火の聖痕が欲しいです!   作:銀の鈴

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31話「暗躍する者達」

神凪に…いいえ、大神家に来てからの日々は、とても楽しく過ぎていく。

姉妹のように仲良くしてくれる、操。

実の兄のように見守ってくれる、武哉さん。

 

大神家の御母上は、世界中を飛び回っているため数度しかお会い出来ていませんが、楽しい方です。(母親には全く向いていない人だとは思いますが)

 

大神家の御父上は、私の父に少し似た雰囲気の方でしたが、お仕事がお忙しいご様子で殆どお戻りになりません。

また、家内の事には口を出さない主義との事で、私の事は全て子供達に任せているとの事でした。

 

そしてなにより、私をあの牢獄のような家から解き放ってくれた、武志。

私に生きる場所を与えてくれた、武志。

今では私を『紅羽姉さん』と呼んでくれる…可愛い武志。

 

この地に来て目覚めた力。

私の力は、きっと武志の助けになるだろう。

武志は、無茶な事でも平気でする子だから、きっと私の力が必要になる時がくる。

 

その日のために私は、自分が持つ全ての力(・・・・)を磨き続ける。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

流也side

 

「本当に《神》を蘇らせられるのか?」

 

「もちろんだとも。とはいえ本物の神ではなく、模造品だがね」

 

俺に協力を申し出てくれたヴェサリウスは、西洋魔術を習得しているらしく、その術を用いて俺たちの悲願を擬似的にとはいえ叶えることが出来るという。

 

「君たちの魂の奥底には、かつて《神》から授かった力の残滓が残っているんだよ。その全てを一つに束ねて、私の魔術で増幅をすれば十分な力となるだろう。ただし、依り代となる人間が、その力に耐えられるかどうかは別問題だよ」

 

何しろ、残滓とはいえ《神》の力は強大だからね。と続け、薄く笑うヴェサリウスの姿は、人を地獄へと誘う悪魔のようだったが、俺にとっては関係なかった。元より俺は、この身を妖魔に憑依させる覚悟までしていたのだ。今さら恐れるものなどなかった。

 

「依り代になっても、俺の意識は残るんだろうな?」

 

「勿論だとも。妖魔などの意思を持つモノと違い、純粋な力を身に宿すだけだからね。もっとも、君が強大な力に耐えきれずに発狂したとか言われても、そこまでは責任をもてないよ」

 

ヴェサリウスは、何度も《神》の強大な力の危険性を楽しそうな口ぶりで注意してくる。こいつにとっては、俺に協力するのはただの好奇心なのだろう。俺が拒絶しない事を分かった上で、注意を重ねることに趣味の悪さを感じさせる。

 

「力を抜かれた一族の皆んなは、どうなるんだ。風術師としての能力を完全に失ってしまうのか?」

 

俺はこれが心配だった。俺が力を手に入れて神凪一族を滅ぼしたとしても、一族の皆んなが風術師としての能力を失えば、まるで意味がなくなってしまう。

 

「安心したまえ。君達の風術師としての能力そのものは、生まれ持った能力ゆえ失われないだろう。むしろ、魂にへばり付いていた《神》の力が、君達が風術師として成長することを阻害しているのだ。取り除けば、修行による効率向上、高い素質を持った子供の誕生など、いい事尽くめだろう」

 

「なんだと!?俺たち風牙衆の能力が向上しないのは《神》の所為だと言うのか!」

 

「おや、気付いていなかったのかな?」

 

「どういう事なんだ、教えてくれ!」

 

「ふふ、もちろん構わないよ」

 

詰め寄る俺に、ヴェサリウスは楽しそうに説明しやがる。

説明の中身を簡単にまとめるとこうだ。

 

