仮面ライダーエターナル―ＮＥＶＥＲ ＳＩＤＥ ＳＴＯＲＹ― 作：Ｋ／Ｋ
蔦が絡んで出来たかのような両手の指先を地面に着くほどに垂らし、やや前屈みの姿勢をとるビーンドーパント。
その視線の先にいる敵、京水は片手を腰に当てた構えらしい構えをしていない状態で立っている。
相手の動きを見るビーンドーパントはいつでも攻撃が出来る攻めの状態に対して、京水は対照的に相手を攻撃する意志が感じられず守りの状態となっていた。
数メートル離れた両者。前触れもなくビーンドーパントの右腕が動く。
残像が残る程の速さで京水に向けて振るわれた右腕は、数メートル離れた京水目掛け肘から先が一気に伸びた。
伸びるビーンドーパントの右腕の先は、腕よりも更に速く、常人には反応することの出来ないスピードで京水に襲い掛かる。しかし、その前に京水の右足が目の前に向かって靴底を見せるように突き出された。
金属が削れたような甲高い音が響く。
京水の靴底にビーンドーパントの鞭のような右手がぶつかり合うと、京水の靴底はやや削られ、ビーンドーパントの右手は軌道を逸らされ、京水の立っているすぐ横の舗装された地面を砕いた。
ビーンドーパントは短く舌打ちすると直ぐに右手を動かし、京水の両足を薙ごうとするが、京水は相手の行動を読んでいたのか両足で地面を蹴り、後方へとバック転、それを回避する。
着地した京水に再びビーンドーパントが攻撃を仕掛ける。先ほどとは違い、今度は左手を京水に向け一気に伸ばす。
指先を揃えた手刀の形にしたビーンドーパントの左手は京水の胴体を狙って投げ槍のように一直線に空を駆ける。
それと同時にビーンドーパントの右腕も京水の足元を払うように動いた。上下同時の攻撃。だが京水は慌てることなく、片足軽く上げると足元を狙ってきたビーンドーパントの右手を地面に埋まる程の力で踏みつける。
「ぐっ！」
たとえ伸びていたとしても神経はしっかりと繋がっているらしく、右手を踏まれことで生まれた痛みはビーンドーパントの脳まで一気に駆け抜け、短い苦鳴をあげさせるとともにビーンドーパントの左手の動きを僅か鈍らせる。
同時に来たのならば避けることは困難であったが、ビーンドーパントが受けた痛みによって出来た一秒にも満たない攻撃のずれ、それを見逃す程、京水という存在は甘くはなく、またＮＥＶＥＲの力は脆弱ではない。
鈍くなったビーンドーパントの左手の手首に当たる部分目掛け、下から突き上げるようにして放った京水の拳が命中する。
上へと跳ね上がるビーンドーパントの左手、両手を自由に出来ないこの隙に京水は一気に攻撃に出る。
両者の距離は数メートル離れているが、京水が地面を蹴るようにして走ると一瞬にしてゼロとなる。
ビーンドーパントが捉えられる距離まで詰めた京水、ビーンドーパントの両手はまだ戻ってはいない。
「も〜らった！」
京水のハイキックがビーンドーパントの首筋に突き刺さり、ビーンドーパントの首を傾けさせる。しかし、傾けさせただけでビーンドーパントの両足は地に根付いたかのように微動だにしない。
「舐めるな！」
ビーンドーパントの怒声とともにビーンドーパントの顔面に変化が起きる。人間ならば口に当たる部分に裂け目ができ、そこから一センチ程の粒が無数に吐き出される。
京水の顔目掛け飛んできたそれを反射的に手を翳して防ぐ、そしてそのまま後方へ飛び距離をとった。
粒自体の威力は殆どなく、手を貫通するようなことはなかった。
「あら？」
しかし、すぐに京水は違和感を手のひらから覚える。むず痒さと何かが抜けていくような感覚が手のひらから伝わってきたからである。
京水が自らの手のひらを見たとき、そこには植物の双葉が芽吹いていた。
人間の身体から植物が生える、あまりにも衝撃的な光景である。更にその双葉はビデオの早回しのような勢いで急速に成長し続けている。それと同じく先程感じた感覚が手のひらから内部にと伝わり、今では肘の位置まで感じてきていた。
植物の双葉が芽吹いたことでこの感覚の正体を京水は理解した。今凄まじい勢いで自分の体内に植物の根が伸びているということに。
すぐに京水は行動に移る。自分の手に根付いた植物を掴み、一気に引き抜こうと力を込める。
「させると思うか？」
しかし、その行動はビーンドーパントの振り下ろした拳によって阻まれる。
