オーバーロード~至高の人形使いと自動人形~   作:丸大豆

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二話

第五階層 氷結牢獄―――――

 

 

「うわあぁぁぁ!!!!」

 

「ぎゃあぁぁぁ!!!!」

 

「ヒイィィィィィ!!!」

 

至高の四十一人、タブラ・スマラグディナの新しいNPCのお披露目会の様子は正に阿鼻叫喚だった。

誰もが“ソレ”の恐ろしさに絶叫を上げる様に製作者はニッコリ。 

挙句の果てにはパニックになった何人かが“ソレ”に全力で攻撃をしようとした時、一人のメンバーがぽつりと呟いた。

 

「………綺麗だ」

 

その一言で攻撃しようと身構えていた者、未だに叫び続けていた者、冷静さを取り戻していた者、

製作者、さらには当のNPCすらも時間停止の魔法にかけられたかのようにその動きを止めた。

 

 

――――――――――

 

 

そして現在、第五階層 氷結牢獄―――――

 

 

氷に覆われた見ただけで寒いこの場所でさらに寒いのが此処、《氷結牢獄》だ。

外装は場所にそぐわない大変メルヘンチックな作りで僕からすればこの異質な感じが今、

中に居るのであろう女性よりも遥かに怖い。

本体が髪という事もあって炎、氷結対策は前々からしているので寒さは特に感じないし、

傍に居る僕の娘も自動人形なので問題は無い。

かと言ってそのままというのも薄情な気がして僕は娘に声を掛ける。

 

「マキナ、寒さは感じるかい?」

 

「いえ、全く。 むしろお父様より頂いた指輪を嵌めた箇所が溶けそうなくらい熱いです」

 

…わかった、この話はやめよう。 ハイ!! やめやめ。

アルベドがモモンガさんに時折向ける熱い視線といい、何この子達!? 凄く怖いんですけど!?

惚れた人と同じ顔、同じ声の所為かスッゲー複雑! どう返していいのか分かんないよ!!

 

そんな僕の葛藤を知ってか知らずかマキナは話しかけてくる。

 

「お父様、この館には多くのアンデッドが潜んでいるのですね」

 

「スキルを使ったのか…名前の通り此処は《牢獄》だ。 罠よりも彼等に任せた方が安心できるのさ」

 

「そういう事でしたか。 シモベの皆さん、屑共を逃さないよう頑張ってください!」

 

館に入った時にも感じたが、シモベ達が一礼したという気配が髪から伝わる。

どうやらNPCだった皆と同様に僕やモモンガさんに今の所、敬意を向けてくれているようだ。

しかし女の子が「屑」って……容赦ないな。 

まぁ、初心者だった僕をPKしようとした連中は発言が中々に屑だったのは覚えているが。

 

「……と、そろそろだな」

 

「そろそろですか」

 

「うん。 マキナ、そこの壁に手を差し出してみてくれ」

 

僕の言うとおりマキナは壁に手を差し出すと白く透明な手が現れ、彼女の手に赤ん坊の

カリカチュアが落とされる。

マキナが発した可愛らしい「ヒィッ」という悲鳴は無視だ。

何事も経験が大事だと僕も父から教わった。

 

「……ど、独特な人形ですね」

 

「実際、気味は悪いよ。 “そういう風に”タブラさんが作っているからね。」

 

僕は彼女から人形を受け取り、それをしげしげと眺める。

確かに造形は醜悪だがそれ故に製作者であるタブラさんの強い“こだわり”を感じられるのが

人形作家としてはとても嬉しい。 この奥に居る女性に対してもそう思う。

 

「では、行こうか。 覚悟は良いね?」

 

「覚悟を……するんですか?」

 

娘の無表情から繰り出される泣き言は華麗に無視。

残骸となったフレスコ画が描かれた扉を開き、何百もの姿なき赤ん坊の泣き声が輪唱する室内へと足を踏み入れる。

 

 

 

その中央に居るのは揺りかごを奥ゆかしく揺らす黒い喪服の女性。

僕達という来客が来たにもかかわらず、長い黒髪で隠した顔を俯かせ、何も言葉を発しない。

 

「お父様がわざわざお越しになられたというのにその態度は……」

 

「良いんだ。 会った事は無くても彼女の役目は知っているだろう? この対応も役目の内さ」

 

手をかざして娘を制するとそれを合図と捉えたのか彼女は揺りかごを止め、中に入っていた赤ん坊の人形を取り出す。

 

「ちがうちがうちがうちがう」

 