かつて、力の弱かった風牙衆が《神》を降臨させて強力な力を手に入れた。

その力とは《神》の力の一部を魂に受け入れて、その力で魂を強化することにより、風術師としての能力を向上させる事だった。

だが《神》が封印された事により、魂の強化が解除されても《神》の力は、楔のように風牙衆の魂に残されてしまった。

《神》の力は、親から子へ、子から孫へと、その力を弱めながらも伝えられた。

そして、魂に残された《神》の力は、魂が成長する事を阻害する働きをした。

霊力等の力は、全て魂の力といえるものだ。魂の成長が妨げられていれば、修行の効果も激減する。才能ある子供も生まれてこない。

(2人は知らない事だが、和麻が強力な風術師として目覚めたのは、祖母と母の代で魂から《神》の力が、完全に消えていたからだった。恐らくは、火の精霊の加護が影響したと思われる)

 

「ちくしょう!どうりで一族の中から強力な風術師が出ねえはずだ!」

 

俺はずっと疑問に思っていた。

他の精霊術師は、代を重ねる程に強さを増す事が多いのに、何故か風牙衆はどれだけ代を重ねても強くならない。

厳しい修行を積んでも、効果が少なかった。

 

「俺たちの《神》が俺たちの枷になっていたなんて、皆んなに何て言えばいいんだよ」

 

「おや、私が《神》の力を抜いてしまえば、わざわざ言わなくても問題はないのでは」

 

「そ、そうなのか?」

 

「《神》の力を貴方一人で背負えば、一族の枷は消えます。そして、貴方が神凪一族を打倒し、長として一族を導いてあげればいいのですよ。枷の無くなった一族は、自然と力をつけて、繁栄をしていきますよ。ただし、代償は必要ですがね」

 

「代償だと?」

 

「そうです。一族の繁栄の代わりに、貴方は絶対に誰かと結ばれてはいけない。子を成してはいけない。貴方の魂は《神》の力と…一つに束ねられ増幅された力とほぼ一体化するのですから、その呪いともいえる力は、貴方一人で抱え、地獄まで持っていかなければならない。それが代償ですよ」

 

「クク、随分と安い代償だな。俺は最初から一族の為に全てを捨てるつもりだったんだ。今さら自分の子を成そうとは考えていない」

 

俺はヴェサリウスの言葉を鼻で笑う。

 

「それで一族の《神》の力を抜いて、俺に移動させるのには、どのぐらい時間がかかるんだ」

 

「力を抜いた後の影響を気にしなければ、3日もあれば全員分の力を抜きだす事が可能ですよ。早速取り掛かりましょうか?」

 

「ダメに決まっているだろ!力を抜いた後も影響を与えない方法で頼む!」

 

「ふむ、では術式をこの地に施して、ゆっくりと力を取り出すとしましょう。気付かれないように慎重を期するなら…5年は必要ですね」

 

「5年か、かまわんぞ。元々10年以上かけるつもりだったんだ。しかし、5年もかかんじゃ、あんたはその間ずっといてくれるのか?」

 

「いえ、術式を一度起動させてしまえば、私がいなくても問題ありませんよ。自動的に力を抜き取り、貴方の中に流れ込みます。そうですね、年に一度ほど確認に寄らせてもらうとしましょう」

 

「随分と便利な術式だな。あんたは想像以上に優秀な魔術師なんだな」

 

「そうでもありませんよ。私よりも優秀な人間は他にもいます。少なくとも一人は知っています」

 

「謙遜かと思えば自慢かよ。つまり、あんたより優秀な奴は1人しかいないってんだろ」

 

「ふふ、そう捉えてもらって結構ですよ」

 

「そうか、俺は幸運だな。あんたみたいな凄い魔術師に協力して貰えるなんてな」

 

「では、私は早速術式の準備に取り掛かりましょう。貴方は怪しまれないように普段通りに過ごしていて下さい」

 

「ああ、頼むぞ」

 

俺は、ヴェサリウスに後を任せてその場を離れた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

紅羽side

 

「ふふ、本当に貴方は幸運ですよ。何しろ《神》の力を宿らせる実験の、被験体に選ばれたのですからね。もっとも《神》の力を宿せば、貴方程度では身体が保たずに1日と生きてはいられないでしょうね。せめてもの慈悲です。一族の力を抜く術式は約束通り、後遺症がないように丁寧なものにしてあげますよ」

 

ヴェサリウスと名乗っていた男は、去りゆく流也の背中にむかって、楽しそうに微笑みながら呟くと、立ち去っていった。

 