ハンマーのように勢いを込めて迫る攻撃を京水は咄嗟に両腕で防御しようとするが、芽を生やした腕は軽く震えただけで自由に動かすことが出来ず、片腕だけの不十分な形でビーンドーパントの攻撃を受けざるをえなかった。
「あん！」
ビーンドーパントの拳が京水の腕に振り下ろされる。メキリという音が鳴り、手首から肘までの間が不自然な形に変形した。
ビーンドーパントはそのまま折れた京水の腕を掴むと自分の前に引き寄せ、その勢いのまま京水の腹部に拳を捻り込む。
「きゃん！」
京水の悲鳴とともに赤い血が京水の口から吐き出される。そして、京水の手に生えた植物もどんどんと成長をしていき、京水の首筋の辺りにまで侵食、皮膚の下で生物のように蠢いている。
「ふふふ、それはお前の血肉を栄養にして成長する。どうにかしなければ脳にまで到達するぞ」
京水の手のひらで植物が成長していく様が愉快で仕方がないといった様子のビーンドーパント。顔を覗き込むようにして笑う。
しかし、この瞬間、京水は地面を勢いよく蹴りつけ、それによって生まれた力をビーンドーパントの顔面に頭突きという形で喰らわす。
「ぐお!?」
思いもよらない一撃にビーンドーパントが仰け反る。さらに京水は仰け反るビーンドーパント顔面に追い討ちの頭突きをお見舞いした。
「がふっ！」
二度の頭突きにより、たまらず京水を掴んでいた手の力が弛む。
それを見過ごす京水ではない。相手の鳩尾に京水の爪先が抉り込まれる。
貫くような衝撃がビーンドーパントの体内に走り、息を無理矢理吐き出させられる。初めに受けたハイキックは、京水の攻撃を受け止めるために体に力を入れていた為防げたが、この攻撃には怯んでいた為に対応することが出来ずにまともに受けてしまった。
この攻撃により思わず掴んでいた手を離してしまうビーンドーパント。さらに京水は近くに倒れていた椅子に器用に足を絡めるとビーンドーパントに向けて足で投げつける。
「こんなもの！」
椅子がビーンドーパントの顔を目掛けて飛んでいく。この瞬間、ビーンドーパントの視線は京水から外れ、椅子へと集中する。その僅かな隙に京水は走る。姿勢を可能な限り低くして地面スレスレを滑るように。
ビーンドーパントが椅子を片手で払い、京水のいた場所に視線を戻す。
「小細工など……!?」
京水に向けて放とうとした言葉が止まる。何故なら先程までいた京水の姿がそこにいないからだ。
「どこに！」
「こ〜こ」
焦るビーンドーパントの言葉に、すでにビーンドーパントの足元にいる京水が答える。
それと同時に京水は地面に既に骨折から回復した片手をつき、素早く倒立する。
咄嗟に下を向くビーンドーパントの目に映ったのは自分に向かってくる二本の太い脚、それがビーンドーパントの頭部を凄まじい力で挟み締め上げる。
振りほどこうと手を伸ばそうとするが、突然ビーンドーパントの視界が百八十度回転。
ビーンドーパントが事態を把握するよりも早く、ビーンドーパントの頭は地面に叩きつけられた。
「がっ！」
そのまま京水はその場を離れ距離を置く。ビーンドーパントは、さすがに脳天から垂直に地面に叩きつけられたのがこたえたのか、すぐに立ち上がることが出来ず、頭を抑え、膝をついたまま全身を震わせていた。
「もう！ 勝手にあたしを苗床にするなんてひどいわね！こんなのこうしてやるんだから！」
ビーンドーパントから距離をとった京水は、言うと同時に植物の根元を掴み、一気に引っ張る。ブチブチと生々しい音とともに赤黒いモノを纏った根が顔を出していく。すでに顔面まで伸びていた根も這い上がるのを止め、下へと下がっていく。
「あ〜んもう！ こんなのがあたしの中に入ってたなんて気持ち悪いわね！」
引き抜いた植物を地面へと放り捨てる。青々とした葉は急速に色を失い、やがて茶色く変色し最後には枯れ果て、風が吹くと塵となって飛ばされていった。
京水は問題がないか確認するために寄生されていた手を何度か握ったり、開いたりをしながら軽く肩を回す。問題がないことが分かるとビーンドーパントへと意識を向けた。
◇
頭を叩きつけられた場所で、いまだに体を震わせているビーンドーパントであったが、さっきまでとは違うことが一つだけあった。痛みによって震えているのではなく、抑えきれない程の怒りによってその身を震わせていた。
