「始めまして。君、孫悟飯君だよね?」
「えっ、はい、そうですけど」
放課後、人数の少なくなった教室。そこに訪ねて来た一人の少女の顔を見て、悟飯は驚きの表情を浮かべた。何故ならば彼女は知っているが知り合いでは無い相手だったからである。
「あの、松永先輩ですよね」
「あっ、私は知っててくれてるんだ。けど、私は転校生だから先輩ってのは違うかもね。寧ろ悟飯君の方がこの学校の先輩だね」
数日前に百代と戦った3年の先輩であった。何故、彼女が自分を訪ねてきたのか不思議に思いながらとりあえずは会話を続けることにし、言及された呼び方について応えた。
「あっ、そう言われてみればそうですね。それじゃあ、松永さんでいいですか?」
「うーん、その呼び名はちょっと硬いね。燕でいいよ」
アイドルのような笑顔を浮かべる燕。その手の感情に鈍い悟飯には全く通じないが、同世代の男子であればその多くが魅了される微笑みである。そんな笑みを投げかけられる姿を見て黙っていられず、たまたま教室に残っていた岳人が絡んでくる。
「おい悟飯、どういうことだよ。お前、何時の間に松永先輩とまで仲良くなりやがったんだ!? 」
「えっ、いや、初対面だよ」
「うん、初対面だよ。でも、私的には悟飯君みたいなかわいい年下は割りとタイプかな」
「ぐぅおおおおお!!! キャップといい、イケメン爆発しやがれー!!」
慌てる悟飯に対し冗談と言われれば冗談に聞こえ、本気と言われれば本気に聞こえる口調で、艶やかな台詞を放つ燕。猛り絶叫する岳人に微笑ましい者を見るような視線を投げかけた後、彼の台詞を捉えて、悟飯に対しからかうような問いかけをする。
「面白い人だね。悟飯君の友達? ところで、彼が私”まで”って言ってたけど悟飯君は他に仲のいい女の子とか居るのかな? 意外とプレイボーイ?」
「あっ、いえ多分、百代さんや一子さんのことだと思います。何時も一緒に修行してますから」
「へー、そうなんだ。って、実は知ってるだけどね。モモちゃんから聞いたよ。悟飯君も武術をやってるんだってね。それで、そのことでお願いがあって来たんだ。私も一緒にその修行に参加させてもらえないかな?」
「えっ?」
燕を修行に参加させる、百代からも頼まれた話だったが、まさか当人から希望してくるとは思いもせず、再び驚きの声を漏らす悟飯。そこで燕が理由を説明する。
「実は先にモモちゃんにお願いしたら、悟飯君の許可が無いと駄目って言われちゃってね。そこで悟飯君と一緒に修行してるって聞いたの」
「なるほど。けど、どうして一緒に修行を」
「モモちゃんとは気が合いそうだから。もっと親交を深めたいってのが元々の理由。けど、悟飯君が一緒に修行してるって聞いてますます乗り気になっちゃったかな」
「悟飯、てめええ!!」
「えっ、その、あんまりからかわないでください」
口説きに聞こえる燕の台詞を聞いて再度憤る岳人。それに慌てる語飯。そんな彼らに対し、燕はしれっとした表情のまま言った。
「マヤリト大陸の話とか色々聞きたいしね。特にマヤリト大陸の武術には武術家の端くれとして興味があるかな」
「あっ、そういうことですか」
「んー、どういうことだと思ったのかな。お姉さんに教えてくれない?」
「えっ、いや、その」
燕の追及に顔を赤くする悟飯。年上の女性に対し、すっかり翻弄されてしまっていた。
「と、ところで話は戻るけどさっきのお願い考えてみてくれないかな?」
「わ、わかりました」
そこで更に上目遣いのお願いで畳み掛けられ、冷静さを失い勢いに押された悟飯思わず頷いてしまうのであった。
「っと、言う訳で今日からよろしくね!!」
その次の土曜、定例となった修行の場に現れた燕は百代と一子に対し笑顔で挨拶する。
「ああっ、こちらこそよろしく頼む。歓迎するぞ燕」
「よ、よろしくお願いします。それにしてもお姉様に、悟飯君に加えて、お姉様といい勝負をした松永先輩。うー、レベルの高いメンバーばかりでちょっと緊張しちゃうわ」
嬉しそうに受け入れる百代。一方一子は若干硬い表情をして、その内心を吐露する。それを見て悟飯は申し訳なさそうな表情をしながら彼女をフォローした。
「ごめん一子さん。燕さんが一緒に修行すること勝手に決めちゃって。けど、気後れすることはないよ。二人は確かに凄いけど、一子さんだってかなり強くなってるからもっと自信を持っていいと思うよ」
そのフォローは弁解でも気休めでも無い。今の一子は、悟飯との修行前と比べれば数倍に強くなっている。全力の百代と戦えば一瞬で負けてしまうだろうが、燕相手ならば組み手の相手を務められる位には強くなっていた。
「そ、そうかしら?」
「ああ、ワン子は間違いなく強くなっている。これも悟飯のおかげだな」
やや不安気に言う一子に対し、百代も肯定の意を返す。師匠的な立ち位置に近い悟飯に加え、尊敬する姉にも言われ少し自信を得る一子。
(へえー)
「ところで燕さん、燕さんはどの位気をコントロールできますか?」
