いろいろな人間の思惑があった。どれかにとって最善の結末は別のどれかにとって最悪の結末だった。一つの依頼を解決すれば他の依頼が失敗する。ならばこの依頼は全て解消されるべきだった。俺達の中でそれを実行に移せるのは俺だけだったし、俺なら完璧にこなせる自信があった。しかし、それは彼女たちにとっては一度拒絶した行動で、しかし彼女たちのプライドは、本質は、依頼の不履行を認められなかった。
だから、俺を止める人間はいなかった。
多少のイレギュラーはあったが、依頼は解消された。そのイレギュラーのせいで一週間の停学を食らったが、大した痛手でもない。
けれど、解消に成功した俺を待っていたのは、絶望と落胆を孕んだ二人の目だった。
周りのことなんてどうでもいい。分かってほしい人たちがちゃんと分かってくれるなら。けれど、分かってほしい人たちはなにも分かってくれていなかった。
そんな目をするならなぜ依頼を拒否しなかったのか。なぜ俺に対して反論をしなかったのか、説得しなかったのか。自分が犯したことのくせに胸くそ悪い疑問が頭の中をぐるぐる巡る。
結局俺が彼女達から受けていたと思っていた“期待”や“信頼”はただの“利用”だったのだと理解した。
理解したからこそ、停学明けから、奉仕部には行っていない。
* * *
お兄ちゃんがやろうとしていたことはすぐに分かった。壊して、歪ませて、無理やり繋ぎ合わす。依頼を不履行にしないのならお兄ちゃんにはそれしか方法がなかったし、奉仕部そのものにもお兄ちゃんの方法しか残されていなかった。それでも依頼を拒否しなかったのだから、今度はあの二人はお兄ちゃんを拒絶しないのだと思っていた。多少ドジは踏んだみたいだけど、お兄ちゃんは目的を達成した。戻ってきたお兄ちゃんを見て、少し悲しい気持ちになりながらも、また馬鹿なことをこなしちゃったんだな、と笑おうとした。
けど、お兄ちゃんを待っていた二人の目に見えた感情に小町の表情は変な形で固まった。
悲しみの感情はいい。小町だって感じているのだから。けれど、その絶望と落胆の感情はなに? それは明確な拒絶だ。信じられないものを見る目だ。どうしてそんなものをお兄ちゃんに向けるんだろうか。信じて、受け入れると決めたからお兄ちゃんを止めなかったのではないのか。
お兄ちゃんが依頼を解消した次の日、小町は二人を問いただした。二人の答えは曖昧で、要領を得ず、そして逃げていた。逃げだからこそ、二人がただお兄ちゃんを利用していただけなのだと分かった。
人はそうそう簡単には変われない。お兄ちゃんが言っていたし、だからお兄ちゃんもそうそう変われない。だからきっと二人は今のお兄ちゃんを受け入れてくれると思ったのに。
分かっている、勝手に期待して勝手に失望しているだけだと言うことくらい。
けど、失望してしまったからこそ。
もう小町は、奉仕部には行っていない。
* * *
せんぱいの噂は一気に学校中に広がった。せんぱいが停学になったことがその噂が事実だと証明していた。けれど、きっとせんぱいは誰かを助けるために、自分の信念を貫くために行動をしたんだと思った。せんぱいはそういう人だから。短い付き合いだけど、私はせんぱいを見てきたから。だから私はせんぱいに変わらず接することができると信じていたし、あの空間も壊れることはないと信じていた。
けれど、それはいとも簡単に壊れていた。
奉仕部の扉に手をかけながら、中から聞こえる小町ちゃんの声を聞いていた。普段は明るくてかわいらしい小町ちゃんが出す怒声に私は戸惑い、けれど納得していた。扉は開かれていないから、中の様子は見えない。見えないけれど、感じる。小町ちゃんの怒りを受けている二人の纏う雰囲気は、私が初めて奉仕部に来た時のそれに似ていた。いや、似ているだけで全然違う。曖昧な反論の中に覗く感情は、どす黒い自己弁護。形の上ではあの人たちはせんぱいを信頼していたかもしれない。分かっていたかもしれない。
けど、心の奥底では何一つ理解していなかったんだ。
先輩が愛していたこの空間の温かい雰囲気は幻想で、それはきっと強くて弱いせんぱいを締め付ける。私が憧れていた幻想は醜い夢想で、せんぱいを必要としない幻想は私にとって何の価値もなかった。
私が好きだったのは“せんぱいのいる”奉仕部だから、“せんぱいを欲しない”奉仕部なんて全くの、無価値。
扉にかけた手を離して、踵を返す。もう振り返ることはない。その必要はない。
