GOD EATER 2 RB 〜荒ぶる神と人の意志〜   作:霧斗雨

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第32話です。
さようなら、先輩。


第32話 絶望と鎮魂歌

神機兵の露払いは、以前よりもスムーズに行われた。

ブラッドの基礎戦闘力が増していること、神機兵の制度も上がっているからであろう。

とにかく、神機兵の運用テストは成功したと言えるものだった。

いくつかの任務をこなした頃、ユノとの野外昼食会がとりおこなわれた。

場所はフライアの庭園で、穏やかな時間を過ごしていたが、途中で仕事が入ってしまい、中断することになってしまったが。

また埋め合わせをするという事になり、束の間ではあったが、その場はお開きとなった。

その日から暫くして、ブラッドはジュリウスに呼び出されていた。

 

「ラケル先生が開発したシステムにより、周辺のサテライトに局地的な「赤い雨」が降ることが予想された。そこで、神機兵とブラッド、さらに極東支部の部隊も投入される、大規模な合同作戦が行われる」

 

ブラッドに衝撃が走る。

いくら前回の任務が上手くいったとはいえ、いきなり任務に投入するのは如何なものか。

ジュリウスも、内心反対なのだろうが命令には逆らえないため、嫌々承認したのだろう。

いつもよりも、難しい顔をしているのがその証明である。

 

「神機兵は、避難する住民達を護衛し、俺たちはその間、サテライト拠点の防衛に務める。今回の任務は、迅速かつ的確な行動が必要となる。準備が整い次第、オペレーターに任務の申請を行ってくれ」

 

シン、と重くなった空気のまま、各自が準備をし始める。

レイはターミナルから回復錠とスタングレネード等をありったけ引っ張りだし、そのままターミナルを操作して使用する神機のパーツを選択する。

これで、どういう原理かはわからないが、神機を取りにいく頃にはパーツの付け替えが終わっている。

まあ、たまに君からの仕事多いよ、と言われることがあるので、リッカが全速力で終わらしてくれているのだろうけども。

 

「例の神機兵、いきなり作戦に投入するらしいな。嫌な予感しかしねぇ……」

 

用意が終わって皆が集合し始めた頃、ギルがレイに言った。

 

「正直、俺も嫌な予感しかしねぇ。だが……やるしかねぇんだ、やってやるさ。で、もう時間だってのにロミオはどこに行った」

 

険しい顔でレイはギルに返事をした。

ギルも、難しい顔をして黙り込む。

ふと、ロミオだけまだきていないことに気がつき、レイはその姿を探したが、どうやら、まだロビーにはいないらしい。

 

「そういえばさっき、ロミオさんが「ユノさんに用がある」とか言って……「着替え中」と書かれた部屋の扉の前で気を付けの姿勢で待ってました。なにも、あそこまで緊張しなくても……」

 

ふと、近くにいたアリサが苦笑しながら言った。

レイは一言例を言うと、ユノの部屋に向かう。

ユノの部屋はレイの部屋の隣で、わりとアクセスしやすい場所にある。

ノックをしようと右手を持ち上げた時、中からロミオの声が聞こえた。

 

「ユ、ユノさん!あ……あの、一つ、お願いがあるんですけど……」

 

咄嗟に右手を止めて下ろす。

今入ったら、ロミオが言いたいことを言えなくなってしまうような、そんな気がした。

 

「俺、ブラッドのメンバーにさ、今まで散々助けてもらったのに何一つ恩返しらしいことできてなくて……だから、その……この作戦が終わったら……ブラッドのために1曲だけ歌ってほしいんだ!」

 

「っ!」

 

「ユノさんの歌ってさ、聞いてると疲れが吹き飛ぶっていうか、とりあえず、すげー癒されるんで……だから……」

 

レイは驚いて、声を出さないように咄嗟に息を飲み込んだ。

小さな声が漏れてしまったのは仕方が無いが、まあ、聞こえてはいないだろう。

それよりも、ロミオが、そういう風に考えていることに驚いていた。

確かに、これが恩返しになるなら、これ以上のことは無いだろう。

 

