仮面ライダーエターナル―NEVER SIDE STORY― 作:K/K
イタイ……イタイ……イタイ。
今までの生きてきた人生の中で、いまだかつて味わったことのない痛み。
体が少しでも動くたびに、両腕から灼熱のような痛みが走り脳髄を焼く。
クルシイ……クルシイ……クルシイ……。
痛みが走るたびに息が止まりそうになり、体中が震え、満足に呼吸することもできない。
ダレカ……ダレカ……タスケテクレ……。
心の奥底から助けを呼ぶが、誰にも届くことはない。
ナゼコウナッタ……ドウシテコウナッタ……。
なぜ? どうして? そんな言葉が心の中で、何百、何千と呟かれては消えていく。
ふと意識の朦朧としている彼の耳に声が途切れ途切れ入ってくる。
初めは絶叫、次は悲鳴、その次は苦鳴。
どれもこれもが恐怖に彩られ、そのまま消えていく。
「地獄を楽しみな」
最後に聞こえた声、その声を聞いたとき、彼の中に火が灯る。
アア……ソウカ……アレモコレモゼンブ……。
火は、彼の中にあるものを糧とし、どんどんと燃え上がる。
オマエノセイカ……!
彼の内にある負の感情によって燃え上がる憎悪の火、それが他者を焼き尽くそうと動く時は近い。
◇
振り下ろしたエターナルの一撃がマスカレードドーパントの頭から入り股間までを一刀両断する。
左右別々に体を分断されたマスカレードドーパントは右と左の半身が地面に着くとそのまま爆発し塵と化した。
トリロバイトドーパントが戦闘不能状態になってからほんの数分足らずで、マスカレードドーパントたちの数は片手で数え切れる程に減少していた。初めに見せていた動きは微塵もなく、恐怖に引き攣った体でエターナルの攻撃を受けるだけの木偶へと成り下がっていた。
原因は、トリロバイトドーパントに対する拷問紛いの攻撃の結果である。マスカレードドーパントたちの目の前で慈悲の欠片もない行いによって、マスカレードドーパントたちの心の内に恐怖という感情が強く根付いてしまったのである。
もしかしたら自分もあのような目に合うのではないか? という考えがマスカレードドーパントたちの動きに制限を与えてしまい、精彩さに欠けた動きにしてしまっていた。
組織に対しての忠誠心は大いにある。しかし、忠誠心の上から縛り付ける恐怖という名の鎖。逃げてしまいたい、だが逃げられない。不一致な二つの思考の代償はエターナルから送られる「死」という形によって払われていた。
地を滑るようなステップで、新たな犠牲者の前に立ち塞り、刃を構える。また一人マスカレードの数が減らさるかと思われたとき、ヒュンという空気を裂くような音と共に、複数の白い影がエターナルに向かって襲い掛かる。
白い影の正体は、アンモナイトドーパントの長く伸びた触手であった。それが鞭のようにうねり、エターナルを引き裂こうとする。
エターナルは、その攻撃を身を屈め、素早く回避する。先程まで頭部があった場所にで触手同士が激しくぶつかり爆ぜるような音が響く。すぐさま触手に目掛け、エターナルエッジを振り上げる。弾力のあるアンモナイトドーパントの触手はエターナルエッジによって切り落される。しかし、すぐに切断面から新しい触手が再生され、傷一つない元の状態へと戻ってしまった。 再生した触手の群れが、再びエターナルに襲いかかる。
振り下ろすように振るわれた触手をバックステップで回避、空振りした触手が地面を砕く。が、そのままエターナルを追撃する。
槍のよう迫る何本もの触手を手に持ったエターナルエッジや素手で弾き、攻撃を防ぐ。
アンモナイトドーパントの攻撃を防いだのも束の間、エターナルの視界の端に、側面から突進してくるマンモスドーパントの姿を捉える。前面に突き出した自らの牙を武器に、鈍重そうな体格からは想像できないような速度で向かってくる。
直撃すれば、ただでは済まない威力。しかしエターナルはその場から逃げるのではなく、逆にマンモスドーパントに向かって走る。体格では、エターナルを上回るマンモスドーパント。それに自ら走り寄る。
「おおおおおお!」
雄叫びとともに更にスピードを上げるマンモスドーパント。その姿に「フッ」と鼻で笑うような仕草をするエターナル。
両雄の姿が交差する。キィンと響く音は小さく、すぐに消えてしまった。交差した後も二人の足は止まらず、そのまま数メートル程離れる。
