火の聖痕が欲しいです!   作:銀の鈴

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37話「神凪に忍び寄る影」

「随分と趣味が悪いのね」

 

それが依頼主に対する第一印象だった。そして最後まで変わらない印象でもあった。

 

「でも、確かに情報通りの濃い妖気だわ」

 

依頼主の趣味の悪い屋敷(極彩色に彩られていた)を覆う妖気の濃さに、眉を僅かばかりひそめながら私はインターホンを押そうとした。

 

「…このまま屋敷ごと粉砕してしまえば楽なのよね」

 

趣味の悪い屋敷にイマイチ入りたくない私は思わず本音を漏らしてしまう。だけど、流石にそれは最終手段だろう。

依頼主の意向を無視した行動は、私の退魔師としての評判に傷をつけてしまう。

 

 

(…別に問題ないかしら?)

 

 

よく考えてみれば、普段は神凪宗家からの依頼しか受けない私にとって、個人的な評判は大して問題にならなかった。

 

今回の仕事は、以前に知り合った仲介人から頼まれて仕方なしに受けただけに過ぎないのだから。

 

「正義のための小さな犠牲を私は忘れないわ(たぶん3日ぐらいは)」

 

「ちょっと待って下さい!何をしようとしているんですか!」

 

趣味の悪い屋敷を地中に引きずり込み、すり潰すための力を発しようとした私の正義の執行を無粋な声が止める。

 

背後からの声に振り返ると、そこには見るからに冴えない風体の男が慌てた感じで立っていた。

 

「貴方は…」

 

「ええ、俺は」

 

「私のストーカーかしら?」

 

「結城家の慎治です!」

 

「結城…家?」

 

「……一応言っておきますが、神凪の分家ですよ」

 

「そう、神凪の分家も堕ちたものね」

 

「は…?」

 

「誤解しないでね。同じ分家でも大神家は当然別格よ」

 

「はぁ…まあ、大神家と競おうだなんて思わないですよ」

 

「そう、最低限の節度は保っているようね。でもね、たとえ神凪の分家でもストーカーは許さないわよ」

 

「だからストーカーじゃないですよ!?」

 

神凪の分家を名乗る貧相で冴えない風体の男は、この後に及んでも罪を認めようとしない。

 

「素直に罪を認めて改心すれば、半殺しで済ませてあげるわよ?」

 

「本当にストーカーじゃないです!お願いですから俺の話を聞いて下さいよ!」

 

軟弱で貧相で冴えない風体の男は、必至に言い訳を口にしようとする。

往生際の悪いその姿に私は苛立ち、半殺しではなく8割殺しにすることに決めたときだった。

 

「石蕗様と結城様ですね。お待ちしておりました。どうぞ横の通用門からお入りください」

 

押してもいないインターホンから突然、声が聞こえてきた。

ガチャリ

その声と同時に門の横にある扉の鍵が開けられた。

どうやらそこから勝手に入ってこいということらしい。

 

「随分と礼儀知らずのようね。帰ろうかしら?」

 

「石蕗さん、そんな事を言わずに一緒に依頼を受けませんか?」

 

「ストーカーと一緒に依頼を?ふざけているのかしら」

 

「ですからストーカーじゃありませんってば!」

 

「…ワンパターンなリアクションね。もう飽きたわ」

 

「はぁっ!?」

 

軽薄そうで軟弱で貧相で冴えない風体の男は、どうやら会話のウィットというものも持ち合わせていないようだ。

全く、武志を見習ってほしいものだと強く思ってしまう。

 

「地術師の私がストーカーされていれば気付かないわけないでしょう。ちょっとした会話の潤滑油の冗談じゃない。もっと気の利いた返しが出来ないようだと女にモテないわよ」

 

「は、はぁ…すいません」

 

「…本当につまらない男ね」

 

私はもうその男を見限り、さっさと依頼を終わらせようと通用門の扉を開いて中に入っていく。

 

「ま、待って下さいよ!俺も行きますよ!」

 

置いていこうと思っていた男は、慌てた様子で私に続いて扉を潜ってきた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ほう、これは随分と美しいお嬢さんだ。どうだね、危険な退魔師など辞めて、ワシの愛人にならんかね」

 

依頼主の小男は、出会うなりに下品で不躾な視線を向けてきたと思ったら下劣な言葉を口にした。

 

「この場合は正当防衛になるわよね」

 

「絶対になりませんから我慢して下さい」

 

「ひとつ潰すぐらいならいいかしら?」

 

「ダメですよ。って、何を潰す気ですか?」

 

「…女の口からそんな恥ずかしい言葉を言わせる気なの?」

 