私は、そのまま2人の気配が十分に遠ざかったのを確認すると、土の中から身を現す。

 

「風牙衆の頭領の子が、怪しい動きをしていると思えば《神》の紛い物を作ろうだなんて、本当に愚かな人達ね。この場で捻り潰してもよかったけど、風牙衆の件が本当なら暫くは泳がせてみるのもいいわね」

 

私は、近くの巨木に目を向けると、異能の力を解放した。

巨木は、音も立てずに拳大の大きさまで圧縮される。

 

土の精霊の声が聞こえるようになったお陰で、私は異能の力の秘密に気付くことが出来た。

大地の気を取り入れたときに、私の身体に巣食う《歪んだ大地の気》を発見したのだ。

この歪んだ気は、私の身体の一部を変質させて妖魔化させていた。そして、異能の力も私に与えていたのだ。

 

幸いにも地術師としての能力で《歪んだ大地の気》を体外に排出する事が出来た。

妖魔化した部分は、本来なら人の部分を侵食して最後には、完全な妖魔になっていただろう。

だがこれも、地術師としての、圧倒的な回復力のお陰で、人の部分が逆に妖魔の部分に打ち勝つ事が出来た。

 

私を蝕んでいた《歪んだ大地の気》が、一体何だったのかは分からずじまいだったが、妖魔化していた部分が人に戻った後も、異能の力は残っていた。

以前は、異能の力を使用する時には《歪んだ大地の気》を消費していたようだが、今は普通に大地から取り込んだ気を使う事が出来る。

地術師としての力、異能の力、2つの力を使える今の私なら、並大抵の者に負ける事はないだろう。

 

先ほどのヴェサリウスと名乗っていた男も、魔術師としては相当の腕前のようだったけど、殺し合いなら負ける気がしなかった。

 

だけど、油断はできない。

2つの力を身につけたとはいえ、十全に使いこなす事が出来なかったら、互角の能力を持ち、使いこなす相手が敵となった時に勝てないだろう。

ましてや、格上の相手など無謀なだけだ。

 

石蕗にいた頃の、異能にたよった戦い方ではない、純粋に戦士としての戦い方を身につける必要がある。

その為には、実戦経験に勝るものはないだろう。

神凪には、全国から妖魔の討伐依頼が殺到している。

その中には、神凪宗家クラスでなければ危険な妖魔も含まれている。

 

「ふふ、実戦経験を積むにはうってつけの環境ね」

 

私は、恵まれた環境に微笑んでしまう。

文字通りの死と隣り合わせの実戦は、私の牙を硬く、鋭く、研ぎ澄ますことだろう。

 

「全ては可愛い弟のため、お姉ちゃんは頑張るわ」

 

私は可愛い弟の顔を思い浮かべながら、ガッツポーズをとる。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

武志side

 

兄上が女性を家に連れてきた。

 

「久我(くが)静(しずか)と申します。武哉さんとは、結婚を前提にお付き合いをさせてもらっております」

 

「シスコン兄貴に彼女だって!?」

 

正に晴天の霹靂というべき珍事だった。

あのシスコン兄貴が、彼女を作れるだなんて信じられない。

僕達は、兄上が席を外した隙を見計らって、彼女に真意を確かめる。

 

「兄上に弱みを握られているのなら正直に言って下さい。ボコりますから」

 

「武志、脅されるネタになる程の事を、おいそれと話せるわけありませんよ。静さん、内容は言わなくていいのですよ。脅されてるのなら頷くだけいいんです。後は私達で、お兄様を処理しますからね」

 

「二人共、武哉さんが脅してると決めつけるのは良くないですよ。静さん、武哉さんに借金でもしたのですか?」

 

「いいえ、私と武哉さんは、純粋に愛し合っています」

 

「そう言えと脅されてるんですね。あのクソ兄貴に」

 

「きっと、紅羽と暮らすようになってから、以前ほど私にベタベタ出来ないせいで、欲求不満が高まり、そのような凶行に走ってしまったんだわ。愚かな、お兄様」

 

「ええっ!あれほどベタベタしているのに、あれでマシになったんですか!最初に見た時は、ぶっ飛ばそうと思った程でしたよ!?」

 

