ボクは仗助、 君、億泰   作:ふらんすぱん

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本当に全くコメディ要素のない回ですけど更新しました。そこが好きな人はすみません。でも都合上は入れなきゃいけない話でした。話の都合上、上手く切れなくて、一万字オーバーで更新するんですが、そのせいで次の話は短くなってしまいます。七千文字づつ、二話で更新できれば一番いいんですけどね。






ひとりぼっちの勇気 1

 ただ叔父の家に遊びに来て悪戯心が顔を覗かせただけだった。

 だからこんな意味不明な状況に真は動揺する。

 叔父を問い詰めるべきか、それとも踵を返して一目散に逃げ出すべきなのか。

 少年は判断できず、その場で立ち上がることすらしない。

 

「身内が失礼をした。ふむ、愛しい君に紹介しておこうか。彼は私の大切な姉の息子で、愛するべき甥だ。ああ、二人の聖夜を台無しにされたからといって、怒らないでくれよ。まあ、怒った君もまた美しいので、私としては問題ないんだがね」

 

 叔父の口から出る歯の浮くような言葉の数々。

 普段であれば背中が痒くなるようなものだが、この状況では異常すぎる。

 

「ははっ、そのビデオカメラで私と彼女の愛を記録してくれるつもりなのかな?」

 

 余裕の表情でビデオに手を伸ばしてくる。

 真は危険を感じ、後ろに転がり庇うように懐にビデオを抱える。

 そしてもう一度叔父と、彼の握る手首の生々しさを確認した。

 それは玩具などのジョークグッズでは決してない。

 女性の手首、数カ月前この海鳴を舞台に起こった事件報道。

 真の優秀な頭脳が、理解したくもないことを教えてくれた。 

 

「連続猟奇殺人犯! 吉良、吉影――!」

 

 

 海鳴市で起こった若い女性のみを襲い、手首を収集する殺人鬼が目の前にいる。

 そしてどのような方法かは分からないがそいつは叔父の顔を貼り付けて、叔父として生活しているのだ。ならば。

 全てを理解した真の瞳から叔父を思う涙、そして言葉にならない吐息がこぼれた。

 

「ふむ、どうやらバレてしまったようだね。君は賢い子だな、本当の叔父さんの行方についても理解したらしい」

 

 涙の意味を理解し、叔父の顔でそいつは、叔父が絶対にしない表情で愉しそうに笑った。

 大切な家族と同じなのに、だからこそ吐きそうになるほどに嫌悪感しか湧いてこない。

 真は一歩ずつ後ずさり、入り口に移動する。

 

「ああ、それにその冷静さ。本当に君は賢い子だ。普通の子供ならパニックになり、無防備な背中を見せ一目散の逃走しようとするのに、私を警戒しながら、ゆっくりと逃げる機会を窺っている。――そうだな、それにその映像が私を破滅に追いやれるということを理解し、大事に確保しているのは、抗う意志があるということだ。どうだい、大声で泣き叫びでもすれば、誰かが助けてくれるかもしれないよ」

 

 吉良は薄ら笑みを浮かべ、真を挑発する。

 たしかにこのような状況で普通の子供なら、無防備な背中を晒して逃げ出すし、殺人の証拠などよりも、自分の命を優先する。

 いや、子供でなくとも、パニックを起こし、大した行動は取れないだろう。

 二度目の生を生きた真だから出来たのかもしれない。

 だがそれだけ。

 小学生に、成人男性を拘束する手段などない。

 今、真の手にある映像は、殺人犯を追い詰めるための刃にはなるが、少年を暴力から守る盾になりはしない。

 乾いていく口内、大声を上げて、助けを呼ぶことも考えたが、冬の外気の侵入を防ぐため閉じきった家の内からでは、隣人の家にまで確実に届く保証はない。

 せめて家の中心であるリビングからではなく、廊下でならば。

 攻撃ではなく、自分を守るために、手近にあった花瓶を投げつける。

 それに吉良が怯んでくれた間に、踵を返し全力で走りだす。

 

 ――だが、運悪く、いや真は恐怖していたのだ。緊張し、部屋の入口にあった電気コードを見落として、つまずき転んでしまった。

 

