仮面ライダーエターナル―NEVER SIDE STORY―   作:K/K

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Hの灼熱/羽原レイカの章その1

 とある廃ビルの屋上、タイルの隙間から雑草が生え、草花が芽吹いている。それは人が長い間、足を踏み入れていなかったことを物語っている。

 所々錆び付いた手すりには鳥たちが止まり羽を休めていた。

 そんな人気の無い場所であったが、一つの変化が起こった。

 ギギギギと強く擦れるような音が屋上に鳴り響く。その音を聞き、鳥たちは一目散に空へと羽ばたいていった。再び、ギギギギという音が鳴る。その音を鳴らしているのは屋上に入るためのドアからだった。

 

「固っ! なんだこれ、開けられねぇ!」

 

 若い男性の声の後に何度もドアノブがガチャガチャとなり、屋上は一気に騒がしくなり始める。

 続いて、ドアがドンドンと叩かれ始め、ドアに積もった埃や張り付いていた植物が地面に落ちていく。

 ドン、という一際大きな音が鳴ったと同時に屋上のドアが一気に開いた。

 

「おお……開いて良かった」

 

 ドアの向こう側から現れたのは二十代ぐらいの男性。髪を茶色く染め、黒のスーツを身に纏っていたが、スーツの前は留めておらず、中のシャツも上三つのボタンを外しておりだらしなく着ていた。顔の造りは悪くはないが、どこか飄々とした印象を与える顔立ちをしていた。

 

「ふ〜ふふふ〜ん」

 

 茶髪の男は、調子外れな鼻歌を歌いながら屋上へと足を進める。手すりまで進むと立ち止まり、右手に着けた腕時計に視線を向ける。

 

「もうそろそろかなー」

 

 茶髪の男はそう呟くと手摺にもたれ掛かる。そしてスーツの懐から双眼鏡を取り出す、片手で構えレンズの向こう側を見つめる。反対の手でコツコツと手摺に一定のリズムを刻みながら周辺を探すように双眼鏡を動かす。やがて見つかったのか双眼鏡の動きが止まった。

 屋上から百メートルほど先にあるのは朽ちた倉庫街。網目状に走る道の両脇に一列に並んでいる倉庫。屋根は所々剥げており、窓や壁には穴が開き、すでに過去のモノとなっているのがよくわかる。

 

「お! きたきた」

 

 双眼鏡を覗いていた茶髪の男は楽しげに笑う。

 朽ちた倉庫街の道に現れたのは一台の赤いバイク。

 その赤いバイクを走らせるのはおそらく女性。フルフェイスのヘルメット被っているせいで顔はわからないが、ヘルメットに収まりきれらないほど長く伸びた髪、黒のジャケット越し見える細身の体、ジャケットと同じく黒のショートパンツから伸びるスラリとした脚、それらのパーツがバイクに乗っている人物が女性であると主張していた。

 バイクは倉庫街の中心部辺りで止まり、バイクに乗ったまま女性はいまきた道を振り返って見る。

 女性が走ってきた道に再びバイクが現れる。しかも一台ではなく十台ものバイクが走ってきた。そのバイクに乗っているのは、全員が同じ黒のスーツを纏い、顔には節足動物が張りついたかのような白いラインがはいった黒のマスクをかぶった怪人であった。

 

「おお! 時間ピッタリ! 優秀、優秀」

 

 黒のマスクをかぶった怪人たちと全く同じ服装をした茶髪の男は、双眼鏡を覗きながら本心から言っているのか、それとも茶化しているのか、どちらとも取れるような口調で一人、言葉を洩らす。

 黒のマスクをかぶった怪人たちは、女性から十メートル程離れた場所にバイクを止め、横一列に並ぶ。

 それに対して女性は、跨がっていたバイクから降りると、かぶっていたヘルメットを脱ぐ。

 

「おおー!」

 

 女性の容姿を見た茶髪の男から感嘆の声が上がる。

 ヘルメットの下から現れた顔は眉をよせ、不愉快そうな表情をしているが整った顔立ちをしている。眉、唇、鼻、目、どのパーツも完成度の高い造りをしており、間違いなく美女と呼ぶに相応しかった。

 

「いいねぇ……写真で見るよりも三割増しに美人じゃないか! これは嬉しい誤算!」

 

