武志に手を離してもらった時には手遅れだった。
あたしの前には、お屋敷と呼ぶに相応しい豪邸が建っている。
「うぅ、いつかはお邪魔する予定だったけど、タイミングが悪すぎるわ」
先日の件で、最悪の印象を与えたであろうお姉さんと会うには早過ぎる。もう少しほとぼりを冷ます時間が必要だった。
「あはは、由香里も操姉さんと会うつもりだったんだ。それなら丁度よかった。きっと二人は気が合うと思うよ」
――まったく、この子は。
能天気に笑う武志の姿に少し腹が立つ。普段は察しがよくて、年下の男の子とは思えない彼だけど、自身のお姉さんが絡むと途端にポンコツになる。
あたしはお姉さんの理解者だと、武志の中では固定されたようだ。何を言っても都合の良いようにとられる。
「はぁ、普段なら喜ぶ展開なんだけどね」
武志にとってあたしはただの部外者だ。偶々、目についたから助けただけの相手にすぎない。今回の事件に同行させてくれているのも結局はただの気紛れだった。ことが済めば、あたしのような一般人とは会う必要がなくなる。
とはいっても、武志だって一般社会と断絶して生活しているわけではない。軽く聞いたところ、普通に学校にも通っているし、一般人のお友達だっている。
あたしの当面の目標は、今回の事件での同行者という一時的な関係から、彼個人の友人になること。
その目標を鑑みれば、今回は絶好のチャンスだ。
彼の家に招待されて、家族とも知己を得られる。こんな降って湧いたようなチャンスを逃しちゃいけない。
「ただいま、操姉さん。友達を連れてきたよ」
「おかえりなさい、武志。そしていらっしゃいませ、貴女は初めて――ではありませんね。ウフフ、お久しぶり、というにはまだ三日しか経っていませんね。私は操と申します、武志の姉になりますわ。貴女のお名前をお聞きしてもよろしいかしら?」
そう、こんな絶好のチャンスを逃しちゃいけない。たとえ、どんなに怖くてもだ。
あたしは、満面の笑み(目は笑っていない)を浮かべる女性の前で、せめて震えた声だけは出さないよう勇気を振り絞りながら挨拶をする。
「私は、篠宮 由香里と申します。本日は武志くんにお呼ばれしたとはいえ、突然家にまで押しかけたりして申し訳ありません」
「あらあらまあまあ、私の可愛い弟のことを “武志” くんだなんて馴れ馴れしく下の名前で呼んでいるのね。ウフフ、随分と仲良しさんなのね」
「あ、あの、それは、ですね。私達は、その――」
いきなり失敗した。ここは大神くんと呼ぶべきだった。身体にのしかかる謎の圧力を感じながら、あたしは何とか穏便に済ますための言葉を捻り出そうと考える。だけど早鐘のように打ち始めた鼓動が邪魔で考えが纏まらない。一縷の望みをかけて武志に助けの目を向ける。
「あはは、そうなんだ。由香里とは気が合うんだ。実は由香里は年上だから本来なら由香里姉さんと呼ぶべきなんだけど、実はちょっとした事件に遭遇したときに友情が芽生えてね、それから互いに呼び捨てになったんだ。うん、もう親友といっても過言じゃないかもね。そうそう、由香里は操姉さんのことお淑やかで優しそうな理想的な女性だってベタ褒めしてたんだ。もう会わせて欲しいってうるさくてね。それに家事とかも得意だって教えたら是非教えて欲しいって感じだったから仕方ないから連れてきたんだ。ほらほら、由香里も憧れの操姉さんを前にして緊張するのは分かるけどもう少しリラックスしなよ」
なに言ってんの!?
全部が嘘とは言わないけど、捏造が酷すぎるわよ! それともこのポンコツの中ではあれが真実になっちゃってんの!?