 すぐに起き上がればまだ間に合ったかもしれないが、転んだ拍子に飛んでいったカメラの安否を気遣い遅れてしまう。

 そして容赦なく伸びてくる殺人犯の右手。

 吉良の手には凶器はなかったはずだ。

 攻撃に耐え、逃げ出せるように覚悟を決める。

 

 ――だが、真の命を奪うための拳も、拘束するための腕も、何一つ飛んでこなかった。

 

「おいおい、大丈夫かい。さあ、これは君の大切な落とし物だ。受け取ってくれ」

 

 殺人鬼は拾ったカメラを真の掌にポンと置いた。

 

 ●

 

 そんな殺人鬼の奇行に驚いていたのは何も真だけではない。

 廊下に飛び出した真と吉良吉影、その二人を天井付近から観察している人間がいたのだ。

 いや、人間というのは正確ではない。

 上空にあったのは一枚の写真。

 風のない室内でゆらゆらと舞い上がっているそれの中には、寝巻き姿の頭頂部が禿げた老人が写っていた。

 ありえないことに写真の中の老人は左右に頭を移動させながら、慌てていた。

 写真の人物が動き出すことなど決していない。

 あるとするならば、それは超常の力、スタンド。

 

 老人の名は『吉良 吉廣』

 スタンド名は『アトム・ハート・ファーザー』

 

 苗字から分かる通り、数年前、癌により死亡した吉良吉影の実の父親、その幽霊だった。

 写真に写った空間を生命エネルギーごと隔離することが出来るスタンド。

 死亡後は己の魂を写真の中に閉じ込めて、こうやって息子の吉良の殺人を暖かく見守っている。

 

 偶然手に入れたスタンド能力を与える弓矢を使い、あの手この手で、あらゆる危険から息子を守ってきた。

 しかし今回ばかりは打つ手がないと諦めかけていたのだ。

 海鳴市での暮らし、吉影の穏やかなそれを決定的に崩壊させた二人の男女。

 空条承太郎、そして神埼那美。

 異常に鼻の効く那美と、圧倒的なスタンドパワーを誇る承太郎に吉影は追い詰められた。

 だが、隙をつき、瀕死の逃走。

 目をつけていたエステティシャン、辻彩の店を襲い、彼女のスタンドで、引っ張ってきた通行人と顔を入れ替えた。

 そして、入れ替わった本人を演じ、何も問題のない生活に戻ったはずだった。

 だが、ここで厄介な推察が上がる。

 なぜこうも簡単に吉影の正体がバレたのか。

 ほとぼりの覚めるまで、殺した女の手首を入手し弄ぶ趣味は控えようとしていた吉影が、我慢できずに手を出してしまった時にそれは判明した。

 一見、完璧な手際だった。

 通行人、そして過去、現在の自分にまるで接点のない女性を選び、誰にも目撃されない殺害現場を用意した。殺害後の死体でさえ、吉影のスタンド『キラークイーン』で爆弾に変えて木っ端微塵、痕跡の一つも残していない。

 だが、殺人から数十分後、現場から帰る歩道で、吉影は、見覚えのある急ぎ足の男女とすれ違っている。

 これで、答えが出た。

 

 ――神埼那美は、殺された人間の居場所がわかるスタンド使い、もしくはそれに似た能力なのだろう。

 中途半端な能力ではある。

 対象を自由に選べるならともかく、死んだ人間のみの追跡。

 だから顔を変えた吉影は安穏と暮らすことが出来たのだ。

 

 だがこの被害者を突き止める能力は殺人犯との相性が最悪だった。

 しばらくまた我慢の日々が続いたが、やはり限界にきた吉影は、海鳴の外での獲物の調達を行う。

 もちろん、那美の能力の効果範囲がわからない現在、承太郎達が普段海鳴市にいるからといって大丈夫だとはいえない。

 それに彼らが二人きりだとは限らないし、たまたま殺した獲物のそばに那美の協力者がいないとは限らないのだ。

 クリスマスの夜、これはある種の賭け。

 それに勝利して体に入れた至福の時間だった。

 海鳴から遠く離れた地で見つけた好みの女性。

 平穏な日々を送る地から遠く離れた場所で小さくなった彼女を捕獲しての殺人はどうやら那美に気づかれることはなく、もしくは彼女たちが現場に来る前に逃げおおせることができたのか。