「ええ、私の歌でよければ」

 

「ほ、本当!?」

 

「もちろんです!あ、でもその代わり、一つだけ約束してください。必ず、全員無事に帰ってきてくださいね」

 

ユノはあっさりと了承した。

あの程度の条件なら、この支部の者達と協力すれば無理なくこなせるだろう。

 

「了解!ありがとう、俺……超楽しみにしてるよ!」

 

嬉しそうなロミオの声が聞こえる。

きっと二人共、笑顔だろう。

こうやって聞かれていることも露知らずに。

 

(つーか俺……最近盗み聞きばっかりだな)

 

レイは1人苦笑いを浮かべる。

そして、ユノの部屋のドアを叩いた。

 

「おーい、ユノ、アリサに聞いたんだが、ロミオ来てるか?」

 

「あ、レイ!」

 

レイが訪ねてきたことに、2人は驚いているようだった。

すぐにドアが開き、レイはロミオに声をかける。

 

「いたいた。で、用事は済んだか?そろそろ出るぜ」

 

レイはレイで、さっきの話の内容は知らぬふりで押し通す。

バレることは無いだろうけども。

 

「おう!じゃ、ユノさん後で!」

 

ロミオはユノに手を振ると、部屋から出てきた。

 

「サテライト拠点への避難誘導って、神機兵との共同任務なんだね……皆をよろしくお願いします」

 

部屋の奥から、心配そうなユノの声が聞こえた。

レイはそれに笑顔で答えると、ロミオとともにエレベーターへ乗り込んだ。

 

ーーーー

 

当初の予定というものは、狂うものだ。

ユノやブラッド、極東支部の神機使いの手によって避難誘導を行っていた際、サテライトの各所を、アラガミが同時多発的に襲ってきたのである。

おかげで、現場は大混乱に陥っていた。

シエル、ナナ、ギルのブラッドβ、レイ、ロミオ、ジュリウスのブラッドαは、避難誘導をユノらに任せ、既に数カ所周りアラガミを討伐して、この地点にやって来ていたが、ここが今日一番の被害を被っている。

ついでに、住民の避難が終わりきっていなかった。

アラガミから逃げ惑うサテライト住民が、レイ達の稼働場所を狭くする。

その悲鳴が、怒号が、レイの聴覚を半分ほど麻痺させていた。

それが、レイにいつも以上の危機感を覚えさせる。

 

「お前ら気をつけろよ!!」

 

「分かってるよ!」

 

咄嗟に、共に戦っているジュリウスとロミオに向けて叫んだ。

これ以上の聴覚の麻痺を避けるため、レイは無線を外してポーチに突っ込んだ。

オペレーターの声は聞こえなくなるが、最早そんな事はどうでも良くなっていた。

攻防が続く。

ヴァジュラの電撃が、クアドリガのミサイルが、何の容赦もなく民家を焼いていく。

 

「止めんかこの野郎ぉぉっ!」

 

レイがクアドリガの二つあるミサイルポッドを、一つ切り落とした。

そのまま、ヴァジュラの後ろ足を一本切り飛ばす。

バランスを崩し、ヴァジュラが崩れ落ちた。

 

「こっち向けやコラァ!」

 

「レイ、性格変わってない!?」

 

超人的パワーを発揮しながら、普段より荒々しい言動をとるレイに若干引きつつ、ロミオも負けじと突っ込んでクアドリガの前面装甲を叩き壊す。

そこに、ジュリウスがブラッドアーツを叩き込み、クアドリガは沈黙した。

すぐにレイの助太刀に入ろうとしたが、既に終わってしまったようで、ヴァジュラは沈黙していた。

その死骸の上に、返り血塗れになったレイが立っている。

 

「いやー、荒れた荒れた」

 

「……笑いながら言わないでくれない?」

 

いつものテンションに戻っていた。

さっきの変貌が嘘のようである。

返り血を払いながら苦笑するレイに再度引きつつ、ロミオは倒壊して燃えている建物に目をやった。

 

「ひどいね……」

 

