仮面ライダーエターナル―NEVER SIDE STORY―   作:K/K

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Mの剛力/堂本剛三の章その3

 巨大な水の手にヒートドーパントの放った火球が直撃し、接触した部分から容赦なく蒸発をさせていくが、その手を構成する膨大な量の海水を全て消し去るには熱量が足りず、水の手の勢いを止めることは出来ず、立ち込める水蒸気を掻き分ながら振り下ろされていく

 

「そぉらあ!」

 

 シードーパントの巨大な手が大きく開かれ、ルナドーパントとヒートドーパントを握り潰そうとするが、巨大なせいで動きはやや鈍く、握り潰される前に二人は左右に別れるようにしてそれを回避した。

 目標を見失った手が地面へと叩きつけられる。そのせいで地面に張っていた海水ははね上がり、大きな水しぶきを上げた。高く上がった水しぶきがやがて雨のようにして閉ざされた空間内に降り注ぐ。

 

「そんな攻撃じゃ捕まらないよ」

 

「いや、そうでもないさ」

 

 ヒートドーパントの言葉を即座に否定するシードーパント。

 

「もう捕まえている」

 

 その言葉の直後にヒートドーパントの肩に走る鈍い痛み。見ると肩に通常サイズとなっていたシードーパントの手が、指先を食い込ませるようにして背後から掴んでいた。いつの間に付いたのか、その疑問は掴む手の手首から下が視界に入ったことで氷解した。水の張った地面から蛇のようにヒートドーパントの体を伝って這い登っていたシードーパントの手。

 地面の海水から近付くと、巨大な手で巻き上げられた海水で濡れた体の表面の水分を取り込みながらヒートドーパントの身体を這い上がり、十分な大きさになったときには、ヒートドーパントに攻撃を加える準備は整っていた。

 ヒートドーパントが体の熱を一気に上昇させ、掴んでいるシードーパントの手を消し去ろうとするが、相手の行動を既に読んでいたのか、シードーパントが腕を上に振るうと、水面からロープのように長く伸びた腕が浮き上がり、掴まれていたヒートドーパントは、軽々と空中に持ち上げられそのまま手を離された。

 ヒートドーパントは空中に放り出され自由に身動きが出来ない。

 シードーパントは、槍を構え、投擲の姿勢をとり、狙いを定めると手に持った槍をヒートドーパント目掛け投げ放つ。

 

「そらよぉ!」

 

 空気を切り裂いて、黄金の軌跡を描きながら飛ぶ槍。その先端が無防備に晒されたヒートドーパントの背中に突き立てられようかとしたとき──

 

「えいさー!」

 

 ルナドーパントの伸ばされた手が槍の柄に幾重にも巻き付いて勢いを殺して槍を止め、ヒートドーパントを守る。

 しかし、大きく手を伸ばしたルナドーパントの状態を黙って見ている筈もなく、オクトパスドーパントが胸を膨らますと、触手の隙間から麻痺性の毒を持つ墨の塊を吐き出した。

 

「いってらっしゃーい!」

 

 だが、ルナドーパントも同じく無防備を晒し続けず、もう一方の手を振るうと数個の光の球が現れ、それが急激に変化し人の形を造る。

 人の形が出来ると、光の中から現れたのは、中央に白い骨のような線が描かれ、左右にも百足の足のように線が延びている覆面を被った黒スーツの集団──マスカレードドーパントたちが、ルナドーパントを守る壁のように立ち塞がっていた。

 そのうちの一体に先程吐かれた墨の塊が直撃。その威力で地面を二転三転転がると、黒く染め上げ全身を痙攣させて悶えるような仕草をすると、マスカレードドーパントの姿が崩れ、人間の形をした光になるとすぐに消滅していった。

 

「おいきなさーい!」

 

 ルナドーパントの声に反応し、マスカレードドーパントたちはシードーパントたちに一斉に向かっていった。

 

「ハッ!」

 

 向かってくるマスカレードドーパントの姿を鼻で笑うと、シードーパントは一番近くに来たマスカレードドーパントの顔面に容赦なく拳を叩きつけた。走っていたマスカレードドーパントは、拳より上半身だけが後ろに反り、勢いの残った下半身が逆上がりでもするかのように足が地面から離れそのまま転倒した。

 

「いいサンドバッグだ。ありがとよ!」

 

 そう言うと転倒したマスカレードドーパントの胴体をボールのように蹴り飛ばした。

 オクトパスドーパントも迫るマスカレードドーパントの一体に前蹴りを当てると、後ろにいたマスカレードドーパントたちを巻き込んで転倒させる。マスカレードドーパントたちが倒れたことで、ルナドーパントの前を守る壁は無くなり、オクトパスドーパントは四本の触手を伸ばした。

 伸ばした触手は、ルナドーパントの持っているシードーパントの槍の柄頭に絡みつき、力尽くで奪い取った。

 

「あ! ドロボー!」

 

「その言葉はそのまま返そう」

 

 奪い取った槍は、引っ張った勢いのままシードーパントへと放る。

 

「おっと! ありがとよ」

 

 投げ渡された槍を難なく掴み取り、オクトパスドーパントへ軽く礼を言い、その槍を構えた。

 マスカレードドーパントが懐から拳銃を取り出し、シードーパントに向けて発砲しようとするが、その指が引き金を引くよりも早く、一歩踏み出したシードーパントの槍の先が、マスカレードドーパントの手の甲に突き刺さり、なおも威力は衰えず手の甲を貫通すると、その先にある胴体にまで先端が届いた。

 手と胴体を刺し貫いてマスカレードドーパントの動きを止めると、シードーパントは槍を上げ、貫かれたマスカレードドーパントを軽々と持ち上げる。

 

