オーバーロード~至高の人形使いと自動人形~   作:丸大豆

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※ソウソウの事(リョナ)後があります。


一八話

エ・ランテル墓地 霊廟付近―――――

 

 

〈―――蛹の抱擁(クリサリス・ハグ)

 

サウス―――マキナ・オルトスは〈蛹(クリサリス)の槍〉のレベル七十クラスの攻撃を防ぐ防壁を張る効果を持った銀の蛹の最大十機の内、一機を援護に来たナーベラルに回し、自身は槍一本で敵であるカジットが召喚した二体の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の攻撃を捌く。

 

「最初は増援が来たかと思ったが、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)には刺突武器の効果が乏しい!

結局、防戦に回るだけしか出来無いというのに此方に来るとは馬鹿の仲間は所詮、馬鹿という事よ!!」

 

「……下等生物(ベニコメツキ)如きがソウソウ様の大切な―――」

 

「ナーベちゃん、フォローしてくれるのは嬉しいんだけど其処まで。 

私は防御に徹して“観察”してるから、アナタはあの華奢なトカゲを殴っちゃって」

 

ナーベ―――ナーベラル・ガンマは現在、制限を掛けた状態であり、マキナもそれは同様だ。

それでもマキナは今の装備でも瞬く間に骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を破壊する事は可能だが、それをしないのは目の前の男に“利用価値が有るか無いか”を見極める為に他ならない。

 

「ねぇ、毛無し。 結局、お前は私の武器の効果(クリサリス・ハグ)を抜けない程度のトカゲしか召喚(よ)べないの?

しかもそれは、その〈死の宝珠〉とかいう価値の低そうなアイテムが無いと無理?」

 

「……この死の宝珠の価値が分からぬ愚か者とは…何処までも哀れな存在だ…。

見た所、おぬしの防御魔法は強大だが一人分にしか回せぬから攻撃が通る相手に割くのが道理。

であれば、おぬしを殺してしまえば何の問題も無いではないか!」

 

「サウスさん、防御はもう結構です。 ゴミ風情をこれ以上、調子付かせる必要はありません」

 

「……アンデッド化した人間だから実験材料として持ち帰りたかったんだけど、ここまで身の程を弁えてない発言をされると確かに『殺しても良いかな』って気にはなってくるよね」

 

この男自体には然程価値が無いと判断し、後は組織だって動いているのかを確認しようとした所、声の主から離れているにも関わらず彼女達の耳にはっきりと“命令”が届く―――――

 

 

「ナーベラル・ガンマ! ナザリックが威を示せ!!」

 

「マキナ・オルトス! 〈蝶の槍(バタフライ・ランス)〉の使用を許可する!!」

 

 

自らの主が放った“制限解除”の命令に二人は毅然とした表情で頷いた。

 

「……御心のままに。 このナーベラル・ガンマ、全力を以って対処致します」

 

「……了解しました、お父様。 マキナ・オルトス、一部制限を解除致します」

 

彼女達が命令の聞こえた方角を向いたのを好機と見てか、二体の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の前足がナーベラルを、巨大な尾がマキナを叩き潰そうと振り下ろすが―――――

 

「―――〈転移(テレポーテーション)〉」

 

ナーベラルは魔法に依って遥か上空に退避し、〈飛行(フライ)〉で自由落下する体を空中に固定して緩やかに、そして瀟洒に地面へと降り立つ。

 

「…まさか本当に〈飛行(フライ)〉まで使えるとは…しかし、おぬし一人だけ逃げおおせせる事は出来た様だが、もう一人の方はどうやら、ひしゃげて潰れてしまった様だな」

 

カジットが指した方角を見れば確かにマキナは一切の回避行動を取らなかった様で、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の尾が地面に叩きつけられて微動だにしていないのを確認出来た。

しかし、ナーベラルは勝ち誇った表情を浮かべたカジットを一瞥した後に冷笑する。

 

下等生物(ゾウリムシ)の見る目の無さは滑稽さを通り越して最早、憐れみすら感じる程ね。

至高の御方の一人であるソウソウ様の最高傑作として創造されたマキナさんがあの程度で本当に倒せるとでも思っていたの?」

 

「……至高の御方? 創造された? さっきからおぬしは何を訳の分らぬ事を―――――」

 

 

“ボゴンッ!!”

