らして視線を集めた。

 

「別に、あんたを助けたわけじゃないさ。数日迷宮区に籠って未踏破エリアを埋めたはずのマップデータがあんたと一緒に消えるのがもったいなくてね」

 

 首をすくめて合理的な理由を挙げる剣士にフェンサーは呆然とする。

 ……へえ、そんな顔も一応できるんだな。

 

「――そんなに欲しいのならあげるわよ」

 

 しかしそれも一瞬で、すぐに表情を引き締めると若干たどたどしい動きでウインドウを操作。しばらくすると十九階層のマップが書き込まれているらしい羊皮紙をオブジェクト化してキリトに投げ渡した。

 合理的で効率的で非人情的。キリトの言い分はそういうものだ。皆で頑張ろうだのというなれあい――葉山に言ったら対立してきそうだが――をここで持ち出さない点は好感が持てないでもない。

 ――それが本心なら、だが。

 

「……これで満足でしょ? じゃあ、私行くから」

 

 居心地悪そうに吐き捨ててフードをさらに目深に下げた細剣使いは立ち上がる。顔を迷宮区の入り口に向けているということは、また戻って戦おうなんて考えているのだろうか。

 

「おい」

 

「……なに?」

 

 気持ち低めの声をかけると、少し間を置いて振り返ってくる。フードを被っていなければ射貫くような目を見ることになっていたかもしれない。顔自体を見たことがないから想像もできないわけだが、今はそんなことどうでもいい。

 

「また戻るのか?」

 

「そうよ」

 

「死ぬために?」

 

「わたしたちはこの世界でいつか死ぬ。私がどこでどうやって死のうが、あなたに関係はないでしょ」

 

 確かにそうだな、と漏らした俺に彼女はキリトに一瞬だけ向けたのと同じように呆けた表情――顔の下半分だけしか見えないので恐らくだが――になる。

 システムの枠を超えそうな剣速もさることながら、あんな危険なプレイをしていれば嫌でも目につく。たぶん今までも声をかけてきたプレイヤーがいたのだろう。女性で、それも死ぬために戦っていると分かれば説得やパーティに誘うのが普通、だろうか。だからキリトのように非情な理由で助けたり、俺のように突き放す反応は拍子抜けなのだろう。

 ただまあ――

 

「そういうことなら、放っておくわけにはいかねえかな」

 

 腰のメイスに手をかけるとマチとイロハの表情が強張る。なにか言おうとその口が開く前に視線で制すと、自然とこの場で口を開くのは一人になった。

 

「……私がどこでどうやって死のうがあなたには関係ない。あなたも同意したはずだけど?」

 

「ああ。確かに同意した。この世界でどう生きようがどう死のうがお前の勝手だ。そういう意味じゃ、お前が倒れる前の俺の言動は言い過ぎだった」

 

 そもそも俺はマチとイロハを現実に帰すことができればそれでいいのだ。たとえこのゲームの虜囚の九十九パーセントが死のうが、最後の生き残りに二人がいればそれでいい。それ以外の他人なんてどうなろうが関係ない。

 だから、今回に関してもこいつが死ぬのが嫌だとか悲しいだとか、そんな理由ではないのだ。

 

「お前が最前線で戦ってきた以上、死ぬことは俺が許さねえ」

 

 何を勝手な。

 きっと相手はそう思っているだろう。実にその通りだ。こいつを運び出す前にキリトに言ったように、純度百パーセントの自分勝手な理由。だが、俺の目的の前では絶対に譲れない理由だ。

 

「お前、ゲーム初心者みたいだけど、倒した敵が復活するまでに時間がかかるってのは体感してるだろ?」

 

「…………」

 

 無言のままコクリと頷いた彼女を見て、アルゴは俺の言いたいことが分かったのか小さくため息を吐いた。それを横目に見つつ、言葉を続ける。

 

「このゲームに限らず、MMORPGってのはリソースの奪い合いだ。だから俺たちも含めて最前線プレイヤーは前へ前へ攻略場所を進めていく。時間に対する経験値リソースは有限。そして現状一番効率のいい狩り場が……」

 

「……迷宮区」

 