「こいつはあんたらに返すぜ!」

 

 地面を力強く踏みつけ、上体を大きく回転、振るう槍に速度を乗せ、突き刺さったマスカレードドーパントを振り払った。

 成人男性の体格であるマスカレードドーパントが、重さを感じさせない程の速さで、飛んで行く先にあるのは、今先程、地面へと着地したばかりのヒートドーパント。

 背を向けて立つヒートドーパントに凶器と化したマスカレードドーパントが迫りくる。

 

「ふん」

 

 だが、ヒートドーパントは余裕を感じさせるように鼻で笑うと、全身を捻り、マスカレードドーパントへと体を向けると、僅かに遅れて正面へと向けられたヒートドーパントの燃え盛る脚がマスカレードドーパントに衝突。マスカレードドーパントの体は爆散し、光へと戻っていった。

 ヒートドーパントの蹴りに、シードーパントは称えるように口笛を鳴らす。

 その口笛を吹くシードーパントの隣では、オクトパスドーパントが残りのマスカレードドーパントを始末していた。

 墨を全身に塗りたくられたマスカレードドーパントの一体が消え、オクトパスドーパントの触手に首を掴まれ捕らえられているマスカレードドーパントが二体いるが、それぞれ別の触手がマスカレードドーパントの頭に絡みつくと、ペットボトルのキャップを外すかのように頭を捻られ、頭部が背中を向く格好のまま光に還っていった。

 

「面倒な力を持ってるなぁ、そっちの金ぴかのは」

 

 槍を担ぎ、ルナドーパントの姿を見ながら呟くシードーパント。

 

「あら! さっきのビックリした!? ビックリした!? もーっと凄いの見せちゃおうかしら!」

 

 ルナドーパントが両手を左右に広げ、胸の前で交差するように振るうと、先程と同じように光の玉が生まれる。しかし、先程とは大きく違い、光が変化し形を作って出来たのはマスカレードドーパントたちではなくルナドーパントたちが無数に現れた。

 

「うへぇ……」

 

「これはまた……」

 

「気色悪」

 

「こんな素敵な光景のどこが気色悪いの!」

 

 視界一杯に広がるルナドーパントたちの姿にシードーパントとオクトパスドーパントは驚きを越え呆気にとられたような声を洩らし、ヒートドーパントは率直な感想を言いルナドーパントを怒らせていた。

 

「もう! それじゃあ気を取り直して……いってらっしゃーい!」

 

 ルナドーパントの号令で全てのルナドーパントの分身が、シードーパントたちに群がるよう迫る。

 

「ちぃ!」

 

 シードーパント舌打ちをし、ルナドーパントの分身の一体に槍を突き放つ。しかし、マスカレードドーパントのときとは違い。ルナドーパントの分身は両手を交差して槍を受け、急所に当たらないように守る。

 

「さっきとは出来が違っ、うお!?」

 

 最後まで言う前に別のルナドーパントの分身が、シードーパントの足首に腕を巻き付け、シードーパントを宙吊りにしようと持ち上げようとする。

 

「させるか!」

 

 足を持ち上げられ逆さまになろうとしている状態で持っている槍を地面へと突き刺す。すると槍の刺された部分から間欠泉のように海水が噴出しルナドーパントの分身に直撃、海水の勢いはなおも衰えず、ルナドーパントの分身の背後に立っていた分身も巻き込んでいった。

 オクトパスドーパントも複数のルナドーパントに囲まれ苦戦を強いられていた。

 真横から迫る黄色の影、オクトパスドーパントの触手が一瞬消えたかと思えば、黄色の影──ルナドーパントの腕を弾き飛ばしていた。四方から伸びてくるルナドーパントの腕を触手で弾きながら直撃を避けていたが、反撃の機会が窺えず焦りのような表情を浮かべていた。

 圧力の増していくルナドーパントたちの攻撃。オクトパスドーパントは奥歯を噛み締め、神経を磨り減らしながらもその攻撃を防ぎ、拮抗する。

 が、突如ルナドーパントたちの攻撃は止まり、先程まであった圧力が消える。

 オクトパスドーパントが戸惑いを感じるよりも先に、濡れた肌をチリチリと乾かせていく熱の感触を覚え、気付けばそこにはに迫ってくる巨大な火球。

 墨による相殺が無理だと反射的に判断したオクトパスドーパントは、限界まで体を平面化させ、火球と地面との間にある海水の中に体を潜り込ませた。

 間一髪の状況を脱したオクトパスドーパント。その心に刹那の安堵が訪れた──が、それも彼の目に映る第二の紅蓮の光景によって見事に打ち砕かれた。

 オクトパスドーパントのいる位置よりほんの少し前に落ちた熱の塊は、周囲の海水を僅かな時間で生物の耐えきれない程の温度まで上昇させる。それでも有り余る熱は、やがて海水を気化させ一瞬の間に周囲の状況を変化させた。

 沸騰した海水により思わず目を閉じてしまい、肌が熱で爛れていく感覚から逃れるために暗闇の中から、方向など決めず進もうとするが、僅かに残った皮膚の感覚から何かが迫ってくるのを感じた。

 

(これは……!)

