風牙衆の一員として、この世に生を受けた私は、物心つく頃にはこの世に絶望していた。
理由なき差別、突然浴びせられる暴言、時には暴力まで振るわれることがあった。
どうして、このような理不尽がまかり通るのかと、泣きながら両親に訴えても、優しい両親は悲しそうな表情で私に謝るだけだった。
時が過ぎ、幼いながらも自分が置かれている状況を理解した時には、どうしようもない事だと諦めさえ生じてしまった。
どんなに今を頑張ったところで、過去の先祖達が行った罪は消せるはずがないのだから…
「申し訳ございません!」
何時しか私の口癖は謝罪となっていた。
謂れなき事でも頭を下げ、謝罪を口にすれば、罵声のみで許してもらえることを私は学習していた。
頭を下げる度に、私の中の何かが悲鳴を上げるのには、目を背けていたけれど。
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「どうして、あたしが謝らなきゃいけないのよっ!悪いのはあんたじゃない!」
そんな諦観の日々を過ごすある日、私はある少女と出会った。
「うるさいっ!風牙衆のくせに生意気を言うな!」
「風牙衆は関係ないでしょ!ぶつかってきたのは、あんたの方じゃない!どうしてあたしが謝らなきゃいけないのよ!」
直ぐに状況は理解できた。
理解できると同時に反抗する少女の未来が予想でき、恐怖で身体が震えた。
どうして、あの子は謝らないの?直ぐに頭を下げれば済む話じゃない。
なんなら土下座をすれば簡単に見逃して貰えるのに。
私には、神凪一族に逆らうあの子の気持ちが分からなかった。
そしてその後、私の予想通りに少女は暴力を受けて倒れていた。
私はそれを、物陰に隠れて震えながら見ていることしかできなかった。
「大丈夫?今、水を持ってくるから待っててね」
「こ、このぐらい慣れてるから、ほっといてくれていいよ」
倒れていた少女は、私の声を遮るように立ち上がると、傷ついた身体をフラつかせながら歩いて行こうとした。
「あの、家まで送るわ」
「止めときなよ。あたしに関わるとあんたまで神凪の奴らに目をつけられるよ」
情け無いことに、その言葉で私の出しかけた手は止まってしまった。
「あはは、ホントに気にしないでね。あたしも我ながらバカな意地を張ってることは自覚してるから」
そう言って笑う彼女の笑顔には微塵の後悔もなく、私の中の何かが激しく動揺した。
「ど、どうして貴女は謝らなかったの!頭を下げれば許して貰えたんだよ!殴られずに済んだんだよ!」
自分の中の何かが悲鳴を上げていた。
私はその悲鳴に気付く恐怖に耐えられなくて、激情のままに彼女を問い詰める。
「だって、あたしは悪くないもん」
あっけらかんとした彼女の返事を聞いた瞬間、私の中の何かが歓喜に震えるのを感じた。
「あ……そっか。そうだよね。私達は何も悪いことをしてないよね」
自然と涙か流れた。
先祖が犯した罪に怯え、
贖罪の為だけに生きる日々だった。
でも、いつも思っていた。
私は悪いことを何もしていないのに、いつまで償わなきゃいけないの?
「あたしは、自分が悪くもないのに謝るなんて我慢できないよ」
子供っぽい考えだと思う。
時には理不尽さに歯を食いしばり頭を下げるべきだと思う。
でも、
「先祖が罪を犯したからって、神凪に頭を下げる意味が分かんないしね」
私の先祖達が犯した罪は紛れも無い事実だから…贖罪は必要だろう。
でもそれは、
神凪一族に仕えることじゃない。
神凪一族に虐げられることじゃない。
「あたしは暴力なんかに屈してやらない。あたしの心に命令できるのは、あたしだけからね!」
その少女の言葉を聞いた時、私の中の何かが熱を帯びるのを確かに感じた。
「やっぱり貴女を家まで送るわ」
少女の返事を聞かずに私はその手を取る。
「だからあんたまで目をつけられるちゃうってば」
「それがどうかしたのかしら?」
私の言葉に、彼女は少し驚いたみたいだけど、直ぐに笑みを浮かべてくれた。
「ふふっ、あんたもあたしみたいなバカになっちゃったの?」
「いいえ、私は、私らしく賢く戦ってみせるわ」
「あはははっ、あんたって面白い奴だね。そうだ、あんたの名前はなんていうのよ?」
「人の名前を尋ねる場合はまず自分から…と言いたい所ですが、今回は私から名乗りますね。私の名前は…」
これが私の…ううん、私達の運命を変えてくれた『大切なあの人』に出逢う、
少しだけ前の思い出だった。