火の聖痕が欲しいです!   作:銀の鈴

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第62話「合わさる心」

 

あたしの楽しい休日は、唐突に終わりを告げた。

 

「ハァ、急に呼び出しなんて風牙衆はブラック企業ね。早くあたしが宗主になって改革しなきゃだわ」

 

風牙衆頭領からの緊急招集命令。それは年齢関係なしに一定の能力を持つ者全てを対象にして発せられた。しかも現在、他の任務に就いている者も例外なしの強制力を持ってだ。

 

綾と沙知にとってもその緊急招集命令は想定外のものだったのだろう。困惑を隠しきれない様子を見せながら謝罪をすると、戸惑うように風牙衆の本拠地へと向かった。

 

「緊急招集。たぶん、かけたのは大神家よね」

 

現在の風牙衆は大神家の配下となっている。その風牙衆がこれ程の大規模な招集をかけるのなら、それは大神家の意思が絡んでいて当然だった。

 

「あたしには――連絡ないんだ」

 

ぽつりと、あたしは呟いた。

 

あの子は昔から困ると素直に助けを求める子だった。そのことは決して迷惑などではなく、逆に頼られるのは嬉しいことだった。

 

だけど、本当は気付いていた。あの子が本当に困ったとき――命をかける必要があるほどの窮地となったとき、あの子はあたしに助けを求めない。

 

信頼はされていると思う。そう思いたい。

 

姉弟同然の関係であり、幼い頃から辛い修行も楽しい遊びも、そして人には言えないようなちょっと悪い事だって一緒にやってきた仲だった。

 

それなのに本当に大事なときには声をかけてくれない。一緒に戦ってくれとは言ってくれない。

 

もちろん、あの子のために死ぬ気なんかは全然なかった。ずっと面倒をみてきた年下の男の子。しっかりしている筈なのにどこか抜けたところがあるあの子に、あたしの命という重荷を背負わせる気なんかあるはずなかった。

 

「あたしって、頼りないのかな」

 

そんなことはないと自分では思っている。神炎には届いた。体術も磨いている。実践経験も重ねてきた。格上との戦いも――紅羽やマリアとの模擬戦ではあるが――積んでいる。

 

戦闘だけではない。苦手な政治にも――操にボロクソに言われながら――取り組んできた。

 

次の宗主としては、まだまだ未熟もいいところだけど、自分の弟分を “物理的” に守れる力ぐらいは身につけたと信じている。

 

あの子は信じてくれないのかな。

 

あたしのことを。

 

あの子には信じてほしいな。

 

あたしのことを。

 

だって、だってあたしはあの子のことが――。

 

「ああもうっ、ウジウジと悩むなんてあたしらしくないわ! 気になるなら確かめればいいのよ!」

 

あたしを信じていないのか、それとも単にあたし向きの問題じゃないだけなのか。そんなのは本人に聞けばわかる。悩むのはそれからだ。

 

「そうと決めれば話は早いわ。今から向か――」

 

その時、携帯の着信音が鳴った。

 

 

携帯画面に表示されていたのは――

 

 

「――ええ、話は分かったわ、すぐにそっちに向かうわね。もうお礼なんて言わないでよ。あたし達の仲でしょ。うふふ、分かったわ、それならまた遊びに行きましょう。そんとき奢ってくれたらそれでいいわ。うん、それじゃ急いで行くわね」

 

 

――手のかかる弟分(男の子)の名前だった。

 

 

 

 

来日した翠鈴と小雷、そして和麻(コイツは来日ではなく帰国)の三人は、大神家の仲介でこじんまりとした一軒家を借りていた。

 

三人で住むのに家賃も手頃で広さもちょうどよかった。何よりも和麻の実家近くにあり、当初は心配していた姑らとの関係も良好(舅と義弟は和麻とは没交渉)であり、色々と不慣れな日本での生活を助けてもらっていた。

 

「和麻は仕事を頑張ってくれているし、日本に来て良かったわ」

 

「そうだね、やっと私たちのことも嫁にする踏ん切りがついたみたいだしね」

 

翠鈴と小雷らも何となくは感じていた海外生活中に時折みせる和麻の余所余所しい態度。それを少し不安に感じてはいたが、今回来日して解決することになる。

 

『二人には家を守っていて欲しい。金は俺が稼いでくるからさ』

 

引っ越した当初に二人はそう告げられた。なんて事はなかった。和麻はただ二人に専業主婦になって欲しかったのだ。

 

和麻の実母は専業主婦だった。そんな母をみて育った和麻が、自分の妻に同じもの求めることは理解できた。

 

二人が思い返してみれば、自分達が海外で仕事をする度に何かを言いたそうな顔を和麻はしていた。きっと自分達に家で待っていてくれと言いたかったのだろうと思い当たる。

 

それならもっと早く言ってくれれば良かったのに。そんな風に彼女達は思ってしまうが、当時の彼女達は女が外で働くことが当たり前の環境で育っていた。

 

