序章
「終わった……。さて、と」
彼はようやく休憩の目処が立った仕事に対して誰に言うでもない独り言を呟くと自室のPCを立ち上げた。
かなりの間ご無沙汰だったとはいえIDとパスは指が覚えており、その事に嬉しさと寂しさが入り混じる。
そう、今日は国民的流行を誇る…いや、誇っていたDMMO-RPG、〈ユグドラシル〉のサービス終了日なのだから。
「それじゃ、行ってくるよ」
作業机に立て掛けられた写真立てに写り込んでいる満面の笑顔を浮かべた一人の女性にを移し、
優しげに微笑むんでから一言呟いた後、イヤホンマイクが付いたバイザーを装着。
ログインする―――――
ナザリック大地下墳墓 第九階層 円卓の間――
「モモンガさんお久しぶりです…ってヘロヘロさんだー!」
「まさか来ていただけるとは……。 お久しぶりです! ソウソウさん!」
「うっわ! ソウソウかー、懐かしいなぁ!」
ユグドラシルで僕が所属していたメンバーが〈社会人〉かつ〈種族が異形種〉で構成されている
かつて難攻不落と知られた序列9位のギルド〈アインズ・ウール・ゴウン〉
ギルドマスター、全身骸骨の《オーバーロード》モモンガさん。
メンバー、全身スライムの《エルダー・ブラック・ウーズ》ヘロヘロさん。
そして僕、HN:ソウソウのアバターは全身が長い髪の毛で覆われた、と言うより全身が
長い髪の毛で構成された中で黄金色の眼球だけが二つ覗く《エルダー・ナイト・ダークネス》
初期の姿は黒いマリモに似てまだギリギリ可愛らしさもあったのだが、
このギルドに入る事になって種族LVとスキルLVを上げ続けた結果すくすくと育ち、
最終的には全長180cmの立派な柄の無い箒となった。
そう言えば今は此処に居ないメンバーの一人、ホラー映画好きのタブラ・スマラグディナさんは
僕の成長したアバターを見て「毛羽毛現(けうけげん)だね、かの有名妖怪漫画家も描いてたヤツ」とかいつもの蘊蓄を披露していたっけ。
僕が在りし日を懐かしんでいるとモモンガさんが声を掛けてくる。
「お仕事が忙しいから今日は来れないかもしれないって連絡は前から頂いてたのですが…本当に大丈夫でしたか?」
「いやいや、明日に回しても間に合う位に片付けて来たから大丈夫ですよ。
むしろこんなギリギリの時間…しかも二人が仲良く話してる最中に来ちゃうなんて
ホント、すみません」
そんな謝罪の言葉を口にするとヘロヘロさんが
「いやー……仲良くって言っても二人とも外(現実)での愚痴ばっかでソウソウさんが来てくれた
おかげで実際空気変わりましたよ、マジで。 むしろありがとうございます」
長い間顔を出せなかった僕に対して、居た頃と変わりない温かな言葉をかけてくれた二人に胸から目へと込み上げてくるものを見せない様に(実際はこの体で見られる事はないのだが)視線を
上にむけるとそこにはディティールに製作者のこだわりを感じる見事なシャンデリアがあった。
「おぉ……。 やっぱりこのシャンデリアの作り込みは良い仕事してますね」
「出たよ、ソウソウさんの自画自賛!」
「九階層の内装やアンティークのデザインは本職という事もあってか何割かはソウソウさんに
お願いしましたが無料でやってもらって本当に申し訳なかったですよ」
ヘロヘロからは軽い皮肉を、モモンガからは逆にこちらが申し訳ないと思うほどの深い感謝を
貰い、それに対して「いやいや」と髪の毛で構成した手を目の前で振るといういつものやり取りに
「ようやく帰って来れたのだ」という充足感が彼の疲れ切っていた心に染み渡る。
彼がユグドラシルのログインに対して疎遠になった理由は飽きた訳ではなく本職である
〈人形作家(ドール職人)〉が忙しくなったから。
―――――――――
僕の家は曾祖父の代から続くアンティークショップで父と母は共に人形作家だった。
子供は姉と僕、弟の三人だったが僕以外は両親の職業に興味が無いようだったので必然的に両親の人形制作のノウハウを伝えたいという熱意はこちらに向かってくる。
小学校低学年頃から始まった二人の指導はとても厳しかったがそれ以上に深い愛情を持って
接してくれたので何の苦でもなかった。
むしろ学校の勉強よりも遥かに分かりやすく、早く新しい事を覚えたいと逆に教えを請う位だった。
高校に入るとそのツケを支払う時が来たのかと思うばかりの赤点に行くか行かないか水平飛行を
繰り返すテスト用紙。
家族に言われるまでもなくこれは本気でマズイと感じながらも人形バカになってしまった
