突然の暴風に吹き飛ばされる鍛錬場。
暴風と共に、砕かれた家屋の破片が私を襲う。
前触れなく訪れた『死』の予感。
だが、今の私は『死』すらも笑い飛ばす。
「あはははははははははははは!!!!」
暴風…?
家屋の破片…?
そんなものが何の脅威になるというのか。
私の前では全てが灰に…
いや、灰すら残さずに全てを燃やしてみせよう。
あの太陽のような…
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私は現在、鍛錬場があった場所(今は綺麗に更地になっている。所々に煙は上がっているけど)に正座させられていた。
しかも、よりにもよって日頃から一番可愛がっている弟分にだ。
うう、屈辱だわ。
「結局、綾乃姉さんが鍛錬場を根こそぎ燃やし尽くしちゃったんだね」
「そういう言い方は誤解を招くと思うの。私は自分の身を守るために仕方なく燃やしただけなのよ」
「ふーん、突然の暴風ね。でも、誰も暴風なんて観測してないんだけど」
「それは私が発生直後に、暴風ごと全部燃やし尽くしちゃったから」
「へー、そうなんだ。綾乃姉さんって凄いんだね」
武志は、言葉とは裏腹に全く信じてなさそうな声色で言う。
「どうして信じてくれないの。武志だけは、私の事を絶対に信じてくれると思っていたのに」
私はわりかし本気で武志に訴える。
武志だけは、無条件で自分の味方だと思っていただけにショックだった。
「僕がここに来たときに目にした光景を説明するとね『綾乃姉さんが楽しそうに笑いながら、恐怖の表情で気を失っている上、全身焦げて半死半生になっている和麻兄さんを、踏みつけてグリグリしてる状況』だったんだよ」
客観的に聞かされると、少し誤解を生む状況かしら?
「僕には、綾乃姉さんが遂に我慢仕切れずに、和麻兄さんを痛めつけた場面にしか見えなかったんだけど」
「私は、武志に嘘なんか言わないわ」
「……それもそうか。綾乃姉さんが和麻兄さんを嫌っているのは知っていたけど、だからといって、綾乃姉さんが僕に内緒にしてまで、そんな事するわけがないよね」
もちろん嘘じゃないけど、武志って女の子の言う事を簡単に信じすぎるわね。悪い女に騙されないように、私が見ててあげなきゃね。
「綾乃姉さんが、僕の事を誤魔化そうとしてるのかと思って、ショックだったから勢いで正座させちゃったんだ。ゴメンね」
「ううん。分かってもらえて嬉しいわ」
「念の為に言っておくけど、僕はどんな時でも綾乃姉さんの味方だからね。人に言えない事をする前には、ちゃんと相談してね。アリバイ工作とか証拠隠滅とか考えなきゃいけない事は多いんだよ」
「もうっ、私をなんだと思っているのよ!」
うふふ、やっぱり武志は私の味方なのね。
「それにしても突然の暴風か。まさか和麻兄さんが覚醒したのか?でも、今まで何をしても無理だったのに、切っ掛けもなしで覚醒なんて出来るのかな」
武志は、ブツブツと何か喋りながら考え事をしている。
それはいいんだけど、この焼け焦げて気絶してる男をどうするのかしら?
今のうちに、止めをさしちゃおうって、提案したらオッケーしてくれるかな?
