仮面ライダーエターナル―NEVER SIDE STORY―   作:K/K

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Tの銃口/芦原賢の章その2

 体勢が上下左右と激しく入れ替わっていくなか、賢は冷静に今の状態を判断し、通路に頭から落下していく瞬間、直ぐ様足を降り下ろし、片手と両膝を着いた姿勢で着地する。

 先程立っていた場所から数メートルほど飛ばされ、現在は通路の突き当たりで壁を背にした状態で立っているが、少なくとも賢にとっては都合の良い状況であった。

 姿の見えない相手を前にして、背後から攻められる可能性を無くしたからだ。

 座ったままの状態で、片手で拳銃を構え、通路の先に神経を集中させる。

 

「成る程、判断能力や身体能力は常人とは別格ですね。マスカレードでは対処できないはずだ」

 

 耳のすぐ側で喋りかけてくる声。まるですぐ隣にいるかのような錯覚を覚えてしまうが、気配は無く、先程と同様そこには誰もいない。

 賢も言葉に惑わされず、前方に向かって弾丸を発射。弾倉に残された弾を全て弾き出す。発射された弾丸は、視界では捉えられない速度で空中を駆け抜けていくが、その疾走は突然止められる。

 見えざる壁にぶつかったかのように、弾丸は全て空中で留まる。まだ力が残っているのか、激しく回転をしているが、それでも一ミリたりとも先に進む様子は無い。

 やがて力を失い、回転を止めた弾丸は、下に落ちていった。

 

「残念ですが、ただの拳銃では私に届きませんよ」

 

 今度は、耳のすぐ側ではなく、通路全体に響く声。敵は恐らく前方にいるはずなのだが三百六十度、全方向から聴こえる声が、その考えに揺さぶりを与えてくる。

 賢は、素早く空になった弾倉を抜くと新たな弾倉を取り出し、拳銃に装填。一秒以内に行われた動作に隙はなく、相手に攻撃させる時間は与えない。

 賢の離れた距離での攻撃は既に封じられている。なら次にとるべき行動は決まっている。

 拳銃を片手に持ち、賢は見えざる相手に向かって突撃する。

 最初に牽制の弾を数発放つ。やはり先程と同様、空中で静止する。しかし、賢にとっては有り難いことである。何故ならまだ敵は場所を移動していない確率が高まったからだ。

 静止した弾丸がある場所目掛け、加速によって勢いをつけて、飛び上がり右爪先を刺すよう放つ。

 爪先にかえってきたのは厚手のゴムに包まれたかのような弾力的な感触。その弾力に押し返され、後方へと飛ばされると、瞬時に姿勢を整え両足から着地する。

 このとき僅かな時間、敵から意識を逸らしてしまう。その代償は、すぐに支払われることになる。

 初めは軽い衝撃であった。賢の左胸を指先で押されたかのような感触。しかし、その感触は徐々に凶悪なものへと変化していく。

 黒のジャケットの上に浮かぶ小さな窪み、それが次第に螺旋状に捻れていき、左胸にかかる圧力も増していく、やがて賢の体内に響く肉の潰れていく音と骨の軋みを上げる音。

 螺旋が限界を越えたとき、賢は弾けたように吹き飛ばされた。

 通路の上を二転三転と転がっても勢いは止まらず、仰向けになった状態で数メートルも通路を滑っていった。

 ようやく止まると、賢は咳き込む。咳き込む度に口から血が吐かれ内臓にも強いダメージを与えられたことが分かる。

 だが賢はすぐに咳き込むのを止め、口に付いた血を拭いとると機敏な動きで立ち上がる。

 NEVERの持つ再生能力が負傷した箇所を迅速に回復させているせいでもあるが、再生をしていても痛みが消える訳ではなく、すぐに立ち上がれたのは一重に賢の持つ精神力の強さによることが大きい。

 賢は相手の能力について理解し始めていた。

 今までに相手が使用した能力は、自分の姿を消すこと、自分の声を好きな位置から出すことが出来ること、弾丸を止める防御手段を持っていること、見えない力で相手を吹き飛ばすことの四つである。

 この情報から推測して相手の能力の正体も大体は把握したが残念なことに、もし賢の推測が合っていたならば、今の賢の手元に相手を仕留める確率は大きく減ってしまう。

 隠密行動を重視して普段使用している銃器は、別の場所に置いてきてしまったことが仇になってしまった。

 しかし、だからといって戦いを放棄し逃走を選択するほど芦原賢という存在は臆病ではなく、また諦めの良い人物ではない。

 今ある手元にある武器で、やれることをやるのみである。

 再度、賢は拳銃を構え、前方に撃ち始める。

 前と同様に見えない壁にぶつかり弾は空中に留まる。

 

