火の聖痕が欲しいです!   作:銀の鈴

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第55話「進展」

 

「チクショウ、神凪の奴め……絶対に兄貴に言いつけてやるからな」

 

新宿三丁目──その中で、そこそこ治安が悪い一角でのことである。

 

教室での騒動のあと逃げ出すように街に出た隆志は、頼りになる兄貴の元へと向かっていた。彼は恐怖を感じた花音ではなく、助けてくれたはずの煉に恨みを抱いていた。

 

「それにしてもかのんのヤツ、あんなに強かったんだ……な、なんなんだ?この胸のドキドキは…」

 

隆志が感じている胸の高鳴り。それは恐怖によるものなのか。それとも別に原因があるのか。残念ながら経験不足の彼には分からなかった。

 

「……そ、そんなことより早く兄貴に神凪の奴をブッ飛ばしてもらわなきゃな!」

 

深く考えようとすると顔面が熱くなりそうになったため、頭を軽く振って気を取り直すと誰よりも頼りになる兄貴の元へと急いだ。

 

途中、チンピラに絡まれそうになったが、この周辺は頼りになる兄貴の縄張りだったため、隆志が兄貴の名前を出すと、チンピラは顔を青くして逃げていった。その情けない後ろ姿を見て、隆志の兄貴を敬う気持ちが大きくなる。

 

「へへっ、やっぱり兄貴は凄いぜ! 神凪め、すぐにギッタンギッタンにしてやるから待ってろよ!」

 

ノックアウトされた情けない神凪の姿を見れば、きっとかのんの目も覚めるだろう。そんなこと考えながら走っていると、いつも兄貴が手下達とたむろっている場所に到着した。

 

「兄貴! 力を貸してく…れ…?」

 

そこで隆志が目にしたのは、地面に倒れ伏す兄貴の姿と──

 

「こいつの弟か――ならば君にも教えよう。我が師匠より与えられた筋肉讃歌を!」

 

──雄々しい漢の背中だった。

 

 

 

 

「おはよう、かのん」

 

登校中、背後から掛けられた声に花音は(嫌な顔を隠そうともせずに)振り向きながら応える。

 

「あら、腰抜け坊やじゃない。また泣かされに来たのかしら?」

 

「ハハ、かのんは相変わらずキツイな。でも、たしかに昨日までの俺は腰抜けだった。何故なら真の漢というものを知らなかったからな」

 

「…………は?」

 

花音の毒舌に応えたのは、キラーンと歯を輝かせながら妙なポーズをとっている隆志だった。

 

隆志の言葉だけを聞くと心を入れ替えたのかと思えるが、その謎のポージングが花音を混乱させた。

 

「え、えっと……なに?」

 

「あのさ、昨日はゴメンな。花音の気持ちを考えもせずに勝手な事ばかり言っちまって。ホントに反省してるから許してくれ」

 

「ど、どうしちゃったの、高松くん?」

 

次々と謎のポージングを決めながらも昨日までの傲慢な少年らしからぬ殊勝な言葉に、花音の混乱は加速する一途だった。

 

「俺が謝るのは変か? いや、そうだな。昨日までの俺を知ってるかのんなら変に思うよな」

 

変に思うのは花音だけではなかった。偶然居合わせた周りの同級生達も隆志の言葉には驚いていた。もちろん、その謎のポージングにも驚いていた。

 

「ま、まあいいわ。高松くんが謝ってくれるのなら、昨日のことは条件付きで許してあげる」

 

花音は色々とツッコミたい気持ちはあったが、それ以上に関わりたくない気持ちの方が優った。

 

同級生達からのツッコんでくれよ。という無言の圧力に屈することなく、花音は隆志の謝罪を条件付きではあるが受け入れることにした。

 

「許してくれるのか! ありがとな、かのん。それでその条件ってなんだ? 俺に出来ることなら何でも言ってくれよな。かのんを肩車しながら町内一周とかか?」

 

「んなわけないでしょう!?」

 

肩車をしているようなポージングをしながら、とんでもない事を吐かす隆志に目を剥く花音。

 

「私を肩車だなんて、それだと罰じゃなくてご褒美になるじゃない!」

 

自分を肩車をする事がご褒美になる。それは、花音の自惚れともとれる発言だったが、その場にいた同級生達にはまったく異存はなかった。むしろ花音の言葉に納得するようにウンウンと頷く男子もいたほどである。

 

美少女の花音を肩車する。しかも、花音はミニスカートだ。思春期を迎えようとする男子達にとっては間違いなくご褒美だろう。

 