そんな彼女達は、きっと和麻の言葉を素直に受け止められなかっただろう。彼に役に立たないと思われた。きっとそう考えて和麻に反発していた事だろう。

 

和麻は全て分かっていたのだ。だからこそ二人を母親と会わせて、日本と海外の文化の違いを知ってもらってから告げたのだ。と、翠鈴と小雷は考えた。ちなみに念の為、彼女達が和麻に確認したところ、彼は無言のまま無表情な顔を縦に振ったので、きっとこの考えに間違いはないのだろう。

 

何はともあれ、和麻は結婚を意識してマイホームを借り、仕事も見つけて働きだしたのだ。花嫁修行は大変だが翠鈴と小雷には何の不満もなかった。日本での新生活は戸惑うことも多いが、彼女達は楽しみながら過ごしている。

 

今日も花嫁修行の合間に新生活に足らない物の買い足しのため街へと出向いていた。

 

「お皿がまだ足らないんだよね」

 

「ええ、そうよ。何だかんだで人数が多くなるもの」

 

和麻達のマイホームには毎日のように和麻の母親――深雪が顔を出していた。

 

深雪は和麻が戻ってきたと聞いた当初は、息子を殺して自分も死のうと覚悟を決めていた。それは和麻が失踪した数年前から決めていたことだ。大勢の人達の想いを踏み躙った馬鹿息子を自分の手で殺す。そうする事でしか責任を取る方法が思いつかなかった。そんな物騒なところは脳筋な神凪一族に嫁いだ影響を受けているのだろう。

 

もしも深雪が和麻と再会する前に大神家(気を利かした武志)からの取りなしが無かったなら本当に実行していただろう。

 

そんなバッドエンドな展開があり得たかもしれない可能性など知る由もない和麻の能天気な笑顔を深雪がどんな気持ちで見ていたのか、それは本人にしか分からない。

 

とりあえずは再会直後に、深雪の右ストレートが笑顔を浮かべていた和麻の顔面にめり込んだという事実が、彼女の想いの一端を知る手掛かりにはなると思う。

 

まあ、そんな騒動は色々とあったが、今では二人の関係は良好なものとなっている。少なくとも和麻が好む日本食を作りに毎日通う程度には良好だった。

 

「えへへ、お義母さんと食事をするのってまだ慣れないよね」

 

「ふふ、そうね。特に小雷は可愛がられているものね。口の周りを拭いてもらったりとかね」

 

「うっ、あれは勘弁してほしいわ。嫁として可愛がられているというよりも、単に子供として可愛がられている気がするもの」

 

「もう何言ってるのよ。小雷はまだまだ子供じゃない」

 

「うぅ、それはそうなんだけどさ」

 

小雷はまだ10代前半である。もう大人だと言い張りたい小雷ではあったが、実年齢を考えれば自分でも子供だと認めざるを得なかった。

 

「そんな顔しないの、お義母さんだって悪気があるわけじゃないしね。この私でも子供扱いされているのよ。たぶん息子だけじゃなくて娘も欲しかったんじゃないかしら?」

 

「そっか、そう考えれば子供扱いされるのも親孝行と言えるわね。うん、仕方がないからもう少しだけ子供っぽく甘えてあげていいかもね」

 

「ふふ、そうね。そうしてあげてね。きっとお義母さんだけじゃなく和麻も喜んでくれるわ」

 

「えへへ、そうかな。そうだといいな」

 

嬉しそうに笑う小雷。考えてもみれば彼女はまだまだ親に甘えたい年頃だと今更ながらに気づいた翠鈴は、以前では考えられない優しい眼差しで彼女の笑顔を見つめていた。海外では張り合うばかりだった二人の関係性が、和麻の家族と触れ合うことで少しずつ変化している事にまだ彼女達は気付いていなかった。

 

「やっと見つけましたよ、凰小雷」

 

「は? どなたですか」

 

穏やかな雰囲気だった二人に無遠慮にかけられた声。その空気を読まない行為に不機嫌になりながらも小雷は、ここは日本だからと自分に言い聞かせる事で攻撃を加えることを我慢した。その我慢することが出来た姿に『小雷も成長しているのね』と翠鈴は密かに感動していた。

 

「随分と探しましたよ、凰小雷。さて早速ですが貴女が持っている《虚空閃》を渡してもらいましょうか。もちろん対価は渡しますよ、貴女の命という対価をね」

 

「ふうん、《虚空閃》を渡さないと殺すってわけね。面白いわ、ここまで真っ正面から喧嘩売ってくる奴は久しぶりだもん」

 

小雷は《虚空閃》を具現化させ――ようとして慌てて止めた。

 

「こら、こんなところで槍なんか振り回したら警察を呼ばれるわよ」

 

「わ、分かっているわよ。だからちゃんとやめたでしょう。これから新婚生活を始めるんだから警察沙汰はご法度よね」

 

「ええ、そうよ。とはいっても本当の意味で新妻になるのは数年後だけどね。ふふ、最初は仲良く三人一緒って決めたんだもんね」

 

