火の聖痕が欲しいです!   作:銀の鈴

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お久しぶりです。今回は少しだけシリアス風味です。


38話「運命に抗う者」

暗がりに佇む男は一見何処にでもいるような男だった。

だけど私はその男と相対してすぐに気付いた。

 

「貴方は…人をやめてしまったのね」

 

かつて、私も人をやめる一歩手前までいったことがある。

だからだろうか、妖気を感じないというのに、既にその男が人をやめていることに気付くことが出来たのは。

 

「人をやめた…それは少し違うな」

 

その男は暗がりから街灯の明りが照らす場所へと歩み出てくる。

 

「確かに俺は人であることに執着する事をやめた」

 

男が歩む度にその身から妖気に似た何かが溢れ出す。

 

「けどな、俺は人をやめたわけじゃない」

 

男の姿が街灯の明かりによって照らし出される。

 

「俺は人という種を超越したんだよ」

 

薄暗い街灯の下“風巻流也(風の邪神)”が嗤う。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

重悟side

 

「何か分かったか、兵衛」

 

「…しばしお待ちを」

 

儂の声に応えながらも兵衛は術を続ける。

兵衛は両手で水を掬うように窪めて前に突き出す。

ひゅるりと風が吹いた。

兵衛に向かって。

だが、風は何も運んでこない。

 

「……」

 

「……」

 

儂と兵衛の間に、ひゅるりと風が吹いた。

 

「兵衛…?」

 

「何も分からぬ事が分かり申した」

 

ひゅるりーーその日の風は冷たかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

事件が起こったのは、儂の屋敷の直ぐ近くだった。

つまり、神凪一族の総本山といえる場所で事件は起こったのだ。

儂が日課の早朝ジョキングの為に屋敷を出て直ぐにそれを見つけた。

 

一言で表せばそれは“巨大なクレーター”だった。

 

いや、儂は正気だぞ!

確かに儂はクレーターを見つけたんだ!

びっくりした儂が屋敷に戻って、皆んなを連れて戻ってみると綺麗に無くなっとったんだ!

 

おいっ!!

誰がボケ始めたかもだ!!

儂はボケとらんぞ!!

生涯現役じゃ!!

な、なんだその目は!?

なぜそんな優しい目で儂を見るんだ!?

な、なぜ儂の両腕を掴むんだ!?

ど、何処に連れて行くつもりだ!!

休養が必要だと!!

そんなもん必要ないぞ!!

儂の腕を離さんかっ!!

 

ん、なんだ?

耳を貸せだと?

なにっ!?

綾タンに看病をお願いしてくれるだとっ!!

 

・・・

 

ゴホゴホ。

儂も疲れが溜まっていたようだな。

どうやら十分な休養が必要なようだ。

後の事は厳馬…いやあいつは邪魔をしそうだな。

そうだな、大神家を中心に皆で上手くやっといてくれ。

では儂は奥の間で休んでおくから大至急、看病の手配をよろしく頼むぞ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

武志side

 

「先ほど重悟様は、嫌そうな顔をした綾乃様を伴って、温泉地にご静養に行かれました」

 

僕は兵衛から報告を受けていた。

 

「そして厳馬様も、奥方様が商店街の福引で“偶然”当てられた一等のハワイ旅行へとご出立なされました」

 

僕は兵衛の報告に頷く。

 

「これで、この地に宗家の者はいなくなったわけだね」

 

「…御意」

 

「何か言いたいことがありそうだね、兵衛」

 

「恐れながら申し上げます。此度の我が愚息の愚行…紅羽様への凶行は既に許される範囲を超えております。何ゆえに宗家への報告をお止めなさるのか。某は納得できませぬ」

 

納得できないと言いながらも兵衛の目には理解の色が浮かんでいる。

 

「風巻の嫡男が犯した罪は彼一人への罰だけで済まない事は理解しているよね」

 

「無論、我ら一族全体の咎として処分を受ける所存です」

 

「それはダメだよ。今は風牙衆が独立するための大事な時なんだよ。今回のことが公になれば風牙衆の独立に反対する老人達がここぞとばかりに横槍をいれてくるからね」

 