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宗主side
「鍛錬場が消失したのは聞いておるか?」
「綾乃がまたやらかしたそうですな」
儂の前に座る厳馬は、表情は変えぬが面白そうに言いやがる。
「以前は鍛錬場を半壊、今回は全壊。着実に実力が上がっているようで何よりです。後は、自制心がアリンコ程度でもつけば言うことなし。といった所ですな」
「うぐぐ…た、確かに、多少活発すぎるのが、玉にキズといった所でな。じゃじゃ馬すぎて、儂も手を焼いておるわ」
「それで今日は何の話ですかな。まさか、じゃじゃ馬の愚痴を聞かせる為に、わざわざ呼びつけた訳ではないと思いたいのだが、まさかそうなのか?」
儂は、厳馬の顔面にパンチを喰わらせたい気持ちを鋼の精神で抑え込む。
「ハハ、いかに儂でもそこまで暇ではないわ。今日の用件はお主の息子の話だ」
「息子…まさか煉に何か?」
「息子と聞いて長男の和麻ではなく、まず煉を思い浮かべるのか、厳馬よ」
「我が息子は煉だけで十分です。炎術の才がなく、やる気もない者など、何れは外に出す所存ですので」
「そうか。ならば此度の話は渡りに船といったところか」
「意味が分かりませんが?」
厳馬は顔をしかめると、さっさと話せとばかりに睨みつけてくる。
宗主に対する態度じゃないぞ、こいつ。
「此度の鍛錬場消失の件に和麻が絡んでおる。綾乃は、その後始末を行っただけだ」
「和麻が……」
厳馬は、儂の言葉を聞くと暫し考え込む。
「さては、憂さ晴らしで鍛錬場にガソリンを撒き、火でもつけましたか?」
「何故そうなるんだ!」
「うむ、違いますか。他に考えられるのは…はっ!まさか」
「ほう、気付いたか」
「私が密かに仕掛けておいた、鍛錬場自爆装置を作動させたのか!」
「お前は何をしてんだっ!?」
「もちろん冗談です」
厳馬のとんでもない発言に勢いよく立ち上がった儂は、続く言葉にずっこける。
「お前、真面目な顔をして冗談を言うのは若い頃から変わらんなぁ」
「ふふ、宗主も相変わらず良い反応をする。GOODだ!」
「ええい!おっさんが格好つけて親指を立てるな!」
全くこいつは、真面目なのか不真面目なのか分からん奴だな。
「ともかく話を戻すとだな。和麻は聞こえたそうだ。風の精霊の声がな」
「風の…精霊」
「たしか深雪には、風牙の…」
「黙れ!……すまん。失言だ」
「いや、むしろ儂の方こそ気遣いが足らんかった。すまない」
「…それで、和麻をどのように扱うつもりなのですか?」
「うむ。実は和麻の方から、ある計画を相談されているのだが」
「あの和麻が計画をですか?」
厳馬は意外な顔になるが、無理もないだろう。厳馬にとっては、和麻は炎術師になる事を早々に諦め、無為に日常を過ごしているように見えていたはずだからな。
自分から計画を立て、宗主に相談するなど思いもしなかったはずだ。
「それで、和麻の計画とはどのような」
「和麻の計画では、先ず…」
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深雪side
「中学卒業と同時に、風術師の大家である《凰家》に3年間の修行に行って参ります。その後、世界中を廻り実力を磨き、十分な実力と実績を得られたら、再びこの地に戻り、新たな風術師の一族として、家を興す所存です。その折には、神凪一族の全面的な協力を宗主に約束していただきました。また、家を興した際、風牙衆は我が家の一門に加わることを風牙衆の長と約束致しました。勿論これは、一族の総意としての約束です」
私の前で、誇らしげに報告を行っている和麻さん。
弟の煉とは違い、炎術の才を持たせて産んであげれなかった不憫な子。
全ては私の血に原因があったのに、私はそれを告げる事が出来なかった。
主人の『和麻には告げなくともよい』という言葉に甘えてしまった。
私は、幼い頃から自分の血筋の秘密に怯えていた。
もしも他人に知られたらと思うと、恐ろしくて夜も眠れない日々を過ごしていた。
怯えを隠すために随分と我が儘に振る舞い、周囲にも迷惑をかけてしまっていた。