 

 覚えのある熱を纏ったソレは、オクトパスドーパントの鳩尾に突き刺さると掬い上げるようにしてオクトパスドーパントの体を水中から飛び出させた。

 

(熱い……)

 

 どこか他人事のように腹部に残る今でも燃え盛っているのではないかと錯覚する程の痛みを冷静に感じながら宙へと舞い上がるオクトパスドーパント。閉じた目を開けば、熱の発生源であるヒートドーパントが、脚を振り上げていた姿が映っていた。

 ヒートドーパントは一直線に伸ばしていた脚を振り下ろすと、その勢いのままその場で前方宙返りをしたかと思えば、回転する身体よりもやや遅れて振られたもう片方の脚が、落下してきたオクトパスドーパントを狙って垂直に伸ばされた。オクトパスドーパントの身体に伸ばされたヒートドーパントの脚が触れたとき、天に向かって火柱が昇り、オクトパスドーパントの全身を包み込み、その意識を断ち切った。

 

 

 ◇

 

 

 オクトパスドーパントの全身が火に呑み込まれ、地面へと落下し、下に張ってある海水を派手に巻き上げる光景をシードーパントは、一枚一枚撮影された写真を見るかのようなゆったりとした感覚で目に捉えていた。

 真正面から見ているわけではなく、ルナドーパントの分身たちからの攻撃を捌きながら、視界の端で見ていたのにもかかわらず、やけにはっきりとソレが見えた。

 思考の片隅で相棒の悲惨な姿を嘆くような感情が滲むようにして現れてくるが、戦いの最中に感傷に浸ることを許さない合理的な感情がそれを無理矢理押し込めて、ルナドーパントたちとの戦闘を継続させる。

 ルナドーパントの分身の一体が、シードーパントの両脚を薙ぐように、低空を走るようにその手を振るう。

 

(ここは……この攻撃への対処は……)

 

 シードーパントが思考を巡らせようとしたとき、不意にフラッシュバックして浮かぶ上がるオクトパスドーパントの燃えていく姿。感傷に浸らないようにすれど、隙間から這い出てくるように現れ、シードーパントの思考に揺らがせた。

 その結果、ルナドーパントの攻撃に対し、シードーパントは意識せずに飛び上がり、振るう手を足元に通過させた。たが──

 

(……しまった!)

 

 回避したことに対する安堵は無く、あるのは己の失策を悟った焦りのみ。

 仲間を倒されたことによる動揺かもしくは焦りか、本来ならば水に接していなければ自らの力を十二分に発揮することが出来ないことは、重々理解していたはずだが、攻撃されたとはいえ、あろうことか自分から離れるようなことをしたことにシードーパントは表情を歪める。

 そして、敵であるルナドーパントも相手のミスを見逃すほど甘くはない。

 

「ソレはダメダメよねー! そーれ高い高ーい!」

 

 

 喜悦に満ちたルナドーパントの声を号令代わりにし、シードーパントの周りにいたルナドーパントの分身たちが、一斉に両手を振るい、シードーパントを上に更に高く上げるように殴打。シードーパントの身体は、玩具のように跳ね上がり、十数メートルの高さまで叩き上げられた。周囲にはシードーパントを守る水は一滴もない。周りを囲う水の壁や地面に満たされた水がシードーパントにはやけに遠くにあるように思えてしまう。無数の鞭によって全身を殴打されたシードーパントは自由に動かない身体を何とか動かし地面を見た。

 そこには、指先に炎を灯すヒートドーパント。アレが自分へと放たれるのかとシードーパントは思った。が、シードーパントの予想は外れ、指先に灯った炎はシードーパントのいる上空ではなく、真正面へと放たれた。

 相手の意図が分からないシードーパント。

 

「ナイスボール!」

 

 しかし、その答えは放たれた炎の先にいたルナドーパントの声が示していた。

 上体を大きく捻り、右手を地面と水平にして構えるルナドーパント。豪々と灼熱を巻く炎を前にしても慌てる様子はなく、むしろ楽しんでいるかのように余裕が見える。

 

「さぁーて、いくわよ!」

 

 迫る炎。それから視線を外すことなく凝視し続け、ルナドーパントの構えた右手が届く距離まで近づいたとき。

 

「とんでけー!」

 

 構えた右手を解き放ち、全身を大きく使い、炎を上へと打ち上げた。

 打ち上げた炎が山吹色の光に包み込まれたかと思えば、一つの炎が無数に分かれ数を増やす、その数は八。

 

「冗談──」

 

 シードーパントが言葉を言い終わる前に、シードーパントの胴体に一発目の炎が着弾、触れた炎は急速に広がり、シードーパントの苦鳴ごと飲み込みその身体を覆った。

 炎に焼かれるシードーパントに向けて、まるで意志があるかのように自在に方向を変えながら炎が襲いかかり、包む炎は大きさを増していく。

 

「これでラスト! さよならぁー!」

 

 ルナドーパントの声に動かされた最後の炎がシードーパントへと直撃。

 水のドームの内で激しい爆発が起こり、周りを囲む水の壁を激しく揺らすが、突如として水の壁は崩れ、それにより地面に張られていた海水は貯めておくことが出来なくなり、四方八方へと流れていった。

 海水の無くなった地面にカチャンという音が鳴り、その後、前よりも大きな音が鳴る。鳴った場所にあるのは砕けたガイアメモリ、そして、かつて人だった者の焼けた残骸がそこにはあった。

 

 

 ◇

 

 

 唸りを上げる拳がクラブドーパントの顎に命中すると、そのまま頚部と背中が密着するかと思わせるほどに激しく突き上げる。突き上げた勢いでクラブドーパントの足が地面から離れるとメタルドーパントは空いた手でクラブドーパントの腕を掴み、そのまま背負い投げて地面へと投げつける。

 

「ッハ!」

 

 背中から地面へと叩きつけられたクラブドーパントが苦しげに息を吐くが、メタルドーパントは容赦なくその顔面に向けて足で踏みつけようとするが、間一髪のところで転がるようにしてクラブドーパントは回避、メタルドーパントの攻撃は外れ、地面へと深々と足が埋まる。