「いいえ……生きている限り、また何度でもやり直せます……今までだって、ずっとそうでしたから」

 

ユノが静かに、力強く言う。

4人は、そのまま住民の避難誘導を開始した。

 

ーーーー

 

その様子を、ラケルは自室のモニターから見ていた。

その手元が忙しなく動き、キーボードの操作をしている。

 

「やがて、雨が降る……」

 

モニターにはいくつものカメラから送られる映像が所せましと映し出されている。

音声はシャットアウトしているため、何を言っているのかは分からないが。

その映像の一つで、ロミオがなにかに気がついたように空を指さした。

絶望を育む赤い雨が、降る。

 

ーーーー

 

ふと見上げた空に浮かんだソレに、ロミオの顔が強ばった。

震える手で空を指さす。

 

「あれ……あの雲、赤い……」

 

その声に、レイとジュリウスも空を見た。

その赤さは、今にも降り出しそうな、そんな予感を感じさせる。

生まれ故郷で見た、人殺しの雲だ。

 

「ヤバい……っ!おい、あの赤さじゃすぐ降ってくるぞ!」

 

「赤い雨……!全員、シェルターまで戻れ、急げ!」

 

「予報の精度は上がったんじゃなかったのか!?五時間も早いじゃねぇかよ!」

 

未だ逃げ残っている住民達を、後ろから追い立てながら走る。

3人は途中、遅れ始めた子供等を背中やら脇やらに担いで走り、なんとか全員がシェルターに入り切ることが出来た。

 

「ジュリウスで最後?」

 

「ああ、最後だ。ブラッドβ、聞こえるか?状況を報告しろ!」

 

ジュリウス無線でブラッドβに呼びかける。

 

『こちらブラッドβ、敵残数1体です』

 

シエルの声が聞こえた。

まだ、赤い雲に気がついていないようである。

 

「中央部シェルターまで撤退しろ!赤い雨が来るぞ!」

 

『了解、シェルターまで撤退します!』

 

嫌な予感がする。

まだ、何がが起こりそうな気がした。

 

ーーーー

 

予定よりはるかに早い赤い雲の到来によって、現場は大混乱を起こしていた。

しかし、ラケルは全く焦ることなくキーボードを叩き続ける。

 

「雨は降りやまず……時計仕掛けの傀儡は、来るべき時まで……」

 

モニターに映る赤い雨の予報。

その横にあるラケルが事前にこの時のためだけに用意した、僅かなバグ。

今回の予報が、誤報でしかなくなるように。

全てを思うように動かすために。

モニターに映し出された神機兵の制御パネル。

最後の一手を施すために、ラケルは準備を進めていた。

 

ーーーー

 

まだ走り込んでくる住民を誘導しながら、ジュリウスが指示を飛ばす。

 

「ブラッドは誘導を行いつつ、警戒行動をとれ、いいな」

 

ザザ、というノイズが無線に入り、コウタの声が聞こえる。

 

『やっとつながった!』

 

「コウタさん!」

 

ようやく連絡が取れたことに安堵したのか、幾ばくか落ち着いた声音でコウタが現状の報告を始めた。

 

『こちらコウタ、周辺住民の護送が終わりそうだ!後は神機兵に任せて、退却する!』

 

ーーーー

 

ラケルの口元に、怪しい笑みが広がった。

その右手がゆっくりとエンターキーを押す。

 

「眠り続ける」

 

それと同時に、現場の神機兵は、すべての活動を停止した。

 

ーーーー

 

プシュー、という音とともに、神機兵が活動を止めていく。

 

「神機兵が止まった……」

 

神機使い達に緊張が走る。

 

『こっちもだ……どうなってるんだ!』

 

どうやら、各所で神機兵が動かなくなっていっているらしい。

 

『フライアから緊急連絡、全ての神機兵が停止していきます!現時点で、原因は不明……』

 

今頃、フライアではクジョウがパニックに陥っていることだろう。

今度こそ、万全だと思っていたものが、再び不具合を犯しているのだから。

 

「ほら見ろ……」

 

