火の聖痕が欲しいです!   作:銀の鈴

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第56話「嵐の前の静けさ」

 

由香里をなんとか落ち着かせた後、改めて僕達は作戦会議を再開した。

 

「まだ、あたしは落ち着いていないんだけど?」

 

「まあまあ、由香里の愚痴なら今回の事件が解決した後に、ゆっくり聞くからそれで許してよ」

 

「あたしの命に関わることを愚痴って言わないで!」

 

「由香里、僕は言ったよね。こっちの世界は本当に危険だって。それこそ少しの油断が…いいや、相当に警戒していても次の瞬間には死ぬかもしれないような世界なんだ。今からでも遅くないよ、由香里。君は日の当たる世界に帰るべきだよ」

 

「武志…あなた……」

 

心から出た言葉だった。

 

それが由香里にも通じたのだろうか。さっきまで眉を顰めていた表情が、困惑したような表情に変わった。

 

うん、これでいい。友好的な相手に距離を置かれるのは寂しい事だけど、そんな僕の感情なんかより由香里の命の方がずっと大事だからね。

 

「武志…あなた……何か良いことを言った、みたいな顔をしているけど、あたしの命を脅かしたのってあなたのお姉さんよね? それもこっちの世界がどうのとかの問題じゃなくて、お姉さんのヤキモチの所為だよね?」

 

「……じゃあ、作戦会議を進めようか」

 

僕はスルースキルを発動した。

 

「あのね、困ったからってそうやってスルーするのは良くないわよ。まあいいわ、今回は貸し一つで許してあげる」

 

人差し指を立て、ウインクしながらそんな事を言う由香里。

 

ウヌヌ、非常に不本意だけど仕方ないかな。

 

僕の操姉さんが、由香里に殺気を向けちゃったのは本気で申し訳ないと思うしね。僕への貸し一つで、由香里が操姉さんに蟠りを持たないのなら文句はない。

 

「わかったよ、一つ借りとくよ。だから、由香里が操姉さんに会うことがあっても、睨んだり文句を言ったりしないでよ。あの時は少し(オコ)な状態だったけど、普段の操姉さんは優しくて穏やかな人でね、それにちょっと泣き虫な所もあるから人の悪意に触れさせたくないんだよ」

 

由香里の出した条件を了承するついでに、念のため釘も刺しておく。

 

由香里が抱く操姉さんのイメージは、たぶん気の強い女性というものだろう。そのつもりで普段のお淑やかな操姉さんにキツい態度をとられたら操姉さんは泣いてしまうかもしれない。

 

操姉さんは泣き顔も綺麗だけど、僕は笑顔の方がいい。いや、照れた顔も捨て難いかな? うーん、それをいうなら焦った顔もチャーミングだし、考え事をしている時の真剣な顔もいいよね。それに僕がヤンチャしたときの困った顔も実は好きなんだよね。

 

「ねえ、武志――」

 

「どうしたの?」

 

操姉さんの一番素敵な顔グランプリを脳内で開いていると、由香里が話しかけてきた。なんだか困ったような雰囲気だけど何かあったのかな?

 

「えっとね」

 

「うん、どうしたの? 何かあれば遠慮なく言って欲しいな」

 

「これはね、あくまで一般論なんだけどね。女性という生き物は、世の男性陣が夢想するような可憐な生態なんかしていないんだよ?」

 

「あはは、何を言うのかと思えばそんなことか。もちろん、知っているよ。こう見えても女性の知り合いは多いからね。男が夢見るような可憐な女性が、いわゆるUMAレベルの希少さを誇っていることはね」

 

まったく、何を言い出すかと思えばそんな事か。一体、何を思ってそんな事を言い出したのか分からないけど、世の女性達が結構強かで、計算高い人ことは知っているし、凶暴で凶悪な一面を隠し持っていることも承知しているよ。

 

「そうなんだ、それなら安心したわ。てっきり武志がお姉さんのこと勘違いして――」

 

「由香里ッ!?」

 

「きゅ、急に大きな声を出してどうしたの?」

 

由香里はビックリして目を丸くした。だけど僕はそんな事を気にする余裕は無くなっていた。何故ならついに理解者を見つけたのだから!

