「よお、暇なら俺と遊ぼうぜ。いい思いさせてやるからよ」
(またナンパね)
街を散歩していた由香里は内心ウンザリしながらも顔には出さずに愛想よく断る。
「ごめんね。今日は友達と約束があるから、また今度見かけたら声をかけてね」
「友達なんかほっとけよ。それよりいい所知ってるから連れてってやるぜ」
由香里はしつこいナンパに苛立つが、この手の男は無駄にプライドが高く、下手に刺激すれば危険なことを過去の経験で知っているため下手にでる。
「えへへ、それは面白そうだけど、今日は友達の大事な用があるんだ。本当にごめんね」
由香里は心から申し訳なさそうな表情で謝る。
普通のナンパならここで諦めるが、由香里に声をかけた男は普通ではなかったようだ。
由香里の拒絶する言葉を聞くなり、不機嫌な雰囲気となった。
「おいおい、この俺がここまで誘ってやってんのに断るつもりかよ。お前は何様のつもりなんだよ!」
「ちょっ!? いきなり腕を掴まないでよ!」
乱暴に腕を掴まれた由香里は反射的に男の腕を振り払う。
その由香里の反応に男は怒りを露わにする。
「お前、この俺の腕を払いのけるなんぞ許される立場だと思ってんのかよ!」
「な、何を言ってるのよ、あなた…」
明らかに普通とは違う男の反応に、普段ならこういった場面には慣れているはずの由香里も困惑する。
「俺は選ばれた人間なんだよ。その俺に声をかけられたら喜んで従うのが、唯一お前が許された選択肢なんだよ!」
訳の分からない言葉を口にする男に恐怖を覚えた由香里は、咄嗟に助けを求めて周囲に目を向けた。
だけど誰も由香里と目を合わせようとせずに足早に通り過ぎるだけだった。
(そうよね、好き好んで厄介ごとに首を突っ込むお人好しなんかいないわ)
一瞬とはいえ、見知らぬ他人に縋ろうとしてしまった自分に由香里は呆れてしまう。
由香里は容姿が優れていたため、昔からよく厄介ごとに巻き込まれていたが、一度たりとも誰かに助けてもらったことなどなかった。
いつも自分の力だけで窮地を脱してきた彼女にとって、他人に助けを求めるなど時間の無駄でしかなかった。
そしてそれは今回も同じはずだった。少なくとも由香里は誰かに助けてもらえるなど思ってもいなかった。
「お兄さん、こっちのお姉さんが困っているよ。ナンパなら引き際を弁えなよ」
そんな由香里にとって、自分を庇うように出てきた年下の男の子は理解不能な生き物だった。
***
久しぶりに一人で街を散歩していたら、タチの悪いナンパに引っ掛かってる年上の女の子を見つけた。
「まったく、僕の前でそんな事をするなんて馬鹿な男だね」
姉さん思いの僕にとって、年上の女の子というのは絶対に守るべき存在だ。もちろん年下の女の子は男として庇護する存在だし、同い年の女の子を庇うのは常識だろう。
「お兄さん、こっちのお姉さんが困っているよ。ナンパなら引き際を弁えなよ」
僕は出来るだけ男を刺激しないように優しく声をかける。
別にこれは男に配慮してるわけじゃない。単に絡まれている女の子の前で乱暴な真似をして怯えさせたくないだけだ。
まあ、こんな馬鹿な真似をする男には通じないことが多いんだけどね。
「ああん! ガキが出しゃばるんじゃねえぞ! ぶっ飛ばれたくなけりゃ失せやがれ!」
思った通り男は激昂して怒鳴り散らしてきた。
「き、君、あたしは自分で何とかするから早く逃げて!」
絡まれていた女の子が震えながらも、僕に逃げるようにと促す。
これは反省だね。
助けようとした女の子に庇われるなんて、操姉さんに合わせる顔がないよ。
「僕は大丈夫だから、お姉さんこそ逃げてよ」
「ダメよ、君をおいてあたしだけ逃げるなんて出来ないわ!」
僕は強引に女の子の背を押してこの場から逃がそうとするけど、ナンパされていた彼女はその大人しそうな外見とは違い、意外と強い口調で逃げることを拒否する。
「あのね、お姉さんがいたら逆に迷惑だからさっさと逃げてくれないかな?」
「迷惑ってなによ! これはあたしの問題なんだから年下の君に庇われる謂れはないわ!」
どうやらこの女の子は相当に気が強いみたいだね。外見はぽややんとした感じだからギャップが凄いよ。
「たぶんお姉さんが思っているよりも僕は強いから、お姉さんは心配せずに逃げてくれないかな?」
「べ、別に君のことなんか心配してないわよ。ただ、あたしのことは放っておいても大丈夫って言いたいだけよ !」
この女の子って、ツンデレ系?