 陥没した足を抜くとコンクリートにはっきりとメタルドーパントの足形が刻まれていた。

 頭蓋が陥没するどころか粉砕するかもしれない程の踏みつけにクラブドーパントは内心冷や汗を流すが、メタルドーパントは相手の心情などお構い無しに二発目の踏みつけを繰り出した。

 

「ぬうっ!」

 

 ハサミを眼前に翳すと、痺れるような衝撃がハサミから左半身を駆け抜ける。踏みつける足を防ぐと、ありったけの力を込めてクラブドーパントはハサミを振るう。

 踏みつけていたメタルドーパントは、片足で立っていたためハサミを振られた勢いでバランスを崩し、後ろへと後退してしまう。

 この隙を逃さずクラブドーパントは素早く立つと、距離をとるための時間稼ぎとして無数の泡をメタルドーパントに向けて吐き出した。

 

「ふん!」

 

 その泡に鼻を鳴らすメタルドーパント。次の瞬間、クラブドーパントの予想に反する行動を取った。

 

「おりゃああああ!」

 

 雄々しい声を上げて、無数の泡に向けて突貫。流石のクラブドーパントも再生の準備をしながらも敵の真っ直ぐ過ぎる行動に唖然としてしまう。

 案の定、メタルドーパントが泡に接触すると爆発が生じ、炎と煙がメタルドーパントを呑み込む。

 爆発によりメタルドーパントが足止めを食らっている間にクラブドーパントの傷付いた外殻は浮き上がり、無傷の新しい外殻が透けて見えていた。

 クラブドーパントが古い外殻を掴み、引き剥がした。

 その瞬間、煙を突き破って、風を斬る音がクラブドーパントの耳に届いた後、間を置かずに軽い衝撃がクラブドーパントの左肩に走る。

 

「あ……?」

 

 何事かと左肩に視線を向けると、そこには深々と突き刺さったメタルドーパントの鉤爪。自分の現状を理解したと同時に激しい痛みがクラブドーパントを襲う。

 

「ああああああ!?」

 

「おお、おお。どうした随分と騒いで」

 

 煙の中から、メタルドーパントが言葉に挑発の色を滲ませながら姿を現す。

 

「お前……! 気付いていたのか!?」

 

 痛みや怒り、動揺のせいで荒くなった口調で問い質すクラブドーパント。それに対し、メタルドーパントは指先を掲げる。

 

「指を少しだけだがな……脱皮直後は随分と柔いじゃねぇか」

 

 クラブドーパントがメタルドーパントを拘束し、脱皮して逃れたあの瞬間、必死に手を伸ばし、クラブドーパントを掴まえようとして指先を掠めたとき、メタルドーパントの指はまるでゴムのような軟質の感触を感じていた。

 事実、クラブドーパントの防御力は脱皮直後の数秒間はゼロに等しくドーパントでありながら人間並みの脆さまでに落ちてしまう。

 

「くっ!」

 

 刺さった場所が悪かったのかクラブドーパントが左腕を持ち上げようとするが僅かしか上がらず、左腕は殆ど役に立たない状態へとなっていた。

 激痛覚悟で引き抜ことするが、既に硬質化した殻が返しのように鉤爪に引っ掛けてしまう。自慢の殻が思わぬ所でクラブドーパントを苦しめる。

 鉤爪を抜くことに悪戦苦闘しているクラブドーパントなど構うことなくメタルドーパントが一気に距離を縮める。

 クラブドーパントがメタルドーパントに注意を向けたときには、既にクラブドーパントのすぐそばまで迫っていた。

 

「でやああああ!」

 

 メタルドーパントの鉄柱のような脚が、クラブドーパントの胴体をへし折らんばかりの速度で繰り出される。

 片腕だけでは防げないと判断したクラブドーパントは後ろへと下がり、メタルドーパントの蹴りを避けようとする。

 

「!?」

 

 しかし、避けている最中にガクンと動きが急停止するクラブドーパント。原因は先程突き刺さった鉤爪に引っ掛けられたメタルドーパントの爪先、刺さった鉤爪の分だけ下がることを見落としていたクラブドーパントのミスであった。

 引っ掛けてられた爪先の勢いに身体を引っ張られ、再度地面へと叩きつけられるクラブドーパント。

 すぐさま立ち上がろうと上体を起こすが、メタルドーパントの手がクラブドーパントの喉元を掴み、地面に押し付ける。

 

「逃がさねぇよ」

 

 クラブドーパントの首を絞め上げる手は束ねたワイヤーのように強固で自らの力では引き剥がすことは不可能だとクラブドーパントに悟らせる。

 

(だったら……!)

 

 拳を振り上げるメタルドーパントの姿にクラブドーパントも覚悟を決める。

 自分も巻き込まれるのを承知で口から泡を吐き出した。

 メタルドーパントの眼前に広がる爆発する泡、僅かでもクラブドーパントを絞めつける手の力が弛むことを願っての決死の攻撃。

 メタルドーパントの身体に泡が触れると同時に紅蓮の炎がクラブドーパントの視界一杯に広がり、許容範囲を越える爆音が鼓膜を限界以上に震わし、その結果クラブドーパントの聴力を奪う。

 だが、クラブドーパントの首にかかる圧迫感は消えない。

 背中に冷たい汗が流れるような感覚、まさか、でも、いや、もしかしたら、そう言った言葉がクラブドーパントの脳内で激しく駆け巡る。

 生か死の瀬戸際で思う、一生の願い。しかし、その願いは──

 

「──―!」

 

 空気を揺らす音無き咆哮

 そして、爆煙を突き破りながらも繰り出されたメタルドーパントの鉄槌のごとき拳が、クラブドーパントの口部へと打ち下ろされる。顔の下半分が消失したかのような錯覚を覚えるとともにクラブドーパントの意識もまた打ち砕かれた。