ちょうど両者が最初に立っていた位置と入れ替わったようであった。一瞬の間の後に地面に何かが落ちる音が響く。
「ぐうぉぉ……!」
その場に膝をつき、顔面を押さえ、声を絞りだしたかのようなマンモスドーパントの苦鳴。
マンモスドーパントの長く伸びた牙の片方は根元から切断されていた。地面に落下した物体の正体はマンモスドーパントの牙であった。
「本当ならその自慢の鼻を断ってやりたかったんだが、上手くいかないもんだな」
軽口を言うエターナルに、憎悪を込めたマンモスドーパントの視線が向けられる。しかし、当の本人は涼風にでも当たっているかのように平然とし、手の中にあるナイフをクルクルと回しながら、余裕に満ちた態度であった。
顔を押さえるマンモスドーパントにアンモナイトドーパントと残りのマスカレードドーパントたちが集まってくる。
「大丈夫か?」
アンモナイトドーパントの気遣う声。
「……問題ない」
そう答えを返すマンモスドーパントであったが、既に心身供にかなり消耗をしていた。恐らく自分を気遣うアンモナイトドーパントも同様であるとマンモスドーパントは思っていた。
自分とアンモナイトドーパントの能力ならば直ぐには、エターナルに命を奪われる可能性は低いと思っている。しかし、周りのマスカレードドーパントたちの能力は一般人を上回るが、ドーパントには遠く及ばない。
そのマスカレードドーパントたちを庇うようにして戦うことによって、かなりの力を消耗していた。
それでもマスカレードドーパントたちの数を減らすことは防げず、一人また一人と塵と化していった。
二体のドーパントの攻撃を掻い潜り、マスカレードドーパントの命を奪うエターナルの能力を讃えるか、能力的にドーパントを上回るエターナルの猛攻からマスカレードドーパントたちの全滅を防ぐ二体のドーパントを讃えるか、どちらにせよ状況を刻一刻と変化していく。
「そんな風に一ヶ所に集まっていいのか? まとめて地獄を楽しむことになるぞ」
言うと同時に黒のローブを翻し、今度はエターナルの方からドーパントたちを攻める。
慌てて拳銃を構えるマスカレードドーパントたち。照準を合わせようとするが、地面は滑るかのように重さを感じさせないエターナルの走りに合わすことが出来ない。
銃口を向けたと思った次の瞬間には右に移動、再び合わせたら左に移動するなど、左右に激しく移動しながら前進してくる。
そのうちにマスカドーパントの一人が耐えきれずに発砲。照準の合わせてない弾丸はエターナルに掠りもせずに飛んでいく。
更に悪いことに、銃口のすぐ近くには仲間のマスカレードドーパントがおり、耳のすぐそばで発砲。そのため発砲音に驚き、銃口の隣にいたマスカレードドーパントが発砲したマスカレードドーパントに思わず顔を向けてしまう。
サクッと軽い音が鳴った。
振り向いたマスカレードドーパントの側頭部に何かが生えていた。
黒く弧を描いた物体。
それが柄の部分であると理解したとき、マスカレードドーパントたちの心臓が跳ね上がった。頭にナイフが突き刺さっているという事実に。
「あ……ああ……」
頭部にナイフを突き刺されたマスカレードドーパントは、震える手でそれに触れようとした。しかし―――
響く風切り音。
その後に続く破砕音。
先程まで震える手でナイフに手を伸ばしていたマスカレードドーパントの姿は消え、変わりにエターナルがその場に立っていた。
全ては一瞬のこと、ナイフを抜こうとするマスカレードドーパントに、エターナルはまるで獲物を狩る猛禽類のように飛びかかり、マスカレードドーパントに刺さったナイフを抜き取ると同時に頭部を踏みつけ、そのまま地面へと着地。
マスカレードドーパントの頭部は地面とエターナルの足に挟まれ無惨に砕かれた。
慌てて、マスカレードドーパントの一人が銃口をエターナルに向ける。しかし、引き金を引くよりも早くエターナルのナイフを持つ手が動く。
消失したかと錯覚させるようなエターナルのナイフの一撃。エターナルエッジによる銀の閃光は、マスカレードドーパントの拳銃を抵抗無く通過し上下に分割させた。
あっさりと目の前で自らの武器を破壊され、壊れた拳銃を握る手をガタガタと震わせながら立ち尽くすマスカレードドーパント。
「地獄を楽しんでこい」