 

 

ナーベラルの発言の意図が分からずカジットが聞き返そうとした瞬間、マキナを潰した筈の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の巨大な尾が一瞬で“粉砕”されたのを目にして驚愕する。

 

「―――強弱関係無く嫌いなんだよね、『大きい物が潰しに来る』ってシチュエーションが。

お陰で私の“頭の中に居座っているヤツ”が泣くんで鬱陶しいったら無いよ」

 

粉砕された事によって生じた骨粉の中で、マキナは傷一つ負っていない身でありながら一人、銀の槍を持っていない方の手で頭を抱えていた。

 

「―――なっ!? まさか、刺突武器に耐性を持つ骨の竜(スケリトル・ドラゴン)をその槍で破壊したとでも……」

 

「別に〈蛹(クリサリス)の槍〉でもトカゲの尻尾壊しなんて余裕なんだけど…ナーベラルちゃん、折角だから一緒にお色直ししよっか?」

 

「はい、マキナさん。 喜んで」

 

マキナの合図と共に二人はローブとマントの肩口を掴んで一気に引き剥がすと―――――

 

「至高の方々に忠誠を誓う戦闘メイド(プレアデス)が一人、ナーベラル・ガンマ。

下等生物(ニンゲン)風情がこの姿を見れる事を光栄と思い、感激に咽び泣きなさい」

 

「至高の方々の一人であるソウソウ様に創造されし最高傑作の自動人形(オートマトン)、マキナ・オルトス。

僅かでも勝てると希望を与えてしまったお詫びに私達が極上の絶望を味わわせてあげる」

 

 

装備に内蔵された速攻着替えの効果により、ナーベラルは戦闘用の装飾が施されたメイド服に、

マキナは普段の細やかな刺繍が施されたパンツスーツと本来の球体関節へと一瞬で換装を完了し、

投げ出したマントとローブが空間に仕舞われると同時に名乗りを上げる。

 

 

「――――――――はぁあっ!?」

 

二人の美女が一瞬でメイド服と見慣れない服装に身を包んだ事にカジットは僅かの間、呆然としていたが二人の自信に満ちた表情に警戒レベルを上げて骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に一人一体ずつ攻撃を命じる。

 

「さてナーベラルちゃん、魔法詠唱者(マジック・キャスター)として舐められた溜飲を下げようか」

 

「マキナさんも槍使い(ランサー)としての力、存分に揮って下さい―――〈次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)〉」

 

―――制限を掛けていた時の煽り言葉が余程腹に据えかねていたのか、ナーベラルは転移魔法でカジットとの距離を一瞬で詰めて背後に回り、“まずは”漆黒の剣の遺品である黒い短剣で彼の左腕を肩から切り離した。

 

「―――がっ!? ぎゃあぁぁあああ!!!」

 

「……やれやれ、この程度で痛みで泣き叫ぶなんて見た目通りの軟弱さなのね?」

 

「いやいや、下等生物(ニンゲン)風情に私達位の覚悟を求めるのは流石に酷でしょ?

でも、その情けない表情(ゼツボウ)は悪くないからもっと色濃い物にしてあげようか―――――」

 

そう言ったマキナが次に取った行動は蛹(クリサリス)の槍を保持したままで右袖のカフスボタンを外し、全長一メートル半の蝶の紋様が施された黄金の西洋槍(ランス)、〈蝶の槍(バタフライ・ランス)〉を顕現させる。

 

「防御用の蛹(クリサリス)の槍と違って蝶の槍(バタフライ・ランス)は完全な攻撃用。

本来ならこんな骨トカゲには勿体無い能力だけど見せてあげる―――〈蝶よ花よ(バタフライズ・フラワーズ)〉」

 

彼女の宣言と共に黄金の西洋槍(ランス)は光り輝き、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の頭部に金色に輝く大輪の花という名の“照準”が定められる。

そして次に西洋槍(ランス)から放たれるのは同じく金色に輝く蝶の大群。

マキナはソレを周りに展開させながら頭の中に居る“同居人”に語りかける。

 

「(相変わらず殺すのは嫌って顔してさ……結局、アンタは何者なの? お父様と関係あるの?)」

 

彼女―――マキナには誕生してから片時も離れずに頭に“同じ顔をした女”が住み着いている。

その女はマキナが殺意や嫉妬に駆られると悲しそうな顔をし、ソウソウやアインズ、ナザリックの者達に慈しみの感情を向けている時は自身の様な不器用な笑みでは無く、本当に“魅力的な顔で笑う”のだ。

 

故に、マキナは自分と同じ顔をしているのに自分よりも綺麗に笑う事の出来る“その存在ごと”塗り潰すかの様に、より凄惨な笑みを浮かべながら獲物に蝶の槍(バタフライ・ランス)の矛先を向ける。

 

「―――“目障りだから…さっさと消えてくれる?”」

 

彼女の口から無意識に出た言葉と共に、黄金蝶の大群が骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に襲い掛かり、一瞬でその体の半分を跡形も無く“消滅”させた。

果たして先程の言葉は骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に対してか、頭の中に居る名も知らない女に対してか、それは口にした彼女自身にも分からない…。

 

 

 

「………魔法に絶対の耐性を持つ骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を容易く屠る…だと?