頭を悩ませている僕に何と手を差し伸べてくれた女の子が居たのだ。
彼女は僕と同じクラスで常に笑顔を絶やさず、男女問わず皆と仲の良い人物でそんな子が自分の様な部活にも入らず授業が終わればすぐに人形制作の為に寄り道もせずに帰宅するといういわゆる
〈ぼっち〉に属する人間と何故接点を持とうとするのか分からず理由を聞くと、彼女の将来の夢はファッションデザイナーでそんな時に家の店に飾っていた僕の手製の人形に一目惚れしたらしく、何時か自分のデザインした服を着せてみたいから製作者である僕に恩を売っておきたい、との事だった。
これには本気で驚いた。
何しろこんなに本音を包み隠さずに言う人は家族以外で初めてだったし、両親からは「まだ店に飾るのは早い」と徹底的にダメ出しをされた(それでも店に飾ってくれたのは親の欲目からなのだろうけど)人形を手放しで褒めてくれたのだから。
自分の作品が褒められた喜びと「これで赤点地獄から脱出できる!」という安心感から僕は
泣きながら彼女の両手を握りしめ、出してくれた提案を快諾した。
それからはとても楽しかった。
成績が上がったのはもちろんの事、共通の話題を共有できる人生で初めてと言って良い友達が
出来たのだから。
彼女が勉強と流行りのファッションを教え、僕がたまにではあるが人形の知識を教えるという関係はお互いのインスピレーションを高め、高校を卒業する頃には僕の作った人形が商品として店に並べられるようになったし、彼女は大手アパレルメーカーへの内定が決まった。
そして卒業式の日に「何時かお互いが作った人形と服で世界に一つしか無い作品を作ろう」という約束を交わして僕は進学せずに地元に残り、彼女は夢を掴む為に上京という形で二人の道は別れる事になる。 何時か再びお互いの道が交わると信じて。
三年後、その思いは裏切られる事になる。 彼女が亡くなったからだ。 交通事故だった。
葬儀に参加しても、涙は出なかった。
火葬されて上っていく彼女の煙を見ても、涙は出なかった。
遺品整理を済ませた彼女の母親から受け取ったドール服のデザイン画を見て、
僕はようやく、声をあげて泣いた。
その後の生活は家族曰く、「仕事に対する意欲も、生きるという事も諦めた抜け殻の様な状態」だったらしい。
そんな状態の兄を心配してか弟は僕にDMMO-RPG、ユグドラシルを勧めた。
一世紀前なら「外にでも出て気分転換でもしなよ」とでも言えたのだろうが残念ながら
風景に関しては今の時代、屋外より室内に癒しを求めるのが現状だ。
確かにこんな最悪の気分のままでこれからを生きて行くなんてゴメンだと思った僕はその誘いに乗る事にした。
―――――――――
「……どうかしましたか? ソウソウさん」
「いや…初めてログインした時の事を思い出しちゃいまして」
昔を懐かしみ過ぎて辛い記憶まで掘り起こして凹んでしまっていた僕に気付いたのかモモンガさんが声を掛けてくる。
表情が見えない状態だというのに本当にこの人は気遣いの鬼…いや、スケルトンだから骨で良いのか?
「あぁ…当時はソウソウさん初級の《
居たので殲滅してみたら助けた相手が初心者だったのでビックリしましたよ」
「当時はそういう風習全く把握せずに風景を楽しみに来ただけのライトプレイヤーでしたからね。それと、あの時は折角助けてくれたのに初対面で『何だこの骨人間は!?』とか言ってスイマセンでした」
「ブッハァ! 駄目だ! 何度聞いても笑うわその話!!」
ヘロヘロさんが僕の謝罪に爆笑する。 やっぱりアレは失礼だったよな…ホント。
するとその空気を変えるかのようにモモンガさんは咳ばらいのモーションをし、話を修正した。
「そ、そんな事もありましたがその後ソウソウさんはギルメンになり、ギルドの為に尽力し、
この最後の集いにも参加してくれたんです。 私は本当に感謝していますよ」
「……モモンガさん」
ギルマスの言葉に再び胸がいっぱいになる。
そして終了時間は刻一刻と近づいて行く…。 するとヘロヘロさんが
「すいません、そろそろ…本当は最後まで居たいんですけど明日も仕事なので…」
その言葉を聞いた僕はヘロヘロさんを引き止めようとして…止めた。
何故ならこのギルドの長であるモモンガさんが引き止めなかったから。
僕以上に行かないでほしいと願っているであろう彼が何も言わなかったから。
「ギルド長のお陰で最後まで楽しかった…。 二人ともまたどこかでお会いしましょう」
「はい……ヘロヘロさんもお体に気をつけて。 本当にお疲れ様でした」
