仮面ライダーエターナル―NEVER SIDE STORY― 作:K/K
始末出来た。そう思い、ドーパントの姿を解除し人間へ戻った男は、直後に賢が埋まった場所が爆発するのを目にした。
辺りを覆い尽くす砂埃、空気中を漂うそれは男の視界に写る色を砂色に染め上げ、倒すべき存在をぼやかしていた。
倒すべき存在──それは男の数メートル先に佇み、砂埃が巻き上げられている中でもうっすらと影のように立っていた。
男は無言でガイアメモリを取り出し、喉元に設けられた生体コネクトへ挿す。
『AIR』
エアードーパントと化した男が左手を払う動作をすると、それに合わせて砂埃を根こそぎ持っていくような風が発生し、辺りの砂埃を一掃する。
視界に制限を与えていたものは消え、両者はようやく相手をきちんと視界に収めることが出来た。
「その姿……条件は五分と五分になったわけですか……」
現れた賢の姿を見て、エアードーパントは警戒心を込めた口調で言った。
賢の姿は、先程までの人の姿ではない。
全身をメタリックブルーの装甲で包み、顔の中心には照準機を彷彿とさせる十字サイトが描かれた単眼を持ち、ガイアメモリを挿入した右手は、ライフルのような長い銃身をもった銃器にと変化し、右肩も左肩と比べ厚みの増した形状になっていた。
賢は、絶体絶命の状況で手にした新たな武器、狙撃者の記憶と様々な重火器の記憶を宿したガイアメモリ、トリガーメモリによって産声を上げた存在──トリガードーパントへと変貌を遂げていた。
一丁の銃へと変化した右手を構え、エアードーパントへ向けて発砲する。
トリガードーパントの右手から放たれた直径十センチほどの光弾は音よりも早く飛び、
エアードーパントに着弾しようとするが、それよりも早くエアードーパントは光弾に両手を突き出した。エアードーパントの両手によって作られる大気の壁。姿を消すときの空気の膜や周囲の物を取り込む空気の輪とは違い、防御力のみに重点を置いたエアードーパントにとって最強の防御である。だが──
「く! くううう!」
歯を食い縛るようなエアードーパントの声。荒れ狂う大気の壁によって光弾は防がれているが、一向に威力は弱まらず、防いでいるエアードーパントの体力を削り取っていく。
時間を掛ければ、第二、第三の攻撃が来ると考えたエアードーパントは完全に防ぐのを止め、身体に生やした管たちを左に向けると、そこから空気を噴出し、光弾の射線上から離れる。
射線上から離れたと同時に両手で作り出した大気の壁を解除する。
止められていた光弾は、勢いを取り戻し、何もない空間を飛んでいった。
しかし、トリガードーパントは、エアードーパントに息つく暇を与えずに、再び銃口を向ける。エアードーパントもまた両手を突き出し、いつでも防げるように構えた。
エアードーパントが構えたのを見ると、トリガードーパントの銃口が下がり、エアードーパントの足元に向けられ、銃口から光弾が発射。
突然、相手が狙う場所を変更したことに対処出来なかったエアードーパント、その場から離れようと判断したときにはすでに手遅れであり、エアードーパントの真下で爆風と爆音、そして床の破片を巻き上げられた。
一瞬の浮遊感の後にエアードーパントは、足を引っ張られるような感覚とともに落下する。
砕けた破片と舞う粉塵。エアードーパントは、落ちていく刹那の時間考える──今の自分のすべき行動を。
一旦姿勢を戻し、落下を防ぐために、管から排出される空気を使おうかと考えた。が、その考えはすぐに却下する。
空中で体勢を整えるとき、必ず静止した状態になってしまう。この隙を見逃す相手だとは考えづらい。
故にエアードーパントがとるべき手段は一つ。
エアードーパントは胴体に生やした管を一斉に上向きにする。そして、管から大量の空気を一気に噴射した。
落下を防ぐのではなく、逆に勢いをつけて落ちる。
向こうに自分の行動を操られないように、強引にでも自分のペースでいくための手段であった。