「――え、そうなの? まあ、ごめんなさいね。私ったら勘違いしていたみたいね。てっきり悪い虫なのかと思っちゃってたの。うふふ、学生時代に私のことお姉様って呼んでくれていた子達と同じタイプの子だったのね。本当にごめんなさいね。お詫びといったらなんだけど、たしか家事だったかしら? ちゃんと女の子として困らない程度には仕込んであげるわね」
「え、あのどこに? そ、そんな強く手を引っ張らないで――」
よく分からないうちに身体への圧力が消えたかと思うと、武志のお姉さんに手を掴まれ、ズルズルと凄い力で屋敷の奥へと引き摺られていた。
「あはは、やっぱり由香里は操姉さんと気が合うんだね。連れて来て良かったよ」
助けを求めようとした武志は、あたしにバイバイと手を振りながらそんな戯けたことを言い放つ。
あたしは思った。
――こいつら
*
和麻達は、路地裏の一角で気配を消して身を潜めていた。彼達の視線が向かう先には、二人の男達が対峙していた。
一人は黒の革ジャンにブラックジーンズ、あちこちに銀のアクセサリーをぶら下げている。もう一人は、ダボダボの服の上からでも分かるほどに発達した肉体が特徴的だった。
「へえ、お前が最近調子乗って、俺達、
「ふむ、やはり貴様も
「ハアッ? 何言ってんだ、お前。まさか俺様に勝てるつもりかよ。ククク、言っておくが、俺様を今までお前が狩ってきた
「コウ――それが貴様の名か。ククク、面白い偶然だな。どちらがより優れた “コウ” なのかを決めようじゃないか!」
「お前もコウッつうんかよ! 優れてんのは俺様に決まってんだろ! 来やがれッ、フェンリル! フレスベルグ!」
叫ぶと同時に、《
「魔物を召喚して代わりに戦わせるか――ふむ、同じコウとしては、自ら戦わぬその勇気の無さに呆れを通り越して哀れさを感じざるを得んな」
「喧しいわッ! くたばりやがれッ!」
空間の歪みから巨大な狼と鷲が飛び出した。その身から大きなエネルギーを発しているのを発達した肉体をもつ男――筋肉コウは感じた。
「召喚者は軟弱なれど召喚されし魔物は、軟弱とまでは言えんようだな。少々、安心したぞ。これなら弱い物いじめにはならんだろう」
強大な魔物を二匹を前にしてなお筋肉コウは、余裕の態度を崩さない。
そんな筋肉コウにフェンリルは高く跳躍すると一直線に襲いかかる。
「うなれ、嵐の上腕筋!!」
「キャインッ!」
己の倍以上の体躯を誇るフェンリルをラリアット一発で弾いた筋肉コウ。だが、その隙を狙うかのように、いつの間にか空高く飛翔していたフレスベルグは猛スピードで襲いかかる。
筋肉コウの背後から襲いかかったフレスベルグは、その鋭い爪を彼の背中に突き立てようとする。コウは上半身に力を溜める。
「燃えろ、炎の広背筋!!」
「ピイッ!」
一気にバックダブルバイセップスのポージングを決めた筋肉コウの背中に、フレスベルグの爪は弾き返される。
「ガウゥッ!」
「叫べ、
再び襲いかかるフェンリルの牙を避け、軽々と肩に担ぐとフレスベルグに向けて放り投げた。フェンリルとフレスベルグは縺れるように転がっていく。
「思ったよりやりやがるなッ、この筋肉バカがッ! でもな、俺様の力はこんなもんじゃねえぞ! 来いッ、ファフニール! ムシュフシュ! ラクシャーサ!」
予想以上の筋肉コウの実力に《
新たに呼ばれた魔物達と、先に呼ばれていた魔物達が一斉に筋肉コウに襲いかかる。ある魔物はその牙で、またある魔物はその爪で、そしてある魔物は仲間の魔物すら巻き添えにする事を承知の上で口から吐き出したその業火で、筋肉コウを屠らんと全力を出した。
迫り来る死の予感。筋肉コウはその死の予感を前にして漢らしく熱く吼えた。
「サイドチェストッ!!」
筋肉コウの服が弾け飛ぶ。ついでとばかりに襲いかかっていた魔物達も全て吹っ飛ばされる。そして、ダボダボの服の下から現れたのは輝かんばかりの筋肉の塊だった。
「な、なんだ――その筋肉は……!?」
《
それ程までに現れた筋肉は美しかった。
《
筋肉コウが《
「てめえの肉は何キロだーっ!!」
その叫びは《
すでに戦意など微塵も残ってはいなかった。ただあるのは、かつて抱いた筋肉への憧れだけだった。
ふと、不摂生な生活で衰えた自分の筋肉を見た。《