 だが、良い目が出たあとの裏目。

 この少年が現れてしまった。

 当然、殺すことは出来ない。

 海鳴市内でのこと。殺せばたちどころに、承太郎達が現れ、真との関係からばれて吉影は終わりだ。

 だが、殺さなければビデオの映像で吉影は捕まってしまう。

 だから次善策は、ビデオを奪い、殺さずに真を拘束してしまうこと。

 

 ――だが、吉影は目の前の少年に命綱であるビデオカメラを手渡してしまった。

 

『おお、なぜなんじゃ! 吉影よ、早くそのガキの足をへし折り、拘束しろ!』

 

 吉廣は嘆き、息子に呼びかける。

 だが、吉影は一切の暴力を働こうとはしなかった。

 訝しがるが、警戒を解かず、真は後ろに下がる。

 そして懐から携帯を取り出した。

 

 

「ああ、そうか。電話の相手は警察か、それとも家族かな。誰かは知らないが一応、おまえに警告はしておいてやろうか。やめておけ」

 

 ようやく聞けた息子の楽しそうな脅し、だがそれを怯えととったのか、かえって真の決断を後押しした。

 三つのボタンを素早く押して、吉影から目を離さない。

 

 ――だが、それが繋がる前に携帯が独りでに二つにへし折れる。

 

 携帯以外に被害はなく真は無事だ。

 真は手の中、突然、逆向きに折れ曲がった携帯に意味不明なことだったろう。

 それ以上に吉廣は驚いた。

 スタンドの力があれば、携帯を壊すことなど容易いことだ。

 だが、スタンド使いである吉廣にすら、いつスタンドを使ったのか分らなかったのだ。

 本来、スタンドを行使するなら力ある幻像が確認できる。

 もし見えなかったとしたら、それは特殊なタイプのスタンドであるということ。

 だが、吉影のスタンドは近距離型で、その例外ではなかったはずだ。

 混乱する父親を残して、忌々しいと吉影は舌打ちをした。

 

 ●

 

「ああ、残念だ。どうやら君の携帯は『わたし』が壊してしまっていた『らしい』」

 

 吉良が何に対して落胆しているのか、そしてどうやって携帯を破壊したのか。

 その両方を理解出来ないことに、真の背筋は凍りつく。

 外からの干渉はなく、真の手のひらの中、見えない力が働き、破壊された。

 幼なじみの少女が使用する魔法と同じ、この世界に属しない力だろうか。

 推測している時間はなく、恐怖によって震える膝を、戦うためではなく生き延びるために無理やり抑えこむ。

 そして、助けを呼ぶべく――いや、ただの伸びてくる得体のしれない殺人鬼の手が恐ろしかっただけだ。

 それを必死に振り払って、走りだす。

 目の前にいる叔父の顔を持つ男はただの人間ではない。

 そこいらの隣人でしかない一般の誰かではだめなのだ。

 そう、自分も街も救ってれる特別な誰かを見つけなければ。

 未知の恐怖と、それに抗う理性。

 天秤にかけるには重すぎる現実。

 それを無視し、誰に助けを求めれば良いのか。

 その人はどこにいるのか。

 考えがまとまらないまま、目指す場所もなく少年は夜の街に消えていく。

 

 ――それを逃がしたはずの殺人鬼は、顔を歪めることはなく、ただゆったりと彼を追って歩き出した。

 

 ●

 幸せとはなんだろうか。

 それは、巨万の富を得ること。

 絶世の美女を傍らに置くこと。

 そんな誰もが羨むことなのだろうか。

 それとも、平凡ながらも、互いを理解し合える伴侶を作ること。

 豪勢な食卓ではなく、食べ飽きたお袋の味。

 きっとそのどちらも幸せであるのだろう。

 人によっては頂きに上がっていくその瞬間、そして頂上で見る景色を幸せとするものもいれば、傾斜のきつい登りもなく、深く空いた谷底も通らない、そんな平穏こそ幸せだというものもいる。