あの空間がせんぱいを見捨てるのなら、私がせんぱいを包もう。あの二人がせんぱいを拒絶するのなら、私はせんぱいを受けとめよう。私は変わらずせんぱいを愛そう。
決別したから、私はもう奉仕部には行かない。
* * *
一週間の停学が明けて久々に学校に登校する。まあ、今回は正当防衛に当たるので、あくまで形だけのもので内申には影響はないらしい。そう考えると一週間の休暇という報償をもらったのだと考えると悪い気分じゃない。
……まあ、周りはそうは思っていないのだろうけど。
方々から突き刺さる視線。そこには明らかな恐怖が混ざっていた。そりゃあ、男子四名を病院送りにしたらそういう視線も向けたくなるだろう。肌に突き刺さる視線を遮断し、無視する。ぼっちというのは視線に敏感な代わりに、視線を無視することも得意なのだ。
教室の扉を開けると、さっきまでだいぶ騒がしかった教室がしんと静まり返る。もう三年で受験生なのだから、むしろ俺のおかげで勉強に適した環境になったまである。そんな彼らを無視して自分の席に着き、イヤホンを耳にはめて突っ伏す。他人のことなどどうでもよかった。
* * *
真っ黒だ。どろどろの黒が俺の輪郭すら奪う。思考はずぶずぶと音を立てて腐り落ち、なにも考えられなくなる。俺の中にあったどす黒い感情すら黒と溶け合って本質を失う。禍々しいほどの黒のはずなのに、どこか心地よかった。
このままこの黒に全てを溶け込ませれば、きっとすごく幸せなのだろう。幸せなら、このまま溶けてしまえばいい。目を閉じた闇はとても怖いから、目を開けた黒を見たまま溶けよう。
――――ぃ。
なにかが聞こえた。孤独なはずの空間に聞こえた声は、なぜか幻聴ではないように感じた。
――んぱい。
やはり幻聴ではない。その声には聞きおぼえがあったが、思いだせない。この声は誰のものであったか。
ふと黒が割れるのが見えた。いや、どろどろの黒を分かつように、白い光が伸びてきていた。それは仏がカンダタを助けるために垂らした蜘蛛の糸のようで、無意識のうちに俺は手を伸ばしていた。
――せ~んぱい。
黒と同化しかけていた俺の手は、温かくまぶしい光の手に取られ、引き上げられた。
* * *
「あ、せんぱいやっと起きましたね~。熟睡しすぎですよ~」
「い……っしき……?」
浮上した意識が目の前にいる一色を認識するまでにだいぶ時間がかかった。一色はいつものようにニコニコして俺を見てくる。
「なんで、お前がここに……」
「なんでって、せんぱいと一緒にご飯食べようと思ってきたんですよ~」
時計を見ると昼休み。どうやら午前中の授業を全て寝てしまっていたようだ。しかし、一色と昼食と一緒に摂る約束などした記憶はない。
「断る」
「だ~めです! もう決めちゃいましたから~」
ストレートに拒否したのに断ることを断られてしまった。どうやら引く気はないようだ。このままここで押し問答をしていても余計な視線を集めるだけだし、俺にとって得がない。
「はあ、わかったよ……」
このままだと逆に昼飯食いっぱぐれることになりそうだし、と弁当を持って立ち上がると一色が口みたいな栗をしていた。
「なんだよ」
「ぁ……いえ、なんでもないです! 早く行きましょ!」
「あ、おい!」
一色に手を引かれ、無理やり外に引っ張られる。彼女が一瞬見せた表情は、一瞬だけ俺に向けられた悲痛の表情は、俺の見間違いだったのだろうか。いつものようなあざとさと強引さで俺を振りまわしてくる。
それが少し嬉しくて、けれど、心のうずきによってその感情は即座にかき消された。
* * *
――わかったよ……。
いつもならその言葉に深い意味なんてなかった。後輩の押しに弱いせんぱいが強引な私に抵抗を諦めただけ。けれど、せんぱいは気づいていないのだ。そう言った彼の表情は、今まで見たことのないくらい優しい笑みだったことに。優しい笑み、けれど瞳にまったく感情を感じさせないその顔を私は知っている。たぶん私だから気付けたのだ。それはせんぱいが外面と称する私が使っているものだから。
同じものだから、せんぱいが無意識に外面を使う理由も分かってしまう。警戒と無関心。警戒するから本心を隠すし、無関心だから余計な敵を作らないように無意識に愛想をよくする。それを私に使われたことが、たまらなく悲しかった。
この人は壊れてしまった。本質の一部が変わってしまうほどに歪に。けれど私には関係ない。私はただ先輩を受け入れて、愛するだけだから。