トリガードーパントの開けた穴に凄まじい勢いで落ちていったエアードーパント。右手の銃を構えていたトリガードーパントであったが、思惑が外れたと分かると構えをとき、エアードーパントの後を追って下に飛び降りた。
トリガードーパントが着地するタイミングを見計らって、エアードーパントの左拳が文字通り唸りを上げて襲いかかる。
狙いはトリガードーパントの側頭部、やや大振りで振られた拳をトリガードーパントは、一歩後ろに下がり易々と回避した。だが──
ドォンと表現するような衝撃が、トリガードーパントの頬に走る。
体勢が僅かに傾くが、すぐに持ち直し、自分に向かって突き出されるエアードーパントの拳を再び回避するが、一撃目と同じ衝撃が一瞬の間を置き、トリガードーパントの鳩尾を貫く。
二、三歩後退したが、トリガードーパントにダメージを受けた様子はなく、平然とした態度でエアードーパントを見つめる。
「……頑丈ですね」
エアードーパントの言葉の裏に若干の焦りが見える。攻撃を当てているのはエアードーパントであるが、余裕を感じるトリガードーパントの姿に、知らず知らずのうちにプレッシャーを感じているのかもしれない。
「フッ!」
上半身を振るって勢いをつけたエアードーパントの右拳が、今度はトリガードーパントの脇腹目掛け放たれる。
だが、その攻撃も前に踏み出したトリガードーパントによって防がれる。
前進されたことにより、エアードーパントの拳ではなく二の腕部分がトリガードーパントの脇腹に辺り威力を殺される。
その直後、トリガードーパントの頭の後ろを何かが凄まじい勢いで通り過ぎていった。
トリガードーパントは、すでに相手の攻撃方法について理解をしていた。相手は、振るった拳の動きにワンテンポ遅らせて空気の塊を叩きつけついたのだと。
拳の動きに意識を捉えさせ、反射的に回避した場所に叩きこむ、ドーパントのような反射神経に優れた存在ならば十中八九引っ掛かるであろう。
そのため、トリガードーパントはエアードーパントとの距離を無くす。十分な距離がなければ、使用できない技であるからだ。
至近距離に来られたことを不利と思ったのか、トリガードーパントと距離を取ろうとしたとき、トリガードーパントの左手がエアードーパントの後首を掴み、引き寄せると同時に膝蹴りがエアードーパントの腹部に炸裂。
かは、というエアードーパントの苦鳴と合わせて、肺の中の空気を無理矢理吐き出させられる。
膝蹴りは一発では終わらず、二発、三発と的確に急所に突き刺さり、その度にエアードーパントの体がくの字に曲がっていった。
「う……ぐああああ!」
しかし、エアードーパントも黙っているわけではない。膝の猛攻の中で、可能な限りの空気の集めると、トリガードーパントの胸に左手を押し当て、噴出した。が、空気を集めには意識を集中させる必要があり、膝蹴りの中では十分な集中が出来ず、トリガードーパントを倒すような威力はなく、後退するだけで精一杯であると確信していた。
しかし、距離を離せることに変わりはなく、エアードーパントの体の管を駆動させ、直ぐにでも距離を取る準備をする。
トリガードーパントの体が、空気の圧力により離されていく。
今だ、と体内の空気を噴射しようとした刹那、エアードーパントの脳を揺らす衝撃。
コメカミから脳に突き抜けていくような痛みが、エアードーパントの思考を一時的に停止させる。
殴られた、そう感じたとき体が自分の意思に反して、膝から崩れ落ちていく。周りの光景がコマ送りのように緩慢に変化していくなか、エアードーパントの瞳に敵の姿が映る。
振り下ろされていく右手の銃身を見て、自分がアレに殴られたのだと理解した。エアードーパントが、瞬きをする度に刻々と状況は変化していく。
飛ばされていくトリガードーパントが両足を地面に着け、それでもまだ後ろに引かれていくのを両方の足で踏ん張り、無理矢理停止させる。
動きが止まると、崩れ落ちていくエアードーパントに向かって跳びかかった。
エアードーパントの体が地面に着くよりも早く、エアードーパントの胸板に足を乗せると地面に叩き伏せて動きを固定する。
「ごはっ!」