「僕も最後にヘロヘロさんに会えて良かったです。 また、どこかで」
僕達の言葉を聞いてヘロヘロさんは少し名残惜しそうに体を震わせた後、円卓から掻き消えた。
次は何処で会えるのかも分からないというのに「また、どこかで」我ながら白々しい台詞だ。
また思考がネガティブになりかけた時、ギルマスが今後の予定を聞いてくる。
「…ソウソウさんはどうします? 私はこれから終了時間まで玉座の間に居るつもりですが」
「当然、僕も最後まで付き合いますよ。 “それ”を装備したモモンガさんを見てみたいですし」
そう言って僕が髪で指したのは壁に飾られたギルド武器、〈スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン〉このやたら装飾が凝った杖はギルド最強の武器であり、命であり、皆と共に作り上げた思い出そのものだ。 さっきからチラッチラと見てたので最後くらい好きにしてみてはという意味で言ったのだが我らのギルマスは目に見えて動揺し、どうしようかと僕とスタッフを交互に見ている。
本当に分かりやすい人だ。
「こういう事を言うと他の人達に怒られるのかもしれませんが……僕にとってはメンバーの調整役を自主的に引き受け、帰るべき場所を最後の最後まで守り、何より僕という人間を救う切っ掛けを作ってくれたアナタこそが〈アインズ・ウール・ゴウン〉そのものなんです。 だからこそ、その杖はギルド長の専用武器という肩書を超えてモモンガさんの手に収まるべき物だと思っています」
モモンガさんは呆然としている。
当然だ、我ながら年甲斐も無く臭いセリフを言ってしまったのだから。
だけどこれは紛れもない本心だ。
モモンガさんのお陰で僕はギルドのメンバー皆と出会えた。
皆が居たから友人を失って空いてしまった心の穴を埋める事が出来た。
人形制作も再開出来ただけで無く、今まで以上の作品を作れたし、
世間から評価もされて小さいながらも自分の店を持つ事が出来た。
その結果、ログイン頻度は徐々に減っていったが、来る度に会えた皆は温かく迎えてくれた。
「今日だってパーツの納品が後一日遅れていたら此処に来る事は無かった。 そんな人間に助けてくれた頃と変わりない態度で接してくれるアナタだから、その武器を持って行って欲しいんです」
「はい……ソウソウさん、ありがとうございます」
いい歳して声を震わせながらゲームの終わりを惜しむ大の男が二人。
だけど勘弁して欲しい、それだけ僕達は本気だったのだから。
このゲームで得た一時の絆に救われたのだから。
「そう…ですね。 最後なんだし、お言葉に甘えて持って行く事にします。
ソウソウさんも折角ですからそのままの姿じゃなく、いつもの格好をしてみては?」
「確かに、最後が廊下の掃き掃除なんて格好悪いですし、ジョブに見合った格好で行きますか」
「〈
仲間と共に考えた召喚ワードを唱えて魔法陣から呼び出されたのは一体のからくり人形。
その見た目は僕の全長と同じ180㎝の男性型で体は目と髪が在るべき場所が
すっぽりと抜け落ちている純白の頭部以外の全ての部位が漆黒。
身を包む服装は上下、ジャケット共に前面が黒、背面が白で配色されたスーツ。
白のYシャツと黒のネクタイの間に挟まれた銀色のタイピンはアゲハ蝶を模している。
その上から覗く首元にはチョーカーの様に天の川のエフェクトが絶えず動いており、
この機構はメンバーの一人、ブルー・プラネットさんの協力で完成した。
「では…パ○ルダ―オーン!」
そんな大昔のアニメの掛け声を叫ぶと僕は人形の頭部に覆い被さる。
すると掃除機のコードの様に髪は首元の長さまで収まり、空虚だった目には金色の眼球が覗く。
これでアインズ・ウール・ゴウンの【
「久しぶりだな、この感覚…。 どうですか? モモンガさん」
「本当に懐かしいです……お似合いですよ、ソウソウさん。 では、行きましょうか」
僕の戦闘形態を見て感慨深げに呟きながら玉座の間へ案内しようとするモモンガさんに
ちょっとストップをかける。
「スイマセン、その前に自室に寄って良いですか? 連れて行きたい
「それは誰の……あっ! どうぞ、私は先に行って待っていますから」
流石はギルマス、ツーカーの関係ほど有難いものは無い。
早速、お言葉に甘えて自室へと向かう事にしよう。
第九階層 ソウソウの自室――
ナザリック地下大墳墓九階にはメンバーそれぞれに部屋が用意されており、内装は基本的にホテルのスイートルームかと思うほどの豪華さであるが、人によっては課金でデータ量を弄くり、