何故、今まであの様な切り札を隠していたのだ……一体何の為に―――」

 

「今回使用したのはアンデッドだから聖属性だったけど、マキナさんの持つ〈蝶の槍(バタフライ・ランス)〉の効果は『第八階位までの各属性に対応した魔法蝶を召喚する』という物。 そして―――」

 

 

“ドガガガガガガガガガッ!!!”

 

 

一跳びで骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の残った半身の真上を取ったマキナは自由落下に任せながら両手に携えた武器で目標を粉々に“突き崩す”。

 

「刺突武器への耐性もあの方のレベルなら何の問題も無く突破する事が可能。

第六階位までの魔法しか無効化が出来ない上、あの様な粗雑な骨組みにマキナさんが手加減されていたのはお前という下等生物(アメンボ)の底を覗く為でしか無かった事は理解出来た?」

 

「……“第八階位の魔法”だと? あ、ありえ…無い」

 

もう一体の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の後ろに隠れながらも絶望の表情を浮かべているカジットを見下ろしながらナーベラルは自身の仲間の実力に満足気な微笑みを向ける。

 

「ナーベラルちゃん、解説ありがとね。 残りのトカゲはどうするの? “叩く?” “消す?”」

 

「……そうですね。 あまり至高の御方をお待たせする訳にも参りませんし、

下等生物(ノミ)に私の実力を見せつける為に“一撃で消す”事にしましょうか」

 

「なら、消すのはトカゲだけにして。 この毛無しにはまだ訊きたい事もあるし」

 

「ふざけるなッ!! 儂はまだ、まだ負けた訳では無いッ!! こんな所で―――」

 

カジットは最期の悪足掻きとばかりに骨の竜(スケリトル・ドラゴン)をナーベラル達にけしかけるが、当のナーベラル涼しげな表情で目の前に迫る竜の魔法耐性を打ち消す程の威力を持つ呪文を無慈悲に詠唱する。

 

 

「了解しました―――――〈二重再強化(ツインマキシマイズマジック)連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)〉」

 

 

彼女の放った二本の雷撃の龍は骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の全身に絡みつき、その身を徐々に、しかし確実に崩壊させて最終的にその存在を完全に消滅させた。

 

それを確認したマキナが無表情ながらも満足気に彼女を褒め称える。

 

「うん、御見事。 魔法が使えない身としてはナーベラルちゃんが羨ましくなっちゃうね」

 

「いえ。 マキナさんに比べれば私の力など微々たる物でしかありません」

 

 

 

二人の美女が完全に「終わった感」を出している中で暫く放心状態だったカジットは我に返り、

心に沸々と湧きあがる怒りで目の前に立つ存在を睨みつけた。

 

「……儂のこの街での五年間の準備、三十年以上待ちわびた悲願の達成、それを…それを無に帰すとはおぬし等は何様だ!! 何の権利があってこの様な事を―――――」

 

長年の悲願と自身を守る術を失ったカジットは切り離された左腕があった部分を握りしめて涙目になりながらもその元凶達に恨み言を放つが、それは彼の頬に銀の槍が貫通して途中で止まる。

 

「―――はがっ!? は、は、ほぁ………」

 

下等生物(アナタ)の目的なんて私達の知った事じゃないのだけど?」

 

「ナーベラルちゃんの言う通り。 でも、今から槍を引き抜いてから一分以内でお前の素姓を訊くから、それに価値があれば生かしてあげる。 価値が無い様だったら―――」

 

「刻んだ後に七割を“お土産”として持って帰るから、無い頭を使って必死で考える事ね」

 

冷酷な表情で見つめるメイドと恐ろしげの嗤っている女を目にしたカジットは心底震えあがりながらも、そんな彼女達が“至高の存在”と呼んでいた者達に畏敬の念を抱き始めていた…。

 

 

――――――――――

 

 

「―――ぜひ  ぜひ ぜひ ぜひ ぜひぜひぜひぜひぜひぜひぜひ……」

 

「ふむ……どうやら、拷問経験があると精神に耐性が出来て記憶が読み取り辛いらしいな。

こんなに耐えた“個体”は初めてだけど情報をそこまで得られないんじゃ苦しめるだけか…」

 

「や…めで、ぜひ……もうやめで…くだ ぜひぜひぜひ さ…い」

 

「おいおい、まだ工房で君がやった「お遊び」の半分の時間も経ってないんだよ?