そんな頃、今は主人となった厳馬に秘密を知られてしまった。
私は、この世の終わりとばかりに怯えて震えたが、そんな私を厳馬は優しく抱きしめてくれた。そして、これからは俺が守ると約束してくれた。
厳馬の優しさに触れて、私は救われた。
だけど、和麻さんに火の精霊の加護がない事を知ったとき、私は再び絶望に囚われてしまった。
和麻さんの未来は、きっと絶望に閉ざされている。
そう考えた時、母として出来ることが何かないのかと、必死に探して出した答えが『この子の心が壊れてしまわないように、憎しみを向けられる対象になろう』などという、なんとも愚かな考えでした。
私自身が、厳馬の愛で救われたというのに、その私がそのような選択をしてしまうとは、自分が情けなく消えてしまいたいと幾度も思いました。
しかも、間違いに気付いた後でも、和麻さんに拒否される事が怖くて、歩み寄る事が出来ませんでした。
本当に、母親失格な駄目な女です。
そんなある日、いつも昏い目で私を見ていた和麻さんが、明るい顔をして学校から帰ってきました。
私に気付くと、再び昏い目に戻ってしまいましたが、その日を境に少しずつ和麻さんは良い方向へと変わっていきました。
全く笑わなくなっていたのに、時折り笑顔を見せるようになり、冗談すら口にするようになりました。私を見る目に宿っていた昏い光が無くなった時には、厳馬に縋り付き泣いてしまいました。もっとも厳馬には理由を話していないので困惑させてしまいましたが。
そして、和麻さんは風術師として覚醒したばかりでは無く、自分の未来まで自分で切り拓いたのです。しかも、風牙の方達まで救う未来をです。
本来なら母として褒めてあげたい。
でも、私にそんな資格はないでしょう。
せめて、憎い母として言葉を贈りましょう。
「炎術師ではなく、風術師ですか」
「はい!その通りです!本当に良かった!これであの紅い悪魔と離れられます!!」
紅い悪魔?
なんの事でしょう。まあ、あまり関係ないですね。
でも、炎術師ではないのに随分と嬉しそうです。やはり神凪一族を恨んでいるからなのでしょうね。
「和麻さんは、学業も運動も優秀で、学校の先生にも良く褒めてもらっています。母として嬉しく思いますよ。後は炎術師としての才能さえあればと…」
「はい!ありがとうございます!炎術師としての才能は皆無ですが、風術師としてなら、風牙衆の長が言うには、修行を積めば世界トップクラスになれるから死ぬ気で頑張れとエールを送っていただきました!」
あら?
この子って、ここまで明るくなっていたかしら?
「必ず、風術師として大成してみせます!そして、あの恐ろしい紅い悪魔を退治するのは到底不可能ですが、監視網を築いて奴の被害を未然に防いでみせます!近付いてきたら皆んなで逃げるという手段で!!」
えっと、紅い悪魔?
やっぱり重要な関係があるのでしょうか?
「和麻さん。紅い悪魔のことは、よく分かりませんが、これからは風術師としての道を歩むのですから、神凪との縁はここで終わりだと思いなさい」
私は、冷たい声で冷たい言葉を紡ぐ。
この子が、未練なく神凪を棄ててしまえるように、自由な世界へと羽ばたけるようにと、憎い母としてできる…最後の務めを果たす。
「これには一千万円が入っています。些少ですが、今後の為に使いなさい。これが母として出来る最後のことですよ」
私は、預金通帳とカードを和麻さんの前に置く。
これは、亡くなった母が私に遺してくれた形見のようなお金だった。
私が、神凪で生きるのがどうしても辛くなったとき、全てを捨てても生きていけるようにと、母が必至になって貯めてくれた。
幸いにも、私には厳馬がいてくれたお陰で使う必要がなかった。
ならこのお金は、母と私の血を強く受け継いだ、和麻さんに渡すことが母の想いにも叶うことだろう。
「母上、ありがとうございます。このお金は、有難く受けとらせていただきます」
和麻さんは、大事そうに受け取ってくれた。憎い母からの絶縁状のようなものなのに。
「ですが、このお金は使わずにお守りとして持っておこうと思います。母上とお祖母様の想いが詰まったお金ですから」