「そ、そんな話を外でするのはやめてよね!」

 

「あはは、小雷ったら顔が真っ赤よ」

 

なんだかんだ言っても小雷はお嬢様育ちのため、この手の話題では下町育ちの翠鈴に敵わない。

 

「あなた達、いい加減にしてはもらえませんか。それ以上ふざけるのなら殺しますよ」

 

小雷に《虚空閃》を渡せと言ってきた男――クリスが苛ついた表情を見せながら二人を脅す。

 

「きゃーああぁああああーーーーッ!!!!」

 

次の瞬間、翠鈴が悲鳴をあげた。その突然の悲鳴に小雷も一瞬だけ目を丸くするが、すぐに翠鈴の意図に気付くと彼女も大声で叫ぶ。

 

「いやーっ!! 変質者よーっ!! 誰か助けてーっ!!」

 

「あ、貴女達は何を言っているのですか!? 」

 

クリスの見た目は、白銀の髪の美青年だ。それ故に女性から変質者呼ばわりされる事に対して耐性が全くなかった。

 

その未知の体験にクリスは動揺して挙動不審に陥ってしまう。その見事な動揺っぷりは側から見れば立派な不審者に見えた。

 

ここでもしもクリスが厳つい男だったならば、周りの人々も関わりになるのを避けただろうが、残念ながらクリスは白銀の髪の美青年だ。

 

外国人の変態美青年が、日本(ホントは違う)の美少女に手を出している。その事に憤りを感じた日本男児がしゃしゃり出るのは世の摂理といえよう。

 

「そこの変態、今すぐに止まりなさい。止まらないのならその額に風穴を開けますよ」

 

しゃしゃり出てきたのは、学生服に身を包んだ細身の少年 ── 《閃輝(シャイニング)》のシンであった。彼はクラスチェンジを果たした第二位階(セカンドクラス)の《資格者(シード)》だった。当然ながら腕には自信がある。

 

「(ふふ、異能者狩りなどというふざけた奴を探していましたが、これは思わぬチャンス到来というやつですね)」

 

元々がオカルトかぶれだった閃輝(シャイニング)のシンは全くモテなかった。資格者(シード)になっても全くモテなかった。第二位階(セカンドクラス)にクラスチェンジしても全くモテなかった。

 

そんな全くモテない彼が、変態美青年に襲われている美少女という絶好のシチュエーションを逃す筈がなかった。

 

「こ、この私が変態呼ばわりだと……っ!?」

 

美青年に生まれたクリスにとって変態呼ばわりは初めての経験だった。その衝撃は計り知れないものがあった。呆然となり膝をつくクリス。

 

閃輝(シャイニング)のシンは、その情けない姿を晒すクリスと怯える美少女達の間に立った。それは傍目からは敵からヒロインを庇うヒーローのように見えた。

 

その姿に危機感を抱いたのは閃輝(シャイニング)のシンと同様に、異能者狩りを探していた他の全くモテない資格者(シード)達だった。彼らもまたこの絶好のシチュエーションに出るタイミングを図っていたが、閃輝(シャイニング)のシンに一歩出遅れたため様子を伺っていたのだ。

 

── このままでは閃輝(シャイニング)のシンに良い所を全て掻っ攫われてしまう。

 

この時、資格者(シード)達の心は一つとなった。

 

 

 

 




綾乃「えへへ、今回はあたしのヒロイン回だったわね」

紅羽「ヒロイン……それは少し無理があるんじゃないかしら?」

綾乃「なんでよ?」

紅羽「だって今回の話って、『危険な争いの時に呼ばれないのが不満なバトルジャンキーが、今回は呼ばれてご機嫌になる話』だったわけでしょう?」

綾乃「解釈が悪意に塗れているわよ!!」

紅羽「まあいいわ。無駄な話題はやめておきましょう」

綾乃「無駄って!?あたしのヒロイン回が無駄っていうわけ!?」

紅羽「需要はないんじゃない?」

綾乃「そんな事ないわよ!! あたしの可愛らしいヒロインっぽい姿を心待ちにしているファンが山のようにいるはずよ!!」

紅羽「ヒロインっぽいって、せめて自分でぐらい言い切りなさい」

綾乃「えー、そんなの恥ずかしいじゃない」

紅羽「綾乃の羞恥心のポイントが分からないわね」

綾乃「ふんだ、ほっといてよ。それより異能者の残党がまだ出てくるのね」

紅羽「黒幕は地獄に引っ越したけど、異能者はまだ普通に残っているものね。これからの展開が楽しみだわ。一体どうなるのかしらね?」

綾乃「よてーはみてーってやつね」

紅羽「それじゃ、次回は数年後ってならないように今回も祈っておくわね」

綾乃「そんなこといつも祈ってたの!?」

紅羽「エタりませんように、とも祈っているわよ」

綾乃「ああもうっ、あたしも一緒に祈るわよ!!さっさと書け!!サボるんじゃないわよ!!じゃないと張っ倒すわよ!!」

紅羽「それは祈りなのかしら?」

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