「無駄ですよ。それでは私には届かない」

 

 響く声を無視して前に走り出し、再び弾丸を数発発射した。結果は、さっきと同じく空中で弾丸が静止する。

 

「距離を詰めても意味がありませんよ? 往生際が……」

 

 そこで声は止まる。何故途中で止まったのか、それはあるものが目に入ったからであろう。

 空中に留まる無数の弾丸。どれもが、未だに力を失わずに回転を続けている。

 その中で一つだけ、他とは異なる弾丸。他の弾丸がほぼ同じ位置に静止している。

 だが一つの弾丸だけが他の弾丸よりも前に押し出されていた。

 賢はその前に押し出されている弾丸がある場所目掛け、拳銃を握った右手を突き出す。

 銃口が弾丸の底に当たり、固い感触が返ってくる。賢は、その感触を感じたのと同時に引き金を引く。

 金属と金属とが接触する固い音。

 二重になった弾丸が、見えない壁を突き破り、その先にあるものに当たり火花を散らす。

 

「くっ!」

 

 聞こえた声は、耳元や四方八方から聞こえるのではなく、前方から聞こえる普通の声。

 賢は更に踏み出し、拳銃を前に押し込む。分厚いゴムのような感触はなく、代わりに人の体に近い感触が銃口に伝わってくる。

 

「今度は届いたか?」

 

 接触した状態で引き金を引く。立て続けに鳴り響く発砲音、スライドする度に排出される薬莢。

 

「おぐっ!」

 

 見えない相手に撃ち込み続ける弾丸は、火花を散らし続け、その火花が散るごとに敵の姿を浮き彫りにしていく。

 初めは何もない空間であったが、一発目の銃弾が撃ち込まれると、その空間が歪み、陽炎のように揺らぎ始める。

 二発目が撃ち込まれると、その陽炎の中から人の形が浮き上がり、賢の銃口が相手の脇腹辺りに突き付けられていたのが分かるようになる。

 三発目、四発目を撃ち込んだとき相手の姿が完全に露になった。

 薄い水色の体をし、胸部の至る所に細い管状の器官を生やしている。顔は細く縦長で口や耳といったパーツはなく、黄色く光る目が、左右非対称の大きさで備えてある。

 また、右腕と左腕も非対称で、右腕は普通の状態だが、左腕は手首から肘にかけて、胸部と同じ管状の器官を生やしていた。

 ようやく姿を表した敵──ドーパントに五度目の引き金を引こうとしたとき、賢の左肩をドーパントが掴む。

 

「これ以上はさせませんよ!」

 

 つい数分前に吹き飛ばされた自分の光景が賢の脳裏に浮かぶ。が、賢は迷うことなくその場に留まり、五発目の銃弾を敵に浴びせる。

 

「ぐっ!」

 

「ッ!」

 

 左肩が砕ける音を感じながら、賢は天井まで飛ばされ、背中を強打すると、そのまま地面へと落下。相手のドーパントも賢の銃弾で姿勢を崩すが、両足でしっかりと地を踏み締め、倒れることはなかった。

 

「ふぅ……やはりドーパントになっても痛いものは痛いですね……」

 

 脇腹を押さえ、呟くドーパント。賢は拳銃を構えながら立ち上がるが、左腕はだらりと力無く垂らした状態であった。

 

「人を超えた身体能力と技術。NEVERがドーパントに対抗できる力を持っているという話はあながち嘘ではないようですね……」

 

 そう言うとドーパントは足元に視線を向ける。そこにはいくつもの弾丸が落ちていたが、その中で一つの弾丸に注目していた。

 弾頭が潰れて、他の弾丸と比べると半分程の長さに変形した弾丸。

 あのとき壁を突き破るきっかけになったのは恐らくは、この弾丸であると考えるドーパント。恐らく相手は、防がれるのを前提に数発の弾丸を最初に放ち、空中に留まらせると、二度目の連射でカモフラージュ用に弾をばら蒔き、本命の一発を空中に留まっていた弾丸に直撃させ、一発分押し込ませたと推測した。

 しかし、自分で推測した割には、非現実な考えである。

 弾の幅は余りに狭く、また押し込むとなると弾丸を弾丸の中心に当てなければならない。ましてや相手は走っている状況でこのような芸当をやったことになる。

 普通ならば一笑に伏すか、ただの偶然だと思うような考え、だが何故だろうか、目の前で拳銃を構え立つ敵の姿を見ているとそれが真実であると思えてしまう。

 

