オーバーロード~至高の人形使いと自動人形~   作:丸大豆

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三話

第六階層 アンフィテアトルム―――――

 

 

 

「おー…〈根源の火精霊(プライマル・ファイヤーエレメンタル)〉か。 随分懐かしい」

 

「80レベル後半の最上位クラスの精霊ですね、お父様」

 

僕等が六階層の円形闘技場に到着すると久方ぶりに見る召喚獣についテンションが上がり、種族名を口にしてしまった。

すると隣に居たマキナはドヤ声で補足説明を加える。

 

無表情でドヤ声って……まぁ、可愛いから良いけど。

 

「正解だ、マキナ。 ソウソウさんの教育が良かったのかな?」

 

僕の代わりに彼女の発言に応えたのは先に来て待ってくれていたギルマスのモモンガさんだ。

マキナは慌ててお辞儀をし、モモンガさんはそれに対して「構わない」と軽く手を振る。

相変わらず守護者の前では格好付けてるけどこれは致し方ない。

右も左も上も下も分からない中で周りにいる者達も敵か味方かも分からない、そんな状況じゃ気を張りっぱなしにするしかないからね。

 

「どうも。 もしかしなくても『アレ』、モモンガさんが召喚(よ)びました?」

 

僕が精霊を指さすとモモンガさんは若干声に疲れを見せて小声で話しかけて来た。

 

「細々とした事が終わってふと、自分で自分の身を守れるのかと不安に思ったもので」

 

モモンガさん曰く僕が人形を使える、ニグレドに会いに指輪を使用するという行動を取ったからナザリック内の魔法、道具の使用可は確認したも同然なので万が一の為にゴーレムの設定の書き換えをしていたらしい。

それから此処に来て初級の魔法から試して最後に呼び出したのがあの根源の火精霊(プライマル・ファイヤーエレメンタル)、と。

 

ギルドの長なのにどんと構えられないのがこの人の悪い所でもあり、良い所なのだ。

実際、以前からその丁寧な仕事振りで僕の様な感覚型が存分に働ける環境を用意してくれていた。

 

「あれはアウラとマーレ! モモンガ様、なぜあの二人が“遊んで”いるのですか?」

 

今度は闘技場中央を観察していたマキナからの質問が来た。

彼女が言ったアウラ、マーレはこの第6階層の守護者を務める双子の〈闇妖精(ダークエルフ)〉だ。

僕も見てみれば二人は火精霊と戦って……いや、マキナの言うとおり確かにアレは“遊び”だな。

ユグドラシルでは10レベル差の同条件であれば勝つのは至難の技、階層守護者はレベルが100でそれが二人掛かりでは決着はとっくに見えている。

 

「何だマキナ? お前も遊びたかったのか?」

 

「いえ、その様な事は………」

 

モモンガさんの威圧的な作り声に思わず縮こまるマキナ。 遊びたかったんだろうな。

 

考えてもみれば僕は彼女を殆ど前線には出していなかった事を思い出す。

前にナザリックに1500人だったかが攻め込んで来た時にも性能は100レベルの戦闘特化NPCだというのにこの子を工房に待機させていた。

理由は実在の人物をモデルにしていた為、他のプレイヤーにバレてしまうのではという危惧と単純に麻紀ちゃんと同じ姿をした彼女が消えてしまう事に僕が耐えられなかったからだ。

あの時はギルドの皆の厚意でそれが許されていたがこの状況では通用しないだろう。

何より彼女はもう「マキナ」という一人の生命なのだ、成長して貰わなければならない。

 

「良いんじゃない? 折角だからマキナの実力を見せて貰おうじゃないか」

 

「ソウソウさん…? 分かりました。 マキナ、お前が遊ぶ事を許そう」

 

「…! ありがとうございます! お父様、モモンガ様!」

 

「ただし、武器は最弱の物にして。 アウラとマーレの楽しみが減ってしまうからね」

 

「はい! お任せください!」

 