レイは思いっきり顔を顰めた。

これ以上、何も起きないでくれ。

そう祈るしか、無い。

 

ーーーー

 

神機兵が止まった事をモニターで確認し、ラケルは自身の計画の成功をほぼ確信した。

 

「人もまた自然な循環の一部なら……人の作為もまたこの一部、そして……」

 

モニターに映し出された映像が、コロコロと入れ替わる。

 

ーーーー

 

無線では、まだコウタ達第一部隊が奮闘している事が伺えた。

 

『隊長、まだ一般市民の避難が……』

 

『分かった!一般市民を連れて、近くのシェルターに避難しろ!』

 

手伝いに行きたいが、ここからでは間に合わない。

レイ達は、はやる気持ちを押し殺し、自分に出来ることをやり始める。

 

「全員、避難したか?名簿の照合、急げ!」

 

渡された名簿の照合をするうち、ロミオはあることに気がついた。

 

「あれ……北の集落の人達……爺ちゃん達がいない……」

 

何故いないのか。

逃げ遅れたのでは?

ロミオの胸中に、不安が広がっていく。

 

『誰か……聞こえるか……頼む……』

 

「聞こえるぞ!どうした!」

 

無線に、助けを求める声が飛び込んできた。

 

『ああ、助けてくれ……ノースゲート付近……白いアラガミが……うああっあっ』

 

ザー、と通信にノイズが入り、男の声は聞こえなくなった。

 

ーーーー

 

モニターに映る現在のブラッドの面々の顔。

各々の顔に、焦り、戸惑い、困惑の色が浮かんでいる。

その中に、今にも飛び出しそうな人物が1人。

 

「ああ、やはり……貴方が「王のための贄」だったのね……ロミオ……」

 

恍惚の笑みを浮かべ、ラケルはモニターに映るロミオの顔をなでた。

 

ーーーー

 

ノースゲート付近。

老夫婦の住んでいるあたりだ。

 

「爺ちゃん……婆ちゃん……」

 

ロミオの視界に、防護服が写った。

それを、迷いなく引っつかむ。

奥では、さっきまでの慌ただしさは影を潜め、戻ってきたブラッドβの面々とレイが情報交換をし合っていた。

今なら、自分が抜けてもきっと大丈夫な筈だ。

 

「中央シェルター、赤い雨が降り始めた。極東支部まで撤退するか、無理せずに雨宿りさせた方が……」

 

「ジュリウス、ごめん!……俺、ちょっと行ってくる!」

 

すぐに防護服を着込み、ロミオは神機を片手に駆け出した。

 

「なっ、ロミオ!?」

 

「何してんだバカ!」

 

レイとギルが、追いかけようとするのを、ジュリウスが止めた。

 

「待て、俺が連れ戻す。副隊長とギルは、ここでアラガミの侵入を食い止めてくれ」

 

ロミオと同じように防護服に身をまとったジュリウスが、ロミオのあとを追いかける。

残されたレイとギルは、黙ってその背中を見送った。

 

ーーーー

 

モニターに、シェルターから飛び出して車に乗り込むロミオが映し出された。

そして、その後をジュリウスが追いかける姿も映し出された。

 

「ロミオ……貴方は、この世界に新しい秩序をもたらすための礎。貴方のおかげで……もう一つの歯車が回り始める……ああ、ロミオ……貴方の犠牲は、世界を統べる王の名のもとに……きっと、未来永劫、語り継がれていくことでしょう」

 

ここまで来れば、最早ラケルの思うとおりにしかならないだろう。

マルドゥークが、自分達に楯突こうとする2人を見逃すはずがない。

また、ブラッドの2人は防護服という枷でしかないものを身にまとい、不利な戦いを強いられる。

出来ることはやった。

ここまで色々やったのだ。

あとは、なるようになる事を祈り、待つだけだ。

 

「おやすみ、ロミオ……「新しい秩序」の中で、また会いましょう……」

 

ラケルは、微笑みを浮かべながらモニターの電源を落とした。

 

ーーーー

 

