「なんだ、あいつ巨大化しやがったぞ!?」
「特撮の怪人みたいだね」
「そんなのんきなこと言ってる場合じゃない。やばいぞ、これは」
状況を正しく理解していない岳人やモロに対し、珍しく深刻な表情をする百代。でかくなったのはけっして見た目だけでは無い。気の強さもこれまではギリギリ壁の内側レベルだったのが確実に壁越えクラスに上昇していたのだ。間違いなく大幅なパワーアップをしている。一子もそれに気づいたのか緊張の表情を浮かべ、自らの不安に打ち勝とうとするかのように薙刀を強く握り締めた。
「くくくっ」
先程までの劣勢状態から一気に余裕を取り戻し、厭らしい笑みを浮かべるジンジャー。
そして彼は再び突撃を仕掛けてきた。
(来る!!)
身体が大きくなったことで、相手のリーチは伸びているがそれでもまだ武器の差が完全に埋まった訳ではない。未だリーチで有利なのは一子。それに巨大化してもジンジャーの走る速度はほとんど変わっていなかった。それにこれまでの攻撃で与えた傷や痣などが残っているのが見えることからダメージも回復した訳では無い。これまで通りのペースを守れば勝てる、一子はそう判断する。
しかし一見冷静なその判断はある重要なことを見逃していた。
「はっ!!」
射程内に侵入してきたジンジャーに対し薙刀を振るう。それに対してジンジャーはその薙刀目掛けて自身の武器を振るった。その結果、一子が両手で振るった薙刀は片手で握られたジンジャーの刃によって跳ね除けられ、彼女の手を弾き、遠くへと飛んでいった。
「えっ?」
予想外の事態に対し、呆気に取られた声を漏らしてしまう。 彼女はもっと早く気づくべきだった。気が大きく高まりながらスピードが然程上がっていない、それはつまりパワーが大きく上昇したということだと言うことを。武器を失い無防備になった彼女の頭部、そこにジンジャーの握るもう一本の刃が迫った。
「!!」
呆然としながらも咄嗟に身体を横に曲げて頭部を守る。そのおかげで致命は避けるものの代わりとして左肩口に刃を受けてしまう。この大会で用いられる武器はレプリカに限定されている。刃物は刃を落とされているし、鈍器は重量を制限されている。ガーリックJr達も大会に参加するため、このルールは守っていたが、それでも用いられた武器は人体を破壊するのに十分な破壊力を持っていた。鈍い音と激しい痛み。受けた一撃により彼女の鎖骨は砕かれていた。
「!!!!!!!」
一子は悲鳴を上げなかった。それは痛みに対し耐えたのでは無く、あまりに鋭すぎる痛みに直ぐには声も上げられなかったのだ。
「うっ、くっ、か、川神流!!」
しかしそれ程の痛みであっても一子の戦意を折ることはなかった。幼い頃から時に血尿を出す程の努力を積んできた少女である。痛みに対する耐性は強い。とは言え痛みに耐えられた所で、重症を負ったことに変わりは無い。よろめいてしまう身体、それを何とか堪えると、足を強く踏み込み反撃の一撃を放つ。
「地の剣!!」
ダメージに多少動きを鈍らせながらも、十分に威力の乗った回し蹴り、それを脇腹目掛けて打ち込んで見せる。しかしその一撃を受けながらジンジャーは平然としていた。上がったのは攻撃力だけでなく、防御力もであり、強化された肉体を破るには彼女の蹴りではあまりに軽すぎた。
そして片足があがったまま、素早い動きのできない状態になっていた彼女に対し、お返しと言わんばかりに今度はジンジャーの方が蹴りを放つ。
「ぎゃあ」
腹を蹴られ、上空に跳ね飛ばされる一子の身体。空高く舞い上がり、そのまま重力に引かれ、舞台へと落下していく。
「ワン子!!!!」
観客席から上がる悲鳴。しかし地面激突の寸前で、空中にその身体が制止する。危機一髪の所で舞空術を使用したのだ。そのままゆっくりと着地。しかし立ちあがろうとした瞬間、蹴られた部分に激しい痛みが走り、それを庇おうと身をよじった為、砕かれた肩に痛みが走る。
それでも何とか構えを取ると右腕を突き出し、そこに気を集中してみせる。
「かーわーかーみー」
掌に生まれる青い気の塊、それを解放し相手に向かって飛ばす。
「波!!!」
「波!!!」
しかしそれにあわせてジンジャーもまたエネルギー波を放ってきた。互いの攻撃は両者の中心でぶつかり合い、打ち勝ったのはジンジャーの方だった。