 この聖夜、ほんの少し前に『首を絞められ死んだはずの少年』を追いかける男――吉良吉影は後者だった。

 激しい喜びはいらない。その代償として絶望から遠ざかる。動物としての生き急いだ一生ではなく植物としての平穏を享受する。

 それが吉影の望む人生だった。

 そんな慎ましやかな彼の人生のたった一つの楽しみ――それは魅力的な女性から美しい手首を分けてもらうこと。ささやかな楽しみを根こそぎ奪っていったのは、憎き、神埼那美、空条承太郎だった。

 彼らは、海鳴市に暮らす吉影をあと一歩というところまで追い詰めた。

 最悪なことに、家に保管していたその当時の『恋人』が彼らの手に落ちたことにより、警察にまで追われることになる。

 吉影に備わった超常の力『キラークイーン』――触れた物を爆弾に変えるスタンド能力によって、今までの『恋人』達は手首以外の証拠の一切を残すことなく木っ端微塵にしてきた。だが、その一人との『別れ』が承太郎達の手によって破滅的なものになったのだ。

 平凡な人生に必要な、住居、社会的地位、それに付随する労働、その大半を奪われた吉影が逃げ延びることが出来たのは、幽霊になってもそばに居てくれた父のおかげ。

 父――吉良吉廣は息子の殺人性癖を理解し、守ってくれた。

 吉廣は海鳴市に住むスタンド能力者の大半を把握していた。

 その中から、窮地を逃れるために必要な者を選び出し、吉影は女性を幸せにすると評判のエステ店に駆け込む。

 そこで、店主であり能力者である辻彩を脅迫し、彼女の力で、道で適当に拉致した男性と顔を『交換』した。

 そう、顔を代え、街の人混みに紛れる吉影を補足することは出来ず、承太郎達から逃げおおせるはずだった。

 だが神埼那美の能力が、逃げ果せたあとでも吉影の行動を縛り付け、恋人探しを制限する。

 その後も父は、『弓と矢』を使い、承太郎達を倒すための能力者を見つけ、彼らを苦しめていたらしいのだが、吉影はその詳細を知らない。

 それ以上に吉影が、恋人との逢瀬を渇望し苦しんでいたからだ。

 若い女の肌を裂きたい。切り取った手首を舌や口内で舐りつくしたい。

 麻薬ですら、峠を越えれば衝動は薄れていく。

 だが吉影の欲望は時が経てば経つほどに濃厚で、狂おしい物に変わっていった。

 食事はストレスで何度も戻し、頬がこけて、日に日に睡眠時間が短くなっていく。

 我慢の限界を迎え、殺人犯は一世一代の賭けに出た。

 厄介な那美の能力の範囲外であると信じ、海鳴から遠く離れた地で新しい『恋人』を作る。

 手首を奪い死体を爆破しても、承太郎達に足どりを掴まれることはなく、賭けには勝ったはずだった。

 新たな恋人との甘い聖夜の逢瀬。

 恋人のために、手料理を振る舞い、血のように赤いワインで喉を潤す。

 

 ――しかし、それは開始からわずか十分で終わる。

 

 無粋な闖入者――吉良吉影が奪った顔の持ち主、その甥である少年によってだ。

 少年の手にあったのはどこにでもあるビデオカメラ。

 そのレンズは吉影と手首の仲睦まじい姿をしっかりと写していた。

 

 そこから先の事は詳細には覚えていない。

 気がついた時には、絞殺された少年の死体が転がり、吉影は己の爪をかみ、動揺を抑えようと必死になっていた。

 

 少年を生かしておくことは出来なかった、がそれが最悪の事態への引き金になることも予想できた。

 それでも、大声をあげ、助けを呼ぼうとするその声を、吉影は恐れたのだ。

 隣家の人間がほんの少しでも不審に思えばアウト、拘束しなければならない者が増える。

 彼らをキラークイーンの力だけで、生きたままという条件で、拘束することは不可能に近い。

 焦る吉影、少年の喉を締めるスタンドの両腕に必要以上の力が入ってしまのだろう。

 