そう言ってマキナは着脱式である左袖の蝶のカフスボタンを外して右手の中で握りしめる。

するとそれは瞬時に一本の銀の槍に変わった。

柄には芋虫が蛹(さなぎ)に変わるまでの過程が紋様として刻まれている。

これが僕がデザインした武器の一つで彼女の最弱装備、〈蛹(クリサリス)の槍〉だ。

しかしこれで十分。 僕が彼女に与えた二つの神器級(ゴッズ)アイテムの内の一つがあれば。

 

 

「〈家族の絆(ネクサス・ファミリア)〉 〈武装化(アームド)〉 〈起動(オン)〉」

 

 

マキナがワードを唱えると彼女の黒髪に変化が生じる。

腰まであった長さはさらに伸びてまずは右腕に巻きつき、それは槍にまで及び、最終的には腕と同化した一分の隙も無い漆黒の槍と化す。

次に左足の周りへと一纏めにされた髪が感覚を空けた螺旋状に足先まで伸びてスプリングと成る。

左足を落とし、右手を獲物に向けた彼女は次の瞬間―――――

 

 

衝撃波を残して僕とモモンガさんの視界から消えた。

 

 

まず最初に異変に気付いたのは六階層守護者、〈マーレ・ベロ・フィオーレ〉

彼は創造主から「気弱」と設定されているので自然と危機察知能力は双子の姉より高い。

元々乗り気ではなかったこの遊びだが盟主の命と姉の為に後衛に徹した事もあって、そろそろ終わりを迎えようという時に感じた黒い殺気。 

自分に向けられた物では無いというのにほんの少しだが冷や汗が流れた。

 

次に気付いたのは同じく六階層守護者、〈アウラ・ベラ・フィオーラ〉

勝気な彼女は久々に運動できる機会を盟主から貰い、これで決着と思った瞬間、それを視認した。

長らく見ていなかった領域守護者の目は爛々と輝き、滅多に変わらないその顔はまるで人形の口に頬まで鉈で切り込みを入れたかの様なゾッとする笑みを浮かべていたのを。

そしてそれは自分の獲物のすぐ目の前に迫っていた。

 

最期を迎えたのはモモンガが召喚した〈根源の火精霊(プライマル・ファイヤーエレメンタル)

スタッフの力で本来より能力を底上げされているとは言え、本能のままに戦う存在でしかない。

その本能が理解する。「どう足掻いても自分はこれから絶対に、確実に殺される」のだと。

最上位に近い元素精霊はその存在を確認する事無く―――――

 

 

パンッ―――――

 

 

そんな音と共に「掻き消された」

 

 

 

「〈武装化(アームド)〉〈解除(アウト)〉」そのワードと共に彼女の“遊び”は終わった。

 

後に残ったのは呆然とする階層守護者二人と髪の安定化と同時に槍をボタンに戻し、普段の無表情を顔に張り付けた領域守護者が一体。

突如訪れた静寂はしばらく続くかと思われたが、それを破ったのは他ならぬ本人であった。

 

「ども。 アウラ、マーレ、元気だった?」

 

「マ、マキナさん……お、お久しぶりで……」

 

「ちょっとマキナ! あんた久しぶりに見たと思ったら何よ急にあたしの獲物を横取りして! しかも何!? あの顔!? シャルティアの本性も真っ青の恐怖体験だし!!」

 

彼女の挨拶を律義に返そうとする弟を押しのけて姉からのマシンガン抗議が始まった。

 

「そんな事言わないでよ~、特にお父様には絶対に。 しくしく」

 

「ホント、あんたはいいかげんその声と顔を一致させなさいよ! 後、泣き真似すんな!!」

 

「お、お姉ちゃん……落ち着いて…」

 

弟の心配に「うるさい!」と返すとそのまま元凶である自動人形に食ってかかる姉の姿。

だがそこには久しぶりに会った仲間に対する温かみも感じられた。

 

 

そんな彼女達を見つめる二人の至高の存在、モモンガとソウソウ。

彼等は先程の達人であれば息を呑むほどの守護者達の攻防について話し合っていた。

 

「うん、これもう(どう動いてるか)わかんねえな」

 

「いや、一撃って……初動が全然見えなかったんですけど」

 

悲しいかな彼等は元、一般人(パンピー)なのだ。

達人の動きなんて分かるワケ無いのだ。

 