「玉ですか!?玉ですね!玉は男にとって命より大事なモノなんですよ。それを潰すだなんて怖いことを言わないで下さいよ」

 

「大丈夫よ。玉は玉でも目ん玉よ」

 

「本気で怖いっ!?」

 

「うふふ、やれば出来るじゃない。中々面白いわよ」

 

「はは…これも冗談ですか。俺には荷が重いですね」

 

冴えない男ーーいえ、分家の男も少しは面白みがあるようだった。

 

「さっきから何の話をしとるんだ。ワシを無視するのもいい加減にせんかっ!」

 

依頼主は苛立ちを隠そうともせずに大声を上げる。

 

「ワシを無視するとはな。どうやら見てくれだけの女か。所詮は退魔師などという下賤な職業の女だ。可愛げというものがない、女は男に愛想を振りまいておれば良いものを」

 

依頼主は私に興味を無くし侮蔑の言葉を口にする。

 

 

(上下の玉を一つずつ潰してやろうかしら)

 

 

なぜか分家の男が震えていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

突然、部屋の中の妖気が収束し始めた。

 

「まずは俺に任せてもらえますか」

 

分家の男は、まるで私を庇うかのように一歩前に歩み出ると精神を集中させ始める。

どうやら依頼の悪霊が出現した瞬間に攻撃を加えるつもりのようだ。

 

「…ひとつ忠告よ。ただの悪霊の割には妖気が強いわ。注意しなさい」

 

プライドの高い神凪一族が素直に忠告を聞くかは分からないけれど、神凪の分家の人間を無駄に危険に晒すわけにはいかなかった。

 

「…なるほど、確かに妖気が強すぎるみたいですね」

 

「へえ、女の言葉を素直に聞くのね」

 

「“石蕗の禍ツ星(マガツボシ)”と畏れられる貴女の言葉を尊重しない神凪の者はいませんよ」

 

「…それは悪口かしら?」

 

どう考えても悪口にしか思えないけれど、念のために確認しておこうと思う。

 

「いえっ、違いますよ!石蕗さんの強大な力に敬意を表しているだけですよ!」

 

「……ちなみに、操にも何か呼び名がついているのかしら?」

 

非常に重大なことだから聞いてみることにした。お淑やかな私が“禍ツ星(マガツボシ)”なら、意外とアグレッシブな操ならもっと凶悪そうな呼び名だと思うけれど。

 

「操さんはそのままに“大神の姫君”と呼ばれていますね」

 

「なっ!?……じ、じゃあ武哉さんは?」

 

み、操が外面だけはいいのを忘れていたわ。でもシスコンでセクハラ男の武哉さんならきっと、とんでもない呼び方をされているはずだわ。

 

「武哉さんは“熱き不沈戦艦”です」

 

熱き不沈戦艦…?

 

確かに、あの操に何度ボコボコにされても不死身のように蘇っては偏執狂的にセクハラを繰り返す武哉さんには相応しい呼び方かも…?

 

「一応、聞いておくわ。武志の呼び名は何かしら?」

 

武志なら好意的な呼び名に決まっているだろうけど知っておきたいわね。

操も知らないだろうから、あとで自慢してやるわ。

 

「えっと、彼の呼び名はですね…あーと、つまり…その…」

 

分家の男は突然、口を濁し始めた。

私のことは平気で“禍ツ星(マガツボシ)”呼ばわりしておいておかしいわね。悪い意味の言葉なのかしら。武志は目的のためになら手段を問わないところがあるから仕方ないかもしれないわね。

 

「別に怒らないからさっさと教えなさい」

 

「ほ、本当に怒らないで下さいよ。か、彼は……“神凪のハーレム王”です」

 

「ぷっ、ふふ、うふふふ、武志にぴったりね」

 

これは仕方ないわね。武志は昔から女の子に囲まれていたから。

そういえば、武志の本命って誰なのかしら?流石に中学に入ってからは“お姉ちゃんと結婚する”とかは言わなくなったけど。

今度聞いてみるとしましょう。

 

「っと、どうやら無駄話はここまでのようです」

 

分家の男の視線の方向を見ると、収束した妖気の中から悪霊が現れだすところだった。

 

「悪霊以外にも何か潜んでるみたいだな。うーん、俺の感知じゃ分からん。こんな事なら風牙の人にも来てもらえばよかったな」

 

風牙衆のことを口にする分家の男の言葉には風牙衆を見下す雰囲気はなく、敬意を持っているように感じられる。

武志達の長年の活動によって、分家の若い世代からは風牙衆への侮りが薄れた結果だろう。

 

「私の見立てだと、炎に所縁のある妖魔のようね。残念だろうけど、貴方の出番はなさそうね」

 