 その結果、得たものといえば、ほんの少しの時間。

 それすらも、玄関にのドアを乱暴に叩く音で、終了する。

 

『ああ、なんということじゃ! 不味いぞ、吉影よ。奴らがやってきた!』

 

 奴らとは誰なのか。

 そんなものは決まっている。

 承太郎と那美のことだ。

 早すぎる到着は、何の偶然か。

 タイミングが悪くこの家の近くにいたのだろう。

 

 次に吉影が取った行動は、ただ人さし指と中指の爪をしゃぶるように噛み続けること。

 吉影の爪が割れ、血が噴き出している。

 子供の頃から動揺した時、喚いたりせず、その代わりに見せる癖。

 たとえ、いま玄関の扉の前にいる二人と対峙すれば、それだけで吉影はすべてを失うことになる。

 たとえ、二人を殺すことができたとしても、その際の戦闘の痕跡は残ってしまう。

 

 それに携帯電話で、すぐに吉影の情報は承太郎の仲間や警察に伝えられることだろう。

 

 顔の割れた吉影は一生追われ続けることになる。

 キラークイーンは強力なスタンドだ。だが、一度漏れた情報までどうにかする手段は持たず、決して万能ではない。

 人の命を弄んできた殺人鬼に、ようやく絶望が届けられるのだ。

 

 ――今宵は聖夜、人の口からは神に捧げる祈りの歌が。

 そして祈りはこの一夜に、これから様々な奇跡を呼び寄せる。

 

 ――それは、両足が不自由な少女の、世界の終わりを願う悪夢だったり。

 

 ――それは、魔導の杖を抱きしめた黄金の少女が、見送ってあげられなかった母と顔しか知らない姉と過ごすあたたかな楽園だったり。

 

 ――はたまた、終わりを願った張本人のくせに、素知らぬ顔で家族と一緒に世界を守った、満面の笑顔の車椅子の少女だったり。

 

 ――なぜか、海で瀕死で見つかった男の子たちのために、命を賭けなければいけないと、意気込む三人の少女たちの固い決意。そして都合よくそれを可能にした一人の巫女がその場に居合わせたこと。

 

 そのどれもが、何か一つかけていれば絶望にかわっていた。きっとその偶然は、たしかに聖なる夜の奇蹟だったのだろう。

 

 

 だが、皮肉なこと。

 この夜に始まった奇蹟の大安売り。

 それを誰より先に手にした幸運な人間はここで震え上がる殺人鬼だった。

 

『吉影よ、何をしておる! もう、何をしても無駄じゃ、今は全力で逃げるしかない! あの女、神崎那美は、警察とも繋がりあるようじゃ。死因を偽装することもできんし、そんな時間もない。今ここで運良く、あの二人を始末することが出来たとしても、その時間で、奴らの応援が駆けつけることだろう。四面楚歌、大勢のスタンド使いや警察に逃げ道を潰されること。そのような状況になるのだけは避けるんじゃ。今は、耐え忍んで――』

 

 父の切羽詰まった忠告。

 

 ――だが、耐え忍んでどうなるというのだろう。

 この状況から逃げ切れたとしても、まっているのは、常に警察や、承太郎達の追跡の目に怯え続ける逃亡生活。

 

 吉良が望む、静かで穏やかな安心の人生。

 そのささやか幸せを諦めろというのか。

 

「――まるか、諦めてたまるか! 私は、決して! この海鳴での平穏を逃したりはしない!

