火の聖痕が欲しいです!   作:銀の鈴

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第59話「滅びの足音」

 

キッチンから姉さん達の厳しい声が聞こえてくる。由香里はだいぶきつく扱かれているみたいだ。

 

「由香里には悪いけど、暫くは家事教育を受けていてもらおうかな」

 

予定なら由香里を連れて異能者バトル大会に潜り込むつもりだったけど、残念ながら問題が起きたから予定変更だ。実は少し前に綾から異能者関連の報告があった。

 

なんでも街で妖気を帯びた異能者を見つけたから仲間の一般人ごと倒したそうだ。綾乃姉さんがいたから倒すこと自体は問題はなかった。問題が発生したのは倒した後だ。

 

綾が目を離した僅かな時間で、一般人の男が忽然と消えてしまった。感知能力が最低レベルの綾乃姉さんは兎も角として、風術師の綾に僅かな違和感すら与えずに姿を消した。どう考えても最近急増している三流の異能者では無理な芸当だろう。

 

そしてその事よりも問題なのは異能者を倒す際に取り逃したという謎の二人組の方だ。二人組は綾乃姉さんの紅炎を消滅させた上で逃走したそうだ。

 

綾はその二人組よりも消えた一般人を重視していたけど僕はそうは思わない。たしかに風術師に感知されずに消えるのは難しいだろうけど決して不可能というわけではない。高位の術師なら可能だろう。

 

それに対して紅炎を防ぐでも躱すでもなく、物理的に消滅させることはどれほど高位の術者でも不可能に近い。何故なら紅炎は “普通” の炎ではないからだ。

 

これは紅炎に宿っている破邪の力がどうとかの話ではない。紅炎の正体が “火の精霊の集団” だということだ。

 

たとえば、炎術師が生じさせた炎を何かしらの術で消し去ったとしても、それは炎という現象を打ち消しただけであって火の精霊達を消滅させたわけじゃない。

 

綾乃姉さんに確認したら紅炎は『喰われた』と感じたそうだ。精霊達がその場に残っていれば喰われたとは感じない。これは精霊術師なら感覚的にわかることだ。

 

つまり、紅炎の中にいた精霊達は消滅させられたのだと考えられる。

 

だけど実際に精霊を消滅させることは不可能に近い。何故なら精霊を認識できるのは精霊術師だけであり、そして精霊術師は精霊の力を借りているに過ぎない。火、風、水、土の精霊達は性質に違いはあるけど全てが自然の一部であり、その本質は同じものになる。互いにその存在を消し合うことはあり得ない。精霊術師が精霊に命じて他の精霊を消滅させようとしても決して精霊はその命令を聞くことはない。そんな命令をした精霊術師は二度と精霊の声を聞くことが出来なくなるだろう。

 

つまり精霊術師では精霊を消滅させれない。

 

そして他の術師達は、精霊の力で発現させた現象を防ぐ術式は数々編み出しているが、精霊そのものを消滅させる術は研究すらしていない。

 

何故かって?

 

それは当たり前だろう。精霊が消滅するということは自然が消滅するということだ。万が一、精霊がいなくなれば全ての生物は死に絶える。そもそも精霊を消滅させることなど精霊王が許さない。

 

もしも狂った魔術師が精霊を消滅させる術を開発できたとしても発動させようとした瞬間に精霊王に消されることだろう。

 

つまり他の術師では精霊を消滅させれない。

 

でも僕は精霊を消滅させるのは “不可能に近い” と言った。

 

“不可能” とは言ってないんだ。

 

神にも等しい精霊王は、精霊を消滅させるという自然に反した行いは絶対に許さない。

 

だけど――自然に即した行いなら認める。認めてしまう。

 

── 食物連鎖。

 

精霊を糧とする忌むべき存在。

 

遥か過去に精霊達が絶滅の危機に陥ったことがある。つまり、人類にとっても絶滅の危機だった。

 

「もしも生き残りがいたのなら人類は……いや、全ての生物は死に絶えるかもしれない」

 

滅びたはずのソレは ──

 

 

「―― 精霊喰い」

 

 

── 僕が倒すべき敵だ。

 

 

 

 

 

 

「紅い悪魔ですか」

 

「そうだ。アレが紅い悪魔だ。地獄の底から這い出てきた恐るべき悪魔だ」

 

