「ルー先生、胸をお借りします」
「こちらコソ。お互い善良を尽くソウじゃないカ」
由紀江とルー、礼節を重んじる正統派同士、互いに深く礼した後、構えを取って試合開始の合図を静かに待ちあっていた。
「始めええ!!」
試合開始の合図と共に由紀江が先制攻撃を仕掛ける。斬撃、斬撃、斬撃、斬撃、斬撃、斬撃、斬撃、 斬撃、斬撃、斬撃、斬撃、斬撃、間断おかず放たれた12撃がルーを襲う。
そしてその全ての攻撃が終わった後、ルーの口から言葉が漏れる。
「流石だネ」
漏れた言葉は賞賛、同時に頬より血が垂れる。11撃まで凌いだものの、最後の一撃は完全に防げなかったようである。とはいえダメージは軽微。勝敗は分けるようなものではなかった。
そして今度は自分の番だと言わんばかりにルーが由紀江に対し、攻撃を仕掛けた。
「たあ!! とお!! やあ!!」
防御する彼女に対し拳の3連撃を撃ち込んだ後、腰を深く沈めると手に気を集中する。
「ストリウム光弾!!」
放たれる強力でしかも巨大なエネルギー弾。視界を埋め尽くす程のその攻撃に対し、由紀江が選んだのは回避するよりも立ち向かうという選択だった。
「はっ!!」
刀を縦に振るい気の塊を切り裂く。しかし気が真っ二つに割れ、開かれた視界の先、彼女の目に入って来たものは接近してくるルーの姿だった。彼女の腹部に拳が叩き込まれる。
「ぐっ」
強烈な一撃に吹っ飛ばされる由紀江。舞台端に着地し、場外負けを回避。しかしそこに追撃が迫る。
「ストリウムファイヤー!! バーストハリケーン!!」」
気を炎と風に変換した攻撃。何とかそれを回避するが、舞台の角、逃げ場の無い位置にまで追い詰められてしまう。
(強い。これが川神院の師範代)
戦えない程の実力差がある訳では無い。しかしこのままでは勝機が見えない。
自分よりも格上であることは承知していたつもりであったが、実際に戦ってみた感想は予想以上と言うものであった。川神院師範代、その重みと壁の厚さを実感しながらも、勝利を諦めるには判断する。
(これしかありませんね。けれど阿頼耶(あらや)では厳しいかもしれない)
彼女に残された対抗手段、それは己の剣速を最大限に活かすこと。
黛の剣は速度がその真髄。速さと言うのはシンプルにして戦いにおいて最も重要な要素の一つである。圧倒的な速度は時に力も技術も経験も全てを無にすることができる。自身の勝機はそこだけと判断し、その速度を最大に引き出すための意識集中を行う。
「むっ?」
由紀江の変化、そしてその意図に気づくルー。しかし気づきはしても迂闊に攻め込むことはできない。
(隙が無いネ)
彼女は迎撃の構えを取っており、下手に寄ればカウンターの餌食になる。しかしそれを恐れて動かずにいれば彼女の集中はどんどん高まって行ってしまう。普通なら手詰まり、あるいは一か八かの賭けにでるしかない。ただし、ある条件を満たすものにとっては他に選択肢が生まれる。
「ストリウム光弾!!」
その条件とは飛び道具を使うこと。光の本流が再び由紀江に迫る。
(さあ、これでどうスルかネ!?)