 双眼鏡を食い入るように覗き込み、興奮した様子で独り喋る茶髪の男。

 

「こんな仕事じゃなきゃ、是非ともお近づきになりたいんだけどね……」

 

 はあー、とため息を吐き、実に残念で仕方ないといった様子で肩を落とす。

 

「あーあ、もったいない、あの……え〜と……あれ? 何て名前だったけ?」

 

 茶髪の男はスーツの懐に手を入れると中から四つ折りの紙を取り出す。紙を開くと折られていたせいでしわくちゃになっているが、双眼鏡の向こう側の女性の写真と文章が書かれていた。

 

「あー、ハイハイ、羽原レイカちゃんね。よしよし覚えた覚えた」

 

 双眼鏡から目を放し、紙を一瞥するとすぐに双眼鏡を覗き、紙を再び懐にしまいこむ。

 

「一対十ねぇ……この数のドーパント相手にどれだけ出来るか見ものだなぁ、ま、ドーパントと言ってもマスカレードだけど」

 

 自分の言葉の何かが面白かったのかクスクスと笑う茶髪の男。

 双眼鏡のレンズには、羽原レイカと呼ばれた女性とマスカレードと呼ばれたドーパントが何か言葉を話している。

 最も口を動かしているのは、羽原レイカだけで仮面を着けているマスカレードドーパントたちはレイカが何かを言う度に指を指すなどの行動をとっているだけに過ぎないが、離れた場所にいる茶髪の男にはわからないが、会話はしていると予想は出来た。

 

「さぁて、そろそろ始めるなぁ。どっちが残るか……出来ればコイツのことをレイカちゃんに聞きたいなぁ」

 

 コツコツと手すりを叩くのを止め、その手に持ったモノを見つめる。

 形は長方形、長さは約十センチ、青みかかった金属端子が付いており、中心には炎によって『H』の文字が形作られていた。

 ここに来る途中、前触れもなく気付いたら足元に落ちていたコレ。試しに起動スイッチを押してみたが、起動したことを示すガイアウィスパーも鳴らず、カチカチと虚しい音が鳴るだけであった。

 壊れているのかと思ったが外部には傷一つ無く、偽物という可能性を男は考えたが偽物にしては造りが精巧過ぎており、明らかにガイアメモリというモノに深い知識がなければ出来ない代物であった。

 よくよく見ると男性の扱うガイアメモリとはいくつか共通点があるが、彼の記憶の中で、このデザインのガイアメモリは見たことが──

 

「いや、待てよ……」

 

 この形に隅の方に書かれた『HEAT』の文字、この二つの情報が頭の奥から一つの情報を取り出す。

 

「『仮面ライダー』っていうのが使うガイアメモリにそっくりだな……」

 

 この街の住人達がヒーローとして慕う存在『仮面ライダー』、複数のガイアメモリを使いドーパントと戦う存在。彼の中では、正直興味が無かったのですっかり忘れていた。

 組織が動くことになった爆破事件、それを行った国際的テロリスト、そして見たことのないガイアメモリ、この三つに関係性がないとは考えられない

 

「やっぱり、上の人達も知っているのかな?」

 

 彼の脳裏に幹部達の姿が浮かぶ、組織を束ねる初老の男性、目つきが少々きつめの美女、この街のアイドル、ガイアメモリのバイヤーから一気に出世し幹部になった元同僚。

 

「まあ、知ってても言うわけないか」

 

 先程まで浮かべていた笑みとは違い、冷めたような笑みであった。基本的には上の人間がしたことは下には伝わらないのが、この組織の暗黙の了解である。

 特にここ最近はそれが更に顕著になっている、と彼はそう感じていた。幹部の内の一人は突然事故でなくなったが、組織の中では誰もが事故で亡くなったとは思っておらず、それを証明するかのようにその幹部の妻だった女性幹部も行方不明となっていた。

 上の人間のゴタゴタのせいで、彼の只でさえ低い忠誠心は更に低くなり、本来ならばすぐに知らせるべきこのガイアメモリを組織に出すことを躊躇わせていた。

 

「あ〜あ、本当、どうしようかね……」

 

 男の意識が完全に別のモノに移ろうとしたとき。

 

 パァ──―ン

 