ロミオはシェルターを飛び出し、近くにあった物資等を運搬するオープンカーに飛び乗った。

ノースゲートに向かうための運転しながら、ロミオは前シエルの言っていたことを思い出していた。

赤い雨、黒蛛病、発症した場合の致死率は100%。

 

(うわ……嫌なこと思い出した)

 

運転しながら、色々な思いが駆け巡る。

またギルにうるさく言われるんだろうとか、シエルに規律がどうとか言われて、そういう時に限ってレイは黙ってフォローくれないんだろうとか、ナナはチキンで許してくれるかなとか。

ジュリウスは、どうなのかな、とか。

 

(いいや、とにかくアレだ、謝ろう。また勝手に飛び出してごめん、心配かけてごめんって。帰ったら、ちゃんと謝ろう)

 

老夫婦の住んでいた家屋のあたりに辿り着き、ロミオは車を下りて老夫婦の家屋を探す。

 

「ガアアッ!」

 

「!」

 

背後で、ガルムの雄叫びが聞こえた。

ロミオは、ガルムに飛びかかる。

攻撃をよく見て突っ込み、攻撃を当てたら回避。

何度か繰り返した頃、ガルムに結合崩壊が起こった。

 

『ガルムに結合崩壊!依然、マルドゥークと思われる反応が周辺にあります!気をつけてくださいロミオさん!ガルム活性化します!』

 

鬼気迫るヒバリの声が、無線に響く。

怒り狂ったガルムが、ロミオを押しつぶそうと踏みかかる。

避けきれない、そう思った瞬間、誰かがロミオの頭上のはるか上を飛び越して、ガルムの首あたりを両断した。

 

「!?」

 

ロミオは驚いてその人物を見る。

その者は、ここにいるはずの無い人物だった。

 

「ジュリウス!?バカ!なんでお前まで来てんだよ!!」

 

思わず怒鳴ってしまった。

ジュリウスが何かを言い返そうとした時、餓狼の咆哮が背後でした。

驚いて振り返ると、そこにはガルムが2体、そして、マルドゥークが佇んでいる。

マルドゥークが赤い咆哮をあげ、2人に向かってくる。

神機を振りかざし、マルドゥークに向かって突っ込んだ。

しかし、マルドゥークの方が早い。

右足から繰り出された強烈な一薙をくらい、2人はなす術もなく吹っ飛んだ。

2、3度バウンドをしながら地面に転がる。

その一撃によって、頭を強打したロミオは動くことが出来ない。

なんとか立ち上がろうとする事が精一杯のジュリウスには、マルドゥークの追撃になす術を持ち合わせていなかった。

 

ーーーー

 