それに対し由紀江が取った対処、それはあまりにも予想外なものであった。防御も回避も取らずその攻撃をまともに受けて見せたのである。
そして攻撃を受けながらも彼女は立ち続けていた。
(これは驚いたネ。少し手加減をしてはいたガ、ソレでも正面から受け止めるトハ。全身に気を巡らセテ、防御力を高めテいるようだネ)
ルーは考える。全力でエネルギー波を撃てば、もしくはこのまま何発も攻撃すれば倒せるだろう、最低でも溜めの状態は崩せる筈である。武術家として勝利を最優先するならそれが最善手だ。しかし彼は同時に教育者でもあった。生徒相手にそのような容赦が無く、嬲るような戦い方をすることは躊躇われたのである。
すこしだけ迷い、そして彼は危険を承知で接近することを選んだ。
(来ますね。後、2分時間を稼ぎたかったのですが)
ルーの動きを察知する由紀江。もう少し集中を高めれば奥義の極みたる涅槃寂静は無理でも、その一つ下の阿頼耶(あらや)を放つことができた。しかし現状では通常よりも僅かにキレのいい阿頼耶(あらや)を使うことが限度。それがルーに通じるかどうかは賭けであった。
互いが覚悟を決め接近、両者の影が重なりあう。
「勝者、ルー・イー」
数秒後に告げられた勝者の名はルー。
決着、紙一重の差ではあったが、由紀江の刃は届かずルーの拳は届いた。それが全てであった。
「すいません、皆さん」
「気にすんなよ。まゆっちは十分頑張ったぜ」
「うん、後はワン子に期待しようよ」
舞台から降り、観客席で敗北を謝る由紀江と気にするなと励ます仲間達。
そして第4試合、風間ファミリーの期待を背負う一子とジンジャーの試合が始まろうとしていた。
ジンジャーの姿を見たところで観客達がざわめく。
「うわっ、何だあいつ」
「マヤリト大陸の獣人って奴じゃない?」
「あんなきもいのかよ」
「いや、ネットで見たけどあんなんじゃなかったけどなあ」
「そいや、相手の女の子って武神の妹なんだっけ?」
「予選見てたけど、結構強かったよ。流石姉妹だよね」
「ワン子がんばれー!!」
美少女と怪物の戦い。由紀江とルーの試合とはまた別の意味で注目の一戦。しかし戦う当事者達にとってそんなことは関係無い。
「よろしくお願いします!!」
気持ちのいい挨拶と綺麗な礼をする一子。それに対し、ニヤリと笑うだけのジンジャー。
そして両者が互いに構え試合が開始される。
「はっ!!」
薙刀を構える一子。それに対し、ジンジャーも2本の刀を構える。これは大和が事前に仕入れた情報通りであった。
試合開始からしばらくは互いに睨みあいながら相手の様子を伺う。そこで先に動きを見せたのはジンジャーだった。
「キシャアア!!」
掛け声と共に一子の懐、自身の持つ刀の間合いへと飛び込もうとする。しかし一子はそれを許さない。
「はっ!!」
「ぐっ」
ジンジャーの接近を妨害するため、足元を払うように振るわれた薙刀。それに対し、ジンジャーギリギリのところで飛んで回避すると空中でバク転し、少し下がった位置に着地。間をおかず再度飛び込みをしかける。
「させないわ!!」
これに対し一子は慌てずに冷静に対処。先程振るった薙刀を素早く戻し、顔面目掛けて鋭い突きを放って見せる。
「ぎっ」
一子を舐めていたのか自分の速さに自信があったのか反応されるとは思って居なかったジンジャーは自身の顔面に目掛け迫ってくる刃に慌てて急停止、更に上半身を仰け反らせることで何とか回避する。しかし顔面の直ぐ真上を通り過ぎって行った薙刀は流石に恐怖だったらしく、冷や汗を流していた。
「はっ!!」
攻撃をかわされた一子は素早く武器を引き戻し体勢を立て直し、ジンジャーも飛び引くと構え直す。再び睨み合う両者。
「いいぞ、ワン子!」
観客席から飛ぶ仲間達の声援。これまでの流れは作戦通りに薙刀のリーチを上手く活かした一子の優勢であった。立ち上がりの調子の良さに慢心することもなく、隙の無い構えも取れている。一方、自身の思い通りに行かないことにジンジャーは苛立ち始めていた。
「くっ、これならばどうだ!!」
そこで正面からではなく、斜め方向へ駆け出すジンジャー。舞台の上を四方八方に移動することで相手をかく乱する戦術に出たようであった。