自分が花音を肩車する場面を思い浮かべたのか、幾人かの男子がデヘヘッという気持ち悪い感じでニヤついていた。

 

もちろん、それを見ていた女子達は本気で引いている。この事が数年後まで尾を引く事になろうとは、ニヤつく男子達は思いもしていなかっただろう。うん、頑張って生きていってほしいと思う。

 

「高松くんへの条件は、もう私にちょっかいをかけないでってことだけよ。もう少し分かりやすく言えば、金輪際話しかけないでね」

 

にっこりと満面の笑みと共に、花音は隆志に告げた。

 

その容赦ない言葉に、周りの同級生達が同情の視線を隆志に向ける。

 

小学校低学年のような事をしていた隆志の気持ちは、彼よりも少し大人な同級生達にとっては明白なものだった。

 

側から見ていれば全く脈がない事は明らかだが、友達としてさえ関わる事を禁じる条件は恋する少年には辛いことだろう。

 

「……ああ、わかった。……覚悟はしていたつもりだけど、これはキツイな…」

 

一目でわかるほどに意気消沈した隆志は、ゴソゴソと何処からかバーベルを取り出した。

 

「えっ? ちょっと待ってよ、高松くん。それはどこから取り出したのよ!?」

 

あまりの意味不明の怪現象に、花音は思わずツッコんでしまう。この時、花音と同級生達のシンクロ率は間違いなく過去最高値を記録しただろう。

 

「……すごく辛いけど、これは俺自身が招いた結果だからな……その条件を受け入れるよ」

 

不気味なほど素直に条件を受け入れた隆志。そう、結果は無惨だったが、隆志は己の心が命じるままに生きてきた。

 

その心に嘘はなく、ただ毎日を精一杯駆け抜けてきた。

 

その黄金のような思い出を胸にして、ズバッと花音に背中を向けると、隆志は一気にバーベルを天高く持ち上げた。

 

「うぉおおおーっ!!」

 

それは、全身が震えるほどの咆哮だった。

 

花音は言葉を忘れたかのように呆然と立ったまま、真っ直ぐに彼を見ていた。

 

「我が三角筋に一片の余力なし!!」

 

そこには、天を支えるかの様な気迫のこもった隆志の──いや、“漢” の背中があった。

 

 

「…………なにこれ?」

 

 

そんな花音の疑問に答えられるものは、この場には誰もいなかった。

 

 

 

 

操姉さんの機嫌をなんとか直した僕は、再び由香里と作戦会議をしていた。

 

「あのね、街の噂だと筋肉の魅力で異能者ばかりでなく、不良少年も更生させる謎の怪人がいるらしいわよ」

 

「ふうん、それが僕を見捨てて逃げたお詫びの情報なわけ?」

 

三日前、由香里が振り返りもせずに脱兎の如く走り去る後ろ姿を僕は忘れていないぞ。

 

「もう、見捨てたなんて人聞きが悪いなあ。わたしは急用があっただけよ。それに武志だってちゃんと生きてるんだから昔のことはお互いに水に流そうよう」

 

「三日前は昔とは言わないよ。それとお互いにってどういう意味なわけ? 僕には由香里に水に流してもらわなきゃいけない事なんかないと思うんだけど」

 

「あらら、武志ってば忘れちゃったの?」

 

「えっと、なにをかな?」

 

「あの日、武志の “お姉ちゃん” にその女呼ばわりされてとても怖かったのよ。あの後、家に帰って泣いちゃったもん」

 

うーん、そうだね。由香里は冗談っぽく言っているけど、考えてもみれば一般人の由香里が、あの操姉さんの殺気を浴びながら腰も抜かさずに逃げ出せた事は賞賛に値するよね。

 

それに、もしもあの場で由香里が僕を庇っていたら、その行為は火に油を注ぐことになっていたと思う。

 

操姉さんから見れば、見知らぬ女が僕の事(愛する弟)を自分から守ろうとしている図になるわけだよね。

 

うん、その図を僕と操姉さんの立場を入れ替えて考えてみたらよく分かるよ。

 

僕と操姉さんとの仲を裂こうとする見知らぬ男なんかが現れたらと考えると――これ以上は止めておこう。精神衛生上よくない。

 

「わかったよ、由香里。今回の件はお互いに痛み分けという事にしよう。結果的には、僕は操姉さんといちゃついていただけだし、由香里も地上から塵一つ残さずに燃やし尽くされるピンチを回避できたんだからwin-winだったと言えるよね」

 

「ちょっと待って!? 塵一つ残さずにって、そこまでの事態だったの!?」

 