「僕も操姉さんを守るのには苦労してたんだよ。操姉さんとお風呂に入るとか言い出した時は、簀巻きにして木に吊るしたけど、諦めてくれなくて大変だったよ」

 

「そうでしたね。それに、部屋で着替えをしていたら、高確率で入ってくるし困りますわ」

 

「あの…私も着替えをしていたら、よく武哉さんにドアを開けられるんだけど…すぐに謝って閉めてくれるけど、頻繁にあるわ」

 

「紅羽姉さんにまで、クソ兄貴の毒牙が!?」

 

「今夜は、お兄様に折檻をしなくてはいけませんね」

 

「ふふ、聞いていた通り、仲の良い御兄弟なんですね」

 

それまで、僕達の話を黙って聞いていた、静さんが楽しそうに微笑んだ。

 

「わざと武哉さんの悪口を言って、私がどの様な反応をするのかを試されているのですね。大切な兄に近づく女が、どの様な女かを確かめるために」

 

静さんは、その名前の通り静かな雰囲気の女性だったけど、その雰囲気とは裏腹に芯の強そうな瞳をしていた。そしてその瞳で、僕達3人を真っ直ぐに見つめると深々と頭を下げる。

 

「あなた方から見れば、私は突然現れた不審な女に見える事でしょう。ですが、私は心底、武哉さんを好いております。この言葉に二心あらば、どうぞこの素っ首を斬り落として下さい」

 

頭を下げながらの言葉でありながら、そこに込められている凄まじいまでの強い想いに、僕達は返す言葉を無くしてしまう。

 

「武哉さんとの仲を、お認め下さりますよう伏してお願い致します」

 

続く彼女の言葉に、僕達3人は頷くしかなかった。

 

その後は、戻ってきた兄上を交えて和やかな時間が過ぎた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そして、兄上が静さんを送っていった後…

 

「操姉さんは、わざと悪口を言ったの?」

 

「そんな訳ないでしょう。悪口のつもりもなかったわ。言葉通り、静さんが騙されてないか心配だっただけよ。紅羽はどうなの、着替えの話とか作り話だったのかしら?」

 

「作り話じゃないわよ。今朝も部屋で着替え中に『おはよう、紅羽』とか言いながらドアを開けられたわ。殆ど毎朝、開けるのよ」

 

「静さんって、思い込みが激しそうだね」

 

「でも、あの気の強さなら、お兄様の手綱を握って上手く操縦してくれそうだわ」

 

「そうね、彼女が武哉さんのお嫁さんに来れば、私達へのセクハラ行為も減りそうね」

 

「静さんがセクハラ行為を見つけたら、武哉兄さんは酷い目に遭わされそうだよね」

 

「うふふ、それはそれで楽しみですね」

 

「操以上の暴れっぷりが見られるかしら?」

 

「もうっ、武志の前で変な事を言わないでよ」

 

「ふふ、操はまだ隠しているつもりなのね」

 

「2人共、静さんの事は応援するって事でいいかな」

 

「そうね、私はいいわよ」

 

「私も応援するわ、武哉さんのセクハラ行為を止めてくれそうだしね」

 

「あはは、僕達全員に応援してもらえるだなんて、兄上は幸せ者だよね」

 

「早速、作戦を考えてみましょう」

 

「吊り橋効果を利用するために2人を窮地に陥れましょうか?」

 

「兄上の愛情を確かめる為に美人局も試してみようよ」

 

「お兄様が大神家を追放されて、落ちぶれても付いて行くかも試してみましょう」

 

こうして、僕達の《兄上応援作戦》が発動した。

 

 

 

 

 

 




綾乃「美人局って何かしら?」
和麻「お前だったら適役だな。外見はいいもんな」
綾乃「あんたは誰かしら?それと、どうしてそんなに離れているのよ?」
和麻「和麻だよ!和麻!本気で忘れないでくれよ。あと、近付かないでくれ」
綾乃「和麻……ああ、再従兄弟にそんな人がいたわね。橋の下に捨てられたんだっけ?」
和麻「捨てられてねえよ!」

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