そんなマスカレードドーパントの様子など構いもせず、エターナルの無慈悲な言葉とエターナルエッジの斬撃をその身に受ける。
手に持った拳銃と同様に、エターナルエッジを胴体に受け、体を上半身と下半身に分けられそのまま塵と化した。
続けざまにもう一体のマスカレードドーパントを葬ろうとしたとき、エターナルの中で背筋が泡立つような感覚が走り、反射的にその場から離れる。
エターナルが離れたとき、地面から泡が弾けるような音がした後に、一瞬にして地面の一部分が赤く染まった。白煙を上げていることから、高熱によって地面が赤熱していることが分かる。
「お前の仕業か……」
エターナルの視線の先には、体を細かく震動させているマンモスドーパントの姿があった。
マンモスドーパントの体は、恐怖によって震えているわけではなかった。その証拠にマンモスドーパントの体の周囲は歪んで写っている。マンモスドーパントの体からでる熱によって空気が歪み陽炎が起きていた。マンモスドーパントは鼻先をエターナルに向ける。
エターナルは鼻先を向けられた瞬間にその場から移動。一瞬の間の後、エターナルの背後にあった壁が溶け、炎を上げる。
見えない高熱の攻撃。
それを避けたのは、純粋に大道克己が長年培ってきた感覚によるものであった。
「くそ……!」
自分の持つ奥の手を使い、何とか最小限の犠牲で抑えることができたが、またもやマスカレードドーパントたちをあっさりと葬られ、マンモスドーパントは毒づく。
現状を打破しようにも、エターナルの力の前に完全に手も足も出ない。エターナルへ使った攻撃は、自らの体温を急激に上昇させ、それを体内の空気と一緒に放出するものであるが、それなりの威力はあるが、射程はあまり長くなく、相手が離れる程威力は下がる。また体温の上昇にはかなりのエネルギーを使用するため限られた時間しか使用できず、使えば使うほどマンモスドーパントは衰弱していくため、多用することも出来なかった。
どうすればいいのか、マンモスドーパントの頭の中で何度も策を捻り出そうとする。
そのとき―――
「あっ……」
アンモナイトドーパントの何かに驚いたような声、
アンモナイトドーパントを見ると何かに視線が釘付けになっている。
マンモスドーパントも釣られて、その視線の先を見た。
「なっ……」
そこには、不自然な方向を向いた腕と体液で染まったもう片方の腕をダラリと垂れ下げて立っているトリロバイトドーパントの姿があった。正直、マンモスドーパントの中では、もう戦うことが出来ないと思っていたトリロバイトドーパントが、立ち上がっている。マンモスドーパントにとっては嬉しい誤算である。まともに戦うことは出来ないが、まだ援護する程の力は残っているはず、マンモスドーパントはまだ自分たちは戦える、そう思っていた。このときまでは―――
◇
イタイニクイイタイイタイニクイイタイアイツメアイツメアイツメイタイニクイコロシテヤル
トリロバイトドーパントの思考は一つの感情によって支配されていた。
その感情の名は『憎悪』。
エターナルへ対する憎しみや怒りは、湧水のように際限無く湧き、そして煮詰まり、ヘドロのようにトリロバイトドーパントの精神に蓄積していく。
コロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルアイツメアイツメアイツメゼッタイニゼッタイニゼッタイニゼッタイニアイツヲコロシテヤル
トリロバイトドーパントの体内にあるガイアメモリは、それそのものに強い力を内包し、その力は人にとって毒と同じであり、挿入した人間の人格に多大な悪影響を与える。
そして強い感情は、ガイアメモリの力と深く結び付きより強く引き出す。ガイアメモリの毒がトリロバイトドーパントの精神を歪ませ、それによって生まれた負の感情はガイアメモリの力を更に引き出し、強まった力でトリロバイトドーパントの歪みをますます強める。
ガイアメモリと負の感情による途切れることの無い無限連鎖。それによりトリロバイトドーパントの精神は人を逸脱しはじめていた。
コロシテ……コロシテ…ヤ……キギキギ……ギギ……ココココ………ヤバババギギギギギギギギ……
それが頂点に達したとき―――
「ギシャアアアアアアアアアアアアアア!!」
彼は人では無くなっていた。
◇