背中から突き抜けていく衝撃に思わずむせるエアードーパントであったが、トリガードーパントが向けた銃に今度は逆に息を呑む。
咄嗟に両腕を顔面の前で交差し、重要な部分を守るように見えない空気の膜を張る。エアードーパントの必死の防御の後のコンマ一秒にも満たない間の後にトリガードーパントの銃が火を吹いた。
最初のときに放たれたような光弾ではなく、ビー玉程の大きさの光弾が銃口から放たれる。
光弾は、エアードーパントの空気の膜で一瞬止まるが、直ぐに突き抜けてエアードーパントの体に着弾し、火花を散らす。
「ぐっ!」
伝わってくるダメージは、そんなに大きなものではないが、無視出来るようなものでもない。不完全な状態で形成した空気の膜が光弾の威力を削った結果であった。
だが、余裕があったのは最初の一発だけであった。最初の一発が放たれた後、再びトリガードーパントの銃口から光が洩れ出したかと思えば、次の瞬間、数え切れない程の衝撃がエアードーパントの全身に浴びせられた。
「……!」
声を上げようにも、間を置かずに降り注がれるトリガードーパントの無数の光弾が、エアードーパントの苦鳴を呑み込むように全身を穿ち続ける。
一発の威力は大したものではない。しかし、その尋常ならざる数が、その威力を際限なく高めていった。
一秒間に数十もの数の光弾。ライフルの形をしたトリガードーパントの右手は、形を変えないで、その中身を変え、機関銃のように手も足もでない蹂躙を行い続けた。
周囲の空気を集めようにも絶え間無く撃ち続けられる弾丸の雨が集中の妨げになり、また展開している空気の膜を維持するのにかなりの力を消費している。仮に防御を捨て、攻撃に持てる力を全て注げば反撃することが出来るかもしれない。しかし、そうすればこの弾丸の雨に身を晒すことになる。無事で済む確率は無きに等しい。
仮に防御に徹していてもいずれは、力尽き無防備な状態を相手に晒すこともになる。今のエアードーパントにこの状況を打破する力は無い。
そうあくまで今のエアードーパントには──
(もう……これしか方法はないか……)
エアードーパントの脳裏に浮かぶ最後の手段。
彼はミュージアムのバイヤーとしてガイアメモリと深く結びつくとどうなるか、それはガイアメモリを扱ってきた彼自身よく理解していた。
ガイアメモリを手に入れた人間の末路を何度も見てきた彼は、自分がガイアメモリと融合した際に深く結びつくことを恐れ、意識してガイアメモリの力を完全に引き出そうとはしなかった。それゆえに破壊衝動が思考を侵食しようとも、辛うじてそれを止めることが出来ていた。
だが、もしガイアメモリに己の全てを委ねることになったら、彼自身が真の意味でドーパントになったならば一体どうなるのか。
その答えをいまこの瞬間に出す。
「ああああああああ!」
今まで握ってきた理性という名の手綱を手放すと、意識せずに胸の奥底から獣のような咆哮が吐き出される。
全身に走る解放感。それは撃ち続けられる弾丸の痛みをかき消し、エアードーパントの中に泉のように力を湧き出させる。
防御のために交差していた両腕を開き、それと同時に空気の膜も消し去る。
壁がなくなったせいで、威力を取り戻したトリガードーパントの光弾がエアードーパントに着弾し続け、火花を散らすが、今のエアードーパントに痛みを感じているどころか怯む様子もなく真正面から受けていた。
「ああああああああ!」
二度目の咆哮。
トリガードーパントは、その咆哮を聞いたとき銃撃は止め、何か危機を感じたのか後方へと飛び去る。
メキリ、という音がエアードーパントの方から聞こえる。
地面に仰向けに倒れているエアードーパントの背を中心に床に蜘蛛の巣の亀裂が走り始める。さらに亀裂は床だけに止まらず、離れた天井にも現れ始めた。
「うああああああああ!」
三度目の咆哮が響くとき、見えない圧力が全てを押し潰した。
エアードーパントを中心に通路全ての床が砕け、壁が粉砕されるとともに天井の亀裂が一気に走る。