「何か変なこと考えてない?」
僕の考えを察したように女の子はジト目で見つめてきた。
随分と勘のいい子みたいだ。もしかしてエスパーかも?
ちょっと試してみよう。
「お姉さん、僕が考えていること分かる?」
「えっ?」
突然の脈絡のない僕の言葉に、女の子は一瞬だけ驚いた顔になったけど直ぐに答えてくれた。
「うーん、そうね。ナンパされている超可愛い女の子を助けてお近付きになりたいな。って、ところかしら?」
「あはは、残念ながらハズレだね」
どうやらエスパーでは無いみたいだけど、イイ性格ではあるみたいだ。
「あら、違うんだ。だったら君はどうしてあたしを助けようとしているのかな?」
女の子はこちらを試すような口振りで問いかけてくる。
まあ、普通なら彼女の言う通り、下心なしで助ける男は少ないかもね。でも僕にとっては簡単な話なんだよね。
「僕にとってはそこの男は目障りなハエみたいなものだからね。目の前を飛んでいたら追い払うぐらいするよ」
「ちょっ!? そんなこと言ったら!」
僕の言葉に女の子は顔色を変える。
「ああっ!? お前、俺の事をハエだと言いやがったのか!」
僕と女の子の話についてこれずに黙ったままだったナンパ男が、僕のハエ発言に反応して迫ってきた。
男は僕の胸ぐらを掴むと殴ろうとして腕を振り上げる。
「ちょっと止めてよ! あたしなら言うこと聞くから乱暴はしないであげ『ガハッ!?』…え?」
僕の胸ぐらを掴んだ時点で正当防衛成立だから、僕は遠慮なく男の鳩尾に膝を叩き込む。
脳筋な連中が大多数を占める神凪一族だけど、僕は数少ない温和な人間だから正当な理由がない限り暴力を振るったりはしない。
もちろん、“僕にとって”正当な理由があれば暴力だけではなく、どんな手段だってとる覚悟は出来ている。
たとえ温和な僕とはいえ、人の世を守る炎術師なのだから当然のことだろう。
「て、てめえ…こんな真似をして…た、ただで済むと…」
僕の身体にしがみつく様にして呻いている男を近くのゴミ捨て場に向かって蹴り飛ばす。
「ゲボッ!?」
「よし、これで一件落着だね」
「ちょっと!? なにを和かに去ろうとしてるのよ!」
散歩の続きをしようと歩き出した僕を慌てたように女の子が引き止める。
「えっと、なに? 逆ナンってやつかな?」
「そんな訳ないでしょう!? こんな事して後で仕返しをされちゃうわよ!」
どうやら僕を心配してくれているみたいだ。気は強いみたいだけど優しい女の子だね。
「僕のことは心配しな『あ、あたしまで狙われたらどうするのよ!』…なるほど、それは確かに心配だね」
彼女の言葉が照れ隠しなのかそれとも本気なのかは分からないけど、確かに彼女に迷惑がかかる可能性がある。
どうやら僕は自分の死亡フラグ(原作一巻での首チョンパのことだよ)が折れたせいで、随分と詰めが甘くなっていたみたいだ。
やると決めたなら徹底的にやらなきゃダメだよね。
後腐れがないように徹底的にやろうと僕が決意したとき、先ほどの男の声が聞こえてきた。
「て、てめえは俺を怒らせた。もう容赦はしねえぞ!」
ゴミ捨て場で転がっていた男がいつの間にか立ち上がっていた。
男は上着を脱ぎ捨てると全身に力を込める。すると男の筋肉は恐ろしいほどに膨張を始めた。
「うぉおおおおおおっ!!!!」
凄まじい気合いと共に膨張を続ける筋肉。
「たしか、こういうのはパンプアップと言うんだよね」
「あの…人の筋肉って、普通はこんなに膨れないと思うよ?」
女の子の言葉には一理あるだろう。
不摂生な生活のせいか男の弛みきった身体が、世界トップクラスのボディビルダーのような身体にまでパンプアップするのは普通じゃない。
「クハハハハッ! 俺のこの身体を見て生き残っている奴はいねえぜ! 覚悟しやがれ、小僧っ!!」
「その身体を見て生き残っている人はいない?」
男の言葉に僕は周囲を見渡す。
少なく見積もっても百人ぐらいは目撃者がいてるだろう。
「今からここにいる人達を虐殺していくの?」
「う、うるせえ! ごちゃごちゃと抜かすんじゃねえよ!」
男は恥ずかしかったのか赤くなる。
「うわあ、赤面する筋肉って気持ち悪いかも」
「お姉さんはもう帰りなよ。ちゃんとお姉さんに迷惑がかからない様に処理をしておくから安心していいよ」
男の不自然な身体の変化にキナ臭いものを感じた僕は女の子に帰るように言う。
「そのお姉さんって呼ぶのはやめてよ。あたしの名前は篠宮 由香里(しのみや ゆかり)よ。そうね、君は特別に由香里って呼んでもいいわよ」
あはは、僕の話を聞いちゃいないよ。
「あのさ、思ったより危なさそうだからお姉さ『由香里』…由香里お姉さ『由香里』…由香里さ『由香里』…年上を呼び捨てには『由香里』…はぁ、思ったより危なそうだから由香里は先に逃げてくれないかな? 流石に由香里を守りながら対処する余裕はないよ」
「うふふ、年上を呼び捨てだなんて、君はおませさんだね。あれ、そういえば君の名前をまだ聞いていないよ? あたしを呼び捨てにしているんだから君の名前も教えてよ」
なんだろう、この理不尽さは?