 いいか! 絶対にだ!」

 

 霊体の父が封じ込められている写真を掴み、吉廣に、そして自分に言い聞かせる。

 父は聞き分けのない息子を憐れむように涙を流し、それでも再度説得をと、体温のない死人の手を吉影に伸ばした。

 

 ――吉廣のパジャマの裾から黒い矢がこぼれる。 

 

「は? な、何が!」

 

 吉廣の疑問の声は、勝手に動き出し、吉影の左手に刺さった矢――スタンド能力を発現させる力をもったそれが、寄生虫のように、皮膚の下を移動していくことへの驚きだった。

 

 腕に潜った矢は、そのまま吉影の首筋、頸動脈を横切る。

 

「カハッ! な、こ、これ――?」

 

「こ、これは一体? 吉影をスタンド能力者に変えた時のように、再び矢が、吉影を選んだのか?」

 

 ただ、『矢』が吉良吉影を貫いた。

 それ以上のことは起こらなかった。

 

 ――文字通り、そこから後には何もない。

 

 だから語ることは何もない。

 これがこの夜の終わりだった。

 世界はそこまでだったのだ。

 

 ――そう殺人鬼吉良吉影が追い詰められた一度目の世界は。

 

 

 そして今、吉影の眼前には逃げていく子供の背中がある。

 

 吉影が『知っている』通りの『時刻』に、吉影と恋人との逢瀬を邪魔し。

 吉影が『一度見たことのある』恐怖を滲ませたその顔で、必死に『少年自身、初めてになる』『何度目かの』殺人鬼への抵抗を続け、助けを探す姿がそこにはあった。

 

 

 それが、殺人鬼の執念が発現させた奇蹟の能力――第三の爆弾、バイツァダスト(負けて死ね)だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 □●

 

 触れたものを爆弾に変える第一の能力。

 

 小型の戦車のような姿、熱源を探知し、自動的に追尾、自身を中心に爆破する遠隔自動操縦の特性を持つ、キラークイーンの一部。第二の爆弾『シアーハートアタック』

 

 そして今宵手に入れた、時間を吹き飛ばす最強の第三の爆弾『バイツァダスト』

 

 これらが揃い、キラークイーンはあの窮地をひっくり返した。

 

 この吉良吉影が絶望した時にだけ発動する新たな能力で、殺人鬼は爆風に乗って時間を遡る。

 真っ青になって死んでいたはずの偽の甥っ子は、元気よく、またあの扉から転がり込んできた。

 起ってしまった最悪を、全てやり直しにする反則じみた力。

 

 スタンド使いではない一般人にキラークイーンを憑依。

 そしてその人物の意志に関係なく、彼が吉良吉影のことを口にしたのを聴いたもの、彼から情報を得ようとするものは、皆、それがどんな力を持つスタンド使いであろうとも、瞬きもできないほどあっという間に爆殺する。

 そしてその爆発は、一時間という時を巻き戻すのだ。

 

 吉良を追跡する者にとっては避け得ぬ罠。

 追い詰めるために集めたはずの情報の中にこれを混ぜるだけで、彼らはこの世から一人もいなくなるのだ。

 

 しかもその時間に失われた物、そして命は『運命』として固定される。

 一度、バイツァダストの発動中に、死んだものや壊れたものは、何度、時が巻き戻ろうとも、壊れた時刻が訪れる度に、何の原因もなしに再び壊れる。

 たとえば、それは、まだ能力のことを理解していなかった吉影自身が慌てて壊した少年の携帯電話だったり、はたまた、某次元航行艦の艦長が大事にしている湯のみだろうと、一度壊れてしまえば、赤子を扱うようにどんなに大切にしても前触れもなく砕け散ってしまう。

 

 これは吉良吉影にとって、都合の良すぎる力。

 

 デメリットといえば、繰り返す時間を吉影が認識できないこと。

 発動中は、憑依された者を、殺人鬼自身を含む外敵からすら守るために、吉良吉影本人を守るスタンドがなくなり、無防備になってしまうこと。

 

 だが、これらは特に気にする必要はない。

 吉影を追う者達は、問答無用で攻撃を加えてくる悪人ではない。

 目の前にいるのが、殺人鬼であるという確信を得るまで強行手段は取れず、情報を集めることを優先する生ぬるい正義の味方たちなのだ。

 

 一緒にいる甥っ子を指して、こう言えば良い。

 

『私はこの子の叔父です。疑うのならこの子に確認してみてください』と。

 

 それだけで、時間は巻き戻り、死体が増えていく。

 

 

 そして繰り返す時間の中、少年がせっせと死体を積み上げてくれる。

 

 ――そう、海鳴に、吉良吉影の平穏が戻る時まで。

 