なんなら僕の人形の“熱した洋梨”を“再び”君に使う拷問に変えてあげようか?」

 

僕がクレマンティーヌと言う名の女にまずやった責め苦は“窒息地獄”だ。

彼女に使用した自作の道具(アイテム)、〈銀の機械蟲(シルバー・バグズ)〉のユグドラシル時代の効果は「超小型の機械蟲が対象の体内に入って“魔封状態”にする」という物だったのだが、陽光聖典の生き残りの魔法詠唱者(マジック・キャスター)

試した所、「対象を“窒息させて”呪文を使えなくする」といった効果に変貌していた。

しかも蟲が入っている間は飲まず食わずでも死なずに苦しみ続ける仕様になった事でデミウルゴスとニューロニストの二人からは「流石はソウソウ様で御座います!」とか絶賛されたんだよな…。

 

そして彼女が窒息して十分に転げ回った所でナーベラルに預けていた分を除いた、漆黒の剣の所持品だった三本の短剣で裂かれた右腕以外の四肢を地面に“縫い付けて”頭脳支配(ブレイン・ジャック)で頭をグチャグチャに覗きこんだ。

お陰で彼女の辛い過去やら、スレイン法国の特殊部隊である〈漆黒聖典〉から抜けて来たという事は分かったが、先程も言った拷問経験の所為で所々が虫食いでしか情報を得られず、このスキルの欠点を知る事が出来たのでそれが最大の収穫、と言った所かな?

 

「アインズさん……やっぱり、スレイン法国こそが僕等の“敵”に成り得る可能性が高いですね。

漆黒聖典最強の番外席次“絶死絶命”……もっと詳しく知りたかったが“コレ”じゃもう無理か…」

 

「……連れ帰って拷問してもソウソウさん以上の成果が得られたかは不明なので、

一先ず今回はその情報で満足しておく事にしましょうか……お疲れ様です」

 

虫食いの情報を埋める為に彼女の口から髪を潜り込ませて体内(ナカ)を丹念に掻きまわし、肉体を痛めつけて見たが効果は薄かった様で「やっぱり責め苦を与える事に関してはニューロニストに任せておけば良かった」と若干、凹んでいた僕にアインズさんは優しく声を掛けてくれる。

本当にギルマスは良い人だ……涙腺が残ってたら絶対に涙ぐんでいたよ。

 

 

「アインズ様、お父様(は、裸ッ!?)……お待たせしてしまい、大変申し訳ありません。

害虫駆除を終え、マキナ・オルトスとナーベラル・ガンマ、只今戻りました」

 

帰って来た二人に僕等が目を向けるとマキナがクレマンティーヌの相方であるカジットと呼ばれた男を“右腕以外がもぎ取られた状態”で連れて来ていた。

当の本人はかなりのグロッキーだったが、僕等の人外としての姿と僕が弄くったお陰で顔の排泄物と吐瀉物で汚れきった相方の姿を見て驚愕している様だ。

 

「ん? ソレを連れて来たのかい?」

 

「はい。 この男自体には価値はありませんが、所属している組織には利用価値があると思い、

遺体代わりに腕一本以外をこの場に残す事にしました」

 

「確か…“秘密結社ズーラーノーン”だっけ? なら、コイツは要らないね」

 

僕はそう言うと髪を足の形に変えてクレマンティーヌの心臓部分に静かに下ろす。

 

「主犯の死体は必要だから今から君を殺すワケだけど……最後に何か言い残す事はある?」

 

「ぜひ…ぜひぜひぜひ……い…ぎ…だい…ぜひ……()にだ…く、ぜひ…ない」

 

可哀そうな過去のお陰で狂人としての外れない仮面を被る事になり、今はようやくソレが外れて

幼い子供としての顔を覗かせた彼女の最後の言葉を受けた僕の返答は―――――

 

 

「い  や  だ  ね」

 

 