「やれやれ……小細工だけでは、そろそろ限界ですかね」

 

 そう呟くと、ドーパントは両腕を力無く下げ、その場で直立した状態になる。

 相手の無防備な状態を不審に感じたのか賢の眉間に僅かに皺が寄る。

 その時、ヒュンという棒を振り回したかのような風切り音が響く。

 音の鳴る場所にあるのはドーパント。指一本動かしていないはずだが、ヒュンヒュンと、音の数が増え始めていた。

 このままでは不味いと思い、ドーパントに向かって銃弾は放つ。しかし、キィンというと、弾丸は弾かれ、通路の壁に当たり、破片を散らす。

 今までは、壁にぶつかったかのように空中で静止させるだけであったが、今度は弾丸を弾く程の防御力を持った見えざる壁が立ち塞がっているのだろうか。

 

「?」

 

 弾丸を弾かれた賢は、ドーパントを注意深く観察するが、そこであることに気付く。よく見ればドーパントの周囲を高速で動く細かい粒のようなもの、更に目を凝らせば、大中小と大きさのまばらである、その粒は、ドーパントを中心に土星の輪のような状態となっている。しかもそれは一つだけではなくドーパントを囲むように何本もあった。

 輪が動く度に鳴る風切り音。見えない壁とは違い、今度は視界に映るようになっているが、賢は不用意に近付こうとはしない。

 

「防御だけではありませんよ」

 

 手を突き出すと、輪の内の一本が、通路を切り裂き──否、削り取りながら賢へと迫る。

 床を覆うタイルは、耳障りな摩擦音を鳴らしながら破片を散らし、その破片を輪が取り込み、更に深く床を抉り取っていく。

 先程までは目を凝らさなければ見えなかった輪は、今では完全に見えるほど残骸を吸収し、直径二メートル程の大きさがあった。輪が回る度に鳴る風切り音は、砕かれた破片が悲鳴を上げているかのような凶悪なモノへと変貌していた。

 縦に回転しながら迫ってくるそれを賢はサイドに移動して回避しようとするが、いざ眼前に来ると、突如縦から横へと向きを変え、通路一杯にまで拡がる。

 チッ、と短く舌打ちをすると、賢は通路の隣にある部屋の窓を突き破り中へ逃げ込む。

 安堵は一瞬、凄まじい轟音を上げ、賢のいる位置から七、八メートル離れた場所の壁が吹き飛び、噴煙を取り込みながらドーパントが姿を現す。

 目を剥く賢のことなど構いもせず、瓦礫を更に取り込み、最早石の鋸と化したソレを身に纏った状態で前屈みの姿勢をとる。

 脳から伝わってくる警告に従い、賢は拳銃を構える。

 ドーパントは背中に生やした管状の器官を動かし、体から約九十度生えていたものを下斜め約四十五度の角度に変えた。

 相手が何をするのかは、自ずと想像が出来る。しかし、問題はその先、想像と現実にどれ程の落差があるのか。

 大気が突き破られたかのような轟音。賢は、このとき自らの認識の浅さを悟った。

 自ら体を一つの武器に替え、超高速で賢目掛け一直線に飛ぶドーパント。拳銃などこの飛来する脅威に対しては余りにも無力であった。

 賢は、回避のみに全ての集中力と力を注ぎ込み、全神経を脚部にと集中させると今、自分の出せる限りの力を振り絞り、地を蹴った。

 真っ直ぐに突っ込んでくるドーパントに対し、真横に避けるように動くが、ドーパントの周囲を動く輪の一本が、賢の脇腹を僅かにかすっていく。

 触れるか触れていないか分からない程の一瞬の出来事であったはずだが、輪は賢のジャケットを易々と引き裂き、その奥にある肉を抉り取る。

 ドーパントは、再び壁に接触すると、そこに初めから何も無かったかのように、軽々と破壊して、撒き上がった粉塵の中へと姿を消す。

 賢は、抉られた脇腹に手を当てる。押さえた手の指の隙間からは止めどなく血が流れ、足元を濡らす。

 単純な傷ならばすぐに再生を始めるが、ドーパントにつけられた傷は傷口の状態が悪く、再生する速度を鈍らせていた。

 粉塵の奥から鳴る轟音。その音が賢の耳に届いたときには、すでにドーパントは眼前にいた。

 地面に身を投げ出し、転がって埃まみれになりながらも、ギリギリで回避することに成功したが、賢は実力で避けたというよりも運が良かったと実感していた。

 傷のせいでやや前屈みになっていたので、地面にすぐ身を投げ出せたこと、粉塵のせいで相手の飛んできた位置が、賢からややずれていたこと、この二つの要素が賢の首の皮一枚繋がらせていた。