「和麻!?貴方は知っているのですか!」
突然の和麻の言葉に私は驚愕する。墓場まで持って行こうと決めていた秘密を和麻が知っていたなんて。
「ほんの数日前です。将来のことで風牙衆の長と話した時に教えてもらいました」
「…そう、あの方なら全てをご存知ですものね」
「母上、申し訳ありませんでした。母上の秘密を暴くような真似をしてしまって」
「和麻は、私を恨んでいるのでしょうね」
私は、和麻に拒絶される恐怖に震えながら尋ねる。
「いいえ、母上を恨んでなどいませんよ」
「嘘は言わなくていいのよ。私の血のせいで和麻がどんなに辛い思いを……本当にごめんなさい…」
「母上、もしかしたら数年前に真実を知っていたなら、母上を恨んでいたかもしれません。だけど、今の俺にとって母上は、愛する大事な家族…それだけですよ」
和麻の言葉に思わず伏せていた顔を上げる。
和麻は、優しい笑みを浮かべて私の事を見つめていた。
その優しい笑みは、若かりし頃の厳馬に似ていた。
「和麻!ごめんなさい!ごめんなさい!弱い母で、本当にごめんなさい!」
私は、堪えきれずに和麻を抱き締めて泣いてしまう。
「大丈夫ですよ。母上が弱いのなら、俺がどんな事をしてでも守ってみせますから、安心して守られていて下さいね」
和麻の優しい言葉に、私の涙は際限なく溢れてくる。
涙と同時に、女としての冷静な部分は告げていた……この子、将来は女たらしになるわね。
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しばらくして落ち着いた私は、和麻に尋ねる。何故、そんなに強くそして、優しくなれたのかを。
「俺を理解してくれて、そして必要としてくれた奴に出会えたからですよ」
和麻は少し照れながらも、誇らしげに語る。
「俺は、あいつの兄貴分だから格好悪いことは出来ないんですよ。あいつは何故か分からないけど、俺の事を本当に凄い奴だと思ってるみたいで、それも俺が情けない時代からですよ。まったく何度も俺は、そんな凄い奴じゃないって言ってんのに、あいつときたら『和麻兄さんは、まだ覚醒してないだけだよ。そのうち覚醒して人間殺戮兵器とか呼ばれるから安心してよ』だなんて、どんだけ俺が物騒な奴になると思ってんだか」
和麻は、今まで見た事もないほど真剣に語る。
「俺は、あいつに助けて貰った。俺の地獄は終わる事なんてないと思っていたのに、あいつは終わらせてくれた。それも、颯爽とヒーローみたいに助けてくれたんじゃない。完全に悪役のやり方だった。あいつが泥を被るやり方だった。でも…俺の今後の立ち位置まで良くしてくれるやり方だった。もっとも、それに気付いたのは、随分と後になってからだったよ」
和麻は、決意を秘めた目で語る。
「情けなくあいつに助けられた俺だけど、あいつは、俺をずっと認めてくれていた。俺なんかを慕ってくれていた。なら俺は、あいつが認めるに相応しい男に…あいつが慕うに値する男にならなきゃいけないんだ。今回、俺にそのチャンスが廻ってきた。俺はどんな苦労したとしても、あいつの兄貴分に相応しい男になってみせるよ」
和麻は、最後に少し照れくさそうに笑いながら…
「だからさ、情けない俺が挫けないように、これからも見守っててほしいよ。お母さん」
幼い頃と同じように呼んでくれた。
綾乃「結局、紅い悪魔ってなんなのかしら?」
武志「さあ?和麻兄さんは時たま変な事を言うからね」
綾乃「でもこれで、当分あいつはいなくなるわね」
武志「これって、時間が飛ぶパターンかな?」
綾乃「そして、あっという間に5年が過ぎた。とかいうヤツね」
武志「それなら、次回はいきなり老後になっていて、皆んなでお茶をすすりながら思い出を語るパターンだったら、キリ良く30話で完結出来るね!」
綾乃「打ち切り漫画みたいで斬新かしら?」
武志「打ち切り漫画みたいなら、使い古されているんじゃないかな」
綾乃「古いのは嫌だわ、それなら老後は止めときましょう」
武志「うん。綾乃姉さんがそう言うなら止めとくよ」
和麻「だから、後書きなんだから今回メインである俺の話題をもっとしろよ!」