記憶を覗いて知った彼女が今まで殺した弱者(ニンゲン)の泣き叫ぶ表情…には特に何も感じないが、ンフィ―レア君とニニャさんの涙を堪えながらも必死で僕等が来る事を信じて祈り続けた表情、それを愉しそうに奪っておいて自分は死にたくないなんて虫の良過ぎる話じゃないか。

そのまま僕は“足”に力を込め、彼女のアバラ骨をバキバキとへし折っていく。

 

「―――かぁ! ご、ぎゃ……ぜひ ぜひ ぜひぜひ…ご…ひゅぅ」

 

「あればの話だけど、君が行くのは彼等と違って地獄だ。 先に向こうで待っていろ、屑が」

 

「言い忘れていたがクレマンティーヌ……私もソウソウさんも非常に我が儘なんだよ」

 

アインズさんの言葉が罪人(クレマンティーヌ)に届いていたかどうかはもう判別出来ない。

何故なら、その頃には彼女の心臓があった部分に風穴が空いており、絶命していたからだ。

 

 

その後はクレマンティーヌの死体から銀の機械蟲(シルバー・バグズ)を回収し、彼女の内容物で汚れてしまった体をアインズさんの無限の水差し(ピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーター)で洗い流していると隠れさせていたらしいハムスケが僕達の安否を心配してか、こちらにちょろちょろと駆けて来るのを見て殺伐としていた心が癒されるのを感じる。 やっぱり、ペットの存在って大事なんだなぁ…。

 

「むむっ!? 姿は変われど…マキナ殿とナーベラル殿、でござるか……って、ゲェー!!

な、何でござるか、この凄い化け物達は!? と、殿ー! 御大老ー!」

 

うーん……本性を見せて無かったとは言え、こうも露骨に僕等の姿に驚いて警戒態勢を取られるのは流石にショックだな。

動物って飼い主がギプスしただけで姿を判別出来ないって聞いたけど、現状はそういうレベルを超えてるんだろうし、仕方ないんだけどさ…。

 

まぁ…取り敢えずはこれ以上騒がれると門の向こうに居る人達に気付かれるかもしれないし、

声を落として貰おう。

そう決めた僕は出会った頃よりも気持ち優しめにハムスケを拘束し、体を撫でる事にした。

 

「ハムスケ、僕等だよ。 ビックリさせちゃってゴメンね」

 

「…その穏やかな御声と優しい撫で方は御家老! となれば、もう一人は…殿でござるか!?」

 

「……その通りだ。 もう少し声を抑えろ、喧しくて敵わん」

 

「なんと……御二人とも一目で想像を絶する力を有しているのが理解出来るその御姿!

このハムスケ、御二人により一層の忠義を尽くす所存でござるよ!!」

 

「そう……でも僕からも言わせて貰うけど、もう少しだけ声を落としてくれないかい?」

 

「ご、御大老! それがしの熱い忠義の誓いにその様なつれない態度は―――ぐえっ!」

 

僕が体を離しておざなりな態度を取ると抗議の言葉を放ったハムスケをマキナとナーベラルが軽めに吹っ飛ばす。

 

「お父様に(裸体で)だ、抱きしめて貰ったにも関わらずその態度……無礼にも程があるよ」

 

「全くです。 アインズ様、ソウソウ様、やはりあの様な愚劣な生き物は殺処分すべきかと」

 

「…森の賢王は生かしておいてこそ有益な存在だ。 二人ともやめておけ」

 

「それより僕等はこれからンフィ―レア君の救助に向かうから君達は―――――出で座せい、〈クール・ボックス〉」

 

僕はそう言って宅配人形を取りだす。

初見時にビビった事を思い出したのかギルマスは一瞬ビクリと体を跳ねさせたがそれは無視。

 

「奴等の持ち物を回収して価値がありそうな物はこの中に、判断に困る物は後で僕等に訊く事」

 

「―――では、お父様。 この下等生物(ハゲネズミ)は入れる物で宜しいでしょうか?」

 

マキナに言われ、存在をすっかり忘れかけていた死にかけに取り敢えず話しかけてみる事にしようかな……ってうわっ、良く見ればコイツ頬に穴空いてるじゃないか。 水とか飲め無さそう。

 

「…で? 君は僕等に何を求めるんだい?」

 

「…貴方達こそ…生と死を自在に操る正しく……神!