 分かってるじゃねえか。いや、俺の言動から推察したのかもしれないが。

 迷宮区の十九階層。そこでろくな休息も取らずに戦い続けるには、プレイヤースキルもさることながらある程度のレベルも必要なはずだ。四日も戦い続けていたのなら、レベルは余裕で二桁に到達しているだろう。第一階層攻略の安全マージンとされるレベル11、それ以上と見てもいいだろう。

 それだけの経験値を、こいつはこの一ヶ月“奪って”きたのだ。

 

「お前が迷宮区で戦わなければ、その分他の奴が強くなった。ボス戦も近い中で、お前はその“他の奴”の邪魔をしてんだよ」

 

 有限のリソースを互いに奪いながら、しかし同じ“クリア”を目標に戦っている。

 その中で一人だけ“死のう”としながら経験値を得ているなんて、荒らし行為にすら等しい。俺からすれば明確に敵だ。

 

「ここで経験値を得た以上、お前にはボス攻略に挑む義務がある。死ぬならここのボスを倒してから、最前線じゃないどっかで勝手に死ね」

 

「…………っ」

 

 ギリッと音が聞こえそうなほど奥歯を噛みしめた少女は、言葉を発することなく立ち尽くす。

 俺が言ったことは本当にただただ自分勝手な理由だ。勝手に自分の考えた義務を押し付けるなと突っぱねることだって容易だし、それで今度こそ迷宮区に戻ろうとしたら、俺はそれを止めないだろう。ボス攻略の戦力は落ちてしまうが、本物の自殺志願者なんていざというとき当てにならない。

 けれど、ここで歩を進めないということは……。

 

「あのぉ……」

 

 そこまで思考を巡らせたところで恐る恐るといった風に声を出したのはマチだった。チリついた空気に耐えられなかったのか、自分と同じ女性プレイヤーの声に気が揺れたのか顔を向ける彼女に、妹はフードを下ろして気恥ずかしそうに頬を掻きながらはにかんだ。

 

「“死ぬために”って言ってますけど、ダメージ覚悟の捨て身な戦い方をしていないってことは、攻略する気がないわけじゃないんですよね?」

 

「それは……まあ」

 

 歯切れ悪く肯定するその声色にはあまり現実味がない。一ヶ月で未だ第一階層もクリアされていない現状を考えると“攻略”という言葉を実感できないのか。その漏れたような肯定が嘘でないのなら、一応攻略するつもりはあるらしい。

 

「それなら、今から迷宮区に行くよりも有意義なことがありますよ!」

 

「有意義……?」

 

「この後、『トールバーナ』で攻略会議があるんダ。ボスはパーティプレイじゃないと倒せないかラ、ボス攻略に参加するつもりなら顔を出しといたほうがいいゾ」

 

 当然というかなんというか、俺たちよりも攻略の早いプレイヤーはいる。今回行われる“第一階層ボス攻略会議”は、そんなプレイヤーの一人から知らされたものだ。情報屋として簡易メッセージで会議の話を知らされ、アルゴと一緒に『トールバーナ』の掲示板と有力プレイヤーへメッセージを送って拡散した。二日前に出た話だから、ずっと迷宮区に籠っていたこいつは知らなかったのだろう。マチとアルゴの話を聞いて「それじゃあ」と参加の意思を示した。

 

「よシ! そうと決まれば善は急げダ!」

 

「レッツゴー!」

 

「えっ、ちょっと!?」

 

 二人に手を引かれて有無を言う暇もなく細剣使いは連行されていく。一瞬マチがこちらをチラリと見てきたがそれには何も言わず、立ち上がって三人の後に続いた。有力プレイヤーの一人たるキリトも目的は同じなので、このまま同行することにしたらしい。

 

「せんぱい、その……」

 

 先行する三人の数歩後ろを歩くキリトよりもさらに後ろをついていっていると、イロハが隣を歩きながらもごもごと小さく口を動かす。隠そうとしていても表情に出てしまうのか心配そうに眉を歪めている。

 

「別に気にすんな。言いたいこと言っただけなんだから」

 

「それはその………わたしは大丈夫、ですけど……」

 