「きゃああ!!」
エネルギー波を受け弾き飛ばされる一子。幸い、その威力は気同士の衝突により相殺されて弱まってはいたが、それでも全身に強い衝撃を受けた彼女は、度重なるダメージに遂に倒れてしまう。
「うぐっ」
左肩は砕かれ、腹部は内臓破裂寸前。全身打撲に軽度の火傷、満身創痍と言った言葉が相応しい状態であった。にも関わらず一子は立とうとしていた。それを見て観客席から上がる叫び。
「もういい、立つなワン子!!」
「マヤリト大陸なんてどうでもいいから、これ以上無茶すんな!!」
仲間達から届く労りの言葉、しかし一子はそれを受け入れなかった。エイトカウントで立ち上がると構えを取り戦いの意思を示す。それを見て已む無く試合続行を告げる審判。
「ちっ、大人しく寝てればいいのによ」
必死に立ち上がった一子に対し、ジンジャーが嘲るような言葉をぶつける。それに対して彼女は叫び、自身の意思を答えた。
「勝負は未だこれからよ!!」
「はっ、馬鹿だぜこいつ」
まだ勝機があると思っているかのような一子の言葉、それをあざ笑うジンジャー。
「そう思うならかかってきなさい。それともアタシが怖いのかしら?」
挑発の言葉を発する一子。その言葉にあまり気が長くないジンジャーが青筋を浮かべ、その表情に怒りを浮かべる。
「いい度胸じゃねえか!!」
怒声を上げ一子に襲い掛かるジンジャー。
それに対し、両手を胸元にまであげ、それを迎え撃つ体勢を取る。
そしてあっという間に間合いに入りこんだジンジャーは自らの怒りを乗せた強烈な一撃を、その一撃を受ければ死すら引き起こしかねない一撃を彼女目掛けて振るった。
(来る!!)
迫る刃に対し、胸元にまで上げていた手を更に上げる一子。彼女はその手を使って、刃を防ぐでもなく、自らの額に当てた。
そして彼女は大声で叫ぶ。
「太陽拳!!」
その瞬間、太陽がもう一つ生まれたのではないかと錯覚する程の強烈な光が放たれる。間近でそれを見てしまったジンジャーは一時的に完全に視力を失い、更に目に走る痛みから攻撃を大外しする。そのタイミングで彼女は前に強く踏み込んだ。
「川神流……」
板垣姉妹が乱入してきたことにより温存することができた切り札。クリリンより教わった取って置きの奥の手、それを最高のタイミングで放つことによって得られたチャンス。そのチャンスを勝利へと変えるため、渾身の力を振り絞った一撃を放つ。
「蠍撃ち!!」
カウンターでの内臓撃ち。一子が素手で使える中での最高の破壊力を持った攻撃手段。武器を失い、普通に攻撃してもダメージを与えられない相手に対し、唯一逆転の可能性を秘めた一手。
先程の挑発はこれを狙ってのものであった。狙いを外さす完璧に決まったその一撃は巨大化したジンジャーさえもその場に崩れ落ちさせる。
「ワン!ツー!」
それがダウンと判断され、カウントがスタート。気力で立ち続ける一子。もしここで相手に立ち上がられたら、今度こそ彼女にはもう打つ手は無い。
「シックス!セブン!」
「うぐぐっ」
意識は失っていなかったらしく必死に立ちあがろうとするジンジャー。一子も観客席で彼女を応援する者達もこのまま寝ていてくれと必死に祈る。
「エイト!ナイン!!」
「うおおお!!」
ナインカウントでジンジャーが体を起こす。
「テン!!」
だが、そこまでだった。立ち上がり切れずその場に崩れる。その瞬間決定した。
「勝者、川神一子!!」
「やった……」
見事勝利を掴み、そこで気力が尽きたのか崩れ落ちる一子。だが、それを抱きとめる者が居た。
「僕が医務室に運びます」
それは何時の間にか現れたウルトラナメックマンであった。
そして一子をお姫様抱っこの形で抱きかかえると、凄い速度で医務室へと跳んで行く。突然の事態に驚きながらそれを見て、慌てて医務室へ向かう風間ファミリーのメンバー達。こうして大会1回戦、その半分が消化されるのであった。
後書き1:いつから残像拳が切り札だと錯覚していた?
後書き2:実はジンジャーの口調とか性格がいまいちよく思い出せない(ニッキーがおかまキャラなことは覚えてる)んですが、こんなチンピラっぽいキャラで違和感なかったですかね?