今まで僕の周囲にいた女の子達は、基本的に僕の話をちゃんと聞いてくれる子達ばかりだったから、由香里の反応はある意味新鮮だね。
決して好ましいという意味じゃないけどね。
「僕は大神 武志だよ」
「大神 武志……じゃあ、あたしは武志って呼ぶね。武志もあたしのこと呼び捨てだから構わないよね」
「いや、その…なんだか急に余裕な態度になってない? さっきまで由香里は怯えていた気がするんだけど?」
気の荒いナンパ男から、凶暴な筋肉男にと間違いなく危険度は増していると思うんだけど、由香里は逆に余裕を持ち始めている。
「えへへ、だって武志がまるで緊張してないんだもん。本当はあたしを守りながら対処できる自信があるんでしょう?」
なるほど、由香里は気が強いだけじゃなくて観察眼も鋭いみたいだね。
僕が由香里の意外な一面に感心していると筋肉男が焦れたように騒ぎだす。
「お前らいい加減にしろ! 俺を無視してんじゃねえぞ!」
喚くのと同時に筋肉男が殴りかかってくる。
わずか一歩でトップスピードに達した筋肉男の速さに少し目を見張るが、ただそれだけだ。
僕は慌てずに由香里を逃したあと、自分も筋肉男の進路から外れる。
どうやら筋肉男は自分の速度に対応出来ないらしく一直線に突っ込むだけだ。
僕の横を通り過ぎた後、たたらを踏む様にしながら何とか止まった筋肉男。
その筋肉男の背中にソッと手の平を当てる。
「フンッ!!」
コンクリートの歩道を踏む砕く震脚から生み出された力は、足先から順に膝、腰、肩へと伝わっていき同時に捻りを加えることによってその力を増幅させていく。
最後に手の平へと集約させた力が筋肉男の内部を駆け巡る。
その衝撃に筋肉男は悲鳴をあげることも無く、ビクンと大きく震えてその場に崩れ落ちた。
「ほわー、予想以上に呆気なかったね」
由香里は目を丸くして驚いていた。
本当はもう少し手加減をするつもりだったけど、筋肉男が由香里を巻き込む攻撃を加えてきたから容赦なく倒すことにした。
女の子に暴力を振るうような男にかける慈悲はないからね。
「ねえ、この男…萎んでるよ?」
由香里の言葉に筋肉男に目を向けると、先ほどまでの極限まで鍛え上げられた筋肉が嘘のように萎んでいた。
その姿は元の弛んだ男の身体よりも遥かに小さくなっている。
「…なんだか、お爺ちゃんみたいになってるよ」
男の余りの変わりように由香里は恐怖を感じたみたいだ。
確かにこの変わりようは異常だ。少し調べてみる必要がありそうだね。
僕は携帯を取り出すと電話をかける。
「もしもし、霧香さん。武志ですけど、実は少し気になる事件に遭遇しまして。はい、詳しくは会ってお話をします。今いる場所はですね…」
僕は馴染みのある警視庁特殊資料整理室の橘警視に連絡をとった。
彼女は警視庁のオカルト関係の事件を専門に扱う部署の人間であり神凪一族のお得意様だ。
そして、神凪一族に依頼する程ではない小さな事件なら、僕が個人的に協力する相手でもある。
一族を通さない格安の依頼だけど、僕個人として考えるといい小遣い稼ぎになるんだよね。
たまに綾や沙知を誘って三人で依頼を受けるけど、三人だと結構依頼も楽しかったりもするんだよね。
まあ、橘警視――霧香さんの方も格安で神凪一族の炎術師を雇えるもんだから僕たちは良好な関係を保っている。
今回の筋肉男の件も怪しい匂いはするけど、筋肉男の実力から判断すれば神凪一族が出張る程じゃないだろう。
つもり僕の小遣い稼ぎに丁度良さそうな事件だということだ。
霧香さんも僕の意図が分かってるみたいで話はスムーズに進んだよ。
「ねえ、今の霧香さんって誰なの?」
…しまった。由香里のことを忘れていた。
「警察の人だよ。ちょっとした知り合いだから今回のことを頼もうと思ったんだ。事情聴取とか面倒くさいことがあるから由香里は先に帰ってなよ。結果は後で連絡するからさ」
オカルト関係の話に素人の由香里を関わらせるわけにはいかない。ここはさっさと帰ってもらおう。
「なんだか怪しいわね。なにか隠しているでしょう?」
「僕が隠していることなんて小さなことだよ。単に面倒くさいことを引き受けて、由香里の好感度を稼ごうと思っている男の子の可愛い下心だけだからね」
「はい、ダウトだよ。武志があたしのことをそういう対象として見ていないことは一目瞭然だよ」
うぬぬ、由香里が『ほらほら、さっさと白状なさい』と詰め寄ってくる。
うーん、どうすべきかな?