ロミオが雨の中で目覚めた時、一番に目に入ってきたのは、背中の真ん中あたりを切り裂かれ、倒れているジュリウスだった。

動く気配がないことから、恐らく意識がないのだろう。

近くに転がっていた神機を握り、周囲を伺う。

頭から出血しているようで、左目に血が入ってしまったのか、視界が赤く染まっていた。

ロミオがまだ生きていることに気がついたマルドゥークとガルムが、ロミオに止めを刺そうと迫ってくるのが見える。

どうやら、そう長い時間気を失っていたわけじゃないらしい。

ロミオはヴェリアミーチを構えて、大きく振り下ろした。

そこから放たれた赤い閃光が、ガルムを一撃で沈める。

が、マルドゥークは止まらない。

勢いをまるで殺さず、ロミオに対して、下から突き上げるような形で体当たりをかましたのだ。

かなりの衝撃とともに、ロミオの体がある程度の高さまで舞い上がる。

そして、自由落下に身を任せ、無抵抗に頭から落ちる。

マルドゥークが、大きく右足を振りかぶって待ち構えている。

そして、ロミオには薄れる意識の中で、マルドゥークの鋭い爪が、自分に止めを刺そうと迫ってくるのが見えた。

いくつかある内の、一本の爪がロミオの腹に深々と突き刺さった。

そのまま、ものすごい勢いで弾き飛ばされる。

地面に叩きつけられ、ロミオはなんとか立ち上がった。

腹の穴から、ボタボタと凄まじい量の血が流れ落ちていく。

俺はここで死ぬのだろうか。

腹の傷を見る限り、まあ、ここから助かるなんてことはないんじゃないだろうか。

赤い雨だって浴びてしまっているし。

そんな自問自答を少しした時、ロミオの頭に今までの思い出が駆け巡った。

初めてブラッドに入った時。

無愛想に握手を求められたっけな。

ブラッドのメンバーひとりひとりの笑顔。

もう見れないのかな、嫌だなあ。

初めてユノにあった時、興奮して思わず手を握って、ユノは戸惑っていたっけ。

良くしてくれた老夫婦の顔。

また会いたかったな。

初めてギルとあった日。

俺がギルを怒らせて、殴られたっけ。

無線から、ヒバリの泣き叫ぶような悲鳴が聞こえる。

極東で随分とお世話になったなあ。

コウタさんと、また話したかったな。

……こんな所で。

こんな所で諦めてたまるか。

守るって決めたんだ。

誰も殺させてなんかやらない。

自分の大切な人たちを、お前なんかに、傷つけさせてやるもんか!

 

「うおおおおおおっ!」

 

ーーーー

 

血の力が目覚めた時のような感覚が、シェルターで待機していたギルとレイを襲う。

 

「……っ!」

 

咄嗟に、その力を感じた方角を凝視する。

ここからは距離がありすぎて、気配を探ることは出来なかった。

 

「今のは……」

 

「ロミオ……?」

 

嫌な予感がした。

物凄く嫌な予感がした。

 

「……まさか」

 

そんな予感を振り払おうと、レイは二、三度首を振った。

その場に立ち込める不安。

その不安を肯定するかのように、赤い雨は振り続けている。

レイは、先程用意された防護服を身につけた。

 

「おい、何してる!」

 

「ギル……ここ、任せたぜ」

 

待て、とギルが止める前に、レイは雨の中に飛び出していた。

 

ーーーー

 

雨の中、無線から聞こえる声だけが辺りにかすかに響く。

 

『ロミオ!ノースゲートにいた住民は無事避難できたって連絡来たよ。アラガミ反応も消えたから、そっちも撤退してくれ』

 

誰も返答しない。

 

『ロミオ、聞こえる?』

 

『コウタ隊長!住民の照合終わりました』

 

『おう。じゃあロミオ、後で交流しような』

 

ブツッ、と無線が切られた。

ゆっくりと、ジュリウスは目を開く。

あちこちが痛み、顔をしかめながら体を起こした。

マルドゥークはいなくなっている。

そして。

ジュリウスは驚きに目を見開いた。

ロミオが倒れている。

ジュリウスは、痛む身体を動かして、ロミオを抱き起こした。

ロミオの腹には、マルドゥークにやられたであろう大きな穴が空いており、血が止まることなく流れ出している。

その体が、微かに動いた。

 

「ロミオ……しっかりしろ……」

 

「ジュリウス……ごめん……アイツ、倒せなかったよ……」

 

力なく、ロミオが目を開けた。

その声も、やっと絞り出した様なか細いもので、注意して聞かなければかき消されてしまいそうな程に小さい。

それでも、まだ何とか生きていることに、ジュリウスはほっとした。

 

「あ、爺ちゃんたちは……?」

 

「ああ、無事だ……お前のおかげでな……」

 

本当に無事なのか、ジュリウスは知らなかった。

しかし、肯定した。

ロミオの不安を取り除くために。

ほっとしたように、ロミオが笑った。

 

「そっか……よかった……なあ、ジュリウス……ごめんな……」

 

「ロミオ……それ以上、しゃべるな……」

 

懇願するように、ジュリウスはロミオに言った。

しかし、ロミオは喋るのを止めない。

止めようともしなかった。

 

「勝手に飛び出して……皆に迷惑かけて……」

 

「いいんだ……それ以上、しゃべらないでくれ……!」

 

その願いは通じない。

ロミオの声が、どんどんと弱くなっていく。

瞳から光が消えていく。

 