いきなり叫ぶ由香里にビックリする僕だった。

 

 

 

 

喫茶店の目立たない席にて、和馬と大輝は情報交換をしていた。

 

一時期は仲違いをしかけた二人だったが、何故か大輝の上司である橘警視が仲裁を行い、無事に協力体制を組むができた。

 

そして、大輝からの依頼を受けた和馬は、その卓越した風術を用いた情報収集能力で、わずか数日で重要と思われる情報を手に入れてみせた。

 

「俺がつかんだ情報によると、異能者ばかりを次々と狩っている謎の男がいるらしい」

 

「異能者狩りですか……下手をすれば、最近増えだした異能者達よりも厄介かもしれませんね」

 

「その通りだ。力に目覚めただけの素人連中とはいえ、腐っても異能者は異能者だ。ただの一般人が連続して狩れるほど甘くはない」

 

「異能者狩り……そいつも異能者でしょうか?」

 

「いや、それは違うと断言できる。異能者狩りは間違いなく、力を持たないただの人間だ。少なくとも異能者狩りという “行為” には力が使われた形跡が一切なかった」

 

「そうなんですか。でもそれだと異能者狩りはただの人間でありながら、異能者を凌駕する戦闘能力をもつことになりますね。……銃火器の類の使用は?」

 

「それもないな。現場から火薬類の反応は残されていなかったし、第一に狩られた異能者の状態からも犯行は明らかに素手で行われている」

 

「素手ですか!? それは……明らかに異常ですね」

 

「その通りだな。異能者の能力しだいでは一般の格闘家でも倒せる相手はいるだろうが、狩られた異能者の中には俺でも素手で倒すには厳しい奴がいたからな」

 

「和麻さんでもですか!?」

 

「ああ、もちろん力を使えば秒殺できる程度だが、全身から針が飛びだす奴とか、電気を纏う奴とかいたからな。素手で触れる事自体が難しい相手となると力も武器もなしで勝つのは厳しいからな」

 

「うーん、異能者狩り……異能者増殖問題よりも優先すべき問題かもしれませんね」

 

「……これはただの経験談なんだが」

 

「はい?」

 

「俺が世界中を巡っていた頃に、他者から受けた力を喰らう化け物じみた奴に出会ったことがある」

 

「えぇっ!?」

 

「その化け物は喰らった力で、己の身体を強化していた」

 

「身体を強化ですか。それはどの程度の強化だったんですか?」

 

「……俺の全力の一撃が跳ね返された。あの時、翠鈴と小雷がいなかったら、俺は死んでいた」

 

「ヤバいじゃないですか!? 万が一、異能者狩りがその化け物と同じ力を持っていたら!」

 

「ちなみにその化け物は元々はただの人間だった。愉快犯達が集まる秘密組織に改造されたんだ」

 

「もっとヤバい情報がきたーっ!? 愉快犯達が集まる秘密組織って何なんですか!?」

 

「おっと、言い間違えたな」

 

「え?」

 

「愉快犯が集まる秘密組織じゃなくて、史上最低最悪の愉快犯達が集まる秘密組織だったな」

 

「……依頼を変更します。異能者増殖問題の調査ではなく、異能者狩り及びその背後関係の調査をお願いします」

 

「いいのか? あの秘密組織に手を出せば火傷じゃ済まないかもしれないぜ」

 

「僕はしがない警察官です。本音をいえば安定した職業に就きたくて、警察官になったような軟弱者です。でも、それでも今の僕は警察官なんです。国民の安全と平和を守る責任を負っているんです」

 

「……そうか、わかった。それなら俺もとことん付き合ってやるよ」

 

「ありがとうございます、和麻さん! 和麻さんがいれば百人力ですよ! 二人で頑張って手柄を立てて橘警視に褒めて貰いましょうね!」

 

「橘警視? ああ、あのお節介な年増の姉ちゃんの事だったな」

 

「年マッ!? 恐ろしい事を口にしないで下さいよ! 橘警視は微妙なお年頃なんですからね! 万が一聞かれでもしたら冗談じゃ済まないですよ!」

 

「おいおい、そこまで慌てるなよ。こんなのちょっとした軽口だろう。ん? どうしたそんなに真っ青になってよ。いくら何でも気が弱すぎるぞ。なんだ、俺の後ろがどうかしたのか?……緊急離脱っ、ジュワッチ!」

 

「和麻さーん!? 一人だけ飛んで逃げるのはズルいですよーっ!! 僕も連れてってーっ!!」

 

「そんなに慌てて、どこに行こうというのかしら、石動くん? 年増のお姉さんに教えてくれないかしら」

 