 チラリと視線を向ける先にいるのは楽しそうに細剣使いに話しかけているマチ。いや、正確には自分のペースに巻き込むために話しかけ続けているといったところだろうか。その表情に、一見曇りはない。

 だけど――

 

「……分かってるよ」

 

 あの時一瞬あいつが見せた顔。それに思うところがないわけではない。悲しそうな、けれどまだ何かにすがっているような曖昧なそれは、どこか彼女を思い起こさせてきて、胸の奥にモヤモヤとした何かを重く重く溜めていく。

 一度切り捨てたはずのそれは、何一つ切り捨ててはいなくて……。

 

「ま、それはおいおい何とかするさ。まずはボス戦だ」

 

 いい加減、百個ある牢獄の錠の一つを落としてやらないと気が滅入っちまう。

 暗い感情などおくびにも出さずに、フード越しの頭に手を乗せて軽く撫でる。

 隣を歩く彼女がどんな顔をしているのかから目をそらしながら。

 

 

     ***

 

 

 『トールバーナ』に足を踏み入れると【INNER AREA】という表示が視界に映り、安全圏内に入ったことを知らせてきた。その表示がフェードアウトしたのを確認して、ようやく内心息をつく。

 街や村、一部例外地域に設定された『アンチクリミナルコード有効圏内』、通称『圏内』ではダメージを負うことはなく、貫通武器や部位欠損、毒などのスリップダメージも止まる。いつかこの設定がなくなる可能性は十二分にあるが、とりあえず今はある程度気を抜くことのできる場所だ。

 

「…………」

 

 まだ俺の隣を歩いていたイロハに視線でマチたちのところに行くように促すと、少しためらいながらも駆けていった。

 別にあいつを邪険に扱ったわけではない。ただ、コソコソと隠れている“ある人物”は俺の近くに人がいると出てこないらしい。

 いや、あれは隠れているって言わねえな。街に入った瞬間俺も気がついたし、聞き耳を立てて聞いてくださいみたいな音量で俺のことを呼ぶから無視しようにも鬱陶しくて仕方がない。半ば無意識に聞き耳を立てて音を拾ってしまう俺も俺だが、こちらが折れるまでそれをやめようとしないあの人もあの人だ。リアルでは友達がいないに違いない。俺が言えた義理ではないが。

 

「ハチ君、遅いよ……」

 

「むしろ早かったでしょうが……」

 

 民家の間の小道に入ったタイミングで声をかけてきたのは細身の青年。おかっぱの髪を途中のクエストで手に入れた髪染めアイテムで暗い青に染めた彼は、名前を【A.C】言う。何かのイニシャルなのかもしれないが、周りからは【エーシー】だったり【アンサー】だったりと呼ばれている。ちなみに俺は【エーシー】呼び。

 

「別にあいつらも情報屋に関しては知ってるんですから、普通に来ればいいでしょ」

 

 ため息混じりに漏らすと「無茶言わないでくれ」なんて気持ち震えた声で返してきた。女性恐怖症ってのもここまで来ると重症だ。本職情報屋のアルゴではなく、補佐の俺のところに来るのもそれが理由なんだし、今のは軽口のつもりだったのだが、予想以上にダメージを与えてしまったらしい。なんかもう真っ青だし。

 

「それに、この話を人前でするにはデメリットが大きい」

 

 何もつけていない眉間に人差し指をクイッと押し当てながらA.Cさんは声のトーンを一つ落とした。

 彼が情報を“買う”目的で接触してくる場合、その内容はいつも同じだ。そして、同じ情報を何度も求めるのは、その情報を売ることを俺が拒否し続けているからに他ならない。

 

「A.Cさん、何度も言っていますけど、その情報は……」

 

「十五万コルだ」

 

「………………は?」

 

 早々に交渉決裂を提示しようとした俺の言葉を遮った単語に、思わず耳を疑ってしまった。十五万コルという金額は、この第一階層では決して安い金額ではない。レアドロップを除いた一人分の最強装備を+6まで強化してもまだおつりがくるだろう。明らかに一人で集められる金額じゃない。同じ目的を持った仲間と出し合った、ということだろうか。