 また直撃を避けられたドーパントが壁を突き破っていく。威力は尋常ではないが、方向転換と停止に難がある攻撃手段らしい。

 次の攻撃に備え、意識を集中させる賢。痛い程の沈黙が場を包む。

 一秒経つ、攻撃は来ない。五秒経つ、まだ攻撃は来ない。十秒経つ、音一つ鳴らない。

 賢の中で違和感が生まれる。胸の奥で言葉に出来ないモヤモヤとした感覚。

 自分は何か重要なことを見逃していないか。

 そう思ったとき、賢の首に締め付けるような圧迫感に襲われ、賢の両足が地面から離れる。

 この瞬間、賢は自分の不注意に気付く。

 集中するべきは物音が鳴ることでは無かった──

 

「やはり小細工は大技を混じえてこそ真価を発揮する……そう思いませんか?」

 

 空間が歪み、その中からドーパントが片手で賢を持ち上げた姿を現す。

 あの技は、賢に透明化能力を意識させないことを目的としたものに過ぎないカモフラージュ。

 真の目的は、この透明化。一度破られた能力で、今度は賢を追い込む、策とプライドの入り交じった手段であった。

 死人の体であっても窒息の苦しみは変わらないのか、賢の顔色が変わり始めていく。

 だが、賢はこのまま黙って絞殺されていくような人物ではなく、拳銃をドーパントに押しつけようと腕を動かそうとするが──

 

「駄目ですよ」

 

 その動きはすでに読まれており、賢の首を締めたまま、腕を降り下ろし、後頭部から床に叩きつけた。

 

「がっ!」

 

 床の砕ける音、賢の苦鳴。叩きつけられた衝撃で、賢は拳銃を離してしまう。

 

「次は上です」

 

 今度は逆に腕を振り上げ、そのまま掴んでいた手を離す。ドーパントの頭上にと投げ出された賢の腹部にドーパントは左手を当てる。

 瞬間、ドーパントの左腕の管に周囲の空気が吸い込まれ、腕は倍近い太さに変わり、そして圧縮された空気が当てられた左手の掌から賢へと撃ち込まれた。

 音よりも先に衝撃が伝わる。鉄の杭が音速で自分の体を通過したような感覚。喉の奥に冷たいモノを感じる。それが血だと気づいたとき、背中に衝撃が走り天井に体が沈み込んでいく。

 

「まだですよ」

 

 静かに告げるドーパント。全身の管が下を向き、吸収された空気が噴出され、そこから生まれる速さがドーパントの体を再度凶器にと変える。

 天井にめり込む賢の胸部に肩から突撃した。

 賢の体内に鳴り響く骨の砕けていく音。天井にめり込んでいた体は押し込まれ、上へ上へと押し潰されていく。

 背中に天井を構築していた資材が破壊されていくのを感じ、賢は四階を突き破って屋上へと持ち上げられていく。

 空に吸い込まれていくような場違いな気分を味わいながら、屋上から数メートルの高さまで押し上げられた地点で、ドーパントの突撃は終わり、賢は空中に放り出される。

 腹部、胸部に受けたダメージのせいでろくに体を動かすことの出来ない賢は、背中から屋上に落下し、受け身も取れないので体が砕けてしまいそうな衝撃を直に受けてしまった。

 

「っ……!」

 

 口から血塊を吐き出し、屋上の床を赤く染める。

 

「これで終わりです」

 

 左手を高々に上げると、周りの空気が尋常ではない勢いで集まりだす。その勢いは地に倒れている賢が、体が浮き上がるのではないかと錯覚してしまう程であった。

 やがて、ドーパントがその手を降り下ろしたとき、賢の全身に味わったことのない圧力が加わったかと思うと、まるで電源を切られたかのように賢の意識は途切れ、視界が黒く染まった。

 

 

 ◇

 

 