「だからといって我らの恩人である武志様を危険に晒すわけにはいきませぬ。たとえ今回の件で風牙衆の独立が消えようとも、宗家の力をもって愚息を討つべきです」

 

兵衛は覚悟を決めた顔で実の息子を討てという。その覚悟に僕も本心で答えよう。

 

「兵衛、勘違いするな。僕が風牙衆を独立させたいのは風牙衆を救う為なんかじゃないぞ」

 

僕は兵衛の目を真っ直ぐに見つめて告げる。

 

「僕は僕の友達の笑顔が見たいだけなんだよ」

 

そう、本当は風牙衆のことなんかどうでもいい。

僕は自分の友達が笑って過ごせたらそれだけでいいんだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

僕は幼い頃に前世の記憶が蘇った。

 

その記憶の中に、この風の聖痕の世界が描かれた小説があった。

その小説では僕はあっさりと命を落とす。

兄もほぼ同時に命を落とし、姉は外道の道楽で玩具のように弄ばれた挙句、父をその手にかけて壊れかけた。

 

その世界での僕はただの脇役だった。

 

僕の死を悼んでくれたのは姉だけだった。

 

それからは無我夢中で生きてきた。

死にたくなかった。

死なせたくなかった。

苦しませたくなかった。

出来ることはなんでもやった。

僕は運命を変えるためだけに頑張っていた。

 

そんなある日、風牙衆の女の子に出会った。

風牙衆は僕達の運命に関わる重要な要因だから打算があった。

風牙衆の子供を味方につけて運命を変えるために利用しようと思っていた。

 

だけど彼女の運命もまた過酷だった。

 

風牙衆というだけで蔑まされていた。

言われなき暴力を振るわれていた。

そして家族を失いかけていた。

僕は何とか彼女を助けるために足掻いた。

 

それは同情ではなかった。

それは義憤でもなかった。

それは正義ですらなかった。

 

それはただの自己満足だった。

自分が運命を変えれるんだと証明したかっただけの自分勝手な最低な行為でしかなかった。

 

だけど、彼女は…沙知は僕の友達になってくれた。

沙知を通じて綾も友達になってくれた。

それからも和麻兄さん、綾乃姉さん、紅羽姉さん、煉、キャサリン、マリちゃん…

僕の大事な人が少しずつ増えていった。

 

そしてある日、いつの間にか僕は運命を変える為ではなく、僕の大事な人達を守るために戦っていることに気付いた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「兵衛、恨んでくれて構わない。憎んでくれて構わない。だけど僕は、僕の大事な人達の為に、何よりも僕自身の為に、貴方の息子をーー風巻流也を“殺す”」

 

僕は生まれて初めて殺すという言葉を殺意を込めて口にする。

その言葉に、僕のそばに座る紅羽姉さんの気が僅かに乱れる。

部屋の片隅に立つマリちゃんは不機嫌そうに顔を顰める。

 

兵衛は僕の言葉を受けて、ただ静かに頭を下げると一言だけ発した。

 

「御意」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「流也が京都に向かっている?」

 

流也を監視している風牙衆からの情報が伝えられた。

 

「なっ、京都ですと!?」

 

京都という単語に兵衛が反応する。

 

「京都に何かあるのか?」

 

「京都の地には…かつて風牙衆が神と崇めた存在が封印されております」

 

「…僕が聞いていない情報だ」

 

「も、申し訳ありません。この事は代々の宗主のみに伝えられし秘中の秘ゆえ、探り当てた儂も墓場まで持っていく所存でした」

 

「そうか、それなら構わない」

 

恐らくは言葉通りだろう、ただ僕にも秘密にしていたのはいざとなった場合の保険でもあったんだろうな。

まあ、今はいい。

 

「流也は神の封印を解くつもりなのか?」

 

「私と戦ったとき、既に流也の力は宗家に匹敵、もしくは凌駕するかも知れない程だったわ。今さら神などという制御できない存在を自由にする必要があるとは思えないけど」

 

僕の疑問に流也と実際に戦った紅羽姉さんが答えてくれる。

 