「諦めるな、諦めたらそこで終わるぞ」
「……まだ、まだ間に合うと思うのかよ」
「当然だ。筋肉は努力を裏切らん」
「努力、努力か。俺も努力出来るのかな?」
「ああ、心配するな。無理をする必要はない。まずは腕立てから始めればいい」
「ははっ、腕立てか。もう何年やってねえかな」
「数年ぶりならさぞ筋肉も喜ぶだろう」
「そうかな?」
「ああ、そうだ。一緒に頑張ろう。仲間も待っているぞ」
「仲間……?」
「貴様と同じだ。
「俺なんかを仲間に入れてもらえるのか?」
「フッ、何を言っている――僕達はもう仲間だろ!!」
それまでの漢らしい雰囲気を一変させた筋肉コウは、その年齢通りに若々しい笑顔と共に新しい仲間を受け入れる。
「そっか、もう仲間か――お前の、いや、あんたの本名を教えてくれないか?」
「いいよ、僕の名は――
「そうか、良い名前だな。だが、俺の名前も負けちゃいないぜ。俺の名は――」
互いに名乗りあった若き漢達はガッシリと熱い握手を交わした。
ここから始まる
「――燃えなさい」
若い女の声が聞こえた。浩助はどこか聞き覚えのある声だと思った。
――二人の漢が紅き業火に包まれた。
全てを隠れて見ていた大輝の耳に和麻の震える言葉が届いた。
「あ、紅い悪魔……」
その言葉は――とても不吉に響いた。
綾乃「今回は素晴らしいラストだったわね」
紅羽「そうかしら?ギャグ回とはいえ折角の友情物語が台無しになってたわよ。しかもアレって神炎じゃない。ギャグ補正は効くのかしら?」
綾乃「何言ってんのよ。今回は犯罪者予備軍の奴らを成敗する謎のヒロインが颯爽と現れる回よ」
紅羽「謎って、今回こそ正体はバレバレじゃない」
綾乃「やだ、隠しても隠しきれないヒロインパワーが漏れていたのね」
紅羽「パワーと言っている時点で、なにかヒロインとして違和感を覚える私はおかしいのかしら?」
綾乃「うん、おかしいわね。それにしても武志サイドはだんだんとメインストーリーから外れてない?」
紅羽「あっさりと流したわね。まあいいわ。武志については問題はないんじゃない。情報は全て橘警視の元に集まるのよ。きっと最後はみんなで力を合わせて戦う筈だわ」
綾乃「うーん、後書きで言った時点で、そんな王道展開は無くなりそうよね」
紅羽「あら、そういうものなの?」
綾乃「ネタバレは厳禁よ。だって先に言っちゃうと楽しみが減るもの」
紅羽「それなら後書きでする話は、本編とは直接関係のない話題が無難ね」
綾乃「関係のない話題?それなら紅羽は、たい焼きは頭から食べる派?それとも尻尾から食べる派かしら?」
紅羽「思いっきり関係ない話題ね!?関係なさすぎてビックリだわ」
綾乃「なによ、紅羽が言ったんじゃない」
紅羽「確かに言ったけど、私が言いたかったのは本編ストーリーとは直接関係のない、たとえば説明のなかった
綾乃「それじゃあ、紅羽は腸(はらわた)から食べる派ってことでいいかしら?」
紅羽「それじゃの意味が分からないわよ!それに腸(はらわた)ってなによ。変な言い方をしないで欲しいわ。ちなみに私は頭から食べる派よ」
綾乃「あら、あたしと一緒ね。やっぱり初めに頭を潰してからじゃないと安心して食べれないわよね」
紅羽「たい焼きの話よね!?」
綾乃「あはは、そう言ってるじゃない」
紅羽「もう、綾乃は仕方ないわね。それで、用語説明はするの?」
綾乃「やだ、めんどくさいもの。用語なんて原作を読めばいいじゃない」
紅羽「今だともう原作を持っていない人もいるのよ」
綾乃「そうなの?んー、でもやっぱり必要ないわよ。これを読んでる人に細かい用語を気にする人なんかいないわよ」
紅羽「そんな風に断定してはダメよ。中には早く用語説明を始めろ、と思いながら読んでいる人がいるかもしれないでしょう?」
綾乃「そんな奇特な人がいるかしら?」
紅羽「可能性はいつでもゼロではないわ」
綾乃「もう、それなら仕方ないわね。用語説明を始めるわ」
紅羽「あら、珍しく素直になったわね」
綾乃「あたしは最初から素直で素敵なお姉さんよ。それじゃあ、用語説明をするわね……」
紅羽「綾乃、どうしたの?」
綾乃「……続きはWebで」
紅羽「綾乃!?」
綾乃「やっぱりめんどいから各自でググりなさい」
紅羽「綾乃ーっ!?」