 誰かが自分を呼ぶ声がした。

 目を開けて見ると、今自分は見馴れない場所に立って、見馴れない格好をしていた。

 足元には、隙間が無い程に咲き誇った花々。空は雲一つ無い青空。

 自分にはあまり縁がない場所である。

 また、誰かが自分を呼んでいる。

 その声がする場所に目を向けると、二人の人物がいた。一人は自分と変わらないぐらいの年齢の女性、もう一人はまだ幼い子供。

 二人ともしきりに自分に手を振り、呼んでいた。

 懐かしく、見覚えのある顔、名前も知っている。声を出して二人の名前を呼ぼうとするが、何故か声は出ない。

 どんなに声を出そうとしても、何一つ音が出ない。

 それでも二人は、必死に手を振り、こっちに来るように招いていた。

 それにつられて一歩一歩、花畑を歩き始める。

 少しずつ二人との距離が近付いてくる。距離が近付く度に、二人に対して感じていた懐かしさが強くなっていった。

 二人との距離が五メートル程になったとき、幼い子供が木漏れ日のような笑顔を浮かべながら、こちらに走ってくる。

 自然に膝を突き、両手を広げ、子供を抱き止めようとしたとき、膝に何かが当たる。

 何かと目を向けたとき、そこにあったのは鮮やかな花々とは対極の位置にある一丁の無骨な拳銃、まるで何かを訴えるようソコにあった。

 足元の拳銃を見続けている姿に子供は戸惑いの表情を浮かべながらも、自分を呼ぶ。

 しかし、それを無視し落ちていた拳銃を拾ったとき──改めて実感した。

 一体化したかのように馴染んだ銃の感触。この感触で染まった手で抱き締めるには、目の前の子供はあまりに繊細で、抱き上げるには自分には重過ぎる。

 

 もう二度と触れることは出来ない。

 

 拒絶の言葉を言い、立ち上がる。子供の戸惑いの顔は消え、替わりに泣き顔が浮かぶ。

 泣きながらも自分に追い縋ろうとするが、女性が子供を後ろから抱き締めて、それを止める。

 子供を止める女の顔も泣いていた。

 

 ──、──。

 

 先程が嘘だったと思えるほど簡単に喉から滑り落ちるかのように自然と呼べた二人の名前。だが、もう二度と呼ぶことはない。

 二人に背を向ける。

 振り返り、目に映った光景は、花畑などではなく草一本も生えていない荒野。服装も元に戻り、手にはしっかりと拳銃を握っている。

 荒野の先に向かい、歩み始める。

 先は見えない、道しるべもない。

 しかし、後悔はなかった。

 

 

 ◇

 

 

 頬に何かを当たる感触で目が覚める。しかし、周りは闇に覆われ、何一つ見えない。

 何かにもたれ掛かっている体を動かそうとするが、両足に力が入らない。今度は、両腕に力を入れると右腕だけが辛うじて動かすことが出来た。

 おそらく最後に受けたドーパントの攻撃で、体に障害が発生したと考えられる。両足と片腕だけでなく体内に感じる違和感で肋骨が数本折れ、内臓も損傷を受けていることを把握した。

 ミシリ、という石の擦れ合うような音が鳴ると、再び賢の頬に何かが当たる。

 暗くて確認することが出来ないが、恐らくは瓦礫の破片であると推測し、自分の今の状態もそこから推測する。

 最後のドーパントの攻撃で賢と一緒にビルの一部が破壊され、瓦礫が崩れ落ちたが、偶然にも瓦礫は賢を避けるようにして積み木のように重なり、賢が座れる程度の空間を造った──しかし、あくまで一時的なものであり、その証拠に賢の頭上で再び瓦礫が崩れかけていく軋音がする。

 あと数分、もしくは数十秒後には瓦礫は完全に崩れ落ち、賢は逃れることも出来ず圧殺される。

 

 まだだ……まだ終わらせることは出来ない……! 

 

 賢がそう強く思ったとき、闇の中を青い光が照らす。

 その光に驚き、目を向けた先にあったのは、自らの存在を標す為に光続ける長方形の物体。

 それを見たとき、鉄面皮であった賢が、唇の端を少しだけ上げ、笑みを浮かべる。

 

「偶然──いや、運命か……」

 

 右手の指先を噛み、黒の皮手袋を脱ぎ捨てる。手袋の下から現れた手の中央に刻まれた生体コネクタ。

 探し求めていた存在に対し手を伸ばす。だが、頭上の軋む音の感覚は徐々に短くなり破片の量も増え始めている。

 しかし、賢は焦ることなく光る物体──次世代ガイアメモリ、T2ガイアメモリをその手に収める。

 

「ゲームクリア」

 

 賢は、崩れ始めている天井に右手を向け、新たな武器の引き金を引いた。

 

『TRIGGER』

 

 

 


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