 

「由香里は分かってくれたんだね!! 操姉さんがUMAレベルの希少価値をもつ女性だって事を!!」

 

「…………は?」

 

「そうなんだよ、由香里の言う通りなんだよ。操姉さんは人から勘違いされやすい人なんだ」

 

「あのあたし、そんな事は言って――」

 

「操姉さんは昔から頑張り屋さんでね。妖魔退治でも頑張って妖魔をミンチになるまで殴って退治していたんだ」

 

「み、ミンチ……それってオーバーキルなんじゃ?」

 

「操姉さんは昔から優しくてね。若手が現場で負傷しないようにって、実技指導では、たとえ大神家に反抗的な若手でも実戦さながらの組手でボロクズになるまで熱心に教えてあげていたんだ」

 

「あの、それはその……制裁というものなんじゃ?」

 

「操姉さんは昔から正義感が強くてね。神凪一族に喧嘩を売ってきた他所の術者を――いや、なんでもない。今のは気にしないでね」

 

「余計に気になるんだけど!?」

 

「何はともあれ色々あってね。本当の操姉さんは、優しくてお淑やかだし、料理や掃除も得意でいつでも僕を甘えさせてくれるし、身嗜みもきちんとしててセンスもいいから僕のコーディネートもしてくれるんだ。他にも――」

 

〜三時間後〜

 

「――そんな本当は、可憐で素敵な操姉さんなのに、人からは勘違いされて怖がられることが多いんだ」

 

「…………え? も、もう終わったの?」

 

「由香里が初めてだよ。操姉さんが勘違いされやすい人だって理解してくれた人はね。綾や沙知――ああ、僕の幼馴染達なんだけどね、彼女達ですら操姉さんを勘違いしてるみたいで苦手意識があるんだ」

 

「あ、うん。勘違い……うん、勘違いはダメだね。うん」

 

僕の言葉に由香里は(何故か遠い目をしながら)頷いてくれた。

 

そんな(ちょっと虚ろな)由香里を見ていて僕は閃く。

 

「そうだ、由香里をうちに招待するよ。由香里だったら操姉さんとも仲良くなれそうだからね」

 

「うぇッ!?」

 

うんうん、我ながら良いアイディアだね。操姉さんも由香里とちゃんと知り合えば、僕と会っていても勘違いしないだろうしね。

 

「今後の勘違い防止のためにもなるから丁度良いよね」

 

「か、勘違い防止……た、武志こそ勘違いしないでッ!?」

 

「うんうん、僕は勘違いしていないから大丈夫だよ。由香里が僕の事を心配してくれた事は分かっているからね。そんな優しい由香里なら同じ優しい操姉さんとも仲良くなれるよ」

 

「そうだけどっ、そうだけどっ、そうじゃないのーーーーっ!!」

 

元気にはしゃく由香里の手を引っ張って、僕は自宅へと向かった。

 

「あはは、由香里は元気一杯だね」

 

「せめて手を離してーっ!! 絶対に勘違いされちゃうよーっ!!」

 

 

 

 

「酷いですよ、僕を残して一人だけで逃げちゃうだなんて!」

 

「いや、悪かったな。あん時の年増の姉ちゃんの殺気が、赤い悪魔を彷彿とさせる程のものだったから、ついな」

 

いつもの喫茶店とは違う店に和麻達はいた。以前の喫茶店は大輝のお気に入りだったが、橘警視も行きつけとしていたことが発覚したため避けたのだ。

 

「もう、また年増って言いましたね。本当にもうやめて下さいよ。和麻さんは逃げれば済むけど、僕は上司と部下の関係なんですよ。あれから酷い目にあったんですからね」

 

「スマン、本当に悪かったと思ってるよ。しかしあの姉ちゃんも気にし過ぎだよな。あれだけの美人なんだから歳なんか気にせんでもいいだろうに」

 

「美人だからこそ余計に年齢には敏感なんじゃないですか? 僕にはよく分かりませんけどね」

 

「うーん、そうだな。考えてみれば、俺の周りにいるのは、美人でも若いのばっかりだから歳については気にしたことないからな。あいつらも何年かしたら歳を気にするようになるのかね」

 

「周りは若い美人ばっかりって、もしかして自慢ですか?」

 

「ハハハ、気づいたかね。石動くん」

 

「ムム、それは素直に羨ましいと言いたいところですが――」

 