「弱くて……ごめんな……」

 

それを最後に、ゆっくりとロミオの瞳が閉じられていく。

その体から力が抜け落ちる。

薄れゆく意識の中、ロミオが最後に見たのは、今にも泣き出しそうな、初めて見るジュリウスの顔だった。

 

「ロミオ……?頼む……逝くな……目を開けてくれ……一人でも欠けたら……意味がないんだ……だから……頼む……」

 

ロミオの肩を軽くゆすってみる。

反応はない。

その瞳が、開く事は無かった。

 

「逝くなぁぁぁぁぁぁ!」

 

ジュリウスの叫びは、赤い雨が嘲笑うかのようにかき消したのだった。

 

ーーーー

 

葬儀は、フライアの庭園で静かに行われた。

庭園に一つの墓が鎮座している。

その墓石の真ん中に、ロミオの腕輪が取り付けられていた。

結果として、レイは間に合わなかった。

出るのが遅すぎたのだ。

レイがたどり着いた時、そこには動かなくなったロミオを抱き抱え、赤い雨に打たれながら叫んでいるジュリウスの姿があっただけだ。

ジュリウスの着ている防護服は、あちこちが破けて最早防護服の意味をなしていなかった。

愕然として、体から力が抜けたのをレイは覚えている。

その後、体を動かして近くにあった車に三人分の神機と、ジュリウス、ロミオの亡骸を何とか乗せて、サテライトの中央シェルターに戻ったのだが、その辺りのことをレイはよく覚えていない。

俯いていた顔を上げて、レイは葬儀に出席している面々を見る。

ナナが泣きじゃくっている。

シエルは静かに泣いていた。

ギルは俯いてただ立っている。

ユノが鎮魂歌を歌う。

極東の皆、ロミオが慕っていた老夫婦、フライアの職員。

その全てが、ロミオの死に涙していた。

そんな中、ラケルが車椅子を動かし、ジュリウスのスグそばまで移動した。

ジュリウスは、ラケルが話しやすいように膝をつく。

一言二言、ラケルがジュリウスに何かを囁いていた。

 

(……)

 

ぼんやりと、それを見つめる。

何も言う気になれなかった。

聞く気にもなれなかった。

ただ、ここにいるだけで今は十分だった。

歌が終わり、ユノがぽつりと言った。

 

「ロミオさんに……ちゃんと届いたかな?」

 

「……ああ」

 

それしか。

レイはただそれしか言葉を見つけることが出来なかった。

 

ーーーー

 

ロミオの葬儀が終わった後、部屋に戻ってきたレイは、メールが一件届いていることに気が付き、それを開けた。

 

「……!」

 

送り主の名前を見て、レイは驚く。

そこには、もう送られてくるはずのない人物からの文面が広がっている。

 

「ロミオ……」

 

From:ロミオ

件名:ユノさんのコンサート

本文:どうせなるならパァーっと、盛大にやりたいよな!で、それにはサプライズとか欠かせないと俺は思うわけ。

もういくつかアイディアがあるんだけど、それ考えるだけで、スッゲェワクワクしてきてさ、レイも聞いたらビックリするぜ?

任務が終わったら、早速打ち合わせやるからな!

忘れんなよ!

あ、後、服も送っといたから、着て見せてくれよな!

 

ギリ、と歯を食い縛る。

本来なら、今、ロミオとこのメールに書かれている内容について話をしていたのだろう。

もう、訪れることは二度とない。

 

「俺も……このタイミングで気がつくか普通……」

 

ダン、と壁を殴りつける。

もっと早く気がついていれば?

あの時自分が助けに行っていれば?