和麻達は馴染みになりつつある喫茶店で顔を寄せ合い情報共有を行っていた。

 

「普段はただの女……いや、凶暴な女を装っているがその本性は――」

 

「そ、その本性は……ゴクリ」

 

和麻の深刻な表情に大輝は唾を飲みこんだ。日本でも有数の風術師である和麻が明らかに恐怖を感じていることに大輝は身が震えるのを感じた。

 

「その本性は “もの凄く凶暴な女悪魔” だ」

 

「なっ!? もの凄く凶暴な女悪魔なんですか!!」

 

それは最悪の情報だった。

 

ただの凶暴ではなく、もの凄くが付く凶暴さなのだ。根は小心者の大輝にとっては聞き捨てならないことだ。

 

「そういえば以前に橘警視の殺気が紅い悪魔に匹敵するとか言っていましたよね!? 紅い悪魔の恐ろしさは橘警視並みと言っていいんですよね!?」

 

そうあってくれと大輝は願った。橘警視並みならまだ耐えられる。あの年増の鬼ババアは確かにメチャクチャ怖いが歯を食いしばれば漏らさない自信が大輝にはあった。

 

「ああ、そういえばそんな寝言を言っちまったな。――すまん。久しぶりに会った紅い悪魔の方が比べものにならんぐらいに怖い。ほら見てみろ、俺のこの手を」

 

「手ですか? もしかして震えているんですか――なっ!?」

 

震えているのかと思いその手を見た大輝だったが現実はそれ以上だった。爪が深く食い込むほど硬く握られた拳は和麻自身の血で真紅に染まり大きく震えていた。

 

その紅い拳は、大輝に紅い悪魔が放った紅い火の玉を思い起こさせた。

 

「……本当は自信があったんだ。数年前の俺と今の俺とは実力がまるで違う。今の俺なら紅い悪魔といえど抑え込めるんじゃないかってな」

 

「和麻さん……」

 

和麻は自嘲するかのように頭を横に振る。

 

「逆だったよ。今の俺だからこそ分かった。紅い悪魔から漂う微かな気配。隠された強大な力は――あの富士の魔獣に匹敵するものだ」

 

「バカなッ!? 紅い悪魔は富士の魔獣クラスの大悪魔だっていうんですか!?」

 

富士の魔獣が復活したのは僅か数ヶ月前のことだ。その理不尽なほどの強大さは大輝もよく覚えている。

 

「海外にいた俺でさえ感じたよ。富士の魔獣の力の波動はな。そして、明らかに不自然に消えた力の波動もな」

 

「え? 不自然に消えた……ま、まさか、和麻さんは紅い悪魔が富士の魔獣を……」

 

「そうだ、紅い悪魔は富士の魔獣を取り込んでいる。その身から微かに感じる気配は間違いなく富士の魔獣のものだ」

 

「そ、そんな……」

 

大輝は嘘だと思いたかった。だけど和麻の悲壮な顔つきを見ればそれが真実だと嫌でも理解してしまう。

 

「大輝、短い間だったが世話になったな」

 

「和麻さん、まさかあなたは一人で」

 

「フッ、さすがに一人じゃねえよ。俺と生死を共にすると誓ってくれた奴らがいるからな。そいつらと共にいくさ」

 

大輝には分かった。和麻が覚悟を決めたのだと。

 

大輝は和麻の腰に高速タックルを決めた。

 

「逃がすもんかーっ!! 女を連れて逃げる気でしょう!!」

 

「当たり前だろうがッ!! パワーアップした紅い悪魔の相手なんかしてられるかッ!!」

 

腰にしがみついた大輝を引き離そうとする和麻だが、華奢な身体のどこにそんな力は秘められていたのか和麻が足蹴にしても大輝の両腕は和麻の腰から離れようとはしなかった。

 

ゲシゲシと蹴られる大輝は必死に腰にしがみつく。その光景を見ていた喫茶店のマスターは迷いなく電話をかけた。もちろん110番にだ。

 

 

 

 

「うふふ、これで貸し二つ目よ、忘れないでね。ええ、大丈夫よ。私に任せておいて――」

 

大神君から二度目になるお願い事に表面上は愛想良く答えながらも内心では冷や汗をかいていた。

 

「悪いな、とし……橘の姉ちゃん。2回も助けてもらってさ。ほんと恩に着るよ」

 

