火の聖痕が欲しいです!   作:銀の鈴

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第63話「絆」

 

霧香さんに連絡をした後、僕は風牙衆にも依頼をかけた。

 

『なるほど、相手が《精霊喰い》なら早急に手を打つ必要があるな』

 

電話の相手は流也だ。今は風牙衆の次期頭領として働いている。過去に問題を起こした彼だったが、今ではソウルフレンド(姉弟愛同盟)として個人的友情を育む関係だ。

 

彼は過去の問題の一件で “神” などという精霊術師にとっても伝説でしかない超常の存在を実際に知った。それ故に《精霊喰い》などという御伽噺の存在をも素直に信じてくれた。

 

『信じるのは当然の事だろう。《精霊喰い》なんかいるわけない、そんな能天気な思い込みのままでいて、万が一の時、俺の愛する姉さんが犠牲になったらどうするんだよ。愛する姉さんを脅かす可能性が僅かにでもあるのなら俺は全力でそれを排除するぜ』

 

その流也の力強い言葉に、僕の心も熱くなった。

 

そうだ、その通りだ。《精霊喰い》を倒すということは、愛する操姉さんを守るということだ。その為なら全力を尽くすのは当然のことだ。

 

「流也の言う通りだ。僕も操姉さんを守るために全力で挑むよ――風牙衆への僕個人の依頼は取り消す。この件は大神家から風牙衆への正式な命令とする。風牙衆はその持てる全ての力を行使して《精霊喰い》及び、その関係する全ての事象を調査せよ。また、この調査には警視庁特殊資料整理室と連携して当たれ。室長の橘警視には大神家から話を通しておく」

 

『はっ、委細承知致しました。我ら風牙衆の総力を挙げて、必ずや《精霊喰い》を見つけ出してみせます』

 

「《精霊喰い》は、この世界に生きる全ての者の敵になる。そして精霊術師にとっては最悪の天敵だ――流也、決して無理はしないでほしい」

 

『フッ、安心してくれ。俺は死ぬときは愛する姉さんの膝の上って決めているんだ。こんなことで死ぬ気なんかねえよ』

 

心配する僕の言葉に、流也は不敵な笑み(電話なのであくまで想像だよ)を浮かべると心の底から(一部を除いては)非常に納得できる答えを返してくれた。

 

「ああ、流也を信頼しているよ。――ところで、最後を迎える場所なら膝じゃなくて胸だよね」

 

信頼する流也のために、彼の間違いは正してあげるべきだろう。それがソウルフレンド(姉弟愛同盟)の絆というやつだ。

 

『あん? 何言ってんだよ。姉さんの膝の上に頭乗っけて優しく撫でられながら逝くのが最高の最後だろうが?』

 

「あはは、流也こそ何を言ってのかな? 操姉さんの温かくて柔らかい胸に包まれて愛情たっぷりに抱きしめられながら逝く方が最高だよね?」

 

流也の言う最後も完全に間違っているとまでは言えないけど、状況が許すのなら操姉さんの胸に勝てるものないと断言できる。

 

『武志よ、思春期のお前が胸に惹かれるのは理解できるが、こればかりは譲れないな。想像してみろよ。胸に抱かれちまったら姉さんの顔が見えねえじゃねえか。それに比べて膝の上なら姉さんと見つめ合いながら逝けるんだぜ』

 

「流也、君の言葉も理解は出来るよ。でもね、視線なんか合わせなくても僕と操姉さんの心はいつだって合わさっているんだよ。心は繋がっているんだから、人生の最後は愛する操姉さんの鼓動を子守唄代わりにして逝きたいと思うのが真の弟ってものだよ」

 

まったく、流也には困らされる。操姉さんとの絆の話なのに胸の話にするだなんてね。まあ、操姉さんの胸が魅力的なのは事実だけど、重要なのは鼓動の方だよ。操姉さんの命の音を感じながら安心して逝きたいって事だからね。

 

『なるほどな、武志の言葉にも一理あることは認めよう。だがそれでも俺は姉さんに見守られながら逝く最後を推したい』

 

「そっか、それも愛の形の一つだもんね。これ以上の話し合いは無粋ってものかな。――ああ、そういえば、流也のお姉さんは控えめな胸だったしね」

 