 

「……そこまでして知りたいのか」

 

「ああ、知りたい。知る必要がある。βテスターたちのことを」

 

 初めて交渉してきた時からこの人の意思は一貫していた。現状前線、その周辺で戦っているβテスターと製品版からのプレイヤーが表立って協力できるようにしたい。そのために近くにいるβテスターとのコネクションが欲しい。

 

「双方が明確に協力をする体制が取れれば、今発生している溝も少しは埋まるはずなんだ」

 

 この一月で二千人弱が死んだ。自殺もさることながら、当然戦闘中の死亡も多い。俺たちも、目の前でプレイヤーが死ぬのを目にしたことはある。

 そして、プレイヤーの九割を占める新規参入者の一部は声高にこうのたまっているのだ。

 ――βテスターたちが見捨てたからニュービーが大勢死んだ。

 声高にしている人間以外にも内心そう思っているプレイヤーは多いのだろう。双方の間には深い溝ができてしまっている。

 

「この状況で互いの足を引っ張り合うなんて馬鹿げてる。早い段階で協力するようにしないと共倒れだ」

 

「……そうかもしれないな」

 

 彼の言い分には同意できる。別に誰がどうなろうが知ったことではないが、溝が明確な軋轢になって――プレイヤーキルが横行するようにでもなれば、それで攻略戦力が大幅に減ることにでもなれば、俺の目的にも大きな障害となり得る。

 最初は綺麗事を並べるだけで現実の見えていないゲーマーかと思っていたが、三顧の礼どころか十回以上交渉に来ているこの人の意思は固い。なぜそこまで、と一度聞いたことがあったが、職業柄と濁されてそれ以上は詮索しなかった。デスゲームとはいえ、リアルのことを聞くのはルール違反だ。

 だが、それだけの意思をぶつけられても。

 

「悪いが、その情報は教えられない」

 

 こちらも流儀を曲げるわけにはいかない。

 情報屋の補佐をするようになって、同じような交渉をしてくる奴には何度か会った。まあ、そいつらは彼と違って「βテスターを吊し上げるため」に情報を買いに来ていたわけだが。

 その時、アルゴは決まってその交渉をにべもなく断る。売れるものなら自分の情報すら売る彼女が、金額の提示すらなく内容を聞いた瞬間断るのだ。だから、言外に俺は彼女の情報屋としての流儀を理解した。

 

『βテスターに関する情報はその一切を売らない』

 

 それは自己保身のためか、はたまたお節介焼き故に元テスターを守ろうとしているのか。

 

「そもそも、『誰がβテスターか』なんて、本人の自己申告以外じゃ分かんないですよ」

 

 見た目やステータスでは元テスターと新規の区別はつかない。名前だって、βテスト時代と変えているプレイヤーもいるだろう。デスゲームが始まったあの日アルゴが俺たちにそうしたように、自分で申告しない限り、正確な情報は手に入らない。そもそも正確な情報を俺たちは売らない。

 

「そうか……、君たちの意思も固いんだな」

 

 肩を落としてため息をついているが、答えが分かっていたのかそこまで落ち込んだ様子ではない。

 

「すみませんね。これは本当に売るつもりはないんで」

 

 頭を小さく下げて時計を確認するとそろそろいい時間だ。集合場所の広場に向かえば、会議開始の少し前にはつけるだろう。

 前線攻略組のA.Cさんも目的地は同じということで小道から抜け出す。最初の頃は交渉の後に何かと話しかけられたが、俺があまり会話する方ではないと気づいたようで今は無言で歩くだけだ。傍から見ればたまたま同じ方向に歩いているように見えるだろう。

 

「…………」

 

 彼の目指している相互協力は確かに理想だ。一枚岩になればこのデスゲームの攻略もまた変わってくるだろう。

 しかし、それはあくまで理想。確実にそうなるなんて限らない。

 もしかしたら、もう手遅れかもしれないのだから。




 アスナとの話と情報屋の話でした。

 ちょっと一話の進行ペースが遅いなーと思いながら書いているんですが、書きたいこと書いてるから仕方ないですね。

 それでは今日はこの辺で。
 ではでは

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