エアードーパントから離れたトリガードーパントも無事では済まず、トリガードーパントの体を何かが包み込むような感触を感じたと思うと、見えない何かが弾け、トリガードーパントを通路奥の壁まで吹き飛ばし、背中を強く打ち付けさせた。
背中から伝わって来る衝撃が、トリガードーパントの肉体に痛みを与えるが、それを無視して壁から離れたとき──
「ああああ!」
叫びのあとに突如目の前に現れたエアードーパントの両手がトリガードーパントの首を締め上げる。
「ぐっ!」
声を出そうもエアードーパントの指はしっかりと食い込み、トリガードーパントの声と呼吸を絶つ。
「らあああああ!」
人の声というよりも最早ケモノの声と化した叫びを上げると、トリガードーパントを掴んだまま飛び上がった。
天井に両者とも頭から突っ込んでいくが、まるで障害にならないと言わんばかりに突き破って上昇していく。
天井を抜けた先にあるのは屋上の空。だがエアードーパントは止まらず更に上昇。首を締められているトリガードーパントも大人しくしているはずもない。密着に近い状態なので右手の銃が近すぎて使用することが出来ないが変わりにエアードーパントの顔面に肘で殴りつけたり、エアードーパントの胴体に膝で蹴り上げてみたりと抵抗をする。だが相手に堪えている様子はなかった。
やがて屋上から数十メートルぐらいの高さまで昇るとそこで反転、屋上目掛けて頭から落下し始める。更に管からも空気を噴出させ落下スピードを加速させていく。
「フッ!」
トリガードーパントの数発目の膝が、エアードーパントの腹部にめり込んだときに、ようやくエアードーパントの体勢が崩れ、腰を引いたような状態になる。
その僅かに開いたトリガードーパントとエアードーパントとの距離にすかさず右手を捻り込むとエアードーパントの胸部に銃口を当てがい、高速で落下していくなか零距離で発射した。
両者の間で生まれる爆発が、エアードーパントの両手を引き離し、互いに二手に別れるように屋上に衝突する。
トリガードーパントは、頭部を庇うために交差した両腕から屋上に叩きつけられ、破片と粉煙を巻き上げる。エアードーパントの加速落下からは逃れられたが、完全に速度を殺すことは出来ず両手が砕けたかと錯覚するような感覚と痛みがトリガードーパントを襲ったが戦闘不能になるほどの重症ではない。
立ち上がるトリガードーパントの眼前に、エアードーパントの大振りの拳が迫る。全身を使って振るわれた拳であるが隙が大きく、トリガードーパントは視界に入ると直ぐに身を低くしてそれを回避する。
攻撃を避けられたエアードーパントは、自らの拳に振り回されて姿勢を崩し前のめりになるが、両足で倒れそうになるのを止め、再び拳を大振りする。ほんの数分前とは別人のように大雑把で荒々しく無駄の多い動きをするエアードーパント。挙動の一つ一つに異様に力が込められ、そのせいでトリガードーパントには易々と避けられてばかりであるが、その動きは衰えることを知らず、常に全力で動き続けていた。
斜めから振り降ろされた攻撃を避けられたのならば、今度はしたから突き上げる攻撃、それも避けられたのならば上半身ごと振るうかのような拳を放つ。
だが幾度となく振るうも動作の大きい攻撃のせいでトリガードーパントには容易く見切られ全て空を切る結果となっていた。
やがて外れた拳が地面にと叩き込まれる。すると地面が音を立てて捻れ砕け、エアードーパントの拳を中心に螺旋状の破壊の痕を残した。
前に使った時間差攻撃の応用で、放つ筈の空の塊を拳に直接纏わせ、威力を上乗せする。単純な方法ではあるが、抉れた地面を見れば防御することの危険を理解し、回避することに専念しなければならないこともまた理解した。
エアードーパントが大きく拳を振り上げる。その隙の大きな動作によってエアードーパントの胴体はがら空きの状態となった。
その無防備な場所に向けて、トリガードーパントは槍のように自らの右手を突き出す。振り上げた拳よりも早く直線に進むトリガードーパントの右手の銃口がエアードーパントの胸部にと突き刺すように押し当てられた。
そして、そのまま銃口から光弾が放たれる。