二度と、後悔の念が止むことはあるまい。

ギリ、と歯を食いしばっていると、ピンポン、と誰かがチャイムを押した。

 

「遅くなってすみません!この荷物行き違いがあって。こちらにサインお願いします!」

 

ドアを開けて出てきたレイに差し出された小包。

差出人の名前は、ロミオ。

さっきのメールにあった、送っといた服というのはこれだろう。

直接渡せばいいものを、わざわざ送ってくるだなんて。

サインをして受け取り、部屋の中で包を開ける。

中から出てきたのは黒基調の上下一式。

それと一枚のカード。

 

『この前言ってたやつ。ありがとな』

 

カードに書いてあったのは謝礼の言葉。

レイは黙って、封を開けた。

 

ーーーー

 

深夜、誰もいなくなった庭園に、レイは1人足を踏み入れた。

ロミオが送ってくれた、最後の贈り物を身にまとって。

ロミオの墓の前まで歩み寄り、その近くに腰を下ろす。

 

「ロミオ、服、ありがとな。サイズ、ピッタリだった。それと、よかったな。お前のために、ユノ、歌ってくれたぜ」

 

レイは静かに語りかけた。

軽く微笑みながら。

 

「予定外の歌だったけどな。ま、お前のことだから、歓迎会の時みたいに手ぇ叩いて喜んだんだろうけどよ」

 

静かな庭園に、レイの声だけが響いている。

それが、虚しさを煽る。

 

「そういや、お前の言ってたアイディアって何なんだよ。気になるじゃねぇか、教えてくれよ。って、言っても、もう無理なんだよなぁ……」

 

はぁ、と小さく息を吐いた。

そっと墓に刻まれた事をなぞってみる。

何時になっても、墓に来るのは嫌いだ。

 

「……なぁ、ロミオ」

 

レイは、ロミオの墓をじっと見つめた。

 

「お前、これで良かったのか?お前のおかげで助かった人も多いが、結果としてお前は死んだ」

 

死んだ。

自身が放つ言葉が、自身に突き刺さる。

 

「俺に言わせりゃ、人を助けても自分が死んだら意味がねぇ。そんなのは、馬鹿のすることだ。ま、お前だって死ぬ気はなかったんだろうけど」

 

死ぬ気だったなら。

あんな事をユノに言わないだろう。

死ぬ気だったのなら。

あんな風に、笑えるわけがないのだ。

 

「お前は、これでいいって笑うのか?」

 

答えはない。

あるわけが無い。

死んだ人間は喋らない。

死んだ人間は笑わない。

死んだ人間は戻ってこない。

分かっている。

嫌ってほどに見てきた。

食われて死んだ者がいた。

崩れてきた建物に潰されて死んだ者がいた。

飢えで死んだ者がいて、黒蛛病で死んだ者がいた。

たった17年生きただけで、これだけの死を見てきた。

それでも。

仲間が死ぬのは辛い。

見たくなかった。

 

「……死んじまうやつがあるかよ」

 

ポロリと。

何かが頬を伝って、地面に落ちる。

それが、涙だということに気がつくのに、しばらくかかった。

いつ以来だろう、泣いたのは。

こうして、涙を流して泣いたのは。

ポタポタと落ち続ける涙を、止めることはせず、溢れ出てくる激情を押し殺して。

レイは静かに、膝を抱えて蹲る。

そして、一言だけ呟いた。

今は無き、友に向けて。

大切だった、親友に向けて。

 

「馬鹿野郎が……」




遅くなりました。
この話の構成を考えるのに時間を費やし、文を考えるのに頭を悩ませ、うんうん唸ってるところに単行本発売による内容の追加。
おかげで、何話か前の終盤らへんと前半の数文字をを変更するハメになりました。
ロミオが減退復帰したあたりです。
そちらの方にも目を通してくれると、この話の後半の下りがわかりやすくなるかも。
まあ、漫画の内容を無理やり組み込んだ結果なのですが。
とにかく、ラケルのしゃべる場面と、現場の場面、どうやって分けようと悩んだ話です。
後、ロミオをかっこよく書きたかった。
そんなスキルが私に無かったことが非常に悔やまれます。
あと、読みにくい話になってしまったような気がしてならないです。
視点がコロコロ変わるのは、ホントに直さないといけない癖だなと、ひしひしと実感しました。
最後に。
このシリーズはまだ続きますが、この回まで本当に、ありがとうございました。
頑張ってくれたロミオ先輩に、黙祷を。
感想、お待ちしています。

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