部屋を魔改造する者達が少なからず存在した。
僕もその一人で、一見すると何も変わってない様に見える部屋の一部のギミックを本人が動かす事で人形、道具製作専門の隠し工房の扉が開く仕掛けが施されている。
「まずはクローゼットの奥にある上向きレバーを下に倒して……次に机に固定してあるコケシを360度回転、最後は本棚側面の板を3回ノックする、と」
久々だったので声に出して一連の流れを確認すると無事、本棚横の空きスペースから工房の入り口が出現する。
久々に入ったユグドラシル内の工房、その中央でスリープモードに入っていた一人の女性に声を掛けた。
「ただいま………マキナ」
彼女の名は【マキナ・オルトス】、僕が一から十まで自分で制作した最初で最後のNPCであり、
この工房の領域守護者だ。
ベースは165cmの球体人形で服装はチャコールグレーのパンツスーツ、カフスは僕の人形のタイピンと同じ銀のアゲハ蝶、シャツは白黒のチェック、髪型は腰まで伸ばしたストレートの姫カット、そしてその顔は現実の自室にも飾っている事故で亡くした友人、【雛形 麻紀(ひなかた まき)】をモデルにしている。
彼女が亡くなって暫く経ってだが、僕は彼女の事が好きだったのだと気付いた、
彼女の方はどう思ってくれていたのかは今となっては分からないが。
だからと言って別に彼女の代わりを求めてこの子を造ったわけじゃない。
彼女の遺品であるデザイン画を受け取った時、昔交わした約束を何時か叶えたいと思った。
その場所は味気無い現実ではなく、僕の心の穴を埋めてくれた仲間達の居る此処にしたい。
そうして生まれたこの子は僕にとってはむしろ娘の様に思え、ならばと顔と名前を一番大切な女性から借りる事にした。
「そういう内心は結局、メンバーには言えなかったな……絶対引かれただろうし」
そうポツリと呟くと僕は最後にログアウトしてからずっと眠らせたままにしていた娘のスリープを解除し、ギルマスが待って居るであろう玉座の間へと共に向かう。
「つき従え。 僕の娘よ」
第十階層 玉座の間――
マキナを従えて目的地に着くと、モモンガさんは側に立つ守護者統括のアルベドの前で何やら
慌てた様子だった。
「ひょっとして……最後だし、アルベドの胸揉む気でした?」
「そんなワケないでしょう! そもそもそういうのは禁止行為ですし!」
いや、確かにそうなんだがそんなに必死に否定せんでも…。
「揉めたとしてもアルベドはきっと怒らないでしょ? タブラさん、ビッチに設定したんですし」
「あぁ~………ハ、ハハハ、ハハハハハ」
今度は乾ききった笑いだよ。 ウチのギルマスはワケが分からん。
そんなやり取りをしている内にもう残り時間は一分を切った。
モモンガさんは玉座に座り、僕はアルベドの反対にマキナと共に立ち、互いに目を瞑る。
そして12時となり、魔法は解けて………
「どうかなさいましたか? モモンガ様? ソウソウ様?」
「お父様? モモンガ様も一体、どうされたのですか?」
新しい魔法がかけられた………。
キャラ設定
ソウソウ(操創) 異形種
本名:東 博幸(あずま ひろゆき)
役職 至高の四十一人 人形作家
住居 ナザリック地下大墳墓 第九階層にある自室
属性 悪 カルマ値:-300
種族レベル ナイト・ストーカー:15LV
エルダー・ナイト・ダークネス:10LV
他
職業レベル ドールマスター:15LV
マシーナリー:10LV
錬金術師:10LV
他
※元々は非オタであったが他の至高の四十人と関わったが為、
最終的に萌えフィギュアの自作が趣味の欄に加えられたある意味被害者。
性格は天然気味なマイペースで平時は爆弾発言が多かった。
故にぷにっと萌えの肩書が「アインズ・ウール・ゴウンの諸葛孔明」
だったのに対し、彼は「アインズ・ウール・ゴウンのノストラダムス」
彼の発言に『な、何だって―!』と返すメンバーが複数人居た事が原因である。
マキナ・オルトス 異形種
役職 ナザリック地下大墳墓 人形工房領域守護者
住居 人形工房内地下に設置された専用個室
属性 中立~悪 カルマ値:-100
種族レベル オートマトン:15LV
他
職業レベル ランサー:15LV
グランドランサー:10LV
ヴァルキリー:10LV
ガーディアン:10LV
他
※彼女の性格は次に書く時にでも詳しくと言った感じですが
コンセプトはズバリ「獣の槍を持った人間に容赦しないフランシーヌ人形」