「なっ、なんなんだこいつは!?」
悟飯から発せられる桁外れに強い気、しかも戦いに対する真剣さが変わったことで先程までよりも隙も減り、威圧感を強くしている。その圧倒的な存在感を目の当たりにして百代の脳内に化け物と言う感想が思い浮かんだ。
(ははっ、化け物か。そう呼ばれたことはあるが、まさか私自身がそんな想いを抱くことになるとはな)
これまで百代に戦いを挑んできた多くの相手、その中には力の差を見せつけれられた結果、彼女を化け物呼ばわりする者が多く含まれていた。そしてそんな言葉を聞く度に彼女は失望してきた。
「だが、私はあいつ等とは違う筈だ!! 私は勝ってみせる!!」
自らの弱気から目をそらすように、そしてプライドを守るように己を鼓舞する言葉を叫ぶ。そしてその言葉が真実であると証明しようとするかのように彼女の気はこの戦いが始まって以降、いやこれまでの生涯で最高に彼女の気は高められた。
そしてその力を込めた特大のエネルギー波を放つ。
「川神流!! 星砕き!!」
その技の名が示す通りに星を、月を砕きかねない程の力が込められた巨大な気の塊が悟飯に向けて迫っていく。それに対し悟飯は逃げる事無く立ち向かう。
「はあああああ!!!!!」
裂帛の掛け声と共に全身から気を放出される。その出力は百代のそれを遥かに超え、彼女が放った渾身の気弾はその気に飲み込まれていった。そして完全にかき消されたのである。
「なっ!?ばっ、馬鹿な!!」」
その光景を目にした百代は自信を込めて放った一撃が相手に多少の痛痒すらも与えることがなく、単なる気の放出に防がれたことに目に驚愕の表情を浮かべ、思わず一歩後ずさる。しかしまだその心は折れなかった。後ずさった自分を恥じ、弱気を振り切るように前に足を踏み込み直す。
「まだだ!! 川神流・禁じ手、富士……」
気弾がだめなら今度は直接攻撃だと、打撃系最強必殺技を叩き込もうと接近する。しかしその拳が相手に対し届くことはなかった。
「はっ!!」
悟飯が右手を突き出し、そこから見えない衝撃波を放つ。魔族の技、気合砲。その一撃が接近しようとした百代を迎撃し、その身体を弾き飛ばしたのだ。
「ぐあああっ!!」
気合砲の直撃を受け、数十メートル吹っ飛び木に叩き付けられる。激しい衝撃によってあばらの骨が折れ、額から血が垂れる。戦闘不能とまでは言わないがかなりのダメージであった。
だがそこで彼女の身体が光り、驚きの現象が起こる。僅かな時間でその身体の傷が完全に修復されたのだ。
「怪我が治った。まさかこんなことまで出来るなんて……」
「ああっ、瞬間回復、私の切り札だ。お前は確かに強いがそう簡単には行かんぞ」
その光景を見て驚く悟飯。デンデの回復に似た現象であったため、それが何らかの技であると気づく。驚くその姿を見て自身に優位な部分があると少し余裕を取り戻す百代。
「確かに厄介ですね。一撃で倒せばいいんでしょうけど、今の僕にはできそうにありません」
悟飯の口から飛び出した言葉は真実だった。殺す気であるのならば全力の1%も出せば簡単に百代の身体を跡形も無く消し飛ばすことができる。しかし技量だけで言えば上の百代に対し、殺さずに一撃で倒すことは今の悟飯には極めて困難なことだった。
一方、そんな事情を知らない百代の方は弱音とも取れる悟飯の言葉に更に余裕を取り戻し、まだ勝機はあると考え戦意を強める。
「勝負はこれからだ!! 行くぞ!! 川神流……」
「……だからすいません。回復する間もなく攻撃させてもらいます!!」
ポツリと呟やくように言った言葉。
それと同時に間合いを瞬時に詰めた悟飯のエルボーが百代に叩き込まれる。その威力により、彼女の身体は先程気合砲を受けた時以上速の度で弾き飛ばされた。しかし先程とは違い、木や地面に叩き付けられることでその身体が止まることはなかった。
「たああああああ!!!」
吹き飛ばされた百代を追い抜き先回りした悟飯が彼女の身体を空中へと蹴り上げたからだ。胸と背中を連続して強く叩きつけられ、呼吸すらも困難な状況になりながらも百代は何とか体勢を立て直そうとする。しかしそこで彼女の目に映ったのは中空へと先回りし、両手の指を組んだ状態で待ち構える悟飯の姿だった。
「てえりゃあああああああ!!!!」
ハンマーナックルが叩きつけられ、急降下で地面に落下する。
そして地面、大激突が起こる。地面が激しく揺れ立ち篭る土煙。
その煙が晴れた時そこにあった光景は、クレーターのように陥没した地面とその中で栽培マンの自爆を受け死亡した時のヤムチャと同じ姿勢で気を失う百代の姿であった。
「あっ、目を覚ましましたか!!」
「私は、……そうか、私は負けたのか」
数十分後、目を覚ました百代は己の敗北を悟り口にする。その口調は意外にも静かで穏やかなものだった。
「はい、あの……」