「気のコントロール? うーん、モモちゃんの瞬間回復みたいな凄い技は使えないかなあ」
そこである意図を持って問いかけをする悟飯。その問いに対し燕が回答するが、その答えは彼の質問の意図に対して外れていたため、言葉を変えて再度問いかけをする。
「いえ、そうじゃなくて、もっと基本的な技術、気を強くしたり弱めたり集中したりと言った感じなんですけど」
「あっ、それなら結構自信あるよ」
得意気な表情を持って答える燕。自身の言葉を証明してみせるように戦闘力をコントロールする。それを見て悟飯は彼女の技量を判断する。
(パワーを2割位にまで抑えられる感じか。これだけできるなら大丈夫かな)
実は今日、悟飯は百代と一子にある技を教えるつもりだった。しかしそこで燕と言う予定外のメンバーが加わってしまい、彼女にその技が習得できないならば予定を変更することも考えていたのだが、技を教える上で十分な下地が彼女にはあると判断した悟飯はそれを告げることを選んだ。
「今日はとっておきの技を教えます。この技を習得できれば戦いの幅、選択肢は大きく広がって格段なレベルアップができる筈です」
「ほう、それは楽しみだな。そこまで言うのだから期待していいんだろうな?」
「ワクワク、ワクワク」
「へぇ、どんな技なのかな」
悟飯の言葉に百代は興味と挑発が混じったような表情を浮かべ、一子は尻尾を振って餌を待ちわびる犬を連想する姿で興奮を示し、燕は不敵そうな笑みを見せた。
「はい、舞空術と言う技です」
そう言って悟飯は空に舞い上がって見せた。初めて見る技に百代と燕が目を丸くし、唯一その技を見たことのある一子は驚きの声をあげた。
「凄い悟飯君も飛べたんだ!!グレートサイヤマンさんも使ってたし、もしかしてマヤリト大陸の武術家はみんな飛べるの?」
「いえ、僕の周囲に居た人達はほとんど使えましたけど、一般の人は存在さえ知らない筈です」
悟飯の答え、それを聞いて百代と燕が反応する。
「おいおいそんな奥義クラスの技を教えてくれるのか。相変わらず常識はずれな奴だな」
「本当だねえ」
彼女達の常識からすれば秘伝として当然な技を門下生でも無い自分達に教えてくれるなど信じられ無いことだった。とは言え、悟飯がそういう奴だと言うことをわかっている百代は呆れて苦笑するだけである。一方、燕の方は表面的には笑顔を浮かべながら、その内心には貪欲な獣を隠していた。
(モモちゃんが熱心に修行に励んでるって噂だったから得るかものがあるかと思っていたけど、いきなり期待以上過ぎるよ。正直話が上手すぎて普通なら不安になるけど……)
修行初日から奥義クラスの技を教えてもらえる。上手すぎて詐欺を疑う話だ。しかし燕の内心に不安はほとんどなかた。それにはここに居るメンバーに理由がある。
(モモちゃんに、一子ちゃんに、悟飯君。特に一子ちゃんと悟飯君腹芸ができるタイプには見えない。はっきり言って馬鹿正直なタイプ。そういう相手を利用するのはちょっと気がひけるけど、ここはおとんとのため、盗ませてもらうよ)
自分以外の3人の性格をつまりお人よしと判断したのだ。ある意味舐めているとも言える。腹黒い部分はあるが性根から悪人と言う訳では無い燕はそんな性格の彼等を騙すような行為に多少の罪悪感を覚えながらもこのチャンスを逃す気はなかった。
「さて、それじゃあ、早速始めましょうか」
そして悟飯の号令で修行が開始された。
「おっ、ちょっと浮いたぞ」
「流石百代さん、早いですね」
要領を教え見本を見せてから30分、数センチではあるが百代の身体が浮かび上がる。武神と呼ばれたのは伊達では無く、彼女は紛れも無い天才であった。
「凄いわお姉様、よーしアタシも!!」
それを見て気合を入れる一子。そして更に30分後。
「やった!! できたわ!!」
「おっ、やったなワン子!!」
今度は一子が宙に浮かぶ。悟飯と長く修行し、気の扱いをみっちりと学んだ成果がでたようですある。
それを横目で見てちょっと焦る燕。
(一子ちゃんにも先をこされちゃったか。一日の長があるから仕方が無いとは言え、ちょっと悔しいかな)
基本同年代では武術のトップにたってきた燕にとって、自分が最下位と言う経験は無いに等しい。
そのことに軽い焦りを覚える。
「あっ、燕さん駄目駄目。気が乱れてますよ」
その気持ちが集中力を乱し気のコントロールが悪くなっていたことに気づいた悟飯が注意する。それに更に驚く燕。
(そんなことまで分かるなんて。もしかして悟飯君、想像以上に要注意?)
百代と一緒に修行しているマヤリト大陸の武術家で。校内でもそこそこの実力者と評価されていることを下調べしていた悟飯だったが、その技量の高さに内心で彼に対する評価を大きく上げる燕。
そして悟飯のアドバイスを受けた燕は流石にその日の内に舞空術を習得することはできなかったものの、その数日後自主練によって浮くことに成功するのであった。