そう呟きながら彼女はフルスイングで人形を壁にぶつけ、破壊する。 正直、ココが一番辛い。

タブラさんもその思いを汲んでくれてか僕の手伝いをやんわりと断ってたし。

 

「わたしのこわたしのこわたしのこわたしのこぉお!!」

 

彼女が歯をガチガチと鳴らしたのを合図に部屋のそこらじゅうから泣き声の発生源である十レベル後半のモンスター、【腐肉赤子(キャリオンベイビー)】がずるりと湧き出す。

僕は映画を観てても「セットに金掛けてるな」という観かたをするのでこの演出もタブラさんに対して「どれほどの代償(金)を払えばこれだけの演出を…!!」と感心しきりだったなぁ。

 

あ、デカ鋏をどこからか取り出した。 来るか。

 

「おまえたちおまえたちおまえたちおまえたち、こどもをこどもをこどもをこどもをさらったなさらったなさらったなさらったなぁあああ!」

 

「………ハッ! 殺気ッ!?」

 

「だから大丈夫だって。 絶対に攻撃するんじゃないぞ」

 

僕がどうやら放心状態だったらしいマキナに声を掛けたその時、彼女は離れていた距離を一瞬で詰め、僕に鋏を突き立てようと大きく振りかぶって―――

 

 

 

そのまま動きを止めた。

 

 

 

僕は静止した彼女をよく観察する。

細く美しい手足、女性なのだと感じさせる体つき、そして長髪の下に隠されていた皮膚の無い顔に付いている子供を狂おしい程に求める必死な目、それを見て思わず口から出た言葉は……

 

「綺麗だ」

 

いつも通りだった。 こういう時に語彙が乏しいのを実感して毎度凹む。

 

「待たせて済まない、ニグレド。 君の子供はここだよ」

 

彼女は僕が差し出した人形を大切な物であるかのようにゆっくりと受け取った。

 

「おぉおおおお!」

 

彼女はもう二度と手放さないと言わんばかりに慈しみを込めた抱き方で揺りかごに人形をそっと戻す。

そして僕らの方に向き直り―――――

 

「これはこれは、お久しぶりでございます、ソウソウ様。 そして会うのは初めてになるわね、マキナ。 私がニグレドよ、今後ともよろしく」

 

優しさを携えた声を聞かせてくれる。 うん、想像通りの声質だ。

 

「あ…………ハイ、こちらこそよろしくお願いします」

 

「いつも人形を渡すタイミングをずらして申し訳ない、ニグレド」

 

「あのような事をなさるのはソウソウ様くらいです。 その上、私の事を綺麗などと……」

 

「本心を言ってるだけなんだが……嫌だったのなら今後はやらないけど?」

 

「いえ、女として容姿を褒めて頂けるのはこの上ない喜びです。 何より至高の方々の意向に逆うという権限も考えも私にはありませんので」

 

 

 

「権限」ね―――――

僕が試したかったのは同士討ち(フレンドリィ・ファイア)が解禁されてるか否かだ。

NPCだった頃のニグレドはシステム面で僕等に危害を加えられなかった。

初お披露目の時に動きが止まっていたのでそれは確認している。

では意思を持っている現在、ニグレドが攻撃を止めたのは何故か?

忠誠心? まだ設定が残っている? 後でモモンガさんと相談すべきか……。

 

「まぁ、それはそれとしてニグレド。 今日は君に頼みがあって来たんだ。 探知をお願いしたい」

 

「了解しました。 それは生物の方でしょうか? それとも無生物の方でしょうか?」

 

「ナザリック周辺一キロの知的生命体の確認を。 居ないのであれば徐々に範囲を拡大して」

 

「承りました。 しばらくお待ちください」

 

ニグレドは情報系に特化した〈魔法詠唱者(マジック・キャスター)〉だ。

高レベルNPCであった彼女の魔法が使えないとなるとはっきり言って死活問題で、この先生き残れない、なんてギャグもギャグで済まない事態に陥る可能性が高い。

 

「発見いたしました、が」

 

「〈水晶の画面(クリスタル・モニター)〉をお願い」

 

彼女に指示を出して起動させた水晶の画面に浮かび上がる光景は蹂躙された村。

 

手当たり次第に家は焼かれ、人が切り裂かれ、串刺しにされ、踏みにじられた後の様だ。

こんな状況で生者が居るとは……居た、体が半分焼け爛れながらも同じ状態になった赤子を抱きしめて離さない5,6才くらいの男の子の姿だ。

 

「此処はナザリックとどれ位の距離がある? この惨状を起こした者達は僕達の存在に気付くと思うかい?」

 