 口内にめり込む拳を引き抜くと、血が糸のように引く。メタルドーパントの拳に砕けたクラブドーパントの口内の破片が幾つも突き刺っていることからどれだけの威力を込めて奮われたのかが見てとれる。

 ガクガクと小刻みに身体を痙攣させるクラブドーパント。致命的なダメージを与えが、未だガイアメモリを排出する様子は無く、死ぬまではまだ時間がかかることが分かる。

 放っておいてもいずれは尽きる命だが万が一の可能性を考慮し、自分の視界に収まっているうちにトドメを刺すことに決めたメタルドーパントは、拳を再び固く握り締める。

 相変わらず痙攣を繰り返しているクラブドーパント──だが、先程とは少し違い小刻みに動いているのではなく揺さぶられているかのような動きへと変化していた。

 

「あ?」

 

 メタルドーパントもクラブドーパントの動きを不審に思ったのか、訝しげな声を出す。

 クラブドーパントの動きは更に激しさを増し、身体が震えているというよりも地面に身体を叩きつけていると表現したほうが正確なほど、全身を硬直させて、コンクリートの床に四肢や背中を滅茶苦茶にぶつけ、不協和音を鳴らし続ける。

 

「なんだぁ……?」

 

 クラブドーパントの奇怪な動きに困惑するメタルドーパント。

 突如としてクラブドーパントの動きが止まる。胸を仰け反らせブリッジのような格好で静止画のようにピクリとも動かない。

 

 ピシッ

 

 何かが弾けるような音が建物内に木霊する。数秒の間を起き、またピシッという音が鳴った。

 音がする中心にいるのはクラブドーパント、その仰け反らせた胸部には亀裂が走っている。

 三度目のピシッという音が響く。クラブドーパントの胸部の亀裂が、先程まで胸の中心までだったのが腹部まで伸びていた。

 

 バキン、という四度目の音が鳴る。だが、今度は亀裂ではなく、クラブドーパントの亀裂の中から甲殻を突き破り、二本の角のような物が現れた。

 角のような物が左右に激しく揺れ、クラブドーパントの甲殻を内側から砕きながら這い出てくる。

 

「おいおい……」

 

 二本の角らしき物が這い出てくると徐々にそれが何なのかを理解し、呆れ混じりの声を出すメタルドーパント。

 二本の角らしき物、それは巨大な蟹のハサミの先端であった。突き破って出てきた蟹のハサミはメタルドーパントの身長を上回り、その大きさから持ち主の巨大さなど容易に想像出来る。このまま黙って巨大生物の誕生を見ているわけにもいかず、メタルドーパントは一刻も早くクラブドーパントの命を絶とうと動くが、時既に遅く、メタルドーパントが近づいた瞬間、まだ形が残っていたクラブドーパントは弾け飛び、甲殻を散弾のように周囲に撒き散らした。

 

「くそ!」

 

 両腕を眼前で交差し、甲殻の散弾を防ぐ。一発一発の威力が馬鹿にならず、コンクリートの地面を軽々と吹き飛ばしていくそれは鋼の肉体を持つメタルドーパントの身体に痛みを与えるには十分であった。全身を穿つような痛みに耐え、散弾のような攻撃が終わったとメタルドーパントが思ったとき、身体の芯まで砕けるような衝撃が真横から襲いかかった。

 メタルドーパントの身体が、吹かれて舞う枯れ葉のように宙へと上がると、そのまま落下。数回地面の上を跳ねるように転がっていくが、途中で片手を地面に勢いよく突き立てブレーキをかける。そして、ダメージなどないかのように素早く立ち上がり、自分に攻撃を仕掛けた相手を見た。

 

「でけぇな……」

 

 最初は水平に向けられていたメタルドーパントの視線が、斜め上を見上げるように向けられる。

 メタルドーパントの視線の先にいた存在は、人の姿をしていたクラブドーパントではなく、完全に蟹という生物の姿をしていた。片腕だけにあったハサミは両腕に生え、その大きさはメタルドーパントがその陰に隠れることが可能なほどの巨大さを持っている。凹凸のある幅数メートルもある甲殻を支えるのは、電柱のように太く、杭のような鋭利な先端を持つ足。

 甲殻から伸びた二つの無機質な眼がメタルドーパントを見る。その目に込められているのは憎しみや怒りといった人間の持つ負の感情ではなく、動物のような本能に満ちた目。

 最早、メタルドーパントを倒す敵ではなく、狩るべき獲物としてしか認識していないのかもしれない。

 ガチガチ、左右に開く口部を鳴らし、巨大クラブドーパントが足を曲げ、身体を深く沈めた。

 相手の行動を警戒し、構えるメタルドーパント。しかし、次にとった相手の行動はメタルドーパントの予想の範疇を越えていた。

 曲げた足を勢い良く縦に伸ばしたかと思えば、深く沈んでいた身体が上に引っ張られるかのように高々と持ち上がる。しかし、それだけでは勢いは止まらず、巨大クラブドーパントの身体はどんどんと上昇、建物の天井を突き破って、メタルドーパントの視界からその姿を消した。

 

「跳びやがった……」

 

 呆気にとられた様子のメタルドーパント。流石にあの巨体が軽々と跳び上がるのは想像するには無理がある。

 だが、跳び上がった存在がその後どうなるかは、安易に想像出来た。

 メタルドーパントは振り返ると間を置かずに一気に駆ける。目指すのは建物の外。

 どれ程相手が跳び上がったのかは分からないが、少なくもメタルドーパントの頭の中で楽観的な考えが浮かぶことはない。

 軽く見積もってもトン単位は有りそうな巨体から繰り出される落下は如何程の威力か。

 その答えは、足元が消失したかと錯覚する程の揺れ、それにともない崩壊していく地面、背後からの爆風のような衝撃、そして崩れ落ちる建物が示していた。

 脱出しようとするメタルドーパントの頭上に影がかかる。

 