せんぱいのいつものお昼スポットについてから、二人で並んでご飯を食べる。私が話しかけなければせんぱいと話すことなんて極々まれだし、その沈黙も私は嫌いじゃなかった。
「せんぱ~い」
けれど、私は正しくせんぱいのことを理解したかったのだ。そのためには彼の口から話を聞かなければならなかった。
「結局、一週間前になにがあったんですか?」
これを聞いてしまえば、嫌われるかもしれない。私の想いが変質してしまうかもしれない。けれど、それでも、私は知りたかった。
「あー……」
頭をガシガシ掻きながら思案するせんぱいの表情は、色がない。まるで他人事みたいな表情で、いや表情そのものがそこにはなかった。まるで“記憶”ではなく“記録”を掘り起こすみたいに、どうでもいいものを見つけたみたいに。
どうでもいいことだから、せんぱいはつらつらと語りだした。
始まりは三つの依頼だったらしい。同じ男の子が好きな二人の女の子。その二人からそれぞれ、その男の子に振り向いて欲しいからアプローチを手伝ってほしいと依頼がきた。恋愛事を知らない人間に相談するなんて馬鹿げているけれど、奉仕部は一度そういう依頼を受けてしまっていた。まあ、結果は散々だったらしいけれど、負けず嫌いの雪ノ下先輩はそれを受けてしまう。告白ならともかく、気を引くだけならダブルブッキングでも気にしなくていいだろうと考えたのだ。
しかし、その後まさにその男の子が他の子のことが好きだから二人と距離を置きたいと依頼してきた。その依頼を受けようが受けなかろうが、先の二つの依頼の達成が困難になってしまった。依頼の成功率はほぼ零に近い。だからせんぱいは、自分を使うことを決めた。多少渋るところはあったようだが、誰も明確に反論しなかったということはあの日の小町ちゃんの怒りの声で予想がついた。
せんぱいはその男子を徹底的に罵倒することで、女子二人がせんぱいを共通の敵として男子を守らせようと考えた。男子が二人から離れたいと願うなら、守ろうとした女子を拒絶すればいい。拒絶された人間は恐怖で二度と近づけないから、後は自然と関係消滅。彼女たちのアプローチを行い、かつ彼に距離を置かせることもできる。そういうものだった。
けれど、一週間前の作戦決行当日、渦中の二人が喧嘩を始めた。互いが奉仕部に同じ依頼を出したことを知ってしまったのだ。どうやらその二人はせんぱい曰く「劣化一色いろは」で私のように男受けが良くてクラス内で派閥を作っていたらしい。なんか私が男を侍らせているみたいで納得できないけど、なんか反論もしづらかったので黙って聞くことにする。それで、二人の喧嘩は予想外にヒートアップしてしまい、気がつけば派閥の代理戦争にまで発展してしまっていた。派閥の中には数名素行の悪い生徒がいたようで、物理的な喧嘩が始まってしまったのだ。
お互いが明確な“敵”になってしまった。せんぱいの作戦ではせんぱいを敵として、敵の敵は味方理論で二人に同じ土俵で共同戦線を組んでもらうものだったため、せんぱいの作戦は使えない。というよりも、すでに依頼とか作戦とか関係なくなっていたのだ。
せんぱいは仲裁に入った。そして、襲いかかってきた彼らを止めるために男子四人を病院送りにしたのだ。
その結果二人のアプローチはうやむや、男の子は極めて普通に二人と距離を置くことができた。まあ、男子生徒四人はそれ相応の処分を受けるみたいだけど。
「ていうか、男子四人病院送りって、せんぱい喧嘩強かったんですね」
私の素朴な疑問にせんぱいは「え、そこ?」みたいな顔をしてくる。いやまあ、だいたい予想通りせんぱいが自分の信念を貫くために動こうとした結果だったから、大体の内容はあくまで確認だっただけで、至極どうでもよかった。
「まああれだ、ぼっちでいじめられっ子だったからな。自分の身は自分で守る必要があったから」
そう呟くせんぱいの表情はやっぱりない。なにも見ていないその目には少しだけ悲しみがちらついていた。
それは信じていた人に裏切られた絶望、期待していたからことの反動による失望を孕んでいた。きっとせんぱいはあの場所に希望を寄せていたはずだ。理解したい理解されたい受け入れたい受け入れられたい、せんぱいはあの場所に本物を夢想していたから。
けれど、夢想は夢想、夢幻。儚く消えた幻のオアシスの先にあるのはなにもない砂漠。きっとせんぱいはなにも求めないのだろう、なにも受け入れないのだろう。それでも、それでも私は……。