零距離で放たれた光弾はエアードーパントを貫く──と思われたが、光弾はエアードーパントの胸の前で激しく回転をした状態で止まっていた。
「……」
トリガードーパントはその光景を静かに見つめる。
集中をして見れば、トリガードーパントの光弾とエアードーパントとの間には僅かな隙間が有り、その隙間には最初に防いだときとは比べものにならない程の膨大な量の空気を圧縮した壁を作っていたのであろう。
トリガードーパントの脳裏にある考えが浮かぶ。その考えに意識を傾けた刹那の時間、エアードーパントは光弾を受けたままの状態にあるにもかかわらず、トリガードーパントの胴体に振り抜くように右脚を打ち込む。
真横から来る衝撃にトリガードーパントは直ぐに意識をそちらに向けた。
メモリの影響で変化した皮膚が、エアードーパントの右脚に触れられた瞬間に捩れ、外皮と一緒に中身ごと抉り取ろうと激しく暴れる。
押し当てられたエアードーパントの脚が、トリガードーパントの体の一部を削り取っていく状況の中、トリガードーパントは冷静に焦ることなく次の行動に移る。
大気の壁に阻まれている光弾に向かって、二発目を発射した。放たれた二発目が、空中に止まっている光弾に接触したと思えば、火薬に火を点けたかのように爆発を起こす。
強烈な熱と爆炎が両者を覆い尽くし、爆発の余波で屋上を囲んでいたフェンスは変形し、一部は吹き飛んでいった。
爆炎が消え去り、その中心部に立つ二つの人影。
一人はトリガードーパント、メタリックブルーの外装は所々焼け焦げ、黒く変色している箇所があるが、しっかりと地を踏みしめて立つ姿を見れば、軽傷であることが分かる。
そして、もう一人。エアードーパントの状態は──
「があっ! ぐっ! あああ!」
トリガードーパントとは対称的に地面に蹲り、胸を押さえながら苦悶の声を上げていた。
よく見れば、エアードーパントの胴体に生えている管が全て焼け、管の先からは白煙を上げていた。
あの爆発の起きる直前、トリガードーパントの右手から光弾が発射されたのを見たエアードーパントは、二発目の光弾を防ぐには大気の壁の防御力が足りないと即座に判断し、胴体の管の吸引力を最大限にして周囲から一気に空気を取り込んだ。
しかし、光弾はエアードーパントではなく先に防がれていた光弾に命中。光弾同士が衝突し、中に込められていたガイアメモリの力が溢れ出し、爆発へと生じた。
この爆発によって生まれた熱は周囲一帯の空気を瞬時に加熱された。
時間にすれば一秒未満の出来事。故にエアードーパントは直ぐに切り替えることが出来ず、高熱を帯びた空気を大量に体内に取り込むこととなってしまった。
その結果、臓腑を直接火で炙られるかのような地獄の苦しみを体感することとなった。
「ぐっ……ううう……!」
苦しみと痛みに満ちた声を搾り出しながら立ち上がろうとするが、重傷を負った体は自由には動かず、小さく震えるだけであった。
羽をもがれた羽虫のように足掻くエアードーパントにトリガードーパントは躊躇うことなく右手を動かし、まともに動くことの出来ないエアードーパントの眉間に銃口を突きつけた。
エアードーパントは、荒い息を吐きながら突き付けられた銃口の奥にいるトリガードーパントを睨み、左手を必死に動かす。
その思いに応えるかのように、震えながらも左手は上がり始める──がそれも長くは続かず、数センチ上がった所で限界を迎え、力無く地面に降ろされた。
動かない左手を見て、はぁ、とエアードーパントは深く短い、一回だけの溜め息を吐いた。
それだけで、エアードーパントの中から何かが抜け落ちたかのように荒々しかった雰囲気が無くなり、最初のときのような状態へ戻っていた。
エアードーパントは銃口を見つめ、一言。
「どうぞ」
静寂は一瞬。
その後に聞こえたのは三つの音。
静寂を破る一発の銃声。
その銃声に少し遅れて響いた、重く鈍い物音。
そして最後に聞こえたのは──
「……ゲームオーバー」
芦原賢の囁くかのような静かな声だった。
12/25 挿絵を頂いたので貼りました。