「ちぃ!」

 

 倒壊する建物が押し潰すようにメタルドーパントへ降り注いだ。

 

 

 ◇

 

 

 シードーパントとオクトパスドーパントが敗れ、周りを覆っていた水の壁も消え、ようやくルナドーパントたちは閉鎖された空間から解放された。

 

「あーあ、大分時間を喰っちゃたね」

 

「そうね〜、もう! 早く合流しなきゃ! 克己ちゃんが怒ってたらどうしましょ!」

 

 ルナドーパントが激しく身体を揺らし、不安であることを表現しながらぐるりと周りを見る。

 

「剛三もまだ終わってないのかしら? 大丈夫かしら?」

 

「まあ、あいつのことだし大丈夫じゃないの?」

 

 ルナドーパントの言葉にヒートドーパントは、さして心配していない様子で言う。

 

「まあね〜、あら?」

 

 何かに気付いたのか、ルナドーパントが、その場から離れタッタッタと小走りで走り出す。

 

「京水?」

 

「ちょっとそこまで〜」

 

 そう告げ、ルナドーパントはヒートドーパントから離れていった。

 

「少し探してみるかな……」

 

 口では心配していないといったが、やはり気になるのかヒートドーパントは周囲を見渡した、その時──

 ヒートドーパントの背後から轟音と破砕音が鳴る。

 振り返ったヒートドーパントの視線に映るのは、建物から跳びだし、宙に浮いた巨大な蟹の姿。

 

「何あれ……?」

 

 現実離れしたシュールな光景に思わずポカンとしてしまうが、落下し始めた巨大な蟹を見て、すぐにこの後の展開を察知、建物から離れ距離を置く。

 直後、普通の人間ならば立っていられなくなる程の揺れが辺り一帯を襲い、落下地点にある建物を倒壊させた。

 ヒートドーパントは直ぐ様巨大な蟹が落下した場所へ向かう。ルナドーパントに声を掛けるか一瞬迷ったが、ルナドーパントも先程の光景を見ていと判断し、後から合流しに来ると思い先を急いだ。

 着いた先にあったのは、瓦礫と化した建物、そしてその建物を瓦礫に変えた元凶である巨大な蟹が立っていた。

 見上げる程の大きさを持つ巨大な蟹に、少々骨の折れる戦いになりそうだと考えながらヒートドーパントが近付いていくが、突如、ヒートドーパントの前方にある積まれた瓦礫が盛り上がり始める。

 咄嗟に構えようとするヒートドーパントであったが、その瓦礫の中から現れたモノを見て、構えるのを止めた。

 

「剛三……何処から出てくるんだよ」

 

「あぁ! 何だ、お前か」

 

 瓦礫の中から姿を現したメタルドーパントにヒートドーパントは、若干の安堵と多大な呆れを含んだ言葉をかける。

 

「何であんなでかいのと戦う羽目になってんの?」

 

「知らねぇよ。止め刺そうとしたら急にでかくなりやがったんだよ」

 

「詰めが甘いね」

 

「うるせぇ! あんなの予想出来るか!」

 

 軽口を言い合う二人であったが、意識は常に巨大クラブドーパントへと向けられ、いつでも戦闘体制に入れるように準備もしている。

 口元に泡を吐きながら巨大クラブドーパントがゆったりとした動作で、二人を見た。巨大クラブドーパントのガラス玉のような目に二人の姿が歪んで映る。

 そして、巨大クラブドーパントは身体の向きを変えたかと思えば、一瞬の間も無くメタルドーパントたちに向かって全力で疾走した。

 

「こいつ!」

 

 メタルドーパントが言葉を言い終わるよりも早く、巨大クラブドーパントが襲い掛かる。その巨体に見合ったハサミを振るい、走る勢いのまま二メートル以上離れた距離から攻撃をし始めた。

 メタルドーパントは回避よりも防御をすることを選び、地に足を吸い付けるように踏み締めると、振るわれるハサミを両手を突き出して受け止める構えを取る。

 ハサミがメタルドーパントの両手に接触したとき、腹の奥底まで響くような金属音が発生、メタルドーパントの両手はハサミをしっかりと掴んでいたが、巨大クラブドーパントはお構い無しにハサミを振り抜き、掴まっていたメタルドーパントを振り払う。

 

「うおおお!?」

 

 軽々と投げられたメタルドーパント。巨大クラブドーパントはそれが落下するのを見届けずに、次はヒートドーパントにハサミを振るった。

 地面のアスファルトを砕き、破片を撒き散らしながらの低い軌道でヒートドーパントの両足を狙う。

 両足が刈られるよりも早く、ヒートドーパントは地を蹴り、後方へと跳びながら空中で炎弾を放つ。

 放たれた炎弾。しかし、巨大クラブドーパントは意外な程に機敏な動きで、ハサミをかざし、盾のようにして炎弾を受け止める。僅かに焦げ目が着いただけでダメージは皆無であった。

 舌打ちし、着地をするヒートドーパント。巨大クラブドーパントに視線を向けるが、先程までいた場所に巨大クラブドーパントの姿が無い。

 すると頭上に突如影がかかる。見上げた先に在るのは跳躍して此方に飛び込んでくる巨大クラブドーパントの姿。

 

「なっ!?」

 