「いやあ、本当に助かりましたよ。僕がいくら言ってもあの警官ったら聞く耳持ってくれなくて」

 

前回に引き続き、110番されて逮捕寸前だった二人組。調子の良い二人の様子にコイツらは本当に反省をしているのかと疑問に思ってしまう。

 

大神君は自分への貸しでいいと言ってくれたけど、二人組のうちの一人は私の身内だった。警視庁特殊資料整理室に所属する職員が一般警察に逮捕されかけるだなんて恥でしかない。

 

大神家の関わる特殊案件としてのゴリ押しで有耶無耶にできて助かったのは寧ろ私の方だろう。

 

「ハァ、これはなにか個人的なお返しを考えなきゃいけないわね」

 

建前上は貸しでも実際には借りになる。大神君はこちらへの配慮をしてくれるが、この事が大神君のお姉さんの耳に入りでもしたら――考えるだけでも震えがくる。

 

弟の方は付き合いやすいけど、姉の方ときたら典型的な神凪一族といえよう。いや、それよりもタチが悪い。普通の神凪一族は脳筋だが、彼女は脳筋プラス腹黒もついてくる。正直に言って付き合いたい相手ではない。はぁ、気持ちが落ち込んできた。

 

「さてと、それじゃあ俺はそろそろお暇させてもらうわ。ジュワッ――」

 

「だから逃しませんってば!!」

 

「うるせえっ、離しやがれこのヤロウッ!!」

 

「いやだッ!! 僕も連れてって下さい!!」

 

「これ以上扶養家族はいらん!!」

 

私の目の前で再び騒ぎを起こす二人組。コイツらは反省をする気があるのだろうか?

 

よし、とりあえず一発ずつ殴っておこう。

 

私は腕捲りをしながら二人に近づいた。

 

 

── ごつん。ごつん。

 

 

とても清々しい気持ちになれた。

 

 

 

 

 

 

 




綾乃「とうとう最後の敵が現れたわね」

紅羽「そうね。と言いたいけど、武志の勘違いじゃない」

綾乃「もうっ、ネタばらしはダメよ!」

紅羽「ネタって、きっと読者のほぼ全員が武志の勘違いだと分かっているわよ」

綾乃「ほぼってことは、分かっていない人がいる可能性もゼロじゃないってことだわ。ネタばらしへの苦情がきたらどうすんのよ!!」

紅羽「はいはい、限りなくゼロの話はやめましょうね。それより綾は和麻に気づかなかったのかしら?」

綾乃「気づいてて無視してたんじゃない?元々嫌ってたみたいだし、それに風牙衆独立問題もあったから関係修復は絶望的でしょうね」

紅羽「でも和麻に気づいていたら武志に報告しないのは変でしょう?」

綾乃「それなら気づかなかったのかしら?風術師としては和麻の方が圧倒的に格上だから、アイツに気配を隠されたら綾だと察知出来ないと思うわ」

紅羽「なるほどね。たしかに和麻達は異能者を隠れて監視していたから気配ぐらい隠すわよね」

綾乃「隠れているのに大声で騒ぐんだからバカよね」

紅羽「ふふ、そうね。ああ、もう一つ疑問があるんだけどいいかしら」

綾乃「なに?」

紅羽「綾乃から富士の魔獣の気配がするのはどうしてなの?」

綾乃「そんなのあたしだけじゃないわよ。赤カブトを抱っこした事のある人は全員がするはずよ。まあ、するといってもほんのわずかの筈だから気づける人なんてほとんどいないと思うわ」

紅羽「言われてみればそうね。でも、それなら和麻が大神家に来たときには気づかなかったのかしら?」

綾乃「単に気が抜けてたんじゃないの?」

紅羽「そうなのかしら?でもそうね、和麻にとって大神家は気が抜ける数少ない場所だもの。そんな場所で気配を探るなんてことしないわね」

綾乃「だいだい大神家で気配を探ってたら赤カブトよりも先にマリアのヤバい気配に気づいて逃げ出しているはずよ」

紅羽「あー、それはそうね。まあ、和麻にマリアの穏形を見破れるかは分からないけどね」

綾乃「昔は妖気垂れ流しだったのに成長したわよね」

紅羽「綾乃は今でも気配垂れ流しよね」

綾乃「あたしのことは放っといて!!」

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