 銃声が男の意識を連れ戻す。

 

「ん? 始まったか?」

 

 男は正体不明のガイアメモリを懐に仕舞うと、双眼鏡を覗き込む。そこに写るのは、羽原レイカとマスカレードたちの戦いが始まった光景。

 

「まあ、難しい話は後々。今はお仕事といきますか」

 

 茶髪の男は、そう言うと薄く笑う。その笑みには暖かみも情も感じることが出来なかった。

 

 

 ◇

 

 

「しつこいね、あんたたち」

 

 赤いバイクから降りる女性──羽原レイカは眉間にシワを寄せ、不快感を露に目の前のバイクに乗った男たちを睨み付ける。

 睨み付けられた男たち──マスカレードドーパントたちは、針のように鋭い視線を受けても怯むことなく、中央にいるマスカレードドーパントが代表し、余裕に満ちた態度で言葉を返す。

 

「ふん、あれだけのことをしておいて何も対処しないと思っていたのか? ましてや国際的テロリストといった存在に?」

 

 今度は逆に敵対心を剥き出しにしたマスカレードドーパントたちの視線が射殺すようにレイカに向けられるが、向けられた本人は鬱陶しそうな表情を浮かべる。

 

「あたし、嫌いなんだよね……」

 

 ため息を一つ吐く。

 

「ゴミ掃除って」

 

 レイカのその言葉にマスカレードドーパントたちは、一斉に拳銃を取り出し、レイカに向ける。マスカレードドーパントたちの殺気を一身に受けながらもレイカは怯えることもなく、地面の状態を確かめるように爪先で二度、三度地面を叩く。

 

「さっさときたら?」

 

 つまらなさそうに言うレイカ、それをきっかけに中央にいたマスカレードドーパントが引き金を引く。

 炸裂音と共に発射される銃弾、そしてレイカも銃声が鳴ると同時に地面を蹴りつけ、走り出す。弾丸に向かって走るレイカ、しかし、その弾丸はレイカに直撃することなく、レイカの靡く長い髪を掠め、数本の髪を吹き飛ばしただけで終わり、外れる。

 他のマスカレードドーパントたちも拳銃を撃つが、走るレイカには当てることが出来ず、走る位置を先読みして撃つがその場所に弾丸が届く前にその場所から数歩先の位置を走っている。

 マスカレードドーパントたちは、レイカの間合いに入りそうになる前にすぐさまアクセルを全開にしてバイクを発進。

 何人かのマスカレードドーパントたちは、レイカが迫ってくる前に左右へとバラバラに走っていったが、一人のマスカレードドーパントだけが勝てると踏んでの行為なのか、レイカへと向かって突進する。

 突進するマスカレードドーパントのバイクは急激にアクセルを開いたことで勢いづき前輪が持ち上がる。それに対してレイカは足を止める気配もなく、走るスピードを維持したままマスカレードドーパントに向かっていく。

 二人の距離がゼロになろうとしたとき、持ち上がった前輪を体を捻るようにしてレイカは車体の横へ飛ぶように回避、運転するマスカレードドーパントの背中が見えた瞬間、さらに体を回転、レイカもマスカレードドーパントに背を向ける形となりながらも振り回したレイカの踵がマスカレードドーパントの頸椎に直撃、マスカレードドーパントの手がハンドルから離れ、地面に叩きつけられる。運転手を失ったバイクもバランスを崩し転倒、上げられたスピードの勢いのまま車体から火花を走らせていった。

 

「ちっ!」

 

 すでに安全な位置にまで退避していたマスカレードドーパントたちの一人が舌打ちをする。バイクから降ろされたマスカレードドーパントはまだ生きていたが、それを助ける様子は他のマスカレードドーパントたちからは感じられない。

 マスカレードドーパントの一人が二本立てた指で他のマスカレードドーパントたちにサインらしきものを送る。それを見ると頷き、二手に分かれ倉庫街の奥へとバイクを走らせていった。

 

「逃げた──というわけじゃないか」

 

 髪をかきあげ、無表情で呟くレイカ、その足元では空気が漏れたような、コヒュー、コヒューという音をだしながら辛うじて生きているという状態のマスカレードドーパントが倒れている。

 

「あーあ、ホント面倒」

 