 だから、今はゆっくりと、少年の視界に常に自分が見えるか、見えないかといった速度で、彼の後を追えばいい。

 

 そうしていれば助けを探す少年はきっと、吉影のために、承太郎や那美を死体に変えてくれることだろう。

 隠し切れない笑みをしまうために、右手で顔をほぐす。

 それでも邪悪なそれは消えはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ●□

 

「どういうことだ? 人がいない?」

 

 そう吉影がポツリと呟いたのは、偽りの甥である真を追いかけて、街の中心、駅に向かう途中の事だった。

 

 街に明かりは存在する。

 クリスマスの電飾なども有り、普段よりも明るいくらいだ。

 だが、それを楽しむべき人間が何処にもいない。

 

「それに、響いているこの破壊音は、一体?」

 

 途切れることのない澄ませなくてもわかるその音は、大小繰り返し、吉影の耳に届いてきた。

 あれは、なにか光がビルの合間を飛んでいるのか。

 この距離ではそこまでしか判断できず、進むべきか、戻るべきかどちらが最良なのか。

 

 そうしている間にも、肩で息をし、真は必死に走り続ける。

 明かりがついているのに、やはり誰もいないビルの外階段を真は上がっていく。

 あの空の光が、危険なものなのか。

 そしてそれは、触れるべきではないものなのか、それとも放置しては不味いものなのか。

 高いところならば確認できるかもと、吉影も少年のあとを追う。

 

 ビルの屋上。

 そこから見えたのは、光を纏い空を駆る、二人の少女と。

 それを撃墜せんと、光線を放つ、銀色の髪の女だった。

 

 ――あれは何なのだろうか。

 

 吉影は言葉を失う。

 殺人鬼の力とは違う、陰惨としたもののない、気高くあたたかい生命の光。

 屋上の柵に寄りかかった真も目で追っているので、不可視であるはずのスタンド能力以外の物か。

 しばし呆けていた吉影は、逃げ場のない真がこちらを睨んでいるのに気づく。

 

「吉良吉影! ここからなら、彼女の力を借りられる。俺に手を出そうとしても無駄だぞ!」

 

 敵意に満ちた瞳。

 彼女とは空を飛ぶ、三人のうちの誰かなのだろう。

 

 真は先程までの恐怖に引きつった顔ではない。

 飛行や光線を放つ謎の力。

 たしかに彼女たちが敵に回れば、吉影を倒すことも可能かもしれない。

 少年の強気も理解できる。

 

 ――もっとも、『敵に回る』ことさえ出来ればの話なのだが。

 

 それを理解せずに、こちらを睨む真は、滑稽な事この上ない。

 

「ふむ。君はまだこの『無敵』のバイツァダストについて理解していないのかな? 携帯が壊れたということは一回は時を繰り返しているはずだ。少なくとも今は二周目より多いはず。君は理解力のある子供だと思っていたのだが――懇切丁寧にこの能力について説明をしてあげたほうが良いのかな?」

 

 空の上、吉影達に無関係な戦いを続ける彼女たちは、こちらのことに気づいてはいない。

 真が大声で呼び掛けないかぎり、巻き込まれることもないだろう。

 

 吉影は、少年に手を出さず、じっと見守る。

 空に浮かぶ彼女たちが何なのか、好奇心はある。

 だが吉良吉影が静かに暮らすためには排除するべきだろう。

 じっと少年が彼女たちに助けを叫ぶのを待った。

 

 ――だが、少年は下を向き動こうとしない。

 

 何だ、いまさら声も出ないほど怖気づいたわけでもあるまい。

 首を傾げるも、圧をかけるため、彼のもとに一歩踏み出してみる。

 

「――きゅ、う、は、ち」

 

 すると、俯く少年の口から小さな声が漏れている。

 

「何だ? 助けを呼ぶならもっと大きな声を出すべきじゃないか?」

 

 吉影は最初、それを少女達へのものだと思った。

 

「――ろ、く、ご――している」

 

「何だって? もう少しボリューム上げてくれないか」

 

 ――顔を上げた少年と、殺人鬼の視線が交差した。

 