和麻の自慢げな顔に反応した大輝だったが、すぐに物言いたげな雰囲気になる。

 

「なんだよ、なんかあるのか?」

 

「――もしかして、和麻さんが依頼料が良ければ危険度が高くても構わないと言っていた理由はその美人さん達ですか?」

 

「そうだよ! その通りだよ!」

 

美人は金がかかる。その格言を思い出した大輝の言葉が核心をついたのだろうか。和麻は血涙を流さんばかりに嘆き始める。

 

「あいつらの面倒をみるのは大変なんだよ! 何が大変かといえば金を稼ぐことじゃねえ! あいつらに “何もさせねえ事” が大変なんだよ!」

 

和麻のいう美人達、つまりは翠鈴と小雷ことだが、彼女達は修行や喧嘩で災害を周囲に撒き散らしていたが、真の災害の原因は “和麻の為” であった。

 

――和麻の役に立つため強くなりたい。

 

――和麻に良いところを見せたい。

 

――あわよくば、和麻を独り占めしたい。

 

そんな和麻を想う気持ちが、結果的に災害へと繋がっていったのだ。

 

「えーと、なんと言えばいいのか分かりませんが、今はその二人は大丈夫なのですか?」

 

「ああ、日本なら別の意味での危険はあるが、命を狙われるような危険はないからな。今は花嫁修行だと言って家事関係で張り合っているだけだよ。その代わり色々と物入りでね。稼ぐ必要が出てきたんだ」

 

日本では別の意味での危険があると聞いて大輝は、和麻と初めて会った時の騒動を思い出して苦笑する。

 

「なるほど、日本で本格的に生活するなら住居や生活用品を一から揃える必要がありますからね。そりゃあ、お金も必要ですよね」

 

「ああ、幸いにも手に職はあるからな。仕事さえあればどうにでもなる」

 

「ふふふ、手に職ですか。たしかにその通りですけど、術者の方にそう言われるのは何か違和感が凄いですね」

 

「ククク、俺も言っていて笑いそうになった」

 

和麻と大輝は暫く笑い合った。

 

「さてと、そろそろ仕事の時間だな」

 

「はい、では出発しましょう」

 

今日、和麻と大輝が会っていたのは、和麻が異能者狩りの正体を突き止めたからだった。残念ながら和麻の想定以上に異能者狩りは厄介であり、和麻の調査では異能者狩りの能力も背後関係も分からなかった。

 

そのため二人は、異能者狩りが異能者を狩る現場を直接抑えて、その能力を明らかする事にしたのだった。先程の和麻が言った『仕事の時間』というのは風術で見張っていた異能者狩りに動きがあった事の合図であった。

 

「今更だが、別にお前さんが来る必要はないんだがな」

 

「ふふ、本当に今更ですね――僕は行きますよ。どんな危険があろうと、僕にはこの目で敵を見定める義務がありますからね」

 

「――そうか。なら、これ以上は止めないぜ。行こうか、“大輝” 」

 

「っ!? はい、和麻さん!!」

 

『行こうか、大輝』――この時初めて和麻に名前を呼ばれた。その事に気付いた大輝は、胸に何か熱いものを感じた。

 

 

 

 




綾乃「武志も大変ね、計算高くて、強かな紅羽みたいな女が身近にいるだなんてね」
紅羽「そうね、綾乃みたいな凶暴で凶悪な女が身近にいるだなんて可哀想だわ」
綾乃「誰が凶暴で凶悪よ!あたしはお淑やかで優しいお姉さん枠なのよ!」
紅羽「綾乃が先に言ったのでしょう。私だって理解のある優しいお姉さん枠なのよ」
綾乃「理解があるって、紅羽は武志の悪巧みにシレッと加わってるだけじゃない。あんたが悪知恵を貸すから武志が前より悪い子になったって操が嘆いていたわよ」
紅羽「それを言うなら、綾乃が事あるたびに武志の助太刀をして暴れるから揉み消すのが大変だって操が嘆いていたわよ」
綾乃「……」
紅羽「……」
綾乃「まあ、アレよね」
紅羽「そうね、アレよね」
綾乃「あたしがチョッピリだけ暴れん坊っぽい一面があったとしても――」
紅羽「私がほんの少しだけ生きる知恵に長けていても――」
綾乃&紅羽「アレ()には到底敵わないわ」

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