『貧乳はステータスなんだよッ!! ネガティヴな言い方はやめろッ!!』

 

「――ごめんなさい」

 

本当に反省しています。申し訳ありませんでした。

 

 

 

 

新たに発掘した落ち着いた雰囲気の喫茶店で、これからの作戦を話し合っていた和麻と大輝に橘警視から新たな命令が届いた。

 

「あの暴力姉ちゃんの頭は大丈夫なのか?」

 

「いやまあ、ストレスは溜まっているみたいですけど仕事に支障する程ではない、と思っていますよ」

 

橘警視からの新たな命令は《精霊喰い》を調査せよ。という惚けた命令だった。

 

「《精霊喰い》と言えば、神凪の一番古い資料――つまりは千年前の時点で伝説として残っているレベルの眉唾物だぜ」

 

「まあまあ、別にいいじゃないですか。考え様によっては好都合ですよね。これで異能者問題、つまりは《紅い悪魔》に関わらなくていいんですよ」

 

「まあ、たしかにそうだが」

 

橘警視からの新たな命令が届くまでの間、これからの作戦――《紅い悪魔》からの避難方法の確立は頓挫しかけていたため、新たな命令は都合が良かった。

 

異能者問題に関わらなかったら《紅い悪魔》と出会う確立も減るだろうと大輝は素直に喜ぶ。

 

「だがよ、伝説の《精霊喰い》調査なんて請け負っても調査結果は『いませんでした』にしかならんだろう。その場合、ちゃんと依頼料は貰えるんだろうな?」

 

「ハハ、さすがに報告書に『いませんでした』だけだったら、また橘警視に殴られそうですけどね。たぶん今回の《精霊喰い》調査は精霊のバランス調査なんだと思いますよ。東京全体の精霊バランスが現在どうなっているのかを把握したいんじゃないですか?」

 

「ほほう、なるほどな。ただの現状把握の為の予算は取りにくいから実際にいたとしたら非常に危険な《精霊喰い》調査を名目にしたってわけか。たしかに術師からすれば《精霊喰い》なんぞ伝説に過ぎないが、警察のお偉いさんには分からん話だろうからな」

 

「ええ、そうですね。もしも予算の必要性を疑問に思ったお偉いさんがいたとしても、《精霊喰い》の危険性をどこかの術師に確認すれば」

 

「もしも本当に実在すれば非常に危険です。と、《精霊喰い》の伝説を知る術師は答えるわな」

 

「警察のお偉いさんにとっては、その辺の妖魔や魔物も《精霊喰い》も同じレベルで胡散臭いものでしょうからね。どんなに胡散臭いものでも実害を被る可能性があるなら態々自分の責任で予算を却下する人はいませんよ。なにしろ別に自分の懐が痛むわけじゃないですからね」

 

「結局はお役所仕事ってわけだな」

 

「そこは橘警視の予算獲得能力が秀逸だと思いましょう」

 

「おお、たしかにそうだな。お節介な暴力姉ちゃんだが、官僚としては優秀なのは確かだな。ルールに則して自分の要求を通しちまうんだからな。大した姉ちゃんだぜ」

 

「あはは、もう橘警視の事をあまり姉ちゃん姉ちゃん言わないで下さいよ。つられて僕が橘警視に向かって姉ちゃんって言ったらどうするんですか」

 

ふざけた感じで喋る和麻に大輝もつい軽口を叩いてしまう。

 

「そうね、その場合は暴力姉ちゃんが降臨するのかしらね」

 

「ジュワッチ!!」

 

「ああっ!? また一人だけで逃げたっ!!」

 

命の危険の際には幸運に恵まれる大輝であったが、普段は非常に不運であった。彼らが発掘した落ち着いた雰囲気の喫茶店は、橘警視のお気に入りのお店の一つでもあったのだ。

 

「うふふ、君には上司を敬う気持ちが今ひとつのようね。ところで、少し聞いてもいいかしら?」

 

「な、なんでしょうか?」

 

「君はボーナス査定という言葉を知っているかしら?」

 

「申し訳ありませんでした!! 僕は橘警視に一生ついていく所存です!!」

 

深々と頭を下げる大輝。その姿を遠くの空から眺める和麻は言葉を漏らす。

 

「――フリーも大変だが、勤め人も大変なんだな」

 