我が母を…甦らせて頂けるのあれば、儂の知り得る情報を全て、お渡し致します……」

 

ウチの娘達から何を聞いたのか知らないが、ほぼ達磨みたいな状態にされて息も絶え絶えだというのに彼の僕とアインズさんを見る目は畏怖と羨望が合わさって爛々と輝いている。

マキナから話を聞けば、どうやら僕等に宗旨替えすれば自分の望みが叶うと信じているらしい。

 

「あっそ。 言っておくけど余計な事をしたらさっきのクレマンティーヌ以上の責め苦を味わわせるつもりだから、そのつもりで宜しくね」

 

「も、もちろんで御座います……あの女の様な馬鹿な真似など決して―――――」

 

その言葉を最後まで聞く事は無く、僕はカジットを鮮度保持の為にクール・ボックスに入れる。

働き次第で望みは叶えるつもりだけど、その後の処置はアインズさんと話しあって決めよう。

目的の為にとは言え、信仰対象をコロコロ変えるなんて完全には信用できない人種だし。

 

「後はあの下等生物(ニンゲン)が所持していたアイテムなのですが―――」

 

「ナーベラル、それは後で確認する。 今はマキナ、ハムスケと共にソウソウさんの命令を完遂せよ」

 

「「はっ! 了解致しました!!」」

 

アインズさんの言葉に二人が頭を下げたのを確認し、僕等はンフィ―レア君が囚われている霊廟へ向かう事にする。 まずは彼を助けなければ頼まれたリイジーさんに申し訳が無いしね。

 

 

 

「………二人とも、痛いでござるよ」

 

マキナとナーベラルの軽めの仕置きにひっくり返りながらも復帰したハムスケは体をぶるぶると震わせながら彼女達の元へと戻って来た。

 

「至高の存在であるアインズ様とお父様の命令に即座に対応出来ないノロマな生き物なんて、

たとえ御二人が許しても私達を含めた他のシモベが許さない、という事は肝に銘じて置く事」

 

「次に同じ様な失態を犯せば今度は物理的にでは無く、魔法による罰を与える。

御二人の御指示通り死なない程度に加減するけど、とびきりの痛みを与えるからそのつもりで」

 

「分かったでござる……だから二人ともそんな冷たい目で見るのはやめて欲しいでござるよ…。

しかし、殿と御大老の威光溢れる新たな御姿…力強くも美しくもあり、それがし驚愕してしまったでござるが、同時にそんな御方達に御仕えする事が出来、誇らしい気持ちでござるな」

 

そのハムスケの言葉にナーベラルはほんの少し表情を崩し、マキナは近寄って体を抱きしめる。

 

「その通りよ。 御二人の素晴らしさを理解出来るとは、あなたも多少は見所があるようね」

 

「そうだね(モフ)、そんな素晴らしいお父様(モフモフ)に抱きしめて貰えるという最上の御褒美を頂いた以上(モフモフ)、今まで以上に御二人の為に働きなさい(スーハースーハー)、ハムスケ」

 

「それは勿論! しかしナーベラル殿…マキナ殿は何故、それがしの体を抱きしめて匂いを嗅いでいるのでござるか? くすぐったくてしょうがないでござるよ…」

 

「マキナさんは御父上であるソウソウ様の温もりを間接的にでも感じたいから……ですよね?」

 

「うん…後はハムスケの獣臭さの中にありながらも僅かに残るお父様の高貴な(かほ)り……ニグレドさんは良いなぁ…こんなの直に嗅いだら頭がフットーした後に爆発しちゃうよぉ…」

 

「………ナーベラル殿、流石にこの状態は―――――」

 

「黙れ。 マキナさんは基本的に頼りになる方だけど“たまに”こうなるの。 理解なさい」

 

「(お父様の匂いに“アンタも”良い笑顔してるじゃない! 私はアンタの事が好きじゃないけれど、『お父様を大切に想ってる』って点では同志なんだし今後は余計な―――――)」

 

それから数秒後、脳内で“もう一人の自分”との一方的な抗議を終えた自動人形(オートマトン)の号令に

若干、引きながらも戦闘メイドの一人と新たなシモベは主に命じられた作業を開始した―――――

 

 

 




今回はマキナの設定回です。
彼女の頭の中に居る女性の存在、囁きはしないけど正しく亡霊(ゴースト)が居る状態。
この事はソウソウを含めたナザリックメンバーの誰にも話していませんが、今後どうなるかは話の流れ次第になると思います。

そして次回で二巻分の内容は終了。
次次回からアインズさんとソウソウが本気で頭を抱える事態に突入です。

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