大会最終予選出場者には各自に控え室が与えられており、その中の一つヒュームの控え室に悟飯は今、招かれていた。目的は勿論、悟空と彼との関係を聞くためである。
「とりあえず座れ」
「あっ、はい、それで……」
「焦るな。直ぐに話してやる。」
紙コップに飲み物を入れそれを差し出すヒューム。悟飯がそれを受け取ると昔話が語られ始めた。
「俺があの男と出会ったのは10年前。その時、俺は主の命でマヤリト大陸に密入国していてな……」
「言語は日本語とほぼ同じか。この辺りは事前調査通りのようだな」
マヤリト大陸、数百年に渡り鎖国を続け、ホモ・サピエンス以外の知的生命体の住む地球最後の秘境とも呼ばれる地域。
しかしその鎖国状態もまもなく終わろうとしていた。先進国を中心とした諸国とマヤリト大陸政府の間で協議がすすんでおり、人権問題も含めた法律の整備が済み次第、予定では5年後には国交が開始されることになっていたのである。
このような交渉が進んでいる状態であるのだから、当然、マヤリト大陸についてある程度の知識は大陸の外にも伝わってきている。しかし国の真の姿と言うのは実際に国の中に入って生活して見なければ見えて来ないものだ。その実態を知るために九鬼財閥の当主、九鬼帝はヒュームを調査に使わしたのである。その意図には九鬼財閥の企業として他社に先んじると言う利益目的もあるし、企業でありながら大国に比肩する力を持つものとして、マヤリト大陸と外との円滑で友好的な関係を築かんとする使命感も含まれていた。
「ほう、これは」
各地を回りながら調査を進めていたヒュームは大都市である南の都で武術の大会の看板を目にしていた。その看板に書かれた案内図に従い、彼は会場へと足を運ぶ。
マヤリト大陸の武術について彼はそのライバルであった鉄心より話を聞いたことがあった。彼よりも50年程前、マヤリト大陸へ武者修行として密入国した鉄心はそこで多くのライバルと出会ったと言う。その話を聞いて以来、ヒュームはずっとマヤリト大陸の武術について興味を持っていた。都合の良いことに優れた武術家、特に壁越え以上の実力者の存在は国家の保有する武力にも繋がる重要な調査項目だ。公私の利害が一致し、期待に胸を躍らせながら会場の門をくぐる。しかし彼の期待は裏切られられることになった。
「赤子同士の争いだな」
その大会はかなり大規模なものであったが、にもかかわらずそこで繰り広げられていた試合は全く低レベルの物であった。
「武術が廃れたのかあるいは実力者が顔を出さなかっただけか」
日本や中国でも真に優れた武術家は表の大会に出てくることは余り無い。マヤリト大陸も同じである可能性は十分にある。そう思いながらも鉄心の話との差に落胆するヒューム。
ちなみに鉄心が密入国した50年前はマヤリト大陸における何度目かの武術黄金期であった。孫悟空の育ての親、孫悟飯が王者として君臨し、当時は武術家であった桃白白、亀仙流の2番弟子で若く情熱に燃えていた牛魔王、地獄の住人アックマン、チャパ王の父で彼を超える武術家であったナン王等がその座を狙う戦国時代であったのである。鉄心は彼等が出場した第13回天下一武道界に出場し、決勝にまで進んでいた。激戦の末敗れていたものの、当時の悟飯が正に全盛期であったのに対し、鉄心は若く未熟さが残り戦うのは後2年ずれていれば結果は逆になっていたかもしれない。
「そろそろ街を出るか」
失望を振り切り、別の地へと足を向けることにする。危険生物の有無を調べるため、調査対象は人の住む地域以外も含まれていた。少し考え、彼が選んだ場所、それは「パオズ山」と呼ばれる場所だった。
そして、そこにヒュームが訪れた時のことである。
「おっす、オラ悟空。おめえ、何もんだ?」
一切の接近を察知させず、突如目の前に謎の男が現れたのであった。
「んっ、おいピッコロ、気づいてっか?」
「ああっ、孫。俺も今、気づいた。俺達の知らない普通の地球人よりも強い気を持った誰かがこの近くに来ているな」
人造人間との戦いに向けてピッコロや悟飯と一緒に修行をしていた悟空は自分達が強めの気を持った誰かが近くに居るのを感じ取った。
「邪悪な感じはしねえな。強さはヤジロベーと同じくれえか」
「どうする?」
軽い警戒を言葉に込めて尋ねるピッコロ。それに対し、悟空は好奇心を強く含んだ笑みを浮かべて答えた。
「ちょっと見てくる。おめえは悟飯と修行していてくれ」
自分達には及ばないにしてもまだ地球に未知の強者が居るかもしれない。それは十分に悟空の興味をひくことであった。
気を感じ取り、その場へ瞬間移動する。
そして飛んだ先に居たのは金髪でひげを生やした中年の男であった。
「おっす、オラ悟空。おめえ、何もんだ?」
人に名を尋ねる時はまず自分から。亀仙人の所で教わった礼儀に基づき、まずは自分の名前を名乗る悟空。しかしそれに対し返ってきたのは言葉ではなく、蹴りの一撃だった。