「いえ、距離に関しては問題ありません。 周辺に強力なマジックアイテムを使用した痕跡も無いので私達の存在に気付く可能性は今の所、限りなく低いと言って良いでしょう」

 

ニグレドは淀みなく僕の質問に答えていった。

しかしその眼は死にかけの子供達から一瞬たりとも離す事は無く、暫くして二人が事切れるとほんの少しだけ瞳を伏せ、肩を震わせる。

 

「もう良い、ニグレド。 探知はこれで打ち切りだ」

 

そう言って僕は人形の体でニグレドの肩を抱く。

 

彼女は最初の寸劇の通りに「子供を深く愛する」という設定を付けられている。

それはたとえどんな種族であってもだ。

僕は自分の本体である髪の毛を伸ばして悲しみに震える背中をさすってあげる。

体温の無い人形よりはマシかも、という程度だが昔、母がやってくれた様な力加減でポンポンと叩く。

 

すると情けない所を見せるわけにはいかないとばかりに持ち直し、さすっていた手と髪を「もう大丈夫です」という意味を込めて優しく、しかしはっきりと拒絶する。 

本当に、強い女性だと思う。

 

「申し訳ありません。 至高の方々の一人であるソウソウ様に気を遣って頂くなど……」

 

「構わないさ。 君のその優しさがナザリックの皆の救いになっているんだ。 勿論、僕も」

 

「いえ、至高の御方の命令に私情を挟んでしまった私に罰を、お与えください」

 

こうして会話してみて分かったけど、ニグレドって結構はっきりと自分の意見を言うタイプだったんだ……やっぱり話す事って大事なんだな。

しかし、罰ってやった事ないよそんなの……むしろ子供の頃は姉から拳骨食らってたし。

けど、やらないとこういう気持ちって絶対に後に引くんだよな……そうだ!

 

僕は自分の体(髪)を一房彼女の口元に持って行く。

 

「ニグレド、噛むんだ」

 

「え!?」

 

あ、ビックリされた。 まぁ、当然か。

同士討ち(フレンドリィ・ファイア)の解除がされたのか知りたかったからだけど、やっぱり髪を噛むって不衛生だよな…。

でも他に生身の部分って眼球しか無い訳だし「目を噛め」よりはまだマシな方じゃないか?

嫌だって言うならコレは罰になるだろ! 多分!!

 

「言い方が悪かったね…“命令する”、噛め」

 

「………はい、分かりました」

 

そう言ってニグレドはおずおずと自分の口に僕の髪を含んだ。

 

「ん………く……んぅ…」

 

全然、痛くないように優しく噛んでるし…これは攻撃されてるって認識で間違って無いよね?

「マキナどう思う?」という視線を娘に向けると、

 

「(ギリッ……ギリリッ………ギリリリィッ)」

 

目を両手で隠す(指の隙間からバッチリ見えてる)お決まりのポーズで歯ぎしりしてた。

女の子が歯ぎしりなんてはしたないって言おうとしたけどそもそもこの子がこういう行動を取ってるって事は―――――

 

 

『ソウソウさん、聞こえますか?』

 

「モモンガさん!?」

 

何でモモンガさんの声が……〈伝言(メッセージ)〉か!

急に恥ずかしくなってきた事もあって僕はニグレドに髪を噛むのを止めさせると急いで返信する。

 

「どうしました? 伝言(メッセージ)の存在すっかり忘れてましたよ」

 

『私も今、思い出したのでギルメンに一斉送信してみたのですが……返信はソウソウさんだけですね』

 

「そう……ですか」

 

薄々勘付いてはいたけどやっぱり他のメンバーは居ないか……。

ギリギリで帰ったヘロヘロさんだけでも、と思ったがその思いは裏切られたようだ。

 

『ええ……ところで、情報は集まりましたか?』

 

「はい、何とか。 至急、そちらに向かいます」

 

『ゆっくりで構いませんよ。 私も今、六階層に着いたばかりですし』

 

「……? 玉座の間で何かやってたんですか?」

 

『い、いや! 別に!! 大した事はしていませんけど!!!』

 

うわ、キーンってなった。 頭の中がキーンってなったよ今。

明らかに何か隠してるな……後で詳しく訊こう。

 

「まぁ良いです。 それじゃあ、切りますね」

 

『了解です。 お待ちしてますから』

 

その言葉を最後に伝言(メッセージ)は切れた。

そして別れの挨拶をする為、僕はマキナと共にニグレドに向き直る。

 

「悪いけど今は急いでいるのでそろそろお邪魔するよ。 探知、ありがとう」

 

「ホントウニアリガトウゴザイマス、ニグレドサ…ぐふっ!」

 

可愛い娘の頭にチョップ。 あんまり構ってやれなかったからって不貞腐れないの。

きっとシズだってしないぞ、そんなロボ喋り。

 

「いえ、私も可愛いらしい方の妹の様な恥ずかしい真似を…大変失礼致しました」

 

可愛いらしい方……アルベドとルベド、どちらの事を指しているんだろう? 