「ギシャアアアアアアアアアアアアアア!!」
トリロバイトドーパントが突如として放つけたたましい咆哮。
マンモスドーパントたちは思わず耳を押さえ、エターナルも仮面の下で僅かに顔をしかめた。それほどまでの音量であった。
咆哮を上げ続けながら、トリロバイトドーパントの体は変化する。手や足がまるで空気を入れられた風船のように内側から膨らみ続ける。それに合わせて顔や胴体も膨らみ続けた。またそれだけでは留まらず、胴体からは複数の足が生え始め、顔も巨大な複眼と触角を備えていた。
全ての変化が終わったとき、そこには大型トラックを上回る程の大きさの巨大な三葉虫がいた。
ガチガチと複数ある足で地面を叩き、全身を覆う甲殻は黒々と大理石のように変化していた。
突然の仲間の変化にマンモスドーパントたちは戸惑い、息を呑む。が、それを無視するかのように巨大化したトリロバイトドーパントはエターナルの方を向き、上半身を立たすと、変化前よりも更に長く鋭さを増し、凶悪になった歯牙状の器官を開き、その奥の口を見せる。
そして、今までとは比較出来ない大きさの光弾を口から放った。バスケットボール程の大きさだった光弾は、直径一メートル程の巨大さになり、エターナルを襲う。
「ふん!」
エターナルエッジを構え、声とともに巨大光弾を一刀両断。二つに別れ、エターナルの背後の地面を砕く。がトリロバイトドーパントはお構い無しに続けざまに何発も放ち続ける。
エターナルは、エターナルエッジで防ぐのを止め、その場を飛び去る。先程までいた場所に巨大トリロバイトドーパントの光弾が立て続けに命中、大きく地面を抉った。
走るエターナルを追うようにして、体をエターナルに向けながら光弾を吐き続ける。
直撃することはなかったが、それでもエターナルの接近を許さないほどの弾幕で一方的にエターナルを攻め続けていった。
自分たちを追い詰めた存在が逃げている。その光景はマンモスドーパントたちを痛快な気持ちにとさせていた。しかし、事態は思わぬ方向に変わっていった。
巨大トリロバイトドーパントの放った光弾、エターナルが避けたそれが射線上にいたマスカレードドーパントに直撃する。
「ぎゃああああああああ!」
断末魔を上げ消失するマスカレードドーパント。
しかし、巨大トリロバイトドーパント仲間一人巻き添えにしても全く反応することなくエターナルに攻撃し続ける。
「お、おい! お前なにをしたと思っているんだ!」
堪らず巨大トリロバイトドーパントに近寄るアンモナイトドーパント。
しかし、巨大トリロバイトドーパンはアンモナイトドーパントを見ると返事をする代わりに大きく口を開き。
「え?」
アンモナイトドーパントの殻の上から喰らいついた。
鋭い牙を使って殻を割る。バリバリと固いものが砕ける音とともにアンモナイトドーパントの体は巨大トリロバイトドーパントの口内へと入っていく。
「うわああああああ! だ、誰か、誰かたすけてくれぇぇぇぇぇぇぇ!」
なりふり構わずにアンモナイトドーパントは泣き叫ぶ。が誰も動かない。マンモスドーパントたちは巨大トリロバイトドーパントの凶行に呆然とし、エターナルにいたっては最初から動く気配はない。
「暴走か」
ドーパントがドーパントを喰らう光景を見ながら冷静にエターナルは呟く。
古代生物のガイアメモリと強く結びすぎたせいで、頭の中まで古代生物並みの状態になってしまったとエターナルはそう判断した。
「だが、まぁ……」
固いものが砕ける音が消え、柔らかいものがクチャクチャと引き千切られ、潰される音へと変わる。
巨大トリロバイトドーパントの口から垂れ下がる二本の足、先程までもがいていたが今は動く気配はない。
「もう人間じゃないな」
冷静に呟くエターナルの言葉の後、アンモナイトドーパントの体全てを喰らい尽くした。食事を終えた巨大トリロバイトドーパントは再びエターナルに視線を向ける。例え暴走してもエターナルに対する憎しみは消えることはないらしい。
「もう食事はいいのか? せっかくだ、ゆっくり楽しめよ」
エターナルはエターナルエッジを巨大トリロバイトドーパントに突きつける。
「それがお前の最後の晩餐なんだからな」
エターナルの言葉を理解したのかそうでないのかは分からないが巨大トリロバイトドーパントは咆哮を上げるとエターナル目掛け突進していった。