 

 

 

なんとか流也を宥めることに成功した。今回は素直に反省しよう。

 

僕も操姉さんのことを悪く言われたら激怒する確信があるからね。もっとも、完璧に近い操姉さんを悪く言える要素なんて殆どない。

 

ところで、完璧に近いとか、殆どないという表現だと少しはあるのか? と思われるだろう。

 

うん、実は操姉さんにも欠点はある。それは人間なんだから仕方ないことなんだろう。

 

操姉さんの欠点は、実は洋服嫌いなところだ。

 

そう、操姉さんは365日ずっと和服を着ているんだ。洋服はピラピラしたスカートが嫌なんだって。ズボンも足のラインが分かるから恥ずかしいみたいだ。制服以外での洋服姿なんて僕ですら殆ど見たことが無い。

 

なんて勿体ないんだろう。

 

たしかに和服姿は綺麗だよ。でも、洋服姿も見たいよね。どっちか片方よりも両方ともだよね。周りの人達に相談しても、

 

兄さんは『着るもんぐらい本人の好きにさせればいいだろ』だし、

 

紅羽姉さんは『私は逆に和服が苦手だからね。操にも無理は言えないわ』だし、

 

マリちゃんは『和服? 洋服? 違いが分からんのじゃが?』だし、

 

綾と沙知は『操様のお望みのままに』と声を揃えて言うし、

 

綾乃姉さんは『和服だと帯びを引っ張っての“アーレー”ができるわね。武志、やってみてよ』とか、ふざけたことを言って、お目付役の“大神 雅人”にチクられて説教されて涙目になってた。

 

まったく、頼りにならないよね。

 

そんな重要案件について考えていたら霧香さんからの着信がきた。

 

『大神君、大変よ!! 詳しい状況はまだ分からないけど異常なほどの精霊が新宿に集まっているわ!! 例の風術師が言うには神凪宗家クラスを超えるかもしれないそうよ!!』

 

霧香さんの言葉に息を呑む。事態は僕の想像以上のスピードで進展している。

 

神凪宗家クラス以上の精霊が集まっているだって。

 

それは、どこかの精霊術師が集めているのか?

 

それとも “餌” として無理矢理に精霊を吸い寄せているのか?

 

「ハハ、神凪宗家を越える精霊術師? そんなの聞いたこともないよ」

 

どうやら敵はこちらの戦闘態勢を整える時間なんか与える気はないようだね。

 

操姉さんと紅羽姉さんは家にいる。

 

マリちゃんに電話をかけると圏外になった。今日は兄さん達とグルメツアーの日だったはずだ。何かあったのか心配になるけど、ここはマリちゃんを信じよう。

 

煉に電話をする。

 

『どうされましたか、武志兄様。今は亜由美ちゃんと北海道旅行中ですけど、亜由美ちゃんの身体の心配でしょうか? マリアさんが創造して下さった身体は健康そのものです。心配はいりませんよ』

 

どんだけアクティブなんだよ!? 普通の週末で北海道旅行ってなんなの!?

 

ま、まあいい、煉には亜由美ちゃんと幸せになってほしいからね。

 

次に神凪宗家に電話をかける。

 

『――申し訳ありません。重吾様は、厳馬様と連れだって外出中です。重要な御用らしく連絡手段もお持ちではありません』

 

おじさん二人でどこに行ってんだよ!!

 

今日は何の任務も無かったはずなのに!!

 

し、仕方ない。おじさん二人には帰ってきたら連絡してもらえるように伝えておく。

 

えーと、次は和麻兄さんかな。あぁそうか、和麻兄さんは霧香さん経由で現地にいるのは確認しているから今はいいかな。

 

よし、最後は綾乃姉さんに電話をしよう。綾乃姉さんって電話をかけたら必ず三秒以内にとってくれるんだよね。その反応速度はプロのOLさんみたいだ。

 

「――うん、それじゃ、僕の家で待ってるからね。気をつけて来てね」

 

結局、神凪宗家からの応援は綾乃姉さんだけだ。まあ、時間を稼げばおじさん二人も応援に来てくれるだろうからそれを期待しよう。

 

「よし、次は風牙衆に現地の監視態勢を取るように指示を出そう」

 

そうだ、由香里がまだ姉さん達の家事修行中だったよね。なんとか上手いこと言って帰ってもらわなきゃいけないな。

 

今は風呂掃除をしているみたいで風呂場から姉さん達の声と由香里の涙声が聞こえてくる……涙声? なんだろう、姉さん達の指導を受けることが出来た喜びの嬉し泣きかな?