「――理解している。さん、に」

 

 そこで気づく。

 少年が俯いていたのは腕に巻いた時計を確認するため。

 

 ――ゼロ

 

 カウントダウンよりも早く、少年が走る。

 逃げるためにではなく、吉良に向かって。

 

 助走をつけた、頭からの体当たり。

 

「っく! 何のつもり、だ!」

 

 大人と子供。

 体格差のある吉影を吹き飛ばすことは出来ず、それでも不意を疲れ数歩よろめいたせいで、右手の柵に押し付けられた。

 だが、それだけ。

 そこから柵を超え、吉影を落とすことなどできるはずもない。

 

「ふん、これで終わりか? まあ、子供にしては頑、張っ、」

 

 少年の抵抗を嘲笑うつもりだった吉影の言葉が止まる。

 真が笑っていることに気づいたからだ。

 

「おい、何がおかしい!」

 

「理解、している。って言ったんだよ」

 

「何?」

 

「だから、おまえの能力については、『懇切丁寧に』過去のおまえが教えてくれたって言ってるんだ! そっちこそ、理解力がないのか!」

 

 腰に抱きつき、今度は少年が殺人鬼を間抜けと罵る。

 そこで初めて、吉影は真から注意を離す。

 小さく憐れな羊でしかなかった少年を収めた視界を、上に向ける。

 驚愕し、その場を離れるため、少年を突き放そうとするが、真はそれを許さない。

 

 

 ――吉良と真の頭上、歪曲し、落ちてくる紫の魔導の光が二人を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●

 だが、屋上の二人は無事だった。

 

『っく、あなた達、こんなところで何をしているんですか! ここは危険です、早く逃げてください』

 

 そう警告を残して、すぐにフェイト・テスタロッサ、その場を飛んで離れる。 

 

 ――一般人である吉良吉影と真の二人。彼らに直撃するはずだった闇の書の砲撃魔法を、金の髪の少女はシールドで守り、言葉を返す暇もなく颯爽と飛び去っていく。

 

 

 二人のことを残して離れたのはこれ以上戦いに巻きないためなのか。

 

「ふふ、たしかに彼女は頼りになる。君だけじゃなくてこの私まで救ってくれたんだ! ああ! お礼を言いそびれてしまったね。今度代わりに伝えておいてくれないか。残虐非道な殺人鬼が感謝しているってね!」

 

 冷や汗を流した殺人鬼は、目論見が外れ絶望しているだろう少年を確認するために、視線を下げた。

 

「――吉良吉影、おまえはやっぱり理解力がないのか? じゃあ、俺も説明してやる。あの闇の書の攻撃は無差別にばらまかれたものの一つでしかないんだよ!」

 

 

 ――少年の瞳に抵抗の火は消えていない。

 

「なっ!」

 

 理解し、殺人鬼の顔から笑みが消える。

 

「だから、ここまでおまえを連れてきた。あの魔法は俺たちを狙ったわけじゃない」

 

 コンクリートの床に亀裂が走る音がする。

 

「そう、本当は、『誰もいない』この屋上に放たれたものだったんだ」

 

 真と吉影がいたから、フェイトは砲撃を防いだのだ。

 

 本来、『助けるべき人がいない屋上』、それをわざわざ守る心優しき魔法使いは存在しない。

 

 

「ああ、屋上に向かう砲撃を、『誰も防いでくれなかったんだよ』!」

 

 亀裂と亀裂が交わり、二人を支えていた床は一気に瓦解する。

 

「あれだろ。つまり、この屋上はおまえの言う破壊の『運命』で固定されたんだよな!」

 

 運命の力によって崩れていく屋上から脱出しようと、吉影は足を伸ばす。

 だが、彼のシャツの裾を、真は思い切り引っ張る。

 

 殺人鬼は少年を睨みつける。

 少年は、これから訪れる痛みに対する恐怖を押し殺し、目を見開いた。

 

 崩壊していく地面。

 

 ビルの屋上から二人は真っ逆さまに落ちていく。

 




バイツァダストって原作でも説明されていないところがあるのでそこは少し補っています。次回も読んでいただけると嬉しいです。

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