 倒れているマスカレードドーパントの喉元にレイカの靴底が叩きつけられる。マスカレードドーパントの一瞬痙攣し、そのまま絶命。

 何事もなかったかのように歩き始め、停めてあった自分のバイクにと跨がる。

 

「まあ、逃がさないけど」

 

 エンジンを動かし、アクセルを回すと走り去っていったマスカレードドーパントの後を追っていった。

 

 

 ◇

 

 

「あー、一人やられたか……」

 

 屋上から見ていた茶髪の男は、つまらなさそうに言う。

 

「『俺たちにやらせて下さい』って息巻いて言ったわりにはいきなり死ぬなよ……」

 

 はあ、と溜め息を吐く男。マスカレードドーパントたちの戦いに不満を感じているのが分かる。

 

「そりゃ名を売るのも大事だけどな……」

 

 自分が監視をし、他のマスカレードドーパントたちが羽原レイカと戦うことになった経緯、一言で言うなれば出世の為であった。マスカレードドーパントたちが組織の敵を倒し功績を上げ、上司の立場にある茶髪の男がそれに口添えして後押しをする。言葉にすればひどく単純なことであった。

 しかし、結果としては一人死亡。いくら国際的テロリストでも数で攻めれば、などという楽天的な考えと、資料で見た女性だからなどという浅い考えが今の惨状を造り出しているのだった。

 

「ああ、つまらん! つまらん! 俺なら……俺だったら……」

 

 茶髪の男の脳裏に浮かぶのは先程レイカがマスカレードドーパントに放った蹴り。不安定な姿勢から繰り出された後ろ回し蹴りが、マスカレードドーパントの首を砕いていく光景。その姿は茶髪の男の体を興奮で奮わせる。

 男は、自分が監視などという仕事ではなく、マスカレードドーパントたちのように戦いの場に出ることが自分の性にあっていることを自覚していた。しかし、上の立場であるということがそれを許さず、本来の自分を縛りつけていた。

 

「凄かったよなアレ、あんなの出せるのと戦えたら……ん?」

 

 そう呟いたとき突然、何かが男のスーツの中で動く。まるで心臓の鼓動のように脈打つような間隔で。

 

「なんだ……これ……」

 

 スーツから取り出されたのは、正体不明だったガイアメモリ。男の手の中でも鼓動のような動きは止まらない。

 

「なにが……一体……どうなって……」

 

 その鼓動を感じる度に男は、頭の中が霞みがかっていき意識が朦朧としていくのを感じる。危険だと思い捨てようとするが、意思に反して男の手は動かず、視線もガイアメモリから離れてはくれなかった。

 立場、仲間、自分の本来の在り方、そういった考えがぐるぐると男の中で回り始める。

 ガイアメモリの中央に描かれた文字が、光を放ったかのように見えたとき男の頭の中で何かが弾けたような衝撃が走った。

 

「……うん……ダメだなあいつらじゃ……俺が……俺が……」

 

 呆けたような口調で、スーツに手に持ったガイアメモリをしまうと手摺に足をかけ、その上に立つ。

 

「邪魔だな……あいつら……あいつらがいたら……俺が……楽しめない」

 

 再びスーツの中からガイアメモリが取り出されるが、今度は先程のガイアメモリとは違い、骨のような装飾をされた無骨な印象を与えるものであり、中央に描かれた文字も『H』ではなく『D』であった。

 

「本当……あいつら……邪魔……」

 

 茶髪の男は何の躊躇いもなく手摺から飛び降り、空中に身を投げ出した。

 

 

 ◇

 

 

 倉庫街を走る複数のバイク、先頭を走る搭乗者のマスカレードドーパントは内心焦っていた。

 自分たちの名を覚えて貰い、上とのパイプを繋げるため、無理を言って上司に頼み、あえて傍観者の立場になってもらっていたが、始まって早々に仲間一人を倒されてしまい、失態を晒す羽目になってしまった。

 だが、まだこの失敗を取り戻す算段はマスカレードドーパントの中にあった。この人気の無い倉庫街の地理は完璧に把握しとおり、地の利を生かし攻めるつもりであった。

 仲間に作戦の内容を伝えよと振り向いたときあることに気づく。

 

「一人いない……?」

 