 

よく分からないけど、彼女とは良い友人になれそうだから身の安全には気を使ってあげなきゃいけない。

 

そんな事を考えながら僕は、由香里の涙声と姉さん達が指導している声が聞こえる風呂場へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 




綾乃「ちょっと待ってよ!!」

紅羽「あら、最初からテンションが高いわね」

綾乃「高くもなるわよ!!前回のあたしsideの話の対になる武志sideの話のバランスがおかしくない!?」

紅羽「そうかしら?ちゃんと電話繋がりでリンクしているじゃない」

綾乃「リンクしてれば良いってもんじゃないわよ!!」

紅羽「もう、綾乃は何が不満なのかしら?」

綾乃「本気で分かんないわけ!?」

紅羽「そっか、呼び出しのときに『僕の必殺技を喰らえッ!!綾乃姉さん召喚!!』とかやって欲しかったのね」

綾乃「んなわけないでしょう!!そのネタはもういいわよ!!もうっ、そんなんじゃなくて、あたしsideは切ない感じの乙女っぽいやつで長々とやってたのに、どうして武志の方はプロのOLさんみたいの一言で終わりなのよ!!」

紅羽「ねえ、必ず三秒以内で携帯の着信をとるって、想像したら怖くないかしら?」

綾乃「怖くないわよ!!まったく、失礼ね。そのぐらい誰でも出来るわよ」

紅羽「……そうね」

綾乃「?」

紅羽「ところで、和服の帯を持ってアーレーというのは今の若い子達に通じるのかしら?」

綾乃「うふふ、分からない子がいたら親に聞いたらいいわよ。『着物の帯を持ってアーレーってするヤツやりたいんだけど』てね」

紅羽「冗談のわかる家庭ならいいけど、厳しい家庭なら綾乃みたいに説教されそうね」

綾乃「えへへ、あくまで自己責任で聞いてね」

紅羽「ところで和服と着物って違いがあるのかしら?」

綾乃「同じ意味で使う人が多いけど、着物は洋服と和服の両方を含むらしいわよ。使っている漢字の通りよね」

紅羽「ああ、言われてみればそうね。着る物ってことね」

綾乃「それで、紅羽は胸派?それとも膝派かしら?もちろんする側としてよ」

紅羽「あのね、その話題はどうなのかしら?」

綾乃「別に良いじゃない。じゃあ先に言うと、あたしは膝派かな。頭を撫でながら最後の会話をする感じね」

紅羽「もう、仕方ないわね。うーん、どちらかといえば、私は胸派かしらね。最後は抱きしめてあげたいわね」

綾乃「胸派ってことはナウシカタイプね」

紅羽「ナウシカタイプ?何なのかしら、それは?」

綾乃「あれ、知らない?ナウシカの胸が大きいのって、死んでいく人を大きい胸で抱きしめてあげて安心させてあげるためらしいわよ」

紅羽「どっからナウシカが出て来たのよ?」

綾乃「えへへ、風の聖痕と風の谷のナウシカで風つながりね」

紅羽「本当に風って言葉しかつながってないわね」

綾乃「でも実際に死にそうな人を抱きしめたら苦しめそうよね」

紅羽「そうね、抱きしめるためには少なくとも上半身は起こさないといけないものね。体の負担が大きそうだわ」

綾乃「膝枕なら仰向けのままでいいから楽ちんよね」

紅羽「でも、どっちにしろ死に際のシチュエーションなんかを想定するのって不謹慎だわ」

綾乃「――空高く成層圏での最後の戦いの後、武志は言うわ「綾乃姉さん一人なら助かるかもしれない」それにあたしは答える「ふふ、もう約束したじゃない……死ぬときはいっしょに……て」と笑って、あたし達は抱き合い大気圏へと落ちていく。最後にあたしは武志に言うわ。「武志、あなたはどこに落ちたい…?」」

紅羽「……もう帰ってもいいかしら?」

綾乃「なんでよ!?」

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