 慌てて落下地点から離れると、一瞬の間を置いて巨大クラブドーパントが落ちてきた。

 落下した衝撃で飛ばされた土煙とアスファルトの破片がヒートドーパントに向かって凶器のように襲い掛かる。ヒートドーパントを避ける暇もなく、辛うじて腕を交差しそれを防いだが、土煙のせいで巨大クラブドーパントの姿を見失ってしまう。

 そのとき、ヒートドーパントの背中に冷たい感覚が走る。その感覚を信じ、前方へと転がるようにして飛び込むと、先程まで立っていた場所に旋風のようなものが通り抜け、舞う土煙はその余波で吹き飛ばされてしまった。

 ヒートドーパントが背後に目を向ければ、そこにはハサミを振り抜いた姿勢で立っている巨大クラブドーパントの姿。

 あの時、自らの感覚を信じなければ、今頃は上半身と下半身が別々に別れ、惨状を描いていたであろうとヒートドーパントは思う。

 ヒートドーパントは立ち上がり、距離を取ろうとしたとき、ガクンと足が何かにとられ、その場に倒れてしまう。足元を見るとそこにあったのは地面の亀裂、巨大クラブドーパントが落下したときに出来たものが、今、ヒートドーパントの動きを止めてしまった。

 

「しまっ……」

 

 慌てて立ち上がろうとするが、いつの間にか巨大クラブドーパントは距離を詰め、ヒートドーパントにハサミの届く位置でそのハサミを断頭台のギロチンの刃のように振り上げていた。

 

「おい!」

 

 飛ばされたメタルドーパントが、瓦礫を押し退けて現れた時に目に映ったのは仲間の危機。どう見ても走って間に合う距離ではなく、それでも自分に注意を向けようと叫ぶが、相手は此方に見向きもしない。

 終わる、そんな考えがヒートドーパントの脳裏に浮かび上がる。

 

 グシャアアアアン

 

 砕ける地面の音。だがヒートドーパントに怪我一つ無い。

 何故なら、地面は巨大クラブドーパントのハサミによって砕かれたのではなく、突然前のめりになって顔面から地面に激突した巨大クラブドーパントによって砕かれたからだ。

 何故、巨大クラブドーパントは転倒したのか──地面に顔から突っ込んでいる巨大クラブドーパントの左右の後ろ足の二本が上に持ち上げられている。そして、その二本の足に絡まっている山吹色の鞭のようなモノ。

 

「セーフ! ナイスセーフ!」

 

 その鞭の伸びた先にいたのは、別の建物の屋上に立っているルナドーパント。間一髪のタイミングで現れ、ヒートドーパントを助けることに成功した。

 

「京水! てめぇ、今までどこで油を売ってやがった!」

 

「ごめんなさ〜い! ちょっと拾い物してたら遅くなっちゃった〜! レイカ大丈夫〜!」

 

 メタルドーパントの怒声を浴びても伸ばし腕を戻しながら、いつもの様子で流しながらヒートドーパントに声を掛けるルナドーパント。ヒートドーパントも既に立ち上がり巨大クラブドーパントから離れていた。

 

「ああ……うん……ありがと……」

 

 顔を背け、恥ずかしそうな様子でボソッと礼の言葉を言うヒートドーパントにルナドーパントは耳に当たる部分に手を当て──

 

「え、何? 聞こえな〜い! 全然、聞こえな〜い! も〜と大きな声で、ハッキリと感謝の言葉を──」

 

「絶対聞こえてるだろ! ああ、もう! さっさと終わらせるよ! 京水! 剛三!」

 

「は〜い! もう! 照れちゃって。あ、そうそう! 剛三! 落とし物!」

 

 ルナドーパントがメタルドーパントに向けて手に持っていた物を投げつける。メタルドーパントは、それを受け取ると、おお、と驚いたような声を出した。

 

「へっ! お前もたまには気が利くじゃねえか!」

 

 手に持った物は、クラブドーパントと戦う前に弾き飛ばされた愛用の棍。それが再びメタルドーパントの元に戻ってきた。

 メタルドーパントは、それを手馴れた様子で回し、巨大クラブドーパントへと突きつけるようにして構える。するとメタルドーパントが握っていた棍に銀色の光を発し、全体を包み込んでいく。

 

「むっ!」

 

 思わぬ現象に、若干驚きを浮かべた声を出すが、光が消えたとき、そこには変化した棍の姿があった。棍全体が鋼のように強化され、先端には鎚が新たに装備され、より破壊力を増した状態となっていた。

 

「おお、おお。こいつもメモリの力かよ……おもしれぇ……!」

 

 メタルドーパントは、強化された棍──メタルシャフトを肩に担ぐと巨大クラブドーパントへと突貫する。巨大クラブドーパントは、倒れた巨体を両手のハサミで起こし立ち上がろうとしていた途中だったせいで、易々とメタルドーパントを懐に入れてしまった。

 メタルドーパントは走ってきた勢いを殺さぬまま踏み込みと、その足を軸にして身体を回転させながらメタルシャフトの鎚を巨大クラブドーパントの腹にと打ち込んだ。

 巨大クラブドーパントの身体が一瞬波打ったように見える錯覚、そして聞こえる粉砕音、巨大クラブドーパントの巨体が自らの甲殻と体液を撒き散らしながら地面を転がっていく。

 

「はっ! いい感触だぜ!」

 

 振るったメタルシャフトを握り直しながら愉しげに笑うメタルドーパント。

 メタルドーパントに殴り飛ばされた巨大クラブドーパントの胴体は大きく陥没して甲殻が剥がれ落ち、露出した中の肉も傷つき絶え間なく体液を流し続けている。

 一目見ても重症。だが巨大クラブドーパントは震えながらもその身を起こし、立ち上がろうとしていた。

 

「いい根性だ。そこだけは褒めてやるよ。だがな、次の一発で終わりだ」

 