自分は選ばれた存在だ。
だからこそガイアメモリという存在に出会い、この力を使って高みへと上っていくのにふさわしい人間だ。
それは今までも、これからもずっと変わらない決められた運命だ。
なのに何故だ。
何故、自分はこんな場所で屈辱にまみれ、怒りで震えている。
自分はこんなこととは無縁の筈ではないのか。
何故あんなわけの分からない奴にいいようにやられている。
何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ！
許せない、自分にこんな思いを味わわせる存在が。
あってはならない、存在してはならない、自分に屈辱を与えた存在など許せない。認めない。
この世から消し去ってやる！
◇
ゆらりとビーンドーパントが立ち上がる。全身から溢れ出る怒りを隠そうとはせず、感情のままに京水を睨み付けた。
「あら怖い、そんなに感情的になっちゃってビックリ！ でもその焼き殺されそうな程の情熱的な視線！ 嫌いじゃないわ！」
変わらない京水の態度、しかし、ビーンドーパントは反応することなく無言で自らの体に吊るされた豆の莢を掴み、引きちぎる。
ビーンドーパントの様子に京水も疑問に思ったのか僅かに怪訝な表情を浮かべる。
ビーンドーパントは手に持った莢を上空へと放り投げる。すると、パァンという弾ける音とともに莢の中に入っていた豆たちが地面に向かって飛び出し、ビーンドーパントの足元に三つの穴を作った。
ビーンドーパントの行動の意味を理解出来ない京水。そんな京水の内心を見抜いたのかビーンドーパントは口を開く。
「考えなくてもいいぞ……お前は……何も考えなくていい……ただ祈っていればいい……」
途切れ途切れに喋るビーンドーパント、その声は不気味な程に静かであった。
「祈るって何を？」
京水が質問するが、ビーンドーパントは答えず、俯く。
そのとき、ピシリという音が鳴る。音の発生源はビーンドーパントの足元にある三つの穴。蜘蛛の巣状にあったヒビが音とともに大きくなっている。
「決まっているだろ……？」
顔を上げるビーンドーパントの声を合図にしたかのように、地面を覆っていた舗装が破片と土砂とともに巻き上げられる。
そこから現れたのは三本の腕らしきもの。蔦が絡みあって出来たかのようなそれは、ビーンドーパントの腕と酷似していた。
そのまま地面を引っ掻くようにしてどんどんと這い上がっていく。ある程度まで這い上がってくると同じ穴から今度はもう一本の腕が姿を現す。
両手を使い地面から這い上がってきたそれは、腕だけでなく全身までもが全く同じ、唯一違う点を挙げれば豆の莢を全身に吊るしていないぐらいだけで、あとはほぼ完璧にコピーをしたかのようなビーンドーパントたちであった。
「あら！ 増えた！ 増えちゃったわ！」
驚きの声を上げる京水。再びビーンドーパントは体に吊るされた豆の莢を両手で一つずつ千切り、放り投げる。数秒後にはビーンドーパントの前に九体のビーンドーパントたちが立っていた。
「くくく……祈っていろ……一秒でも早くこの世から消えてなくなることをなぁ！」
ビーンドーパントの怒声をきっかけに九体のビーンドーパントが一斉に京水に向かって走りだす。「最も！楽に死なせることは私が許さないがなぁ！」
「ああん、もう！ それって少しズルくない！」
京水が抗議するが、コピービーンドーパントたちは一切反応せず機械のように一糸の乱れもなく両手を突き出す形で一斉に構えると京水に向け、射出したかと錯覚するかのような速度で両腕を伸ばす。
「いやん！」
横飛びでコピービーンドーパントの攻撃を避けた京水。狙いが外れたコピービーンドーパント達の両手は地面に突き刺さり、舗装の破片を散らす。
この隙に距離を取ろうと素早く立ち上がろうとした京水であったが、突然片足を強く引かれ、顔面から地面へと転んでしまった。
「痛い！」
甲高い声を出し、痛みを訴える京水。すると今度は上に強く引っ張られたかと思えば、京水の身体が宙に持ち上げられる。
「イヤだ!? 何!? 無重力!? 世界が逆さま!?」
本気なのかふざけているのかわからない様子で自分の現状を喚く。そんな京水の眼に入ってきたのは自分に向けて伸びている緑の蔦、その先は京水の右足首に巻き付いていた。
「潰れてしまえ！」