むしろ恥ずかしい真似させたのは僕の所為だし、そんなに気に病まないで欲しいのだが…。

 

そして僕達はニグレドの部屋を去る為にドアに手をかける、すると―――

 

「ソウソウ様。 タブラ・スマラグディナ様の御友人である貴方様に再びお会いできて私、誠に嬉しく思います。 

マキナ。 私は此処から離れられないから良ければまた顔を出して頂戴? ソウソウ様の娘であるアナタともゆっくり話をしてみたいの」

 

「はい、ニグレドさん。 私にもタブラ・スマラグディナ様のお話を聞かせてください」

 

綺麗所が和やかに話をしているという光景はこの何がどうなっているのか分からない状況で少なからずストレスが溜まっていたソウソウにとって正に癒しの空間だった。

だがそんな光景も本人の不用意な一言で瓦解する。

 

「今日は無理をさせてしまったし、ゆっくり休んで。 元気になったらまた(探知の)続きをしたいから宜しく頼むよ」

 

「―――ッ! はい…承りました」

 

「(ギュルルルン)ッ!?」

 

ニグレドは何か覚悟を決めたかのように恭しく頭を下げ、マキナは一世紀以上前に流行ったニンジャ小説のキャラクターなら爆発四散したであろう頭部の360度回転を実現した。

自動人形ならではの可動域である。

 

 

第五階層 白亜の大地―――――

 

 

「お父様。 お父様の仰ったとおり、ニグレドさんは大変素敵な方でした」

 

「なら今度はアルベドや他の女性陣と一緒に行ってきたらどうだい? 女性同士の方が話も合うだろう」

 

「はい、そうさせて頂きます。 私は絶対に………負けません」

 

「何に対して?」という台詞を飲み込み、僕は先程のニグレドの言葉を思い出す。

 

 

『タブラ・スマラグディナ様の御友人である』―――――

 

僕にとってタブラさんは尊敬する相手だった。

ギミック担当者の一人であるあの人とは互いが作ったモーションに「アリだな」、「無いわー」と軽口を叩きあったり。

作品の方向性の違いから本気で喧嘩をしてクッション役であったモモンガさんやペロロンチーノさんに迷惑を掛けたり。

もう一人のギミック担当のるし★ふぁーさんや行動AI担当のヘロヘロさんの四人で「ゴーレムの何処に弱点部位を付ければネカマやネナベを一挙に釣れるのか?」という今にして思えば馬鹿馬鹿しい議論を朝までやっていた事もあった。

 

タブラさんの創造した娘であるニグレドはそんな僕等の事を“友達”と認識してくれていた。

こんなに嬉しい事は無い。

 

だからなのだろうか、そんな彼女を悲しませた惨状を作ったであろう者達に対して僕は―――――

 

 

殺意が湧いた。

 

 

どんな理由で村を襲ったのかは知らないが大切な仲間の娘の心に傷を負わせたんだ、僕の作った操り人形には相手をバラバラにする機構を持った物もあるからそれを使うのも悪くない。

蘇生できない位に刻んで……いや、敢えて蘇生させて心が擦り切れるまで責め苦を与えよう。

問題はそいつ等が殺せる相手かどうかだが、そこはモモンガさんに報告した後で………って僕、こんなに物騒な事を考える様な人間だったっけ?

 

 

彼は娘を伴い、盟主の待つ第6階層へ向かう中で自分の精神の変化に戸惑う。

しかし、もっと重要な変化に彼はまだ気付けなかった。

 

 

虐殺された村人と、最後に事切れた年端もいかない子供達に何の感情も抱けなかった事に……。

 




首が360度回転するヒドインがいてもいいじゃない、オバロだもの。

ギルマスは妹の胸を揉み、ギルメンは姉に髪を噛ませる、とんでもないギルドですね。

ニグレドは原作のアルベドと話してる時のサバサバした感じが一番好きですが
子供達を守る為、ペストーニャさんと共にアインズ様に抗議した時は正直、二人に滾りました。

ソウソウ&マキナの二人は本編のアインズ&アルベドよりも距離感近いです。
自作NPCだし。

しかし、ダブルヒドインを差し置いてこんなにヒロインらしくニグレド書いてしまってええんか?本当にええんか?

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