「最近、急に異能者が増えだしたのよ」
霧香さんに筋肉男の件を説明すると、彼女は心当たりがあると言い出した。
なんでもここ最近、修行をした形跡もないのに突然異能に目覚める人間が続出しているらしい。
そして、そんな異能者達は突然目覚めた力を使って粗暴な行為に走るものが多く、警視庁特殊資料整理室でも警戒していたそうだ。
「私達でも対処可能な異能者しか確認されていないけど、数が多すぎるのが問題なのよね」
警視庁特殊資料整理室に所属する術者達は、神凪一族と比べれば戦闘力こそ弱くはあるけど、各々が修行を積んだ術者だからその腕は確かだ。
異能の力を得ただけの素人を無力化することなど容易いことだろう。
「一般の警察の手に負えないせいで、私達の仕事量が激増しているのよね」
霧香さんは疲労を感じさせる声色でぼやく。
なるほど、確かに異能者相手では普通の警察官では荷が重い。
「そんな奴らは撃ち殺しちゃえばいいんじゃないですか?」
由香里が過激な発言をする。
「日本の警察では難しいわね。威嚇射撃をしただけでも問題になる国なのよ。日本という国はね」
「まったく、犯罪者相手に躊躇するなんて警察も頼りないですよね」
「本当にね、お陰で私達は休日返上で酷使されているわ」
「本当に大変ですよね。それで、異能者が急増した理由は何か掴めたんですか?」
「ええ、実は……それを貴女に言うわけにはいかないわよ」
「えへへ、やっぱり?」
舌をペロッとだしてお茶目に笑う由香里。
「まったく、油断も隙もあったものじゃないわね。警察の機密事項を聞き出そうとするなんて、流石は大神君のガールフレンドってところかしら?」
霧香さんは呆れたように僕の方を見るけど、女子高生相手にアッサリと機密事項を口にしようとする方が問題があると思うんだけど?
「篠宮さんだったかしら? 貴女は若いから好奇心が刺激されるのは分かるけど、今回の件に深入りしてはダメよ。この世には普通の人が関わってはいけない世界があるのよ」
僕のジト目に気付いたのか、霧香さんは真面目な顔になると由香里を諭し始めた。
「はい、確かにその通りだと思います。今回は運良く武志に助けてもらえたけど、次も幸運が続くとは思えません」
「その通りね。今回は偶々運が良かっただけだわ。次はないと思った方がいいわ」
「はい、この世界にはあたしが知らなかっただけでオカルト的な危険が満ち溢れていたんですね」
由香里は怯えるように俯く。
「ええ、そうね。でも安心してね。そのために私達、警視庁特殊資料整理室が存在するのだもの。今回の一連の騒動も直ぐに解決してみせるわ」
「警視庁特殊資料整理室も警察の組織ですよね? 異能者相手に大丈夫なんですか?」
由香里は不安そうな声で霧香さんに問いかける。
「うふふ、大丈夫よ。私達はオカルトのプロなのよ。異能に目覚めただけの素人なんて目じゃないわ」
霧香さんは由香里を安心させるように優しく微笑む。
「オカルトのプロ……えへへ、警察にオカルト専門の部署が本当にあるだなんて」
「え?」
由香里は顔を上げるとニンマリと笑う。
「これって、大スクープですよね」
由香里の手にはICレコーダーが握られていた。
*
女子高生に簡単に弱みを握られた橘警視。
「霧香さん、それでよく警視なんてやってられるよね?」
「この娘は大神君のガールフレンドよね!? 冗談は止めさせて欲しいわ!」
霧香さんは慌てて僕に助けを求める。
「いえ、由香里とは今日出会ったばかりで親しいわけじゃないから、下手に関わって僕にまで飛び火したら嫌だからお断りします。因みに由香里は僕のことは脅さないよね?」
「もちろんよ。武志はあたしを助けてくれた恩人だもの。そんな相手を脅迫するような真似は絶対にしないわ」
由香里は断言してくれる。
彼女とは出会ったばかりだけど、嘘を吐くような人間じゃないことは分かる。
「うん、由香里ならそう言ってくれると思ったよ」
僕は由香里に笑顔を向ける。
「由香里が僕を脅すような馬鹿な真似をしなくて本当に安心したよ」
「えへへ、橘警視さんのようなタイプならこういった駆け引きは有効な手段だと思うけど、武志には逆効果だよね? 武志とは駆け引きなんかせずに素直に情に訴える方が効果的だと思うんだ」
「うんうん、女の子は素直な方が可愛いよね。もちろんツンデレな子も魅力的だと思うけどね」
「えへへ、武志ってば意外と節操がないみたいだね」
「あはは、僕はフェミニストだからね。女の子には基本的に甘いんだよ」
「基本的かあ、つまり敵対すれば容赦はしないわけだね」
「いやいや、ちゃんと容赦はするよ。男相手なら問答無用で地獄送りでも、女の子相手なら二度と敵対する気が起きない程度で抑えるからね」
「うん、やっぱりあたしの判断は間違っていないわね。脅すのは橘警視だけにして正解だわ」
「あはは、甘く考えたらダメだよ。霧香さんは温和そうにみえるけど、この場に僕が居なかったら彼女を脅した君は今頃どうなっていたか分からないよ。っていう感じかな? 彼女の本性はそんな人だから用心しなよ」
「うん、伊達に国家権力の裏組織を仕切っているわけじゃないってことだね」
由香里は神妙そうに頷く。