負かしてしまったこと、傷つけたこと、それ等に対し悟飯の口から謝罪の言葉が漏れそうになる。しかし実際に彼の口から飛び出す前にその言葉は百代より発せられた言葉によって遮られた。
「一つ聞かせてくれ。マヤリト大陸にはお前のように強い奴が、私よりも強い奴が他にも居るのか?」
その言葉を他の者、特に百代を絶対的な最強と信じる風間ファミリーのメンバー等が聞けば驚愕の感情を抱いたであろう。彼女の言った言葉は、少なくとも悟飯が百代よりも強いことをはっきりと認める言葉であったからだ。
「……はい、大勢います。っと、言っても10人位ですけど」
悟飯はその問いかけに対し、どう答えるかを少し迷った後、正直に答えることにした。悟飯の仲間の戦士達は皆、最低でも百代の数十倍以上の力を持っている。本気を出せば今の百代に負けることはないであろう。
「そうか、大勢か。ははっ、武神などとおだてられて世界が狭いなどと考えていた私はとんだ井の中の蛙だったと言う訳か」
答えを聞いた百代の口から自嘲的な笑いがこぼれる。その姿に悟飯は再び謝ってしまいそうになる。
「あの……」
「ああ、気にするな。確かにショックだし、凄く悔しいし、かなり恥ずかしい気分だが、同時に嬉しいんだ。世の中にはまだまだ強い奴が沢山いるんだってな。それを想像するだけで興奮してワクワクしてくる。まるで身体中が叫んでいるようだよ!! そいつらと戦ってみたいってな!!」
その言葉紡ぐとともにそれまでどこか虚ろだった百代の目に光が戻り、全身に力が漲っているのがわかった。それは悟飯に取って懐かしいものを思い起こさせる。
「あなたは僕のお父さんと同じようなことを言うんですね」
百代の言葉に頭のなかで彼女の姿と悟空が被る。戦いが好きな者同士、出会えばきっと気が合うだろうとと悟飯は思った。
「んっ、お前の父親が?」
「ええっ、強い相手の存在を知ると何時も嬉しそうにする人でした。そしてどんな絶望的な敵が現れても最後には何とかしてしまう誰よりも強い、俺の憧れです」
「そうか、何時かその人とも戦ってみたいな」
悟飯の言葉に悟空に対し強い興味を持き、会いたいと願う百代。しかし悟飯は首を振ってそれは不可能であることを告げる。
「すいません。お父さんは7年前に」
「そ、そうか。……すまない」
悟空が死んだことを悟り、失言をしてしまったと罰の悪そうな表情を浮かべる百代。瞬間回復を使い、身体を動かせるようにしておきあがると悟飯に向かって謝罪し頭を下げた。
「いえ、気にしないでください。何時かまた会えるでしょうし」
「何時か? ……ああっ、そうだな」
死んだ者に会えると言う言葉に一瞬戸惑うが、直ぐにそれがあの世を指しているのだと気づき、賛同の言葉を返す。
ただ解釈としては間違っていなくても悟飯と百代ではあの世が存在することを知っているかどうかという違いがあるのでその点で死に対する認識というか深刻さに大分差があるのだが、彼女には知る由も無いことであった。
「まあ、とにかくだ。あれだけの力の差を見せつけられた以上、現時点ではお前の方が私よりも強いのは認めざる得ないだろう。だが、何時までも勝った気で居るなよ!!時間はかかるかもしれんが、何時か必ず追いつき、そして追い抜いてみせる!! 勿論お前だけでなく、マヤリト大陸に居ると言う他の奴等も含めてだ!! だから頼む、私とまた戦ってくれ!!」
話題を変えた百代は自らの決意をし、そして頭を下げて頼み込んだ。その真剣な願いに対し、悟飯はしばし沈黙し、そして彼の方も決意を込めて答えた。
「……わかりました。僕も油断せずに鍛えておきます」
「ああ!! 何時か私が勝った時に、衰えて弱くなっていたなんて結末にでもなれば興ざめもいい所だからな!!」
悟飯の答えを聞き、歓喜の表情を浮かべて叫ぶ。しかしそこで悟飯は慌てたように付け加えた。
「あっ、でも、その僕も勉強とか……あっ、いや、正義の活動などやらなければならないことがあるので勝負はたまにで簡便してくれ」
「っぷ。いや、すまん。わかった。それで十分だ」
今更、思い出したようにグレートサイヤマンを演じる悟飯に、百代は吹き出すのを必死に堪えながら了解を示した。
こうして約束が交わされた。
この日より、悟飯は修行を再開し、百代はその成長速度を更に早めることとなる。
二人の実力差が縮まり、真のライバルとなるのはまだしばし先のことであったが、二人の追いかける者と追いかけられる者としての関係はこの時から始まったのであった。
これにて第一章完結です。
人気が無ければここで終わろうかと思っていましたが、皆様の応援をいただけていますので「最終回じゃないぞ。もうちょっとだけ続くんじゃ」となりました。
ただ、他の連載の最終回を書き上げてからにする予定ですので、若干次の更新まで間が空くかもしれません。