 野獣のような殺意を載せたメタルドーパントの言葉。その殺気を敏感に察知したなか巨大クラブドーパントは怪我の状態を無視して身構える。

 メタルドーパントも武器を構え、そしてヒートドーパントといつの間にか建物から降りていたルナドーパントがメタルドーパントに横に並び立つ

 

「じゃあ、いくぜ!」

 

「今度はきっちり決めてきなよ」

 

「さあさあ、いくわよ〜! バッチリ決めちゃうわよ〜!」

 

 メタルドーパントは巨大クラブドーパントに最後の攻撃を仕掛ける。地面を蹴りつけ、弾丸のように疾走。左右にいるルナドーパントとヒートドーパントは、その場から動かない。

 ヒートドーパントは、両手の手のひらに炎を生み出すとそれを巨大クラブドーパントに向けて放つ。走るメタルドーパントの脇を通り抜けていくように飛ぶヒートドーパントの炎。しかし、当たる直前に巨大クラブドーパントが最初に防いだのと同様にハサミを盾のようにして構え、炎を防ぐ準備をしていた。

 ハサミに炎が接触。爆炎が生まれるが、巨大クラブドーパントには届かない。だが、その爆炎に紛れ混んで飛び込んでくる人影。

 メタルシャフトを振り上げ、巨大クラブドーパントの眼前に現れるメタルドーパント。振り下ろされる鉄槌が巨大クラブドーパントの額を叩き割ろうとしたとき、横から伸びてきたもう片方のハサミが、メタルドーパントの胴体を挟み、防ぐ。

 巨大クラブドーパントのハサミは、容赦無くメタルドーパントの胴体を締め上げ、ギシギシと軋む音を上げさせながら、ハサミを食い込ませていく。

 やがて、限界を越えた圧力に耐えきれなくなったメタルドーパントの身体は、ブチンという音と共に上下に分断した。

 

「ご、剛三ォォォォォォ!」

 

 落ちていくメタルドーパントの上半身を見て絶叫を上げるルナドーパント。

 

「ォォォォォォ! ──なあ〜んちゃって!」

 

 ルナドーパントのおどけた声に合わせて、分断されたメタルドーパントの上半身と下半身が山吹色の光に包まれ消失する。

 

「じ・つ・は、偽者でしたぁ〜! 本物はどこででしょう〜!」

 

 巨大クラブドーパントの目が周囲を見回すが、メタルドーパントの姿は見当たらない。その時──

 

「──ァァァァアアア!」

 

 頭上から聞こえてくる雄叫び。

 

 見上げ先にいたのはメタルシャフトを振り上げて落下してくるメタルドーパント。ヒートドーパントの爆炎で巨大クラブドーパントの視界を遮った瞬間、メタルドーパントは大きく飛び上がり、ルナドーパントの造り出した幻と入れ替わっていた。

 ハサミを交差し、メタルドーパントに防御する体勢と取る巨大クラブドーパント、しかし、メタルドーパントは構うことなく、相手に背中が見えるぐらいに捻る。自らも鉄槌の一部かのように鉄槌も自分の一部かのように。

 落下のスピードに加え、自らも十全の力を発揮出来るように、全てを込めた必殺の一撃を放つために鋼の肉体を限界まで引き絞る。

 メタルドーパントの間合いに巨大クラブドーパントが入ったとき──その力を解き放つ。

 

「でぇやああああああああ!!」

 

 空気を震わす叫び、そして放たれた一撃。

 音すら置き去りにしてしまいそうなそれは、交差したハサミの盾が先端の鎚に触れた瞬間、そこに最初から何も無かったかのように、原型をとどめずに粉砕、残骸となって散る。

 盾を砕いても止まらない鉄槌は防ぐ術の無い巨大クラブドーパントの目と目の中心に直撃。瞬時に砕かれ、その余波で巨大クラブドーパントの胴体の前半分は粉々となって消え失せ内容物を溢す。それでもまだ残った力は鉄槌を振り切られた巨大クラブドーパントの残った身体を地に叩きつけ、そのまま巨体をバウンドさせ、二回、三回と宙で回転させた。

 メタルドーパントの着地、そして地面に叩きつけられたメタルシャフトは、半径十数メートルの範囲に拡がるひび割れを造りやっと止まった。

 メタルシャフトを肩に担ぐメタルドーパント。その背後で巨大クラブドーパントの亡骸が地面へと落下する。

 メタルドーパントの身体が光り、体内からメモリが排出され、人間の状態に戻る。

 剛三は軽く首を回し、背後へと視線を向けた

 

「まあまあおもしれぇ戦いだったぜ」

 

 

 ◇

 

 

「結構、時間を喰っちまったな。早いとか合流しねぇとな」

 

「あんたがきちんと仕留めたらもっと早く行けたんだけどね」

 

「ああん! 早く行きましょ! 行きましょ! 克己ちゃんが待ってるわぁ〜!」

 

 戦いが終わり、ルナドーパントとヒートドーパントも既に人間の状態へと戻っている。

 

「ああ、しつけぇなあ! 過ぎたことだろ! あと京水! いい加減黙ってろ!」

 

「なんか、ジャケットから潮の匂いがしてくるしベタベタするし、早く着替えたい……遅れた責任とってあんたが合流場所までの足、探してきなよ、剛三」

 

「か・つ・みちゃ〜ん! か・つ・みちゃ〜ん!」

 

「だああ! もう、お前ら黙ってろ!」

 

 賑やかに騒ぎながら三名は目的の地に向けて歩き出す。その先に自らの夢の始まりがあると信じて。

 

 

 




これでメタルドーパント編は終了です。
次で最終話になります。

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