「でも、そんな危険な人でも武志には配慮するんだ。やっぱり、あたしの判断は間違っていなかったわけだね」
由香里は、にぱっと顔を輝かす。
どうやら彼女は状況判断能力に長けているみたいだね。
「それで、由香里は結局どうしたいのかな? 霧香さんの弱みを握るのは諸刃の剣だよ。いつかは君を破滅させることに繋がりかねない」
僕の正直すぎる言葉に霧香さんの頰は引き攣っていた。
「あ、あの? 私はそんな危険人物じゃないわよ」
「あはは、確かに僕にとっては危険人物じゃないよ。だけど、一般人の由香里を社会的に抹殺することなんて……霧香さんにとっては朝飯前だよね」
僕は笑みを消して、霧香さんに問いかける。
「そ、そんなに凄まないでよ。私が大神君のガールフレンドに手出しするわけないでしょう?」
霧香さんは焦りながら否定する。
だけどそれは、“僕の友人なら手を出さない” という意味であって、敵対する人間を抹殺したりしない。という意味じゃない。
由香里ならその辺のニュアンスを理解できるだろう。
「ぴっと、レコーダーの消去完了しました。えへへ、冗談はここまでにしておきますね」
由香里は、天使のような邪気のない笑顔でレコーダーの録音記録を消去した。
***
あたしの人を見る目はまだまだみたいね。
お人好しそうな橘警視の弱みを握って、今回の事件に強引に関わらせてもらおうと思っていたけど、あたしはあまりにも無防備に虎の尾を踏んでしまった。
“警視庁特殊資料整理室”
警視庁に極秘に存在するオカルト専門の部署。
それは、一般には決して公開されないオカルト犯罪に対処するための裏の組織だった。
そんな非合法に近いヤバい組織だと分かっていたはずなのに、あたしより年下の武志がかけた電話一本でホイホイとやって来た女性――橘警視のことを甘くみてしまった。
あたしの目的の為に橘警視を利用しようと迂闊にも彼女を脅す言葉を発した瞬間、一瞬だけ彼女が見せた冷たく暗い光を発する瞳。
その同じ人とは思えない冷たい瞳を見た瞬間、あたしの心臓は確かに止まった。
「霧香さん、それでよく警視なんてやってられるよね?」
たぶん、その直後に武志が軽い感じの言葉で、あたしの脅迫の言葉を冗談っぽくしてくれなかったら、あたしの心臓は止まったままだったかもしれない。
その後は、武志がフォローしてくれるままにその場を誤魔化した。
*
「由香里は僕が思っていたより迂闊だね。ちょっとビックリしちゃったよ」
橘警視と別れた後、武志には呆れられてしまった。今回は確かに反省すべきだ。武志がいなかったらとんでもないことになっていただろう。
「それで、由香里は本気でこの件に関わり合いたいの? 言っておくけど素人が首を突っ込んでいい話じゃないよ」
武志は橘警視から正式に調査依頼を受けた。そしてあたしは、その調査の手伝いをしたいと申し出た。
「もちろんよ! ここで引き下がるぐらいなら最初から武志と一緒にここまで来ないわよ!」
「はぁ、どうして僕が関わる女の子は気の強い子ばかりなんだろう?」
あたしの強気な言葉に武志は溜息をつく。
ふむ、武志の台詞から察するに彼の周囲には女の子が多いみたいね。
まあ別に、あたしは武志に対して恋愛的な興味があるわけじゃないから構わないわけだけど、溜息をつく武志はクタびれた中年のおじさんみたいだね。
……ちょっとだけ、優しくしてあげようかな?
「それで、調査は何処からするの?」
橘警視の話だと、最近の異能者達はただ暴れるだけではなく、異能者達で集まって格闘大会のような試合をしているそうだ。
まったく異能者は男が多いらしいけど、どうして男って戦うことが好きなのかしら?
異能を得たからって、直ぐに格闘大会を開くなんて馬鹿みたいよね。
「うん、取り敢えず異能者達の格闘大会に潜入してみようと思っているんだ」
まあ妥当かしら。何しろ異能者達が集まる場所が分かっているのだものね。
「由香里がついてくることは諦めたけど、現場では僕の指示には絶対に従ってね。じゃないと由香里を守りきれないからね」
うふふ、武志は年下だけど、こういったことは慣れているから頼りになるよね。
「でも異能者同士の格闘大会か……僕も参加出来ないかな?」
ワクワクしたような口調の武志。
その瞳は普通の男の子みたいにキラキラと輝いていた。
え、えっと、頼りに思っても大丈夫なんだよね?
少し不安に思いながらも、武志の子供っぽい一面を見れて少し嬉しく感じてしまった。
綾乃「うがー!! 今回も由香里がメインってどういう訳よ!!」
紅羽「あの、綾乃? もう少し口調に気をつけましょうね」
綾乃「そんな細かいことは如何でもいいのよ!! そんな事よりも橘警視なんてモブまで出ているのにこの炎の御子とまで呼ばれたあたしの出番がないのはどういうことよ!?」
紅羽「も、モブって、それは橘警視に失礼じゃないかしら? 原作では綾乃とも関わり合いが多かったわよね?」
綾乃「あの女狐にいいように利用されていただけよ!!」
紅羽「そうなの? まあいいわ。話は変わるけど、ストーリーが進むのが遅くなってきたわね」
綾乃「作者が原作で特に好きだった話だから仕方ないわね。しばらくはこんな調子じゃないの?」
紅羽「先は長そうね」