「紅羽姉さんは、流也と最後まで戦っていたら勝敗はどうなっていたと思う」

 

「地下などの狭い空間で戦えば間違いなく私が勝つわ。ただ、屋外で戦えば正直分からないわね」

 

紅羽姉さんと流也の勝負のときは、途中で流也の風の結界が破れかけて直ぐに流也が離脱したそうだ。

何しろ戦った場所が神凪宗家の屋敷近くだから宗主に気付かれて紅羽姉さんと宗主の二人がかりになったら幾ら何でも流也に勝ち目はないだろう。

 

「つまり我と紅羽がおれば間違いなく勝てる程度でしかないな。うむ、後は我々に任せて武志はのんびりと吉報を待っておれ」

 

「そうね。私達二人がかりなら多少不利な状況だろうと負けるとは思えないわね」

 

「…御意」

 

「ちょっと待ってくれっ、まさか僕を置いていくつもりなのか!?」

 

二人に言葉に僕は慌てて声を上げる。

 

「当たり前だ。今の余裕を感じられぬ貴様など足手まといにしかならんわ」

 

「ごめんなさい。私も今の武志は戦場に立たない方がいいと思うわ」

 

「御意」

 

「何を言っているんだ!戦場じゃ何が起こるか分からないんだ!わざわざ戦力を減らす意味はない!!」

 

確かにこの二人相手に流也一人で勝てるとは思えないけど、きっと流也には何か考えがあって京都に向かっているはずだ。

戦力を減らすべきじゃない。

 

「いいえ、意味ならあるわ」

 

「そうだな。先ほどの貴様の発言は危険でしかない」

 

「御意!」

 

一体なんなんだ!?

みんなして何を根拠に言っているんだ!?

 

「簡単な話よ」

 

「うむ、先ほどの貴様の発言はいわゆる“フラグ”というものじゃ!!」

 

「御意!!」

 

「え・・・何を言ってるの?」

 

この二人は一体どうしちゃったんだ!?

 

「いつもふざけてばっかりの武志がシリアスぶるなんて絶対にフラグを立てているわよね」

 

「そうじゃな、いつもの貴様なら先ほどの場合『あはは、風牙衆は僕専属の手下になるんだから神凪から独立してもらわなきゃ僕が困るんだよ』と、ぬかしていたはずだ!」

 

「御意っ!!」

 

「ちょっと待って!二人の僕のイメージがおかしくないかな!?僕は思慮深いけど、熱い想いを秘めたナイスガイのはずだよっ!!」

 

いつの間にか二人に間違った僕のイメージが定着してたみたいだ。

僕が推理するにこれは、僕の男ぶりに嫉妬した武哉兄さんの謀略に違いない!!

今度、操姉さんにノックアウトされた隙にダンボールに詰めて婚約者の静さん家に着払いで送ってやる!!

 

「あら、元に戻っちゃった」

 

「いや、安心するのはまだ早いぞ。今回の件は、もしや噂の中二病の前触れかも知れぬ。これは操を交えて対応を練る必要があるかもだな」

 

「御意ぃいいいっ!!」

 

 

何気に兵衛がウザいんだけど。

 

 

 

 

 




マリ「ところで前話に出とった慎治とやらはどうしたんだ?」
紅羽「戦いの余波で吹っ飛んで入院中よ」
マリ「なんじゃ、だらしないのう」
紅羽「マリちゃん、だんだんと言葉が年寄りくさくなっているわよ」
マリ「しまった!?えっと、私はまだまだピチピチだよ!」
紅羽「…色々と頑張っているんですね」
マリ「ええいっ、憐れむような目を向けるな!」
紅羽「そういえば今回の最初に出たクレーターは私がサッと直したんですよ」
マリ「クレーターを作ったのもお主じゃがな」
紅羽「てへっ♡」
マリ「…お主も頑張っているんじゃな」
紅羽「私は本当にピチピチだからいいんですよ!」
マリ「私だって精霊王とかと比べたら本当にピチピチだもん!」
紅羽「比べる対象が精霊王・・・ホロリ」
マリ「本気で泣くでないわっ!!」




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