「は、速い!」
その狙い通り一子はその速度に対し目で追いきることができなかった。
そして一子の視線を完全に振り切ったジンジャーは彼女の背後から攻撃を仕掛けようとした。
「もらったああーーーー!!!」
無防備な一子の背中目掛けて振り下ろされる刃。
大きな悲鳴が響き渡った。
「!?」
驚愕の表情、ジンジャーの振るった刃は舞台の床に突き刺さっていた。ジンジャーに対し、背中を見せたまま回避したのである。鳴り響いた悲鳴は観客席からあがったもので一子があげたものでは無い。
「川神流……」
目や耳だけでなく気で探って相手の位置を掴み取る。それは悟飯や仲間達に取って基本的な戦闘技術である。
そして一子は悟飯と共に半年修行しているのだ。既にその戦い方は当たり前のものとして会得しつつあったのだ。
「山崩し!!」
頭上で大きく旋回させた薙刀をジンジャーの脛目掛けて振り下ろす。慌てて対処しようとする、しかしジンジャーはそこで対処を間違えた。先程、一子を狙って振り下ろした刃は強く振り下ろし過ぎて床に食い込んでおり、それを抜くのに一瞬の間が掛かってしまったのだ。結果、武器を捨てていれば対処が間に合った筈の攻撃を避けきれず、脛にもろに一撃を喰らう。しかもその位置は所謂弁慶の泣き所。あまりの痛みに悲鳴を上げるジンジャー。
「ぎやあああああ!!」
「川神流 空衾!!」
そこで一子は容赦をしなかった。畳みかけるのように次の攻撃を仕掛ける。飛び蹴りを放ち、それがジンジャーの顔面に炸裂し、つま先が大きく食い込む。
「川神流 大車輪!!」
薙刀を旋回させた横凪ぎ。またもや炸裂。勢いにのる一子。しかし浮かれてばかりも居られない要素もあった。連撃受けていながらジンジャーは倒れていないのだ。それどころか体勢を立て直しつつある。魔族故の身体の頑丈さと一子との気の量の差、地力の差がそこには存在していた。
「川神……」
その地力の差を感じ取っているからこそここで一気に攻める。四撃目の攻撃をしかける一子。しかしこの攻撃に対してジンジャーの反応が間に合ってしまう。彼女が攻撃を放った時には既に相手は迎撃の構えを取っていた。
「ブリザード(仮称)!!!!」
そこでジンジャーは薙刀が分裂し、自分の頭部と足を同時に狙う光景を見た。無論のこと、実際に薙刀を分裂させるようなそんな魔法のようなことは一子にはできない。これは特殊な軌道による単なる錯覚現象に過ぎなかった。しかし、錯覚と気づけないものにとっては、それは魔法と変わらない効果を発揮する。川神ブリザード(仮称)は川神流に元々存在する霞切りという技をアレンジした一子オリジナル技でこの奥義は見事に炸裂し、ジンジャーの頭部を叩く。
「あがが」
次々と攻撃を受け、そこに来て魔法のような技を受けたジンジャーは完全に混乱状態に陥っていた。そんな彼に対し、止めの一撃が放たれる。
「川神流 鳥落とし二段撃ちよ!!!」
薙刀を持った状態でのサマーソルトキック、薙刀と足、二発の攻撃が顎を捕らえる。通常の軌道では普通二撃当てることは不可能だが、薙刀の一撃をヒットさせた後、舞空術で僅かに体の位置をずらすことで実現した必殺技。これによりジンジャーはついにダウン。
観客席からあがる歓声。ちなみに見た目が化け物と美少女の対決なので、観客の9割以上は一子の味方状態であった。
「おいおい一子さんよ絶好調じゃねえか」
「ああ、出来過ぎな位だ」
観客席での松風の言葉に頷く百代。そう、出来過ぎな位に上手く行った展開だった。
この時までは。
「ファイブ!シックス!」
審判がカウントする。この大会はテンカウントダウンで勝敗が決まる。しかしセブンカウントまで行ったところでジンジャーが起き上がる様子を見せた。
「エイト!ナイ……」
そしてナインカウントで起き上がる。その表情には凄まじいまでの憤怒が浮かんでいた。
「ショウガヤキー!!!!」
そして謎の雄叫びを上げるとその身体が大きく膨れ上がったのである。
川神ブリザードはオリジナル技では無くCDドラマででてきた技です。
(仮称)なのは話の中で名前がいくつかでてきて結局、しっかりと決まらなかったからです。