「でも、本来なら〈家族の絆(ネクサス・ファミリア)〉は全身装備がデフォですけど、僕等が『遊び』って指示を出したから右腕と左足、しかも左足は形態変化をしてましたしこれは……」

 

「私達の指示外の判断をしている、つまりはNPC達は『成長している』と見て間違い無いですね」

 

モモンガさんの言葉に僕は頷く。

これを脅威と取るか祝福と取るかは今後の僕等の対応次第だろう。

 

神器級(ゴッズ)アイテム、〈家族の絆(ネクサス・ファミリア)

神器級アイテムとは簡単に言えばとんでもない手間と金を掛けた自作アイテムだ。

マキナに与えた二つの内の一つであるソレは僕の同種であるエルダー・ナイト・ダークネスをアホみたいに狩って超レアなデータクリスタルを必要数集め、素材となる特殊繊維もバカみたいに集めた。

そうして出来たのが彼女の髪の毛を構成する神器級アイテムだがその能力は三つあり、一つは「硬度調節」時には身を守る鎧、時には伸縮自在のバネへと形態を変える。

二つ目は「装備効果付与」巻きついた武器に強化効果を与えるのだが、そのレベルがランク通りの桁違い、奴(装備)は最強桁違い。

三つ目ともう一つ神器級アイテムの説明は省く。

階層守護者レベルの相手でなければまず使う事は無い能力なワケだし。 無いよね? 使う事。

 

ちなみに僕の外装、ミルキーウェイも神器級アイテムだ。 効果は機会があれば紹介しよう。

 

 

 

セバスが衝撃的な報告をして来たが、ニグレドから得た情報とすり合わせる為に全員が集まったら互いに皆の前で報告しましょうという業務的な話が終わった僕等がその後、装備談義をしていると(一方的な)言い争いを終えた女子二人と男子一人がこちらに戻って来た。

 

「ソウソウ様! うわぁ! 本当に帰って来られたんだ!!」

 

「ソ、ソウソウ様! ひ、久方ぶりのご帰還、お喜びも、申し上げます!!」

 

僕が帰って来た事に素直に喜びの声を上げるアウラ、しゃくり上げながらも丁寧な言葉で帰還を喜んでくれるマーレ、実に対照的な双子だ。

そしてごめんね……二人ともそんな顔をさせて。 

 

しかし昔から解せない事が一つある。

姉であるアウラが男装、弟であるマーレが女装しているという点だ。

僕は製作者のぶくぶく茶釜さんと話していた時の事を思い出す。

 

『ソウソウっち。 「かわいいは正義」って言葉をどう思う?』

 

『それは無量大数理あると思います』

 

『ならさ、かわいさの前には世の中の道理とかモラルはかなぐり捨てるべきじゃない?』

 

『それは一理無いと思います』

 

結局、あの話は平行線を辿ったまま茶釜さんとは会えなくなったがこうして命を持った二人を見ていると「アリかな?」と思ってしまった。 

茶釜さん……できる事ならば再び会って貴女に謝りたい。 

「かわいいは正義」は全てを許さざるを得ない言葉だったとッ!

 

「しかし見事な……。 三人とも……素晴らしかったぞ」

 

僕が二つの意味で過去の自分を殴りたい衝動に駆られているとモモンガさんは三人に労いの言葉を掛け、あまつさえ、あまつさえ運動して喉が渇いた生身の二人に〈無限の水差し(ピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーター)〉から注がれたキンキンに冷えた水を振舞っているではないか。

 

「やっぱりモモンガさんは気遣いの骨やでぇ」という思いと同時に気持はさらに凹み、それが極限まで達すると最初にマキナに顔を覗き込まれた時と同様に心が平常化する。

この感覚、本当にどうなってるんだ? 

冷静になれるのは有難いが冷静になった分怖くもなってくる。

僕の心は今、本当に「東博幸」という人間の物なのだろうか?