 後ろを走る他のマスカレードドーパントたち、二手に別れ自分たちは五人で来たはずなのだが、最後尾にいた一人がバイクごと消えていた。

 

「止まれ!」

 

 慌てて他のマスカレードドーパントたちに声を掛け、バイクを止める。少し待ったが最後尾のマスカレードドーパントが来る気配はなく、道に迷ったという考えも浮かんだが、この場所の地理は全員が知っているのでその可能性も低かった。

 突如、後ろを見ていたマスカレードドーパントたちの目の前に黒い塊が落下し地面を砕いた。よく見ればそれは自分たちが乗っていたバイク、つまり消えたマスカレードドーパントのバイクであった。

 

「な、何だ! 一体何が!?」

 

 動揺の声が上がる。その直後、タッタッタッという何かが走る音が周りの倉庫の上から聞こえた。

 

「走れ!」

 

 この音を聞いたときマスカレードドーパント全員の体に悪寒が走る。思わず叫び、必死になってバイクを走らせこの場から離れる。

 アクセルを全開にして走らせるが、タッタッタッという音がいまだに聞こえ続ける。

 

「くそ、引き離せられない!」

 

 時速百キロメートル近く出ているのにもかかわらず、音は離れない。

 

 タッタッタッタッタッタッ

 

「うああああああああ!」

 

 仲間の一人が悲鳴を上げる。思わず皆が振り向くが、悲鳴を上げた本人は消え、乗っていたバイクは転倒し近くの倉庫に衝突していった。

 バイクを停め、正体不明の襲撃者に対して迎撃する選択もあったが、それは出来なかった。恐怖という感情がこの場にいる全員を縛りつけ、逃走という選択しか選ばさなかった。

 

 タッタッタッタッタッタッ

 

 消えることのない襲撃者の足音。それがマスカレードドーパントたちの精神を大きく削る。

 

「くそ、くそ!」

 

 突然、一人がバイクを停め、拳銃を取り出す。

 

「おい!」

 

 咄嗟に声を掛けるが聞く耳を持たず、倉庫の屋根に向かって銃を乱射し始めた。

 

「出てこい! 出てこいよチクショウ! 殺してやる!」

 

 いつ襲撃されるか分からない、この精神的な圧迫に耐えきれなかったのか、やけくそといった様子で銃を撃ち続ける。

 

「バカが……!」

 

 奥歯を噛み締めながらそう言うと停まることなくバイクを走らせ続ける。今あそこで停まっても犠牲が増えるだけと判断した結果であった。

 

「ぎぃああああああ!」

 

 曲がり角を曲がったとき悲鳴が響く。悲鳴の主は考えるまでもない。

 

「いったい……いったいどうなってる!」

 

 自分たちはあの女を始末しに来ただけではないのか、あの女の仲間がここにいたのか、そんな疑問がマスカレードドーパントの頭の中で渦巻く。

 そのとき、目の前に落下する黒い物体。刹那、まるでスローモーションのように周囲の光景がゆっくりと動いているかのような感覚にマスカレードドーパントはおちいっていた。それゆえにそれが何か分かってしまった。

 それは先程悲鳴を上げたマスカレードドーパント。

 回避することが出来ず、落下してきたマスカレードドーパントと衝突、後ろを走るバイクも巻き込んで転倒してしまう。

 バイクから放り出され、二転三転と地面を転がり、全身を叩きつけられる。やがてうつ伏せになって止まるが、全身を走る痛みで体を起こすことが出来なかった。

 

「ひあああああああ!」

 

 仲間の悲鳴、何が起こったのか嫌でも分かる。痛む体に鞭打ち、地面を這いつくばながりらも必死になってその場から逃げようとする。

 しかし、それも無駄な抵抗であった。這いつくばるマスカレードドーパントの後頭部が強い力で掴まれると、そのまま軽々と持ち上げられる。

 

「う、ああ……ああああ」

 

 もはや抵抗することは出来ない。絶望がマスカレードドーパントの心を塗り潰す。

 最期の足掻きで、ほんの僅かな力を使い後ろに視線を向けるマスカレードドーパント。

 その眼に飛び込んできたのは、ヌメヌメと唾液で光る赤黒い舌に鋸のように並んだ牙。

 それが最期の光景であった。

 

 


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