降り下ろされたビーンドーパントの蔦。数メートルの高さまで持ち上げられていた京水は、頭から地面へと落下させられる。
風切り音が聞こえる程の勢い。蔦を振りほどくのは巻き付いた位置とかかる時間を考えても到底間に合わない。
故に京水は被害を最小限にするために決断をし、実行に移す。
地面まで距離が一メートルにまで迫ったとき、京水は頭上に向け、己が両手を全力で突きだした。
「ヨイショ！」
掌が地面へと触れたと感じたとき、両腕の筋肉が限界まで膨れあがる。
地面は落下の勢いに耐えられず砕け、放射状にヒビを走らせる。京水の両手も衝突による衝撃により、割れるような音と紐が千切れるような音を幾つも京水の体内で響かせた。
「抵抗するんじゃない！」
ビーンドーパントの苛立たしげな声。
それでも耐える京水であったが、ついには限界を迎え、地面へと突っ伏す。
両手を組んだビーンドーパントは高々と両腕を降り上げる。そして、伏せている京水の後頭部へ一切の加減も無く降り下ろした。
鈍い音と破砕音とともに顔面が地面へとめり込む程に叩き込まれる。
落下から衝突まで僅か数秒間、結果として京水は血を流し倒れたという結果で終わった。
動く気配の無い京水、それをビーンドーパントは刺すような視線で見ている。やがて、ビーンドーパントは京水に背を向け歩き始めた。そして、 数歩程歩いたかと思えば、無言で右手を挙げる。
それを合図にコピービーンドーパント達は倒れた京水に向け、原型すら残さないと言わんばかりに鞭のようにしなる腕を降り下ろす。
京水の肉体が破壊された――かに思われた刹那、京水の上体が跳ね上がり、大きく後ろに反らされると、爪先だけでその場から跳躍、後方へと宙返りし、攻撃をかわした。
「下手な死んだフリだな、この死に損ないが！」
追撃が着地した京水に迫るが、京水は着地と同時に脚力のみで側転し攻撃を回避。
「死人が『死んだフリ』なんてムーリ！ だって常にわたし死んでるんですから！」
額から血を流しながらも軽い口調で答える京水。そこに更なる追撃が迫る。
「あーん！ もう！ せわしないわね！」
コピービーンドーパント達の伸ばした触手の群れの一本を地面へと踏みつけ、と同時に地を蹴り飛び上がる。飛び上がった京水は下半身を捻り、触手を蹴り上げ、別の触手に当て、軌道を逸らす。
それでもなお残りの触手が来るが、京水は上半身を器用にねじ曲げ無理矢理攻撃を外させた。
「くねくね！ くーねっ！」
コピービーンドーパント達の攻撃を全て回避した京水は、着地した瞬間に前へと駆け出し、本体に攻撃を仕掛ける。
腕を組み、不遜な態度でそれを見ているビーンドーパント。
京水があと二メートルの距離まで近づいたとき、京水の足元が爆発したかのように土砂や破片を撒き散らし、中から現れた緑色の手が京水の両足を掴み、動きを止める。そして、更に背後からも 別の手が現れ、京水の両腕に巻き付け拘束した。
「やだ！ 何！ 何！ この縛り、キツイ！」
地面から新たに現れた二体のコピービーンドーパント。その手は京水の自由を完全に奪っていた。
「ここまでだな」
冷たく殺気に満ちた言葉。
言葉の主であるビーンドーパントは、緩慢とも言える動作で構えた。その動作一つ一つで京水の恐怖を煽ろうとするかのように。
「死ね」
「あなたに出来るかしら？」
殺意と挑発の刹那の邂逅。
溜め込んだ力と殺意が爆発したかのような勢いでドーパントの拳が振るわれた。触れれば即、死を迎えるかと思わせる力の塊。
防御も回避も一切出来ない京水の腹部へと突き刺さる。
拘束していたコピードーパントたちの手から離れた京水の体は、地面を何度も跳ね、周りのテーブルや椅子などを巻き込むも勢いは止まらず、店の壁面に叩き付けられたことでようやく止まる。
そこはビーンドーパントから十数メートルも離れた場所であった。
(これは……ちょっと、不味いかしらね……)
再生を上回る体組織の破壊。過剰なダメージの結果、京水の体内では再生速度は極端に低下し、危険な状態へとなりつつあった。
(ああ、逝くときは克己ちゃんの腕の中でって決め……あら？)
京水の視線の先に映る観賞用植物。その枝の間に見える山吹色の物体。
「あら？ あら？ あららららら？」
それに手を伸ばし、掴んだとき京水は会心の笑みを浮かべた。
「見～つけた！」
『ＬＵＮＡ』