「せんぱい……」
「一色……?」
先輩の肩に頭を乗せる。拒絶も何もしてこない、いつもなら慌てたり赤くなるせんぱいはそこにはない。
「せんぱいは私に期待しなくていいです……」
ぴくっと、肩がふるえる。
「信頼もしなくていいです。けど、私はせんぱいを受け入れます、離れません。だから……」
せんぱいの手に自分の手を重ねる。
「私をそばにいさせてください……」
せんぱいの期待も、信頼もいらない。それはきっと、せんぱいを苦しませるだけだから。私はそばにいられるだけで、受け入れる存在になれるだけでいい。それがどれだけ私を苦しませようと、それでせんぱいが救われるなら、私はそれだけでいい。
「……わかった」
大きく取られた間の末に了承してくれたせんぱいはやはり外面の笑みで。それがきっと、せんぱいがこれから望む関係で。
私の目はせんぱいを見ている。せんぱいの目は私を見ていない。一方通行な想いは、彼に届く前に霧散して消える。
壊れて歪んで治ったおもちゃを彼女たちが捨てると言う。なら、私はそれで大事に遊び続けよう。大事に、大事に……いつまでも、いつまでも……。
* * *
「およ?」
放課後、お兄ちゃんと一緒に帰るためにお兄ちゃんの教室に行くと、ちょうどお兄ちゃんがいろはさんと一緒に出てきた。
「あ、小町ちゃん!」
「いろはさんどもです!」
小町に気付いたいろはさんがお兄ちゃんを引っ張りながら駆け寄ってくる。女の子に振り回されるお兄ちゃん、小町的にポイント……いや、いつも通りだね。いつも通りということに違和感を覚える。この学校で、いろはさんだけが変わらずお兄ちゃんと接していた。それがうれしくて、けどなにも感じていないようなお兄ちゃんを見るとやっぱり悲しくなる。
停学になってからもお兄ちゃんは優しかった。いや逆だな、優しくしようとして、失敗していた。お兄ちゃんはどこか割れモノでも触るように小町に接していた。いままでみたいに頭を撫でてはくれないし、笑いかけてくる表情は薄ら寒い。小町の一挙手一投足に最初は敏感に反応して、次第になにも反応しなくなった。小町すらも信用できなくなってしまったお兄ちゃんに悲しくなって、ベッドで声を押し殺して泣いた。
小町はお兄ちゃんに前みたいに笑ってほしかった。よくわからない持論をドヤ顔で展開してほしかった。お兄ちゃんが前みたいに戻れるのなら、小町はなんだってする覚悟があった。
一度壊れたものは決して元通りにはならないのに。
「小町ちゃん。この後おうち寄ってもいい?」
いろはさんはいつ通り笑って話しかけてくる。けど、それはどこか無理していて、拒絶すると消えてしまいそうで。
「もっちろん、いいですよ!」
小町が答えると、お兄ちゃんが嫌そうな顔を“作って”いた。それから諦めた表情を“作り”、歩き出す。いろはさんはお兄ちゃんに変わらずついていく。
きっといろはさんと小町がお兄ちゃんに求めているものは違うものだと、その時感じられた。お兄ちゃんを大事に想う気持ちは一緒だろうけど、小町とあの人の底にある想いは相容れない。
だから、協力はできても協調はできない。
けれど、協力者がいるにこしたことはない。思惑は違えど、無理に敵になる必要はないのだ。場合によっては利用だってする。小町にとって、お兄ちゃんはなによりも大事だから。
並んで帰る三人の影は、決して交わることなく、進んでいく。
とりあえず1話目
SAOのSの字もないですねすみません
本当はこの話はクロスオーバーなしでシリーズものにしようと思って書いたのですが、暗い雰囲気に書いてて鬱になったので短編で終わらせてpixivにのっけたやつなんですよね
最近になって、「この下地で続き書きたいよなー」と思うようになり、ちょうどSAOとのクロスオーバーSSを読んで今回のシリーズ方針になりました
まあ、SAOとのクロスオーバーっていっぱいあるからチラ裏程度に眺めて(´・ω・`)
ところで、SAOは一応原作全部持っているのですが、設定がいろいろ多いので正直覚えきれていません
しかも、SS作者さんとかはオリジナル設定を作っている人も多いので、書いているうちに原作と二次設定がごっちゃになって他作者さんのネタをうっかり使ってしまうかも
その時は指摘してもらえると嬉しいです
日付が変わったら即次話を上げるのでそれも見てね☆
明日から旅行だから次の投稿分からないけど!