 

まぁ…今はモモンガさんと同じく、頑張った三人を労う事にしよう。

 

「本当に皆、良くやったね。 僕からはこれをあげよう」

 

そう言って僕がアイテムボックスから出したのは二つのキャンディ。

ユグドラシルでは一時的に能力を少し上げるという、戦闘が終わった後では効果の無い物だが10歳位の年齢の彼女達には丁度良いだろう。

 

「そんな! モモンガ様に続いてソウソウ様まで!? いただくわけには……」

 

「そ、そうです! 至高の方々の所持する物を分け与えて貰うなど……」

 

二人とも目を丸くして驚き、言葉は尻つぼみになる。

別に高価な物でも無いのだから遠慮しなくても良いのに……それとマキナ、自動人形故にモモンガさんから水を貰えなかったからって二人の後ろで僕があげた指輪を構えてゼ○シィの表紙飾ってるかの様なポーズを取るんじゃない!

お蔭でモモンガさん「彼女には何をあげれば…」って本気で悩み始めてるじゃん!

もうやめな! ウチのギルマスに精神的腹パンかますのやめたげてよぉ!!

 

「……僕は二人ともナザリックにとって必要な存在だからこれをあげたいんだ。 それに、子供の内から我慢を覚えたら融通の利かない大人になってしまうよ」

 

そう言って僕は二人の頭を髪を伸ばして優しく撫でた。

二人はくすぐったそうに眼を閉じた後、おずおずと僕の人形の手からキャンディを受け取る。

 

「…ありがとうございます! ソウソウ様!」

 

「…こ、この褒美に恥じない働きをおひゃ、お約束い、致します!」

 

二人は感謝の言葉の後にキャンディを口に入れ、「あまーい」と満面の笑顔になる。

僕の姉の息子、甥っ子も遠慮がちな子だったからどうもダブって似たような対応をしてしまった。

だけどやっぱり子供は笑顔が一番良い。

 

「お父様、私も我慢しない事にしました。 お父様が良ければですが撫でて欲しいです」

 

「まったくもう、この子は………」

 

僕はマキナの頭に人形の右手を乗せて―――

 

「ぎゃふぅ!」

 

その右手を左手で叩く。 ハンバーガー手遊びの要領である。

 

「うぅ~~~~……」

 

そのまま右手で普通に撫でる動作に移行した。

 

「モモンガさんも撫でてやってください、このワガママっ娘」

 

「あ、はい……」

 

アラサ―童貞二人が自動人形の頭を撫でている後ろで階層守護者の双子は小声で雑談する。

 

「モモンガ様はもっと恐い御方だと思ってたけどとっても優しくてあたしビックリしちゃった」

 

「う、うん……ソウソウ様もいつもは何をお考えか分からない御方だけど凄く温かったよね」

 

「ね! 流石は至高の御二方! あたし達の仕えるべきご主人様!」

 

「お二人の期待にお応え出来る様、が、頑張ろう! お姉ちゃん!」

 

人間だった頃より感覚が鋭敏になっている所為か双子の話を一言一句逃さず聞いてしまったその至高の御二方は今の体に感謝していた。 

人のままだったら絶対に顔が赤くなっていただろうから。

八つ当たり気味にマキナの頭を撫でる手の力を強めようとしたその時、知覚内に〈転移門(ゲート)〉が出現したので二人はまるでエロ本を同時に取ろうとしてお互いに慌てて引っ込めた男子中学生を彷彿させる素早さで手を離す。

 

「どうやら、わたしが一番でありん……ソウソウ様!? 槍娘まで!?」

 

新たな階層守護者が現れた事で身が引き締まるかと思われた空気は現れた本人の所為で霧散する。

これからどのように守護者達のキャラを把握すべきか思案する至高の二人であったがそんな中、ソウソウの頭には場にそぐわない疑問が浮かんだ。

 

「(槍娘って単語……男子中学生10人が聞いたら何人が反応するんだろう…?)」




足のスプリングの元ネタは「バネ足ジャック」黒博物館スプリンガルドでも出てたヤツです。

槍の名前を蛹(クリサリス)にしましたが「装刀凱(ソードガイ)」みたいに呪われた品ってワケではありません。

何気に神器級アイテムの名前を考えるのに一番時間が掛かった…。
こういうのポンポンと考えられる人が羨ましいです、ホント。

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