「おいおい、いきなり何すんだよ。けど、そっちがその気なら」
その一撃を余裕でガードすると、言葉は怒っているようだが嬉しそうな表情を浮かべ、戦闘の態勢を取った。
最初の一撃で気づいたのである。目の前の相手は武闘家だと。久々の武闘家同士の闘いに悟空は普段とは少し違った興奮を覚え戦い始めた。
気を抑え攻撃をする悟空。反撃する男。武闘家同士の戦いでなければ体験しづらい技の応酬や駆け引きを味わう。
しかしそうしてしばらく打ち合っていると男が憤怒の声をあげた。
「馬鹿にしているのか貴様!!」
そして男は更に怒りの言葉を続けた。
「この俺を嬲るつもりか!!」
「ふざけているのか貴様!!」
ヒュームは思わず叫んだ。様子見や余力を残しているのでは無い。完全に手を抜かれている。彼はそう感じ取っていた。
山吹色の胴着を着た男が突如目の前に現れた時、反射的に攻撃を繰り出してしまった。
それは驚いたのでも、相手を敵と瞬時に判別したのでも無い。一言で言うならばそれは嫉妬と言うのが一番近いかも知れない。
目の前に突如現れた男が自分が一生をかけて磨き上げてきた強さを無価値にしてしまう存在、それほどに次元違いの存在であると、本能的に感じ取ったのである。
そしてその直感は正しかった。
「この俺を嬲るつもりか!!」
最強を自負してきた自分が完全に手加減をされている現状、悔しさに歯噛みする。
そしてそんなヒュームに対し、睨まれた男はしばし無言になると真剣な表情になって答えた。
「わりい。別におめえを馬鹿にするつもりはなかったんだ。おめえとの戦いが楽しくってよ。つい引き延ばしちまったんだ」
男の言葉には何故かそれが嘘で無いと確信できる説得力があった。
「すまねえオラもマジになる」
そして男の雰囲気とその身にまとう気の強さが変わる。それはまさしく桁違いの強さ。今まで想像すらしたことも無い強大な力。
「行くぞ!!」
男が攻撃を宣言し、そして宣言通りに放たれた攻撃によってヒュームは意識を刈り取られるのであった。
「おっ、目え覚ましたか?」
ヒュームの意志に答え悟空が彼を打ち倒した後、悟空は気絶したヒュームを寝かせ目を覚ますのを待っていた。
そしてヒュームが意識を取り戻したのに気づき声をかける。
「ああ、俺は負けたようだな」
「ああそうだ。それにしてもおめえ、一体何もんだ。武闘家みてえだけど。オラ、みたことねえぞ。天下一武道会にもでてなかったみてえだし」
「当然だろう。俺はこの大陸の外から来たのだからな」
悟空もマヤリト大陸の外にも世界が広がっていることは流石に知っている。しかし行ったことは無かった。法律とかはよく理解していなかったが、出てはいけない決まりがあると教えられていたからである。ちなみにドラゴンボールはマヤリト大陸の外には飛び散らないようにされていたため、ボール探しで外に出る必要もなかった。
「へえ、そうなんか。なあなあ、外にはおめえみたいにつええ奴が他にもまだいんのか?」
「ふっ、お前に強い等と言われると嫌味のようだな。お前に比べれば俺など赤子同然。いや、それ以下だろう」
自嘲を込めて言うヒューム。そんな複雑な感情には当然、悟空は気づかねえ。
「いや、おめえはつええよ。もしかしたらオラの師匠の亀仙人のじっちゃんよか強いんじゃねえか。けど、ちょっと勿体ねえかな。おめえの動きには結構無駄がある。オラ達の技を覚えればおめえは今よりもずっと強くなれっ気がすんぞ」
「ほう」
ヒュームは悟空の言葉に興味を引いたようだった。出会うのが後、10年後であったら流石にその気力を持てなかったかもしれない。しかしこの時の彼にはまだ上を見ることが出来るだけの精神的な若さが残っていた。
「お前の言葉本当か?」
「ああ、勿論だ」
それを聞いたヒュームは決意を固める。
そして今までの最強としてのプライドも何もかも捨てて頭を下げた。
「ならば頼む俺を弟子にしてくれ」
「で、でしぃぃぃぃ。いや、困るよ。オラ、弟子なんて取ったことねえし」
突然の申し出に悟空は慌て両手を振って拒絶する。しかしヒュームは頭を下げ続け懇願を続けた。
「別に正式な弟子でなくとも構わん。この俺を鍛えてくれ。頼む」
「……そうまで言われちゃあなあ」
必死に頼みに押され、折れる悟空。軽い困り顔で頬を書きながら了承をする。しかしただ了承した訳ではなかった。
「けど、一つだけ条件があるぞ」
「条件? いいだろう。何でも聞こう」
自分にできることならどんなことでも飲もう。そんな覚悟を決めるヒューム。そんな彼に対し、悟空がつけつけた条件はシンプルだった。
「おめえが強くなったら、もっぺんオラと戦ってくれ」
その言葉にヒュームは一瞬、呆気に取られ、そして彼と出会って以降、初めての笑みを浮かべて答えた。
「ああ、こちらとしても望む所だ」
その後、ヒュームは悟空の下で2ヶ月修行し、更に2ヶ月マヤリト大陸を周り、日本へと帰国したのであった。