「ひぃいいいっ!? ち、違うんです橘警視! 僕は年増だなんて言っていません! 年増と言ったのは向こうに飛んでいった和麻さんだけですよ!!」

 

「石動くん、安心してちょうだい。ちゃんと会話は聞いていたわ。誤解はしないから大丈夫よ」

 

「よ、よかった〜、安心しました。それにしても和麻さんはヒドいですよね〜」

 

「そうよね。この間は、大神君に頼まれたとはいえ庇ってあげたのにヒドいわよね」

 

「うんうん、本当にそうですよね!」

 

「ところで、石動くん?」

 

「何ですか、橘警視」

 

「私が微妙なお年頃っていうのは、どういう意味かしら?」

 

「…………」

 

「うふふ、お互いに誤解のない様にじっくりとお話をしましょうね、石動くん」

 

「か、和麻さーん!! 助けてーっ!!」

 

助けを呼ぶ大輝の声は、和麻が消えた青空に虚しく響いた。

 

 

 

 

 

 

 




綾乃「今回登場した謎の人物は味方かしら?それとも敵?もしかしたら一連の騒動の黒幕だったりしてね」
紅羽「謎の人物といっても正体はバレバレじゃない。黒幕という事だけは絶対にないわよ」
綾乃「紅羽は謎の人物の正体を知っているの!?」
紅羽「……本気で言っているのかしら?」
綾乃「本気よ本気。本気と書いてマジって読むぐらい本気よ」
紅羽「マジって……もう綾乃はどんどん言葉遣いが悪くなるわね」
綾乃「あたしはどんどん可愛くなっていくから、口ぐらい悪くないとやっかみがヒドくて大変なのよ」
紅羽「自分で可愛いって言っちゃうの!?」
綾乃「お父様も言ってくれるわよ」
紅羽「ああ、あのハイパー親バカなら毎日言ってそうね」
綾乃「あはは、否定はしないわ」
紅羽「それでハイパー親バカ以外に、綾乃の事を可愛いと言ってくれる人はいないのかしら?たとえばクラスの男の子とか」
綾乃「紅羽、ニヤつきながら言わないでよ」
紅羽「うふふ、ごめんなさい。でも、ついこの間まで武志と泥んこになって遊んでいた綾乃が、異性を気にする年頃になったんだと思うと感慨深いわね」
綾乃「もう適当なこと言わないでよ。ちっちゃい頃でも武志と泥んこ遊びなんてしてないわ」
紅羽「あら、少し前までよく服を汚してウチで洗濯していたじゃない」
綾乃「え?ああ、あれは遊んでたわけじゃなくて武志に頼まれて正義の味方をしていたのよ」
紅羽「正義の味方?」
綾乃「うん、正義の味方。武志をいじめる奴や、武志の邪魔をする奴、武志が見つけてきた悪党とかをやっつける手助けをしていたわ」
紅羽「……深く聞くのはやめておくけど、くれぐれも手加減を忘れちゃダメよ」
綾乃「それは分かっているわよ」
紅羽「本当に?」
綾乃「ええ、攻撃の加減をするのは当然だもの。一撃で気絶させたら効果は半減だわ」
紅羽「はい?」
綾乃「気絶しないように注意しながら、何度も何度も執拗に痛めつけて、二度と逆らう気を起こさせな――」
紅羽「ストーップ!!そこまでよ、綾乃。それ以上は言ってはいけないわ。曲がりなりにも一応は…たぶん?おそらく?貴女はヒロインの一人なのだからイメージを大事にするべきだわ(もうとっくに手遅れかもしれないけど)」
綾乃「あたしは正義の戦うヒロインってわけね!!」
紅羽「うーん、正義を強調すると反論が多そうだから悪役系ヒロインを名乗るのが無難かもね」
綾乃「今流行りの悪役令嬢というやつね!並み居るヒロイン達をなぎ倒して最後は主人公と結ばれるやつだわ」
紅羽「えっと、私が言っているのはそういう意味じゃなくてね」
綾乃「それじゃ、ラスボスは操ね!」
ゴッ!!
紅羽「あら、今の音は何かしら?」
綾乃「……」
紅羽「綾乃、急に黙ってどうしたの?」
綾乃「……(バタン)」
紅羽「どうして倒れるの綾乃!?……こ、ここに転がっているボーリング玉に血が!?ああっ、綾乃の頭から血が噴き出してきたわ!?死なないで綾乃ーっ!!」


操「キジも鳴かずば撃たれまい。諺は意外と当たるものですよ、綾乃様」

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