よし!
霧香さんに任せることにしよう!
霧香さんなら素人の相手にも慣れているだろうから悪いようにはしないだろう。
うんうん、それがいい。
そうしよう。
決して、僕の両肩を掴んで『素直に喋りなさーい!』とガクガクと揺さぶりながら叫んでいる由香里の相手をするのが嫌なわけじゃないよ?
適材適所というやつだね。
***
由香里にとって、その男の子は本当に理解不能な存在だった。
態々厄介ごとに首を突っ込んできた年下の男の子は、粗暴な男の脅しにも眉一つ動かさずに平然としていた。
その男が異常なほどの変化を見せても多少の興味を示すだけであっさりと倒してしまう。
異常な変化をした男以上に人間離れした動きを見せた男の子に普通なら恐怖を感じるのだろう。
だけど、なぜか由香里はその年下の男の子に恐怖は感じなかった。
その代わりに感じたのは強い好奇心だった。
その人間離れした力に、
お節介であり、妙に軽い性格に、
そして自他共に認める美少女の自分に全く興味を示さない態度にも由香里の好奇心は刺激された。
(どうしてこの男の子は自分を助けてくれたのかな?)
どうやら男の子には秘密がありそうだった。
そしてその事を由香里に隠そうとしている。
男の子は隠さなければならない秘密がありながら由香里を助けた。
由香里自身に全く興味がないにも関わらずだ。
由香里には理解できなかった。
だからこそ、由香里は男の子に食い下がった。
理解不能な存在を理解するために食い下がった。
おそらくここで別れたら二度と会うことは無いだろう。
そんな予感が由香里にはあった。
「素直に喋りなさーい!」
男の子の両肩を揺さぶりながら由香里は半ば祈るような気持ちで食い下がった。
どうしてここまで気になるのか由香里自身にも分からなかったが、どうしてもこのまま別れたくなかった。
「わ、分かったよ。由香里も一緒に連れていくから揺さぶらないで」
由香里の揺さぶり攻撃に根を上げた男の子が由香里の同行を認めてくれた。
きっと男の子が本気で拒否したら由香里ではどうしようもなかっただろう。
お節介で、
軽い性格で、
人間離れした力の持ち主で、
そして、とても優しい年下の男の子。
「えへへ、じゃあ、一緒に行こうね!」
自分の好奇心が命じるまま、由香里は理解不能な男の子――武志を追いかける決心をした。
綾乃「どうして由香里が出ているのよ!」
紅羽「あら、綾乃の親友でしょう?嬉しくないの?」
綾乃「それは原作での話よ!この世界だとただの同級生に過ぎないわ!」
紅羽「なんだか荒れてるわね」
綾乃「私の出番はないのに由香里が出ているのが気に食わないのよ!」
紅羽「原作4巻目に突入だから新しいキャラを入れて展開に変化を持たせたいんじゃない?」
綾乃「それこそ私を出せばいいじゃない!元から出番が少ないんだから丁度いいわ!」
紅羽「綾乃が出たら何もかも力尽くで解決しちゃうだろうから、展開がワンパターンになるわよ」
綾乃「何もかも力尽くって、私はそんな脳筋じゃないわよ!?私は文武両道の素敵なお姉さんなんだからね!」
紅羽「これからはそういう設定で武志に接するの?」
綾乃「設定じゃなくて、本当のことなの!!」