「…そうだな。俺の力では炎に耐性のある妖魔には通じない可能性がある…かもしれん」

 

うふふ、プライドが高いというよりも意地っ張りな男の子みたいね。でも、現実はちゃんと見えているわ。

これならまだ見込みがあるかもしれないわね。

 

「うふふ、今日はお姉さんに任せておきなさい。退魔師としての手本を見せてあげるわ」

 

「あれ、俺の方が年上じゃなかったか?」

 

分家の男ーー慎治(たしか慎治という名前のはず)が何やらブツブツ言っていたが、気にせずに力を解放する。

うふふ、正体不明の妖魔だから念のために強めに力を使ってあげるわ。

この屋敷は更地になるかもだけど、命には変えられないものね。依頼人もきっと感謝してくれるはずだわ。

 

「あ、あれ?ちょ、ちょっと!?おいっ、精霊が多すぎないかっ!?待てって、待ってくれ!待って下さい!!ひぃっ!?」

 

ちゅどーん!!

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

慎治side

 

「そうか、事情は分かった」

 

俺は今、宗主の前で頭を下げながら依頼の一部始終を報告し終わったところだった。

宗主からは何度も頭を上げるように言われたが、とてもじゃないがそんな度胸はなかった。

 

「事前情報が誤っていたようだな。ただの悪霊ならともかく、炎の属性を有する妖魔ではお前の手に余るだろう」

 

宗主のその言葉に俺は歯を食いしばる。

未熟な俺を責める事のない言葉は逆に俺の心に突き刺さる。

 

「さらに修行に励み、次こそはこのような醜態を晒さぬように精進致します」

 

絞り出すようになんとか言葉を紡いだ俺に宗主は労るような眼差しを向けたまま、退出するように促してくれた。

 

俺は明日から修行の量を倍にしようと考えたーーいや、やっぱり今日からだな!

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

同日深夜

 

「…生きているって素晴らしい」

 

宗主に報告を行った後、偶然出会った石蕗さんについ口を滑らせて修行の話をしてしまったら、彼女から修行をみてあげようかと提案してくれた。

俺は系統は違うとはいえ、非常に優れた精霊術師の彼女の言葉に、喜んで首を縦に振った。

 

もちろん、後悔した。

 

スパルタという言葉すら生温い、地獄そのものだった。

なぜ彼女があれ程の実力を誇るのか、あの地獄を経験すれば納得できた。もっとも彼女に言わせれば今日の修行内容は初心者用との事だ。

 

疲れ果てボロボロの身体を引き摺って俺は家路につく。

石蕗さんは後ろから付いてきてくれている。

肩、貸してくれないかな?

 

「女の肩を借りようだなんて…セクハラかしら?」

 

理由は分からないが身体が重くなった。

辛いです。

 

「そこにいるのは誰かしら?」

 

突然、石蕗さんが鋭い声を放つ。

石蕗さんの視線を追いかけると、そこには怪しい男が立っていた。

 

「石蕗さん、下がっていて下さい。俺が相手をします」

 

「止めておきなさい。今の貴方では1秒も持たないわよ」

 

石蕗さんの声は本気にしか聞こえなかったが、俺にも男としての意地がある。

 

ヒュンッ

 

ギュン!!

 

怪しい男に向かって一歩踏み出そうとしたとき、鋭い音が聞こえたと思ったら何かが軋むような音が取って代わった。

 

「……」

 

「私がいなかったら慎治の首が飛んでいたわよ」

 

「…すいません、あとはお願いします」

 

「うふふ、お姉さんに任せておきなさい」

 

俺は素直に石蕗さんに道を譲った。

 

 

 




和麻「いよいよ原作に入ったけど、俺の出番が無くなっているな」
小雷「私達はラブラブ旅行中だもんね」
和麻「いや、命を狙われての高飛び中だろ」
翠鈴「和麻、そろそろ軍資金が乏しくなってきたから妖魔退治でも受けましょうよ」
和麻「仕方ないな。何か手頃なものはあるのか?」
小雷「これなんか面白そうだよ」
翠鈴「あら、本当ね。これでいいかしら、和麻?」
和麻「ああ、お前たちがいいならそれでいいよ」
小雷「さすが和麻だね!頑張ってね!」
翠鈴「龍王の生け捕りなんて和麻にしか出来ないわよ」
和麻「龍王だとっ!?ちょっと待ってくれ!!」
小雷「早速行こうよ!」
翠鈴「和麻の格好良いところが見れるわね」
和麻「俺の話を聞いてくれーっ!!」


慎治「…俺の方が和麻よりかは幸せだな」

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